私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 出番の少ないオリ主()のターン!
 また幕間的な話になります。


第三十四話 舞台裏のキャスト

 

 

 

 穏やかな日差しの降り注ぐ中、私はデートの待ち合わせをしていた。

 本日の空模様は青空の見える快晴。出掛けるには良い日和だ。

 

 集合場所として指定したのは、あすなろ市内にあるカフェ<レパ・マチュカ>。

 落ち着いた雰囲気と豊富なスイーツ類が売りの、雑誌でも頻繁に紹介されている名店だ。 

 

 ここで腕を振るうパティシエがイケメンという事も影響しているのか、ファンとして通い詰める女性客も多いらしい。

 平日は近くに勤めるOL達が休憩時間によく利用しているのを見掛けるが、休日である現在は有閑マダム達の姿が多く見受けられる。

 

 メニューの値段はややお高めだが、味は最高級と言っても良いだろう。

 つい先日も件のイケメンパティシエがコンクールで何らかの賞を獲ったとの事だが、長ったらしい横文字だったので詳しくは覚えてない。

 

 ぶっちゃけ興味も薄かったのでお洒落っぽいという印象しか残っていなかった。我ながら貧弱な記憶力だと自嘲する。

 まぁ箔が付いたのは良い事だ。私が食べる分にはあまり関係ないけど。

 

 ちなみに店名である<レパ・マチュカ>は「可愛いネコ」という意味らしい。

 名付け親に聞くまで意味がさっぱり分からなかった。何らかの魔法の呪文だと思ってしまった私は悪くない。

 

 【銀の魔女】という通り名も、微妙にこの魔法少女業界で売れてきてしまった昨今。

 多方面から恨みを買いまくっているので心休まる時が少ない。まぁ身から出た錆というものだが。

 

 なのでせっかくの休息の機会を逃してなる物かと、私は全力で休日を謳歌するつもりだ。

 何か方向性が違う気がしてならないが、まぁ些末な問題だろう。

 

 ちなみに永遠の十四歳である私だが、今は大人モードでバリキャリの出来るウーマン形態になっている。

 私の他にも休日出勤しているのか制服姿のOL達の姿がちらほらと見えるので、そこまで浮いた姿ではないはずだ。

 久しぶりのデートなのに何故スーツなのかと言えば、正直ここ数年程年中無休で各地を飛び回っていたため、私服に袖を通す暇がなかったからだ。

 

 魔法少女として、あるいは銀の魔女として、裏に表に活動をしていたため着るのは制服やスーツの類ばかり。

 埃被った流行遅れの服を着るのもなんだかなぁと気が進まなかったのと、もはや仕事着と言っても過言ではない服装に慣れきってしまっていたため、こうして隙のないスーツ姿で過ごしている次第なのだ、と言い訳しておこう。

 

 たまのデートに着ていく私服もないとは乙女的に落第かもしれないが、私自身にお洒落の概念は相も変わらず薄かった。

 自分を可愛くさせるよりも、他の女の子を可愛くさせてぺろぺろしたいというのが正直な気持ちであり、また魔法少女となって以来、美容関係の面倒事が減ったため、元々ズボラな気質のある私としては、おそらく外見からは想像もつかないほど女子力を低下させてしまっていた。

 

 更に言えば、料理、洗濯、掃除、裁縫……古き良き大和撫子の条件など、なにそれおいしいの? 状態で壊滅してしまっている。

 それもこれも嫁であるアリスが優秀過ぎるのが悪い。

 

 医者も思わず「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!?」と絶叫するレベルである。

 もしも女子力スカウターの様な物があれば「女子力5だと? チッ、ゴミめ」と言われる事請け合いだ。

 一度でいいから「私の女子力は53万です」とかドヤってみたい。今言っても虚しい嘘にしかならんから言わないけど。

 

 そんな益体もないことを徒然と考えていると、ようやく待ち人が現れた。

 今の私と同年代の女性であり、スーツ姿のよく似合うバリキャリウーマンだ。

 ここは類が友を呼んだと言うべきだろう、なんてね。

 

