史上最強の妹弟子 カズコ   作:史上最弱の弟子

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アフター:一子の新たなる挑戦(後編)

 間合いを一瞬で詰め、放たれる掬い上げの一撃。全身全霊の力を込めた無駄の無く鋭いその一撃はまさしく必殺であった。しかし、その必殺の筈の一撃を燕は一歩下がっただけの無駄の無い動作、紙一重の間合いで回避して見せる。

 

(!!)

 

 条件が違うとは言え、百代にさえ通用した顎の初撃が回避されたことに驚愕の表情を浮かべる一子。しかし、途中で技を止めることはできない。無理に技を止めてもかえって大きな隙を産む上に体を痛めるだけと、薙刀が上がりきるタイミングで更に一歩踏み込むことで間合いを是正し、二撃目の振り下ろしを放つ。

 

「やあああああああ!!!」

 

 裂帛の掛け声と共に全力で振り下ろす。その一撃に対し、燕は頭の上で両手を交差させ、防御体勢を取った。薙刀はその交差した腕目掛けて振り下ろされる。

 両者の武器と腕とのぶつかり合い。

 そして一子の放った一撃は燕の防御によってがっちりと受け止められていた。

 

「残念。その技は対策済みだよ」

 

 片目をつぶって、首を傾けて言う燕。茶目っ気のある可愛らしい仕草。しかしその印象とは裏腹に彼女が一子に対して取った行動は苛烈だった。

 顎はその2撃に全身全ての力を込めて放つが故、技を放った直後に数瞬の硬直状態が発生する。燕はその隙を見逃さず、両手を挙げて薙刀を弾き飛ばすと自由になった両手で腹部目掛けて双掌を撃ち込んだのだ。

 

「うああああ!!」

 

 双掌を受けて大きく空に舞う一子の身体。硬直状態の所に腹部に受けた強い衝撃で、呼吸すらも困難な状態に陥るが、それでも生き残るだけでタフさに置いては超人化する梁山泊で修行を受けた身。必死に身体を動かして、地面に落下寸前に何とか受身を取る。

 

「うぐっ」

 

 腹部に走る強い痛みに苦悶の声をあげながら、それでも何とかそれを堪えて起き上がる一子。

 その姿を見て、燕は意外そうな表情を見せた。

 

「へえ、まだ立てるんだ。頑丈だね」

 

(一応手加減はしたけど、それでも今のはわりと力を入れて撃ち込んだんだけどな。あれを無防備な状態で受けて立ち上がるとなると打たれ強さだけなら壁を越えてるかも)

 

 表面的な口調は軽いが、内心にはかなり動揺と驚きを隠していた。とは言え、焦ってまではいない。既に両者の実力差ははっきりとし、切り札の顎は完封。万一にも敗北はあり得ないもののように思えたからだ。

 だが、そこで一子が思っても見なかった行動を見せる。再び顎の構えを取ったのだ。

 

「一子ちゃん、それはちょっと悪手じゃない? 顎は私にはもう通用しないよ。 わかってないとしたらお姉さんちょっとがっかりだな~」

 

 その行動に対し、演技では無く本心から軽い失望を見せる。一子が川神院師範代候補になってから、つまり百代に一撃を入れてから、百代も一子もその事実を隠さなかったため、興味を示した多くの武術家が一子に挑戦をしてくるようになった。

 そしてその中には地力で一子を上回る強者も何名か含まれており、そう言った相手に対し、一子は顎を使うことで、打ち勝ってきたのである。

 そのため彼女の切り札が顎であり、それがどのような技であるかはある程度知れ渡ってしまっていた。格下相手であっても準備を怠らなかった燕はその情報を生かし、事前にその破り方を考えて来ていたのである。つまり顎を防いでみせたのはまぐれなどではなく、少なくとも万全の状態で迎え打つのならば100%防ぎきるだけの自信が燕にはあった。そんな彼女からすれば今の一子の行動は無謀な特攻出しかない。

 

「通じないかどうかやってみなくちゃわからないわ!!」

 

「だったら、試してみるといいよ」

 

 破れかぶれ、あるいは悪い意味での根性論にしか聞こえない一子の言葉に更に失望を強くし、見放すような言葉を返す燕。しかし、そんな彼女に対し、一子はひく気をまるで見せない。

 

「行くわ!!」

 

 そして先程起きたことをまでそのまま再現するかのような展開が繰り広げられる。

 飛び込んだ一子の放った初撃は回避され、その状態から放たれる二撃目。燕は防御体勢は余裕で間に合い、組んだ腕を目掛けて薙刀が振り下ろされる。

 

(う~ん、期待外れだったかな。後はこのまま受け止めてっと。……あれ?軽い?)

