私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 ひっそり更新。推敲ガガガ。。(〃_ _)σ∥


第三十一話 ロストナンバーズ

 

 

 

「本物のかずみちゃんに起きた事を教えてあげる」

 

 宇佐木里美は回想する。

 

 かつて<和紗ミチル>という少女がいた。

 プレイアデス聖団を創設した初代『カズミ』である彼女は、メンバーである六人の少女達にとって希望そのものだった。

 

 ――自らの夢を穢された<御崎海香>。

 彼女の「小説家になる」という夢は無残な形で利用され、想いは踏みにじられる。

 我が子とも言える作品を厚顔無恥な者に奪われた海香は、その不条理に心が折られてしまった。

 

 ――練習試合中に起きた接触事故により、足に深い傷を負った<牧カオル>。

 入院中、彼女は一人の少女が慌ただしく運び込まれていくのを目にした。それはカオルに怪我を負わせた少女の姿だった。

 聞けばカオルに怪我を負わせたせいで虐められ、耐え切れずに自殺を図ったのだという。

 助かるか分からない、意識不明の仲間を目の前にして、カオルは慟哭した。

 

 ――最愛の妹を事故で失い、一人だけ取り残された<浅海サキ>。

 どんな事があっても守ると誓った。幸せになって欲しいと願っていた。

 だが彼女にそんな力はなく、願いは失われ、誓いは偽りへと変わってしまった。

 妹が好きだった鈴蘭の鉢を抱え、サキは己の無力さに絶望した。

 

 ――周囲に馴染めず、一人孤独に過ごしてきた<若葉みらい>。

 友達は趣味で作ったたくさんのテディベア達だけだった。

 孤独に涙を流すみらいを、彼らは無言で取り囲んでいた。

 

 ――愛猫の悲鳴を聞き流し、見殺しにした<宇佐木里美>。

 あと数時間早く異常に気付けていれば助かったかもしれない。

 獣医から告げられたその言葉に、里美は気付いてあげられなかった事を後悔した。

 

 ――幼き頃に犯した大罪を背負って生きる<神那ニコ>。

 兄妹殺しの十字架は彼女の背に重く伸し掛かり、贖罪の方法すら分からない。

 物心が付くよりも前から、ニコが笑顔を浮かべた事など一度もなかった。

 

 

 

 ――ミンナ、シンジャエバイインダヨ。

 

 

 

 そんな彼女達が抱え込んだ絶望は、魔女にとって格好の餌だった。

 故にそれは必然だったのか、彼女達は皆同じタイミングで<魔女の口付け>を受けて死の淵へと誘われた。

 

 元々絶望を抱えて生きていた少女達に抗う事など出来るはずもなく、少女達は高層ビルの屋上へと誘導され、どこか夢見心地のままに死への一歩を踏み出した。

 

 魔女に操られていた彼女達だったが、このまま死んでも構わないと心の底では思っていた。

 

 だってもう諦めていたから。

 こんな世界で生きていく意味がない。

 

 辛いことはもうたくさん。

 死んで楽になりたい。  

 

 ――だが堕ちていく彼女達を、魔法少女<和紗ミチル>が救った。

 

『ちゃお! 死にたがりのみんなたち!』

 

 絶望の中にあった彼女達にとって、ミチルは救世主のような存在だったのだろう。

 魔女の魔の手から救われた少女達は、ミチルとしばらく行動を共にし、たくさんの話をした。

 

 その時ミチルからは『この世界の秘密』とも言える魔法少女の事を教えて貰った。

 

 奇跡を叶える魔法の契約。

 ミチルが何を願って魔法少女になったのか。

 

 そして少女達からは、自身が魔女に囚われる原因となった切っ掛けを。

 自らを蝕む現実の絶望を打ち明けた。

 

 ミチルは少女達の悩みを聞き、一緒に悩んで、そして明るい未来を示してくれた。

 

 そんな風にミチルに命と心を救われ、彼女の姿に憧れる少女達が「魔法少女になりたい」と願うのはきっと、予定調和の如く必然だったのだろう。

 魔法の使者は、そんな少女達の願いをあっさりと叶えた。

 

