【完結】 宿命の和了 【アカギ×咲-Saki-】   作:hige2902

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第四話 和了

「悪いな大沼、おまえ以外にろくな知り合いがいなくてよ」

 と、市川。新幹線に揺られて、対面に座る同年代の老人に言った。

 大沼と呼ばれた男はふてぶてしそうに答える。

「ヤクザもんと関わりを持つからそんなザマだ」

 

「しかしまあ、昔おまえとロシアンルーレットでケリをつけようって時に銃が暴発しただろ? その際の始末をつけてもらった恩が川田組にあった。銃創なんざをまともな病院で診てもらう訳にもいかねえ。失明で済んだのは奇跡的だったが」

「知った事か」

「あの時、暴発しなけりゃあどっちかが死んでた」

「あほか。弾が出ると宣言して天井に撃って出れば勝ち、出なければ無条件で負けってルールをおれが知らないと思ってんのか。どうせ最後の番になったらおまえ、そうするつもりだったんだろうが」

 

 市川は薄く笑った。

 

「ま、それはそれとして熊倉は元気か。というか生きてんのか」

「元気そうだよ。どこだったか、女子高? の麻雀部の顧問かなんかやってるらしい」

「らしいって……なんのために弾倉を回したのかわかりゃしねえや」

「あんときゃ女を巡って命を賭けるくらいには若かったからな。それはそれとしておまえ、例の件だが本気なのか?」

 

「ちょっとばかし野暮用を済ませてからな」

「用?」

 

「い、い、市川!? おまえなんでこんなところに」

 指定席を探して車内をうろついていた石川と黒崎がばったりと出くわし、瞠目する。つい今しがた部下より、国広が例の土地での公演契約を結んだという情報が入って来たばかりなのだ。

「なんだおまえらは」 と大沼。明らかな筋者に向けてぞんざいに言い放つ。

 

「その声は黒崎か? 手間が省けたぜ、頼みがある」

「そりゃこっちのセリフだ、代打ちを探してたんだ」

「市川てめえヤクザと手を切ったとか抜かしてたから、おまえの頼みを聞いてやろうって気になってたのによ」

「まあそう言うな。どうしてもな、こいつらみてえに裏に顔が利かなきゃできねえことがあるんだ」

 

 

 

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 ばかな。

 

 川田組と卓を囲んでいた敵対組織は愕然とした。念には念を入れて金を積んで雇った最高の代打ちの敗北を受け入れられない。とてもではないが本当の事と認識できない。

 相手は勝負勘が折れたと噂される盲目の代打ち。耄碌してもおかしくない年齢の男に、負けた。老いぼれに。

 

「じゃあおたくらのシマ、貰うから」

 

 と石川。手早く部下に連絡した。呼応して敵対組織の管理する風俗店などの実質的な経営者に若い衆が向かう手はずだ。まったくもって古いヤクザな手口。筋さえ通してしまえば何をやっても許されるという道理を押し通す。戦争になったら、なった時だ。約束を反故にした相手が悪い。

 市川と共に待たせてある車に乗り込む。車中で石川が言った。

 

「ありがとよ、市川。おまえの頼みについては任せてくれ。必ずやつを見つけ出し、おまえの元へ連れてくる」

 ああ、と市川は気のない返事。

「しかし本気か? 表の雀士として生きるってのは。裏ならその何倍と稼げる……いや、金に頓着するような性格じゃないか」

「まあな、裏プロが今更のこのこと清廉潔白な雀士として生きるなんてずうずうしいだろうし、面倒も多いだろうが恩は返しておきたい。老い先短い人生を終える前に返済できりゃあいいが」

「恩?」

「年端もないガキにな、あるんだ。そいつがいなけりゃ、わしは壊死を待つばかりだった」

「そうか……詳しくは聞かねえけどよ、なんかあったら言ってくれや」

 

 市川は車窓から夜空に視線を向けた。たぶんそこにあるはずだと昔見た月をおぼろげに脳裏に描く。

 たしかにな、麻雀は楽しい。おまえと打ってみてよくわかった、命も金も賭けてない素面の三麻に燃えた。だから天江、おまえが退屈しないで済む土台を造ることでこの貸し借りはチャラにさせてくれ。

