私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 執筆ペースがちょい上がってきました(気のせい)。
 感想感謝です。モチベーション上がりました。


第二十二話 表裏邂逅

 

 

 

 かずみの見上げる先には、銀髪の少女がいた。

 海香達が通う学校とは違う見覚えのない制服の上から、裾の長いコートを羽織っている。

 左の目元には泣き黒子があり、かずみ達とそう年は変わらないはずなのに、ずっと大人びた雰囲気があった。

 

「……大丈夫?」

「あ、ごめんなさい!」

 

 倒れたかずみに向かって、彼女は優しく手を差し伸べてくれた。

 かずみは躊躇いがちに彼女の手を取り、慌てて立ち上がる。

 握り締めた彼女の手は、ひんやりとしていて冷たかった。

 

「……いえ、こちらこそ。ぼんやりしてたみたい。怪我とかない?」

「はい、大丈夫です」

 

 ぶつかった事を謝るかずみに対して、少女もまた謝罪する。

 かずみは改めて、目の前の少女の事を観察した。

 

 はっと目が覚めるほど綺麗な少女だった。

 すらりとしたスタイルをしており、顔が整っている事はもちろん、正面から対峙するとその凛とした雰囲気に呑まれそうになる。

 

 何よりも目を惹くのは、やはり腰まで伸びた銀色の髪だろう。

 後ろで一括りにされたそれは、まるで抜き身の刀のような輝きを纏っている。

 

 かずみが思わず見入っていると、銀髪の少女は不思議そうに首を傾げた。

 

「あの、どうかしました?」

「あ、ごめんなさい! すっごい綺麗な人で、ちょっとびっくりしちゃった!」

 

 かずみの突然の賛辞に、銀髪の少女は驚きで目を僅かに丸くする。

 言ってから自身が何を口走ったのか自覚したかずみは、遅れながら羞恥で頬を染めた。

 

「あの、その、別に変な意味じゃなくて! 純粋に綺麗だなーって!」

「……そう、ですか。ありがとうございます」

 

 次々と墓穴を掘るかずみに、苦笑気味に少女はお礼を言った。

 そうして訪れた沈黙は気まずく、かずみはあたふたと一杯一杯になっていた。 

 

「……怪我もないようですし、それじゃあ失礼しますね」

 

 慌てるかずみをよそに、銀髪の少女は気を取り直すと、作り物のような綺麗な笑みを浮かべてその場を立ち去ろうとする。

 元々ただの通りすがりの関係だ。本来なら、かずみに彼女を引き止める理由はないはずだ。

 

「あ、あの、すみません! ちょっといいですか!」

 

 だが、かずみは彼女を呼び止めた。

 あすみと同じ銀髪繋がりというわけでもないが、どことなく彼女に似た雰囲気が、かずみに声を掛けさせていた。 

 

「こっちにあすみちゃん……これくらいの女の子来ませんでした? こう黒くてふりふりした服を着てる――」

 

 かずみは身振り手振りで精一杯の説明をする。

 それは傍目からは意味不明なジェスチャーだったが、銀髪の少女はなんとなく読み取ったのか、真剣に考えてくれた。

 

「いえ、見てないと思うけど……はぐれたの?」

「はい、そうなんです。……あの、突然すみませんでした! それじゃわたし、探しに行くんで! ぶつかってほんとごめんなさい!」

 

 心当たりがないのなら仕方ない。早くあすみちゃんを探しにいかないと。

 急いで探しに行こうとするかずみを、今度は銀髪の少女が呼び止めた。

 

「ちょっと待って……ついでだし、一緒に探してあげるわ」

 

 驚くかずみに向かって、少女は優しげに微笑んだ。

 

「実は、私も人を探してるの。私の仲間なんだけどね」

「仲間って、お友達のこと?」

 

 そう聞き返したかずみに、少女は意外そうな顔を浮かべた。

 

「……友達、か。そういう風に意識した事はなかったけど……そうね、大事な友達かな」

「そっか! それじゃ頑張って探さないとね!」

 

