私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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 お待たせしました。
 ご感想ありがとうございます。執筆の励みになります。
 二章の推敲もぼちぼちやりつつ、亀ペースでも頑張ります。 


第十二話 邂逅、プレイアデス聖団

 

 

「これだけ探して、手掛かりなしか……ッ!」

 

 浅海サキは焦燥に駆られていた。

 かずみの捜索を始めてから、既にかなりの時間が経過している。

 

 今なおその手掛かりすら見つけられずにいた。

 攫われたかずみの安否を心配するのと同時に、サキは犯人への怒りを募らせる。

 

 そんなサキを、若葉みらいは気遣わしげに、宇佐木里実は不安そうに、神那ニコは眠たそうに見ていた。

 サキはこの場にいる仲間の三人に尋ねる。

 

「……ニコ達の方はどうだった?」

「ノン、ぜーんぜん見つからない」

 

 欠伸を噛み殺して言うニコだったが、それをサキは咎めなかった。

 この場にいる誰もが、睡眠時間を削って奔走している事を理解していたからだ。

 

 サキとみらい、ニコと里美、それからこの場にはいない海香とカオル。三つのチームに別れて各々かずみの捜索を行っていた。

 その結果、手掛かりらしい手掛かりも掴めないまま、無為に時は過ぎていく。

 

「あとは海香達か……連絡では何て?」

「定時連絡だと『まだ見つからないから、もう少し捜索範囲を広げてみる』ってさ。うちらの捜索範囲からかなり離れてるみたい」

「……そうか、あの二人にも苦労を掛ける。だが一度、合流を考えた方が良いかも知れないな」

 

 このまま雲を掴むような捜索を続けてしまえば、疲労だけが積み重なっていざという時に動けなく恐れがある。

 この様な時こそ、焦ってはならないとサキは強く自戒した。

 

 本心は今にも発狂しそうな程気が急いでいたが、それを理由に取り乱してもかずみが見つかる訳ではない。

 そんなサキの提案に、仲間達も頷いた。

 

「そうね。かずみちゃんの事も勿論心配だけど、あの二人の事も心配だもの。一度様子を見に行きましょうよ」

「さんせーい。まぁあの二人に限って何かあるとは思わないけどさ。ボク達も合流した方が安心できるってもんでしょ!」

「ん。急がば回れ、油断大敵」

 

 その時、ぐうっと腹の虫が鳴った。

 発生源であるニコは、大きな欠伸をしている。

 

「ふぁ~……それに腹が減っては戦はできぬってね。何か食べてから二人を迎えに行くのが吉でんがな」

 

 こんな時でも変わらないマイペースなニコの様子に、全員が苦笑を浮かべた。

 

「……よし、それじゃあ食事の後、海香達と合流することにしよう」

 

 そう言って、サキはふとしたアイディアを思い付いた。

 暗くなりがちな今の雰囲気を少しは晴らせるかも知れないと、サキはその考えを採用することにした。

 

「せっかくだ。いきなり現れて二人を驚かせてやろう」

 

 サキの提案を聞いて、仲間達も悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 そして二人を見つけ出したサキ達は、そこで思わぬ姿を見ることになる。

 何者かに誘拐されたはずの<かずみ>が、そこに居たのだ。

 

 報告はどうしたと叫びたくもなるが、かずみの無事な姿を見れば些末な問題だと呑み込む事もできる。

 

 だがアレは駄目だ。

 どう考えても見過ごせない。

 

 ――なんで私達の<かずみ>が、見知らぬ魔法少女の傍にいる?