 

 受け止めた薙刀から伝わってくる圧力の低さ。それは先程受け止めた一撃の半分程。その意味を考え、答えに辿りつくよりも速く、戦う相手よりその行動による答えが示される。

 その示された答え、眼前に迫る姿に燕は目を見開いた。

 

「顎の弱点位、とっくの昔に対策済みよ!!」

 

 叫びと共に一子が放ったもの、それは振り下ろした薙刀を片手で掴んだ状態での飛び蹴りだった。

 

 

 

**********

 

 

 

「おう、一子、大分様になって来たじゃねえか」

 

「うむ。その技の完成度だけならば達人の域に達しているかもしれないね」

 

 顎の修練をする一子。それを見守っていた梁山泊の師匠達が評価を下す。一子の実力自体は妙手の半ばに達するかどうかと言った所であったが、まだ弟子級だった頃の兼一が無敵超人の秘技である流水制空圏や達人でも出来ない人が居る気の掌握を身に着けたことがあるように部分的に達人のレベルに至ることは珍しい事ではない。一子の場合は顎がそれであった。

 

「えへ、そ、そうかしら」

 

 賞賛を受け照れる一子。しかし、そこで冷や水を浴びせかけるような言葉が剣星より放たれる。

 

「けど一子ちゃん、師範代を目指すようならその技の弱点もちゃんと補っておかなくちゃ駄目ね」

 

「えっ、じゃ、弱点!?」

 

 まるで考えていなかったその言葉に激しく動揺する一子。

 そして、その弱点とは何か必死に考えるが、答えはまるで思い浮かばなかった。それを見て美羽と兼一が助け舟を出す。

 

「その技と言うようも定型のある連撃全てに共通する弱点ですわ」

 

「うん。連撃技は最適な組み合わせを予め考えて出すから、次々と動作を繰り出すことができる。技を知らない状態で対応するのは凄く難しいけれど、その技を知っている相手からすれば、初動を見た段階で先の動きまで予測できちゃうんだ」

 

「あっ、そっか」

 

 答えを聞いて納得する一子。実際、この技を教える時にルー師範代も言った。百代は一子が顎を身につけているとは思っていないだろうから、初見でならば通用するだろうと。逆に言えば、それ以降は通用しないと言うことである。

 

「道場の師範代ともなればその流派を代表する立場。技が知られていたから負けた等と言い訳することもできぬようになる。試験を突破するだけならばともかく、その先を考えるのならば、何か対策を考えて置かねばならぬじゃろうな」

 

 師範代になるには奇襲、奇策に頼らない安定した強さが必要不可欠、そう説く長老。

 正論であったが、諭された方の一子はそれを素直に受け取る心の余裕がなかった。自身が切り札と思っていた技に弱点があると言われたことで、心の拠り所を無くしたような気持ちになってしまったのである。

 

「大丈夫……だ。僕の考えた技……教えて……あげる」

 

 そこでその絶望から救うようにしぐれがそう宣言して見せた。

 そして兼一を実験台、いや、組み手の相手にして一子の前でその技を披露してみせる。

 

「えっ、これって!!」

 

 しぐれの使った技を見て驚愕する一子。それはある技によく似ていたからだ。その考えを肯定するかのように、しぐれがうなずき応える。

 

「うん、顎の変形型」

 

「なるほど。途中まで顎と同じ動作を取って、そっから変化させることで、相手に動きを読ませねえってことか」

 

 言わば野球の変化球。球種を増やすことによって、知っていても簡単には対処できないようにしたのだ。 

 

「うむ。いい対策だ。後、もう1パターン位あれば完璧だろう。まあ、師範代と言う立場に立つなら人に頼ってばかりでもあれだからね。それは一子君自身の課題と言うことにしておこう。それと、元の世界に帰るまで、後、1ヶ月しかない。付け焼刃で技を増やすよりも今は顎の精度をあげることに集中しなさい。時雨の考えた技や別バージョンは後でじっくりと研究するといい」

 

「うん、わかったわ!!」

 

