私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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スズネ過去話。久しぶりの一人称。
これ書いたのかなり前なんですが、ようやく投稿できます(白目)。


第二十九話 連鎖を断つ者

 

 

 

 世界は唐突に変貌する。

 私が最初にそれを実感したのは、両親が何の前触れもなく化け物に殺された時の事だった。

 

 大型連休に行った家族旅行での帰り道、父の運転する車がどことも知れない場所に迷い込み、突如として化け物としか表現のできない怪物達が襲い掛かってきた。

 

 車が破壊され、父は化け物からその身を挺して母と私を守り、その後母は私を逃がそうとして殺された。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 炎上する車の明かりが、両親の死体を照らし出していた。

 突然の事態に、私はただ棒立ちとなってしまう。

 

 まるで悪い夢を見ているかのよう。

 

 だって冷静に考えればおかし過ぎた。

 辻褄があわない。

 

 ほんのついさっきまで笑いながら会話していた両親が、今は物言わぬ骸になっているだなんて、どう考えても繋がるはずがない。

 

 そんな風に現実逃避していた私を化け物が見逃すはずもなく、両親と同じように私へと襲いかかってきた。

 

「GRAAAAAAAAA!!」

 

 迫り来る化け物を、私も両親と同じように死ぬんだと、麻痺した頭で眺めていた。

 だが結局、そうはならなかった。

 

「<炎舞>!」

 

 紅蓮の炎が、化け物を包み込む。

 

「そこのあなた! 大丈夫!?」

 

 武家を思わせる袴姿の女性が、化け物から私を庇うように現れた。

 彼女は私の両親の亡骸を見ると、見も知らぬ他人だろうに、怒りを露わに化け物と対峙した。

 

「くっ……よくも……っ!!」

 

 腰に提げた刀を抜いた彼女は、化け物達を撫で切りにする。

 彼女が刃を振るう度に炎が踊り、何者も彼女の銀閃から逃れることはできなかった。

 

 全てが遠い出来事のようで、何も感じられなくなった視界の中、彼女の戦いの舞踏だけが、私の視界へ鮮明に焼き付いていた。

 

 やがて化け物達が全て切り捨てられた後、彼女と私だけが生き残った。

 現実とは思えない異界の中で、彼女は私に何事かを言う。

 

「……? ……――大丈夫?」

 

 だが私は両親の亡骸を見たまま、ただ呆然としていた。

 そんな私を見かねたのか、彼女はそっと私を抱きしめてくれた。

 

「さあ、行きましょう。……あなたは、私が守りますから」

 

 これが私――天乃鈴音と、私が()()()()()()魔法少女『美琴椿』との出会いだった。

 

 

 

 両親が死んだ私は、ツバキに保護された。

 もちろんツバキも私も未成年だったので、一緒に住むには社会的な後ろ盾が必要だった。

 

 私はツバキと離れたくなかったし、ツバキもそれを望んでくれた。

 ツバキはいざとなれば魔法で解決するつもりだったようだが、結果としてはそうせずとも済んだ。

 

 私の従姉妹だと名乗る女性――古池凛音が現れ、私達の後ろ盾になってくれたからだ。

 

「お久しぶり、スズネちゃん。といっても以前会ったのは、あなたがまだちっちゃな頃だから、覚えてないかな?」

 

 彼女は私の母に似た顔立ちをしていて、つまりは私ともよく似ていた。

 私達が並べば、何も知らない人は親子か年の離れた姉妹だと、何の疑問もなく信じるだろう。

 

 年の差はあるものの、生き写しといっても過言ではないほど、私と彼女はよく似ていた。

 私が成長したら彼女そっくりになりそうだと、ツバキも言っていた。

 

 リンネが持参したアルバムから見た写真の一つは、母と並んで私らしき赤ん坊を抱きしめている光景が映っていた。

 

 それを見ていた私の視界が、不意に滲む。

 ぽたぽたと、涙が写真の上に零れ落ちた。

 

 天涯孤独の身になったものだと思っていたが、リンネという血縁者の存在は私に安心を与えてくれた。

 そんな私を抱きしめ、リンネがツバキへ話しかける。

 