 少女は呆れたように、かずみをジト目で睨む。

 

「……私の方はついでで構わないわ。聞いた話だと、あなたの探し人の方が緊急でしょう?」

 

 あすみの事は『親戚の幼い子』として説明してある。

 実年齢はかずみと大差ないだろうが、あすみは現在記憶喪失の影響か精神的にかなり退行していた。元々の容姿の幼さもあったため、かずみの従妹と説明することにしたのだ。

 

 そんな子供がはぐれたと聞かされたなら、確かにそちらを優先して探すべきだろう。

 彼女の提案に感謝して、かずみ達は周囲を捜索し始めた。

 

「そういえば、まだ自己紹介もしてなかったわね。

 私は()()()()。……あなたの名前も教えてくれる?」

 

 そう言って微笑む彼女は、やはり頼りがいのあるお姉さんの様だった。

 

「かずみです! 天乃さんですか?」

「スズネでいいわ。私もかずみって呼ぶから」

「じゃあ、スズネちゃんって呼んでもいい?」

「ええ、構わないわ」

 

 こんな時だが、かずみはスズネとの出会いに感謝していた。

 あすみを無事に探し終えたら、お友達になりたいと思えるほどに。

 

 周囲に気を配りあすみの捜索をしながら、二人は情報交換を行った。

 あすみの姿を見失ってしまったが、まだ時間的にもさほど離れてはいないはずだ。

 体格の小ささから考えるに、人混みに紛れてしまっている可能性が高い。

 

 あすみの詳しい特徴や性格、行きそうな場所の心当たりをスズネに伝える。 

 その際、あまりにも一生懸命に説明し過ぎたせいか、いつの間にかスズネから微笑ましいものを見る目で見られていた。

 

「その子の事、とても大切にしているのね」

「……はい」

 

 過去の記憶を失ったかずみは、両親の顔を覚えていない。

 海香達から聞いた話だと、かずみ達の両親はそれぞれ海外に出張中とのことだった。

 

 執筆活動のある海香や、サッカーチームを抜けたくなかったカオルはこちらに残ることを決め、かずみもそれに付き合って家族ぐるみで仲の良かった三人で一緒に暮らし始めたらしい。

 現在は三人の他にも、新たな同居人が一人増えたのだが。

 

 そういった事情を聞かされた当初は納得したものの、かずみは自分でも不思議なほど、海外にいるという両親に会いたいとは思わなかった。

 これもまた、記憶喪失の影響なのだろう。

 

 いつか彼らと会う時に、かずみは一体どういう顔をすればいいのか。

 そもそも両親の顔がわかるのか、かずみの不安は尽きなかった。

 

 そんな今のかずみにとって家族ともいえる存在は、海香、カオル、そしてあすみくらいなものだ。

 他の聖団の仲間も大切な友達ではあるものの、家族とはちょっと違う感じだ。

 

「ちなみにスズネちゃんが探してる人は、どんな人なの?」

「……騒々しい子だから、近くにいるならすぐに分かると思う。それにここにいる確証もないから、こっちの方は気にしないで」

 

 スズネの探し人は一人先にこの街にやってきているはずなのだが、ずっと音信不通で連絡が取れないらしい。

 賑やかな場所が好きな性格らしいので、スズネは自身の散策と買い出しも兼ねてここにやって来たとのことだ。

 

「それって大丈夫なのかな? ずっと連絡が取れないんでしょ?」

「心配いらないわ。よくあることだから」

 

 スズネの友達は、かなり集団行動に向かない性格らしい。

 呆れたようにその人の事を語るスズネだったが、言葉とは裏腹にその表情からは確かな信頼関係を感じさせる。

 

 かずみにとってのプレイアデス聖団の仲間達と同じように、スズネもその人の事を信頼しているのだろう。

 あすみの捜索に手を抜くわけにもいかないが、スズネの事も気になったかずみは、ちらちらと横目で彼女の事を観察していた。

 姿勢よく隣を歩く彼女の後ろ髪には、髪留めとしてお守りが結ばれている。

 

