私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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今回おまけは特に無し(おまけの存在意義とは一体……うごご)。


第十四話 別離の晩餐

 

 

 

 謎の魔法少女、ユウリの襲撃によってかずみを攫われ、時を同じくして神名あすみの姿が消えてしまった頃。残されたプレイアデス聖団の魔法少女達は混乱していた。

 

 壊滅的な状況から回復魔法を使ってようやく持ち直したものの、ユウリと名乗った敵の目的がまったく分からなかった。

 

「ああ、もう! あいつの目的はなに!? あすみって奴もどっか行っちゃうし!」

 

 ユウリの不意打ちにしてやられた若葉みらいが、地団駄を踏んで苛立ちを露にしている。

 消えたあすみの事も気掛かりだったが、気に食わない奴の事を素直に心配するのも何だか癪だった。

 

 みらいはユウリと名乗った敵の魔法少女について考える。

 

「ボク達に恨みがあるみたいだけど……でもユウリって子、みんな知ってる?」

「……いや、心当たりはない、な」

 

 カオルは首を横に振った。いくら思い返してもあんな魔法少女に心当たりはなかった。

 他のメンバーも思い当たる節はない様子だった。

 

「それに何で、かずみを人質に……」

「知ってるんだ……かずみが、狙い目だって事を」

 

 魔法で傷口を塞ぎ、応急手当を施したばかりのサキが立ち上がる。

 

「サキ? どこへ」

「かずみを助ける」

 

 サキは毅然と言い放ち、ユウリの消えた方角を睨んだ。

 隣で回復魔法を掛けていた里美が慌てて制止する。

 

「まだ無理よ! 怪我が治りきってない! 落ち着いて、完治を待ってから――」

「駄目だ、待てない。消えた<神名あすみ>の事も気がかりだ。あまり考えたくはないが、私達を謀った可能性もある。その場合、私が責任を持って処理しなければ」

「サキが行くならボクも行くよ!」

 

 里美は行く気満々な二人に狼狽える。

 カオルは呆れた顔を浮かべ、ニコは他人事のようにガムを噛んで我関せずの構えだった。

 そんな中、海香の疑問の声がぽつりと上がる。

 

「……どうしてかしらね」

 

 その手にはユウリから放たれた矢が握られていた。

 

「? 海香、その矢がどうかしたのか?」

「いえね、どうして口で言えば良い事を、ユウリはわざわざ矢文にしたのかしら? 単純な恨みにしては、手が込んでいる気がする。

 この件、私達が思うよりも根が深いかもしれない。迂闊に動けば、取り返しが付かなくなるほどに」

「……だから大人しくしてろと? だが私は――」

「それより気づいてた? あの子、相当キてるよ。これ以上魔法使うと……」

 

 パンッとニコの膨らませたガム風船が弾けた。

 沈黙が場を支配する中、頭上から有り得ない声が聞こえてきた。

 

「おーい! みんなー!」

 

 ユウリに連れ去られたはずの、かずみのまさかの帰還だった。

 そのすぐ後ろには消えた<神名あすみ>の姿もある。

 

 プレイアデスの魔法少女達は、驚愕の後に喜色を浮かべ、歓声を上げた。

 

「かずみ! よかった! 本当に、無事で良かった……!」

 

 サキは目尻に涙を滲ませながら、空から降りてきたかずみを真っ先に力強く抱きしめた。

 身長差からサキの胸にかずみの顔が埋まってしまい、呼吸し辛い。

 

「あと、えと、サキ? ちょっと苦しい……」

「っ、すまない!」

 

 かずみの主観では出会ってからまだ一日と経っていなかったが、彼女達の反応から、自分はとても大切にされている事が実感できた。

 

 一方のあすみも、他のメンバー達に歓迎されていた。本来ならユウリの人質になっていたはずのかずみを奪還してくれたのだ。その功績は大きい。

 海香とカオルの二人は、あすみに近づくと感謝の気持ちを伝えた。

 

「ありがとう、あすみ。助かったわ」

「流石あすみ! でも一人で行くなよ、心配したじゃん」

「……ふん、足手まといはいらないわよ」

「言ったな、コイツ!」

 

 生意気を言う少女にカオルは笑顔を浮かべ、あすみの肩に腕を回してくる。

 体育会系全開なそのノリに、あすみは関節を極める事で応じた。

 

「ちょ、いたたっ! 痛いって!?」

「……気安く触らないで。そういうの、嫌いだわ」

「悪かったって……隙あり!」

 

 謝るカオルを解放しようとした刹那、反撃とばかりに背後に回ったカオルがあすみを羽交い締めにした。

 

 ……こいつ、死にたいのかしら?

