『ねぇ、キリサキさんって知ってる?』
ネオンの明かりが綿のように揺らめく夜の街並み。
肌寒い夜風にコートの裾を靡かせ、フードを目深に被った人影が高層ビルの屋上に佇んでいた。
こぼれ落ちる銀色の髪と、わずかに見える横顔からは泣き黒子が見える。
『誰それ? 私の知り合いにはいないけど』
銀髪の少女は、ビルの眼下に展開された魔女の結界を見下ろす。
少女が手を伸ばせば虚空から魔法の剣が現れ、その手に握られた。
カッターを思わせる鋭利な刃。
鍔部分には円盤が刃を挟むように存在し、そこには勾玉の形をした文様を囲むように五つの円が描かれていた。
『違うよ、噂話。最近流行ってるの』
タンッと軽やかに跳躍し、少女はビルから飛び降りた。
目指すは魔女の結界。
内部では既に魔法少女が魔女と戦っていた。
人類が歴史を刻むその裏側で行われる、幾度も繰り返されてきた戦い。
此度の魔女と魔法少女の戦いは、魔女側が優勢だった。
まだ経験の浅い魔法少女は、魔女の攻撃に対応出来ずじりじりと追い詰められていく。
そして背後が疎かになったところを、魔女の使い魔が襲いかかった。
「しまっ――きゃあ!?」
「<炎装・
絶体絶命のピンチを救ったのは、フードを被った少女だった。
『あたしの聞いた話ではね。夜一人で歩いていると、突然鈴の音が聞こえてきて』
凛と鈴の音が鳴る。
銀髪の少女は手にした剣で使い魔を一掃し、憎しみの叫びをあげる魔女と対峙する。
焔が踊った。
「<炎舞>」
気が付けば魔女は切り刻まれ、その肉片は炎に焼かれて消滅していった。
助けられた魔法少女は、その圧倒的な力に息を呑む。
比べようもないほどの実力の差を、さまざまと見せつけられた。
恩人となった見知らぬ魔法少女は、尻餅を付いたまま呆然とする少女へ問いかける。
『どこからともなくコートを着た女が現れて、名前を聞いてくるの』
「……ねぇ、あなたの名前、教えて?」
フードが降ろされる。
そこから現れた怜悧な美貌に少女は息を呑むものの、一転して柔らかな微笑を浮かべて見せる<彼女>に、少女は安心して自らの名前を告げた。
恩人である彼女に、少女は笑顔で握手を求める。
同じ<魔法少女>という仲間であり、助けてくれた恩人に対する無垢な信頼が、その笑顔にはあった。
「助けてくれて、ありがとう!」
「……ええ」
銀髪の少女は、その笑みから目を逸らすように顔を伏せる。
手にした剣が静かな炎を纏った。
「……さよなら」
その言葉を最後に、助けられた少女の意識は暗転した。
首なき死体がどさりと崩れ落ちる。
鮮血を撒き散らし、生首が転がった。
地面に転がる少女の顔には、きょとんとした不思議そうな表情が浮かんでいた。
『それに答えると殺されちゃうんだって。刃物でズタズタにされて』
『それで<切り裂き>さんってわけね』
――学生達の間で囁かれる、とある都市伝説。
その真実を知る者は<魔法少女>以外には存在しない。
殺人を犯した魔法少女は、殺した少女の名前を紙片に綴り心に牢記する。
紙片はお守りへと納められ、髪留めとして結えられた。
死んだ魔法少女のソウルジェムを回収すると、残されたのは学校の制服を着た首なし死体とその生首だけとなった。
周囲には胸焼けするような濃い血臭が漂っている。
「お疲れ、
そこへ新たな魔法少女が現れた。
ココア色のショートカットヘアをした少女は、鴉のような漆黒の魔法少女衣装を纏い、先端が十字に象られた錫杖を背負っていた。
漆黒の魔法少女は、首なし死体を見て眉を顰める。
「にしても……スズネちゃんはどないして、いつも死体をそのままにしとくん? 騒ぎになるのは目に見えとるやろ? まーた連続殺人云々で世間が騒ぐで?」
生まれも育ちも関東であり、自他共に認めるエセ関西弁使いの少女――
「……残された人が無駄な希望を持たないために。
せめて身体だけでも、家族の元に返してあげたいから。
たとえそれが絶望でしかないとしても……待ち続けるのは、辛いから」
魔法少女の死体は滅多なことでは残らない。
なぜなら魔女との戦いに破れればそのまま結界の中を彷徨うことになり、自らが魔女になった場合も同じだからだ。
魔法少女達の戦場は現実とは異なる場所にある。
故に、死ねば人知れず幽世の世界に葬られるのが宿命と言えた。
そんな魔法少女として死んだ者を家族に持つ遺族達。