 

「これはどういう事なのか、説明して貰えるかな? 海香、カオル」

 

 もし彼女が件の誘拐犯ならば、ただじゃ済まさない。

 隠しきれない怒りを噴出させるサキを前に、海香とカオルが立ち並ぶ。

 

「……ごめんなさい。連絡を怠ったのは私のミス。言い訳はしないわ。どんな事情があろうと、せめてかずみを見つけた事だけは一報いれておくべきだった」

 

 海香は頭を深く下げて謝罪した。

 事ここに至っては、全面的に自分が悪かった。

 

 勿論、昨夜の時点で連絡を入れようかとも思ったのだが、カオルと話し合った結果、出来るだけサキ達への報告を先延ばしにすることに決めたのだ。

 

 理由の一つは、発見したかずみの様子を見守りたかった事。

 

 記憶喪失のかずみを、いきなりサキ達に会わせることに不安があった。

 報告してしまえば、サキ達は我慢できないかもしれないと思ったのだ。

 

 もう一つの理由は、<神名あすみ>というイレギュラーな魔法少女の存在。

 

 その実力の片鱗だけでも並の魔法少女を凌駕する、敵か味方かも不明な少女。

 彼女の存在の是非を見極めたかった。そして出来る事なら敵にしたくないと思っていた。

 

 戦えば、少なくない犠牲が出るとわかっていたからだ。

 リスクを分散させることで、最悪の事態になり、あすみが敵に回っても海香とカオルだけで被害は収まる。

 

 ジョーカーを招き入れて、プレイアデス聖団の全員を危険に晒したくなかったのだ。

 

 だがそれは、言い換えればサキ達を信用していなかった事と同じ意味を持つ。

 故にここに至って――かずみとあすみ、二人の存在を隠蔽できなかった時点で――海香は自分の失策を認めたのだ。

 

 サキ達の動きが予想以上に早かった事もあるが、そんな事は言い訳に過ぎない。

 

「珍しいな。海香がそんな初歩的なミスをするなんて……」

「海香だけの責任じゃない。私も一緒だ、ごめんみんな!」

 

 海香に続いてカオルも深く頭を下げた。

 仲間二人に頭を下げられ、サキは居心地の悪そうな顔を浮かべる。

 

 サキは持ち前のリーダーシップから、聖団を主導する様な立ち振る舞いをしてはいるが、元々このチームに序列など存在しない。

 

 強いて言うなら<かずみ>こそがこのプレイアデス聖団の中核を担う少女だったが、それを欠いた聖団メンバーにとって、立場は皆同列だった。

 

 対等な仲間二人に真正面から謝罪されてしまえば、それ以上責めるわけにもいかず、サキは後ろを振り返って他の仲間達の様子を伺う。

 

 みらいは先程から見知らぬゴスロリ服の魔法少女を睨んでいる。海香達の事はそれほど気にしていない様子だった。

 

 里美は困った表情を浮かべていたが、二人を許しても良いのではないかと視線を送ってきた。

 争い事の苦手な彼女らしい判断だった。

 

 ニコは皆から一歩引いた場所に立ち、我関せずと頭の後ろに手を組んでいる。

 サキの判断に任せると態度で示していた。

 

 そんな皆の様子から、海香達にこれ以上の叱責は必要ないだろうと判断したサキは、二人のミスを許す事にした。

 

「……まぁ良いさ。ミスだと言うならそれをフォローするのが私達仲間の仕事だ。何故そんなミスをしたのか、詳しい事情は後ほど聞かせて貰うとして。

 ……ただ一つ、これだけは聞いておきたい」

 

 サキはゴスロリ服の魔法少女に視線を向けた。

 かずみを背に隠すように佇み、あたかもサキ達からかずみを守るような姿勢を見せる謎の魔法少女。

 

 事情を知らない部外者が、かずみの仲間であるサキ達を相手に、庇う様な真似をしている。

 

 かずみを守るのはサキ達<プレイアデス聖団>の役目であり、断じて目の前の胡散臭い魔法少女のものではなかった。

 

「そこの魔法少女は、一体何者だ?」

「彼女は――」

 

 海香はこれまでの出来事を説明しようと口を開いたが、それは途中で塞がれてしまう。

 神名あすみが、サキの目の前に進み出た事で。

 

