純白のドレスを纏った魔法少女が、かずみに問いかける。
その右手には魔法の剣を、左手にはかずみの仲間、神那ニコのソウルジェムを握りしめていた。
「――ねぇ、あなたの名前教えてよ」
少女<双樹あやせ>の言葉は、かずみの耳を通り抜けた。
ただ倒れた仲間の姿だけが、かずみの視界に真っ赤に映っている。
「ニコ……ニコォォォオオオ!!」
目の前の光景を認識するのと同時に、ドクンッとかずみの心臓が跳ね上がる。
血溜まりの中、うつ伏せに倒れているニコを見て、かずみは今まで自分の胸を騒がせていた物の正体を知った。
やはりあの時、自身の直感に従って無理にでもニコに付いて行くべきだった。
あすみを家に送り届けてからでもニコに同行していれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
激しい後悔がかずみを襲う。
それに突き動かされるようニコの元へ向かうものの、その前に魔法少女双樹あやせが立ち塞がった。
「無視? そういう態度って私、スキくないなぁ」
あやせは手にした剣を翳し、かずみの行く手を遮る。
だが頭に血の昇ったかずみは、己の武器である十字杖でそれを乱暴に払いのけた。
「邪魔をするなぁあああ!!」
その勢いに押されたのか、思いの外あっさりとかずみは通り抜ける事ができた。
あまりの呆気なさに警戒心が沸き上がるが、今はそれどころではないと、かずみは構わず倒れたニコの元まで駆け抜ける。
「ニコッ! ニコぉ!! お願い、返事をして!?」
周囲に広がる血溜まり。
座り込んだ膝頭から、ぬるりとした血の感触と仄かな温もりが伝わる。
ニコの半分だけ開いた瞼からは、光を失った瞳が虚空を見上げていた。
まだニコの温もりの残滓が残っている。
だが脈は既になく、呼吸も止まっていた。
そこにはもう、ニコの生命の灯火は宿っていない。
そうかずみは本能的に理解した。してしまった。
ほんの数時間前までは、かずみをからかい、飄々とした笑みを浮かべていた少女は、今はただの肉の塊と化していた。
「…………なんで、こんな」
握りしめたニコの手は、ひどく冷たかった。
あまりにも唐突で、呆気なく、最後の言葉すらも残さずに。
神那ニコは死んでいた。
「――お別れはもういいかなぁ? 死んだ子に無駄な時間を使うくらいなら、生きてる私の相手をしてちょーだい。それがほら、前向きで建設的な考えってもんじゃない?」
だからその言葉は、かずみの中にあった激情のスイッチを、これでもかと強く打ち付けた。
かずみは振り返り、つまらなそうに傍観している少女を睨みつける。
その瞳には、かずみ自身初めて感じる感情……怒りとも違う、ドロドロとした<憎悪>が宿っていた。
「……あなたが、やったの?」
「? なにが?」
きょとんとあやせは首を傾げる。
かずみの言っている事の意味が、心底わからないとばかりに。
「ニコをこんな目に遭わせたのは、あなたなの?」
「もしかして、あなたってバカなのかな? この状況でそれ以外の答えとかあるわけ?」
くすくすと、心底可笑しそうに少女は嘲笑する。
かずみは自分でも不思議だった。
激情で頭が焼かれ、心臓がうるさいくらいに暴れて全身が熱くなっているというのに、どこかでそれをじっと観察している自分がいた。
かずみは、目の前に開けてはいけない箱があるのを幻視した。
それは理性という鎖で縛られ、幾重にも鍵が付けられている。
だが今この時、急速にこじ開けられていく様を、どこか他人事のように見つめていた。
かずみの魔力が黒色の渦となって周囲を漂う。
「……なんで、こんなことを。あなたも魔法少女なんでしょ?」
「あはっ、おかしな事を言うんだね。魔法少女だからでしょ?
