私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 超遅れてごめんなさい!(スライディング土下座)
※今話はかなり長いです(14000字超)。分割しようと思ったんですが、キリが悪いのでそのまま投稿します。


第二十四話 トモグイ

 

 

 不吉なほど黒く染まった魔力が、かずみを中心にして渦巻く。

 

 かつては水色の輝きを放っていたニコのソウルジェムは、今では見る影もなく闇に染まり、希望と絶望の相転移反応を現している。

 リィィィイイン、リィィイイイインと魔力による波紋が広がり、それに呼応するかのように、何故かかずみのソウルジェムもまた共鳴を始めていた。

 

 空間に響き渡る魔力の波紋に揺り起こされ、かずみの脳裏に次々と見知らぬ光景が浮かび上がる。

 

 それは地獄の様な光景だった。

 

 人形のように積み重なった、魂なき幼子達の骸の山。

 異形の化け物達が生まれては解体され続ける悪魔の屠殺場。

 無数に並んだ水槽の中には、同じ顔をした少女達が浮かんでいる。

 

 ――これが……こんなのが――わたしの、記憶?

 

 その冒涜的な光景が自身の記憶であるなど、かずみは信じたくなかった。

 それでもかずみの直感は、これが決して自身と無関係ではない事をはっきりと告げている。

 

「ぎっ!? がっ、ああああああああ!!」

 

 突如脳内を掻き回されたかのような不快な感覚と、正気を失うほどの痛みがかずみを襲った。

 それは五感全ての感覚を奪い、一つの映像をかずみの脳裏に焼き付ける。

 

 そこは、斜陽に染まる壮麗な建築物だった。

 黄昏の祭壇に、一人の少女が腰掛けている。

 

 祀る神なき祭壇があるだけの伽藍堂の中、まるで彼女だけがこの世界から隔離されているかのよう。

 

 橙色の光を反射して、少女の銀色の髪が宝石のように輝く。

 見かけは十四歳ほどの外見でありながら、その身に纏う空気は悠久の時を生きる賢者を思わせた。

 

 片膝を抱き抱えるように座る彼女の手には、銀の指揮杖がゆらゆらと揺れている。

 彼女の紅の瞳が、かずみの魂を捉えて離さない。

 

 鮮烈な白昼夢の中というよりも、まるで本当に対面しているかのような生々しさを伴って、少女の言葉が艶やかに紡がれる。

 

『一つ目の封印は解除され、楔は綻んだ。これよりパンドラの匣を開け放ちましょう。

 たとえそこに、あらゆる災厄が詰まっているのだとしても。

 たった一つの残された希望を信じて』

 

 少女は予言者の如く語った。

 喜びを滲ませて紡がれたその言葉を、けれども誰一人として理解する者はいない。

 

 少女の言葉が鍵であったかのように、かずみの瞳が太極図を描くように変貌する。

 

 自身に起こった変化を認識できないままに、かずみは更なる激痛に襲われた。

 先ほどまでの不快感とは比べ物にならないほどの痛みに、獣のような悲鳴が自分の意志とは無関係に慟哭する。

 

「がああああああ"あ"あ"!!」

 

 かずみの中から、漆黒の魔力が解き放たれる。

 それは周囲を吹き飛ばすほどの衝撃を放った。

 

 周囲に渦巻く魔力と、かずみから生まれた魔力が絡み合い螺旋を描く。

 やがてそれは溶けて交わり、かずみの血潮となって世界を汚す生きた魔法になった。

 

『さあ、あなたの輝きを魅せてちょうだい。――私の可愛いお人形(かずみ)ちゃん』

 

 銀色の少女が三日月の笑みを浮かべる。

 その面影は、かずみの知る誰かによく似ていた。

 

 それが誰であるのか。

 思い当たる間もなく、かずみの中にある外れてはいけない何かが解き放たれた。

 

 臨界を迎えたニコのソウルジェムが、かずみの中に取り込まれる。

 

 客観的に見れば、一連の現象は全て刹那の内に起こったように見えた事だろう。

 傍目からはわけもわからないまま、前代未聞の相転移は起こり。

 

 斯くして、一匹の化け物が生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「――<コネクト>。さぁ踊れや踊れ、愚かなる咎人達(プレイアデス聖団)

 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソンってね」

 

 

 

 

 

 

 御崎海香は目の前に広がる光景に、沸き上がる恐怖を抑え切れなかった。

 

「うそ……でしょ?」

 

 気付けば無意識に手が震えている。

 己の武器である魔法書を、それが普通の本だったならば折れそうなほど力強く抱き抱えていた。

 

 海香は恐怖していた。

 自らの常識が突如崩される。

 築き上げた世界観を破壊された者に等しく襲いかかる、圧倒的な未知への恐れ。

 

 始まりは、ニコのソウルジェムが突如相転移した事だった。

 それはあまりにも唐突な、劇的な反応だった。

 