「遅れてごめんなさい、リンネ。待たせたかしら?」

「ううん、今来たとこ。……あ、なんだかこれカレカノっぽくない?」

 

 私がそう言うと、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。

 友達デートという言葉もあるだろうに。そう嫌がってくださるな。

 私にとってはこれも立派なデートなのだと強弁しておこう。

 

「ごめんなさい。私ノーマルだから」

「それは残念。でも私、実はノンケでもほいほい食べちゃうような女なの。というわけで結婚しよ?」

「なにバカ言ってんの?」

 

 到着早々、待ち人には心底呆れた顔をされてしまった。ブリザードな視線が心地良い。

 まあこれも私達の間でのお約束という奴だ。

 

 目の前の彼女――石島美沙子(ミサコ)は、魔法の存在を知らない極々普通の一般人だ。

 

 ミサコは私のかつての同級生であり、今でもこうして連絡を取り合う程度には親しい関係を維持している数少ない存在だ。

 最初は表向きの立場を補強するための友好関係だったのだが、私自身が好んで付き合っているため今ではほぼプライベートな関係だと言える。

 

「よく考えたら私も可愛い女の子追いかけるのに忙しいから結婚はいいや。ここが同性婚ありな国だったら分からなかったでしょうけど。もちろん重婚ありありでね」

「……はぁ、ほんとに不誠実な女ね。今更あなたの趣味にとやかく言わないけど、男だったらとっくに逮捕してるわよ」

 

 確かにミサコの職業は刑事だが、これは彼女なりのジョークという奴なのだろう……だよね?

 女刑事とは大変そうだが、頑張り屋さんな彼女には是非とも出世して貰いたいものだ。

 

「ミサコとそういうプレイするのも吝かではないけど?」

 

 ミサコはぱっと見こそきつめな印象を与えるものの、間違いなく美人の部類に入る。

 是非とも婦警さんコスを着てみて欲しいが、言えば間違いなく殴られるので賢明な私は口を噤んだ。

 

「しばらく会わないうちに、まーた頭のネジが随分と緩んでるみたいね。きっちり締めてあげましょうか? 物理的に」

「久しぶりに中学以来の友達に会ったんだから、テンションが上がっちゃってね。大目に見てよ」

 

 アイアンクローを仕掛けてくるミサコの手を必死に掴んで防御する。潰れたトマトにはなりたくないのです。

 そんな風に気のおけない友人とじゃれあっていると、注文していた品がテーブルに運ばれてくる。

 そこで私達は久しぶりの再会を祝った。

 

「それじゃ改めまして、久しぶりミサコ。元気してた?」

「ぼちぼちね。こっちは相変わらずよ。女で刑事なんかやってるとストレスが溜まること溜まること。

 いっそどこかで爆弾魔でも現れてくれないかしら。捕まえて手柄にでもすれば、出世して多少はマシになるかもしれないし」

 

 中々に過激な事を言う刑事さんだ。

 どこかの世界線ではマッチポンプをやらかしそうだが、正直ミサコは根が善良なので失敗する未来しか見えない。

 

「それで良いのか公務員」

「今はプライベートな時間だから良いのよ。四六時中カチカチになってたら長持ちしないわ」

「大人になるって悲しいね。昔は正義感に溢れる真面目なクラス委員長様だったのに」

「そしてあなたは優等生の皮を被った問題児だったわね」

 

 懐かしい思い出話に笑顔を零しつつ、私達は友好を温める。

 とは言っても今までもたまに会っていたので、それほど温め直す必要もなさそうだったが。

 

「それにしても、あれからもう十五年か……」

「ふと気が付けば三十路間近、お互いに年取るわけよね」

「ぶん殴るわよ?」

 

 青筋を立てて怒るミサコに私は思わず苦笑した。

 割と気安い関係ではあるのだが、どうやら年齢ネタはNGらしい。

 