魂の宝石、ソウルジェム。こんな綺麗な宝物を集めるのは、ある意味魔法少女の特権じゃない?
私はね、これこそがこの世で最も価値のある宝石だと思うの!」
そう言って、あやせは
「だって<生命の輝き>そのものなんだもん! この輝きと比べてしまえば、他のどんな宝石だってただの石ころ同然。それを集めたいって思うのは、ごく自然な気持ちじゃない?」
「……生命の輝き?」
なんだそれは、ふざけるな。
彼女の語る独自の価値観は、聞くだけで耳が腐っていくような気分にさせられた。
ソウルジェムは魔法少女の証であり、魔力の源だ。
それを綺麗だからと蒐集する魔法少女がいるなんて。
ましてやその方法が、他の魔法少女の殺害だなんて。
「……あなたの言ってること、何一つわからない。理解できない!」
「真珠を取り出すのに貝を殺すのと同じ。ソウルジェムを獲るのに魔法少女を殺して何が悪いの?」
そう言い切るあやせの顔には、一欠片の罪悪感も浮かんではいなかった。
事ここに至り、かずみはようやく悟った。
彼女にとって魔法少女は、ただの生きた
中身の宝石を手に入れたら、ゴミ箱に放り捨てる程度の価値しか認めていない。
「だからニコを殺したっての? ソウルジェムを奪うためだけに!
お前は! 人の命をなんだと思ってるの!?」
これほどまで、誰かを憎らしく思ったことはなかった。
あの<ユウリ>でさえ救ったかずみだったが、大切な仲間を殺され、欠片も共感できない敵を相手に、沸き上がる憎悪を抑える事ができなかった。
かずみの身体が弾けるように飛び出した。
無自覚に魔力強化されたかずみの身体は、踏み込んだ地面に亀裂を生むほどの力を生み、振るわれる一撃は岩をも砕くほどの威力を秘めていた。
だが相手もまた、かずみと同じ魔法少女だ。
かずみの高まる魔力と呼応するかのように意識的に強化を施しつつ、獣のように向かってくるかずみを迎え撃つ。
かずみの十字杖とあやせの剣が、激しく火花を散らしてぶつかり合う。
かずみの暴力的な猛攻を、あやせは流麗とも言える剣捌きで弾き返した。
「あは! 人の命とか今更でしょ。私達はもう<魔法少女>なんだよ?」
「だからなに!? 同じ事でしょ!」
「違う違う、ぜーんぜん違うよ」
言葉遊びのような戯れ言に苛立つかずみを、あやせは哀れみすら感じさせる目で見ていた。
「あなたって、なーんにも知らないのね。ほんとに
あやせの言葉に、かずみは仲間達との絆まで穢された気がした。
「わたしは、プレイアデス聖団のかずみだ! お前に私達の何が分かるっていうの!?」
「へー、あなたかずみちゃんって言うんだぁ」
一方のあやせは、ようやくかずみの名前を知れたせいか、嬉しそうな笑みを浮かべる。
それはあまりにも場違いな笑顔だった。
「やっと名前がわかったよ。これで困らずに済むね――だってほら、宝石には名前が必要じゃない?
