史上最強の妹弟子 カズコ   作:史上最弱の弟子

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空白の半年についてはいずれ番外編か何かで保管するかもしれません。
以前に書きたいテーマを入れすぎて支離滅裂になってしまったことがあり、その教訓からこの話では一子の修行と師範代試験にテーマを絞って書き始めました。
余剰のエピソードはまず、きっちり完結させてその後で余力があったら書きたいと思っています。


最後の修行

「さて、一子ちゃん、今より最後の修行を行う。この坂を駆け下りるのじゃ」

 

「坂って長老!! これ、ほとんどって言うか完全に崖ですよ!! 三角定規の一番鋭いところより角度小さいじゃないですか!!」

 

 長老の言葉に突っ込む兼一。実際、彼等の目の前にある坂は世間一般では崖と呼んでいいレベルの急なものだ。しかも天然の坂だけあって、平坦ではなく岩肌があちこち露出している。

 

「なんの、坂と思えば坂、崖と思えば崖。かの源義経も崖と言われる坂を馬で駆け下りることによって戦果をなしたじゃろうて」

 

「そういう問題じゃなーい!! こんなとこ降りたら死んじゃいますよ!!」

 

 飄々とした態度で言う長老にますます語気を強める兼一。

 

「ふむ、では兼ちゃんは降りられんかね?」

 

「あっ、いえ、僕なら平気ですけど。って、なんか、こういう答えがでちゃう自分が怖いですけど」

 

 長老の問いかけに思わず肯定の意を返してしまい、すっかり世間一般の常識から外れてしてしまった自分を思い遠い目をする兼一。

 

「なら、大丈夫じゃろうて。この1年で一子ちゃんは格段に成長した。今の彼女ならばこのが……、いや坂程度なら何とかなる……筈じゃ」

 

「いま、崖って言いかけましたね。やっぱ長老も崖だと思ってるんじゃないですか。しかも最後に小さな声で「筈」とか言ったでしょう!? はっきり言わせてもらいます。僕はこの1年の間、一子ちゃんを見てきました。確かに一子ちゃんは成長しましたが、それでも今の彼女にこの崖をおりることなんてできません!!」

 

 長老が可能だと言ったものに対し、不可能だと宣言する兼一。しかし、自分の主張を否定されても長老は全く不機嫌な様子にならず、寧ろ嬉しそうな表情をした。

 

「兼ちゃんもなかなか師匠らしくなってきたのう。じゃが、無理と言うのは”今の”じゃろ?」

 

 その言葉に動揺する兼一。兼一が判断を間違えた訳でも、長老が判断を間違えた訳でもない。

 そして成長したとはいえ、まだまだ達人として入り口を超えたばかりの兼一に分かることが長老に分からない筈も無かった。

 

「確かに今の一子ちゃんでは無理じゃろうて。しかし、今の段階からもう一歩進み壁を一つ乗り越えることができれば、この坂もまた乗り越えることが出来るようになる。そしてその下地は既にできておることは兼ちゃんも気づいておるじゃろう?」

 

 長老の言う事は正しかった。しかし、この修行は一種の賭けであり危険を含んでいることもまた事実である。故に彼は考え、そして決断する。

 

「わかりました、長老。では、二つだけ条件をつけさせてください。一つは一子ちゃんの意思を確認すること。もう一つは……」

 

 耳打ちをして何かを提案する兼一。それを聞いてニカリと笑って、提案を受け入れる。

それで、残る条件は一つとなった。

 

「さて、一子ちゃん。話は聞いておったじゃろう。お主は我等に指導を受ける立場とは言え、あくまで川神院より一時的に預かった身。兼ちゃんと違って人権がある。故にこの修行を行うかどうかを決める権利がある。どうするかね?」

 

「……やるわ!! この機会を逃したらもう梁山泊の人達に指導を受けるチャンスは無いんだもの!!」

 

 一瞬だけ迷った後、決断する一子。こうして、一子のこの世界での最後の修行が決行されるのであった。

 

 

 

**********

 

 

 

「ふぅ」

 

 やるとは言ったものの、いざ崖の下を見るとその険しさに足のすくみを一子は覚えていた。流石の彼女も恐怖で逃げ出したくなる感情が湧いてくることまでは抑えられなかった。

 

(大丈夫長老さんは無茶は言っても無理なことは言わないわ!! 兼一さんだって最後には了承してくれた。なら、アタシには出来る筈なんだから!!)

 

 しかし師への、兄弟子への信頼が彼女の背中を後押しする。恐怖を乗り越え、足を一歩前に出す。

 

「行きます!!」

 

 そして彼女は大きく声をあげると共に平坦な場所から飛び出し、坂を駆け出した。

 

(……走れてる!! 凄い!! アタシ、こんなところを走れてる!!)

