ちなみに前話後書きに載せたマギレコ二次『円環世界のマギアレコード』こそっと連載始めちゃってます。詳細は割烹で(目逸らし)
かずみは見覚えのない街並みの中を彷徨い歩いていた。
咄嗟に発動させてしまった転移魔法は、かずみ自身の「この場所に居たくない」「知らない場所へ行きたい」という願望をそのまま反映してしまったのだろう。
取り敢えず大通りに出て住所を確認すると、辛うじてあすなろ市内であることが確認できたので、かずみはほっと安堵の息を漏らした。
下手したらもっと遠くまで飛ばされている可能性もあったのだ。同じ市内であるだけまだマシなのだろう。
あるいは無意識に距離をセーブしていたのかもしれない。
かずみにはまだやるべき事が残されているのだから。
かずみは転移魔法を使う事こそできたものの、現状では不安定過ぎてどこへ飛ばされるか分かったものではない。
そのため再び転移魔法を使って戻るわけにもいかず、かずみは自分の足で帰らなければならなかった。
街中で目立たないよう変身を解除し、現在地を確認しながら人通りの中を歩いていく。
「……あすみちゃんが、待ってるから」
かずみは眠っている彼女に「すぐに戻る」と言って出かけたのだ。
たとえそれが一方的な物だとしても、約束は果たさなければならない。
流石のかずみの直感も土地勘ゼロの場所では上手く働かないのか、場所を確認しながらの移動は思ったよりも時間が掛かった。
同じあすなろ市内とはいえ、かずみが知っている場所などほんの一部に過ぎないのだと実感する。
だがそれも当然の話だろう。
もしかずみが真に「作られた魔法少女」なのだとしたら、生まれてからまだ一週間程度しか経っていない事になる。
かずみは『記憶喪失』なんかじゃなかった。
初めからかずみに『過去』なんて物は存在しなかったのだ。
海香達がかずみに教えてくれた思い出は全部嘘。
それは『和紗ミチル』との思い出だ。決してかずみ自身の記憶なんかじゃない。
空を見上げると日は既に暮れており、雲行きが段々と怪しくなって来ていた。帰りを急ぐかずみの胸中もまた暗雲に包まれている。
今日はあまりにも多くの出来事があった。驚くべき真実があった。
だが一番かずみの心に堪えたのは、仲間だと思っていた少女達の裏切りだった。
彼女達との間に感じた友情が、全て嘘偽りだったのだと思い知らされた。
あると信じていた思い出も嘘。
仲間達との間に感じていた友情も嘘。
――みんな嘘ばっかりだ。
やがて見覚えのあるショッピングモールに入ると、かずみは不意に懐かしさに駆られた。
海香とカオル、そしてあすみと共に四人でこの場所へ来た事は、かずみの数少ない記憶の中でも楽しい思い出として残されている。
中に入り人混みの端の方を通り抜けると、視界の脇に純白のドレスが映った。
そこはあすみが「綺麗」と呟き、足を止めた場所だった。
「……あすみちゃん」
時間にして数秒ほどだろうか。立ち止まったかずみは万感の思いでドレスを見上げ、あすみとの思い出を想起する。
かずみが生まれてからの記憶は、あすみとの思い出が大半を占めていた。
その記憶だけは、かずみ自身が手に入れた紛れもない本物だ。
「……っ!」
かずみは溢れる衝動のままに走り出す。
何事かと振り返る通行人達の視線など気にも留めず、ショッピングモールを抜け人気のない場所に出るや否や、即座に魔法少女へと変身して空を駆け上がった。
「あすみちゃん……あすみちゃん……っ!」
今ならわかる。
彼女だけが、他の誰でもないかずみを見ていてくれた。守ってくれていた。
こんなわたしを――他の誰でもない<かずみ>を守ってくれたのだ。
『和沙ミチル』の事も、『プレイアデス聖団』の事も関係ない、かずみの友達。
今や彼女だけが、かずみにとって唯一の『本当の友達』だった。
「あすみちゃん、あすみちゃん……あすみちゃんっ!!」
胸が一杯になる。
この世界でたった一人でも、自分の事を見てくれる人がいる。守るべき大切な人がいる。
彼女だけが、かずみに残された唯一の希望。
かずみを守った彼女はその記憶を失い、今はただの力なき幼子となっている。