私のコレクションってたくさんあるから、名前がないと不便なんだよね。
そうだ、お近づきのしるしに良い物見せてあげるよ!」
収納の魔法でも掛けていたのか、あやせは自身のポケットから一つの小箱を取り出した。
それは煌びやかな装飾の施された宝石箱だった。中には幾つものソウルジェムが綺麗に並べられている。
その一つ一つにプレートが付けられ、それぞれ女の子の名が記されていた。
それがジェムを奪われた
「お、お前は……なんてことをっ!?」
かずみは絶句した。
目の前にあるソウルジェムの輝きの数だけ、彼女は魔法少女を殺してきたのだ。
魔法少女を殺し、戦利品であるソウルジェムを宝石箱に並べるシリアルキラー。
確かに目の前の少女と言葉を交わしているはずなのに、かずみは相手の事が微塵も理解できる気がしなかった。
彼女はニコを殺し、ソウルジェムを奪った。
今回のような事は、彼女にとって初めてなんかじゃない。
これまで何度も禁忌を犯してきた正真正銘の殺人鬼だ。
「……許せない! お前みたいな奴が、魔法少女であるもんか!!」
あやせは宝石箱を再びしまい、どういうつもりかニコのソウルジェムだけはそのまま掌で弄んでいた。
あるいはかずみに対する挑発のつもりかもしれない。
わかっていても、かずみは乗らざるを得なかった。
奪われたニコのソウルジェムを取り戻す。
それが殺され、奪われた仲間へ、今のかずみがしてやれる唯一の事だと思うから。
これまで犠牲となったであろう魔法少女達の為にも彼女を倒し、これ以上の凶行を止めて見せる。
「二コのソウルジェム、返してもらうよ! それはお前なんかが持ってて良い物じゃないんだから!!」
「そんな言い方、スキくないなぁ。これはもう私の物だよ。欲しければ力尽くで奪ってみせるんだね。だけどあなたにそれができるかなぁ?」
かずみが十字杖を打ち付けた瞬間、あやせの剣が滑るように衝撃を受け流した。
その刹那、目と鼻の先まで近づいたあやせは手首を返し、柄頭の部分でかずみの額を殴打した。
「ぐがッ!?」
反射的に飛び退いたものの、崩れた体勢からの無理な回避行動は、かずみの姿勢を完全に崩してしまう。
追撃とばかりにあやせの蹴撃が襲ってくるが、かずみは恥も外聞も関係ないとばかりに地面を転がって回避した。
完全に決まったと思った一撃をギリギリとはいえ防いだかずみに、あやせは感心したように頷く。
「へぇ、少しは楽しめそうだね」
「わたしは、ちっとも楽しくなんかない!」
アスファルトを転がり無数の擦り傷をこさえたかずみは、鋭い目であやせを睨んだ。
そんなかずみの耳元で揺れるイヤリング型のソウルジェムを見て、あやせは思うがままに発言する。
「どうせだから、かずみちゃんも私のコレクションに入れて上げるね。あなたのソウルジェム、なんだかレア物っぽいし、さっきから気になってたんだぁ」
舐めるような視線がかずみのソウルジェムへと注がれる。
生理的な嫌悪感に襲われ、かずみは鳥肌が立った。
「誰がお前なんかに!」
悔しいが近接戦闘では、技量の差で太刀打ちできない。
ならばとかずみは魔法で射撃戦を行う。
自身の必殺技ともいえる一撃。
これまで幾度も道を切り開いてきた魔法を放つ。
「<リーミティ・エステールニ>!」
「<アヴィーソ・デルスティオーネ>」
かずみの放つ極光の一撃に対して、あやせは剣から炎の斬撃を放った。
円で迫る光に対し、あやせの炎は孤を描くように放たれ、かずみの一撃を分断する。
結果は相殺。
分かたれたかずみの魔法はあやせに命中することなく、彼女の両脇へとその勢いを逃がされ、見当違いの場所を破壊する。