 秋雨の言葉に元気よく頷く一子。

 そしてそのアドバイスに忠実に従い、元の世界に戻った彼女は百代に一撃を入れることに成功する。

 そして、師範代候補になったその日からしぐれの見せた方の顎の修練を始め、数ヶ月かけてその技を使えるようにしたのだった。

 

 

 

**********

 

 

 

「川神流奥義・改!!顎・二式!!」

 

 しぐれが考え、修練によって会得した技の名を叫ぶ一子。一方、技を受ける燕はどうすることもできない。何故ならば顎・二式とは本来、止めである筈の二撃目をわざと防御させることで、薙刀と地面で挟み相手を動けなくする技だからだ。

 そして、二撃目の威力を落とすことで残した余力で放つ三撃目の飛び蹴りで止めを刺す。

 通常の顎が牙で相手を噛み砕く技だとしたら、二式は牙で噛んで動きを封じた相手に爪で止めを刺す技であった。

 

(あちゃ~、こりゃ詰んだかな。まさかこんな奥の手があるとはね)

 

 その状況に燕は諦める。どうあがいても防げないと。二撃目を両手で防いでしまった時点で手遅れであり、最早どうしようも無いと理解した。

 

「たいしたもんだよ一子ちゃん」

 

 そう最早”無傷で防ぐ”ことは不可能だと。

 

「えっ?」

 

 声を漏らしたのは一子。彼女の放った蹴りは燕の腹部に直撃した。しかし、その一撃を受けても燕は倒れなかったのだ。

 

「う~、効いたあ」

 

 腕での足での防御も不可能。回避も出来ない。しかし、腹筋と内功で耐えることは可能だったのである。

 顎・二式はあくまでも変化級。その本来の役割はストレートである顎を生かすことであり、顎に比べ隙は少ないが同時に威力も低下していた。故に壁越えとしては然程撃たれ強さの無いとは言え、格上の燕を一撃で倒すには力不足だったのである。

 

「さて、どうするのかな? 一子ちゃん」

 

 互いに体勢を立て直した状態で挑発的な言葉を吐く燕。それは武の先駆者として、素晴らしい進化を見せた後輩に対し、次は何を見せてくれるのか、あるいはこれで種切れなのかという好奇心を込めて問いかけだった。

 そして、それに対する答えはまたも動作で示される。一子は三度同じ構えを、顎の構えを取って見せたのだ。

 

(また、顎。私が二者択一の読みを外すことを期待しているのか、それとも”三番目”があるのか……。全力を出せば技を出す前に潰すことも出来るだろうけど……。ここは先輩らしく真っ向から受けてあげましょうかね!!)

 

 そして燕の方もそれに応じる構えを取る。

 互いに準備が整い、三度目の応酬が開始される。まず、燕が初撃を回避。これは一回目、二回目とかわらない。重要なのはここからであった。

 

(新しい技を完成させるのは簡単なことじゃない。モモちゃんの話だと一子ちゃんはあんまり才能が無いらしいから1年で二つは考え辛い。だから多分、使えるのはノーマルの顎とさっきの変化バージョンの二つだけ。変化バージョンの方じゃ、私を倒すには何度も撃ち込む必要がある。一子ちゃんは思い切りのいいタイプ。なら、使ってくるのはノーマルの方!!)

 

 使ってくるのはノーマルの顎と予測し、それに合わせた防御体勢を取る。

 そして一子が薙刀を振り下ろす。その初速を見て、予測は確信へと変わる。

 

(当たった!!)

 

 自分の読みが当たったと確信。力を込め、それで確実に防ぎきれる筈だった。だが、そこで腕に予想した圧力は伝わってこなかった。顎・二式の時のような弱い圧力も来なかった。

 一子の振るった薙刀は空ぶったのである。

 

(えっ?)

 

 薙刀を振り下ろす瞬間、一子は瞬時に腕を短く畳み技と間合いを外したのだ。それに気づいてもその意図までは理解できない燕。

 そして一子は空ぶった薙刀を腕を伸ばしながらそのまま一回転させる。

 

(……この動きは!!)