『――きみ達が魔女と戦う運命を受け入れるというなら。ボクはその願いを叶え、魔法少女にしてあげる』

 

 そうして新たに生まれた六人の魔法少女達は、ミチルの発案で『プレイアデス聖団』を結成する。

 

『これで念願のプレイアデス聖団結成だー!』

『プレイアデス?』

『夜空に輝く星座の七姉妹だよ!』

 

 ミチルは両手を広げ、新たな仲間達を歓迎する。

 

 自分達を星座の七姉妹になぞらえ、プレイアデス星団のような希望の星々となりたい。

 『プレイアデス聖団』という名前にはそんな少女(ミチル)の祈りが込められていた。

 

 それからの日々は、聖団にとっては黄金期ともいえる幸せな時間だった。

 だがその幸せもやがて終わりを迎える。

 

 

 

 ――あの時もまた、こんな雨の降る日だった。

 

()()()、何作って……お、この匂いはイチゴリゾットか?』

『そうだよ、だって今日は海香のデビュー作の発売日だからね』

 

 くんくんと神那ニコが鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。台所に立つミチルはとても手馴れた様子で調理していた。

 

 海香のデビュー作である「七つのほしぞら」を聖団の誰よりも楽しみにしていたのはミチルだ。

 わざわざ海香に内緒で朝早くから店頭に並び、購入して帰った後は著者である海香直々のサインをねだるなど、彼女の溢れんばかりの行動力が発揮されていた。

 

『特別な日はイチゴリゾットって決めてるんだ』

 

 新しい宝物とばかりに「七つのほしぞら」を抱くミチルの手を、海香は目尻に涙を滲ませて握りしめた。

 

『ありがとうカズミ! あなたが私の運命を変えてくれた! あなたに出会えて、本当に良かった!』

 

 

 

 ――だがミチルもまた魔法少女の必然として、魔女となりその命を落としてしまう。

 

 命を救われた恩人であり、掛け替えのない友人だった少女が目の前で魔女になった事により、プレイアデス聖団は魔法少女の真の理を知った。

 

『魔法少女って、魔女になるの?』

 

 けれど残されたプレイアデスの少女達は、そんな結末を認めたくなかった。

 救われた存在である彼女達は、命の恩人である和紗ミチルの運命を変えるため、その手を禁忌に染めた。

 

 

 

 その一人、宇佐木里美はお披露目するかのように両手を広げる。

 禁忌の果てに生まれた『失敗作』達を、あたかも<かずみ>へと見せ付けるかのように。

 

「この子達を見て? あなたと同じ子が全部で十二人。あなたは十三人目のかずみちゃん」

 

 『和紗ミチル』を模して作られたのが歴代の<かずみ>達だ。

 十三代目ともいえる今のかずみは、廃棄番号ⅩⅢ(ドライツェーン)に相当する人造の魔法少女だった。

 

 だが里美は、浅海サキのように甘くはない。

 彼女の様にバケモノを処分しないまま『レイトウコ』に封印するなどという、無駄な事をするつもりは一切なかった。

 ⅩⅢの廃棄番号を刻むまでもなく、<かずみ>をこの世から跡形もなく抹消する。それが里美の意志だった。

 

「十三は死の数字だよね。うん、だから……それがきっと、かずみちゃんの運命なんだよ」

 

 どうせ廃棄番号(死の数字)が刻まれるのだ。

 ここで死ぬ運命に変わりはないと里美は皮肉げに告げる。

 

 これが運命であるのなら、かずみは今ここで死ぬために生まれてきたのだと。

 

「わかったら、大人しく死んでよ」

「…………んで」

 

 顔を俯かせ、かずみは小さな声で呟いた。

 その様子に里美は小首を傾げる。

 

「うん? なあに?」

「なんで……そこまで、ひどいことができるの?」

 