 

 割と本気で殺意を覚えたが、実行には移されなかった。

 かずみを構い終えたサキが、あすみの元に来たからだ。

 

 あすみは無言でカオルの脛を蹴ることで拘束から抜け出し、サキと対峙する。

 

「いたぁ!? 地味に痛い!?」

 

 足を抱えて蹲るカオルの事は完全に無視する。

 サキとあすみ、両者の間にどこか緊張した雰囲気が漂う中、サキは頭を深く下げてみせた。

 

「神名あすみ、心から礼を言う。よくかずみを連れ戻してくれた」

「……別に、あなたの為にやったわけじゃないわ」

 

 素直に感謝されると思わなかったあすみは、内心驚くものの表面上は素っ気なく言い放つ。

 それを脇から見ていたニコが、にやついた笑みを浮かべていた。

 

「ふむふむ、あすみんはツンデレですなー」

「死ね」

 

 思わず銀魔女に対する時のような反応を反射的に返してしまい、あすみは取り繕うようにニコをジト目で睨んだ。

 

「……次ふざけた呼び方したら、本気で殺すわよ」

「おーこわっ」

 

 わりと本気で睨んでやったのだが、鈍感なのかニコはにやにやするばかり。

 どこぞの変態女を思い出させる「あすみん」呼びは、本気で不愉快だった。

 

 アレにしたところで、何を言っても無駄だから放置しているだけで、あすみ自身が認めた覚えなどなかったというのに。

 

 その後、あすみ達二人はユウリの残したメッセージを伝え聞いた。

 人質となるはずだったかずみは、あすみによって既に奪還されている。

 

 だが問題は、街の住人全てを人質に取った凶行の可能性がまだ残っている事だった。

 

 いっそこの街を捨ててどこか遠くへ避難するのもアリではないかと、あすみなんかは思ってしまうのだが。

 周りを見れば、何故かユウリの犯行を阻止する方向で動いていた。

 

「……まぁ、仕方ないか」

 

 それが、普通の反応なのだろう。

 

 今ここであすみが反対しても、何も意味がない。

 かずみも納得しないだろうし、その他のメンバー達も同じだろう。

 

 あすみとしてはかずみさえ無事なら、たとえこの街の住人全てが悪魔共に虐殺されようが、どうでも良い事だった。

 

 けれど彼女達は見知らぬ誰かを助けるため、この街を守るためにユウリの誘いに乗る事にしたのだ。この街の魔法少女として。

 他人をあっさりと見捨てるあすみの方が異常なのだ。

 

「ユウリの指定した時間まで、あと六時間。けっこう間があるね」

 

 端末で時間を確認したニコが、残り時間を確認した。

 空も大分暗くなっており、一度拠点に戻って態勢を整える必要がある。

 

「というわけで……かずみ!」

「な、なに?」

 

 突然みらいに指名され、かずみは狼狽えた。凶暴なチビッ子という印象が強いせいで、その顔は若干怯え気味だった。

 そんなかずみの困惑に気づかない様子で、みらいは言った。

 

「おかなすいたー! 何か作って!」

「ふぇ!?」

 

 予想外の注文に、かずみは変な声を出して驚いてしまった。

 その傍にいるあすみもまた、呆れ顔を浮かべつつ、かずみを庇うように立つ。

 

「……このお子様、何かずみに無茶ぶりしてるの? この子記憶喪失だって言わなかった?」

「なにをー! ってそうだった。そういえば記憶喪失だっけ? かずみの料理ってんまかったから……今は料理、出来ないの?」

 

 どうやら以前のかずみは、かなりの料理上手だったらしい。

 何でも仲間内では飛び抜けた腕前で、みんなに料理を振舞うのが趣味だったとか。

 

 自分の事なのに何も知らない事を、かずみはその時になってようやく気付いた。

 

 ――ううん、今からでも遅くない。わたしは、わたし自身の事をもっとよく知りたい!

