私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 お待たせしました。そろそろ執筆ペースあげたい(願望)。


第十五話 決戦前夜、それぞれの想い

 

 

 

 静寂に沈黙する建物を、街灯が仄かに青く照らしている。

 

 その中の一つ、打ち壊されるのを待つばかりの廃ビルの中。

 僅かな光さえ嫌うように少女――ユウリがその中に立ち入る。

 

 布地の多い衣装の隙間からは玉の様な汗を流し、頭痛がするのか自身の頭を強く抑えていた。

 

「はぁ……はぁ……クソッ!」

 

 自身に対する苛立ちを吐き出すと、ユウリは息も絶え絶えに壁際に座り込んだ。

 その表情には、隠し切れない濃い疲労が浮かんでいる。

 

 思い出すのは、先ほど襲撃した忌まわしきプレイアデス聖団と、神名あすみというイレギュラーな魔法少女の存在。

 

 ――あいつさえいなければ。

 

 ユウリは唇を噛み締める。

 予想外の敗北が、思いの他堪えているらしい。

 

 下らない、とユウリは自嘲する。

 勝つだの負けるだの、全くもって下らないプライドだ。

 

 <プレイアデス聖団>への復讐。

 それさえ果たせるのなら、たった一度の敗北など気にする必要はない。

 

 確かにかずみの拉致には失敗したが、連中を誘き出す餌はまだある。

 ユウリとしても不本意だったが、もはや躊躇う余裕はなかった。

 

「……ちっ」

 

 舌打ちと共にユウリが取り出したのは、一つの小瓶だった。

 中にある青い輝きを放つ液体を、ユウリは躊躇うことなく飲み干す。

 

 残された時間が僅かであることを知りながら、それでもユウリは立ち止まらない。立ち止まれない。

 

 この身を焦がす憎悪が、それを許しはしないのだから。 

 

「っ……ごほっ! ごほっ!」

 

 飲み干し、思わず咳き込む。

 <ポーション>の味はユウリにアルコールにも似た高揚を与え、喉を焼き、赤い血を燃やし、心の臓を高鳴らせる。

 

 限界以上の魔力を精製した反動で、全身を酷い倦怠感が包んでいた。

 何もかもを放り投げて楽になりたいと思う惰弱な心を、ユウリは憎悪の炎で塗り潰す。

 

「……まだだ……まだ、何も終わっちゃいないっ」

 

 己の腕を抱き締め、ユウリは歯を食いしばる。

 生み出した魔力を循環させ、無理矢理体力を回復させる。

 

 魂を削り、肉体を癒すという本末転倒ともいえる状況。

 だけど短期的に見た場合、これほど手っ取り早い回復手段はなかった。

 

 目的さえ果たせれば、その後自身がどうなろうが構わないのだから。

 

 当初の目的であった<かずみ>の拉致にこそ失敗したものの、まだ手は残されている。

 切り札として仕込んでいた、あすなろ市全域での<悪魔の卵(デビルドエッグ)>一斉孵化。

 

 もしもプレイアデス聖団が約束の場所に現れなかった場合、ユウリはあすなろ市の全てを地獄に変えて連中に見せつけてやるつもりだった。

 

 

 ――ほら、お前達が来なかった所為でこうなったぞ。

 ――街を見捨てたお前達は、救い様のない偽善者だ。

 

 

 そう高らかに嘲笑ってやる。

 連中の絶望した顔、憤怒、嘆き、それらを見下しながら、無数の悪魔達を使ってゴミのように嬲り殺してやる。

 

 そんな仄暗い惨劇を夢想するユウリの前に、一人の少女が気配もなく現れた。

 その少女の顔は上部を仮面で隠しており、口元で常に浮かぶ薄笑いだけが彼女の素顔を晒している。

 

 ユウリは突然現れた少女に険しい視線を送った。

 だが少女は、その視線を軽く無視すると涼しげな声でユウリに語りかける。

 

「辛そうだね。ユウリ」

「……あんたか。何しに来やがった?」

 

 ユウリは事前にこの廃ビルのような拠点を、あすなろ市内に複数用意していた。

 いざという時の為に、一時的にでも身を隠せる場所が欲しかったのだ。

 

 もちろんそれらの場所は秘密で、誰かに教えた覚えはない。

 それなのに、目の前の少女がどうやってこの場所を知ったのか。

 

 この神出鬼没な少女の存在は、ユウリにとってただの胡散臭い存在でしかなかった。

 なおも睨みつけるユウリに、仮面の少女はやれやれと肩を竦めて見せる。

 

「随分なご挨拶だね、協力者に向かってさ」

「……はっ、協力者ねぇ」

 