「ツバキさん……でしたか? 従姉妹を助けてくれてありがとう」

「い、いえ、私はなにも。……自分の無力さを思い知るばかりです」 

 

 膝の上で拳を握りしめるツバキを、リンネは穏やかな声で窘めた。

 

「魔女の結界に迷い込んで、スズネちゃんが生きて帰れたのは、あなたが居たからよ。それを無力と呼ぶのは、なんだか悲しいわね」

「な!? ど、どうしてそれを!?」

 

 その言葉に、ツバキは目を見開いた。

 

 一般人だと思っていた相手が、魔法少女のことを知っていることに驚いていた。 

 リンネは悪戯に成功したとばかりに、茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 

「ふふ、驚いた? 私もかつては魔法少女だったの。だからあなたがスズネちゃんを守ってくれたことは、本当に感謝してるのよ?」

 

 そしてリンネは腕の中の私を見下ろして、ツバキに提案した。

 

「スズネちゃんもあなたには懐いているようだし、もし良ければ私達三人、一緒に暮らさない? 私もサポートできると思うわ。色々とアドバイスもしてあげられると思うし」

「そ、それは確かにありがたいですけど……でも本当に……?」

 

 唐突に現れた元魔法少女の存在に、ツバキは驚きを隠せない様子だった。

 そんな彼女に、リンネはくすくすと笑ってみせた。

 

「あら、魔法少女がいるんだもの。元魔法少女がいたって不思議じゃないでしょう?」

「そう、ですね……いえ、考えてみればそうですよね。私達魔法少女も、いつまでも続けられるものでもありませんし……」

「成人しても<少女>って言うのは無理あるものねぇ」

「は、はぁ……」

 

 年上の女性に年齢を尋ねるのは失礼だと思い、なんと答えたらいいのか困るツバキの姿が可笑しかった。

 普段は大人びている姿しか見ていなかったので、そのギャップがなおのこと面白い。

 

 思わず笑ってしまった私を見て、ツバキはなぜか驚いた顔を浮かべ、リンネは頭を撫でてくれた。

 両親が死んでから、初めて笑えた気がする。

 

 気が付けば私達は、何がおかしいのか一緒に笑っていた。

 悲しいことはたくさんあったけれど、今この瞬間だけは笑顔でいたかった。

 

 その後、私達三人は一緒に生活するようになった。

 

 リンネは裏で魔法少女達の生活支援を行っているらしく、よく家を留守にしていた。

 衣食足りて礼節を知る。魔法を正しく使うためには、その者の生活基盤を整える必要がある、というのが彼女の持論だった。

 

 お店をいくつも持っているようで、そこで得た個人資産を使っているという話だったが、当時の私には「お金持ちなんだな」程度の認識しかなかった。

 

 ツバキはその活動に感心し、リンネのことを尊敬していた。

 将来的にはリンネのお手伝いをしたいと、私に語ってくれたこともある。

 

 そんな忙しいリンネが我が家へと帰ってきた時は、ツバキにセクハラしたり、私をやたらと猫可愛がりするので、彼女が家にいる時はかなり騒々しかった。

 

「……リンネ、これなに?」

「メイド服よ! さあ着てみてプリーズ! もちろんツバキの分もあるわよ!」

 

 大小二着のメイド服なるふりふりした衣装を並べ、期待に顔を輝かせるリンネ。

 大人なのに、私よりも子供っぽく見えた。

 ツバキも困ったような顔で、目の前の困った大人を眺めていた。

 

「え~っと……あっ、そうだ。お夕飯の用意がまだでした! それでは失礼します!」

「私も~!」

 

 ついでとばかりに、私もツバキに便乗して立ち去った。

 本当は少しだけ好奇心もあったのだが、ツバキを見習って危うきに近寄らないことにしたのだ。

 

「え、ちょっ、ちょっと待って! 後生だから!」

 

 先っちょ、先っちょを袖に通すだけでも――と意味の分からない事を述べるリンネを置き去りにすると、私とツバキは顔を見合わせて苦笑した。

 