「やるね。魔法の単純な威力だけなら私よりも上かなぁ? 私一人じゃ真正面からの撃ち合いだと競り負けちゃうかも?」
その言葉に僅かながら光明を見い出したかずみだったが、あやせはそれを見透かしたようににやりと笑う。
「ま、馬鹿正直に付き合ってあげる義理もない、よねッ!」
言い終わるか否か、それまで受けに回っていたあやせがついに攻勢に出る。
勢いの乗った刺突を、かずみの優れた動体視力で十字杖を盾代わりに合わせたものの、その威力に耐えきれず真っ二つに折れてしまう。
「ッ!!」
「あはは! 遅い遅い! もっと動かなきゃ! どんどん傷が増えてくよ!」
魔法で修復する間もなく、かずみは二つになった杖を使ってどうにかあやせの連撃を防ごうとする。
だが慣れない二杖による防御など、まさしく素人に毛が生えたようなものでしかなく、おまけに片手で受け止めているせいか、あやせの一撃一撃に力負けし、徐々に切り傷が増えていった。
このままでは膾切りにされるだけだ。
かずみはこれ以上の攻撃を止めるために、二つの杖を使って強引に密着して鍔迫り合いに持ち込む。
眼前に迫るあやせの剣は、日本刀のような鋭利な輝きを放っていた。
力と気力を拮抗させ必死に膠着状態を作るかずみに対して、あやせには相手の事を観察するだけの余裕があった。
「へぇ、一目見た時から気になってたんだけど、やっぱりあなたのソウルジェムって分離型なんだぁ。これはますます欲しくなっちゃうなぁ」
「ふざ、ける、なっ!」
かずみのソウルジェムはイヤリングとなっていて、他の魔法少女達のように体の一部に張り付くタイプではない。
変身した際に装着される場所には個人差があるものの、かずみのような分離型はかなり珍しい部類だった。
そんな希少価値のあるソウルジェムを目の当たりにして、あやせのテンションが上がる。
その所為か鍔迫り合いの最中、不意にかずみのソウルジェムに向けて、あやせの手が迫った。
「っ、さわるな!!」
――リン。
かずみのイヤリングから鈴の音が鳴り響き、周りのもの全てを拒絶する障壁を展開する。
放出された魔力は衝撃波となって外敵を吹き飛ばした。
「っと!? やるねぇ!」
中空を舞ったあやせは、猫を思わせるしなやかさで難なく着地していた。そこには相変わらず傷一つ見受けられない。
予想外の反撃を受けてなお、あやせの熱っぽい視線はかずみのソウルジェムに注がれ続けていた。
「やっぱりいいなぁ、それ。私が見た事ないってかなりのお宝だよ」
そんな品定めをされても、かずみはちっとも嬉しくなかった。
今すぐその口を無理やりでも閉ざしてやりたい。
だが彼女の実力は、悔しいがかずみよりも上だ。
こんな時、他の仲間達がいてくれたらと弱気にもなるが、ないものねだりをしても仕方がない。
今更逃げられはしないし、そのつもりもない。かずみはまだ勝負を諦めてはいなかった。
あやせに折れた杖を投げつけ、かずみは拳を握り殴りかかる。
「このぉおおおおお!!」
「そういう悪足掻き、みっともないよ」
無手になり、破れ被れにしか見えない特攻を行うかずみを、あやせは呆れた様子で見ていた。
剣と拳、真正面からぶつかれば当然剣が勝つだろう。拳を切り裂き、かずみに致命傷を与える事だって容易い。
――そうあやせが油断する瞬間を、かずみは待っていた。
見様見真似のぶっつけ本番。
冷静に考えてみれば、成功するはずのない試みだろう。
けれど不思議と、かずみは失敗する気がしなかった。
そんな奇妙な確信とともに、接触の瞬間、かずみは
「<
魔法を魔力へと還元させる、魔法殺しの魔法。
効果範囲にこそ難のある魔法だったが、今この瞬間、あやせは超至近距離まで近づいていた。
