「っと、言うわけでじゃ。今日よりこの川神一子君には梁山泊に住み込んでもらい、我等が鍛えることになった」
「しょ、正気ですか、長老!? 」
一子の事情を説明し終え、最後にそう宣言した長老に向かってケンイチが抗議の叫びをあげる。それに対し、長老は意外そうな声をあげて見せた。
「何じゃ、兼ちゃんは反対か?」
「うっ、駄目なの……」
家人に反対されたと思い不安そうな表情で涙目になる一子。それを見て兼一はたじろぐが、それでもここで主張を引っ込める訳にはいかない。
「住み込みは反対しません。寧ろ家に帰れず、行き場所も無いという事情がある以上、彼女をここで保護するのは大賛成です。ですがこんな若い女の子に地獄の修行をさせるなんて、貴方方は正気ですか!? 川神さん、君も考え直した方がいい。冗談じゃなく、本気で死ぬことになるから!!」
一子の肩を掴んで詰め寄る。その目は真剣そのもの、川神院でも過酷な修行をしていたとはいえ、その剣幕の凄さに流石に目に少し不安の色を浮かべる。
そんな二人をなだめるように長老が笑い飛ばして言った。
「ほっほっ、そのことなら心配無用じゃ。我等が鍛えるとはいえ別に彼女を正式な弟子にするという訳ではない。何せ、この子はよそ様の門下生じゃからのう。師範代を目指しておるとのことでもあるし、我等の色を入れすぎてはかえって彼女の夢を壊してしまうことになりかねん。彼女が元の世界にかえった時に修行の遅れが響かぬように少し手伝いをするだけじゃよ」
「えっ、なるほど。わかりました、そういうことなら。ごめんね川神さん、色々と不安になるようなことを言っちゃって」
「ううん、気にしないで。あっ、気にしないでください」
長老の言葉を聞いて納得し謝罪をする兼一。一子の方は寧ろ謝られたことに動揺する位の感じで謝罪を直ぐに受け居れた。
「ははっ、別に僕の方が年上だからって敬語なんて使わなくてもいいよ。もっと気楽に話して」
「あっ、だったらアタシのことも名前でいいわ」
「うん、わかったよろしくね一子ちゃん」
短時間ですっかり一子と打ち解ける兼一。しかし、彼は大事なことを忘れていた。梁山泊の”少し”と言うのが世間一般の基準と大きくずれているということを。
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「しまったああああああああ!!!」
翌日、一子は人間手押し車状態で全力疾走させられていた。しかし自分の過ちに気づいた兼一の方は地面に付く手は親指一本、更に全身に重りをつけられた状態で同じことをさせられており、直接助ける余裕は無い。
そこで、一子の手押し車を担当している秋雨に向かって制止をかける。
「秋雨師匠止めてください。一子ちゃんは女の子なんですよ!!」
「美羽やYOMIの武術家にだって女の子は居ただろう。彼女達とて厳しい修行をつんでいるのだよ。それに、昨日確認させてもらった限りでは、一子君は才能的にはケンイチ君よりはマシと言った程度だ。川神院とやらのレベルの程はわからないが、武術の総本山と言われる以上、相当なものであることは間違いないだろう。そこの師範代を目指す以上、生半可なことでは不可能。しかし、我等が技を教える訳にはいかない以上、肉体改造だけは徹底的にやらないとね」
「だからって!!」
「まあ、一子ちゃんは我等の正式な弟子ではない。本人が嫌だと言うなら止めてもっと軽いものにしよう。どうするかね?」
引き下がらない兼一に対し秋雨は一瞬、考えたそぶりを見せた後、尋ねる相手を当事者である一子へと変える。
「こ、このまま、続けて」
息を切らしながらも継続の意思を示す一子。本人にそう言われては兼一も無理に止めるようには言えない。
一方、兼一の手押し車を務めている逆鬼は感心した笑みを見せる。
「へっ、根性あるじゃねえか。おら、ケンイチ負けてられねえぞ。しゃべってる余裕があるなら、もっとスピードアップだ!!」
「うぎゃあああ!!!」
「すっ、すごい」
手押し車でオリンピックのスプリンター、下手をすれば自転車競技の選手と競争できそうな速度でかっとんで行く兼一を見て、驚いた表情を浮かべる一子。そんなものを見せられれば、普通ならやる気を喪失しそうなものだが、一子の心はその程度では折れず、寧ろ気合を入れなおす。
「おっ、やる気だね」
「はい!!」
そのやる気を察し、そのまま町内を一周、兼一は五周を走るのだった。しかし、基礎トレーニングはまだ終わっていなかった。
「さて、上半身を鍛えたので次は下半身だ。タイヤを引いて町内一周。兼一君は六周だ。それと、私の代わりにこの地蔵を乗せておく」
「って、この地蔵200キロ位ある奴じゃないですか!? こんなの引っ張って走れる訳ないでしょう!!?」
「心配要らない。タイヤも3個に増やしておくからね。地蔵の重さにもタイヤがつぶれることはないよ」
「そういう問題じゃなああああああい!!!」
そう叫びながらもしっかり走り始め、手も抜かない兼一。この辺は最早染み付いた習性か、この5年で身についた武術家としてのやる気と誇りか。
一方の一子も何度も周回遅れにされながらも必死に追いかけて走る。
その後、厳しい修行を更に幾つかこなし、修行を終えた頃には一子はほとんど動けない程に疲労していた。
そんな一子を心配し、様子を見に来た兼一が声をかける。
「一子ちゃん、やっぱりちょっと無理しすぎじゃない。あの人達が容赦が無いというか常識が無い人達だからさ。やっぱり僕からもう一度言って……」
「ううん、いいの!! 寧ろアタシ嬉しいの!!」
師匠達に一言言おうとする兼一。しかし、一子はそんな彼を引きとめ、思いも置けないことを口にする。
兼一からすればあまりに信じられないその言葉に、この年齢でまさか危ない趣味がなどと失礼なことを考えてしまう兼一。
「アタシ才能ないから人より努力しなきゃって思ってても、ルー師範代には身体を壊すから余り無理をするなって止められてたの」
自分の想いを語る一子。その真剣さを察し、兼一も黙って聞く。
「けれど、ここの人達は凄く沢山の努力をさせてくれて、それで大丈夫って言ってくれるから。私は力一杯、夢を追いかけることができる。それが嬉しいの」
一子の話を聞き終えて、兼一は過去のよく脱走していた自分や安易に一子の修行を軽くしようと考えていたことを思い、少し恥ずかしくなった。
そして、その意志の強さを知ったことで、まっすぐに彼女を見て言う。
「わかったよ。一子ちゃん、もう止めたりしない。その代わり僕にも君の夢の協力するよ」
「うん、ありがとう、兼一さん」
兼一は全力を持って、一子の夢を応援することを決意する。
理由は違えど、才能が無いにも関わらず武術の頂を目指した二人。
既に一つのラインをクリアーしたものと、その遠いラインを目指すもの。
二人の出会いは互いを大きく成長させることになる。その始まりであった。