史上最強の妹弟子 カズコ   作:史上最弱の弟子

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史上最強の妹弟子

「ワン子!!」

 

「来るな!!」

 

 倒れた一子の姿を見て仲間達が駆け寄ろうとする。しかし百代がそれを一喝し阻んだ。その迫力に思わず皆が足を止めてしまうが、その中で風間は直ぐにその威圧を撥ね退け不満を叫ぶ。

 

「何でだよ、モモ先輩!! 早く一子を介抱しねえと」

 

「いや、姉さんの言う通りだ。今、ワン子に近づいちゃいけない」

 

「大和!? 何故だ!!」

 

 百代に同意する大和。その言葉を冷酷に思いクリスが激昂する。しかし彼は冷酷な態度を取ったのではなく、冷静さを保ち一子のことを思いやったからこそそう言ったのだ。

 

「姉さんがさっき言ったことを忘れたか? 姉さんの攻撃に耐えて立っているか、あるいは立ち上がって見せたらワン子を認めるって言ったんだぞ?」

 

「あっ!!」

 

 その言葉で皆が気づく。そう、試験はまだ終わっていないのだ。ここで一子が立ち上がれば、彼女が今後川神院の師範代を目指すことは認められる。しかし誰かが手を貸してしまえばその時点で失格になってしまう。

 

「学園長もいいですよね?」

 

「うむ。一子が立ち上がったのならその時はわしも認めよう」

 

 合格の条件は百代だけでなく、鉄心も認めること。この後一子が立ち上がっても鉄心が認めず、不合格などという悲惨なことにならないよう言質を取る。

 そして皆じっと見るが、彼女はピクリとも動かない。

 

「おい、まさか、ワン子の奴死んじまったんじゃないだろうな?」

 

「不吉なこと言わないでよ!! 幾らなんでもモモ先輩がそこまでする訳ないじゃないか!!」

 

 岳人に叫ぶモロ。その言葉を証明するように、今まで動かなかった一子の身体が僅かに反応する。

 

「ワン子!! 頑張れ、立つんだ、ワン子!!」

 

 仲間達が次々と声援を送り始める。

 

「…………」

 

「みんな、一旦止めて!! ワン子が何か言ってる」

 

 しかしそこで京が一子の口が動き何かを言おうとしていることに気づいて制止をかける。その言葉に応じ、声援を止めると、皆彼女の声に耳を傾けた。

 

「……奇跡もなく……ただ闇が……」

 

「これは……」

 

「川神魂……」

 

 その呟きの正体を悟る風間ファミリー。それは川神に住む者なら誰もが知る川神魂を伝える詩。

 その詩が力を与えるように一子は少しずつ身体を起こしていく。その姿を息を呑んで見守る仲間達。

 

「揺ぎ無い意思を糧として……闇の旅をすすんでいく……」

 

 そして一子はついに自らの両の足で立ち上がってみせた。彼女は薙刀を構え直して叫ぶ。

 

「勇往邁進!! 川神魂!!」

 

「「「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」」

 

 大歓声が巻き起こる。そんな中、心から喜べないものが居た。

 川神百代、一子の義姉であり川神院の次期後継者である彼女は鬱屈した感情を抱えていた。

 

(立って……しまったか)

 

 この試験に合格したとて川神院の師範代になれる訳ではない。行われた試験はあくまで川神院の師範代として最低限の資質があるかどうかを確かめるためのものでしかないのだ。一子の成長は確かに素晴らしかったが、それを考えても未だ師範代への道は険しく望み薄いことに変わりはないのである。ゼロに近かった可能性が少しは芽がある物になっただけで、夢が適う保証などどこにも無いのだ。

 

(いっそ、ここで落ちていた方が……いや……)

 

 一子の夢を応援してやりたい気持ちと、彼女が茨の道を歩むことをやめさせたい気持ち、そして何時かは彼女に対し本当の裁定を下さねばならないという重責感、様々な感情が百代の中で混ざり合う。

 

(とにかく、今は一子の合格を宣言してやらねばな)

 

「これにて、試験を……」

 

 いずれにしても今は一旦、この場を締めるべきと試験終了と一子の合格を告げようとする。しかしそこで、誰もが予測していなかった声が響き渡った。

 

「待って!!」

 

 その声を発した人物に視線が集まる。その発言を発した人物は余りに予想外で、皆が困惑と驚愕を表情に浮かべた。

 

「おい、いきなりどうしたんだ?」

 

「もしかして、何か勘違いしてるの? ワン子は合格したんだよ」

 

 モロの言葉にもその人物は首を振る。

 そして”彼女”は口に出した。

 その場の誰もが信じられないような言葉を。

 