 市川は浅い眠りについた。

 

 

 

 それからしはらくして、麻雀界を更なる熱狂の渦に叩き込む一人の雀士が大沼の手引きで現れた。盲目、右足を引きずる老人。打ち筋は老獪で、理にかなった戦略の中に常軌を逸脱した戦術。あるいはその逆であり複合型。心身掌握の打ち回しは幾度も観客を沸かせた。

 大沼秋一郎、熊倉トシに加えて三羽烏と評され、のちの麻雀界の発展に大きく貢献した。

 

 そんな年のインハイの前座であるエキシビジョンマッチ。われこそは、という者が三羽烏に挑むというイベントが開かれた。ハンデとして挑戦者のみフーロ可能などが盛り込まれた変則ルール。これは任意によるもので、拒んで通常のルールでも戦う者もいた。

 

『若干、ひき笑いが会場に響いてますね』 と、実況アナウンサーの福与が解説の小鍛冶に振る。

『まあ挑戦者の五面張、有効牌がことごとく握り潰されちゃいましたからね』

『果たして三羽烏が放銃する日は拝めるんでしょうか』

 

 その様子を控室で見ていた竜門渕の面面はあれやこれやと打牌や待ちなどに議論の花を咲かせていたが、純に招待された南郷はモニタを見て固まっていた。なんで市川があんなとこにいるんだ? 開いた口が塞がらない。

 

「どしたの南郷さん」 と純。アボカドとサーモンのマリネをぱくつく。

「いや別に」 視線を逸らして答える。というかいくつだよ、市川。

 

 南郷は再びモニタの市川を見やる。そこにはかつてやつと死闘を繰り広げた、執念と妄執に憑りつかれたような狂気の相は浮かんでいない。

 市川は笑っている。

 それを見て、なんだか南郷も嬉しいような気持ちになる。あの様子だと川田組とは手を切ったのだろう。やつに敗北した時の市川は、敵とはいえ痛ましかった姿が今でも脳裏にこびりついた。結局のところ市川とて人間だ、やつの同類である悪魔じゃあない。人間が人間らしく人生を楽しんで、何が悪い。

 ひょっとしたら裏プロは今の市川をせせら笑うかもしれない。だがきっと市川には関係ないのだ。第一、嘲笑するような裏プロに市川が負けるなどとも考えられない。

 

 サイン、書いてもらうんだったな。そんな荒唐無稽な思考に小さく笑った。

 

「なあなあ、南郷さんは挑戦しないの?」

「じぃじはかなり強い、ころもが保証する。選手は挑めないのが困ったものだ」

「ま、余興だしな。そうだな、打ってこようかな」

 

 南郷は手に持っていたコーヒーを置いた。数年ぶりのリターンマッチだ、と心で付け加える。胸が躍った。まさかこんな気持ちで市川と対するチャンスが来るとは思わなかった。前回は戦戦恐恐と打っていたが今回は違う。命のやり取りも金も絡まらない、それでも興奮してしまう。

 

「お、やる気かい。南郷選手、自信のほどは?」

「どうかな、負けそう」

「ならどうして笑っている?」

「つい、嬉しくなってな。たぶん負けても、笑っているだろうな」

「真剣であれば勝っても負けても楽しめる、それが麻雀に限らず勝負のもたらす恩恵だ」

 

 得意げに語る衣に頷き、南郷が室を出ようとしたところでスピーカーから解説役が新たな挑戦者を伝えた。エントリーネームは南郷オサム。

 同姓か、と南郷がドアノブに手をやってモニタを確認すると愕然とした。挑戦者の特徴的な白髪が目を引く。卓にマイクはないので会話は聞き取れないが、市川が悪戯に笑って口を開いている。

 

 

 

「久しぶりだな」

「まさかあんたがプロになってるとはね。川田組の連中を使ってまでおれをこんなところに呼び出して、何の用だ」

 