 海香の記憶が確かならば、昨夜もニコはジュゥべえによるジェム浄化をしたばかりのはずだ。

 異彩の魔法少女、双樹姉妹との戦闘がどれほど過激な物だったとしても、あの抜け目のないニコが自身の魔力を使い切るはずがない。

 

 確かに肉体が死んでしまった場合、何もしなければソウルジェムは呪いを生み始め、やがて相転移を迎えて魔女と化すだろう。

 

 だが先ほどの反応は、そんな悠長なものでは決してなかった。

 ガソリンに火を付けたかのような、明確な作為が感じ取れた。

 

 それだけでも驚くべき事態だというのに。

 あたかも同化するかの如く、かずみが魔女に取り込まれてしまった。

 

 結果、かずみを核に未知なる<化け物>が生まれたのだ。

 

「な、なにが起こってるの!? どうしてかずみまで魔女に!?」

 

 ニコのソウルジェムが突如相転移したのも不自然だったが、今海香達の目の前で起こった現象は、それに輪をかけてあり得ない。あっていいはずがない。

 

 相転移に巻き込まれ、他の魔法少女が魔女化してしまう。

 そんなふざけた現象、見た事も聞いた事もない。

 

 それは魔法少女にとって許し難い冒涜だった。

 なぜならそれは、他者の巻き添えで魔女になってしまう――あるいは魔女にしてしまうという、ただでさえ絶望的な魔法少女の終わりに、更なる絶望が加わった事を意味するのだから。

 

 

 

 目の前の事態を受け入れ切れず、呆然とするプレイアデスの魔法少女達。

 彼女達の中で真っ先に悲鳴を上げたのは、宇佐木里美だった。

 

「嘘……嘘よぉぉ! こんなの嘘――!!」

 

 彼女は目の前にある現実に耐え切れず、取り乱していた。

 

 里美は確かに見ていたのだ。 

 相転移する()()()神那ニコのソウルジェムが、光を反射して輝くほど綺麗だった事を。

 

 それなのに何故、ニコのソウルジェムは突如孵化してしまったのか。

 穢れが、絶望が臨界点を超えた時に、初めて相転移は起こるのではなかったのか。

 

 おまけにかずみまでニコの相転移に巻き込まれて、魔女になってしまった。

 里美にはそれが、ルールが崩壊した証の様に思えた。

 

 相転移の大前提が崩れるのであれば、自身もまたいつ魔女になってしまうのか、里美には全く分からない。

 分からないからこそ、里美には次々と湧き上がる恐怖を抑える事ができなかった。

 

 次の瞬間には、今度は自分が魔女になってしまうかもしれない。

 

 里美はこれまで聖団の仲間達と共に、数多の魔女を倒してきた。

 魔法少女も同じくらい<保護>してきたわけだが、奇襲や不意打ち、騙し討ちも通じる魔法少女相手とは違い、魔女との戦いはいつも命懸けだった。

 

 結界の奥で待ちかまえる魔女を相手に、人間相手に通じるような小細工は大した意味を持たない。 

 殺すか、殺されるか。そこには力ある者だけが勝利する、原始的な理だけが全てを支配している。

 

 それは魔法少女ならば避けては通れない道だ。

 どんなに万全を期したとしても、危険がゼロになるような事は決してありえない。

 

 背後から使い魔に奇襲された事もあった。追いつめられた魔女が予想外の行動に出るなんて事は日常茶飯事。餌としてとってあったのか、捕らえられた一般人を人質のように使われたこともある。

 

 それら全ての障害を乗り越えてきた里美達だったが、一つ対応を間違えれば死んでいた……なんて事態は、最早数えるのも馬鹿らしいほどだ。

 

 聖団メンバーとのチームワークを疑ったことも、皆で練り上げた必勝ともいえる戦術に対する不満もない。

 あるのはただ、いつまでこんな先の見えない戦いを続けなければならないのかという不安だけ。

 

 薄氷の上を歩き続ければ、いつか割れてしまうのが目に見えている。

 それが分かっていながら、里美はぎりぎりの綱渡りをいつまでも続けられるような超人的な精神を持っていなかった。

 

 物語にあるような華々しい戦いなんて、どこにもない。

 あるのはただ、おぞましい化け物との血生臭い殺し合いだけだ。

 

 その化け物が、元は人間だったという事実からは、必死に目を逸らしてきた。

 

 でなければ、その果てにあるのは狂気でしかないから。

 それでも、いつまでも目を瞑る事なんてできはしない。

 

 後何度戦えば、不安で眠れない夜をなくすことができるのだろう。

 夜中に飛び起きて、自身のソウルジェムを確認したのも一度や二度ではない。

 

 死ぬことも恐ろしいが、魔女に堕ちることはもっと恐ろしい。

 あの醜い姿だけでも吐き気を催すのに、魔女達の叫び声は、かつて魔法少女だった者達の苦悶の悲鳴に聞こえて仕方ない。

 

 もしも自分が魔女になってしまって、醜い姿で永遠の絶望に囚われるのだと想像したら。

 それは最早、死をも超える恐怖だった。

 