「……本人が目の前にいるのに、わざわざ他人の口から説明させるのは間抜けの所業ね」

「……なんだと?」

 

 敵意を膨らませるサキを、あすみは無感動に眺める。

 

 神名あすみは極めて冷静に、己の中の殺意を解放しようとしていた。

 

 ここまで我慢に我慢を重ね、努めて冷静に場の流れを観察していたあすみだったが、<敵>に容赦するような精神は持ち合わせていない。

 

 彼女達がかずみ達の仲間なのは理解できた。

 だがそんな繋がりなど、あすみにとって考慮する必要のない些事でしかなかった。

 

 今のかずみ以外どうでもいいあすみにとって、以前のかずみの仲間だろうが、立ち塞がるなら塵殺するだけだ。

 

 あすみはかつて、クラスメイトも、親戚の一家も、見知らぬ魔法少女達も、敵ならばその全てを殺してきた。あの忌まわしき銀の魔女を除いて。

 

 利用価値を認めて生かしておいた海香やカオルと違って、この無礼な連中をわざわざ生かしておく理由は欠片もなかった。

 

 特に先程から鬱陶しい視線を向けてくる若葉みらい(ちびすけ)の存在が、あすみの不快感に拍車を掛けていた。

 

「……わたしの名前は神名あすみ。覚えなくても良いけど、かずみの現保護者よ。

 あなた達はかずみの知り合いかしら? 残念だけどこの子、いま調子が悪いから。出直して貰える?」

 

 かずみの手前、綺麗事を口にするものの苛立ちは収まらない。

 あちらもあすみに何を言われた所で、引き下がりはしないだろう。

 

 だからあすみは、モーニングスターを手に取った。

 

「……この提案、嫌だと拒否しても良いけど、その場合物理的に口が開けないようにしてあげる。

 二度は言わないわ。命が惜しかったら――失せろ、カスども」

 

 ありったけの侮蔑を込めて、あすみは吐き捨てた。

 彼女達の事情など知った事か。

 

 勝手に出しゃばって来て、勝手に御託を並べ、勝手にあすみを品定めする。

 

 あすみ一人に対して、人数で勝ると無自覚に主張する傲慢さが鼻に付く。

 あすみにしてみれば魔法少女として大した実力もない癖に、徒党を組んで大きな顔をする、その辺りにいるような魔法少女グループとしか思えなかった。

 

 あすみが何度、その手の連中を殲滅して来たと思うのか。

 明らかな格下相手に舐められて大人しくできるほど、あすみは大人じゃなかった。

 

「あすみ……あなたって子は……」

 

 海香は頭を抱えた。

 せっかく穏便に済まそうという努力も、あすみの発言で全て御破算だった。

 

 そもそもの切っ掛けは海香達の不手際だとはいえ、自分達との初対面の時と同様、酷い喧嘩腰だった。

 さらに最悪な事に、あすみから発せられる怒り具合から察するに、またお茶会して停戦協定を結ぶような流れは絶望的だった。

 

 面と向かって吐かされた暴言に、サキはぽかんと口を開けて唖然としている。

 そんな彼女に代わり激昂したのは、最初からあすみの事を警戒し続けていたみらいだった。

 

 大好きなサキを、あろうことかカス呼ばわりした女など、生かしておく価値もない。

 みらいにとって単純明快な事実に従って、あすみの排除を決行する。

 

「誰がカスだって? お前もう死んじゃえよ――<ラ・ベスティア>!」

「……うざいわね。あなたから死ねば? ――<宵明の星球(モーニングスター)>」

 

 みらいの抱えていたテディベアが、巨大化してあすみへと襲いかかる。

 あすみは即座にモーニングスターで迎撃した。

 

 巨大化したテディベアとモーニングスターが激突する。

 魔法で使役されたテディベアは、凶悪な爪牙をもって強引に星球を薙払い、あすみに食らい付こうとする。

 

