私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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お待たせしました。
まったり亀更新ですが今後共よろしくお願いします。


第十一話 宵明の星球

 

 

 

 あすみのドレス試着後、少女達はショッピングを再開していた。

 海香が撮影した写真を巡って一悶着あったものの、概ね平穏な休日を過ごしている。

 

 海香はどこかやり遂げた表情を浮かべていたが、その横顔をあすみが半目で睨んだ。

 撮影データは既に自宅のパソコンに転送済みだと言われ、そのうち家ごと粉砕してやるとあすみは内心で物騒な決意をしていた。

 

 それ以外では和やかな雰囲気のまま、かずみが匂いに釣られたのを切っ掛けに屋台売りのアメリカンドッグを揃って買い求めたりもした。

 そんな風に四人で食べ歩きながら談笑していると、不意にかずみの足が止まった。

 

「なにこれ……もの凄く嫌な感じがする。昨日の悪魔と同じ!」

 

 ぞわっと髪の毛を逆立てて、かずみは悪寒のする方へと走り出す。

 その先に昨夜現れた<悪魔>がいることを何故か確信していた。

 

 明確な根拠などない。

 だが直感的な閃きが確信となってかずみを突き動かしていた。

 

 ――街中であんなバケモノが暴れたら大変!

 

 かずみは急いで現場へ駆けつけようとする。

 だがその疾走は、十メートルも進まないうちに止まってしまった。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 何かに足を取られ、ビタンッとアスファルトに五体投地した格好となる。

 見ればかずみの足元には、無骨な鎖が巻き付いていた。

 

 鎖を辿っていった先には、背筋が凍えるような冷笑を浮かべている少女、神名あすみがいた。

 

 あの見ているこちらが幸せになりそうな、そんな素敵な笑顔を浮かべていた者と同一人物だとはとても思えない、陰湿な笑みだった。

 

「……一人でどこへ行くつもりなのかしら。やっぱり飼い犬には首輪が必要? ならこの鎖でいいかしらね?」

 

 あすみの手にはメイスが握られている。

 魔法で具現化する際に普段のモーニングスターから鉄球部分は取り外していた。

 それはあすみなりの思いやりと優しさだったが、その些細な気遣いは誰にも気付かれる事はなかった。

 

 かずみは頬を膨らませる。

 

「あ、あすみちゃんひっどーいッ! わたし犬じゃないよ!」

「……ふーん? まぁ確かに。犬ならもっと聞き分けがいいかもしれないわね。これは躾ける必要があるのかしら?」

 

 ぷんすか怒ってみせるかずみに、あすみは酷薄に口端を歪めてみせた。

 どう見てもサディストのそれだった。

 

 先ほどとはまた違う種類の悪寒がかずみを襲ったが、今は一刻を争う焦燥感がそれを打ち消してくれた。

 

「昨日の悪魔の気配を感じたの! だから行かないと!」

「でもジェムには何の反応もないわよ?」

 

 海香が自身のソウルジェムを確認して言う。

 この近くで魔法的な働きがあるのなら、ジェムによって感知できるはずだ。

 

 それがないということは、この近くに脅威は潜んでいないことを示している。

 けれどかずみには別の感知方法があった。

 

「でもマイ探知機に反応があるもん!」

「……マイ探知機?」

「これ!」

 

 そう言ってかずみが指さしたのは、彼女自身のアホ毛だった。

 予想外の指摘に、あすみ達は一瞬笑えばいいのか悩んだ。

 

「妖○アンテナ……?」

 

 いや、この場合は悪魔アンテナか……とカオルが呆れたように呟く。そのうちかずみの目玉から親父でも出てくるのだろうか。

 

 かずみ渾身のギャグという可能性も考えたが、彼女のどこまでも真剣な顔を見ていると、どうやら本気なのだと理解してしまった。

 困惑する彼女達に、かずみは意を決して告げる。

 

「あんなのが街中で暴れたら大変だよ! だから行かないと!」

 

「……はぁ」

 

 あすみは盛大な溜め息をついた。

 また馬鹿娘が、馬鹿な事に首を突っ込もうとしている。

 

 他人の事なんて放っておけばいいのに。

 そうしないのは魔法少女の幻想を信じているからなのか、あるいは彼女の性根があすみとは違う善人だからか。

 

 何はともあれ、あすみ達を襲った連中の正体を突き止めなければならないのも確か。

 そう考えればかずみの行動もあながち間違いではないだろう。

 