 かずみは掠れた声で弱々しく言葉を紡ぐ。

 心臓が針で刺されたかのように痛かった。

 眼球が熱を持ち、涙が溢れるのを止められない。

 

 仲間だと信じていたのに。

 信じていたのに、宇佐木里美(プレイアデス)はかずみの想いの全てを裏切り続ける。

 

「ええ、わかってる。わかってるから――<ファンタズマ・ビスビーリオ(さっさと死んでちょうだい)>」

 

 同意するように頷きながら、殺意を振りまく里美の目にかずみの涙は映らない。

 バケモノの狂言を聞き流し、里美は自身のステッキを振るい固有魔法(マギカ)を発動させた。

 

 かずみを亡き者にしようと廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)を傀儡にして襲わせる。

 かずみの武装である十字杖に似た外装の剣を手に持ち、傀儡達はかずみの肌を裂き肉を断った。

 

 裂傷から走る痛みは熱を持ち、まるでその部分だけ焼かれているかのようだった。

 一つの斬撃を防げば二つの刺突を受け、三つの投擲を回避すれば四つの魔法が襲いかかった。

 

 今この瞬間、結界内はかずみが気を抜けば凄惨な死体が出来上がるだろう屠殺場と化していた。

 

 心臓が戦う為の鼓動を早鐘の如く刻む。

 魔女の心臓は星辰の魔力を全身へと循環させる。

 

 かずみの瞳が分かれ、太極を描き始めた。

 死の危機を前に本能の枷が外され、その身に秘めた暴力的な衝動が解き放たれる。

 

「があああああっ!!」

「オオオオオオッ!!」

 

 互いに喰らい合うように咆哮し、その手に持つ得物がぶつかり合う。

 十字杖が砕けても、かずみは自身の手を鉤爪のように変異させ、近接武器として振るった。

 

 だが正面の一体と組み合い拮抗状態となってしまうと、残りの者達に退路を塞がれ四肢を封じられてしまった。

 身動きが取れなくなり、絶体絶命の境地に立たされたかずみだったが、そんな彼女に廃棄番号の少女達はトドメの一撃ではなく言葉を放った。

 

 かずみと同じ顔で、同じ声で。

 彼女達もまた<かずみ>なのだと思わずにはいられないその瞳で。

 

 

「――おねがい……死なせて……」

 

 

 目の前で対峙している、左頬に(フィーア)と刻まれた少女が血の涙を流す。

 その顔色は青白く、死の匂いを明確に感じさせた。

 

 彼女達は本来ならばとうの昔に自壊し、滅んでいる命だ。

 それをこれまで浅海サキが保存し、今では宇佐木里美が戦わせる為だけに引き延ばしている仮初の生に過ぎない。

 

 本来なら戦闘などできるはずもない状態だったが、彼女達の持つ異形としての驚異的な生命力がそれを可能にする。

 自壊と再生を繰り返す異形の肉体は常に苦痛が走り、複数の魔法による束縛によって意識は拡散して一つに纏まらない。

 そんな死体と変わらない体に鞭打たれて動いているのが今の状態だった。

 

 そんな地獄のただ中にいる様な状態であってなお、彼女達にとって最大の不幸は、全員が『心』を持っていた事だろう。

 異形の身に成り果ててもその心まではバケモノになりきれず、和紗ミチルの記憶を植え付けられた彼女達は、自身が人の世に存在してはならないバケモノである事を自覚していた。

 

 廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)は思う。

 

 ――初めて目覚めた時、世界は優しかった。

 

 生まれたばかりの少女達にとって、『和紗ミチルの代替』としての生を歩む事に何の不満もなかった。

 他の生き方など知らないし、与えられてもいない。植え付けられた記憶以外には何も分からないのだから、それは当然の事だった。

 

 そんなプレイアデスの愛玩人形(和紗ミチル)として、少女達は何不自由なく大切にされた。

 

 たとえそれが僅かな間の、虚飾塗れな幸福なのだとしても。

 今でも彼女達にとって唯一の『幸せな記憶』として残されている。

 