あやせの剣とかずみの拳がぶつかり合い、触れた傍から魔法の剣が煙のように霧散していく。
自身の得物を失い、流石のあやせも刹那の隙を晒した。
その好機を逃がさずに、かずみはあやせに殴りかかる。
「ぐあッ!?」
かずみの魔法はあやせの変身を解除させ、ソウルジェムを無防備な状態にしてしまう。
<解除>の魔法によって変身の解かれたあやせが立ち直るよりも早く、かずみは彼女のソウルジェムを掴み取った。
「やった……っ!」
ソウルジェムさえ奪ってしまえば、もはや魔法は使えない。
かずみの脳裏に勝利の二文字が浮かぶ――だがそれは、未熟とも言える隙だった。
「<カーゾ・フレッド>」
「ぶぐっ!?」
ソウルジェムを奪い、魔法が使えなくなったはずの、あやせからの反撃。
腹部を掌底で打ちつけられ、込められた魔力が気功にも似た効果を発揮し、かずみの内部に浸透して内臓に深刻なダメージを与えていた。
口から血反吐を吐きながら、かずみは地面を転がる。
衝撃と一時的な呼吸困難によって、かずみの視界は朦朧としていた。
その中でも、かずみは何が起こったのかを把握しようと、顔を上げてあやせの姿を見た。
「あやせのジェムに気安く触れた罰です。これは私の、宝物なのですから」
そこには、純白だった衣装が真紅に染まり、先ほどまでとは違い、鏡写しのように反転した姿をした双樹あやせがいた。
吹き飛ばされた衝撃で手放してしまったあやせのソウルジェムは、既に真紅のドレスの胸元に吸い込まれ、回収されてしまっていた。
「が、はっ……二段変身できる魔法少女って、ありなの?」
息も絶え絶えなかずみの疑問に、<彼女>は答える。
「二段変身? これは異な事を。
我が名は双樹ルカ。あやせに非ず。
あやせと私は同じ身体に宿りしふたつの心」
双樹――その名を体言するかの如く、彼女<ルカ>は二つのソウルジェムを胸に抱く。
一つはあやせのソウルジェム。血の様に濃い赤をした物を左胸に。
もう一つのルカのソウルジェム。薄いピンク色の物を右胸に。
一つの体に二つの魂を宿した魔法少女。
それが<双樹>の名を持つ魔法少女の正体だった。
「……二重人格の、魔法少女?」
かずみの呟きに、あやせは、ルカは、微笑みをもって応えた。
「あなたも、ソウルジェムを集めようとしているの?」
「ええ、もちろん。でなければあやせとの共存など不可能でしょう?」
艶やかな笑みと共に、ルカはあやせの全てを肯定する。
その笑顔を見て、ルカもまたあやせと同じ殺人鬼であることを理解した。
「だったら、お前たちに魔法少女の資格なんて、ない!!」
邪悪なる魔法少女達を前に、かずみは気力を振り絞って立ち上がった。
目の前の悪を許してなるものかと、怒りがかずみの肉体を動かしていた。
「口だけは威勢の良い。私達二人を相手にして、あなた一人で勝てる道理などありませんでしょうに」
「他にも仲間がいればまた違ったんだろうけど。まぁ戦いでの『たられば』に意味もないしね」
一つの口から違う人間の言葉が交互に紡がれる。
知らない物が見れば腹話術か演劇の練習かと思うことだろう。
だがこれはそんな生易しいものではないことを、彼女達の持つ二つのソウルジェムが証明している。
「ルカが出てきた以上、あなたはもう終わり」
「あやせを傷付けた者にはきついお仕置きを」
二つの魂が同じ呪文を詠唱する。
それは完璧なシンクロとなって一つの魔法を紡いだ。
「「<ピッチ・ジェネラーティ>!!」」
一つの身でありながら、双樹は共鳴し合う事でその威力を何倍にも増幅させる。
ほんの僅かなズレも許さない完璧なコンビネーションだけが齎す相乗効果は、到底一人の魔法少女に耐えきれる物ではない。