けれどもかずみは約束したのだ。
今度はかずみがお返しする番だと。彼女の事を絶対に守るのだと。
その誓いがある限り、かずみは絶望などしない。
それ以外の全てを切り捨てたとしても、かずみは彼女を守って見せる。
それを邪魔するなら、たとえそれがプレイアデス聖団の仲間――仲間だった者達が相手でも、かずみは容赦しないだろう。
魔法少女に変身してからは、あっという間だった。
海香の屋敷にようやく到着する事ができた。
この家も、あすみを連れて直ぐに出て行かなければならない。
親友だと思っていた海香もカオルも、かずみ達の味方なんかじゃない。
あの魔法少女達が保管されている<レイトウコ>の存在を知ってしまえば、大切な彼女をこんな場所に置いておけるはずがなかった。
最早かずみは海香達の事を全く信用していなかった。
ここにいるかずみ自身、彼女達の嘘から生まれたようなモノだ。
『和紗ミチル』の偽物として<かずみ>を生んだ彼女達の事を、どうすれば信じる事ができるというのか。
かずみ自身が信じたくとも、信じられる言葉を何一つ掛けてくれなかった。
そんな彼女達の事よりも、実際にその身を挺してかずみを守ってくれたあすみの身の安全の方が、遥かに大切だ。
プレイアデス達を無理矢理信じた挙句、あすみを危険に晒すくらいなら、初めから信じないほうがずっと良い。
神名あすみは未だ魔法少女としての資格を失っていない。
彼女にとって『プレイアデス聖団』が危険な存在だと分かった時点で、かずみにとっても聖団は警戒すべき相手となっていた。
「わたしがあすみちゃんを守らなきゃ」
かずみは決意を胸に宿し、あすみの部屋へと向かう。
――だがそこに待ち望んだ少女の姿はなく、空のベッドがあるだけだった。
「……あすみ、ちゃん? どこ……どこにいるの?」
嫌な予感が収まらなかった。
気のせいだとかずみは自分へ必死に言い聞かせ、あすみの姿を探す。
だがいくら屋敷の中を探し回っても、求める少女の姿は見つからない。
「何処にいるの! あすみちゃん!?」
この屋敷にはいないと確信できるほど隅々まで探し終えると、かずみは即座にあすみを探すため屋敷を飛び出した。
手掛かりも何一つなく、かずみは自身が錯乱している事にも気付かずに、ただ衝動に突き動かされるまま空を切り裂くように飛び立つ。
ぽつぽつと水滴がかずみの白い肌を叩き、やがてそれは本格的な雨となって降り始めた。
神名あすみの捜索を始めて、どれくらい時が経っただろうか。
日は既に暮れ、空にあるはずの月は分厚い雨雲に遮られその姿を隠している。
街灯だけを頼りに夜闇の中、人を捜し求めるかずみの姿は、さながら幽霊のような有様だった。
頼りの直感もまるで働かず、かずみが探した場所は全て空振りに終わった。
それでも冷たい雨の中、当てが何一つなくとも、かずみは少女の姿を延々と探し続ける。
だがいくら探せども探せども、あすみの姿を見つけることは叶わない。
「守るって……約束、したのに……」
雨脚が強くなり、視界が悪化したせいで仕方なく空から地上へと足を下した。
変身を解除すると、あすみから譲り受けた私服はすぐに雨を吸い込んで重たくなった。
ずぶ濡れの体はとうに芯まで冷え込んでいる。
吐く息だけが熱く、雨の中を僅かに白く変えた。
あすみを見つける事も叶わず、かずみは無力感に支配されていた。
足を止めてしまえば、きっともう一歩だって動けなくなるだろう。
こんな無力で、惨めな存在が、一体何の役に立てるというのか。
誰かを守れると思っているのか。
――バケモノの分際で。
「っ、わたしは……バケモノなんかじゃ……誰か、教えてよ……」
力なくかずみは暗闇の空を見上げる。
星明りも月の輝きすらも見えず、ただ刺すような雨粒だけがかずみの頬を打つ。
今、分かった。
守ると誓った自分だが、彼女の存在に一番守られていたのは、かずみ自身だった。
力の強弱が問題なのではない。
『神名あすみ』がただそこにいるだけで、かずみの心は守られていたのだ。
失って初めて気付かされる。