 だが少女達が初めて<魔法少女>としての力を使った瞬間、例外なく均衡は崩れてしまった。

 

 身体の一部が異形化し、理性は魔女の狂気に犯され暴走を開始する。

 魔女を殺す殺戮機械と化した少女達は、一度壊れれば二度と元の姿に戻れはしなかった。

 

 土台、人間という脆弱な器に魔女の血肉は猛毒でしかなかったのだろう。

 それでもプレイアデスによって錬成された魂は、自身が人である事を望んだ。

 

 額に石が生えた者がいた。

 手足が鉤爪になった者もいた。

 背に蝙蝠の様な翼を生やした者もいた。

 

 様々な異形の身となり果てながら、壊れた玩具として棄てられた少女達は、ただ一つの事を望む。

 

 それは憎悪でもなければ復讐でもない。

 ただ一つの救済。 

 

「ころして」

 

「おねがい、()()()

 

「もういやなの」

 

「ここはつめたくてくらい」

 

「もうだれも、きずつけたくない」

 

 ――だから殺して、と廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)が口々に哀願する。

 

 その肉体は依然として操られ、出来の悪い人形劇のようにかずみへの攻撃を繰り返している。

 だが魔法で『人の心』までは操れない。

 

 彼女達の言葉の一つ一つが、かずみの心に痛切に突き刺さる。

 暴力的な衝動から我に返ったかずみは、彼女達の言葉を聞き動揺を露わにした。

 

「ッ……わたしは、そんなの……イヤだよ……ッ!」

 

 拘束を振り払おうと、かずみは四肢に力を込める。

 

 ――わたし達は、絶望して死ぬために生まれて来たわけじゃない!

 

 だが叫ぼうとするかずみの胸を、突如ステッキが食い破った。

 見れば目の前の(フィーア)の少女諸共、かずみは串刺しにされていた。

 

「がっ……ぁ……っ!?」

「かずみちゃんったら、わがままはいけないわ」

 

 自身の手駒であるはずのⅣの少女諸共、かずみへと致命傷を与えた里美は感じた手応えに狂気的な笑みを浮かべる。

 

 里美のステッキはかずみの心臓を確かに貫いていた。間違いなく即死だろう。

 魔法で伸長させていたステッキを元の状態に戻すと、里美は先端にある血塗られた猫の頭部を拭う様に撫でた。

 

 貫かれていた支えを失い、Ⅳの少女と重なるように倒れ伏したかずみを確認すると、里美は続いて残った傀儡達へと命じる。

 

「『みんな仲良く死になさい』――そうすれば、かずみちゃんも寂しくはないでしょう?」

 

 かずみが倒された以上、残された廃棄物達も最早用済みだった。

 里美は廃棄番号の少女達にそれぞれ同士討ちするように命じる。

 

 無慈悲な傀儡師の命に従い、剣を、武器を、魔法を、互いの心臓に突き刺し合い果てる少女達。

 廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)は呆気ないほど簡単に、次々とその儚い命を散らしていく。

 

 創られた少女達は、その死までも弄ばれた末に果てる事となった。

 その死が本当に彼女達の望んだ通りの物だったのか、最早知る術はない。

 

 里美は自分で思っていた以上の、自身の『優しさ』に驚いていた。

 何やら死にたがっていた出来損ない達と、無意味かつ無駄な抵抗を続けていたかずみを楽にしてあげたのだ。

 一人ぼっちで死ぬよりは、まだバケモノとしては上等な死に方だろう。

 

 里美はわなわなと、その血塗られた両手を自身の頬に当てる。

 

「私、かずみちゃんを――」

 

 震える声は悔恨か、あるいは悲哀の嘆き故のものか――否、彼女は最早そんな心境にはない。

 あるのはバケモノよりも悍ましい、無邪気で傲慢な悪意。

 

 

 

「ぜ、ん、ぶ、殺しちゃったぁ……うふっ、うふふっ!」

 

 

 

 里美は満面の笑顔で、歓喜に打ち震えていた。

 その心に罪悪感もなければ一片の曇りもありはしない。

 