「っ、<リーミティ・エステールニ>!」
辛うじて放ったかずみの一撃は、二人の魔法の前に呆気ないほど簡単に打ち破られる。
「きゃあああ!!」
螺旋を描くように放たれた合成魔法は、着弾と同時に爆発した。
轟音と共に吹き飛ばされたかずみは、地面を無様に転がる。
至る所に裂傷と火傷を負い、もはや無事な場所を探す方が難しい有様だった。
「へぇ、随分頑丈なんだぁ。手足の一本くらい捥げても良さそうなのに」
「……っぐ」
あやせの言う通り、見かけは酷い有様のかずみだったが、直撃してなおかずみは奇跡的に五体満足のままだった。
とはいえ、もはやかずみに抵抗できるだけの余力はなかった。
かずみの瞳にこそ力は失っていなかったものの、体はまったく言う事を聞いてくれない。
意思の力で半身を起こすのが精いっぱいのかずみに、双樹は二剣を構えたまま近寄る。
「とはいえ、すでに限界の様ですね。せめてもの情けです。苦しまぬよう一太刀で介錯して差し上げましょう」
そしてかずみの首目掛けて、ルカの剣が一閃した。
だがその寸前、薄皮一枚の差で剣は止まる。
「何ッ!?」
ルカが驚いて見れば、右腕には鞭のようなものが巻き付き、剣を紙一重で停止させていた。
なんだこれは――予想外の事態に硬直した隙間を縫う様に、双樹姉妹の体を雷撃が貫いた。
「――<ピエトラ・ディ・トゥオーノ>」
「ぎゃあああああ!?」
殺意を押し殺した冷徹な声が呪文を唱える。
鞭を導体にして双樹に雷撃魔法をお見舞いしたのは、浅見サキだった。
突如現れたサキの後ろには、他の聖団の仲間達の姿も見える。
プレイアデス聖団の魔法少女達が、かずみを助けに来てくれたのだ。
「サキ!? みんな……!」
「かずみ、遅れてごめんなさい! もう大丈夫だから! 私達が来たからには、二度とあいつの好きにはさせない!」
かずみとのジェム通信が途絶えた後、海香はすぐに聖団メンバーを招集して、駆け付けて来てくれたのだ。
必死に駆けずり回ったのだろう、荒い呼吸を整える間もなくかずみの治療に取り掛かる。
「里美! ニコの方は――!」
「……ダメ、もう」
「クソ!!」
カオルが里美に、倒れたニコの容態を尋ねたが、彼女は既に事切れていた。
サキは殺されたニコを見て、そして全身に酷い傷を負ったかずみを目にして、こんな事を仕出かしてくれた下手人に対して殺意を高めていた。
「――お前、ただで済むと思うなよ?」
一人欠けてしまったプレイアデスの魔法少女達は、ニコの仇を前に怒りを露にする。
サキの雷撃によって動きを封じられ、悲鳴を上げる双樹だったが、胸に宿した二つのソウルジェムが共鳴するように光を放った。
「な、め、るなぁああああああ!! <アヴィーソ・デルスティオーネ>!」
「<カーゾ・フレッド>!」
「「<ピッチ・ジェネラーティ>!!」」
超高温の炎と超低温の冷気が混ざり合い、双樹姉妹の体を包み込むように爆発した。
その傍目からは自爆したかのような蛮行に、サキ達は目を見張る。
「正気かコイツ!?」
双樹姉妹を拘束していたサキの鞭も爆発によって破損し、途中から千切れてしまった。
爆煙が風に流されると、そこには煤けた格好となった彼女達が立っていた。
「……不意打ちとは、よくもやってくれましたね」
「ピンチにお仲間登場だとか、そんなベタなの今時流行らないし。そういう展開、全然スキくないよ」
恨み言を口にする彼女達の姿を目にして、サキは驚愕の声を上げる。
「馬鹿な……あれだけの爆発で、なぜ無傷なんだ?」
「全然無傷じゃないし! ほら見てよ、せっかくのドレスが汚れちゃったじゃない!」