彼女の存在が、かずみにとってどれだけ大きく、掛け替えのないものだったのか。
ふと気付けば、いつの間にか人気のない路地裏に迷い出てしまっていた。
人探しをするなら、もっと人通りの多い場所を重点的に探すべきなのだろう。けれどもあすみのいる場所に心当りが全くない以上、それも空振りに終わる可能性が高かった。
だがたとえ僅かな可能性だろうとも、かずみはそれに縋る事しか出来なかった。
そうして道を引き返そうとしたかずみの前に、一人の少女が現れた。
「……また会ったわね。かずみ」
「スズネ……ちゃん?」
それは昼間出会った『天乃鈴音』だった。
彼女は雨の中、水色の傘を差して歩いていた。
彼女の事はかずみにとっても印象深いものだったから、その姿を見間違えるはずもない。
「……こんな雨の中で、夜も遅いのに一人で何してるの?」
スズネの言う通り、真夜中に傘も差さず徘徊する今のかずみの姿は、どう見ても不審者の類いだろう。
何も答えられないかずみに、スズネは幼子に尋ねるような優しげな声をかけた。
「あの子は一緒じゃないのね?」
「あすみちゃんは……今、探してる。でも、どれだけ探しても、見つからないの……」
『もう一人で勝手に行っちゃダメだよ』と約束したにも関わらず、あすみは姿を消した。
約束を破るような子じゃないことは、かずみ自身十分に分かっている。けれどもしかしたらという思いは時間が経つ毎に大きくなっていった。
――もしかしたら、わたしのことなんか待ってなくて。一人で『ママ』のところに行ったんじゃ。
目の前のスズネをママと見間違い、かずみの制止を振り切って駆け出した事は、かずみの中で小さくない傷跡となっていた。
そんなことない、あすみちゃんは約束を破ったりなんかしない、とかずみは違う可能性を必死に考える。
あすみ自身が出て行ったのではないとすると、何者かに連れ去られたと考えるのが自然だろうか。
プレイアデス達に先回りされてしまったか、あるいは見知らぬ第三者による犯行か。
双樹姉妹の件もある。元々この街の外から来た魔法少女であるあすみの交友関係について全く知らない以上、彼女がどんな事件に巻き込まれていたとしても不思議じゃなかった。
かずみは目まぐるしく出口の見えない思考を続ける。
そんな彼女を、スズネは痛ましい者を見る目で見ていた。
「そう、また迷子なの。……なんて顔してるの。まるであなたの方が迷子みたいじゃない」
スズネは呆れるように言うと、雨に打たれるかずみを自分の傘の下に入れる。
「……いいよ、スズネちゃんが濡れちゃう」
かずみの弱々しい断りの言葉を、スズネは聞こえないとばかりに無視した。
ポケットからハンカチを取り出し「気休めだけど」と呟き、濡れたかずみの顔を拭う。
「ねぇかずみ。探してる子の名前『神名あすみ』で間違いない?」
「……え? う、うん。そうだけど」
「やっぱりあの子が……人違いじゃなかった」
スズネの呟いた言葉は、以前から『神名あすみ』の事を知っていたかの様に聞こえた。
「……あすみちゃんの事、なにか知ってるの?」
「<魔法少女>としてなら、たぶんあなた以上にね」
唐突なその発言にかずみが驚くよりも早く、スズネは傘をかずみに押し付け、一人雨の中に躍り出る。
そして銀色のソウルジェムを輝かせ、スズネは魔法少女へと変身した。
灰色のコートを纏い、カッターを思わせる形状の大剣を手にした姿は、紛うことなく魔法少女の姿だった。
「……スズネちゃんも、魔法少女だったんだね」
スズネが魔法少女に変身した姿を見て、かずみは呆然と呟く。
昼間出会った少女が実は魔法少女だったなど、意外と世間は狭いらしい。
あるいはそれは、魔法少女としての必然だったのか。
スズネはかずみに向かって手を差し伸べた。
「――かずみ、私と一緒に来なさい。それが『神名あすみ』を見つける一番の近道だと思うわ」
雨に濡れたその美貌は、ぞっとするほど冷たい笑みを湛えている。
それは暗闇を照らす月のように、かずみに抗い難い魅力を感じさせた。
微妙にストックできたんで、明日と明後日も投稿します。