「スズネちゃんのそれ、お守り? 格好いいね!」

「……ありがとう」

 

 かずみの唐突な賛辞にスズネは一瞬虚を突かれた顔を浮かべたものの、すぐに優し気な微笑みを浮かべた。

 

「あなたのそのリボンも可愛いわね」

 

 お返しとばかりに、今度はスズネがかずみのリボンを褒めた。

 

「あ、ありがとう。このリボン、大切な友達から貰ったものだから……凄く嬉しい」

「……良い友達ね」

「うん!」

 

 難航するかと思われたあすみの捜索だったが、探し人は意外とすぐに見つかった。

 

「みつけた!!」

 

 何故なら探し人の方から、かずみ達の前に姿を現したのだから。

 

「あすみちゃん!」

「――ママ!」

 

 息を切らせながら、あすみは何故か()()()の方に向かって飛びつく。

 敵意の欠片もない少女の突進に、スズネの反応が遅れていた。

 

「――っ!?」

「な!? あすみちゃん!?」

「ママ! ママ!」

 

 もう離さないとばかりに、スズネはしっかりとあすみに抱き付かれてしまう。

 

「ま、ママって!? まさかスズネちゃんがっ!?」

 

 驚きの余りボケた事を言うかずみだったが、二人が親子というのはどう考えても年齢的に無理があった。

 スズネの顔も心なしか引きつっているようだ。

 

「……悪いけど、私はあなたのママじゃないわ。人違いよ」

 

 やんわりとスズネはしがみついたあすみを引き離した。

 抵抗虚しくスズネから離されたあすみは、じっと彼女を見上げると悲しげに呟く。

 

「ママじゃ……ないの?」

 

 ようやくスズネが母親ではないことを確信したのか、気落ちした様子でスズネから距離を取った。

 そんなあすみを訝しげに見ていたスズネだったが、不意に何かに気付いたように目を瞠る。

 

「……あなた、まさか」

 

 その視線は刃物のように鋭く、まるで怯えるあすみを睨んでいるかのようだった。

 かずみは思わず、あすみを庇うようにスズネの前に立ち塞がった。

 

 その様子を見て、スズネは深い溜息を吐く。

 彼女の視線はかずみのリボンで止まっていた。

 

「……そう、そういう事、ね」

 

 スズネは唐突に背を向けた。

 先ほどまでの優し気な雰囲気は霧散し、その背中からは拒絶の意思が放たれている。

 そのあまりにも急激なスズネの変化に、かずみは困惑してしまう。

 

「スズネちゃん?」

「……さよなら。縁があれば、また会えるでしょう」

 

 ――もっとも、そんな時が来なければいいけど。

 

 小さく呟かれたその言葉の意味は、かずみには分からない。

 結局別れの言葉も言えないまま、天乃鈴音はかずみ達の前から立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 

 気配を殺し、人混みに溶け込みながら歩くスズネの顔に先ほどまでの笑みは欠片も浮かんではいなかった。

 元より『外向け』の笑顔は、スズネにとっては単なる社交用の仮面でしかない。

 

 誰が相手であっても外面の良い笑顔さえあれば、それなりの信用は得られる。

 初対面の魔法少女達の油断を誘う意味でも、スズネの笑顔は実用的な道具の一つに過ぎなかった。

 

 静かに歩を進めるスズネの隣に、仲間の一人である榛名桜花がさりげなく並んだ。

 

「スズネちゃん見っけ。こないなとこにいたんか、結構探したで?」

 

 文句を言うオウカだったが、彼女の顔がいつになく険しい事に気付き、周囲に聞こえないよう声を潜ませた。

 

「……何かあったん?」

「標的を見つけた……と思うのだけど。あの女の狗にしては、どうも様子がおかしかったわ」

 

 あの幼げな少女が「神名あすみ」だとすれば、とても情報通り数多の魔法少女達を廃人にしてきたとは思えないほど、血の臭いがしなかった。

 