 出会った当初はバリバリのキャリアウーマンみたいな、出来る女、といった印象だったが、そんなことは全くなかった。

 確かに仕事は出来るし、有能なのは事実なのだが……性格はかなりはっちゃけていた。

 

 長く一緒に住んでいると残念美人であることがよく分かり、私も「リンネ姉さん」からいつの間にか「リンネ」と呼び捨てするようになっていた。

 

 怒られるかと思ったが、ニコニコと機嫌良さそうにしているので、以来ずっと呼び捨てにしている。

 するとツバキも呼び捨てにして欲しいと言ってきたので、私は年上の女性二人を呼び捨てにする生意気な子供になってしまった。

 

 ツバキもリンネも将来子供が出来たら、甘やかし過ぎて絶対我が侭な子供に育つだろうな、と他人事のように思った。

 

 私達三人は「魔法」によってその縁を繋げていた。

 

 元魔法少女のリンネ。

 現役魔法少女のツバキ。

 でも私は、魔女に両親を殺された、ただの一般人でしかなかった。

 

 それを思えば、私が魔法少女になりたいと願うのも時間の問題だったのだろう。

 

「リンネ……私も、なれるかな? ツバキみたいな魔法少女に」

 

 何も知らなかった私は、ただ憧れのままに魔法少女になろうとした。

 

 ツバキやリンネの力になりたかった。

 無力な存在で居続けたくなかった。

 

 だから私は、魔法少女になろうとしたのだ。

 それが何を意味するのかも知らないままに。

 

「もちろん。あなたなら素敵な魔法少女になれるわ」

 

 魔法の使者<キュゥべえ>を肩に乗せ、リンネは微笑む。

 

「この【銀の魔女()】が保証してあげる」

 

 その笑顔の意味に、私は最後まで気付けなかった。

 

 ――そして私は、魔法少女になった。

 

 

 

 

 

 

 魔女の結界の中、ツバキは掌から炎の魔法を放つ。

 

「はあッ! <炎舞>!」

 

 炎は魔女に直撃し、その勢いを怯ませることに成功する。

 それを見てツバキが私へ合図を送った。

 

「今です! スズネ!」

「うん!」

 

 その隙を逃さずに、新米魔法少女である私は剣を手に駆け出した。

 私の体格からすればかなり大きめな剣を構え、魔女の目の前まで跳躍する。

 

「えぇーいっ!!」 

 

 魔法によって強化された身体能力は、体格に不釣り合いな武器すら容易に制御してのけ、魔女を切り裂いてみせた。

 

 魔女が悲鳴を上げながら消滅していく。

 すると光のような物が魔女の死体から溢れ、私の剣に吸収されていった。

 

「今度はなんの力だろ?」

 

 契約後、私の得た能力は「倒した魔女の能力を一つだけ保有できる」という物だった。

 ここしばらくの私の楽しみでもあり、未知の力を手に入れることは、子供心にワクワクしていた。

 

 後衛としてサポートに徹していたツバキと、アドバイザーとして付き添っていたリンネが、そんな私を微笑ましそうに見守っていた。

 

「なかなか希少な能力よね。ストックできるのが一つだけというのがネックだけど」

「ええ、倒した魔女の能力を吸収できるなんて、見たことがありません。一つだけというのはむしろ納得できる制限かと」

「僕としては、能力を上書きするのはもう少し慎重にした方が良いと思うけどね」

 

 リンネの肩に乗ったキュゥべえが苦言を呈した。

 そんな彼(?)に、リンネは軽くデコピンをしてみせる。

 

「様々な能力を使えば、その対応も自然と身につくでしょうから、その判断は当人に任せた方が良いでしょうね。

 一つの能力に定めて習熟するのも良し、今みたいに様々な能力に触れるのも、彼女の力になるでしょう。いずれにせよ、無駄にはならないわ」

「そうですね、スズネの好きなようにさせてあげたいです。不足する所は、私達が補えばいいのですから」

「ふふっ、ツバキは相変わらずあの子に甘いわねぇ」

「そ、そんなことありません!」

 

 そんな保護者達の元へ向かった私は、笑顔で二人の手を取った。

 