 冗談はさておき、ミサコが思い返していたのは、かつて親友だった少女の事だろう。

 私にとってもかつてのクラスメイトであり、かつて転校したばかりだった私にとても親切にしてくれた記憶がある。

 

「ごめんごめん。でもさ、ミサコも健気だよね。それだけ想われる<レミ>のことが羨ましいよ」

 

 『椎名レミ』は、中学時代のミサコの親友だ。

 彼女は中学三年生の当時、行方不明になっている。

 

 そしてミサコが刑事を目指し始めた時期も同じだ。

 彼女の口から聞いたわけじゃないけど、それにレミの存在が無関係であるはずもない。

 今なおこうして想われる友情に、私は羨望を覚えずにはいられなかった。

 

 そんな私の疎外感の様なものに気付いたのか、ミサコは呆れるように言った。

 

「なに言ってんの。あなただって私の大切な親友の一人よ?」

 

 さらりとミサコから告げられた言葉に、私はつい目を丸くしてしまう。大胆な告白は女の子の特権。

 

 ちなみに私も含めて女の子とか言える年齢じゃなくね? などとは死んでも言ってはならない。

 

「……あ、そうなの? ちなみに例えるならどのくらい大切な感じ? むしろ愛してくれてもいいのよ?」

「もしもあなたが罪を犯したのなら、改心するように説得した後にブタ箱に入れてあげるくらいにはね。

 なるべく早めに釈放されるよう便宜を図ってあげてもいいわよ。そんなコネないし、あっても使わないけど。気持ちくらいは祈ってあげるわ」

「……友情って何だろうね?」

 

 普通に逮捕するだけやん、と小声で呟く。友情はプライスレス。

 

「友達だからこそ厳しくする。これも愛の鞭なのよ」

「私は飴も欲しいわ。鞭打たれるのも嫌いじゃないけど」

「……あなたってほんと底なしの馬鹿ね。まぁ元気そうでなによりだわ」

 

 呆れた様子で新たにオーダーしたスイーツを口にすると、ミサコは目を見開いた。

 

「あら? ここのケーキすごく美味しいわね」

「でしょう? 腕の良いパティシエを拾ってね。空き店舗だったここを任せてみたら結構良い感じでさ。

 まあ経営手腕は正直微妙だったから、うちから人材派遣してマスターはキッチンに篭もりっきりなんだけどね。

 職人は自分の戦場に専念してもらった方が、誰も不幸にならないわよねぇ」

 

 彼もパティシエとしての腕は良かったのだが、致命的だったのは人が良すぎた事か。

 店と土地を騙されて奪われてしまい、自動的に職を失ってしまったところを私が偶然拾ったのだ。

 

 まあ騙されたという話の中身を聞けば、私個人としてはぶっちゃけ騙される方が悪いと言いたくなるような内容だったのだが。

 訴えれば勝てるかと言われれば、正直微妙な所。彼の話と立地から大凡の事情を推測できたものの、面倒臭い政治色が見えた時点で泥沼不可避。

 というかぶっちゃけ私んとこも一枚噛んでる事業の関連だった。端っこも端っこだけど。

 

 まぁ単純に正しい事だけが罷り通る世の中じゃないんだよね。

 利害が絡むと善悪すらも歪むし、そこに他の要素を加えていく度にどんどんカオスになっていくわけで。

 

 私に出来る事は偶然拾ったこの腕の良いパティシエを、偶然持て余していた空き店舗で働かせる事くらいだった。

 彼の事は前に取引先の狸親父からちらっと小耳に挟んだ気もするが、いやぁ偶然って怖い怖い。

 

 そんな野生のパティシエをこれ幸いとゲットしたのが一年ほど前の事。

 彼も当初こそ自分の城を失って意気消沈気味だったものの、雇われとは言え再び腕を振るう事に不満はないらしく、今ではこの店を切り盛りしてくれている。

 

 ちなみにそれが件のイケメンパティシエだったりする。やはり適材適所って大切だね。

 理想だけじゃ誰も幸せにはなれないのだから。悲しい事だけど。

 

