史上最強の妹弟子 カズコ   作:史上最弱の弟子

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番外:風間ファミリー、梁山泊へ(後編)

「駄目ですね」

 

「駄目じゃな」

 

 出陣2秒後、兼一と長老にきっぱりと駄目だしされる。

 やる気満々だったところに出鼻を挫かれ思わずずっこける剣星。

 

「なんでね!?」

 

「なんでって、馬師父が百代ちゃんみたいな綺麗な女の子と試合したらセクハラするに決まってるじゃないですか」

 

「大切な客人にそんな真似をされる訳にはいかんんからのう」

 

 思わず叫ぶ剣星に返ってくるのは至極当然な反論。

 その冷徹な言葉に対し、身に覚えがありすぎる剣星は怯むしかない。その話を聞いていた女性陣からも冷たい視線が集まってくる。

 

「そ、そんなことしないね。師匠を信用するよ」

 

 その状態に焦り、必死に反論する剣星。しかし、そんな彼をじと目で見てその発言をよせつけない兼一。

 

「残念ですが、女絡みのことに関してだけは一切の信用が置けません。聞いた話に寄れば闇との最終決戦の時ですら、セクハラしまくりだったそうじゃないですか。縛札衣とか使って百代ちゃんを脱がせる気でしょう」

 

「何、モモ先輩を脱がせるだと!? けしからん、いや、いいぞもっとやれ!!」

 

「岳人!! 本音と建前が逆になってるよ!!」

 

 兼一の言葉に喰らい付く岳人。モロに口で突っ込まれ、百代に物理的な突っ込みを入れられて沈黙する。

 

「あっ、あれは相手を無傷で捕らえる高度な活人拳ね。兼ちゃんだってたまに使ってるでしょ!?」

 

 その発言に兼一にも冷たい視線が移る。

 

「ぼ、僕は女の人を裸にしたりしてませんよ。縛るだけです」

 

「兼一さん、その言い方では誤解を招くかと。こちらに攻撃しようとしてくる相手を不必要に傷つけずに拘束するためですので、変な意図は無いんですわよ」

 

 焦ってまずい言い方をしてしまった兼一を美羽がフォローする。それを聞いて女性陣達も納得したようだった。ただし、それは兼一に対してだけである。

 

「まあ、兼ちゃんはともかく剣星のは欲望半分じゃからな。親善の場で若い娘さんと戦わせる訳にはいかんじゃろう」

 

「お、おいちゃんだって分別位あるね。友達が大勢居る前で辱めるようなことしないね」

 

「むっ、確かに師父はスケベですけど、そう言う妙にフェミニストな所もあったりしますね」

 

 今度の言葉は多少説得力があったようで、少し考える仕草を見せる兼一。

 そしてそこで意外なところから助け舟がでた。

 

「私ならかまいませんのでお相手お願いします」

 

 セクハラから守ろうとしていた当人、百代が試合を申し出たのだ。それに驚いて長老が尋ねる。

 

「よいのか?」

 

「はい、馬さんも先程のアパチャイさんや砕牙さんに勝るとも劣らない達人とお見受けしました。これ程の武人と手合わせできる機会を逃したくありません。もっとも、本当にセクハラしてきたならその時は容赦はしませんが」

 

「うむ、当人がそう言うのなら許可しよう。じゃが、剣星、くれぐれもわかっておるな?」

 

「わ、わかってるね」

 

 了承しながらもしっかりと釘を刺して置くことも忘れない。こうして、ようやく試合が始まるのだった。

 

 

 

**********

 

 

 

「それでは、始め!!」

 

 試合開始の合図と共に剣星が動く。しかしその動きは百代の予想に反し、緩やかなものだった。

 

(遅い?)

 

 アパチャイと砕牙、梁山泊の中でも特に速度に秀でた二人と戦った後だけにその動きを見て、一瞬、拍子抜けしてしまう。

 しかしその次の瞬間、彼女の腹部に重い鈍痛が走った。その腹部には押し当てられた剣星の手がある。

 

(なっ!?)