「ツバキー! リンネー! 早く帰ろ!」

 

 ツバキもリンネも柔らかな笑みを浮かべて応え、私達は家へ帰った。

 私は新しい家族の中、確かな幸せを取り戻していた。

 

 

 

 

 そんなある日の事、私はツバキが沈んだ顔で机に向かっている姿を目にした。

 

「……何してるの?」

 

 彼女がそんな顔をしているのは珍しく、それを悲しく思った私は、何が彼女を悲しませているのか知りたかった。

 

 私に出来ることなら、なんでもしたい。

 それでツバキが笑顔になってくれるのなら。

 

「……ああ、スズネですか」

 

 顔を上げたツバキは、もういつもの調子に戻っていた。

 それに安堵し、彼女の手元を覗き込むと、そこにはメモ用紙に誰かの名前らしき物が綴られていた。

 

「名前?」

「ええ、親戚のおばさんがね……亡くなったらしいんです。私もお世話になったことがありますから……」

 

 ツバキは名前の書かれたメモを丁寧に四つ折りにすると、彼女がいつも肌身離さず持っていたお守りの中へと仕舞った。

 

「こうやってその人の名前を書いて、お守りの中にしまっておくと……ずっと忘れずに、一緒にいられる。そういう、おまじないみたいなものです」

「ふうん。……ねぇ、私のも書いたら、ずっと一緒にいられるかな?」

 

 お守りを抱きしめるツバキに、私は特に深い意図もなくそう言った。

 単純に、ツバキとずっと一緒にいられるおまじないだと思ったのだ。

 

「大丈夫ですよ。そんなことしなくても……」

 

 私の言葉にツバキは困ったような、悲しそうな微笑みを浮かべた。

 そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。

 

 私が何か言うよりも早く、ツバキはその腕を広げ、私を抱きしめた。

 私の耳に、彼女の穏やかな声が聞こえる。

 

「ずっと一緒です」

 

 ツバキに抱きしめられながら、私は肩の力を抜いて体を預ける。

 母の腕に抱かれた時のような、無条件の安心感を覚えていた。

 

「……本当?」

「本当です」

 

 ツバキは腕に力を込め、約束してくれた。

 ぎゅっと抱きしめられるのは嬉しくて、でも想いの込められた抱擁はちょっとだけ苦しかった。

 

「く、苦しいよ、ツバキ」

「あ……あぁ、ごめんなさい」

 

 慌てたように離れるツバキに、私は笑った。

 

「……そうだ、スズネ。ソウルジェムを見せてください」

「うん」

 

 促されるままに、私はソウルジェムを取り出す。

 銀色に輝くソウルジェムには、若干穢れが溜まっていた。

 

「うーん、少し濁ってきてますね。グリーフシードを使いましょう」

 

 ツバキはグリーフシードを取り出して、私のソウルジェムを浄化してくれた。

 

 ツバキは、頻繁に私のソウルジェムを綺麗にしてくれた。

 幼い私が浄化を怠っていないか、彼女はよく気に掛けていた。

 

 そんなツバキから与えられる愛情に甘え、過去の私は何の疑問も持たずに、ツバキに浄化を任せていた。

 

 

 グリーフシードは、決して無限に存在するわけじゃないのに。

 私は、あまりにも愚かだった。

 

 

 その代償は、最悪の現実となってやって来た。

 ツバキのソウルジェムが相転移し【魔女】へ孵化したのだ。

 

 目の前でツバキが魔女になった光景を目にした瞬間、私はまたも世界が変貌を遂げたことを悟らねばならなかった。

 

「……え?」

 

 目の前の魔女は、ツバキの物と同じ様な衣装を纏い、首の上から桜のように狂い咲く大樹を生やしていた。

 

「ツバ……キ……? 何……で……?」

「ツバキは魔女になってしまったんだよ」

 

 呆然とした私の問いかけに答えたのは、リンネと常に一緒にいた魔法の妖精<キュゥべえ>だった。

 魔法の使者――否、孵卵器(インキュベーター)は告げる。

 