 

 みらいの言葉に火のついたかずみは、目に闘志を燃やしていた。

 何事も挑戦だとばかりに、ふんすと鼻を鳴らしガッツポーズしてみせる。

 

「わたし、やってみる! 任せて!」

「…………なんでそうなるの。バカ」

 

 大惨事の予感を覚えさせるやり取りを、あすみは呆れた顔で見ていた。

 だがそんなあすみの予感は、珍しく外れる事になった。

 

 

 

 プレイアデスの一同は揃って、あすみの屋敷に招かれていた。

 かずみ、海香、カオルの三人は昨夜から泊まり込んでいるし、冷蔵庫にまだ大量の食材が眠っている事から、あすみの屋敷が選ばれた。

 普段彼女達が使っている拠点よりも、あすみの屋敷の方が近かった事も理由の一つだ。

 

 かずみは三角巾を頭に被り、エプロンを装備している。長い髪はあすみから貰った青いリボンで一括りにしてあり、その姿は意外と様になっていた。

 背後から見守る面々の前で、かずみは華麗な包丁捌きを披露する。

 

「「おお!」」

 

 その見事な手並みに、一同から歓声が上がった。

 体に染み込んだとしか思えない熟練した手並みで次々と調理していく様子は、悔しいがあすみも認めざるを得なかった。

 最後の仕上げに自ら味見をして、かずみは良しと頷いた。

 

「うん! 美味しい! ……わたしって、料理の天才?」

「……ちょっとムカつくわね、今のあなた」

「ええ!?」

 

 母が死んで以来、研鑽を怠っていたあすみにとやかく言える資格はないのだが、それでも記憶喪失の少女にあっさりと負けてしまった事が気に入らなかった。

 嫉妬からの八つ当たりと分かっていても、つい当たってしまう。

 

「……記憶喪失の癖に、わたしより上手ってどういう事よ」

「ふふん、お前とかずみじゃ物が違うのだよ!」

「なぜにお前が威張るし」

 

 何故かかずみではなく、みらいがドヤ顔で胸を張っていた。

 ニコの冷静な突っ込みに、あすみもしかめっ面を浮かべ大きく頷く。

 

 その後、かずみ一人に任せるのもアレだったのであすみが手伝い始めれば、他のメンバーも何だかんだ言いながらそれに続いた。

 

 決戦前の腹拵えという事で、メニュー内容は冷蔵庫の中身をフルに使った豪勢なものだった。

 人数もあすみを含めて八人と大所帯であり、所狭しと並べられた料理も最初は多すぎるだろうと思われたが、実際に食事を始めてみればそんな事は全くなかった。

 

 さながら戦場のように騒々しく、卓の上から次々と料理が消えていった。

 

 海香は牛角煮を口に入れる。

 口の中でとろける旨さに、恍惚とした表情を浮かべた。

 

「みなぎるわ! 私の灰色の脳細胞!」

「太るぞ」

「ダマラッシャイ」

 

 カオルの心を抉る一言に、海香は鬼と化した。

 

「また海香の頭に角が……!」

 

 それを給仕していたかずみが目撃してしまい、その恐ろしさに戦慄していた。

 

「ちょっとそれボクの!」

「他にもいっぱいあんだろー?」

「二人とも、喧嘩しないの」

 

 みらいの皿から、ニコが唐揚げを掻っ攫う。

 争い始める二人を里美が嗜めた。

 

「そういう里美はデザート独り占めしてんぞ」

「あらやだ、いつの間に……」

 

 ニコの指摘に、里美は自分の皿を隠した。どう見ても確信犯だった。

 みらいはそんなニコ達の隙を突いて、数に限りのある海老シューマイを確保していた。

 

