ユウリに指定された<あすなろドーム>は、プレイアデスの少女達にとって馴染み深い場所だった。
普段は球場としては勿論、変わった所では料理コンクールの舞台としても使われ、あすなろ市民達から親しまれている。
だが記憶喪失のかずみにとって、ここは初めて訪れる場所だった。
魔法少女ユウリの
この場所で、ユウリが待っている。
かずみは緊張から手を握り締めた。
胸の中では、相変わらず不安が汚泥のようにこびりついていたが、毅然と進む仲間達の姿に勇気付けられる。
「……あすみちゃん」
唯一人、ここにはいない少女の事を想うと、また言い様のない不安が湧き上がってしまう。
それを振り払うように入場門を潜り抜けると、先頭を進んでいたサキが立ち止まっていた。
「……ジュゥべえ、ジェムの浄化を頼む。可能な限り万全の状態で臨みたい」
「合点承知!」
サキの肩から飛び降りたジュゥべえは、くるりと宙返りする。
すると頭上に黒い渦が出現した。
渦はプレイアデスの魔法少女達の持つソウルジェムから、黒い穢れを吸い込んでいく。
「わっ!? ジェムがピカピカになってく!」
かずみの取り出したソウルジェムからも黒い染みが抜け出し、ソウルジェム本来の輝きを取り戻していった。
「ソウルジェムは魔力の源。常に綺麗にしておかないといけないわ」
「へぇ、大事な物なんだねコレ」
海香の説明に、かずみはまじまじと自身のソウルジェムを眺めた。
ふと他のみんなの物と見比べて、かずみはどこか違和感を覚える。
「……わたしのソウルジェム、みんなのとちょっと違う?」
宝石のような輝きを放つ、卵型の物。
形も大きさもほとんど同じだったが、かずみの物には棘のような物が上下から僅かに生えていた。
その姿は、どこか見覚えがあるような気がした。
まじまじと観察するかずみに向かって、海香が茶化すように言う。
「……かずみの個性が出てるのかもね、アホ毛的な意味で」
「ひっどーい!」
かずみは頬を膨らませる。
そうして仲間達と談笑し、戦いの前の緊張をほどよく解した頃には、かずみの感じた小さな違和感は泡のように消えていった。
無人のドーム内には、見渡す限りの観客席が暗闇に沈んでおり、中央の球場には誰もいなかった。
約束の時までプレイアデス聖団が待機する中、時刻は零時を示し、日付が変わる。
その瞬間、会場中にある全ての照明が光を放った。
闇に慣れた目に、眩しい光が襲いかかる。
スポットライトに照らされた巨大スクリーンには、ユウリの姿が映し出されていた。
その瞳には、隠しきれない憎悪が込められている。
「ようこそ、プレイアデス」
「ユウリ!!」
かずみ達を襲った魔法少女、ユウリ。
かずみを拉致して人質にしようとしたばかりか、今なお無関係な者の命を危険に晒そうとしている少女だ。
「お前の要求通り私達はここまで来た! 無関係な者を巻き込むような馬鹿な事は止めるんだ!」
「馬鹿なのはお前等さ! 罠だと解ってノコノコこんな所まで来たんだからな!」
ユウリの声に呼応する様に、観客席から黒い霧が立ち上る。
何かが割れる音がそこかしこから響き、薄暗い魔力が満ちていく。
ユウリは予め仕込んでいた罠を発動させた。
「――<
プレイアデスの魔法少女達を取り囲むように、ドーム内の観客席を埋め尽くすほどの悪魔達が、一斉に孵化した。
少なく見積もっても千は超えようかという大量の悪魔達を前に、かずみ達は戦慄する。
「悪魔達がこんなに!」
「な、何体いるの!?」
悪魔達はとても孵化したばかりとは思えない機敏さで跳躍し、どこから来るのか分からない憎悪に駆られて襲いかかってくる。
「いくら数がいようが! もうネタは割れてるのよ!」
海香が手にした魔法書から光が放たれ、襲いかかる悪魔達を次々と拘束する。
「<パラ・ディ・キャノーネ>! ああもうっ、キリがない!」
カオルは魔力弾をサッカーボールのように蹴り出し、海香の拘束した悪魔達を一体ずつ潰していった。
海香は額に汗を浮かばせる。
一体処理する度に、自身の魔力が目減りしていくのを実感していた。
倒すだけならば何とかなるが、このままでは魔力が底を着き、遠からず破滅してしまう。
「数が相手ならボクに任せて!」
ステッキを構え、みらいは自身の魔法を放った。
「<ラ・ベスティア>!」