 私の知らなかった真実を。

 私の愚かさを。

 

「いつもきみをかばって戦って、グリーフシードも殆どきみに使ってたからね。その負荷にソウルジェムが耐えられなくなったんだ」

「元に……元に戻してよ……!」

「それは無理だよ。魔法少女と魔女は不可逆だ」

 

 慟哭するも、返ってくるのは非情な現実だけだった。

 愕然とする私に、キュゥべえは残酷な選択肢を突きつける。

 

「いずれにせよ、今のきみに出来ることは二つ。彼女を倒すか、逃げ去るか。

 どちらを選ぶのも自由だけど、このままだと彼女はずっと呪いを振りまいていくことになるだろう」

「…………ぇ?」

 

 ツバキを、倒す?

 それって殺すってこと?

 

 なんで、なんで、なんで?

 嫌だ、そんなの絶対嫌。

 

 でも、私が逃げればツバキは魔女のまま、私の両親のように誰かを殺してしまうかもしれない。

 

「…………ッ!」

 

 いや、違う。甘えるな。

 かもしれないじゃなくて、今ここでツバキを止めなければ、確実に誰かが死ぬのだろう。

 

 あんなに優しかったツバキが、私を助けてくれたツバキが、魔女となって誰かの命を奪うのだ。

 

 そんなの、ツバキが望むはずがない。

 

『でも私は、ツバキを殺したくない!』

『ならツバキを魔女のままにするつもり? お前の両親を殺したのと同じ魔女に。

 今ならば、ツバキはまだ誰も傷つけていない。誰も殺していない。

 お前はツバキに大罪を犯させるつもりなの?』

 

 感情と理性がせめぎ合う。

 

「あああああああああああああッッッ!!!!」

 

 私は叫んだ。

 これまで様々な魔女を切り裂いてきた剣を握りしめる。

 

 魔女の体から花びらが吹雪く。それは炎となって私の身を焼いた。

 だが私の勢いは止まらず、魔女を目指して跳躍し、その首を一太刀の元、断った。

 

 

 ――私が、ツバキを殺したのだ。

 

 

「う……っ、うぅ……ツバキぃ……ずっと一緒だって……言ったのに……!!」

 

 血に塗れた両手を握りしめながら、私は涙を流した。

 そんな私を観察していた白い悪魔が、諭すように告げる。

 

「彼女のことは残念だったけど、魔法少女はいずれ魔女を生んで消滅する運命なんだよ。遅かれ早かれね」

「……私が、今まで吸い取ってたのは……魔女じゃなくて、魔法少女の力だったの……!?」

「そういう事になるね。つまり今きみが手に入れた能力は<ツバキの力>ってことさ」

 

 自身の能力の正体を知り、その罪深さに恐怖するも、私の剣に宿った<ツバキの力>こそが、私に残された唯一の贖罪の在り方を示しているように思えた。

 

「……だったら、とめる」

 

 剣を杖にして、私は立ち上がる。

 憎悪を込めた視線をインキュベーターに送りながら、私は叫んだ。

 

 魔法少女が魔女になるというのなら。

 それが終わらない悲劇の連鎖を生むのなら。

 

 

「私がこの力で……ツバキから貰ったこの力で! その連鎖を断ち切ってやる!!」

 

 

 ツバキの<炎>を操り、ツバキの遺したお守りを握りしめて、私は決意した。

 

 魔法少女が魔女になるなら、その連鎖を断ち切って見せる。

 ツバキから貰った力で。それがせめてもの償いだと信じて。

 

 鈴の付いたお守りを髪留めに、私は髪を一纏めにする。

 ツバキがそうしていたように、私も彼女のように戦おう。

 

 

 

 

 

 

「あらあら、物騒ね。そんなに殺気立って、可愛い顔が台無しよ? ……うん、私が言うとなんだか自画自賛っぽいわね」

 

 いつものビジネススーツを纏い、ヒールの音をコツコツと立てて。

 古池リンネは、ツバキの残した結界の中、現れた。

 

「リンネ……ツバキが――!」

 

 その時になって、私はようやく違和感に気付いた。

 目の前の、自称<元魔法少女>だという女の存在、そのものに。

 

 魔法少女が魔女になるのなら。

 

 

 

 ――目の前の女は、一体なに?

