――午前三時、あすなろ市内にて。
多くの人々が眠りに就く中、魔法少女達の夜は終わらない。
日夜繰り返される魔法少女達の戦い。
魔女を殺し、その眷属である使い魔を滅ぼし、時にグリーフシード目当てに見逃しながらも、魔法少女達は己が目的の為に戦い続ける。
だが敵は魔女とその眷属ばかりではない。
時に同じ魔法少女でありながら、互いの血を流す事もある。
同じ地域に魔法少女が存在するだけで、単純にグリーフシードの取り分が減る事になる。
故に縄張りを張ることで棲み分けを行うのだ。
綺麗事を抜きに考えれば、無用な争いを避ける効率的な方法だろう。使い魔や魔女による被害に目を瞑りさえすれば。
だが綺麗過ぎる水に魚は住めないように、魔法少女もまた、使い魔や魔女がいなくなってしまえば、その先にあるのは破滅でしかない。
そうしてまた新たな魔女が生まれるのだ。
最後に残った魔法少女がソウルジェムを砕かない限り、悲劇の連鎖は終わらないだろう。
だが効率的に思える縄張りも、実際のところ領土争いにも似た小競り合いが頻発する為、結局魔法少女同士の衝突は避けられなかった。
そんなグリーフシードの獲得競争もあるため、素直に仲間とは言い難い関係の魔法少女達だったが、本気でお互いの命を奪い合うような事態には滅多にならない。
超常の力を持つ魔法少女とはいえ、元は普通の感性を持つ少女達なのだ。
命のやりとりに耐性があるはずもなく、見るからに化け物然とした魔女が相手ならばともかく、同じ人間に魔法をぶつける事を躊躇う少女は多い。
だが時に、その禁忌を破る者達が現れる。
「た……助けて……!」
今もまた、一人の魔法少女が襲われていた。
相手は同じ魔法少女。
しかも一人ではなく六人もの数を揃えていた。
多勢に無勢、勝てるわけがない。
その悪魔の集団の名前は<プレイアデス聖団>。
星座の姉妹の名を冠した、聖者の集団。
だがたった一人の少女を追い詰める様は、その輝かしい名に相応しくない所業だった。
「あ、あなた南中サッカー部の牧さんよね!?」
ついに袋小路へと追い立てられた少女は、敵の魔法少女達の中に見知った顔を見つけ、必死に懇願する。
それこそが唯一助かる道だとばかりに、必死に取り繕った笑みを浮かべた。
「ほら私よ! 茜すみれ! トレセンでコンビ組んだ――」
「ごめん、すみれ」
だが少女の命乞いは無駄に終わる。
カオルの手が少女の腹部を貫き、ソウルジェムを抜き取った。
「<トッコ・デル・マーレ>」
「やめてええええええッ!!」
悲鳴が上がり、その声が途切れるのと同時に少女の生命活動が停止する。
魂を失い仮死状態となった肉体を、ニコが魔法でカプセルに収納した。
手のひらサイズまで小さくなった少女の体は、まるで本物の人形のようだった。
一人の魔法少女を回収したプレイアデスは、憂鬱な表情のまま向かい合う。
今しがた<保護>した少女の事から目を逸らし、今最も心配な事を話題に上げる。
「……かずみはいま、どんな様子だった?」
「泣き疲れて眠ってるわ。それよりあの子の事はどうするの?」
かずみを守るために戦い、その果てに全ての記憶を失った少女、神名あすみ。
彼女の今後をどうするのか、それも頭の痛い問題だった。
「……たとえ記憶を失おうとも、彼女はまだ魔法少女だ。本来なら<保護>するべきところだが」
何の障害もなければ、今しがた回収した魔法少女と同じようにするべきなのだろう。
心情を抜きに考えれば、プレイアデス聖団にとって今の彼女はただの負担にしかならない。
それでも、魔法少女達の悲劇の連鎖を終わらせられる鍵を、彼女は持っていた。