「これんまい! サキも食べてみてよ!」

「ふむ、頂こう。それにしても、もう少し上品に食事できないのか君達は……かずみ、お代わり大盛りで」

「上品どこ行った」

 

 早くも空になったお椀を差し出すサキに、ニコが思わず突っ込みを入れた。

 ごちゃごちゃと喧しく雑談する一同から心持ち距離を置きながら、あすみは孤独に食事を楽しもうとしていた。

 

「……騒々しいわね。食事ってのはね、孤独で、静かで、豊かで……誰にも邪魔されず、自由で。

 なんというか……救われてなきゃいけないのよ」

「それ、どこかで聞いた台詞ね」

 

 静かにかぼちゃのスープを口に運びながら、あすみは溜息を零す。

 海香はあすみの言葉を自身の脳内で検索してみたが、元ネタは分からなかった。

 

 ジュゥべえはあすみの飼う黒猫との睨み合いの後、友情でも芽生えたのか仲良く一つの大皿で餌を食べていた。

 それをちらりと見たあすみは、食い意地の張ったUMAだと心底呆れていた。

 

「……かずみ、あなたも給仕なんて良いから食べなさい。欲しければ自分で取らせればいいのよ」

 

 あすみは慌ただしく駆け回るかずみを手招きし、強引に隣へ座らせる。

 

「あすみの言う通りだ。かずみもしっかり食べた方がいい」

「さっきお代わり要求してたのは誰だったかナー?」

 

 サキのボケた発言にニコが突っ込み、あすみはイラッとしつつもかずみの分の食事をテーブル上に確保した。

 

「ありがとう、あすみちゃん! それじゃいっただっきまーす!」

「……あなたも要領悪いわね。流れで連中の給仕なんかしなくても良かったのに」

 

 ちなみにあすみが手伝うという選択肢もあったが、料理の手伝いくらいならともかく、そこまでしてやる義理はなかった。

 

「えへへ、でもみんなが美味しいって言ってくれるのが、なんだか嬉しくって」

「……あっそ。無駄な心配だったわね」

 

 このお人好しめ、とあすみは口の中で呟いた。

 大勢での食事に良い思い出など一つもなかったあすみだが、この騒がしい食事風景は、それほど嫌な気持ちにはならなかった。

 

 サキはスープを口にし、優しげに目を細めた。

 

「腕は変わってないな、かずみ」

「本当?」

「ああ……何一つ、変わってない」

 

 サキの懐かしむような言葉に、あすみはどこか引っ掛かりを覚えるものの、かずみは嬉しそうに頷いていた。

 

 あすみにとって、こんな騒々しい食卓は久しぶりだった。

 擦り切れた記憶の底に似たような思い出はあったが、ここまで遠慮のない距離感ではなかったように思える。

 

 近すぎるそれに戸惑いを覚えるものの、嫌な気分ではなかった。 

 

「はい、あすみちゃん。あーん」

「……あんまり調子に乗ってると、張っ倒すわよ」

 

 浮かれた様子のかずみにお仕置きを下したり、それでもメゲない彼女に根負けして渋々戯れに付き合ってやったり、それを見たプレイアデスの一同が囃し立てたり羨ましがったりと、晩餐は賑やかに進んだ。

 

 そしてテーブル上の料理も少なくなり、そろそろ食事も終わろうかという頃。

 あすみが普段仕事に使っている端末が、あすみだけに聞こえる着信音を鳴らした。

 

 持ち主でなければ聞き逃すだろう音を正確に聞き取ったあすみは、内容を確認するべく席を離れようとする。

 

「あれ? あすみちゃんどこ行くの?」

「……察しなさい、バカ」

 

 意味深に言ってやると、かずみは顔を赤くして謝った。

 

「あっ……ご、ごめんなさい」

「トイレかー?」

 

 ニコの無神経な一言によって、スパーンッと周りから一斉に後頭部を叩かれる音が鳴った。

 それを見届けることなく、あすみは賑やかな食卓から離れ、団欒の場から遠ざかる。

 