 里美は恐怖に見開かれた目で<かずみ>を見た。

 そこにいるのは最早魔法少女でもなければ、魔女ですらない。

 

 里美は呟く。

 あんなにも醜い、この世に存在してはならないモノに相応しい呼び名を。

 あれは最早、ただの。 

 

「――バケモノ」

 

 震えながらも、里美の視線は取り込まれたかずみから離れなかった。

 その瞳には、隠し切れないほどの<嫌悪>が浮かんでいた。

 

 

 かずみを取り込み、相転移によって誕生した魔女は、マネキンの様な姿をしていた。

 その漆黒の全身には、ターゲットポイントらしき白線が引かれている。

 

 下半身は影の中に沈んでいるが、現れている上半身部分だけでも見上げるほどの巨体だった。

 その両腕の肘から先は刃物に変わっており、魔女はそれを狂ったように振り回していた。

 

 そんな魔女の頭部、何重にも円が描かれた目鼻のない顔面に張り付くように、かずみは取り込まれていた。

 その四肢は完全に魔女と融合しており、足元まで伸びていた髪がまるで無数のコードのように広がって魔女と繋がっている。

 それはあたかも、磔にされた罪人のような姿だった。

 

「かずみぃいいいいい!!」

 

 その悍ましい姿に嫌悪する者、恐怖する者がいる中で、浅見サキは必死の形相でかずみへと呼び掛ける。

 魔女がキルキルキルと金属が擦れ合う様な甲高い声を上げるものの、肝心のかずみは沈黙したまま項垂れていた。

 

 サキがいくら呼び掛けても、かずみが意識を取り戻す様子はない。

 かずみが今どんな状態なのか、サキ達には全く分からなかった。

 

 果たして、かずみまで本当に魔女になってしまったのか。

 無事だとしても、ニコが死に、メンバーを欠いた状況でかずみを救い出せるのか。

 絶望的な状況を前に、一同は為す術もなく立ち尽くしてしまう。

 

 そんな格好の標的達を、異形の魔女は見逃さなかった。

 両腕の刃を鋏のように交差させ、地面を滑るように魔女が動き始める。

 

 下半身のない外見からは想像も付かない機動力を発揮し、不意を打たれた面々の中で、唯一カオルだけが反応できた。

 

 日頃からサッカーで鍛えられた反射神経の賜物だろうか。致命的な強襲を自身の体を割り込ませて強引に防ぐ。

 迫り来る刃にも怯まず、カオルは魔女の真正面、鋏の根元まで飛び込むと、両腕を盾にして魔女の突進を阻んだ。

 

 根元近くならば、刃の切れ味も落ちているかと期待したが、それでも勢いを殺し切れなかったせいか、カオルの両腕深く刃が食い込む。

 悲鳴を上げそうになるのを気合で抑え込み、カオルは魔法を発動させた。

 

「らぁああああっ! <カピターノ・ポテンザ>!」

 

 カオルの魔法により、彼女の両腕は黒く染まり硬質化を果たす。

 自らの両腕をより強固な盾に変えたカオルは、注意深く魔女を見上げた。

 

 ――かずみは無事なのか!?

 

 囚われたかずみの身を案じるものの、襲い掛かってくる魔女を無視することもできない。

 

 聖団一の力自慢でもあるカオルと魔女の力比べは、ほぼ互角の結果に終わった。

 その間、動きが止まっていた魔女だったが、それは次なる攻撃の為の前準備でしかなかった。

 

KILLKILL(キルキル)

 

 魔女の体から鋭い突起がヤマアラシの様に生じた。

 防御のための物かと考えたカオルだったが、魔女の意識が自分の後方に向かっているのを察し、未だ後ろで立ち尽くしている仲間達に怒声を放った。

 

「海香! サキ! ボサッとしてんじゃねぇ!」

 

 それと同時に魔女の体表を覆い尽くすほどの無数の突起が、一斉に発射された。

 

「っ、みんな中に入って!」

 

 カオルの声で我に返った海香が、咄嗟に魔法障壁を展開する。

 そこへサキ、みらい、里美の三人が転がるように避難してくる。

 

 巨大な黒い針の弾雨を辛うじて防ぐことができた海香達。

 そこでふと、致命的な何かを見落としている気がして、海香は周囲を一瞥して、その違和感の正体に気付いた。

 

「あいつ――ッ! 双樹がいない!?」

 

 ニコを殺し、この事態を引き起こした元凶ともいえる存在が、魔女の出現と同時にその姿を消していた。

 サキは苛立たし気に吐き捨てる。

 

「いったいどこに……だが奴に構っている暇は! ――何としてもかずみを救い出さねば!」

 

 逃げたか、隠れているのか。人知れず姿を消した双樹の事を警戒しつつも、最優先事項は目の前のかずみの救出だ。

 確かに双樹はニコの仇で、この事態の元凶でもあるが、消えてくれるなら今はどこかへ行って欲しかった。

 