 化けの皮をいくら被ったところで、裏側から発せられる腐臭まではとても隠せるものではない。

 自身もまた人の皮を被った同類(ヒトデナシ)だからこそ察するのは容易い。

 

 それがしなかったということは、単なる人違いか、あるいは。

 

「――罠、かもしれない。おびき寄せられたかも」

「そら考えすぎや……とは言えんとこがなんとも。あの女の性格考えたら、疑い過ぎるということはないやろ」

 

 過去にも似たような手口で、誘い込まれた事があった。

 

 何も知らない魔法少女達を囮に、街ごと包み込むような広域結界を展開され、戦闘に特化した殺戮人形部隊を投入された忌々しい記憶だ。

 オウカが檻と化した結界に抜け穴を作ってどうにか脱出出来たものの、少しでも遅れていれば全員封殺されていただろう。

 

 本来なら大きな街でも二桁は届かない魔法少女を、百体規模で投入するような馬鹿げた物量で行われた<浄化作戦>。

 広域結界が解かれた頃には、都市内に存在していた全ての魔女・魔法少女の区別なく消滅してしまっていた。

 

 ある意味スズネ達の理想とする世界を、皮肉にも連中は局地的とはいえ成し遂げたのだ。

 時間が経てばまた魔女や使い魔が流れ着き、インキュベーターや銀魔女と契約した魔法少女達がそれを狩りにくるのだろうが、一時的にせよ、全ての魔法に関する害悪が消滅していた。

 

 このあすなろ市でも、再びスズネ達を巻き込んだ<浄化作戦>が行われないとは限らない。

 流石に百体規模の人形達を相手にして勝利できるほど、スズネ達は強くはなかった。

 

 少なくとも、今はまだ。

 

「ならここは様子見といこか? せめて問題児共が合流するまでは」

「……その前に状況が動く方が早そうね」

 

 未だに見つからないスズネ達の探し人が、素直に大人しくしているはずもない。

 元々魔法少女暗殺者集団<エリニュエス>はスズネも含めて、チームワークなど無きに等しい個人主義者の集まりだ。

 

 普段は散らばって好き勝手にしている時点で、チームというのも少々怪しいほどだ。

 そんな彼女達が合流する前に、何かやらかしている可能性は高かった。

 

 さらに今回の標的である<神名あすみ>らしき者と一緒にいた少女、かずみ。

 最初、彼女からは不自然なほど気配がしなかった。

 

 ぶつかってきた時もあまりに不意だったので、避け損ねてしまった。

 内心では驚きつつも、彼女からは魔力を一切感じ取れなかった。

 

 だから魔法少女ではない、ただの気配の薄い一般人かと勘違いしていた。

 別れ際、彼女の頭に結ばれた青いリボンの仕掛けに気付くまでは。

 

 リボンに編み込まれた、隠蔽に特化された魔法術式。

 近くでよく見なければ、スズネでさえ確実に見逃していただろう。

 

 そこから感じ取った魔力からは、微かにあの女の残滓が嗅ぎ取れた。

 

「……今のところ罠の可能性が濃厚か。とはいえ見過ごすわけにもいかない。

 彼女達があの女になんらかの形で関わっているのは、もう確定しているのだから」

 

 あの女の獲物ならば、毒牙に掛かる前に殺してやった方が慈悲というものだろう。

 そうすれば少なくとも、その死後まで魂を弄ばれることはなくなるのだから。

 

 手駒や狗ならばなおさら、情状酌量の余地もなく殺処分が適当だ。

 あれは気を抜けばネズミ算式に増えていく害獣と同じだ。

 

 人類のためにも見つけ次第、駆除しなくてはならない。

 

「……今しばらくは機会を待ちましょう。

 この街の魔法少女達を残さず殺せるように」

 

 その時になれば、スズネは躊躇いなく殺すだろう。

 たとえそれが、一時とはいえ身近で会話した相手であろうとも。

 

「……あなたの名前、どうやら忘れられなくなりそうね。『かずみ』」

 