 恐怖の対象でしかなかった<かずみ>が、ようやくいなくなったのだ。

 その精神的な抑圧からの解放は、彼女に抑えきれないほどの恍惚感を与えてくれた。

 

 目の前に転がる十三体の屍を前に、里美は狂ったように笑い続ける。

 

 

 

 ――だがその時、リィンとかずみの耳飾りの鈴が鳴り響いた。

 

 魔力の波紋が周囲へと拡散すると、かずみを中心にして倒れた廃棄番号の少女達が引き寄せ合い、その身体を一個の<かずみ>へと変えて行く。

 失敗作と、出来損ないと蔑まれた廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)が、最も新しき<かずみ>へと集い、その傷を、その破れた心の臓を塞いでいく。

  

 (アイン)からⅩⅡ(ツヴェルフ)までの少女達が、ⅩⅢ(ドライツェーン)となるはずだったかずみを救うかの如く、その身の全てを捧げる。

 触れ合った手から、足から、髪の毛の先端に至るまで、あらゆる場所から少女達は溶け合い、<かずみ>の一部となってその命を救う。

 

 

 

 ――その光景を見て、里美は心底「キモチワルイ」と思った。

 

 

 

 バケモノがまた<トモグイ>をしている。 

 心臓を破いたくらいじゃ死なない――正確には、死んでもトモグイして復活する。

 

 そんなバケモノを前に、安易に<餌>を与えるべきではなかった。

 里美は自身が犯してしまったミスを痛切に悔やむ。

 

「うふっ……魔女ってばほんと、しぶといんだから……っ!」

 

 ここまでのバケモノだと最早笑うしかなかった。

 狂ったような笑みが収まらない。嫌悪が行き過ぎて感情が振り切れている。

 

 笑顔とは本来攻撃的な物であるとどこかで聞いた覚えがある。

 ならば自分のこれもそうなのだろうと、里美は笑いながら問答無用でかずみを攻撃する。

 棒立ちのまま意識を失っている様に見える今のかずみは、無謀にも佇むだけで隙だらけに思えた。

 

 里美の固有魔法(マギカ)である<ファンタズマ・ビスビーリオ>以外にも使える魔法はまだまだある。

 里美はどちらかと言えば支援寄りの魔法少女ではあるが、攻撃もできないわけではない。

 

 案山子同然の相手を殺す事など、魔法少女ならば造作もない。

 そう思い里美はステッキから魔力弾を放つ――だがそれは、かずみの周りに壁があるかのように防がれてしまう。

 

 見ればかずみがいつの間にか発動させた<御崎海香>の防御魔法が展開されていた。

 堅牢な障壁は内部にいるかずみには、傷一つ付けられない。

 

 かずみは焦点の合っていない目で里美の方へ顔を向ける。

 表情の抜け落ちた顔で、その口元では<星座の乙女(プレイアデス)>達の呪文が壊れた機械の様に延々と紡がれている。

 

「<カピターノ・ポテンザ>」

 

 <牧カオル>の硬化魔法により、かずみの両腕は鋼鉄よりもなお硬く、それでいて生物的な柔軟性を持った有り得ない凶器と化した。

 さらには巨大化し軽々と振るわれたそれは、当たれば即座にミンチになるほどの破滅的な威力を備えていた。

 

「<イル・フラース>」 

 

 続けてかずみは<浅海サキ>の雷撃魔法を身に纏う。 

 雷光と一体化したかずみは、音の壁を突き破り轟音と共に駆け抜けた。

 

 黒腕で自身の身を守りながらの音速を超える体当たりは、黒い稲妻の様に地面を抉り空を震わせた。

 だが制御し切れなかったのか、里美の脇を素通りする形でかずみの突進は周囲の建物を無造作に破壊するだけだった。

 

「……うそ、でしょ?」 

 

 回避など不可能。咄嗟に魔法で障壁を張らなかったら、その余波だけで里美は挽肉となっていただろう。

 ほんの僅かに軌道がずれていたら、それだけで里美は呆気なく死んでいた。

 