 だがあすみの魔法はまだ終わっていなかった。

 放たれた星球が意志を持つかのように虚空を駆け抜け、軌跡となった鎖でテディベアを拘束した。

 

 身動きの取れなくなったテディベアに向かって、蛇が捕らえた獲物を呑み込むように星球が直撃。爆発と共に、中身の綿を盛大にぶちまけて破壊した。

 

「ちっ! <ラ・ベスティア>ぁあああああ!!」

 

 みらいは手持ちのテディベアを無数に分裂させると、今度は圧倒的な物量によってあすみを圧殺しようとする。

 

「……馬鹿の一つ覚えね」

 

 あすみは新しい星球を魔法で生み出し、圧倒的な暴力の嵐によって次々と破壊していく。

 

 

 

 その頃にはサキも我に返り、事態を納めようと行動を開始していた。

 だがその方法は仲裁などではなく、あすみの鎮圧だ。

 

 明確に敵対した魔法少女と自身の信頼する仲間。

 どちらに加勢するのかは明白であり、サキもみらいに加勢しようとする。

 

 それに続くように里美は魔法のステッキを構え、ニコも面倒臭そうにバールを取り出した。

 

 それを見た海香とカオルは、一瞬の迷いを見せたもののあくまで公平に、争いに対する盾となるべく介入しようとする。

 

 だがそんな彼女達よりも早く、争いに割り込んだ少女がいた。

 これまであすみの背中で、大人しく事態を見守っていた少女――かずみだ。

 

 この場にいる全ての魔法少女にとって、守るべき対象である希有な存在。

 記憶喪失の少女は、あらん限りの大声で叫んだ。

 

 

「喧嘩しちゃダメぇぇえええええ!!」

 

 

 飛び出してきたかずみの姿に、ピタリとあすみの動きは止まった。

 同様に、宙を舞うモーニングスターも慣性を無視した挙動で制止している。

 

 その隙にみらいの方も、海香達によって力尽くで抑えられていた。

 離れた場所から一部始終を眺めていたニコが、口笛を吹いてかずみを称賛する。

 

「ヒュー、流石はかずみ。やるぅ」

 

 殺し合う魔法少女達の間に割り込む事は、並の度胸では出来ないことだ。

 魔法という超常の現象同士のぶつかり合いは、下手をすれば命に関わる。

 

 そんな中、この場にいる誰よりも早くその身を挺した。

 無謀や蛮勇と紙一重の勇敢さだったが、ニコにはそれが眩しく思えた。

 

 あすみはモーニングスターの鎖を手に巻き付け、鋭い視線をかずみに向けた。

 

「……そこをどきなさい。たとえそいつ等があんたのお友達だったとしても、わたしの敵なら容赦はしない」

「どうして敵だって決めつけるの! わたしもあすみちゃんも、まだ彼女達の事、なにも知らないのに!」

 

 両手を広げ立ち塞がるかずみを無視し、あすみは通り過ぎようとする。

 

 けれどその歩みは止まってしまう。

 気が付けば、真正面からかずみに抱き締められていた。

 

「……記憶喪失のわたしにも、分かる事はあるよ。

 あすみちゃんお願い。わたしを守ってくれるのは嬉しいけど、誰も傷つけないで。

 そんなあすみちゃん、見たくないよ……」

 

 ――このバカ娘は、一体なにを勘違いしてるのか。

 

 無茶な事を言うかずみに、あすみは呆れてしまった。

 

 幸か不幸か、抱き付くかずみが邪魔で他の連中も手出しできない様子だった。

 サキは海香に、みらいはカオルに羽交い締めにされ止められている。

 

 ギリギリと歯ぎしりする片眼鏡の女や、殺気を止めない凶暴なチビを、あすみはかずみの肩越しに嘲笑ってやった。

 怒りで真っ赤になった連中を内心でせせら笑いながら、あすみは幼子に言い聞かせるように、かずみだけに聞こえるよう耳元で囁く。

 