 白髪の男は静かに卓についた。熊倉と大沼は黙って砌牌する。

 

「ずいぶん荒れてるらしいじゃねえか」

「関係ねえだろ」

「わからんでもない、おまえの気持ちは。要するに食うか食われるかするような相手がいなくなっちまったんだ、身を削るような勝負ができなくなった。有名になりすぎて、誰も相手してくれなくなった。いやむしろよくわかる。わしもちょいと前まで、似たような環境にいたからな」

 

 そこで、と市川は打牌し、ことさら重要そうに言う。

 

「わしは思い知らされた。ひよっこみたいなガキさ。そいつもまた相手に飢えていたんだとさ。かつてのわしや今のおまえと同じように。もちろんガキは博徒なんかじゃない。裏プロが表を下に見る風潮があるのは事実だがよ、大金を賭けてやってるこっちの方が表よりも勇気があって技術も上だと。ばかだよ、ギャンブルという追い風を受けているに過ぎないのに、それが自分の実力なんだと錯覚している。破産しちまうほどの金を賭けてりゃ必死になろうものだが、裏を返せば、賭けなきゃ必死になれねえんだ。ま、おまえは違うだろうが」

「何が言いたい」

 

「おまえは、違うと言ったんだ。おまえは表を見下しちゃいない、単に興味がないだけだし、だから裏の方が技術も度胸も上だとは思っちゃいねえ。大抵の博徒は偽だ、ギャンブルという手助けで神経を尖らせている」

 

 一拍置いて続ける。

 

「という前置きの元、おまえを倒そうと思っている」

 

 白髪の男は疑いの目で市川を見やる。

「かまわない、命を賭けるというのなら」

「いいや、わしは何も賭けん。賭けるのはおまえだけだ」

 

 苛立つ白髪の男を無視して、ニヒルに笑った。

 

「わしはおまえという悪を倒すつもりだ、そのためには対極する善でなければならん。ギャンブルという強力な支援なく、おまえを倒してみせる。それ故にやはり、善が命のやり取りをするというのも道理が通らん」

 

 それで? と続きを促して白髪の男がツモる。

 

「おまえ、わしが勝ったらギャンブルから足洗え」

「え?」

 

 瞠目する白髪の男の打牌と同時に市川は倒牌する。隙を突く一撃のように。

 

「きっぱりと博打から縁を切り、まっとうに生きろ。なんならプロになってみるか? 口添えしてやってもいい」

 

『明らかに挑戦者の打牌の発声前に市川プロが倒牌したように見える訳ですが、どういうことでしょうか』

『たまにあります。絶対にロンできるなーって一手を相手に感じる時が』

『ある、かなあ』

 

 市川はサングラスを外し、濁った瞳で白髪の男を捉えて言った。

 

「アカギ、おまえに教えてやる。わしが教えられたように。命や金のやり取りがなくとも、真剣になる連中はいるんだ。会場を見てみろ、わしから見りゃみんなガキみてえな学徒が一生懸命なんだ。どいつもこいつも鎬を削って勝負をしている。ここには信念という心の生殺与奪があるんだ。だからまるで世界の全てを見てきたように飽くな。裏から言わせりゃわし含めてここにいる連中は命を張れない三流かもしれない。能動的に何かを放り出せない停滞状態にあると評するかもしれない。だがな、違うんだ、違うんだよアカギ。勝負するなら、賭けずとも熱さえあればなんだって構わないんだ。固執するな、物理的なやり取りに。それだけでは児戯に等しいんだ。もっと気楽に生きろ、じゃなきゃあ気楽に死ぬことすらできねえ。だから教えてやるよ、楽しませてやるぜ。何も賭けないおれが、唯一無二の博徒の才を賭けるおまえと勝負して証明する。知らしめる、熱けりゃ三流でも上等だってことを!」

 

 麻雀は楽しい。そうだろ、天江。

 市川は思った。この勝負に勝っても負けても、おれは笑っているだろうと。

 たとえ運命の女神がやつに和了を宿命させたとしても。

 




宿命の和了 完

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