「あなたいくつ店抱え込めば気が済むの……なんだか真面目に働くのが馬鹿らしくなるわね」

「それなら私の所に永久就職という道もあるけど?」

 

 正直お金には困っていないので、愛人の十人や二十人は余裕で養えるだろう。

 世間の風当たりにも、真っ当な倫理にも負けぬ。そういうハーレム王に、私はなりたい。

 

「文字通り人生の墓場ね。断固お断りします」

「ちぇ、そんなんだから行き遅れ……ナンデモアリマセン」

 

 まぁ、ぶっちゃけ幸せにする自信はこれっぽっちもないので、断ってくれて内心ほっとしている自分もいる。

 アリス()がいるし、私に人並みの愛というものを期待されても困るのだから。

 

 するとミサコは何か嫌な事でも思い出したのか、顔を俯かせてしまう。

 

「……私だって好きで独身やってるんじゃ……刑事なんてやってると出会いが……職業知られると身構えられるし……何か後暗いことでもあんのかってのよ!!」

「人は誰しも心に疚しいことを抱えているものなのさ。そう目くじら立てなさんな」

「くっ! その余裕がムカつくわ! 全然羨ましくないけど!」

 

 私くらいに開き直ってしまえば色々と生きるのも楽なのだろうが、そこまで人生捨てているわけでもないミサコとしては、見習うわけにはいかないらしい。

 石島美佐子29歳。色々と焦るお年頃だった。

 

 私? 私は永遠の十四歳なのでノーカンノーカン。

 正直、正確な年齢とか自分でもよーわからんのです。

 

 ……ついにボケた? とか思った奴は屋上な。

 <黒球>みたいな異界やら、時間操作系の魔法やらを利用しまくってて、世間一般とは時間の流れが違い過ぎてカウントし辛いってだけだから。

 可愛い女の子以外にBBAとか言われたら正直キレそう。だが幼女なら無条件で許す。

 

 あと完全に余談だが、ミサコは何となくダメ男に引っかかりそうなタイプに思える。

 数少ない友人である彼女には、是非とも幸せになって貰いたいものだ。

 

 私自身が幸せにできないとなると……仕方あるまい。悪い男に騙される前に誰か紹介してあげるべきか。

 先ほどのパティシエなんかはどうだろうか? 機会があれば紹介するのも吝かではないが、友人をNTRされてしまうみたいでモヤモヤする。複雑な乙女心やわぁ。

 その辺りの心の整理がつくまでは、今しばらく私の友人でいてくださいなっと。

 

 魔法少女達の犠牲の上で成り立つこの世界。

 せめて一般人である彼女くらいは、幸福であるべきだろう。

 

 奇跡も魔法も存在しない日常を生きるからこそ、当たり前の幸せを掴めるのだと、私なんかは思ってしまう。

 彼女達<魔法少女>がその身を捧げてまで守った世界の一部には、間違いなくミサコも含まれているのだから。

 

 かつての<レミ>もきっと、そう思っていたはずだ。

 魔法少女達の絶望に支えられているこの世界だからこそ、人並みの幸福という物もまた等しく天秤に乗せられるべきだ。

 

「大丈夫、ミサコなら良い人が見つかるって」

「リンネ……」

 

 私の心からの励ましに、何故か微妙な顔を浮かべるミサコ。

 そんな彼女に私はキメ顔で告げた。

 

「安心しなよ、行き遅れたら私が貰ってあげるから!」

 

 ……何故か殴られてしまった。解せぬ。

 

 

 

 <レパ・マチュカ>で一息ついた後、ミサコから内密の相談事があると聞いたので、私は久しぶりのカラオケに彼女を誘った。

 普通の悩み事ならあそこで話すのも悪くないと思うのだが、ミサコの職業を考えればあまり人気のある場所で言うのも憚られたのだろう。

 

 どこで誰が聞き耳を立てているかわからない場所よりは、こうした周りが騒がしい個室を利用した方がまだ安心できるはずだ。

 まぁ気にし過ぎかもしれないが、ストレスの溜まっていそうな彼女にスイーツで糖分を、さらには大声で熱唱させることでストレス発散、あんどカロリー燃焼を狙った心憎い思惑もある。言ったらまたぶん殴られそうだから言わないけどね。