「……わたしはね。善人と悪人の区別は臭いで分かるわ。アイツ等を生かしておけば近い将来、絶対にあなたの害になる。わたしはそれを見過ごせない」

 

 嗅ぎ慣れたヒトデナシの腐臭が、彼女達の中から僅かに漂っていた。

 誰がどんな理由で、そんなイカレた臭いを発しているのかは知らないし、興味もないが、混入している時点で排除は決定事項だ。

 

 汚物は全て処分しなければならない。

 

 あすみにとって、かずみは呆れるほどバカで、アホで、救いようのないほどお人好しで、考えなしの、脳味噌お花畑娘だ。

 けれど記憶喪失の影響か、その心はあすみが今まで見てきた誰よりも純粋で、居心地の良い物だった。

 

 そんなかずみの世界に、汚物はあすみだけで定員オーバーだ。

 

「……ダメだよ、あすみちゃん。わたしを守ろうとして誰かを傷つけるなんて、そんなの悲しすぎるよ」

「……あなたの為じゃない。わたしの為よ。あなたが気に病む必要はないわ。

 あなたは目を閉じて耳を塞いでいればいい。後はわたしが勝手にやる。あなたが悲しむ必要なんて、どこにもないの」

 

 護衛としてかずみを守るためにも、掃除はきっちりと行わなければならない。

 かずみの為などではなく、ただあすみにとって居心地の良い場所を守りたいが為に。

 

「そんなの、無理だよ。わたしは見なかった事になんて出来ない。あすみちゃんが誰かを傷つけるなら、わたしはそれを止めるよ。

 あすみちゃんは、わたしの護衛なんだよね?」

 

 それは自らを盾にした要求だった。

 やはり最初に躾し損ねたのは失敗だったらしい。

 

 かずみの意志の固さは、その目を見れば嫌でも理解してしまった。

 こういう目をした奴は、たとえ拷問しても最後まで芯が折れない事を、あすみは経験的に知っていた。

 

 魔女にするならこの上なく面倒で、その分エネルギーの回収量も多くなるのだが、まさか護衛対象を拷問して魔女化させるわけにもいかない。

 

 仕方なく諦めて、あすみは自身の武装を解除する。

 モーニングスターが跡形もなく消え去っていった。

 

「…………はぁ、あなたってバカな上に頑固よね」

「むぅ、わたしバカじゃないよ! それに頑固って、あすみちゃんには言われたく……いひゃいいひゃいぃぃほへんははいぃぃ!?」

 

 あすみは問答無用でかずみの頬を抓り上げた。

 バカ犬娘はきちんと躾る必要がある。

 

「放してくれ海香! 見ろ! かずみが危ない!」

「……あー、あれはその、いわゆる一つのスキンシップ? あの子も手加減してるし、心配ないわよ」

 

 相変わらず過保護ねぇ、と呆れる海香。

 シスコン、という言葉が海香の脳裏にチラついた。

 

「カオル放して! あいつぶっ飛ばせない!」

「……こっちはこっちで凶暴だし。その、なんだ……あすみの口の悪さは海香とタメ張るくらいだから、あいつの暴言は水に流して貰えない?」

「やだ!」

 

 子供か! と呆れるカオル。

 そりゃ確かに子供だけど……と妙な納得をしていた。

 

 彼女達から離れた場所にいる里美が、同じように距離を取っているニコに話し掛けた。

 

「ニコちゃんどうしましょう? 私達置いてけぼりだわ」

「べつに良いんじゃなーい? 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら動かなくて済む方がエコだよね、常識的に考えて」

「わりと酷い事言ってるわよね、それ」

 

 さらりと仲間達を阿呆呼ばわりするニコに若干引きながら、里美は混沌とする場を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 かずみの説得と、海香とカオルの体を張った仲裁に、どうにか落ち着いた頃には、かずみ達はボロボロになっていた。