 

 ゆったりとした速度から一転、トップスピードの最短距離で間合いを詰めての掌底が叩き込まれていたのである。油断していたとは言えそれは時間的にも感覚的にも僅かなもの。その一瞬にして細かな隙を剣星は逃さなかった。その当たりはまさに達人。しかしそれ以上に凄いのはその急激な速度変化である。

 

「ぐっ!!」

 

 百代が反撃の正拳突きを放つ。それを横に移動してかわす剣星。流れるような動きで彼女を中心に周を描き、百代の背面近く、後ろ斜め横の位置に移動しする。そこで今度は脇腹目掛け掌底を叩き込む。二度目のクリーンヒット。

 

「はっ!!」

 

 やられっぱなしではいられないと、再度の反撃を仕掛ける百代。

 腹に響く痛みを堪え、身体を反転させて蹴りを放つ。それに対し、今度はしゃがみこんでかわす剣星。いやしゃがみながら身体を回転させると、一度しゃがみこんだのを伸び上がる際にその勢いを乗せて三度目の掌底を放つ。

 その一撃を受け百代は身体をくの字に曲げながら馬の動きを分析する。

 

(直線、円、螺旋、動きを次々と変えることでこちらにリズムを掴ませない。これが本物の中国拳法か!?)

 

 彼女がこれまでに戦ってきた実力者のほとんどは立ち技で打撃中心に攻めてくる戦闘スタイルの格闘家、ストライカーだ。

 その意味でアパチャイは戦闘スタイル的に非常に相性がいい相手だった。使用するのがメジャーな格闘技の一つであるムエタイであることもまた、有利さに拍車をかけたと言っていい。古式ムエタイや切り札のアパンチ、奥の手たるボーリスッド・ルークマイならばともかく、他の技は一度は体験、もしくは目にしてきたものばかりであった。勿論、百代の知るそれとは威力、速度、全てが比較にならない程の差があるが、それに対応できるだけの実力が無ければ仮にも武神を名乗れたりはしない。

 一方、砕牙には相性云々を言う前に負けてしまったので議論できない。

 そんな両者対し、多くの技法が秘技として扱われる中国拳法を使い、老獪な戦い方のできる剣星は百代がこれまでほとんど戦って来なかったタイプに分類される。しいて言うならばルー師範代がこのタイプに分類されるが、彼は同門だし、老獪差において剣星には劣り、そこまで読み辛いことはなかった。

 そう言った理由から百代にとって剣星は非常に厄介な相手であった。

 

(技量は間違いなく最上クラス。スピードもある。だが、体格が小柄だからかパワーはそれ程じゃない。なら……!!)

 

「むっ!!」

 

 百代の動きに剣星が警戒の声をあげる。身体毎割って入るかのような形で強引に接近を仕掛けてきたのだ。当然、そのような攻めをすれば何箇所かに隙は露出するが、急所だけはしっかりとカバーした状態になっている。

 

「川神流・鉄山靠!!」

 

 そのまま仕掛けてくる体当たり。剣星はそれを右腕で受け止め、そのまま身体全体を回転、コロの原理を使って相手の力をコントロールする防御方法、化勁の応用を持って受け流す。しかし、受け流されても気にせず百代は更に攻めてくる。

 

「無双正拳・乱れ突き!!」

 

「ちょいやああ!!」

 

 迫り来る無数の拳を化勁で逸らす。だが、そこで百代は技を重ねる。

 

「川神流、炙り肉!!」

 

「何とね!?」

 

 火を放つ腕、未知の体験と熱さに流石の剣星も一瞬、手を引いてしまう。そこを狙う百代。

 

「川神流・蠍撃ち!!」

 

「むん!!」

 

 必殺の一撃、それに対し剣星は防御を捨て、代わりに一歩前に踏み込みんで拳を放った。両者の腕が交差し互いの腹に攻撃が叩き込まれる。

 

「うぐっ」

 

「ぐぅっ」

 

 苦悶の表情を浮かべる二人。互いの身体が僅かに揺れる。

 

(防御が間に合わないと判断し、逆に攻撃を撃つことで威力を減退させたか。あの一瞬でこの判断は流石としか言いようが無いな。それに威力が減じたとはいえ、私の蠍撃ちを喰らってふらつく程度ですむとは……。)

 

 剣星の内功の強さは梁山泊で1、2を争うレベルである。内臓にダメージを与える蠍撃ちへの耐性は相当に強く、まともに喰らったとしても1、2撃であれば耐えることができる程だ。

 

(だが、何はともあれ一撃与えた。攻め方は間違っていない。体格とパワーの有利を生かし、接近で攻める!!)