 

 足場の悪い急過ぎる坂を公道での自動車並みの速度で駆けながら一子は自分自身の成長に驚く。強い足腰とボディバランス、どちらが欠けても転倒し大惨事に繋がる場所を安定して走ることができるだけの力をこの1年で彼女は身に着けていたのだ。

 しかし、試練はこれからである。ブレーキをかけることなど不可能な程急な崖、速度はどんどん増してくるのだから。

 

(っつ、でも、まだいけるわ!!)

 

 速度が増し流石に重心が不安定になるもののそれでも何とか駆け下り続ける。このまま最後までいけるかと思われたがそこで彼女の視界に入ってきたのは大きな岩。今の速度で激突すれば大怪我ではすまない可能性が高い。

 

(避けなきゃ!!)

 

 必死に方向転換をする一子。ぎりぎりのところで回避する。しかし、岩を抜けた先にあったのは信じられない物だった。

 

(えっ!?)

 

 それは岩の密集地帯。一つ一つが巨大な岩が地面から幾つも生えている。今の速度ではそこに辿りつくまでに数秒も無い。その時、彼女は明確な死の恐怖を感じた。岩に激突して潰れる自分をイメージした。

 

(どうしたら……)

 

 このままでは自分が死ぬことはわかっている。しかし、どうやっても岩の密集地帯をかわせる気がしない。

 

 

 

横にかわす? 方向転換は間に合わない。

 

 

上に跳んでかわす? 巨大な岩が幾つもあり、それら全てを跳び越えることは不可能。

 

 

間をすり抜ける? 隙間は僅かしか無い。それをこの高速で?

 

 

 

 あらゆる手段を模索しその困難さに絶望しする。

 

(アタシ、ここで死ぬの?)

 

 僅か数秒が数分にも感じられる感覚の中、彼女は考える。

 長老は壁を乗り越えられればこの修行を達成できると言った。自分には乗り越えられなかった。そんな自分には川神院の師範代等目指す資格等なかったのだろう。無謀な夢を見てしまったのだ。そんなマイナスな感情、諦めが彼女の心を覆う。

 しかしその直ぐ後に彼女の心を過ぎり、そんな感情を吹き飛ばすものがあった。

 それは、元の世界での仲間達の姿。

 

(アタシは……アタシはみんなに、お姉様にもう一度会いたい!!)

 

 心からの渇望。魂の叫び。

 その時、彼女の前に扉が開いたのだった。

 

 

 

*********

 

 

 

「アタシ……生きてるのよね?」

 

 振り返って岩肌を見る。そこから見ても、自分がその場所を通り抜けたとは信じられない険しさであった。しかし、事実として今、彼女は生きており坂の下に居る。

 

「うむ、生きとるよ」

 

「えっ、長老さん!?」

 

 坂の上に居た筈なのに、何時の間にか自分の背後に居た長老に驚く一子。よく見ると長老だけでは無く兼一の姿もそこにあった。

 

「実はいざと言う時は一子ちゃんを助けられるように一緒におりとったんじゃ。最初からそれを言ってしまっては緊張感が無くなる恐れがあったので言えんかったがのう。さてと、それは置いといてじゃ。一子ちゃん、君は今、何を感じたか覚えておるかの?」

 

「とても怖かったわ……。それから死ねないと思ったわ。お姉様やキャップや大和、みんなにもう一度会うまでは絶対に死ねないと思ったの」

 

 自分の感じた感情を素直に話す一子。それを聞いて長老は満足気に頷く。

 

「うむ、それこそが獣心制空圏の極意じゃ。野生の獣は追い詰められた状況でも簡単には生を諦めることは無い。ぎりぎりまで己が生き延びる道、すなわち”活路”を見つけようとする。極限状態に追い込まれた時、諦めまいとする強い意志が最善への道を見つけ出すのじゃよ」

 

 獣心制空圏には流水制空圏同様段階がある。

 一段階目は相手の攻撃を先読みできるようになる。

 二段階目に入ると目の前の敵に限らず周囲全ての動きを捕らえることができるようになる。

 そして三段階目に入ることで”活路”を見出す。それは言葉通りの生きる道となることもあれば、敗北寸前から逆転への道を見つけ出すことになる場合もある。

 

「それでは、そろそろ道場の方へ帰ろうかの」

 

「ええ、そうですね。一子ちゃんが帰る準備をしないといけませんし。新白連合の皆にも伝えないと」

 

 少し寂しそうな口調で言う兼一。そう、今、彼女がクリアーしたのがこの世界最後の修行。つまり一子が元の世界に帰還する日まで後、数日なのであった。

 