ぷんすかとあやせはボロボロになった衣装を気にするが、肝心のあやせ自身へのダメージはほとんど見られなかった。
そんな有り得ない様子を目の当たりにした周囲の少女達に気付いたのか、双樹姉妹の片割れ、ルカが説明する。
「自分の魔法で傷つくほど私達も未熟ではありませんよ。私とあやせの魔法で雷撃に対する壁を作り、共鳴させた魔法を外側に向けて爆発させ、余計な拘束を吹き飛ばしたまで。言ってしまえばただそれだけのことです」
そのくらい簡単でしょ? とあやせは騙り。
魔法とは便利なものですね、とルカは語る。
「まったく、危うく戦利品まで吹き飛ばすところでした」
「容赦ないよねぇ、仲間のソウルジェムがどうなってもいいわけ?」
「っ、それはニコの!?」
双樹の手にする水色のソウルジェムは、確かに神那ニコの物だった。
仲間のソウルジェムを弄ばれ、血管が切れそうなほどの怒りをサキ達は感じていた。
「取り戻さなきゃ……ニコのソウルジェム!」
「――ああ! 勿論だ、かずみ!」
海香の回復魔法によって応急処置を終えたかずみが、ふらつきながらも立ち上がった。
見た目は未だに酷い有様だったが、とりあえず動けるまでには回復していた。
プレイアデスの魔法少女達は、双樹を取り囲むように散開する。
二剣を構えながら警戒する双樹を中央に捉えた瞬間、プレイアデス聖団必勝の合体魔法を発動させた。
「「<エピソーディオ・インクローチョ>!」」
ニコが欠け、六芒星から五芒星へと変化した拘束術式が双樹姉妹を捕らえる。
本来よりも威力が落ちるとはいえ、それでも五人掛りの合体魔法は双樹姉妹の動きを完全に封じていた。
「くっ!? これは……ッ!」
「油断が過ぎましたか――!」
拘束され、地面に縫い付けられたように封じられる双樹に向かって、かずみが攻撃を加える。
「そこだぁあああ!!」
「――チッ! <アヴィーソ・デルスティオーネ>!」
初めてあやせは余裕を失い、炎の魔法を唱えた。
身体を覆うように発生した炎を、瞬時に左手に持った剣へと纏わせる。
「<セコンダ・スタジオーネ>!」
炎を付加した魔法剣で、あやせは拘束の一部を断ち切ってみせた。
かずみは魔法で新たに錬成した十字杖を振り下ろしたが、惜しくもあやせの剣がそれを防いだ。
「せっかくのチャンスだったけど、残念でした!」
さあ反撃だとばかりに獰猛な笑みを浮かべるあやせに、かずみは構わず魔法を唱えた。
その強烈な輝きを目の前にして、あやせの顔色がさっと変わる。
「ばッ!? あんたなにを――!!」
「至近距離からの一撃! これならぁぁあああ――<リーミティ・エステールニ>!!」
「っ、ええい! <ピッチ・ジェネラーティ>!」
刹那のタイミングで噛み合った二人の必殺技が、超至近距離でぶつかり合い爆発する。
「きゃあああ!!」
「ぐぁあああ!?」
爆心地に居た二人は元より、拘束魔法のため周囲を取り囲んでいた海香達も爆発の余波で吹き飛んでしまう。
巻き上げられた瓦礫がパラパラと降り注ぐ中、流石の双樹姉妹も無傷とは行かなかったのか傷ついた左腕を庇うようによろめいていた。
「……敵ながら滅茶苦茶な。神風にもほどがありますよ」
「特攻なら他所でやれっての。あー、マジで痛い。最悪」
口々に悪態を付きながら、双樹はかずみの姿を探す。
あの爆発で跡形もなく吹き飛んだ……とまでは思わないが、流石に死体の一部くらいは残っているはずだ。
そう思っていた双樹の視界に、黒い影が飛び込む。
まさかの、死んだかと思っていたかずみだった。
「があああああああああああああ!!」
「嘘でしょ!?」
「不死身ですかあなた!?」
驚愕する双樹姉妹に、かずみは獣のような咆哮で応えた。