 あすみはそう自分を納得させた。

 

「……いいでしょう。だけど一人で行く必要はないんじゃない? ここにはあなた以外にも魔法少女が三人もいるんだから」

「あっ……!」

 

 忘れていたとばかりに目を見開くかずみに、今度こそあすみ達は呆れた視線を向けた。

 恐る恐る見上げたかずみの目には、力強い笑みを返す仲間達の姿が映っていた。

 

「わたしと一緒に、戦ってくれる……?」

「ええ、もちろん!」

「とーぜん!」

 

 むしろ置いて行ったら怒るから、と海香とカオルは笑う。

 

 そして最後に残ったあすみに視線が集まった。

 

「……前にも言ったかもしれないけど、もう一度だけ言ってあげる」

 

 かずみは目覚めてから最初に出会った少女を見つめた。

 記憶喪失のかずみにとって、今ある記憶の始まりからずっと傍にいてくれた少女。

 

 ぶっきらぼうで、意地悪で、たまにとても怖く感じる事もある。

 そんな少女だけど。

 

 

「わたしは、あなたを守るためにここにいる」

 

 

 実は優しくて。

 意外と面倒見も良くて。

 

 とても温かな笑顔を浮かべる事ができる。

 そんな素敵な女の子なのだ。

 

 ――本人は絶対に認めないだろうけど。

 

「……だから、あまり馬鹿な事はしないで頂戴ね。面倒見切れないから」

 

 でもやっぱり意地悪だ、とかずみは笑った。

 それを見てあすみは不愉快そうに鼻を鳴らす。

 

「……変な奴ね。さっさと行きなさい。居場所が分かるのはあなただけなんだから。ハリーハリー」

「なんかそれ、犬扱いっぽいわね」

「ならかずみは柴犬だな、犬種的に」

「あら、私はチワワだと思うけど?」

「……わたし的にはトイプードルね。玩具的な意味で」

「わーん、みんなのイジワルー!!」

 

 泣き真似をしながらも、隠しきれない笑みを浮かべてかずみ達は駆け出す。

 相変わらず嫌な気配はなくならなかったが、かずみの胸中にはもう一抹の不安もなかった。

 

 何故ならかずみには、背中を追いかけてくれる頼もしい仲間達がいるのだから。

 

 

 

 

 色彩豊かなショッピングモールから抜けだし、無機質なビルが立ち並ぶ商業区を走り抜けるかずみ達一行。

 

「こっち!」

 

 かずみが迷いなく路地裏へ飛び込むと、あすみ達もそれに続いた。

 この頃にはもう誰一人かずみの<マイ探知機>を疑う者はいなかった。

 

 しっかりとした足取りでかずみは突き進む。

 果たして、そこには悪魔が確かに存在していた。

 

 だがその奥には、悪魔の親玉とでも言うべき異形の化け物も佇んでいる。

 

『GRU……RA……』

 

 悪夢に出てきそうな崩れた異形の化け物は、かずみ達が現れたのを見て体をくねらせた。

 

「なにこれ……昨日の奴と違う……」

 

 肉の溶けたスライムのような体を変形させ、化け物は槍のような触手で攻撃してくる。

 瞬時に魔法少女へと変身したかずみ達は、散開してそれを避けた。

 

 海香が化け物を睨みつけて叫ぶ。

 

「かずみ! それは――そいつは<魔女>よ!」

「……魔女?」

 

 首を傾げるかずみに、そういえば説明していなかったかと海香は苦い顔を浮かべた。

 

「魔女は私達魔法少女の不倶戴天の敵! 本当はあの<悪魔>の方がイレギュラーで、私達本来の敵はそいつみたいな<魔女>なのよ!」

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 その瞬間、金切り声と共に<魔女>が結界を展開する。

 常世の世界が閉ざされ、狂った世界観へと取り込まれる。

 

「な、なにここ……どこなの?」

 

 突然見知らぬ場所へ放り出されたかずみは、口を半開きにして呆ける。

 あすみは舌打ちした。

 

「……まずいわね」

 

 そこは荒野だった。

 黒い太陽が輝き、血のような雲が空を流れる。

 骨を砕いて出来たような白い砂塵が舞う中、あすみ達を取り囲むように無数の悪魔達が佇んでいた。

 

 ――何かが……いや、何もかもがおかしい。

 

 海香は油断なく悪魔の軍勢を見据えながら、目まぐるしく思考を加速させた。

 

 あの悪魔は魔女の使い魔だったのか?