 

 一子に対し、事前に研究を行っていた燕はその動きを知っている。顎に継ぐ威力を持った一子の必殺技、川神流・大車輪。一から新しい動きを考えるのではなく、自身の得意技を二つ組み合わせることによって技の開発期間を短縮したのだ。

 

「川神流奥義・改!!」

 

 防御と言うものは単に手や足を盾にすればいいと言うものではない。その効果を最大限に発揮するには意識を集中し、受ける位置に力を入れることが必要である。一回転加えることによって、相手のテンポを崩すと共に更に威力を加算し、相手を防御の上から打ち崩す技。それが一子の新兵器。

 

「顎・大車輪!!!」

 

 顎を超えたその一撃が燕に向かって叩き込まれるのだった。

 

 

 

***********

 

 

 

「いやあ、本当にびっくりしたよ。流石はモモちゃんの妹だね。これ、つけてなかったら危なかったかも」

 

 叩かれて大きく割れた篭手を指で摘まみ、ぶら下げて見せる。

 結局、一子の最後の一撃は燕を仕留めるには至らなかった。ヒットの瞬間、腕を僅かにずらし、手甲の部分で受けることで、燕は渾身の一撃に耐え切って見せたのだ。

 

「私もだ。一年前の時も驚いたが、今回も同じ位驚かされた。本当に目を見張る成長だよ。正に努力が花開いた姿だ」

 

 百代は嬉しげに、そして誇らしげに妹のことを語る。結局勝てなかった一子だったが、それでも壁越えの実力者である燕はかなり追い詰めたのだ。その結果は上出来と言う他無い。

 

「私もあまり余裕こいていられないね。姉妹揃ってほんととんでもないんだから」

 

「自慢の妹だからな。それで、燕、ワン子は武道四天王に成れると思うか?」

 

 百代の問いかけに対し、燕は指を顎に当ててしばし考え込む。

 

「うーん、最低水準は間違いなく満たしてると思うから、後は他の候補者次第かな」

 

 近年の武道四天王が全員壁越え、もしくは壁の上クラスであったことから武道四天王イコール壁越えのイメージがあるが、本来、壁越えとは規格外の天才が生涯を賭けてようやく辿り付ける境地である。武道の総本山たる川神院にも破門された釈迦堂を含め、壁越えは4人しかおらず、魏の曹操も真っ青な人材コレクターの九鬼ですら、従者部隊の中で壁越えはヒューム1人しか居ないことからも如何に希少な人材であるかがわかる。そんな実力者が若手に限定して4人揃うことなど早々あり得ない。つまりここ数年の武道四天王が特殊なだけで、本来であれば壁越え数歩手前レベルでも十分に選ばれる資格があるのだ。

 

「他の候補者と言うとクリに榊原、後、石田とか言う奴だったか。クリも最近、急激に強くなったとは言え、直接対決では一子の勝率が8割だから、対抗馬となると榊原と石田だな」

 

「特に石田君は強敵だね。久しぶりに西から出た候補者で、同じく久しぶりの男の子だから、推薦の声がかなり大きいらしいよ」

 

「実力もまあ、伴っているからな」

 

 得意の光龍覚醒を更に強化し、筋肉ムキムキ状態になり、パワーを更に上げた光龍覚醒ver2、ver3、無駄な消費を無くし寿命を削るという欠点を克服したver4、そして変身時間が短く、寿命も通常よりも更に削るものの、髪が長くなり顔が怖くなると言う変身をして、一時的に壁越えの力を発揮する光龍覚醒3を会得した石田は紛れも無い実力者と呼べた。

 

「まあ、成れれば嬉しいが拘る必要もないか」

 

 膝の上に寝かせた一子の頭を撫でながら優しい表情で言う百代。

 

「この子の目標はあくまで師範代で、モモちゃんのライバルだもんね。何時かは本当になっちゃうかも」

 

「ああ、心から期待してるさ」

 

 一子の将来を期待する言葉。1年前よりそれを嘘偽り無く言えるようになったことを百代は何よりも嬉しく思っていた。

 

「いやあ、愛されてるね。こういうの見ると私も兄弟とか欲しくなっちゃうよ。大和君も京ちゃんに取られちゃったしさ。流石に他人の彼氏で遊んじゃうのはちょっと気がひけるかな」

 

「いや、大和は別に元々、お前のものじゃないだろ。取られたと言うのは私の台詞だ」

 

 弟分と可愛がっていた年下を取られたことを軽く嘆き笑いあう二人。そんな二人の間で一子は掴んだ確かな手ごたえを噛み締め、安らかな表情で眠るのだった。

 




何話か続けるかもしれないようなことを書きましたが書きたいことは全て書ききってしまったので、これで一旦完結です。

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