 天災にも等しい圧倒的な死の暴力を前に硬直する里美。

 一方のかずみは、壊れたゼンマイ仕掛けの人形の様なぎこちない動きで体勢を整えると、蠅を叩き潰すようにその巨腕を振るう。

 

 里美の攻撃は堅牢な防御魔法に阻まれ届かない。

 さらにはそれを突破できたとしても、今のかずみに傷一つ付けられるかは怪しい所だ。

 

 ならばと、里美は己の必殺技である固有魔法<ファンタズマ・ビスビーリオ>を使って、かずみを支配しようとする。

 

「おぇぇえええええ!!」

 

 だがかずみの精神へ干渉した瞬間、里美は吐き出してしまった。

 

 迂闊だった。

 今のかずみは今までのモノとは違う、完全なイレギュラーである事を忘れていた。目を逸らしていた。

 

 廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)を簡単に支配できた里美の固有魔法でも、正真正銘のバケモノを操る事など不可能だ。

 

 ――こんなの、魔女よりも酷い。

 

 こんな絶望に犯されて、魔法少女が正気を保てるわけがない。

 その血肉の全てが猛毒の瘴気の塊であり、その中で形を保つ精神など最早異形と呼ぶ事すら生易しい、理解不能な畸形に他ならない。

 

 その一端に触れてしまっただけで里美は耐え切れず嘔吐した。

 地面を吐瀉物で、顔中を涙と鼻水、様々な液体で汚していた。

 

 迫り来る脅威を前に腰が砕け、それでも里美は虫けらのように地面を這い、少しでもかずみから遠ざかろうとする。

 持てる全ての力を振り絞って、里美は必死に生存の道を探していた。

 

 だからまだ動く口からは、なりふり構わず惨めなほど必死な命乞いの言葉が漏れ出す。

 かつて彼女達が<保護>してきた魔法少女達と同じ様に。

 

「わ、私、死にたくないのっ、お願いかずみちゃん、許して……!」

 

 それが聞こえているのかどうか不明だが、それでもかずみの歩みは止まらない。

 全てが憎いとばかりに破壊を振り撒きながら、その足は着実に里美の元へと向かっている。

 

「わ……私達、友達でしょうッ!?」

 

 『友達』――それはかずみにとって特別な言葉だ。

 漆黒の巨腕を振り上げ、今まさに里美へ振り下ろされようとしていた一撃がピタリと止まった。

 

『――それが、友達ってもんでしょう?』

 

 かつて彼女がくれた大切な言葉が、かずみの手を止めた。止めてしまう。

 神名あすみの残した希望が、無意識状態に近い今のかずみに最後の一線を踏み止まらせた。

 

 その隙を、里美は見逃さなかった。

 友達だなんてのも口から出任せ。まさか本当に止まるとは思ってもいなかった。

 だけど賭けに勝った。望外に九死に一生を得て、溢れる笑いが止まらない。

 

「あはっ、ほんとかずみちゃんってば――バカなんだからっ!」

 

 かずみが共食いできるバケモノのストックも最早なくなっている。

 今度こそ殺せば死ぬはずだ。

 

 里美のステッキにある猫の頭部が猛獣のそれに変わる。

 今度こそ心臓を――否、かずみの(ソウルジェム)を破壊するのだ。

 

 いい加減死んでよ!

 

 そう思い魔法を行使しようとする里美だったが、その時鈴の音が鳴った。

 かずみのそれとは違う音色を奏で、凛とした声が里美の背後から聞こえる。

 

「……馬鹿はあなたよ」

 

 ――……え?