 

 

**********

 

 

 

 一子が元の世界に返る日、そこには梁山泊の全員と新白連合のメンバーが揃っていた。

皆、口々に別れの言葉と声援を送り、最後に兼一が前にでる。

 

「一子ちゃん、僕達にできることはもう何もないけれど、君ならきっと達人にも川神院と言うところの師範代にも慣れるって信じてるよ」

 

「うん、アタシ絶対なってみせるわ」

 

 別れに涙目になる一子。彼女の肩に兼一はそっと手を置く。

 

「この世界から応援してる。君のことは絶対忘れないよ」

 

「アタシも兼一さんやみんなのこと絶対に忘れないわ!!」

 

 別れの挨拶は終わった。

 そして上空に次元の穴が開く。っと、言ってもフィクション等でよく見るような如何にもなものではなく、よく目を凝らすとほんの少し空間が歪んでいるように見えると言ったものだった。ただ、この場合問題はその見た目では無い。その穴が上空100メートル位の高さに生じていることだった。

 

「えと、どうやってあそこまで?」

 

 当然のことであるが、一子にはそこまで飛び上がることなどできない。精々7,8メートル位の高さが精一杯である。

 

「うむ、それはじゃな」

 

 長老が一子を担ぎあげる。その時点で、その場に居た者達のほとんどは嫌な予感を覚えていた。

 

「こうやってじゃああああああ!!!!!」

 

「きゃあああああああああああ!!!!!」

 

「やっぱりいいいいいいいいい!!!!!」

 

 長老がジャンプし、次元の穴を飛び越えその更に100メートル位上まで飛び上がって見せた。そこから自由落下しながら、一子に話しかける。

 

「わしがフォローできるのはここまでじゃ。穴の先は一子ちゃんがこの世界に来た時の場所に近いらしいのでそこまで危険な場所では無いと思うが断言はできん。しかし、余程のことが無い限り、己の身を守れるよう鍛えたつもりじゃ」

 

「うん。ほんとに、ほんとにありがとう」

 

 送ってもらうことだけではない。これまでの世話になった全て、その万感の思いを込めて礼を言う。しかし、もう別れを惜しむ時間は無い。

 

「うむ、準備はよいか?」

 

「うん」

 

 穴に向かって放り投げる。そこで彼女に届く兼一達の声。

 

「一子ちゃん、頑張ってー!!!」

 

「さようならー!!!」

 

 その声に送られ、一子はこの世界を去るのだった。

 

 

 

*********

 

 

 

「ワン子、一体お前は今、どうしているんだ……」

 

 一子が行方を消した山の中を駆け、その姿、せめて手がかりはないかと探す百代。しかし凄まじい速度で駆け回りながらもその言葉には気力が篭っていない。一子が行方不明になり、荒れて他者に八つ当たりした時期もあったが、今はその時期も通り過ぎ焦燥に近い状態となっていた。

 彼女には負い目がある。自分が川神院師範代を諦めろと言った所為で一子が失踪したのではないかと言う負い目が。

 

「いや、ワン子が失踪する筈が……」

 

 しかしその考えを百代は否定する。何故ならば一子にはチャンスが与えられていたからだ。再試験に合格すれば、今後も師範代を目指していいことになっていた。一子の性格上、チャンスを与えられながら逃げると言うことは考え辛い。

 しかし、一子が自分の意志で立ち去ったのでなければ失踪や事件ということになる。それはより悲惨な状況である可能性が高くなり、それならばまだ自らの意志で失踪したと考えた方が救いがあるのではとなり自責の念を増しながらも最終的には否定の考えに辿りつくと言う堂々巡りの悪循環に陥っていた。

 

「んっ、何だあれは?」

 

 その時、奇妙な物が彼女の目に入った。前方に見える岩崖の上の辺りがなにやら歪んで見えるのだ。

 

「蜃気楼……か何かか?」

 

 その時、歪みから何かが飛び出した。それが何か、目を凝らしたその正体に気づいた百代は叫び声をあげる。

 

「ワ、ワン子!?」

 

 それは行方不明になっていた義妹。何とか助けようとするが飛び出した方向は距離がありすぎて流石の彼女も直ぐにはその場にたどり着けない。

 そして彼女は表情を青くする。一子が落下する崖、その先も岩肌であるのが見えた身体、このままでは彼女は地面に激突し死ぬ。駆け寄る速度を速めるが追いつかない。絶望に実を包まれ、しかしそこで驚くべきことが起きた。

 

「やああああ!!!」

 