 かずみの救出に、どう考えても双樹は邪魔だった。

 だがいくら姿を消したといえども、奴等がこのまま大人しくしているとも思えない。こちらが隙を見せれば、手を出してくる可能性は非常に高い。

 

 海香達は目の前の魔女を相手にしながら、双樹の存在により、常に背後を気にしなければならなくなった。

 だが姿の見えない敵よりも、まずは目の前の魔女を倒し、かずみを救出する事が先決だ。

 

 無論この事態を収めた後は、何が何でも双樹を見つけ出し、必ず相応の報いを受けさせるつもりだ。

 ここまで聖団を滅茶苦茶にしてくれた魔法少女を、ただで済ますわけにはいかないのだから。

 

 

 

 魔女の攻撃に晒されながら、聖団の魔法少女達は必死の反撃を行っていた。

 一進一退の攻防が続くが、戦いの中で本来の調子を取り戻しつつあったプレイアデス聖団の連携を前に、あと一歩の所まで追い込むことができた。

 だがその時、意識を失って項垂れていたかずみが面を上げた。

 

 それを見て海香達は、意識が戻ったのかと淡い期待を抱いた。

 だが顔を上げたかずみに理性の色はなく、白目を向き獣のように歯を剥き出しにしていた。どう見ても正気の有様ではない。

 

GAAAAAAAAAAA(がああああああああああ)!!』

 

 かずみと魔女の咆哮が重なる。

 すると、それまで力任せで単調だった動きに変化が生じた。

 

 ただ我武者羅に突っ込むのではなく包囲を抜け出そうと、魔女はその巨体に見合わぬ動きで地を這いずり回った。

 おまけに背後からの強襲にも対応する勘の良さ、どこかかずみを思わせる動きになっていた。

 

 急激な動きの変化に後手に回る聖団の魔法少女達だったが、そんな中、浅見サキが決死の表情で魔女の前に進み出る。

 

「……私が行く。私がかずみを助ける! <イル・フラース>!!」

 

 魔法を唱え、サキの全身を電撃が包み込む。

 生命の速度をも加減可能な、サキの電撃魔法<イル・フラース>。

 

 雷をその身に宿したサキは、クロックアップともいえる負荷により肉体と思考力の全てが高速稼働する。

 もし魔法少女でない者がこの雷を纏えば、それが刹那の時であろうとも廃人になる事は免れないだろう。

 

 普段は人間であることを忘れないために、他の仲間達と同様に痛覚を常人のままにしてあるサキだったが、この魔法を使う時は完全に痛覚を消していた。

 

 でなければ一歩動く度に悲鳴を上げる事になっていただろう。

 能力の限界を超えた動きは、諸刃の剣となって己を傷つける。

 

 魔力消費も他の魔法と比べると馬鹿らしいほど非効率だ。

 それほどリスクのある魔法だったが、それだけの効果はあった。

 

 地上に稲妻が走った。

 傍から見ている者は、無数の光の軌跡だけがその目に映ったことだろう。

 その軌跡は鞭のように幾筋も伸び、魔女に無数の打撃を与えていた。

 

 魔女は頭部のかずみを庇うように両腕の刃を交差させる。

 だがかずみを救おうと猛攻を掛けるサキの攻撃に晒され、ついにその刃が根元から折れた。

 だがその代償にサキもまた体力の限界を迎えたのか、魔法の効果が解除され、サキは今にも倒れそうなほど疲労困憊していた。

 

「くそっ……後一歩、届かない……っ!」

 

 息も絶え絶えに悔しさを滲ませ、サキは震える足元を辛うじて支える。

 どれほど加速させたのか、サキの短かった髪が腰の辺りまで伸びていた。

 

「サキ、大丈夫!?」

 

 みらいはサキの元に駆け寄り、今にも倒れそうなサキの体をその小さな体で支えた。

 

 サキの攻撃が止むと大ダメージを受けた魔女は、今度は自分の番とばかりに怒り狂い、まさに狂乱といった言葉が相応しい様で見境なく暴れ回り始めた。

 魔女と同化したかずみもまた、血の涙を流しながら歯を剥き出しにして慟哭している。

 

 そんな有様のかずみを見て、若葉みらいは諦めを滲ませた声で呟いた。

 

「……アレ、もう無理だよ。完全に魔女じゃん」

「みらい!」

 

 それを聞き咎めたサキだったが、みらいはそんな彼女を逆に諭すように告げる。

 

「……サキだって分かってるはずよ。あれはもう魔女だって、魔法少女としての本能がそう告げてる」

 

 みらいの言葉に、サキは反論する事ができなかった。

 

 かずみを救おうと、救えるはずだと思っていた。

 いや、そう思いたかっただけなのかもしれない。

 

 ――たとえ目の前の魔女から、それ以外の気配を感じ取る事ができなかったとしても。

 

 話が不穏な方向へ流れていると感じた海香は、狂乱する魔女を警戒しつつ口を開いた。

 