 違うはずだ。感じる魔力も別系統の物、親と子の関係でもある魔女と使い魔のような類似性は皆無だ。

 

 なぜあの魔女は結界に籠もらず姿を晒していた?

 取り囲まれた現状から考えると、何者かの罠に嵌まったと考えた方がいいだろう。

 もし誘い出されたのだとしたら、かなり危険な状況だ。

 

「もしかしなくても、今すっごく絶体絶命(ピンチ)?」

 

 かずみが状況を端的に言い表した。

 

 四人は互いに背中を合わせ、四方を囲む悪魔達を警戒する。

 そんな多勢の無勢の状況の中、あすみは一歩だけ前進した。

 

「あすみちゃん?」

「……疲れるからあんまりやりたくないんだけど、仕方ないわね」

 

 あすみはモーニングスターを真上へと投擲する。

 凶悪な鉄球は鎖がピンと張りつめた所で制止し、猛烈な勢いで回転を始めた。

 

 あすみの魔法が発動する。

 

「<棘針地獄(クレイモア)>」

 

 直上で滞空した鉄球から無数の棘が射出された。

 直下のあすみ達以外を無差別に穿つ鋼鉄の豪雨。

 

 僅かに抵抗したかに見えた悪魔達だったが、物量によって押し切られ全身を針鼠へと変えていく。

 傘の下にいるあすみは粗方の敵が沈黙したのを見取って、鉄球の回転を止めた。

 

 残ったのは、しぶとく身動ぎしている親玉の魔女が一体のみ。

 あすみはトドメとばかりに更なる魔法を発動させた。

 

 

「<宵明の星球(モーニングスター)>」

 

 

 重力を味方に付けた星球は、再び凶悪な棘と回転を伴って魔女に直撃、同時に爆発してその身を粉砕する。

 流星を思わせる一撃の後、砂塵の収まった場所にはクレーターだけが残された。

 

「……意外と脆い。まぁ底が見えたらこんなものかしら?」

 

 海香の見つけた弱点を考慮して魔法を行使した所、あの無駄に頑丈だった悪魔も形無しだった。

 

 一撃の威力よりも手数を増やして広範囲に殲滅するのがベストらしいと、あすみは手応えを確かめる。

 

 余談だが<棘針地獄(クレイモア)>や<宵明の星球(モーニングスター)>といった魔法名は銀魔女が名付けた物だったりする。

 

 地獄のような銀魔女指導の教練で刷り込まれてしまった結果だった。

 だからこの手の魔法を使うのは精神的に疲れるため、あまり使用したくはなかった。

 

 魔女を倒したことで結界は解け、景色は再び元の路地裏へと戻る。

 

 ほっと一息つくかずみだったが、ビルの影から何者かがこちらを観察していることに気付く。

 金髪のツインテールに、挑発的な紫色の衣装を身に纏った少女。

 

 

 見知らぬ魔法少女が、その姿を現していた。

 

 

「あ、あの子……!」

 

 金髪の少女はかずみ達に冷たい視線を送ると、その身を翻して立ち去った。

 まるで、この場にもう用はないと言わんばかりに。

 

「ちょっと待って!」

「……待つのはあなたよ」

 

 追いかけようとするかずみだったが、あすみに引き止められてしまう。

 

「どうして!? あの子絶対何か知ってる、追いかけないと……!」

「……わざわざ姿を見せてから逃げたってことは、追いかけろってことよ。罠や伏兵の可能性を考えなさい」

 

 あすみは険しい視線で謎の魔法少女が立ち去った後を睨んでいた。

 あすみ一人なら罠ごと粉砕するつもりで追い掛ける選択肢もあったが、それを認めるかずみ達ではないだろう。

 

 この場であすみが動けばかずみ達も付いてくる。

 ならばかずみの護衛として、深追いは避けたかった。

 

 さっきの戦闘であすみの魔法を覗き見された可能性は極めて高いが、切り札は未だ温存したままだ。

 殺す機会はまたやってくると、銀魔女の猟犬としてのあすみは冷静に思考していた。

 

「確かに……ならあの金髪の魔法少女が悪魔達を操っている黒幕なのかしら?」

「わざわざ姿を見せるところが怪しいよな」

 