 ユウリは鼻を鳴らし、胡乱な目で自称協力者様を眺める。

 フードを目深に被った仮面の少女は、ユウリと同じ魔法少女ではあるものの、得体が全く知れない。

 

 気まぐれにふらりと現れては、ユウリにとって役立つ情報やアイテムをほぼ無償で与えて去っていく。

 それだけを聞けば善意の協力者ともいえるが、ユウリの後ろ暗い目的を知ってなお援助する姿勢は、何か裏があるとしか思えなかった。

 

 考えられるのは、ユウリを使って<プレイアデス>に危害を与える為だろうか。

 

 ユウリが聖団に復讐するように、この少女もまた聖団に対して悪意を持っているのは間違いない。

 ユウリは、彼女から自分と同じ<復讐>の情念を嗅ぎ取っていた。

 

 だからと言って、獲物を譲ってやるつもりはない。

 

 向こうがユウリを利用するつもりなら、それでも良い。

 自らの手で奴らに復讐できるなら、こちらもその手を利用してやる。

 

「確かに、あんたには感謝してるよ。<ポーション>も<悪魔の卵(デビルドエッグ)>も、色々都合して貰ったしね。

 後は最後までアタシの邪魔さえしなけりゃ、あんたが何を企んでいようが関係ない。好きなように悪巧みすればいいさ」

「ふふっ、酷い言われ様だなぁ。きみこそ肝心な場所でドジらないようにしなよ? 案外抜けてるとこあるからさ」

「ほざけ」

 

 用がないなら消えろと睨むユウリに対して、少女はその口元を弧に釣り上げた。

 

「きみはきみで、こちらはこちらで。

 それぞれの目的を果たせばいい。

 なに、今日もきみにちょっとしたプレゼントを持ってきたんだよ」

 

 もったいぶった口調で、少女は語る。

 

「とっておきだ」

 

 そう言って、少女はルビーのような輝きを放つ小瓶をユウリに投げ渡した。

 空中でしっかりと受け取ったその中身は、見る者に穢れた血を思わせた。

 

 真紅の<ポーション>。

 先ほど使った青い物と比較にならない代物である事は、一目見るだけで分かった。

 

 使えばどうなるか、薄々と察しは付く。

 それでもユウリは受け取った。

 

 この身を引き換えにしてでも、成し遂げたい事があるのだから。

 

「ちっ……こいつは貰っておくが余計な手、出すんじゃねえぞ?」

「勿論さ。今夜はきみが主役なんだ。脇役は大人しく引っ込んでるよ」

 

 受け取った小瓶をユウリが仕舞うのを確認すると、少女はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 夜に溶け込むように飛び去る影。

 仮面の少女は愉し気に呟く。

 

「頑張っておくれよ、ユウリ。

 全ては<ヒュアデス>の為に……あはっ!」

 

 未だ舞台裏に潜む少女は、堪え切れなくなった嘲笑を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法少女結社<S.W.C.>が神名あすみの為に用意した屋敷。

 そこには現在、プレイアデス聖団の者達が滞在していた。

 

 現在の家主である神名あすみが晩餐の席を立ってから、既にかなりの時間が経過している。

 

「……あすみちゃん、遅いなぁ」

 

 かずみはそわそわとしながら時計を確認する。流石に何かあったのではないかと心配になってきたのだ。

 既に他の者達も食事を終え、今は食後のお茶を楽しんでいる。

 

「腹の調子でも悪いんじゃないの?」

 

 隣の空席を見て落ち着かない様子のかずみに、ニコがからかうように言った。

 

「おいこらデリカシー」

 

 すかさずカオルからのツッコミが入り、ニコは不満そうに後頭部をさすった。

 そんな遣り取りにかずみは笑みを浮かべるものの、嫌な予感は収まらなかった。

 

 やがて居ても立ってもいられなくなったかずみは、痺れを切らして立ち上がる。

 

「ちょっとわたし、あすみちゃんの様子見てくる!」

 

 付き添おうとするサキ達に「一人で大丈夫!」と告げると、かずみはあすみを捜しに向かった。

 あの悪魔の気配とは違う、じりじりと焦がすような不安定な感情が、かずみの胸に次々と湧き上がる。

 

 真っ先に御手洗を確認してみたものの、やはりというか、あすみは不在だった。

 洗面所、浴室、あすみの部屋、中庭……屋敷の敷地中を隈なく探すものの、あすみの姿は全く見当たらない。

 

「ど、どうしよう……あすみちゃんが、どこにもいない」

 