 

 あすみの処遇については、かずみが信頼している事から、サキ達も様子を見守る事となった。

 もやもやとしたものを感じなくはなかったが、かずみがそこまで庇うのなら、と数名ほど歯軋りしつつも引き下がる。

 それでも釘を刺すことは忘れない。

 

「……かずみが君を信頼するというのなら、私も君を信じよう。

 だが変な真似をしたらただじゃ置かないからな」

 

 ……何様のつもりだコイツ。

 あすみは青筋を浮かべ戦闘を再開しようとするが、袖を掴むかずみの存在がそれを抑止していた。 

 

「あすみちゃん……」

 

 上目遣いで悲しそうな顔を浮かべるかずみは、かなり鬱陶しかった。

 苦々しい思いで、あすみは自らの激情をどうにか抑え込む。

 

「……はぁ、わかったわよ。あなた達の事、取り敢えず保留にしとくわ。

 だけど妙な真似をしたら今度こそ排除するから、そのつもりで」

「あ”?」

 

 ヤクザ顔負けの脅し顔を浮かべるサキを無視し、あすみは自身の主張を押し通す。

 どちらが上の立場なのか明確にされていない所為で、両者の視線は刃物のように鋭いものとなっていた。

 そんなサキの背中から、みらいが顔を出した。 

 

「お前、やっぱり死ねよ。殺すぞ」

「……殺す殺すと、言うだけなら誰でも出来るわね。クソガキ」

「お前の方がガキだろ!?」

「……これだから見た目で判断するしか能のない馬鹿は。いっそ教育してあげましょうか?」

「うっさいチビ!」

 

 プチンと、あすみの中で何かが切れた。

 何が苛立つかといえば、チビにチビ呼ばわりされる事だ。

 

 ちなみに客観的な事実からすれば、かずみも含めた三人はほぼ同じくらいの背丈だったりする。

 あすみは光彩を失った瞳で振り返ると、背後のかずみに向かい低い声で呟いた。

 

「……ねぇ、かずみ。やっぱりコイツ等処分しない?

 なんだか生かしておくだけで、わたしのソウルジェム、濁りそうなんだけど?」

「あすみちゃんどーどー! ほら、子供のワガママを受け止めるのも大人なレディーの条件だよ! ……たぶん」

「誰が子供だ! このバカ!」

「いたっ!? 何この凶暴な子は!?」

 

 ぽかりとみらいに叩かれた頭を抑え、蹲るかずみに、あすみは慈愛の笑みを浮かべて囁いた。

 

 苛立ちが一周回って、笑顔に変わってしまったらしい。

 それは見る者を恐怖させるオーラを纏っていた。

 

「……ほら、やっぱり殺しましょうそうしましょう。

 かずみもコイツ殺したいわよね?

 ……大丈夫よ、トドメはあなたに譲ってあげるから」

「なんだと!? 返り討ちにしてやる! かかってこーい!」

「もー! 二人とも、なんでそんなに仲悪いのー!?」

 

 あすみとかずみとみらい。

 少女達の中でも低身長な面々が、揃って騒いでいるのを眺めていたニコが、ぽつりと呟いた。

 

「……お子様トリオ結成だな」

 

 海香は頭を抱えていた。

 

「頭痛い……いずれにせよ、かずみのお陰で争いは回避できたわ」

「回避、できたのかなぁ?」

 

 とてもそうは見えないけど、とカオルは素手で掴み合いを始めたあすみ達を眺めていた。

 間に挟まれたかずみが、酷くボロボロな姿になっていた。

 

「ふぇ~ん! ……もうこうなったら、わたしも容赦しないんだから!」

 

 ついに我慢の限界を迎えたらしいかずみが参戦したことで、よくわからないキャットファイトが始まった。

 そんな三人が酷い格好となるのに、そう時間は掛からなかった。

 

「……ぷっ」

「あはは!」

 