「お姉様、試験を続けて!!」

 

 合格を決めた筈の川神一子が試験を継続することを望んだのである。

 

 

 

**********

 

 

「な、何を言ってるんだ!?」

 

 口に出した言葉通り、百代には一子が何を言っているのか理解できなかった。それも当然だろう。師範代を強く嘱望してきた彼女がその一次試験の合格を告げられようとしたにも関わらず、それを拒むような態度を取ったのだから。

 困惑する彼女に対し、一子が口を開き理由を語る。

 

「アタシはまだ見せていないものがあるの。だからまだ終われないわ!!」

 

 語られた理由は一応筋が通っているものではあったが、納得しきれるものではなかった。

 

「まだ何か隠し玉があるのか? だが、それなら次の機会に見せればいいだろう?」

 

 百代の疑問は当然の物。不合格になりそうならばともかく、合格なのだから次の機会に見せればいいだけの筈である。しかし一子は姉の言葉を首を振って否定した。

 

「ううん、どうしても今見て欲しいの。これは一番大切な物だから。そしてこれを見てお姉様には心からアタシを認めて欲しい」

 

「ワン子、お前……」

 

 一子が自分の想いに気づいていたことに驚く百代。一方、動揺しているのは彼女だけではなかった。

 

「おいおい、まじかよ!?」

 

「姉さんの攻撃をあれだけ受けたんだ。立ち上がれたとは言え相当にダメージがある筈なのに、なんで、あんな無茶を」

 

「私にもわかりません。ただ……他人から見れば不可解でも一子さんにとってはそれ程に大切なことなのかもしれません。何があっても意見を変えるつもりは無いと言う強い意志を感じます」

 

 余りに無謀かつ、理解できないような行動を取った一子に戸惑う風間ファミリーの仲間達。

 しかし最終的には一子の決意の強さを感じ取り見守ることを彼等は選んだ。

 そうして僅かな時間が流れた後、百代が頷き答える。しかしその言葉の中には残酷とも思えるものが含まれていた。

 

「わかった、お前がそこまで望むのならば試験を続けよう。だが一つ言っておく。このまま無理に試合を続けても何の成果もだせず、無様に敗れるようなことがあった時は、判断力の欠如としてお前の合格は取り消されることになる。それでもやるか?」

 

 姉の放った言葉に僅かに震える一子。仲間達もざわめく。しかし、それでも決意は変わらないようだった。強く姉を見返し、宣言する。

 

「構わないわ」

 

「そうか……。それで私はどうすればいい? このまま戦えばいいのか?」

 

「できるなら、さっきの技、もう一度出して欲しいの」

 

 希望を尋ねる百代に対し返ってきたのはまたしても驚愕の答え。自殺行為としか思えないその答えに、しかし百代はこれ以上問いかけはしなかった。

 

「わかった」

 

 黙って応じ構えを取る。一子もまた薙刀を構えなおす。

 

「覚悟はいいな?」

 

「ええ」

 

 そして百代は再び無双正拳乱れ突きを放った。それを迎え撃つ一子の頭にあったのは逆鬼の教えだった。

 

 

 

**********

 

 

 

『いいか一子。連打ってのは体勢を整えずに次々と撃つ分、どうしても力が乗り切って無い”抜けた拳”が混ざりやすい。特に回転の速さを重視して、一発一発に意識を集中しない乱打の場合だと尚更な。そういう拳は同格以上の力がありゃあ簡単に弾けるし、かなりの力の差がある場合でも思いっきり打ち込んでやれば弾きとばすことが可能になる。やられた時には大ピンチになるから注意しな。勿論、逆に弾き飛ばしてやれば大チャンスだがな』

 

 

 

**********

 

 

 

「!?」

 

 百代の顔に驚愕が浮かぶ。彼女は自分の身に起きたことが理解できなかった。全力では無いとは言え、壁の上クラスの力を出して彼女は技を放った。にもかかわらず、一子の振るった薙刀によって、彼女の拳は上方に跳ね飛ばされている。その事実に彼女の認識が追いつかない。

 

(お姉様、アタシ史上最強の妹弟子って呼ばれたことがあるの)

 

 硬直状態に陥った百代に対し、一子は既に次の行動に移っていた。否、次の行動というのは語弊がある。何故ならば、彼女が百代の拳を跳ね上げたのは二撃を持って一連の動作とする技だからだ。故に、その動きは滑らかにして迅速。仮に百代が硬直しなかったとしても、対応しきれたかどうかわからない程の速さ。

 

(アタシはその呼び名が凄く気に入っている。アタシにピッタリだと思う。だって、アタシは兼一さんの妹弟子で……)

 

 上方に振り上げた薙刀を全ての力込めて振り下ろす。二撃の軌道が描くのは獰猛な犬の牙。

 

(お姉様の妹弟子なんだから!!)

