史上最強の妹弟子 カズコ   作:史上最弱の弟子

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今回はオリ敵が登場します。
後、兼一と美羽の一子の呼び方は「一子ちゃん」に変更します。


師と妹弟子のために

「えっ、今日、道場に残るのはアタシ達だけなんですか?」

 

「ええ、私と兼一さんと一子ちゃん以外は皆さんお出かけなさるようで。ですので、今日の修行は自主鍛錬ですわね。一子ちゃんもちょうど疲労の溜まった頃ですし、軽く流す程度で構わないと伝え置いてくれと言われてますわ」

 

 一子と美羽と、台所に二人並んで、朝食の後片づけをしながら会話する。他の皆は朝食を終えた後、それぞれでかけてしまい、たまたまその情報を聞いていなかった一子はそこで初めてその事実を知ったのである。

 

「そうなんだ。じゃあ、素振りに行ってくるわ。しぐれさんから昨日、長刀の使い方を教えてもらったから、忘れない内に反復したいの!!」

 

 皿洗いを終えた瞬間に飛び出して一子。久しぶりに与えられた実質の自由の時間であるが、さぼることなど考えもつかないらしい。

 ちなみに早朝にたっぷりと基礎トレーニングを行った後である。

 

「一子ちゃん、修行に行ったんですか?」

 

 

「ええ、素振りをするそうですわ」

 

 

 一子と入れ違いに台所に入ってきた兼一は美羽の答えを聞いて嘆息する。

 

 

「まったく、あの熱心ぶりには頭がさがりますよ」

 

 

「あら? そういう兼一さんこそ、最近は一人で自主鍛錬を積んでいるのでは?」

 

 口では頑張りを真似できないように言いながら、裏では必死に修行していることを示唆し、からかう美羽。

 言われた兼一の方は秘密にしていたつもりのことが知られていたことを知り、照れ笑いを浮かべた。

 

「なんだばれちゃってたんですか。何か、一子ちゃんのあの頑張りを見てたら僕も負けてられないって気がしちゃって」

 

 秋雨の目論見通りに後輩が出来たことは兼一にいい影響を与えているようだった。

 

 

**********

 

 

「389、390、391」

 

 回数を数えながら素振りを繰り返す一子。その光景を一子がこの世界に来る前の知り合いで、武術の心得があるものが見たら少し驚いただろう。何故ならばほんの一月前に比べ、長刀を振る速度やキレが大きく上がっていたからだ。

 川神流は徒手のみならず武器の扱いも教えている流派であるが、現在の師範代の中で、武器を専門に扱うものはいない。その立場上、次世代に伝承できるように技自体は一応収めているし、徒手でも武器でも変わらぬ要訣と言うものも存在するためある程度のレベルでは扱える。しかし極めているとまでは言えない。奥深い武術の世界において、素手と武器の両方を極めるということは、如何なる天才であっても不可能に近い話だからだ。

 また、川神院は大勢の門下生を抱える大規模な道場だ。師範の義理の孫である一子も弟子という立場で見れば、一門下生でしかない。人のやることである以上、全くの平等であると言えば嘘になるだろうが、それでも鉄心も百代もルーも指導者としてはなるべく身内贔屓しないよう心がけていた。そのため彼等が付きっきりで指導するようなことは特殊な例外時でもなければありえないことであった。例えばこれに落ちれば師範代になる道が閉ざされてしまう試験が迫っている等というような場合でもなければ。

 そう言った川神院の状況に対し、ここ梁山泊には武器のスペシャルリストである香坂しぐれが存在し、弟子は兼一と一子の二人しか存在しない。そのため一子は梁山泊に来て以降、マンツーマンで長時間の間、武器の達人の指導を受けることができていたのである。この最高の環境で成長しなければ、それは余程やる気が無いか、ゼロを通りこしてマイナスレベルに才能が無いかどちらかであろう。

 そしてそのどちらでもなかった一子は知らぬまに急激に技量を高めているのだった。

 

「497、498、499、500!!……ふぅ」

 

 区切りのいい所で一旦休憩を入れる。縁側に座り、ぼんやりと考え事をする。

 

(そういえば、兼一さんって一体、どの位の強さなのかしら?)