 

 そう決意し、再び責める百代。それに対し、剣星は逃げた。

 

「何!?」

 

 百代の動きに対し、大きく跳びひいたのだ。背中こそ見せてはいないが、明らかに攻める意思を見せない姿。

 

(罠? こちらが近づいた所をカウンター狙いか?)

 

 困惑、意図の読めない行動に対し、ここに来て百代の経験不足の側面が大きくでる。

 その後、相手の考えが読めない百代は惑いを抱えたまま、反撃を恐れて中途半端な攻めを繰り返し、結局攻撃を当てることができないまま体力を消耗させてしまう。

 

(はあはあ、瞬間回復を使うか? いや、さっきの砕牙さんの時のようにそれが狙いだとしたら……うだうだ悩んでいるのは私の性じゃないな)

 

 迷いを振り切り決断する。その決めた判断は瞬間回復は使用せず、代わりに切り札の一つを使用するというもの。

 

「なっ!?」

 

 剣星の驚愕の声があがる。

 超加速、気の力により瞬間的に劇的に速度を向上させる技。使用することにより百代は剣星の予想を超える速度で接近し、そのままその勢いを乗せた拳が放たれる。

 

「超無双正拳突き!!」

 

 超音速にまでも達した一撃。それでも剣星は反応して店、ガードするがパワーに加え速度の乗った拳はそのガードを貫き顔面に叩き込まれる。

 だが、そこで感じる違和感。拳に返ってくる手ごたえが若干軽い。

 

「さっきの技か!?」

 

 顔面を回転させての化勁。とはいえ、強烈すぎる一撃の威力を殺しきることはできず、口からは血がたれ身体は大きく仰け反っている。時間がたてば頬は酷く腫れることだろう。しかし、踏みこたえ、倒れることはなかった。

 そして彼の腕が動く。

 

(反撃!? だが、ただでさえパワーの無い彼の、しかもこの間合いなら強い一撃は撃てない筈!!)

 

 超加速の勢いとその力を逸らされたことで、百代の身体は前のめりになり、二人は今、密着しすぎた状態になっている。寸勁を使ったとして、仰け反った不安定な体勢では如何に剣星と言えど完全なものにはならず、不十分な威力でしか撃てない。ただし、それがただの寸勁だったならば。

 

「浸透水鏡掌!!」

 

 寸勁の技法に重ね、表面と内部を同時に破壊する絶招を撃ち込む。その破壊力は例え100%の力を発揮せずとも十分な威力を秘める。

 

「ぐはっ」

 

 これまで受けてきた掌底とは比較にならない威力。

 腹に響く激痛に百代は最早、手段を選ぶ余裕は無いと瞬間回復を使用、発動する。

 

「何?」

 

 技は妨害されることも無く発動する。

 しかし、確かに発動したにも関わらず回復しきらない。その様子を見て、剣星は口の端を浮かべた。

 

「どうやら思った通りね。如何に気の力とはいえ、身体の奥深くに浸透したダメージはまでは無かったことにできないようね」

 

「浸透したダメージ……? あっ!!」

 

 そこで百代は気づく。これまでの戦い。剣星は攻撃の全てを腹部に集中させていた。腹部、つまり臓器の有る場所だ。人体は臓器を中心にして密接に関わりあっている。ボクシングなどの試合でもボディへのダメージは後から響き、身体全体へ影響をもたらす。剣星の腹部への集中攻撃は百代の体内に残り、彼が逃げ回っている間に浸透。