爆発の瞬間、かずみは魔力障壁を展開してその威力の大部分を受け流していたのだ。
円ではなく錐状に展開することで受け流しを図ったものの、流石に距離が近すぎた。
無傷とはいかず全身に火傷を負い、せっかく再錬成した杖も粉々になってしまった。
だがそれでも、かずみの意思に身体は応えてくれる。ならば、それだけで十分だ。
組み付いた双樹の懐から、かずみは強引にニコのソウルジェムを奪還する。
けれども往生際悪く、双樹達の手が伸びてくる。
「それはもう私達の物です! 誰にも渡しません!」
「これはニコの物だ! お前達の物なんかじゃない!」
取っ組み合いの末、ニコのソウルジェムがぽろりと零れ落ちる。
必死の伸ばしたかずみの手が、あやせよりも僅かに早く届こうとしていた。
水色のソウルジェムは、一片の穢れもなくそこにあった。
かずみの指先が触れる。
その刹那、変化は急激に起きた。
表面は変わらず綺麗なままだったが、罅割れた隙間からは悍ましい闇が顔を覗かせていた。
その反応は、紛れもなく【相転移】特有の現象そのものだった。
希望が絶望に変わり、魔法少女は魔女へと堕ちる。
魂だけの存在となった少女は、断末魔の叫びを上げた。
その声なき声で。
みんな、騙されている。
そうか、そうだったのか。
このままじゃ残らず死ぬ。
みんな思い出せ。
もういやだ。
もう誰も殺■た■■■――。
「……ニコ?」
誰にも届くはずのないその声なき声が、何故かかずみの耳には届いた。
だがその意味を理解する間もなく――神那ニコのソウルジェムから、魔女が生まれようとしていた。
――リィィイイインと、かずみの
ラビーランド中心部にある城――ホワイトキャッスルの頂き、双樹姉妹とプレイアデス聖団との戦いの場から影となる場所に、仮面を被った一人の少女がいた。
屋根に仰向けに転がり、昼寝をするかのように仮面の裏で微睡む少女は、一つの終わりを感じて誰にともなく呟いた。
「滑稽だね。道化が一人、誰にも笑われず逝ってしまったよ。
愚者が知った風な顔して、自らその首を吊ってしまったよ。
聖者のふりした罪人が、なーんにも知らず魔女になったよ」
待ち望んでいた時を迎えても、かつて夢想していた時ほど何の感情も浮かんではこなかった。
不意に左腕の裾を捲り上げれば、そこには青い蛇のような刺青が変わらずにある。
「わかってる、わかってるさ。私も未だ道化の身だ。
首輪に繋がれた奴隷の身であり、糸で雁字搦めにされた人形の一つさ。
それでも今日は祝杯を上げたい気分だ。
忌まわしき造物主が死に、神の欠片が一つ、新しき器に納まろうとしているんだからね」
仮面の少女は、焦がれるように呟いた。
「ああ、かずみ。君という器が満たされる時が待ち遠しいよ」
〇ネタ 裏MVP
ニコSG「もっと丁寧に扱ってぇ!? 割れる、割れちゃうからぁ!(ビクンビクン」
なお、我慢しきれず
〇次回予告(※ニュアンス的なもの)
みんな大切な仲間だと……そう、信じていたのに。
「……ねぇみんな。わたしに何か、隠してることない?」
崩壊の兆しは既にあった。
だけどそれをどこかで見ないふりをしていた。
魔法という便利な言葉を言い訳に、深く考えないようにしていた疑惑。
かずみ自身の異常性。
「そっか……そういう事なんだね。
わたしはみんなにとって、本当の仲間じゃなかったんだ」
その時、聖団のメンバー全員に一瞬だけ走った感情を、かずみは鋭く理解してしまった。
化け物を見る目。
それは純粋な恐怖の色だった。
「嘘つき」
――次話『トモグイ』。
少女は世界の真実を知るだろう。
パンドラの匣が、開こうとしていた。