 

 ぶっちゃけ私ならにゃんにゃんさえすればストレスなど吹っ飛ぶのだが、数少ないまともな友人相手にそれを強要するつもりはない。

 中学時代にひょんなことから私の嗜好を知っても、敬遠するでもなく変わらぬ友人付き合いをしてくれているミサコの事を、私は結構気に入っていた。

 まぁ私への扱いがかなり雑になった感はあるが。こういう気安い関係というのも中々貴重なので、個人的には大切にしたいと思っている。

 

 個室に入ってまずは一通り二人で懐かしの名曲を熱唱した後、小休止がてらにミサコが話を切り出した。

 

「ねぇ、リンネ。最近この辺りで起きている事件の事は知ってるわよね?」

「うん? まあねぇ。『連続少女殺人事件』なら新聞の一面にも出てるしね」

 

 昨今、中高生女子が惨殺される事件が多発している。

 通称<切り裂きさん>事件。ゴシップ誌では根も葉もない噂が錯綜しており、ほとんど進捗のない現状に警察も手を焼いているらしい。

 

「犯人が各地を転々としてて未だに捕まってないってね。その不安なのか八つ当たりなのか、メディアだとやれ警察の怠慢だ無能だ、ついでに汚職だ何だと叩きまくってるよね。まぁいつもの事と言えばそうだけどさ。批判される側にいるミサコも大変じゃない?」

 

 ネットでは警察は最早無能を通り越して黒幕なのではというトンデモな陰謀論まで飛び交う始末。

 それだけ事件が長期に渡って解決できていない上に、犯人の尻尾を掴めていないという事だが。

 

「……手口が尋常じゃないのよ。鋭利な、何か大きな刃物で首をすっぱり。ナイフや包丁じゃない、日本刀でも持ってきたのかってレベル。それも切り傷が綺麗過ぎて常人の犯行じゃないわね。現代の人斬りか今世紀最大の殺人鬼か。

 犠牲者も分かっているだけでもう四十七人。私達も血眼になって探してるのに、まるで魔法のように姿が掴めない」

 

 魔法ねぇ……流石はミサコと言うべきか。

 勘の良い女は嫌いじゃないよ。

 神妙に頷く私の前で、ミサコは話を続ける。

 

「この街でも、ここ数カ月ほどで少なくとも二十人以上の少女達が行方不明になってるわ。みんな素行に問題なく、家出する理由も特にない子達ばかり。

 最近になって首なしで発見された少女もいるし、実際はどれほど犠牲者が出てるのか……」

 

 悲痛な顔でミサコが額に手をやる。彼女としては実に頭の痛い問題なのだろう。

 発見されていないだけで、世間を騒がせている事件を考えれば、無事である保証はほぼ皆無だ。

 

 実際、その行方不明者達というのが魔法少女だったならば、原因はどうあれ生存は絶望的だろう。

 

 このあすなろ市は現在、蟲毒の坩堝と化している。

 魔法少女狩り達の手によって、単独でいる魔法少女達はほとんど狩り尽くされてしまっていた。

 

 チームを組んでいる者達もその多くが壊滅しており、現在残っている魔法少女チームはたったの二つ。

 『プレイアデス聖団』と『エリニュエス』のみ。

 

 彼女達は自らの理想の為に、他の魔法少女達を害してきたのだ。

 弱肉強食こそが戦いの法とはいえ、犠牲となった少女達の事を想い、ミサコは悲しんでいるのだろう。

 

「ねぇ、リンネは<魔法>って存在すると思う?」

 

 冗談と言うには、ミサコの目は真剣だった。

 

 魔法……魔法ねぇ。

 それをこの私に聞くのかい? ミサコ。

 

 彼女の言葉に少なからず驚いた私は、思案するフリをする。

 

「……唐突だね。『そんなオカルトありえません』なんて、つまらないことは言わないけど――」

 