 あすみの考えに海香達も頷く。

 相手の目的は不明だが、少なくとも味方ではない。

 

 ならば次に姿を見せた時に無力化すればいい。

 質問はその後でじっくりとやれば何も問題はないだろう。

 

 あすみの<質問>を受けて、最後まで息があるかは不明だが。

 

「……まぁどの道、素直に追いかけさせては貰えないみたいだけど」

 

 あすみ達の前に、懲りもせず悪魔達が再び姿を表した。

 

 足止めのつもりだろう。

 謎の魔法少女と連携した悪魔達の一連の動きに、やはり彼女こそがこの悪魔達を操っている黒幕だと確信していた。

 

 あすみはモーニングスターを構える。

 

 魔女の結界は既に解かれていた。

 こんな市街地で先程のような、広範囲に被害を与える魔法行使は流石に躊躇われる。

 

 そんなあすみに、海香達が声を掛けた。

 

「ここは私達に任せてもらいましょうか。あなたばっかり良いとこ見せるのはズルいわよ」

「そうそう、ここはお姉さんに任せなって」

 

 カオルの何気ない発言に、魔法少女となって以来成長の止まってしまったあすみは、青筋を浮かべるものの辛うじて堪えた。

 

 下らない意地を張っても見苦しいだけなのは自覚していた。

 銀魔女の狗になってから早数年、あすみの姿は契約時から停まったままだった。

 

 銀魔女の呪いか、あるいはあすみ自身の問題か。

 どちらにせよ死んだように生きているあすみにとって、死体のように成長しない自分の身体の事なんかどうでも良かった。

 

 魔法少女を殺し続け、いつか殺される運命のあすみに未来なんてないのだから。

 

「わたしも頑張るよ! あすみちゃん!」

 

 そんな無表情の裏に隠されたあすみの思いとは裏腹に、かずみ達は眩しい笑顔を浮かべる。

 

「……そう、なら任せたわ。せいぜい無様を晒さないように気をつけなさい」

「言ったな!」

 

 やる気に満ちた顔でカオルがニヤリと笑う。

 だがかずみ達が迎え撃とうとするよりも早く、聞き覚えのない声が唱和した。

 

 

「「「「<エピソーディオ・インクローチョ>!!」」」」

 

 

 突如現れた巨大な魔法陣は悪魔達をまとめて拘束し、地に這わせる。

 

『ABRACA――』

 

 拘束を食い破ろうとする悪魔達よりも早く、ターゲットポイントが悪魔達の頭部を狙う。

 

「「「「<フィリ・デル・トアノ>!!」」」」

 

 その詠唱を皮切りに、悪魔達の頭部が次々と爆破されていく。

 精密な狙撃により拘束された悪魔達は物言わぬ骸へと変えられ、やがて灰となって消えていく。

 後には歪な種のような物だけが残された。

 

 突如現れ、悪魔達を倒したのは四人の魔法少女達だった。

 

 乗馬服を着て片眼鏡(モノクル)を掛けた魔法少女が、怜悧な視線を逸らさずにあすみを警戒していた。

 その傍らにはステッキを持ったピンク髪の魔法少女が控え、モノクルを掛けた女同様あすみを警戒している。

 

 猫耳を付けた魔法少女が猫の頭を付けた悪趣味な杖を構え、飛行士のようなゴーグルを頭に被った魔法少女は後ろ頭に手を組み、茫洋とした目であすみ達を眺めていた。

 

「ようやく見つけた……かずみ」

 

 先頭に立つリーダー格らしいモノクルの少女が目を細め、親愛の眼差しでかずみを見やる。

 だが一転してあすみを見る視線はひどく冷たく、その視線はあすみの嫌な記憶を思い出すのに十分な敵意が込められていた。

 

「……これはどういう事なのか、説明してもらえるかな? 海香、カオル」

 

 彼女はあすみを無視して、海香達に問い正す。

 どうやら彼女達はかずみ達の関係者らしい。

 

「…………なに? こいつら」

 

 あすみは苛立ちとともに、小さく舌打ちした。

 

 

 

 




小ネタ:オリ主成分が圧倒的に足りない(本日の厨二病)

スライム魔女「これぞ我が固有結界<悪魔の軍勢>!」
リンネ「なにそれかっこいい……!」

 だが瞬殺。雑魚だった。

リンネ「スライムぅううううううう!!??」
あすみ「……馬鹿じゃないの?」

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