 

 

 

「リンネは……知ってたの? 魔法少女が魔女になるって、知ってたの!?」

 

 私の詰問に、リンネは肩を竦めて見せた。

 

「そんなの当たり前じゃない。私が何年魔法少女やってると思うの?」

「そんな……それじゃツバキは……私が契約したのは……」

 

 違う、言いたいのはこんな事じゃない。

 私はリンネを睨みつけた。

 

 この、私の従姉妹だという女を。

 

「私達を……騙してたの?」

「何をかしら? あなたの親戚だっていう()()のこと? あなたと契約したのは、実はキュゥべえじゃなくて()だったこと? それともツバキが魔女になる最後の一押しをしたことかしら?

 簡単なお仕事だったわ。魔法少女の真実を話しただけで彼女、ソウルジェムの負荷が増大してしまったんだもの。彼女は最後まであなたのことを案じていたわよ。

 彼女の最後の言葉を教えてあげましょうか?」

 

 そしてリンネは告げた。

 どうやったのか、ツバキそっくりの声で。

 

『ごめんなさい、スズネ。あなたを魔法少女にしてしまって』

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが切れた。

 

「あ、あ、ああああああああああああああ”あ”ッッ!!」

 

 剣にツバキの炎を纏い、私は我武者羅にリンネへ吶喊する。

 

「リンネぇええええええッッ!!」

 

 爆発を伴った斬撃は、いつの間に取り出しのか、銀色に輝く細い杖によって凪いだ海のように受け止められてしまった。

 

 リンネがくるりと手首を返すと、私の握っていた剣が巻き上げられ、空高くへと放り投げられる。

 

 私は瞬時に思考を切り替えて、拳を繰り出そうとするも、リンネは私の腕をとって地面に拘束してみせた。

 

「はい残念。まだまだ力を使いこなせていないようね」

 

 私の未熟さをリンネが嘲笑う。

 

「正直な話、あなたという存在は物凄い拾い物なのよ。その希少な能力含め是非とも確保したかった。

 だからこそ、この<家族ごっこ>を計画したわけだしね。ツバキのおかげであなたも魔法少女としてそれなりに成長できたでしょ? あとは仕上げを残すのみね」

 

 暴れる私を抑え付けたリンネは、涼しげな声でその思惑を語る。

 

「あなたには私の計画の実験体として参加して貰うわ。

 成功すれば、あなたは魔法少女を超える力を手にすることができる。

 もしかすると、この私すら打倒できるかもね」

「殺す! 殺してやるぅッッ!!」

 

 憎悪に狂い、喉が裂けんばかりに獣声を放つ私の首筋に、冷たい感触が当たった。

 銀の指揮杖を突き付けて、リンネは微笑む。

 

「おやすみ、スズネちゃん。生き残れば、いつか私を殺せる日が来るかも知れないわね」

 

 怖気を誘うほどの、膨大な魔力が集まるのを感じた。

 リンネの魔法が発動する。

 

 抵抗できない私の頭上で、彼女はぽつりと呟いた。

 

「あなたとツバキ、三人で過ごした日々も悪くなかったわ。

 ……この私が、【銀の魔女】でさえなければね」

 

 銀色の魔力光に包まれて、私の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇おまけ ねこみみもーど(※ギャグです。キャラ崩壊注意)



 今年で小学五年生になる少女、天乃鈴音は学校の授業が終わるなり真っ直ぐに帰宅する。
 学校の友達ともたまに遊んだりはするが、基本的に鈴音は『いんどあ派』という奴なのだ。
 外で遊んだり友達の家にお邪魔するくらいなら、自分の部屋でのんびりしていたい性分だった。

 両親を『交通事故』で亡くしてから暫く塞ぎ込んでいたスズネに、周囲も気を使って無理に誘おうとしない事もあって、割とマイペースなスズネは丁度良いとばかりに家に直帰しては家族のツバキとその他一名に甘える日々を過ごしていた。