 お守りに付けられた鈴が凛と転がり、軽やかな音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 夕方になって、かずみ達は帰宅の途に就いていた。

 天乃鈴音と名乗った少女と不可解な別れ方をした後、しばらく思い悩んでいたかずみだったが、考えても彼女の取った態度の理由を察する事は叶わなかった。

 

 嫌われてしまったのかとも考えたが、それにしてはあまりにも唐突過ぎて違和感が残る。

 心にしこりが残るものの、考えても分からないものは仕方ないと、いつか機会があれば聞けばいいとかずみは考え直した。

 

 そしてあすみの方も、母親を見つけたと思ったら人違いだったのがよほど堪えたのか、意気消沈していたものの、帰り道の途中からは眠気に襲われているらしく頭がゆらゆらと舟を漕ぎ始めていた。

 

「疲れちゃったのかな?」

「……ん」

 

 こくりと頷いたあすみだったが、そんなマイペースな感じがどことなく以前の彼女と重なって見えて面白かった。

 あの後、あすみに勝手に離れた事を叱ったのだが、涙目になるあすみを前に、かずみはそれ以上強く言う事ができなかった。

 今までずっと大人しく素直だった彼女を、それ以上咎める事が罪深く思えたのだ。

 

「……あすみちゃんのママは、わたしも一緒に探すから。今度からは一人で行っちゃ嫌だよ?」

「うん……ごめんなさい」

 

 小さく指切りをして、少女と約束を交わした。

 もしも本当に彼女の母親が見つかった時、果たして自分はどうすればいいのか。

 かずみ自身はどうしたいのか。

 

 その答えはすぐには出せそうになかった。

 それでもかずみは、目の前の少女が笑顔でいられる未来を選びたかった。

 

 

 

 そしてもうすぐ家に着くかという頃に、かずみは見知った顔を見つけた。

 プレイアデス聖団の魔法少女仲間の一人、神那ニコだ。

 

 彼女はリュックを背負い、肩にはジュゥべえを乗せていた。

 こちらの存在に気付いたジュゥべえが声を掛けてくる。

 

「チャオ、かずみ。今帰りか?」

「うん、そうだけど……ニコはこれからどこか行くの?」

「んー……魔女探し?」

 

 ニコは頬を掻きながら言う。

 どことなく曖昧な言い方だったが、かずみは一人で行動するニコの身を心配した。

 

 つい先日まで【ユウリ】との戦闘があったばかりなのだ。

 今現在聖団を襲う魔法少女がいないとはいえ、もしものことがある。

 

「パトロール? 一人じゃ危ないよ、わたしも一緒に行こうか?」

「……いや、あすみの世話があんだろ? 心配スンナ」

 

 ぽんと、かずみはニコに頭を撫でられた。

 ついでとばかりにあすみの頭も撫でるニコだったが、今度はガシガシと丁寧さが足りなかったせいか、あすみは嫌そうな顔をしていた。

 少しの間は我慢していた彼女だったが、あまりにも髪の毛が乱れるのを嫌ったのかニコの手を振り払う。

 

「や!」

「あれま、嫌われちゃったかな?」

「も~! あすみちゃんに乱暴しちゃダメだよ、ニコ!」

 

 あすみを背中に庇いながら、かずみは猫のようにニコを威嚇した。

 フシャーッと髪の毛を逆立てるかずみに、ニコは肩を竦めてやれやれと言いたげな笑みを浮かべる。

 

「そうそう、その調子で守ってやりなよ。妹を守るのは姉の義務って奴だぜぃ」

 

 そう言って、ぽかんとするかずみ達を置き去りに、結局ニコは一人で行ってしまった。ジュゥべえも一緒とはいえ、彼は戦力としては数に入らない。

 追いかけようにも、ニコの言う通りあすみを置いては行けなかった。

 

 何だか、まんまと乗せられたような気がする。

 先ほどの遣り取りも、もしかするとわざと怒らせたんじゃないだろうか。

 