 一息置いて、私は正直に答える事にした。

 

「存在するよ。魔法も、奇跡も、存在するから私達はこうして生きている。

 だって私達がこうして出会って、友達になって、カラオケで歌ってるのだって、理屈じゃ説明できない一つの奇跡で魔法なんだから」

 

 インキュベーターは語る。

 『僕達の干渉がなければ人類は未だ洞穴の中、裸で過ごしていただろう』と。

 

 だが私は、そうは思わない。

 感情を理解できない連中のシミュレーション通りに人類が停滞し続けているなど、臍で茶を沸かすレベルでありえない。

 

 確かに奴らは奇跡を叶え、魔法という力を与えた。

 だがその源である<感情>は、私達人類由来の物なのだ。

 

 人の意思こそが魔法を生み、奇跡を起こしてきた。

 奴らは切っ掛けの一つを与えただけで、遅かれ早かれ人類はその文明を進化させただろう。

 

 人間だからこそ、奇跡も魔法も起こせるのだと私は知っている。 

 それに寄生している害獣の分際で、人間を測るんじゃないという話だ。

 

「そうね、あなたならそう言ってくれると思ってたわ」

 

 私の言葉にミサコは微笑んだ。

 普通の人間なら鼻で笑うか、曖昧に答えるだろう先程の問い掛け。

 恐らくだがミサコが私なんかを親友と呼んでくれるのも、こうした部分があるからなのだろう。

 

 私は魔法という存在を身近に知っている。

 故に確信をもってその存在を肯定できる。

 

 対してミサコは一般人であるため世間の常識に晒され続け、確信を持てないが故に私の言葉を支えとしている節がある。

 ある種の依存ではあるが、それを弱さだと言ってしまうほど私は愚かではない。

 

「レミの妹の事……覚えてる?」

「ああ、ちっちゃかったよね。当時まだ三歳くらいだっけ? 今だと……高校生くらいになってるのかな?」

 

 当時の友人の妹。一度だけ会った事があるが、とても小さくて可愛かった覚えがある。

 姉であるレミによく懐いており、抱っこされて上機嫌な様子は大変微笑ましかった。

 残念ながら人見知りする子だったらしく、私が抱っこするとギャン泣きされてしまうという悲しいオチも付くが。

 

『本能で危険人物を察したのね。将来有望だわ』

 

 とは、当時まだセーラー服を着て若々しかったミサコの言葉である。昔から大変失礼な友人だった。

 

「彼女が当時言ってたのよ。『レミは魔法少女になって悪い魔女と戦っていた』って……あなた以外の誰も信じてくれなかったし、今の上司には鼻で笑われたけど。

 でも現代の科学じゃ説明のつかない遺留品だって見つかってる。奇跡や魔法でもないと筋の通らない事件があまりに多すぎる。

 こんなんじゃ世間の言う通り無能呼ばわりされても仕方ないって思っちゃうわ」

 

 常識に囚われず、真実を捜すミサコは十分以上に優秀なのだろう。

 

 だが世間は常識こそを重視する。

 誰もが納得できる解だけを求めている。

 

 だからこそミサコの努力は、徒労に終わるだろう。

 理解不能な真実を、ありのままに受け止める事など誰にもできはしないのだから。

 

 人が納得するには理屈が必要だ。

 自らの理解を超越した現象に対して、人はどこまでも愚鈍になれる。

 

 かつて未知なる現象の全てが、神の御心によるものとされた時代。

 真実を唱える者は異端とされ、人は己の生みだした偶像に縋り暗黒の時代を築いた。

 

 現代でもそれは大して変わらない。

 科学という信仰が幅を利かす世の中で、魔法はありえない空想であると定められている。

 

「それでもミサコは、諦めるつもりはないんでしょ?」

「……当たり前でしょ。私がやらないで誰がやるってのよ」

 

 それでこそ我が友だと、私は頷く。

 想いのベクトルこそ喜劇的なまでにすれ違っているが、私達は同志なのだ。

 