「……確かにかずみと魔女は、もう同化してしまってるように見えるわ! けどこんな予想外の相転移……原因が分からない以上、かずみをもう救えないと判断するのはまだ早過ぎる!」

「ならどうするの? あんな状態から救えるほどの反則技……あすみの奴ならできたかもしれないけど、もう無理じゃん」

 

 その問いに対する答えを、海香は持っていなかった。

 

 奇跡を起こした二人の内一人はその記憶を失い、もう一人は今目の前で化け物と化している。

 

 実は海香の魔法で、神名あすみの魔法を模倣できるかどうか試した事がある。

 だが実際に使用してみようとして、すぐにそれは断念することになった。

 

 ソウルジェムへの負荷が異常なほど高く、まともに行使すれば海香といえども数秒と持たずに限界を迎えるほど、それは規格外な魔法だったからだ。

 精神に干渉する魔法は総じて高コストなものの、あすみの魔法は最早別次元の物だった。あれを使うにはかなりの適正と、素質の高さが求められる。

 

 海香の魔法は<他者の魔法を模倣する>という非常に汎用性が高いものだったが、あすみの特異過ぎる魔法を使いこなせるほど全能ではなかった。

 

 そうした経緯から結局切り札は手に入らず、現在の海香にかずみを救う手段は何一つ存在しない。

 唇を噛みしめる海香に、里美が追い打ちをかける。

 

「いくら海香ちゃんでも、あんな状態のかずみちゃんを救う手段なんて、すぐには思いつかないでしょ?」

「里美、お前……」

 

 カオルは里美の言葉に違和感を覚え、眉を寄せた。

 彼女の態度を見ていると、まるで「かずみを救いたくない」とすら思っている様に見えたからだ。

 

 心優しい里美に限ってそんなわけがないという認識と、仲間であるという信頼から、カオルは違和感の正体を掴みとる事ができなかった。

 そんなカオルの戸惑いを置き去りに、里美は周囲の同意を求めるように言う。

 

「ニコちゃんが死んで、かずみちゃんも魔女になってしまった。このままだとまた誰か死んじゃうよ。だったらもう……残された手段は一つだけじゃない?」

 

 言外に、かずみを殺そうと里美は告げた。

 思わず否定しようとした海香だったが、かずみを救う手段がない以上、里美の言う通り、殺すしかない。

 

 このままでは遠からず聖団に被害が出るだろう。ニコを失い、これ以上の欠員はプレイアデス聖団の存続に関わる。

 

 だとすれば、ここが分かれ目なのだろう。

 

 海香は目を閉じた。

 瞼の裏に浮かぶ<かずみ>の笑顔を思い返し、目的の為に冷徹な決断を下す。

 

「……私は<彼女>に救われた。かずみを救う手段がない以上、確かに選択の余地はないわね」

「海香!?」

 

 同じ意見だと思っていた海香の突然の翻意に、カオルは驚愕の声を上げた。

 

「なんで……かずみは、今までで一番うまく()()()()じゃないか! まだ諦めるような状況じゃ――」

「これ以上被害が出てしまえば、取り返しが付かないわ。私もかずみを諦めたくなんかない……でも、<彼女>の為に、ここで立ち止まるわけにもいかない」

「そんな!?」

 

 カオルは納得できなかった。

 皆があっさりと()()()かずみを諦めようとしているのが、カオルには信じられなかった。 

 

「……今のかずみを殺して、もう一度やり直すってのか?」 

 

 だがそれは、人として許されるような所行ではない。

 信じられない思いで仲間達の顔を見るカオルだったが、その言葉を否定する者は誰一人としていなかった。

 

「今度は私がその罪を背負うわ。あの子の為なら、私はどんな禁忌だって……」

「そういう事を言ってるんじゃない!」

 

 狂乱する魔女を横目に、カオルは周囲の仲間達に訴える。

 我を失い慟哭するかずみが、カオルには泣いているように見えた。

 

 

「本当の人間じゃなくたって、かずみは生きてるんだぞ!? 勝手に命を生み出しといて、都合が悪くなったら殺すだなんて、おかしいだろ!?」

 

 

 カオルの脳裏にはその身を賭してかずみを守った、小さな少女の姿があった。

 今では全ての過去を失い、無垢な幼子と化してしまった魔法少女、神名あすみ。

 

 謎の多い彼女だったが「かずみを守る」というその言葉に偽りは一つもなく、その最後までかずみの為を想っていた。

 

 

「――あすみが守ったかずみは、今目の前にいるかずみなんだぞ!?」

 

 

 そんな彼女を見ていたからこそ、カオルはかずみの<処分>に納得できなかった。

 カオルの言葉に皆顔を俯かせるものの、同意する者は誰一人としていない。

 

 

 

 御崎海香は既に選んでしまっている。

 <彼女>と<かずみ>、二人を天秤に掛けてしまえば、より前者の方が重かった。

 

 故に、カオルの言葉は虚しく響いた。

 

 

 

 宇佐木里美にとって、カオルの言葉は欠片も共感できなかった。

 むしろ苛立ちさえ覚えた。

 

 ――カオルちゃんはかずみちゃんを助けるために、私達の誰かに死ねって言うの?