 神名あすみという少女は、いつもかずみの傍に居てくれた。

 だが今は、いくらかずみが必死に探しても、彼女の姿はない。

 

 あすみの自室を探しに戻ったものの、元から生活感のない部屋には何の痕跡もなかった。

 

 心細さに戸惑うかずみ。

 そんな彼女の前に、あすみのペットである黒猫が現れた。

 

「あなたのご主人様、どこに行ったか分かる?」

 

 ペットの黒猫がいるのなら、飼い主のあすみもどこかにいるはず。

 そんな希望と共に黒猫を抱き上げて尋ねてみる。

 

 けれど黒猫は、そっぽを向くばかりだった。

 

「……なんて、答えてくれるわけないよね」

 

 自分でも馬鹿な事をしていると思う。

 そんなかずみに、まさかの返答があった。

 

「そんなことないにゃー」

「ふぇ!?」

 

 驚いて黒猫を見るも、我関せずと大きな欠伸をしていた。

 くすくすと笑う声に慌てて声の主を探せば、かずみの後ろに宇佐木里美がしゃがみ込んでいた。

 

 どうやらかずみが心配になって付いてきたらしい。

 里美は立ち上がると、かずみの前で魔法のステッキを取り出してみせる。

 

「私の魔法なら、その子とお話できると思うわ。

 どこかに行っちゃったあの子の事、一緒に探しましょう?」

 

 里美の魔法は「動物とお話ができる」という物だった。

 その魔法を使えば、黒猫からあすみの行方を聞き出す事ができるかもしれない。

 

 里美の説明を聞いたかずみは、目をキラキラと輝かせた。

 

「すごいよ里美! とっても魔法っぽくて素敵!」

 

 かずみがこれまで目にしてきた魔法は、あすみの影響もあり戦う為の物騒な物が殆どだった。

 そんな魔法もあったんだ、とかずみは目からウロコが落ちた思いだ。

 

 はしゃぐかずみに苦笑しつつ、里美は魔法を使った。

 だが次第に、里見の表情は険しくなっていく。

 

「……この子、すごく気難しいわ」

 

 里美の魔法は確かに通じてはいるものの、肝心の黒猫が何も伝えようとしてくれなければ意味がない。

 

 里美の魔法を強化して使えば、この黒猫から強制的に情報を引き出す事も可能だったが、なるべくなら穏便に済ませたいという想いが里美にはあった。

 

 動物の気持ちを分かりたくて望んだ魔法なのに、それを無視するような使い方はしたくなかったのだ。

 

「お願い! あすみちゃんがどこに行ったのか、教えて! 心配なの!」

 

 沈黙する黒猫に向かって、かずみは土下座する勢いで頼み込んだ。

 傍から見ればどこまでも滑稽な様子だったが、当人はどこまでも真剣だ。

 

 それを見ている里美も、笑う事なんかできなかった。

 かずみがどれほど<彼女>の事を心配しているのか分かったからだ。

 

 片目に傷跡を持つ黒猫は、そっぽを向きながらも一声鳴いた。

 

「……にゃー」

「え? それほんと? にゃーにゃにゃん?」

 

 黒猫の言葉を理解した里見だったが、思わず聞き返してしまう。 

 黒猫に確認を取ったものの、聞き間違えではなかったようで、里美は小さくため息をついてしまう。

 

「な、なんて言ったの?」

「……一人で出て行っちゃったって。もうこの街には戻らないとも言ってたらしいわ。

 この子も、置いていかれちゃったみたい。『わたしなんかと一緒に行くより、彼女達の傍にいたほうが、あなたも幸せでしょう』って……それ、飼い主として無責任じゃない?」

 

 飼い猫をあっさりと捨てて行ったあすみに、里美が憤りをみせる。

 

 将来の夢は獣医で、動物の事が好きな里美にしてみれば、あすみの行動は無責任以外の何者でもなかった。

 せめて一言でも相談されていたならばともかく、押し付けたとしか思えない行動に里美は腹を立てる。

 

 そんな怒りを感じたのか、黒猫は里美の腕からあっさり飛び降りると、どこかへ行ってしまった。

 結局、あすみの行き先について手掛かりらしい物もなく、おまけにこの後ユウリからの呼び出しもあるため、無闇にあすみを探しに行く事もできない。

 

 何か、かずみ達に話せない事情があったのかもしれない。

 

 彼女が一人で抱え込みやすい性質であることを、かずみは察していた。

 それでも、かずみの胸には言い様のない寂しさがあった。

 

 

 

 