 ミサコはかつての親友を捜す為、そして今なお姿を消し続けている少女達の救済を求めている。

 そして私は、相も変わらず見果てぬ夢を追い求めていた。

 

 私達は求道者なのだ。

 彼女が歩むのを止めない限り、私は彼女の友で居続けるだろう。

 たとえ彼女が真実に気付き、私と敵対する未来が訪れようとも。

 

「私に手伝えることがあったら、何でも言ってね」

 

 なんたって私はミサコの大切な親友なんだし。

 私がそう言うと、ミサコは懐かしそうに目を細める。 

 

「あなたは変わらないわね」

「私は変わらないよ。良くも悪くも、それが私なんだから」

「そうね、昔からとびっきり変な奴だったけど、何だかんだで頼りにしてるわ、今も昔も。……ありがとね」

「おお、ミサコがデレた」

「ばか」

 

 照れ隠しに叩かれてしまった。

 ツンデレ乙、などと茶化さないと私の方が照れてしまう。

 

 

 

 人は移ろいやすい。

 燃えるような激情もいつしか醒めて風化し、涙を流すほどの感動もやがては陳腐と化してしまう。

 永劫にして不変などありえない。

 

 それでも私は<私>で在り続ける。

 【銀の魔女】は変わらない。決して錆び付かない。壊れない。

 穢れを、毒を、呑み込んでなお不変の在り方。

 

 私は魔法少女だから。

 その幻想を、永遠の物と定めたのだから。

 

 無数の屍を積み上げ、頂へと手が届くその瞬間。

 全てを終えるその約束の時まで、私は【銀の魔女】で在り続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 昔馴染みの友人とのお喋りは懐かしくも楽しく、気が付けばあっという間に時間が過ぎ去ってしまっていた。

 後日またミサコとデート(笑)する約束を取り付けたリンネは、地下世界にある屋敷へと帰宅する。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 玄関先では、一人のメイド服の女性がリンネの帰りを出迎えた。

 その外見にはまだ幼さが残っており、中学生だった当時の姿のままだ。

 そんな彼女の姿を見て、リンネは今思い出したとばかりに話しかける。

 

「――ああ、そういえば。ミサコはまだ君のことを探しているみたいだよ?」

「はあ、そうですか……」

「あら興味なし?」

「今の私はご主人様の忠実なる下僕に過ぎませんから。特には何も。

 強いて言うなら、昔の私の事など忘れてもらった方が建設的なのでは? と思わなくもありませんが」

「それ聞いたらミサコ、泣いちゃうかもね?」

「左様ですか」

 

 メイドは興味薄く頷いた。

 まさに他人事といった有り様だった。

 

 真実、彼女にとってはそうなのだろう。

 入れ物が同じでも、その中身は全く違うのだから。

 

 当時魔法少女だったレミを魔女化させ、抜け殻となった死体を人形へと仕立て上げた。

 そのなれ果てが目の前の彼女であり、そこにかつてのレミの想いは宿っていない。

 

「……あなたに捕まってあげるのも悪くないけど、あなたは世界の真実を知らない。

 舞台に立てない役者が物語を終わらせることはできない。脚本家か監督にでも転向しない限りはね」

 

 この場にいない役者にそう告げて、リンネは薄く笑った。

 今も昔も、相変わらず蚊帳の外な彼女に苦笑する。

 

 リンネはお土産をレミに渡した。

 ミサコとの待ち合わせに使ったカフェから持ってきた物だ。

 

「これ立花の店からのお土産。みんなに配っておいて」

「畏まりました」

 

 リンネは大人に偽装していた魔法を解く。

 そうして十四歳の外見へと戻ったリンネは、新たな舞台へ移動していく。

 

 無数の人形と黄金の少女を従えて、銀の魔女は世界に絶望を齎しに行く。

 終幕を迎えるその時まで、悲劇の連鎖を紡ぎ続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 モデムが逝ってしまった……円環の理に導かれて。
 でもPCネット繋がってない方が執筆進む謎。(今話はスマホで投稿)

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