 

 あすみちゃんが記憶を失ったアレだって、未だ原因が分かってないっていうのに。

 そんなに救いたいなら、一人でやればいいじゃない。

 一欠片の共感もない正論や人道は、ただの煩わしい雑音と成り果てた。

 

 故に、カオルの言葉は聞き流された。

 

 

 

 浅海サキにとって、カオルの言葉は血を吐くような思いを喚起させた。

 かずみを守る騎士でありたいと、そう思っていた。

 

 だからこそ外様の魔法少女である神名あすみにも厳しい態度で接したし、かずみの為を思えばこそ、彼女の信頼するあすみと一時とはいえ行動を共にした。

 

 正直、あすみの事はかずみを取られたかのようで、好きにはなれなかった。

 それでも、あの海辺に日の出と共に銀色の光が下りた日、魔法少女神名あすみが消失する前、彼女の告げた言葉は、最後までかずみの為を想ってのものだった。

 

 そんな彼女の事を、サキはどうしても嫌いにはなれなかった。

 

 あすみと自分、果たしてどちらがかずみの守護者として相応しいのか。

 その答えは最早、明白な気がした。

 

 諦めとともに、サキは鞭を握りしめた。

 

 ――<彼女>を生き返らせる。

 

 そのために私は、かずみを、<かずみ達>を殺し続ける。

 そう、決めたんだ。

 

 ……こんな私が守護者を名乗るだなんて、馬鹿げているな。

 

 故に、カオルの言葉はサキの心に深い諦めを抱かせた。

 

 

 

 カオルの必死の訴えを、若葉みらいは鼻で笑い飛ばす。

 

「ハッ、共犯の癖に今更なにを!」

 

 今まで何回繰り返してきたと思っているのか。

 今更善人面するだなんて、みらいにしてみればちゃんちゃらおかしかった。

 

 この土壇場でイモを引くような真似をするカオルの事を、みらいは「弱虫」だと断じていた。

 

 故に、カオルの言葉はみらいの心を毛ほども動かさなかった。

 

 

 

「っ、だけど!」

 

 ――共犯。

 その言葉に怯んだカオルだったが、それでもここでカオルが引いてしまえば、かずみの運命が決してしまう。

 

 だがカオルは、それ以上の言葉を上げられなかった。

 周りを見れば仲間達の誰もが、かずみを諦めた顔をしていたからだ。

 

「そんな……」

「――彼女の日記を、絶望のまま終わらせるわけにはいかない」

 

 愕然とするカオルに、サキは聖団の使命ともいえる言葉をかけた。

 

 それは、全ての始まりの言葉。

 プレイアデス聖団が、悪魔の集団と化した日の誓い。

 

 たとえどんな禁忌に手を染めても、何度悲劇を繰り返したとしても、叶えたい願いがあるから。

 

 その使命のために聖団は今まで行動してきた。

 【誓いの言葉】を前に、カオルは二の句を告げる事が出来ず、ついには口を閉ざしてしまう。

 

 この瞬間、プレイアデス聖団による<かずみの処分>が決定された。

 

 

 

 

 

 

KILLKILLKILL(キルキルキル)!」

 

 魔女と同化したかずみを見て、サキは思わずにはいられなかった。

 

「……私達は()()、失敗したのか」

 

 サキは絶望を滲ませた声で呟く。

 

 果たしてこれで何度目だろうか。

 今度こそは、という思いがなかったとは言わない。

 

 特に今回は、神名あすみというイレギュラーが起こした、眩しいほどの希望を目の当たりにした分、落胆は大きい物となっていた。

 

 だがサキは――プレイアデス聖団の皆は誓ったのだ。

 目的を果たすまで、何度でも繰り返すと。

 

 今回もまた失敗に終わり、気落ちするサキを労わるように、みらいは明るい声を掛けた。

 

「かずみを救うためにも、かずみ(アレ)は殺さなきゃ」

 

 矛盾に満ちたその言葉を、何の疑問もなくみらいは口にした。

 

「だから、サキはやらなくていいよ。ボクが殺る――<ラ・ベスティア>」

 

 みらいの持つテディベアが魔女に向かって駆け出し、無数に分裂して取り付いた。

 その有様はまるで蟻に集られた虫の死骸を思わせた。

 

 魔女の巨体に比べて遙かに小さな人形が、体格差を物ともせずに噛みつき、食い散らかしていく。

 

 魔女が、かずみが、苦悶の金切り声を上げた。

 

「……っ、かずみ!」

 

 苦痛に歪むかずみの顔を見てしまい、サキは無意識に手を伸ばしていた。

 悲鳴を上げるかずみに救いの手を伸ばしたいと、どうしても思ってしまう。

 

 ――やはり嫌だ! 私はもう二度と<妹>を見殺しには……!