 

 梁山泊に住むものは豪傑だ。その凄さは日常的に目にしているし、感じる威圧感だけでもわかる。彼らは義姉や祖父のような一般の武術家を超越した強さを持っていると一子は感じ取っていた。しかし兼一からはそれが感じとれないのだ。鍛錬の時に見せる身体能力から只者でないと言うことはわかるのだが、その強さが想像できないのだ。

 そんな風に考え事をしていると道場の入り口の門を叩く音が彼女の耳に入った。続いて声も聞こえる。

 

「頼もう」

 

「あ、お客さん、みたい」

 

 応対しようと門の方に走る。

 そして彼女が玄関にたどり着いた時だった。

 

「ここの道場主と立ち会いたい。そして我が買った暁には最強の称号と、その証明としして看板をいただく」

 

 一子が開けるよりも早く門を開き、梁山泊に立ち入って来る一人の男。年は30代半ば位に見え、190近い長身と女のウェスト並に太い手足、厚い胸板と鍛えた体格をしている。

 そして、その動きには武術の色が見え、言動と合わせて考えればその正体は明らかであった。

 

「えっ、えっ、もしかして、道場破り!? ちょ、ちょっと待っててください」

 

 急いで美羽の所に戻る一子。

 話を聞き、男の姿を確認した美羽は顔をしかめる。

 

「これは困りましたわね。あの人、間違いなく達人級ですわ」

 

「ええ、僕にもわかります。どうします? 美羽さん」

 

 道場破り、それは梁山泊にとって貴重な収入源であり、自ら食われにやってくる鴨のようなものだ。しかし例外もある。単なる身の程知らずでは無い本当の実力者の場合だ。今日来た男は達人級の中でも中堅クラスのレベルに到達していると、何気ない所作と気当たりより察せられた。

 誰かを守る等ひけない理由があるのならばともかく、そうでもないのに難的相手に勝手に試合を引き受けて、負けて看板を取られました等ということになれば流石にまずいことになる。

 

「事情を話して、お引取り願えるのならば、そうしてもらうことにしましょう。しかし、いざと言う時は私が相手をしますわ」

 

「いえ、その時は僕がやります!」

 

 美羽を戦わせる位なら自分が戦うと主張する兼一。こういう時、彼は決して譲らない。しかし道場破りの男は今の兼一の実力では少々厳しい相手と言えた。どうすべきか迷う美羽。

 そして結論がでるよりも早く男の叫び声が道場内に響き渡った。

 

「何時まで待たせるつもりだ。まさか、天下の梁山泊ともあろうものが怖気づいたのではないだろうな?」

 

「……とりあえずは話してみましょう。出直していただければそれで問題ありませんわ。あっ、すいません一子ちゃん、当道場では道場破りであってもお客様として扱いますので、お茶を用意していただけますか?」

 

「あっ、はい。わかりました」

 

 議論を一旦棚上げし、男を道場へと招き入れる。男に対し、机をはさんで向かい合って座る兼一と美羽。

 

「我は紀伊国流師範を務める紀伊国弥一と申す」

 

「白浜兼一です。ここの一番弟子をやってます」

 

「私は、風林寺美羽です 。紀伊国流の噂は伺ったことがありますわ。空手をベースにさまざまな流派の技を取り込んで作られた実践武術と聞いておりますわ」

 

 互いに自己紹介をし、二人の名を聞いて男の眉がわずかに動く。

 

「史上最強の弟子と無敵超人の孫、風を斬る羽か。こちらの方こそお前達の噂は良く聞いている。しかし、我はお前達のような若輩ではなく、最強と呼ばれる風林寺隼人か風林寺砕牙との立会いを望みたい」

 

(うわ~、よりにもよって長老と砕牙さんを指名なんて、命知らずなことするなこの人も)

 

「生憎とお爺様もお父様も留守にしております。他の達人も所要で外しており、今、梁山泊に居るのは私と兼一さんだけになりますですわ。よろしければまた、出直して来ていただけますでしょうか?」

 

「……」

 

 美羽の言葉に沈黙が落ちる。どう言った回答が返ってくるのかじっと待つ。だが、男の口から飛び出した言葉はまったく予想外なものだった。

 

「一つ聞きたい。先程、応対した少女。あの娘もここの弟子か?」

 