 そんなある日のことだ。

「ただいまー」
「おかえりなさい、にゃんっ♪」

 家に帰ると、扉の向こうには化け猫がいた。
 正確には、頭に猫耳を付けた古池凛音がいた。

「……………………」

 思わずバタンとドアを閉じて、目の錯覚ではないかと瞼を擦る。
 そして恐る恐る再びドアを開けると、見間違いではなかったようで。

「お帰りなさいませお嬢様、にゃんっ♪」

 両手を猫の手にしながら、リンネはしなを作って猫撫で声を出していた。
 スズネは戦々恐々としながら、目の前の謎生命体と化したリンネに声を掛ける。

「な、なにやってるの?」
「猫耳モードだにゃん」

 ……ダメだ。意味がわからない。
 
「ツバキー! リンネがまた壊れたぁーッ!!」

 困った時のツバキ頼み。
 大体リンネの対応に困った時は、スズネのもう一人の家族、頼れる保護者のツバキに泣きつくのが常だった。
 リンネと違って常識的で、大和撫子を体現したかのような女性なので、スズネの信頼度もツバキの方が圧倒的に高かった。

「……なにをやってるんですか、リンネさん?」
 
 スズネの悲鳴が聞こえたのか、ツバキは呆れた顔を浮かべながら現れた。
 その足取りに焦ったところが全くない所が、このような事態が日常茶飯事である証左だろう。

 割烹着姿の佇まいは若奥様臭が半端なかったが、これで成人していないというのだから驚きだ。いや、別に老けているとかそういう意味ではなく――最早どちらが年上か分からない有様だったが、ツバキに窘められ、リンネは今回の奇行についてその訳を語り始めた。

「私ね、考えたの。どうすればスズネとツバキに猫耳付けられるかなって」

 どうしよう……初っ端から何言ってるかわかんない。スズネは困惑した。
 ちなみについ先日、懲りもせず「私と契約して猫耳メイドになってよ!」と頼まれた覚えはあるが、その時はツバキと共に即行でお断りしていた。

「そして閃きました。先人曰く『他人の嫌がる事を率先してやってみよ』――なのでまずは私が率先して猫耳を付けてみましたにゃん」

 ……リンネ、お仕事で疲れてるのかな。うん、きっとそうだ。
 スズネはリンネが病気になってしまったのかと心配になったが、残念ながら頭の病気は元からだ。

「ほらほら、触ってみてみて? 我が社の新商品、その圧倒的な技術力は本物を凌駕する勢いだにゃん」

 取って付けたような語尾とともに、四つん這いになりながら小学生女児に迫る成人女性。普通に事案である。
 さらさらとした銀髪の上に付けられた猫耳はまるで王冠の如くその存在感を示しており、その耳毛のふわっふわ加減にスズネは思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。おまけにぴくぴくと震える小憎たらしいほどあざとい仕草がスズネの視線を捕らえて離さない。

 猫耳に罪はないのだ。装着者(リンネ)が変態なだけで。

「……か、かわいい」
「ほれほれ、我慢は体に毒にゃん。好きにしてもええんにゃで?」

 ずいっと目の前に差し出された猫耳。
 気が付けばスズネの手が伸びて撫でていた。不可抗力である。

「ふふっ、幼女を愛でられずとも、幼女に愛でられる。これぞ逆転の発想! かーらーの、勝利(ヴィクトリー)! いやーホント、私ってば天才だわー」

 普段通りのリンネがちょっと気持ち悪かったけど、猫耳の感触はそんな事関係なしに気持ち良かった。

「だめなのに……リンネの罠なのにっ! 悔しい……でも、気持ちいい……っ」

 よーしよしよしと猫耳をモフる幼きモフリスト。
 幼女にナデナデされてご満悦な変態淑女。
 
 この場において唯一の常識人であるツバキには少々居心地が悪かった。
 決して一人放置されて寂しかったりとかはしない。

「……それじゃあ私、お夕飯の準備の途中ですので」

 ツバキはカオスと化した謎空間から立ち去ろうとするものの、そうは問屋が卸さなかった。
 ツバキが背を向けた瞬間リンネの目が鋭く光り、腹這いになっていた状態から瞬時にツバキへと襲いかかった。
 これぞ銀星神拳究極奥義『地這猫々飛天(ねこまっしぐら)拳』である(黒歴史産)。