 

 それはサキの甘さだ。

 殺すと決断してもなお、彼女はかずみを害することを躊躇ってしまう。

 

 そんなサキの迷いを背後から感じ取ったみらいは、迅速なかずみの抹殺を決意する。

 サキが血迷ってしまわないうちに。

 

「……お前、もうサキを惑わすなよ」

 

 かずみの首を落とさんと、みらいは空高く飛び上がり、大剣をギロチンの如く無慈悲に振り下ろした。

 肉体を傀儡の群体に貪り食われた魔女に、その刃から逃れる術はない。

 

「――消えろ」 

 

 大剣は魔女を、同化したかずみごと両断――するかに思われた。

 突如その刃の下に、紅白の衣装を纏った魔法少女が踊り出た。

 

 少女の持つ二振りの剣が、振り下ろされたみらいの大剣を弾き飛ばす。

 必殺の一撃を防がれた大剣を、その衝撃を利用して肩に担ぎ直し、くるりと地面に這うように着地したみらいは、邪魔者の姿を憎々しげに睨み付ける。

 

「……余計なマネしやがって」 

 

 その視線を受けて、かずみの前に立ち塞がる邪魔者――双樹あやせは冷笑を浮かべて、みらい達プレイアデス聖団の魔法少女を見下ろしていた。

 

「ふっふっふ、人のこと散々悪者扱いして、自分達はコレだもんなぁ。そういうのって全然スキくない。だって汚いもん」

 

 あやせの言葉に、同じ口からルカが応じる。

 

「元より魔法少女に価値など、ソウルジェムの輝き以外にありませんよ。見るに耐えません。故に魔法少女はすべからく殺すのが慈悲と言うもの」

 

 隙あらばもう一人くらいソウルジェムを回収して、先ほどの相転移が偶然なのかどうか確かめようと考えていた双樹だったが、プレイアデス聖団の魔法少女達がかずみを救う事を諦め――どころか積極的に殺そうとしているのを見て、気が変わった。

 

「お前! 魔女の味方をするのか!」

「……笑えないなぁ。ほんっとにスキくないな、こういうの」

 

 みらいの攻撃によって、魔女はほぼ無力化されていた。

 あやせは魔女の頭部に近づき、そこに同化しているかずみへ、恐れもなく手を伸ばした。

 あやせの手が、呻くかずみの頬を撫でる。

 

「……可哀そうなかずみちゃん。大事なお仲間にあっさり見捨てられちゃって。かずみちゃんは仲間のために、あんなに頑張ってたのにね?」

 

 仲間(ニコ)を殺された怒りを胸に、真っ直ぐな殺意を秘めて自分に向かってくるかずみは、あやせにとって好ましい相手だった。

 

 ソウルジェムが綺麗なのは、ただの光の反射だけではない。

 かずみのような真っ直ぐな魂の輝きが宿っているからこそ、至上の煌きを放つのだとあやせ達は信じていた。

 

 ――それがあやせの選択なのですね? 我が半身ながら物好きな。

 ――ごめんねルカ。だって私欲張りだもん。

 

 一つの肉体の中に二つの心を宿す双樹は、自らの裡で意思を直接交感し合う。

 一心同体の存在とはいえ、二人の思考がまるきり同じというわけでもない。

 

 あやせは自らの欲望を優先し、ルカはあやせの全てを肯定する。

 結果的に同じように見えても、そこには明確な差異が存在していた。

 

A()……UA(うあ)……」

 

 まともに言葉も喋れないかずみを、あやせは愛おしそうに抱きかかえた。

 それはあたかも、大切な宝物を抱きしめるかのように。

 

「うん、決めた!」

 

 あやせは満面の笑みを浮かべて、プレイアデスに告げる。

 

 

 

「あなた達のソウルジェム、よく見たら不味そうだから、やっぱりいーらないっ!」

 

 

 

 その笑みには、間違えようのない敵意が込められていた。

 

「ニコとやらのソウルジェムも、どうやら<紛い物>だった様ですし、そのお仲間達も同じ可能性が高いですね。食中毒には気を付けませんと」

「……紛い物だと?」

 

 あやせの言葉を挑発と受け取ったサキが睨みつけるが、あやせはその視線を無視して語る。

 

「私達はね、<綺麗なソウルジェム>が欲しいの。だから、そうじゃないのには興味ないんだ、美味しそうだなんて勘違いしちゃってごめんね?」

「むしろ私達を騙した事を謝罪して欲しいくらいです」

 

 どこまでも傲岸不遜に、双樹姉妹は己の正直な気持ちを吐露する。

 だがその言葉は、サキ達プレイアデス聖団にとっては意味不明の戯言でしかなかった。

 

「なにを訳の分からないことを……かずみをお前に渡すわけにはいかない!」

「殺そうとしてたくせに?」

 

 首を傾げ、あやせは口端を孤に歪める。

 かずみを見捨てて殺そうとした癖に、今更保護者面をするなど面白過ぎる。

 