 里美の報告であすみが立ち去った事を知ったプレイアデスのメンバー達は、残念そうな顔を浮かべるものの落ち着いた様子だった。

 前回彼女が黙って消えた時はかずみを助けてくれた事もあり、あすみには彼女自身の考えがあるのだろうと、それぞれ納得していた。

 

 元より、例の果たし状からユウリの目的が<プレイアデス聖団>なのは明らかだ。

 

 かずみの守護者を名乗っていたとはいえ、それは元より聖団の役目。

 外様の魔法少女がどこへ行こうと、聖団の事情に巻き込むのは気が咎め、サキ達にあすみを責めるつもりはなかった。

 

「……そうか。どこへ行ったか分からないが、彼女を探す余裕は今の私達にはない」

 

 サキの言葉に、かずみを除いた他の五人も頷いた。

 ユウリの指定した時間は刻々と迫ってきている。

 

「行こう。ユウリの凶行は絶対に阻止する」

 

 指定された場所へ向かう仲間達の背を、かずみは追いかけた。

 

「……それでもわたしは、あすみちゃんを信じてる」

 

 守ると誓ってくれた少女の事を、かずみは信じていた。

 必ず、彼女が戻ってきてくれると。

 

 次はあすみちゃんの好きな料理、作ってあげたいな。

 そう思い、あすみの好物が何なのかすら知らない事を、かずみは悲しく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街灯の明かりが夜の道並みを照らしている。

 あすみは未だあすなろ市内に留まっていた。

 

 ……わたしは、一体何をやっているんだろう?

 

 未練たらしくこの街に留まっていても、あすみに出来る事など最早何もない。

 日が昇る前に帰還しなければ、銀魔女の命令に背くことになる。

 

 そうなればあすみは、またあの責め苦を味合わなければならない。

 それどころか、今度こそあすみが処分される可能性もあった。

 

 あの女に情を期待する方が無駄だ。

 あすみは既に下手を打ってしまっている。

 

 それに続いて不服従を示せば、間違いなく生きてはいられないという確信があすみにはあった。

 

 目的もなく彷徨い、いつしか人気のない場所へと足を運んでいた。

 そんなあすみの前に黒い何かが音もなく現れた。

 

 影の中で黄金色に光るそれは、猫の瞳。

 まじまじとその猫を見たあすみは、その瞳が一つしかない事に気付く。

 

「……お前、どうして」

 

 見間違えようのない片目の潰れた傷跡が、あの黒猫自身である事を証明していた。

 

 あの屋敷に置いてきた――捨ててきた、はずなのに。

 犬でもないくせに、臭いでも追ってきたのか。

 

 距離的にさほど離れていないとはいえ、どんな確率だとあすみは乾いた笑いを浮かべる。

 

「……つくづく、度し難いわね」

 

 足下にすり寄ってきた黒猫を抱き上げ、あすみは夜空を見上げた。

 結局、あすみのしたい事は決まっている。

 

 それはもはや、誰かに強制されたものではなく。

 あすみの心から生まれた、願い。

 

 これを否定してしまえば、神名あすみはただ動くだけの屍と何も変わらない。

 ならばその願いを守って滅びようとも、あすみの誇りだけは守られる。

 

「……あの女に逆らえば、死より辛い目に合うかもしれない」

 

 銀魔女に反逆すれば最悪の場合、生きたまま人形にされるか、果ては狂気的な実験の被検体(モルモット)にされるか。

 あるいはあすみが普段しているように、拷問の末に魔女化処理される運命が待っているかもしれない。

 

 いずれにせよ、あすみの想像も付かない<終わり>がこの身を滅ぼすだろう。

 

「……だから、なに?

 わたしにお似合いじゃない。なにを恐れているの? 神名あすみ。

 あなたはいつも、そんな破滅的な最後を望んでいたんじゃないの?」

 

 この救いようのない世界が滅びるまで、あすみは呪いを生み続ける。

 ならばいっそ、あすみ自身が滅びてしまえば良いのだ。

 

 あすみにとって世界の破滅と自身の終焉に、もはや大きな違いなどなかった。

 苦しみと絶望しかないこんな世界からサヨナラしてやるのも、悪くはないだろう。

 

 ならばその最後くらい、あすみの好きな様に生きてやろう。

 

 何もかもがあの忌まわしき銀魔女の思い通りなど癪に障る。

 せいぜい驚かせて、間抜け面を晒してもらおう。

 

 神名あすみは、お前如きに支配されるような魔法少女ではない事を。

 

 あすみにとって原初の願い。

 それは不条理な世界に対する、あすみの全てを賭けた報復なのだから。

 

 時を示す大小の針が揃って零を指し示す。

 

 

 

 ――魔法少女達の戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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