彼女がユウリ――本名「杏里あいり」を救ったことは記憶に新しい。
記憶を失う前の彼女であれば、是が非でも取り込みたい相手だった。
だが今の記憶を失った彼女はあまりにも無力で、回復の目処すら立っていない。
「……あの子をかずみと引き離すのは、影響が大きすぎる。それに真実を話すタイミングを完全に逸したわ。今のかずみに聞かせても、追い討ちにしかならない」
先ほどまで行っていた事も、かずみは何一つ知らない。
だがいつかは知る時が来るのだ。
そのことを教えてくれた少女のためにも、いつまでも目を背けてはいられない。
サキは溜息を付くと、メンバーの中で最も多彩な魔法を使える海香に尋ねた。
「記憶を取り戻す手段はないのか?」
「……未知の魔法を使われてるのよ。解除はしたけど、どんな効果だったのか読み取る時間なんてなかったわ」
通常の医療機関は言うに及ばず、海香にしてもお手上げの状態だった。
時間経過による回復が最も可能性が高いという時点で、何の力にもなれていない証だろう。
己の無力さを嫌というほど見せつけられた。
その上問題なのが、神名あすみの背景だ。
彼女は以前、ここには仕事で来ていると言っていた。
彼女のような強い魔法少女が、かずみを守るために。
魔法少女に魔法に関係する仕事を与える。
そうなると背後にいるのは、魔法少女の存在を知っている者、あるいは組織だと考えられた。
彼女が一度だけ口にした【銀の魔女】という言葉。
今にして思えば、あれは組織名か何かの隠喩だったのかもしれない。
「彼女の事はひとまず様子見するしかないでしょうね。かずみと同じように」
結局は地雷を恐れての現状維持しかできなかった。
「それでニコの方は、何か手掛かりは掴めた?」
唯一の手掛かりは、あすみの持っていた情報端末だった。
どこのメーカーの物なのかすら不明な端末は、当然のようにロックが掛かっていた。
その解除をニコに頼んでいたわけなのだが――海香の問いかけに、ニコは珍しく苛立った様子で答えた。
「ノン、クラックして中覗こうとしたらマイマシンがいかれた。マジで意味不明」
おまけに端末自体も自壊するというおまけ付き。
ニコの魔法なら端末を再構成することもできるかもしれないが、精密な物はそれだけ時間が掛かる。
おまけにそれだけの時間をかけても、データが無事である保証は皆無だった。
はっきり言ってやるだけ魔力と時間の無駄にしか思えない。
「……結局振り出しに戻る、か」
あすみの背後にいる者はかずみを浚い、守るように命じた。
そしてあの最後、あすみの身に起こった惨事も無関係ではあるまい。
あの身の毛もよだつおぞましい銀色の魔力。
自分達の知らない所で何か得体の知れない事態が始まっている。
身近に迫り来る巨大な敵の存在を、彼女達は確かに感じていた。
――同時刻、あすなろ市にある時計塔の頂上に、一人の少女が佇んでいた。
街を一眺できるほどの高さを持つ尖塔の先に足場はほとんど存在しないにも関わらず、少女は双眼鏡を片手に悠然と街を見下ろしている。
「へーすっごーい。あれが噂の<プレイアデス>かぁ」
その視線の先には、今まさに一人の魔法少女を狩り終えたばかりの【プレイアデス聖団】がいた。
「言われた通り、先にこっちに来て正解だったみたい」
サムライテールにした艶のある髪先をくるくると弄びながら、少女は目を細める。
視線の先では少女達の
「いいなあ、欲しいなあ……あの子達」
ぺろりと少女は唇を舐めた。
彼女達の持つ
だからこれは仕方のない事。
あんなに美味しそうなご馳走を前にして、我慢なんて出来るわけがない。
「
――少女が取り出したソウルジェムは、不吉なほど赤く輝いていた。