 

 声を出そうとして、出せない事実に遅れて気付く。喉を焼く熱が目の前を赤く染める。

 反射的に痛覚を無効化していなければ、きっとその痛みだけで即死していただろう首を貫く刃の冷たさ。

 神経系の集中しているそこへの一撃は、いかに魔法少女と言えども絶死の一手だった。

 

「――人として最低限の矜持すら失った魔法少女に、私は容赦なんかしない。

 この抜け殻のような身体に残った一欠片の誇りだけが、私達魔法少女を化け物ではなく人にしている。

 ……それすら失くした存在を、私は同じ生き物だとは思わない」

 

 どう見ても致命傷であり、人間であるならば間違いなく死に至るだろう。

 けれども魔法少女である彼女達は、ソウルジェムが無事な限り動き続ける屍人(ゾンビ)だ。

 最後の最後まで油断できない。

 

 だから最早半分だけしか繋がっていない首を、<天乃鈴音>はトドメとばかりに一閃して刎ね上げた。

 里美のソレは吹き出る血流と共に空高く舞い上がる。

 

 景色が回る。世界が回る。

 走馬灯が、これまでの過去が。

 回り回り、くるくる回る。

 

 崩壊していく自意識、刹那の度に失われていく逃れ得ない死へのカウントダウン。

 

 ――わた……し、にた、くっ、死にたく、ないぃいいい!!

 

 それでも自身の死を認めたくない彼女の執念が、<宇佐木里美>を未だに現世へと留めていた。

 声なき声を上げ、首から血をシャワーの様に噴き上げてなお醜く生への執着を見せる里美。

 

 それでも治癒範囲を超えた損傷は、あと数瞬もしない内に限界を迎えるであろう。

 幾ら里美のソウルジェムが未だに無事とはいえ、ここから人智を超えた再生を行うには、それ相応の願いと適正を持つ魔法少女でなければ不可能な業なのだから。

 里美の死は最早必定であり避けようがない。

 

 だがそこに、突如介入する存在があった。

 

 

 ――ならその願い、叶えてあげようか?

 

 

 里美の走馬灯の中に割り込む様に、見覚えのない<仮面の少女>が語りかけてくる。

 死に際の幻覚にしてはあまりにも脈絡がない存在の登場だった。

 あるいはこれこそが、御伽噺に謳われる『死神』という存在なのだろうか。

 

 だが死の恐怖によりパニックに陥っている里美には、そんな疑問などどうでもよかった。

 溺れる者は藁をも掴む。正にその言葉の通りに、里美は無条件でその存在に縋った。

 

 ――死にたくない! 私はこんな、とこで! 一人ぼっちで! 死に、たくなんか、ないぃいい!!

 

 何者かも分からない声に向かって里美は願う。

 恐怖一色に染まったその願いは、単純であるが故に人間としての本能に裏打ちされた強固なもの。

 

 その願い、『このまま死にたくない』という魂を掛けた執念。

 それを仮面の少女は悪魔の如く聞き届ける。

 

『ならその願い、叶えてあげるよ。【銀の魔女】の代行者である【ヒュアデス】として。

 今この瞬間、お前の祈りは奇跡を起こす強度を持った。

 喜ぶといい。お前の願いは間違いなく叶うのだから』

 

 その瞬間、里美のソウルジェムが唐突に臨界を迎えた。

 肉体とソウルジェムの接続が強化され、里美の意識はソウルジェムの中へと閉じ込められる。

 

 だがそこは最早腐った卵の中。

 尋常ならざるバケモノが生まれようとする穢れに満ちたソウルジェムの中で、里美の魂は為す術もなく魔女へと反転してしまう。

 

人として(このまま)死にたくないなら――魔女(バケモノ)として死ねばいい』

 

 それがお前に相応しい願いの結末だと、仮面の少女は愚者を嘲笑う。

 

『踊れや踊れ、星座の乙女(プレイアデス)

 忌まわしき【銀の魔女】の望むがままに。

 私達にその滑稽な躍りを見せておくれ』

 

 哀れで愚かな屑星の少女(プレイアデス)

 新たな悲鳴合唱団の一員となって、永劫に嘆きの歌を歌え。

 

『兎の首は刎ねられた。

 ならばあとは煮られて食われるのが世の定めってね』

 

 

 星座の姉妹は地に堕ち、ここに魔女となって絶望を撒き散らそうとしていた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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