 それを見て海香が吹き出し、カオルは腹を抱えて笑った。

 釣られるようにニコもにやにやと笑い、里美はくすくすと微笑んだ。

 

「……まったく、仕方ない奴らだ」

 

 サキは苦笑を浮かべながら、みらいを猫のように引き剥がすと、憮然とした表情を浮かべるあすみへ告げた。

 疑念や蟠りがなくなったわけではないが、それでも<客人>として迎え入れる為に。

 

「ようこそ、神名あすみ。我ら<プレイアデス聖団>一同、歓迎しよう」

 

 仏頂面で仕方なさそうに頷くあすみに、サキは苦笑を浮かべた。

 

「ほら、あすみちゃん。こんな時こそ笑顔だよ!」

「……うざいわね、やめなさいよ」

 

 無理矢理笑わせようとしてくるかずみを、あすみは鬱陶しげに引き離した。

 いつしかあすみの周りには、笑い声が溢れていた。

 

「おいおい、随分賑やかじゃねえか」

 

 少女の物ではない、低い声が掛けられる。

 あすみがその持ち主を探ると、猫のような生き物がすぐ近くにいた。

 

 

 

「チャオ! お遊戯の時間はおしまいだぜ、星座の姐さん方!」

 

 

 

 どこか見覚えのある生き物が、あすみ達の前に現れた。

 

 ――ズキリと、あすみは微かな頭痛を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ:閑話① 堕ちた茨姫


 欧州のとある街中での未明。
 歴史だけが取り柄の古びた街並みを、深い霧が一寸先も見通せぬほど白く染め上げている。
 そんな濃霧の中、迷わぬ足取りで一人の少女が街の教会を目指していた。

 翠色の修道服に似た衣装を着た少女は、柔らかな微笑を浮かべたまま魔法を展開し続ける。
 少女――魔法少女によって引き起こされた霧は、一分の隙もなく街を呑み込んでいた。

 既に作戦は開始され、そして終了している。
 司令官たる少女は、彼女の主の与えた命に従い配下の人形達を操る。

 集積場として指定した礼拝堂に足を踏み入れると、この街を拠点にしていた魔法少女達が磔にされ、集められていた。
 
 何も知らない無垢な少女達は、それぞれ苦悶の顔を浮かべながら深い眠りに落ちている。
 その足元には、主から少女の部下として与えられた人形達が待機していた。

「……欧州の魔法少女も、案外大したことないのね」

 填められた指輪が、翠色の魔力を放っている。

 ――禁呪<茨姫(Sleeping Beauty)>。

 この街を覆う呪われた霧によって無力化された魔法少女達は、いまなお無抵抗のまま囚われの身となっていた。
 彼女達が目覚めることは、もう二度とないのだろう。

「――転送<シルバームーン>」

 磔にされた魔法少女達は翠色の魔力光に包まれ、その身を魔法で遥か遠くの地下都市へと転送される。
 その光景はあたかも天に還ったかのように幻想的だったが、行き先はそのままの意味で地の底だった。

 銀魔女の築いた巨大な地下都市では、魔法少女達を随時受け入れている。
 彼女達のその後の運命は、銀魔女とそれに従う狂人達に委ねられていた。

 それを思えば、行き先はやはり地獄なのだろう。

 少女――アイナは、十字を切って微笑む。

「……さあ、次の街へ向かいましょう。
 我らが主様の喜びの為に」

 アイナと同じ銀魔女の人形達が無言で肯定を示し、その背に追従する。
 邪悪の使徒は静かに世界を侵食していた。




NG集:その頃の自称オリ主様

あすみ「こいつはくせぇ、ゲ〇以下の匂いがぷんぷんするぜぇ!」
リンネ「ッ!? わ、私のあすみんはそんな事言わない!」
あすみ「ヒャッハー! 汚物は消毒だァ!」
リンネ「……よかった、あすみんはあすみんだった」
Qべえ「わけがわからないよ」



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