 

 彼女の原点、川神流の技。それを異世界で磨いた、彼女の努力の集大成。

 

「川神流奥義・顎!!!!」

 

 その一撃が百代の肩を直撃した。完璧な形の一本。それを百代が取られた事等何年ぶりであろうか。その場に居た者達は皆、驚愕の余り、どう反応すればいいかわからず沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは言葉ではなくある変化だった。

 

「!!」

 

 百代の身体が光る。瞬間回復の発動。それにより肩の痛みが消えると百代は笑みを浮かべた。攻撃的な感情も、ごまかしも、愛想笑いも一切含まない喜びの笑みを。

 

「ワン子、お前が師範代になる日を楽しみにしてるぞ」

 

 それは、ただ端に一子が師範代を目指すのを認めると言うのではなく、彼女の夢を信じ期待するという言葉。その言葉を聞いた時、一子は湧き上がる感情を抑えることができなかった。

 

「おねえさまあああああああ!!!!!」

 

 思いっきり百代に抱きつき、百代もまた受け止める。その状態で二人は互いに涙を流した。それは、つい先日二人が再会した時にも負けない位、喜びと熱さの混じった涙だった。

 そんな二人の姿を見て仲間達は先程を上回る歓声をあげ、二人の下へ駆け寄るのだった。

 

 

 

**********

 

 

 

「ルー、顎を一子に教えたのははお前か?」

 

 鉄心が一子達の姿を見ながら隣のルー師範代に対し、問いかける。ルーは頷くと共に、自らの驚きについて答えた。

 

「ハイ、しかし驚きマシタ。マサカ、アレほどまでに練度を高めてイルとは。あの技の完成度だけならば、私を超えてイマス」

 

「うむ。一子から聞いた話によると、お世話になった道場では技はあまり教わっておらんそうじゃ。恐らくは1年の間、自主鍛錬のほとんどをあの技の習熟に努めたのじゃろう」

 

「……総代。カズコは師範代にナレルと思いますカ?」

 

 一子の成長を見、その裏の努力を感じ取ったからこその疑問。それに対し、鉄心は答える。

 

「正直わしにも何とも言えん。じゃが、もし一子が壁越えのレベルに辿りついたのなら、その時は川神院の師範代だけだなく、モモのライバルにもなれるかもしれんな」

 

「モモヨの!? 幾らなんでもソレは」

 

 川神百代は正真正銘の天才だ。川神院の師範代であるルーですら辛うじて戦える程度であり、その力は並外れている。しかも未だ成長を止めていない。一子が今後、更に成長したとしてもその時には彼女は更に先に進んでいる筈である。

 

「確かにモモの才能は底がしれん。じゃが一子は今、わし等の目の前で実力差を覆して見せた。それに加えて一子が異世界より持ち帰った2本の薙刀。模造刀と本物が一本ずつじゃったが、わしですらあれほどの業物は見たことが無い。あの武器の性能を完全に引き出すことが出来る程に成長したのならば、追いつくのは無理だとしても、多少なりとも脅威を感じさせる存在にならなれるやもしれん」

 

 鉄心の言う通りになれば、一子の望む通り、彼女はあらゆる意味で百代を支えることのできる存在となれるだろう。

 師範代として川神院の運営を支え、ライバルとして彼女の戦闘欲を満たし、そして万一彼女が暴走した時にはその歯止めと成れる存在に。

 

「まあ、そこまでは望み過ぎかもしれんがの。いずれにせよ、一子の今後が楽しみじゃわい。あの子が世話になった道場の方々には本当に感謝せんとな」

 

 そう言って鉄心は遠く異世界に感謝の気持ちを伝えるように空を見上げた。

 

 

 

 

 

 一子の夢はまだ適った訳では無い。

 しかし、彼女は今後も歩み続け、何時か夢に届くだろう。

 何故ならば彼女は二つの武術の総本山で学んだ

 

 最高の兄弟子と

 

 最強の姉弟子を持つ

 

 ”史上最強の妹弟子”なのだから。




予告通り完結です!!
ここまで書ききることができました!!
これも皆さんの応援のおかげです。
これで本編は終了になりますが、今後は連載という責任から解放されて、アフターストーリーや番外編をちょこちょこ書いていきたいかなと思っています。(感想とかもらえると作者のやる気がアップします)

それでは最後に、ここまで読んでくださかった方どうもありがとうございました。

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