みらいの持っていたテディベアが無数に分裂すると、人型ほど巨大化して悪魔達に襲いかかった。
互いに組み付き、噛み付き、すぐに戦場は混沌と化した。
だがその拮抗は、長くは続かなかった。
「ああもう! 数が多すぎ! ならもういっちょ――<ラ・ベスティア>!!」
一向に数の減らない悪魔達に業を煮やしたみらいが、自身の<群体支配魔法>を悪魔達に掛けた。
普段は自身の持つテディベアに掛ける魔法だが、魔女や使い魔にも一定の効果はあり、相手の抵抗力次第では完全に支配下に置くこともできる魔法だった。
成功すれば一気に逆転可能となる賭けだったが――それは失敗に終わる。
『
悪魔達が呪詛を唱えた。
闇色の霧が悪魔を覆い、みらいの放った魔法を模倣する。
『――<
みらいの魔法を模倣した悪魔達は、自ら群体を纏め巨大化を果たした。
当然のようにみらいの魔法は跳ね除けられ、相変わらずの憎悪を振りまいて襲いかかってくる。
「はああああああああああ!? なにそれズッコイ!!」
ドシンと地響きを立てながら踏み潰そうとしてくる巨大悪魔に、近くにいたかずみと一緒に、涙目になりながら必死に逃げ回った。
「みらいのバカぁああ!! 余計ピンチだよぉおおお!?」
「うっさいバカ! こんなの予想できるか!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら逃げる様は、仲が良いのか悪いのか。
やがて羽虫のように追いかけ回される事にキレたみらいが、背を向けるのを止めてステッキを構えた。
「このっ! 舐めるなぁああ!! <ラ・ベスティア・リファーレ>!!」
巨大化した悪魔に対抗するべく、みらいもまた無数に分裂したテディベアを合体、巨大化させることで対抗する。
地面を揺らすほどの激突に、魔法少女達は巻き込まれないように避難する事で精一杯だった。
「……こりゃもう怪獣大決戦だな」
「うわぁ、ドームがボロボロでんがな。後始末どないしよ?」
目の前に光景に、カオルは乾いた笑いを漏らした。
隣にいるニコもまた、後始末を考えて溜息を漏らしていた。
周りの魔法少女達を置き去りに、別世界の戦いを繰り広げていた悪魔とテディベアだったが、みらいの魔法操作のお陰で、テディベアの方が優勢だった。
一進一退の攻防の末、みらいは悪魔に足払いを掛ける事に成功する。
「そこだぁああああ!!」
技は見事に掛かり、悪魔は体勢を崩した。
その隙を好機とばかりに、魔法少女達はそれぞれ隠れていた場所から飛び出した。
「いくわよみんな! <合体魔法>!!」
「「おう!」」
海香の掛け声に合わせ、プレイアデスの魔法少女達が己の
「「「<エピソーディオ・インクローチョ>!」」」
六人分の力を合わせた強力な拘束魔法は、悪魔の巨体を押さえ込むことに成功した。
そこに最大の一撃を持つ、かずみの魔法が放たれる。
「これ以上の狼藉は、許さーん! <リーミティ・エステールニ>!!」
体が覚えていた。
本能の命じるままに、かずみは己の最大の一撃を放つ。
合体魔法に封じられていた悪魔は、とどめの一撃を受け、苦悶の断末魔を上げながら消滅していった。
その際に大量の水蒸気が放たれ、視界が急激に悪化する。
そんな中、いち早くかずみに駆け寄る少女の姿があった。
「やったわね、かずみちゃん!」
里美が笑顔でかずみに近づく。
かずみもそれに応えようと、笑顔を浮かべて里美に近づいた。
「……え?」
視界が晴れた時、<宇佐木里美>は困惑した。
何故なら<自分そっくりの何者>かが、かずみの前に居たからだ。
「っ、まずい! かずみ、そいつはッ!?」
いち早く状況を理解したサキがかずみに注意を呼びかけるが、すでにもう一人の里美は、かずみの目と鼻の先にいた。
「……里美が、二人?」
「バーカ、アタシだよ!」
酷薄に歪んだ里美の顔が泥の様に崩れ落ち、現れたのはユウリの顔だった。
「ユウリ!?」
「悪魔どもに夢中で、アタシの事忘れてたか?」
かずみが咄嗟に離れるよりも早く、ユウリの拘束魔法が発動した。
あっという間に、ユウリはかずみを連れ去る事に成功する。
それを追いかけようとするプレイアデスの魔法少女達だったが、その時、突如として足元が揺れた。
「本日のスペシャルイベントステージ!