「少女と言うと一子ちゃんのことですわよね。でしたら正式な弟子と言う訳ではありませんが、ここで指導しておりますわ」

 

「そうか。ならばもうここへは来ることはないであろう。このような名ばかりの所へはな」

 

 言って、立ち去ろうとする男。その展開は望みどおりのものであったが、その言い草を聞きとがめた美羽が問い詰める。

 

「待ってください。名ばかりの所とはどういうことですか?」

 

「どうもこうも無い。弟子を見れば師の器は容易に知れる。そこの男のようなまるで覇気の感じられぬ本当に達人かどうかも疑わしい男が一番弟子で、おまけにあのような才能の欠片も感じられない出来損ないの屑を鍛えているような奴等だ。大した輩である訳もなかろう。最強が集まる道場等と言うのも噂倒れであったな。我は実の無い最強の座を奪って勝ち誇る等と言う恥知らずな真似等したくないのでな」

 

 弥一の言葉にきれかかる兼一と美羽。

 しかし、その瞬間に起きたある出来事が二人の感情を引き止めた。

 それは床に何かが落ちたような音。その音の出所を見るとそこに一子の姿があった。その手には傾いた盆。足元にはお茶のこぼれた湯のみ。その姿と彼女の表情を見れば弥一の言葉を聞いてしまったのは明らかである。

 

「ご、ごめんなさい。落としちゃって。それに、アタシの所為で、梁山泊のみんなまで、馬鹿にされちゃって……。ははっ、もしかしたら、川神院に居た時もお義姉様や爺ちゃんがそんな風に思われてたことあったのかな……」

 

 自分が馬鹿にされただけならば、憤るかあるいは見返してやると言った前向きな姿勢を示せたかもしれない。

 しかし、自分が原因で自分の恩人達までも卑下されるという思いもしなかった出来事に彼女は強いショックを受け、そして心を傷つけていた。今の彼女は行き場を無くした幼い子供のようにすら見える。

 

「ふん」

 

 そんな彼女を横目にし、罰の悪そうな顔をしながらもその場を立ち去ろうとする弥一。しかし、そんな彼の腕を後ろから掴む者が居た。

 

「待ってください。訂正してください。一子ちゃんを屑呼ばわりしたこと師匠達を貶したことを謝ってください」

 

「!!?」

 

 発せられるのは静かな強い威圧感の感じられる声。

 腕を握る圧力は驚く程強い。

 そして振り返り、兼一の姿を見た瞬間、弥一は軽く息を呑んだ。そこには先程までは、『本当に達人かどうかも疑わしい』と彼自身が評したように強者の威厳など感じられず、ただの凡人にしか見えない男の姿はどこにもなかった。そこに居たのは強い威圧感を身にまとう男、紛れも無い強者、”達人”だった。

 

「っつ、ならば貴様が己自身の身で示してみせるがいい!! 師と妹弟子の価値を己自身の強さでな!!」

 

 弟子を見れば師の価値が知れる、同時に師をみれば弟子の価値も知れる。兼一が己の価値を示すことは市の価値を示し、その師が選んだ一子の価値も証明する。そう、主張する弥一。

 

「わかりました。梁山泊一番弟子の何かけて、僕が相手をします」

 

「兼一さん!!」

 

 師と一子の誇りを守るために梁山泊の名を背負い立会いをしようとする兼一。そこで彼に対し、美羽が叫ぶ。しかし兼一の決意は既に固まっている。

 

「止めないでください。例え美羽さんの願いであろうと、ここは引けません」

 

「いえ、止めません。寧ろ、徹底的にやっちゃってください!! 一子ちゃんは私がしっかりと守っておきますから」

 

 どうやら美羽の方も本気でおつむに来ているらしく、止めるつもりはないようだった。

 その言葉に安心し、兼一は一子の方を向いて言った。

 

「一子ちゃん見てて、武術は才能が無くたって強く成れることを、僕が証明してみせる」

 

「えっ?」

 

 その意味するところが理解できない一子。けれど、その先の言葉は試合が終わった後と決めて兼一は弥一に向き合う。

 ここに師と妹の弟子の誇りをかけた戦い、達人同士の戦いが始まろうとしていた。




次回、初のバトル回です。

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