 神那ニコ。プレイアデス聖団のトリックスターにして、掴み処のない少女であった。

 

 

 

 家に到着するなり、あすみは眠気が限界に達したのかソファに横になって眠ってしまう。

 そのままでは風邪を引くかもしれないので、服が皺にならないよう半分以上夢の世界に旅立つあすみをどうにか着替えさせて、夕飯ができるまで自分のベッドで寝かせてあげる事にした。

 

 キッチンに入り、冷蔵庫の中身を見ながら今晩のメニューを考えるかずみだったが、何故だかいまいち集中できなかった。 

 

「……なんだろう、胸がざわざわする」

 

 上手く説明できない嫌な予感が、かずみの胸中を騒がせていた。

 そんな時、突然かずみの頭の中に声が響いた。

 

『――かずみ、聞こえる?』

『え!? あれ、海香の声が聞こえる!?』

 

 驚いて周囲を見渡すが、かずみ以外の人影は全くなかった。

 混乱するかずみに姿の見えない海香が説明する。

 

『これは<ジェム通信>。ソウルジェム同士で出来るテレパシーみたいなものよ……って、説明してなかったかしら?』

『初耳だよ!』

 

 全く知らなかったソウルジェムの機能に驚くかずみに、海香はごめんごめんと笑いながら謝った。

 海香の声に張り詰めた様子はなく、緊急事態というわけでもなさそうだと感じたかずみはひとまず肩の力を抜く。

 

『夕飯なんだけど、今晩はちょっと遅くなるから私達の分はいいわ』

 

 案の定、海香の要件は大したことなく、その他にはあすみに関する調査の進捗状況などを聞くものの、差し迫った話は一つもないようだ。

 

『……ねぇ、さっきニコと会ったんだけど、一人で大丈夫かな?』

 

 丁度良いタイミングだったので、かずみは海香に今感じている不安を相談する事にした。

 

『そんなに心配ならニコにも連絡すれば……あれ、繋がらない?』

 

 通信先の対象をニコにも繋げようとした海香だったが、何故か繋がらない。

 ジェム通信の特性上、留守は有り得ないし、忙しくて応対できない状況とも感触が違う。

 

 ジェム同士の通信ラインそのものが成立できないのだ。

 まるで繋げる先そのものが存在しないかの様に。

 

『そんな、どうして……』

 

 ジェム通信の向こうで海香が動揺しているのが分かる。

 そのざわめきに、かずみは自身の予感が確信に変わった気がした。

 

『……わたし、ちょっとニコ探してくる!』

『え、待ってかずみ――!』

 

 ジェム通信を意識的に遮断すると、海香の声は段々と小さくなりやがて聞こえなくなった。

 今は問答するよりも早く行動するべきだとかずみの直感が告げていた。

 

 それでもかずみは飛び出す前に、あすみの部屋をそっと覗いた。

 彼女はベッドの中で穏やかな寝顔を浮かべている。

 

「……すぐに戻ってくるから、いい子にしててね」

 

 眠り姫を起こさないよう静かに扉を閉めると、かずみは急いでニコの去った方角へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 これまでに幾度もかずみを救い、導いてきたかずみの<直感>は、かずみを彼女が望む場所へと誘った。

 

「――こっち!」

 

 <マイ探知機>に反応こそないものの、嫌な予感は治まることなく膨れ上がっていく。

 太陽が地平の向こうに沈もうとする中、かずみは建物の屋上を飛び渡りながら進んで行った。

 

 そして辿りついた場所は、現在休園中のはずの遊園地<ラビーランド>だった。

 平時は人でごった返しているここも、現在は嘘のように静まり返っている。

 

 入場門を飛び越え、一直線に中心部にあるお城の元まで行くと、信じられない光景が広がっていた。

 

「あっれー? 人除けの結界張ってあるはずなんだけど……あなた誰?」

 