 そして止めの一撃によってそのダメージが一気に噴出し、瞬間回復を持っても完全には回復が不可能な状態へと陥いってしまったのであった。

 

(くそっ、警戒して瞬間回復をこれまで使ってこなかったのが裏目に出た!! いや、それともまさかそこまで計算づくだったのか!? だとしたら……)

 

「……完敗です。参りました」

 

 瞬間回復で表層的なダメージは消えているのである程度は動けるが、これ以上続けても勝ち目は薄い。そう判断し、潔く敗北を認める。本日2度目の負けは悔しかったが、まだまだ学ぶべきこと、挑むべき相手が居ること、武の世界の広さを改めて実感でき、百代は小さく笑った。

 

「それはそれとして、最後、他の人から見えない位置だったのをいいことに私の胸に顔を埋めたことに対する制裁は後でしっかりとさせていただきますからね」

 

 ただしセクハラに対してはしっかりと咎めておくのだった。

 

 

 

**********

 

 

 

 剣星との試合のダメージで百代がそれ以上戦うことが出来なくなったことにより、親善試合は終了。その後、逆鬼夫妻が遊びに来たり、キャップが風林寺島に探検に行ったり、紋白と新島が派遣契約を結んだりと濃密な三日間が過ぎた。

 そして、期間の日が訪れる。

 

「それでは、私達はこれで」

 

「うむ、また、何時でも訪ねてきなさい」

 

 百代と長老が握手し、別れの挨拶を返す。

 そしていよいよ帰還と言う時になって、長老がふと思い出したように爆弾発言を投下した。

 

「あっ、そうそう。鉄心の奴に伝えてくれ。仮面天狗は元気じゃとな」

 

「はい、わかりました。……えっ?」

 

 そして落ちる数秒の沈黙、その沈黙が解けると同時に驚きの声が響き渡った。

 

「えっ、ちょっと待って!? 長老、爺ちゃんと知り合いだったの!?」

 

「うむ。実はじゃのう。50年程程前、ちょうど終戦直前の頃にわしも一子ちゃんと同じように異世界に迷い込んだことがあるんじゃよ。その中のひとつが、一子ちゃん達が住んでおる世界でのう。異世界の住人であるわしがあまり影響を与えては如何と思い、変装してすごしておったんじゃ。その時の名乗っておった名前が仮面天狗なんじゃよ」

 

 その時、兼一達の脳裏に浮かんだのは天狗の面をかぶった正体を知るものからすればばればれの長老の姿だった。

 

「それでその時、ちょっとしたすれ違いから鉄心の奴と勝負することになってのう。途中でどっかの軍隊の奴等が邪魔して来たもんで決着はつかんかったが、あれはわしの生涯でも5指に入る激戦じゃったわい」

 

「その頃と言うとちょうど鉄心が全盛期の頃だな」

 

「全盛期のじじいか。私も戦って見たかったな」

 

 ヒュームが示唆をし、百代がそれに対し感想を述べる。

 それにしても全盛期の鉄心と無敵超人、二人を邪魔し、結果両者を同時に敵に回したどこかの軍隊にはご愁傷様としか言い様が無い。

 

「でも、それなら何で前の時はアタシに教えてくれなかったの」

 

「一子ちゃんには師範代試験に集中して欲しかったからじゃよ。余計なことと思ってのう」

 

 一子の疑問に笑って答える長老。

 

 

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注釈:長老は基本、秘密主義です。何故か大事なことを話しません

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「まあ、わかりました。それでは伝えておきます」

 

「うむ。頼んだぞ。ああ、それとよければ今度、兼ちゃんをそちらにお邪魔させてもらえんかの? 我等が弟子にはなるべく広い世界を知ってもらいたい」

 

「ええ、勿論、歓迎しますよ」

 

 笑顔で答える百代。

 そしてワームホールを産み出し、彼らは帰還した。しかし、次の再会はそれ程遠い日ではないことであろう。




これにて番外編終了です。
次に番外編を書くとしたら原点に返って、一子の成長の様子と兼一が川神院を訪ねる話にしたいと思いますが、実際に書くかどうかは今の所未定と言うことで。

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