 ――お前達にこの子は勿体ない。

 

「だったら、私が貰っちゃってもいいよね?」

 

 魔法少女でありながら、魔法少女に迫害されし者。

 資格の一つは十分にあるだろう。

 

 後はもしもかずみが復讐を願うのであれば、あやせが口添えしてもいい。

 双樹達の魔法少女グループ『エリニュエス』へ、仲間入りしてもらうのも楽しそうだ。

 

 とはいえそれも、かずみが無事に<戻れたら>の話になるが。

 

 

 

 かずみと魔女は、打ち上げられた魚のように力なく倒れている。

 それを守るように、双樹は聖団の少女達と向かい合う。

 

 聖団員達の疲労も色濃いが、双樹達もまたかずみとの戦いで負ったダメージが残っている。

 おまけに聖団の五人に対して、双樹姉妹の体は一つきり。

 諸々の要素を勘案して考えてみれば、戦力的には五分といったところだろう。

 

 本来守るはずのプレイアデス聖団がかずみを殺そうとし、殺そうとしていたはずの殺人鬼がかずみを守るという可笑しな状況に、あやせの口は思わず弧を描いていた。

 

「……戯言はもう聞き飽きたわ。あなたにはここで退場してもらう」

 

 海香が魔法書を槍に変形させて構えた。

 あやせとルカは二本の剣を構え、好戦的な笑顔と共に応じる。

 

「やれるもんならやってみなよ」

「返り討ちにして差し上げます」

 

 一触即発の緊張感が高まり、それぞれが間合いをじりじりと図っていく。

 あやせ達はかずみを守るよう、聖団全員に対して隙なく構えを取り、対する聖団の魔法少女達は、四方から一気に掛かろうと包囲する体勢を見せていた。

 

 だがその時、背後のかずみに変化が起こった。

 張り詰めた戦いの空気を粉砕するほどの大音量が轟く。

 

「GRYAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 まるで電気ショックでも受けたかのように、魔女とかずみの体が跳ね上がる。

 迸る悲鳴はあたかも断末魔の如く決死の物であり、まるで燃え尽きる前の蝋燭を思わせた。

 

 それを見た瞬間「あ、これダメかも」とあやせが思ってしまったのも無理はないだろう。

 

「時間切れ? でもこれは……」

 

 あやせだけではなく、聖団の魔法少女達もその様子に絶句していた。

 

 

 ――そこにあったのは、魔女を喰らうかずみの姿だった。

 

 

「なん、だ……これ……」

「魔女を……食ってる、のか?」

 

 理解できない、未知なる現象への恐怖に、聖団の魔法少女達は常人のように怯えた。

 

「と……トモグイしてる……!?」

 

 トモグイ――あの魔女は、ニコが相転移して成った存在だ。

 それを喰らうという事は、仲間の死体を喰らうのと何が違うのだろう。

 

 傍目からは、バケモノがバケモノを捕食しているようにしか見えない。

 そういう意味でも、里美の発した言葉は正鵠を射ていた。

 

 

 死に体だった魔女の身体を、かずみが吸収していく。

 どくんと脈打つ度に、魔女の血肉がかずみへと流れ込み、その異形の身を人の形へと納めていく。

 

 手から、足から、皮膚から、髪の毛の先端に至るまで、触れた場所から吸い込むように取り込み、それでも足りないのか、獣のように四つん這いになりながら、その口で魔女の肉を貪り食らう。

 

 あの巨体を誇った魔女を全て平らげ、その血肉を取り込んだかずみは、元の人の形へと変わっていた。

 

「……かずみ、アレは違う。アレはボク達の仲間じゃない」

 

 出来の悪い悪夢のようだった。

 聖団の魔法少女達は、それが同じ<人間>であるとは到底思えなかった。

 

 

「――アレは、人の姿をしたバケモノだ」

 

 

 卵から生まれた幼生が自ら破った殻を食べるように、かずみは自身を取り込んでいた魔女の血肉を食べ尽くした。

 

 それは人ならざるモノが孵化した光景だった。

 

『あなたが望むなら、奇跡の救世主にも、災厄の破壊神にもなれるでしょう』

 

 銀色の少女がかずみの<再誕>を言祝ぐ。

 祝福の言葉は、覚醒の光の中に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 ――かずみが意識を取り戻すと、辺りは不自然なほど静まり返っていた。

 

 ぬらりと嫌な感触を感じて視線を下に落せば、そこには赤黒い物がびっしりとこびり付いていた。

 

 手を目の前に翳すと、その生臭い匂いが鼻に付いた。

 無意識に唇を舐める。すると口内にも鉄錆の様な気持ち悪い感触があるのに気付いた。

 ぺっと吐き捨てると、何かの肉の欠片がべちゃりと地面に付着した。 

 

 

「……………………バケモノ」

 

 

 その声に、かずみは振り返った。

 するとそこには、隠し切れない恐怖を浮かべる仲間達の――仲間だったはずの少女達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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