 そこには白いドレスを着た少女がいた。

 長い黒髪をサイドで一つに束ね、左胸には月の形をした宝石(ソウルジェム)が赤く輝いている。手にしたブレードの先端からは、鮮血が滴り落ちていた。

 その足元には、かずみの良く知る彼女が倒れている。

 

「あ、もしかしてあなたもプレイアデスの魔法少女さん?」

「…………なに、これ」

「残念でした。ちょっとだけ遅かったかな?」

 

 胸に大きな刀傷を残して、ニコは血だまりの中倒れていた。

 遠目からも致命傷と分かるその惨状に、かずみは息を呑む。

 

「とっても綺麗でしょ? 彼女の魂の宝石(ソウルジェム)は」

 

 下手人と思しき少女は、得意げに掌の宝石を見せびらかす。

 ――神那ニコのソウルジェムは、澄んだ水色の輝きを放っていた。

 

 少女の唇から真っ赤な舌が覗く。

 

「私、双樹あやせ。――ねぇ、あなたのお名前も教えてよ」

 

 声を弾ませながら、少女<双樹あやせ>はニコのソウルジェムをちろりと舐め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




○おまけ:夫婦漫才(仮)

 帰り道、スズネは隣を歩くオウカに、先程の出来事で気になっていたことを尋ねた。

「……話は変わるんだけど、私ってそんなに老けて見える?」
「なんや藪から棒に。スズネちゃんはちゃんと大人っぽい美人さんやで」
「……真面目に聞いてるのだけど?」
「やから、真面目に答えとるんよ?」
 
 スズネはジト目でオウカを睨みつけた。
 だがオウカはどこ吹く風とばかりにその視線を受け流した。

「何があったん? ほら詳しく話してみ」

 ほれほれと肘で小突かれながら催促され、スズネは先ほどの出来事を渋々と話した。
 先行している仲間を探すため、彼女のいそうな場所をぶらついてたスズネにぶつかってきた少女、かずみ。

 彼女と一緒に迷子を探していると、標的らしき少女から母親と間違われた。
 おまけにかずみも何故か、スズネが母親だと信じかけていた。

「私って、子供がいるような年齢に見えるのかしら?」
「ぶはっ!?」

 スズネから話を聞き終えたオウカは、堪え切れずに思わず吹き出してしまった。
 
「あははっ! ちょっ、なんやそれ、おもろすぎ! スズネちゃんがママぁ!? おとんは誰や!? うちか!? ってなんでやねん!」
「……ちょっと、笑い過ぎじゃない?」

 ツボに入ったのか腹を抱えて爆笑するオウカを、スズネは凍てつくようなジト目で睨んでいた。
 だが自称関西人はどこ吹く風とばかりに笑うばかりだった。

 そんな薄情な仲間など放置する事に決めて、スズネはすたすたと先を進む。
 笑い止んだオウカが、慌てて後ろから追いかけてくる足音が聞こえた。

「……先に到着したはずのあやせは、一体どこで遊んでるのかしらね」

 ここにはいない仲間の事を思って、スズネは溜息を吐いた。 






○ネタ:その頃の自称オリ主様+α

リンネ「…………え? 私の出番は? え?」
Qべえ「ないね(キッパリ」
リンネ「そ、そんなのってないよ! 大人バージョンになってスーツも決めて、いつでもあすみんの保護者として参戦する気まんまんだったのに! 鏡の前で格好良い登場シーンのポーズも練習してたのに!」
Qべえ「また無駄な事を……出番がなければ意味がないじゃないか」
リンネ「――ぐふっ!」

 血も涙もない地球外生命体なんて、この後滅茶苦茶OHANASHIしてやる事にした。慈悲はない。 

Qべえ「……酷い八つ当たりだ。これだから人間の思考は理解でき(ry」

 ――一方その頃。

あすみ「……どっちもざまぁ」
かずみ「あ、あすみちゃん記憶が!?」



※このネタは本筋とは一切関係ありません。
※本作のオリ主は(自称)が付きます。出番はまだまだ先になるかも?

※2015/12/14 あらすじ第二章分追加更新しました。

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