球場を割るようにして現れたのは、巨大な
スポットライトを浴びながら、ユウリはイベントを取り仕切る。
「このアタシ、魔法少女ユウリが、お前達にとっておきの料理を振舞ってやる」
そう言ってユウリが取り出したのは、最近特に見覚えのある歪んだ種子。
「「
揃って驚く海香達に向かって、正解とばかりにユウリはニヤリと笑ってみせた。
「そうさ、こいつは悪魔の残した呪いの結晶、悪意の塊だ。
そんなものを魔法少女相手に使えばどうなるか……お前等が一番良く知ってるだろ?」
ユウリが言外に告げた真の意味に、かずみ以外の全員が顔色を変えた。
「……まさか」
「そう! 晴れて
限界以上の穢れを溜め込んだ魔法少女は、魔女へと堕ちる。
その魔法少女の真実を知る者にとって、それは致命的な毒だった。
ユウリは焦らすように<
「貴様ぁあああああああ!!」
その様を見せつけられ、激昂したサキが我武者羅に突進した。
だがユウリの張った強固な結界にぶち当たり、無謀に突き進んでも突破することは叶わない。
「ぎゃああ!!」
結界に仕込まれた術式が発動し、サキの全身に電流が走り、口からは悲鳴が上がる。
そんな無様を晒すプレイアデス聖団に、ユウリは笑いが止まらなかった。
「あはははは! うふ!」
溢れ出る悪意を隠そうともしないユウリに、囚われたかずみが悲痛な声で叫ぶ。
「やめてユウリ! わたし達は同じ魔法少女、仲間だよ!!」
「…………仲間ァ?」
「そう、仲間――」
「聞いたかプレイアデス! 『仲間』だってさ!」
飛びっきりの冗談を聞いた顔で、ユウリはプレイアデスの魔法少女達に向かって叫んだ。
「アタシ達魔法少女が! 仲間だと!」
腹を抱えてユウリは爆笑する。
その嗤いは侮蔑と嘲り、そして憎悪で満ち溢れていた。
ユウリは心の底から、かずみの無知を嘲笑う。
「お前、ほんっっっとうに何も知らないんだな! かずみ、こいつらは――」
「やめろ!!」
にぃっとユウリは裂けた笑みを浮かべる。
玩具を見つけた子供の様に、ユウリは目を細めた。
「その汚れた手を、この子にだけは見せたくないかっ、浅海サキ!」
「黙れ!!」
「あはは! イイ顔!」
憤怒に顔を歪めるサキを見て、ユウリは愉快そうに目を細める。
「あなたの目的は何!? 私達になんの恨みがあるの!?」
だが里美の悲痛な叫びに、ユウリは笑うのを止めた。
白けた視線を里美に向けると、とんがり帽子に手をやる。
「……名前も、手紙も。あれだけヒントやったのに。
欠片も思い出さないわけ?」
ユウリは帽子を放り捨てた。
曝け出された彼女の金色のツインテールが舞うように跳ねる。
「ホント……あんた達にとって、その程度の存在だったんだね」
晒されたユウリの顔をまじまじと見た一同は、揃って驚愕をその顔へと浮かべた。
「そんな……」
御崎海香はその顔面を蒼白にしている。
記憶にある少女の面影に、今この時になって、ぴたりと一致してしまったのだ。
「そんな、だって、あの子は……!」
「アタシはお前達に、復讐する為に還ってきたんだ! プレイアデス!!」
復讐者は自身の目的を高らかに告げると、その手を下ろした。
<
「やめろォォォおおおおお!!」
「今宵のメインディッシュ! マギカアラビアータの完成だ!」
かずみの額に沈み込んでいく呪いの結晶。
<悪意の実>がかずみの中へと溶け込み、吸収されていった。
そして僅かばかりの沈黙が降りる。
「……アレ?」
一瞬、何の反応も起こらない事にユウリは首を傾げた。
「何で? イーブルナッツの効果は――」
だが次の瞬間。かずみの魔力が爆発的に増大し、奔流となって周囲に溢れた。
それは衝撃となって周囲を吹き飛ばし、かずみ自身の身を蝕む。
「あ、あ、ああああアアアアッッ!!!!」
「――いや、効果はあったみたいだ」
かずみはふらふらと力の入らない様子で、ユウリの目にはかなりのダメージに思えた。
即座に<相転移>するほどの効果はなかったが、毒は確かに効いている。
後一押しでもしてやれば、かずみは魔女へ堕ちるだろう。
覚束ない足元を辛うじて動かし、かずみはユウリから逃れるために十字杖を振りかぶる。
だがその一撃は、ユウリに容易く防がれてしまった。
「……新入りのチビが、アタシに勝てるとでも?」
「ぎゃん!?」
ユウリは、かずみを徹底的に痛めつける。
魔法で精製された弾丸がかずみの体を貫き、力の限り踏みつけた。
「もうやめて! かずみちゃんは関係ない!!」
「ははっ、いいね。もっと見せてよ――人殺しの涙をさ」
里美の流した涙を見て、ユウリは良い気味だと嗤う。
「……ぇ?」
ヒトゴロシ?