 もちろんトイレになど用はないので、二階に上がり自室に入ったあすみは鍵を閉めると、念のため隠密性の高い防諜結界を展開させてから端末を起動させた。

 あすみの魔力を鍵として起動した端末は、魔法のスクリーンをあすみの前に映し出した。

 

 仕事上で使う連絡先の中から、一番重要度の高いアドレスを使って接続する。

 それはあすみの所属する魔法少女結社<S.W.C.>の首魁、【銀の魔女】リンネへ繋がる物だった。

 

 端末に入っていたメールの指示通り、魔法映像による通信が行われる。

 ほどなくして、リンネの姿がスクリーン上に投影された。

 

『やほーあすみん、元気してた? 食事はきちんと取ってる? 今イギリスにいるんだけど、何かお土産のリクエストとかある? 紅茶とティーカップは鉄番だけど、意表を突いてうなぎゼリーとか――』

「……それで、なんの用なの?」

 

 リンネのふざけた言葉は丸ごと無視して、あすみはその目的を尋ねる。

 一見すると無駄な事しかしないように見えるリンネだったが、彼女が普段言っている通り、世界を股に掛けて絶望を振り撒き歩く【銀の魔女】は多忙だ。

 

 だからこのタイミングであすみに連絡を要求したのは、そうするだけの理由があるはずだった。

 案の定リンネは肩を竦めると、あっさりと本題を話し始める。

 

『あ、そう? まぁ大した用じゃないんだけど。

 ――例の護衛の件、もういいから。それを伝えたくてね』

「…………は?」

 

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 そんなあすみの様子を見て、リンネは小首を傾げる。

 

『聞こえなかった? アレの子守はもう止めていいよ、って話。

 目的は達成できたから、あすみんはその街から撤収ね。撒き餌としての役割も果たせたから、あとは勝手に潰しあってくれるでしょうし……あら、どうしたの? 顔色がいつもより悪いわよ? 何か問題でもあったかしら?』

「……あの子は、かずみは……あんたにとって何なの? わたしに守らせておいて、今さら用済みって……」

 

 ふざけるなと叫びたかった。

 だがよくよく考えてみれば、これはあすみにとって好都合なはずだった。

 

 厄介な仕事もこれで終わり。あとはいつもの悲劇を生み出す日常へと戻るだけ。

 今までも、これからも、神名あすみが銀魔女の走狗として生きていく事に変わりはない。

 

 ……なのに、なぜわたしはこんなにも、怒りを覚えているのだろう?

 

 肩を震わせるあすみを、リンネは冷めた目で見ていた。

 

『ふーん……あすみんがそんな<当たり前の事>を聞くのは珍しいわね?

 さっき言ったでしょ、<撒き餌>だって。

 彼女はね、魔法少女達を一箇所に集めるための餌、目印、ただそれだけの役割しか与えていない端役なのよ。

 隠れた魔法少女達を、穴倉から表舞台に引きずり出すための、駒に過ぎないわ。

 目的を果たす前に死なれても困るから、あすみんに護衛してもらったんだけど……もう十分達成できたから、帰還して良いよ。次のお仕事も溜まってるしね』

 

 護衛任務の終了。

 それは本当なら、あすみにとって喜ばしい事のはずだった。

 

 不慣れな仕事に苛立ち、面倒臭さに溜息ばかり零していた。

 そんな不得手な任務が終わるのだ。いつものあすみなら解放された喜びを多少なりとも感じただろう。

 

 けれど現状のそれは、かずみとの別れを意味している。

 

 かずみを狙う魔法少女、ユウリの脅威が間近にある今、あすみが抜けることはかずみの身の危険に直結する。

 

「……わたしがここで手を引けば、かずみは――」

『まあ長くはないでしょうね。物騒な連中も近づいてるから……なに、情でも移ったの? あすみんともあろう者が』

 

 戸惑うあすみを、銀の魔女が嘲笑う。

 

 

 

 

『冗談でしょ?』

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 怒声を上げようと口を開いたあすみだったが、リンネの紅い瞳に射竦められ言葉を失った。

 狂気の渦巻く銀魔女の瞳に、あすみは本能的な恐怖を感じていた。

 

『あなたがこれまで、どれほどの魔法少女達を殺してきたか、忘れたの?