 背中に背負っていた二本の薙刀を両手で抜き、片方を地面に刺す。当然、岩に対し、刃は簡単に突き刺さったりしない。いや、そもそもその薙刀は模造刀であった。しかし一子の狙いは最初から岩に突き刺すことではなかった。地面に薙刀を滑らせその摩擦で減速させながら地面に近づくと、薙刀を棒高跳びの棒のようにしならせ、飛び上がって崖から距離をとる。

 そして岩肌を抜け土と石の混じった場所にもう片方の薙刀を突き刺し、その後自らの足と衝撃を分散させて着地してみせた。

 

「はー、怖かった」

 

 ほっと一息つく一子。

 一方、一連の流れを見ていた百代は呆然とする。しかし、直ぐに正気に戻る。大切な妹が無事に戻ってきた。それに比べれば目の前で起こった奇妙な現象も、一子が見せた見事な動きもどうでもよかった。

 

「ワン子!!」

 

「えっ、この声は?」

 

 名を呼びながら文字通り彼女の元へ”跳んでいく”。

 そして思いっきり彼女を抱きしめた。

 

「お、お姉さま!?」

 

「ワン子、よかった……本当によかった、無事で……」

 

「お姉様泣いて……ご、ごめんなさい、ごめんなさい、心配かけて……」

 

 互いに再会の涙を流し抱きしめあう姉妹。

 そのまま涙が止まるなで、二人はそうし続けるのだった。

 

 

 

**********

 

 

「それで、ワン子、一体いままでどこで何をしていたんだ?」

 

「あっ、うん、信じられないとかもしれないけど……」

 

 しばらく立ちお互いに落ち着くと、一子は異世界に迷い込み、そこで知り合った梁山泊の人達に世話になっていたことを説明する。

 現実離れした話であったが、証拠として持ち帰った異世界の地図やこの世界にはまだ影も形も無いスカイツリーをバックに撮った写真、更に百代が見た光景。何よりも一子がそんな嘘をつくようなことをする人間では無いという信頼から百代はその話を信じることにした。

 とはいえ、それで全てめでたしめでたしと言う訳には行かない。

 

「大変だったな。しかし、仕方の無いことだったとはいえ、お前がいなくなったことで、沢山の人に迷惑と心配をかけたんだぞ。風間ファミリーや川神院の皆は休みの度にお前の情報を掴もうとあちこちで活動していたし、英雄の奴なんて九鬼財閥の力を使ってまで大々的にお前のことを捜索したしな」

 

「うっ、そんなに心配かけちゃったんだ。みんなに謝りに行かないと」

 

 一子の方は帰れることがわかっていたし、心配させているだろうことはわかりしばらくの間は気に病んでいたものの、連絡を取るにもどうしようもならなかったため、次第に意識することが少なくなっていた。

 しかし残された者達にとってはそうはいかなかった。何せ一子の行方不明は原因不明でその消息が一切知れなかったのだ。元々彼女が多くの人から好かれる人柄だっただけに大騒ぎになり、それがある程度収まった後も皆が心を痛めていたのである。

 

「私も姉として一緒について行ってやる。皆にお前の無事な顔を見せてやらなければな」

 

 不可抗力とは言え、その責任は取らなければいけないだろうと、迷惑をかけた人の下に挨拶に行くことを約束する。

 そしてこの話が完結したところで、もう一つ話しておかなければならないことがあった。そのことを告げるのに、百代は酷く躊躇った。今は再会を喜び、水を刺すこの話は後にしても良いのではないかと自分に言い訳をしたくなる。しかし、その気持ちを抑えて、彼女は口を開いた。

 

「それとだが……1年前、お前がこの世界から居なくなる直前のこと覚えてるか?」

 

「うん、師範代のことよね?」

 

「そうだ。本来なら、この再試験を受ける条件であった武道大会に参加しなかった時点で資格は無くなる。だが、今回に関しては予測不可能なアクシデントがあり、それではお前も納得できないだろう。だから皆に謝り終わった後、特別に試験を行う。合格の条件は私に一撃でも入れるか、私と爺の両方に師範代になるだけの力があると認めさせるかだ。これで不合格であった時は……きっぱりと諦めてもらう」

 

「わかったわ」

 

 姉の言葉に迷いも怯えも無く答える一子。

 突如、師範代を諦めるように言われた1年前とは違い、期間を置いたことで彼女中で十分に覚悟は決まっていた。

 そしてこの1年で強くなったと言う自信も、今の彼女にはある。

 

「お姉様、アタシ必ず認めさせてみせるわ!!」

 

 姉に向かって強く宣言する一子。

 そして10日の時が流れ、彼女の運命を決める日が訪れるのだった。

 




とうとうここまでこれました。ラスト2話。一番書きたかった所です。

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