一瞬、ユウリの言葉の意味が分からなかった。
ユウリは、そんなかずみを見下ろしていた。
「教えてやる、かずみ。こいつらの罪を! 薄汚い本性を!」
「っ、黙れ!」
ユウリが何を伝えようとしているのか、察したサキが怒鳴り声を上げるものの、それでもユウリの言葉は止まらない。
「こいつらはね、<アタシ>を一度、殺したんだ!」
「だまれぇええええええええええええええええ!!」
サキの悲痛な叫びがドーム内に響き渡った。
「プレイアデスが正義の味方だとでも思ってた?
残念! こいつ等は魔法少女を殺す、悪魔の集団だよ!!」
「魔法少女を……殺す……?」
かずみは理解が追いつかなかった。
プレイアデス聖団の仲間達が、そんな事をしているだなんて信じられなかった。
かと言って、ユウリの言っていることが間違いだと否定するには、彼女の放つ憎悪は強すぎた。
「こいつ等は、アタシの一番大事なものを……奪った!
だからね、アタシはこいつ等の一番大事なものを――あんたを、殺すの!」
それがアタシの復讐だと、ユウリは叫ぶ。
かずみを執拗に狙ったのも、全てはプレイアデス聖団に対する復讐の為。
こいつらの悪事に、かずみは関係ないだと?
――お前等がそれを言うのか、プレイアデス。
<私>の大切を奪っておきながら、自分達の<大切>だけは無関係だと、厚顔無恥にも言い張るのか。
「……恨むなら、アンタ等の罪深さを恨め。<イル・トリアンゴロ>!」
球場を埋め尽くすほどの巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから浄化の炎が立ち上ろうとする。
「ぐああああああああ!!??」
――だが絶叫を上げたのは、ユウリの方だった。
彼女のソウルジェムは黒ずみ、既に大規模な魔法行使に耐え切れなくなっていた。
「ここまで来て……あとほんの、ほんの少しなのに……っ!!」
ユウリは口から血を吐きながら、歯を食いしばる。
そんな彼女の様子から、ソウルジェムの限界が近づいている事を察したサキが、辛うじて結界に開いた穴からジュゥべえを突入させた。
「っ、まずい! 浄化しろジュゥべえ!!」
「わかってらい!」
サキが命令するなり、ジュゥべえは即座に駆け出しユウリのソウルジェムを浄化しようとする。
敵とは言え、目の前で魔女が生まれるのを見過ごすわけにはいかなかった。
まして、すぐ傍にかずみがいるのだ。サキの判断に迷いはなかった。
だが当のユウリによって、浄化は拒絶される。
「お前らの手助けなど、いるものか!」
「ぎゃん!」
<リベンジャー>の弾丸に貫かれたジュゥべえが床に転がった。
「ジュゥべえ!?」
悲鳴を上げる外野を無視し、ユウリは憎悪で体を動かし、<
「死ね……かずみ……!!」
――だが復讐の弾丸は、何処からか飛来してきた鉄球と、それに付随した鎖の結界によって阻まれた。
かずみの前に、ゴスロリ服の魔法少女が降り立つ。
「……遅くなったわね、かずみ」
「あ、あすみちゃん!?」
銀髪のボブカットを弾ませ、空からかずみの前に着地したのは、戦いの前に去ったはずの魔法少女、神名あすみだった。
「……言ったでしょ? あなたは、わたしが守るって」
その誓いを反故にする、恥知らずになるくらいなら。
残された一つの誇りを胸に、ただ愚直に突き進もう。
たとえその結末が、救い様のない破滅だとしても。
かずみを背に庇い、モーニングスターを手に構え、あすみは敵であるユウリを睨みつけた。
「……この
原作沿いにすると時間がかかる謎。
魔法少女物を書いているはずなのに、戦闘パートが多すぎる謎。(作者の筆力はもうゼロよ!)
まぁ時間が掛かってもボチボチやっていきます。(そのうち覚醒したい……)