 殺した少女達とあの子、何か違う所でもあるの?

 彼女だけがあなたの特別な理由って、なに?

 あなたの願った<不幸>から、彼女だけを例外にするつもり?

 あなたがこれまでに死体の山を幾つ築いたのか、もう忘れてしまったのかしら?

 ……ねぇ、あすみん。私はね、中途半端が一番嫌いなの。あすみんがあすみんでない、そこらの有象無象と同じ様に日和るなら――今ここで、あなたを処分するわよ?』

「があ!? あ、あぁ……っ!?」

 

 忌まわしき呪縛【聖呪刻印】が青い輝きを放つ。

 ゴスロリ服の隙間から青い光が脈動しているのが見える。

 

 苦悶の悲鳴を上げて蹲るあすみを、端末上からリンネがつまらなそうに見下ろしていた。

 

「……ぁっ……ゃ、めっ……!」

 

 永遠に思える苦痛。

 幾度味わおうとも決して慣れる事のない、魂への懲罰。

 己の魂が軋みを上げる音を、あすみは確かに聞いていた。

 

 ようやく光が収まり、苦痛が遠ざかったあすみの耳に、銀魔女のくすくす笑いが届く。

 

『……なんてね。あすみんは賢い子だから、そんな馬鹿な事はしないもんね? お姉ちゃん信じてるわ』

 

 いっそ優しげな声だったが、それが尚の事恐ろしい。

 額に汗を浮かばせ息を荒げるあすみに、銀魔女は命令を下した。

 

『今夜中にその拠点は放棄して、明朝までに本拠地へ帰還しなさい。次の仕事の指示はそこで下すわ』

 

 あすみは床に視線を落とし必死に頭を働かせるものの、思考はぐるぐると空回りするばかり。

 そんなあすみに痺れを切らしたように、リンネは無機質な微笑を浮かべた。

 

『お返事は?』

「………………は……い。わかり、ました」

『よくできました』

 

 子供がテストで満点をとったのを見る母親のような笑顔で、リンネはあすみに優しげな声を掛ける。

 そのギャップの悍ましさに、あすみは鳥肌が立った。

 

 やはりこの女は、魔女だ。

 

 既に心が、人間を辞めている。

 この魔女と比べれば、あすみの<悪>など小物に過ぎない。

 

 通信を終えた後も、あすみはしばらく動く事が出来なかった。

 乾いた自嘲の笑みを漏らし、暗い瞳で闇を見据える。

 

「……なんて、無様ッ!」

 

 爪が食い込むほど強く拳を握り締める。

 所詮銀魔女の奴隷でしかないあすみにとって、リンネの命令に逆らう事は出来なかった。

 

「……結局、負け犬のわたしに、誰かを守れるはずがなかったのよ。

 誰かを壊して、殺して、不幸にして、呪って。

 そんな薄汚い生き方しかできないヒトデナシ。

 ……そんなわたしが、あの子の傍にいること自体、間違ってた」

 

 ならばそんな自分が誰かの心配をする事は、いっそ烏滸がましいというモノだろう。

 あすみは結局、誰かを不幸にする事しかできないのだ。

 

 

「……………………さよなら、かずみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神名あすみとの通信を終えた古池リンネは、その紅の目を細めうっすらと微笑んだ。

 

「さてさて、彼女はどう動くかしらね? ただの狗のままでいるか、それとも……」

 

 リンネは楽しい事を想像した子供のような笑みを浮かべる。

 

「まぁ戻ってきたら可愛がってあげましょう」

 

 あまり期待していない調子でリンネは呟く。

 もし予想通りに行かなかったとしたら、それは所詮その程度の器でしかなかったという事だ。

 

 人類の背信者は銀の魔女だけで良い。

 神名あすみには別の役割があるのだから。

 

「この物語の主役はあなた達ね」

 

 もっとも、オリ主である私が究極主人公なのは疑いようもないけど……とリンネは冗談めかして嘯いた。

 

 

 

 

 

 

 


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