「隙あり!」
「きゃあ!?」

 そしてリンネは一瞬の隙を見事突き、ツバキの頭に猫耳カチューシャを付けることに成功する。
 ツバキは咄嗟に外そうと頭に手を伸ばすが、猫耳はまるで一体化したかのように外せなかった。

「え? 噓これ取れない!?」
「貴様は既ににゃんこである! 名前は『かめりあ=にゃんにゃん』ね!」

 謎の技術力と意味不明なリンネの発言に心底恐怖するツバキ。
 このまま一生猫耳を付けて生きていく事を想像してしまい、思わず絶望する。

 あわやしょうもないことでソウルジェムが濁りそうになるツバキだったが、スズネが興味深そうにツバキの猫耳を見上げている姿を見て正気に戻った。子供の前で保護者が取り乱すわけにはいかない。
 おまけにそんなスズネの好奇心溢れる視線に気付いたリンネが、新しい猫耳を胸の谷間から取り出しているではないか。一体どこにそんなスペースが(ry

「さあ、スズネも一緒に猫耳を――」
「っ!? させませんよ! スズネは私が守ります!」
「ふふっ、よくぞ吠えたなツバキよ。その心意気は天晴れ。
 だがよくよく考えて欲しい……スズネの猫耳姿、めちゃんこ見たくない? 絶対可愛い(確信)」

 リンネの言葉に、思わずツバキの視線がスズネへと向かう。
 きょとんと見上げるスズネの頭部に、もしも猫耳が付けられたらどうなるか……。


『ツバキー、これ似合ってる……にゃん?』

 ――絶対可愛いですね(断言)。

 
「……ツバキ?」
「はっ! そ、そんな甘言には惑わされませんよ!?」
「うっふっふー、動揺してるのが丸分かりだにゃあ。別にいいじゃない、ちょっと付けるだけだし。三人で仲良く猫家族しようよ。その方がほら、仲良し家族っぽいでしょ?」

 にやにやと茶化すような笑みを浮かべたかと思えば、一転してリンネは寂し気な微笑を浮かべた。

「それにさ、私も結構留守にしがちだから、家族として皆と楽しい思い出を作りたいんだ……ダメかな?」

 悲しげにそんな事を言われてしまえば、元々情の深い性格であるツバキは強く断れない。

「そ……そういう事でしたら……」
「ありがとうツバキ!」

 どさくさに紛れてツバキに抱き着き、その熟れた果実を堪能する。セクハラに余念のない女である。
 そしてツバキに見えない所で『計画通り』と非常に悪い顔を浮かべたが、その顔をスズネに目撃されてしまう。

「……あ、やば」
「騙されてるよツバキ! リンネがこういう時、まともな事言うわけないじゃん!」
「……はっ! そうでした。いくら可愛くても本人の許可なく無理強いするような真似は認めません!」

 火事場の馬鹿力か、ツバキはリンネの拘束を振り払うと、スズネを庇う様に立ち塞がった。
 その姿は子猫を守る親猫のように見えた。猫耳だけに。

 そんな頼もしい親猫の背中を見ながら、スズネは少しばかりばつの悪そうな顔を浮かべ、ツバキの袖をちょいちょいと引っ張る。

「あー……ツバキ、その、ね?」
「? どうしました?」
「わたし、ちょっと興味ある……かも。猫耳」

 まさかの裏切りであった。
 愕然とした顔を浮かべるツバキが振り返ると、そこには満面の笑顔で猫耳カチューシャをスタンバイしているリンネの姿があった。

 
 ――この後滅茶苦茶にゃんにゃん(健全)した。














※最初もうちょっと真面目なおまけ書いたんですが、一部設定が合わなくなってたんで没にしてこっちにしました。最近ずっとにゃんにゃん(変態)してなかったので、オリ主成分も補給できて一石二鳥ですね(ニッコリ)

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