死んだ少女が大切であればあるほど、いつまでもその帰りを待ち続け、心身を摩耗させていく。
そんな悲劇を思えば、スズネのそれはせめてもの優しさなのだろう。
絶望ではあるが、それも一つの結末だった。
もっとも、殺した張本人であるスズネがそれを認めることなど有り得なかった。
悲劇を作り出した悪鬼が<優しい>など笑わせるだけだ。
マッチポンプ、偽善、独りよがり。
そう自覚していてもなお、スズネは自らの行為を止めはしない。
この世界に<魔法少女>という存在がある限り、悲劇の連鎖は終わらないのだから。
だけど、せめて死した後は<普通の少女>として家族の元に帰らせてあげたかった。
そんなスズネの想いを知るオウカは、困ったような苦笑を浮かべる。
――うちらのリーダーは、ほんまに不器用やなぁ。
「やったら、もうちょい優しく殺してあげたら良いんちゃう? 首ちょんぱとか、グロすぎやで」
「……苦痛を感じさせずに殺すには、あれが一番だと聞いた」
「時代小説の読み過ぎやな。まぁ、それがスズネちゃんの優しさゆうんなら、そうなんやろなぁ。でも遺族には恨まれるで? どう見ても他殺やし」
「……私達は正義の魔法少女なんかじゃない。恨んでくれるなら、それで構わない」
「そらごもっとも」
ジト目で睨んでくるスズネに、オウカは肩を竦めて応える。
恨まれることも憎まれることも承知の上。
正義を語ることは許されず、それでも使命を果たし続けなければならない悪鬼の群れ。
魔法少女が魔女を生むなら、その全てを滅して見せよう。
許されぬ悪を行い、世に蔓延る邪悪を抹消する。
そして全ての魔女と魔法少女が死に絶えた暁には、自らの
「なぁ、スズネちゃん。うちを殺す時は、変な気遣いせんでもええから。
スズネちゃんに殺されるなら、それだけでうちは幸せもんや」
「……わかった。その時が来たら、あなたは必ず私が殺すから」
スズネの誓いを聞いて、オウカははにかんだ笑みを浮かべた。
傍目からは殺人宣言を聞いて喜ぶ変態みたいだと、我ながら思わなくもないが。
それでもオウカは嬉しかった。
「うちらは死人みたいなもんや。そんなんでもな、スズネちゃんだけがうちらに残された希望や。それに託して逝くゆうのも、悪くないわな」
片手で足りる程度の人数しかいないがオウカを筆頭に、スズネの理想に賛同し文字通り命を掛けている者達がいた。
――
復讐の女神達の名を自らに課した彼女達は、<銀の魔女>によって誕生し、その討伐を掲げる魔法少女集団だった。
「……それで、あの女の行方は掴めたの?」
「あー、流石に本命はさっぱりや。せいぜい<使徒>がうろちょろしとるのが確認できたくらい。
って言っても木っ端もええとこやけど。この辺りじゃ流石に<刻印持ち>は確認できへんかったしな。
まぁ連中の相手は体力的にも精神的にも疲れるから、いないに越したことはないんやけどなぁ」
「……いつかは殺す相手よ。遅かれ早かれでしかないわ」
「せやな。まぁ親玉殺せればいっちゃんええんやろうけど、それは高望みし過ぎやしなぁ」
「結局、目ぼしい情報はなかったの?」
「いんや、ちょいと捕まえた木っ端はんにお話聞いたんやけど、刻印持ちで例の<狂気使い>がこの近くにいるらしいで?」
その捕まえた者がどういう結末に至ったかなど、スズネはわざわざ確認などしない。
少しでも銀魔女に関わる者ならば、どんな相手だろうが始末するのが彼女達にとって当然の事なのだから。
オウカの言葉に、スズネは自身の記憶から対象の情報を引き出す。
「……確か<精神攻撃魔法>を使う子だったわね」
「そうそれや。結構な大物やけど、どないする? なんか今あすなろ市にいるらしいわ。
あれやね、観光名所やし遠足かなんかやろか?」
「まさか。連中の目的なんて、どうせろくなもんじゃないわ」
「ほんなら?」
「ええ、私達もあすなろ市へ向かうわ。クスハ、アヤセ……それからノゾミにも連絡を。
――魔法に関わる者、その全てを殲滅するわ」
「了解や」
颯爽と歩くスズネの背を追いかけながら、オウカは空を見上げた。
ビルに埋め尽くされ角ばった空には、僅かな星明かりすらも見えない。
それでもオウカは微笑む。
「……ええ夜やね」
光などいらない。
ただ闇があればそれでいい。
なぜなら彼女達は紛れもない<暗殺者>なのだから。
街の灯りに背を向けて、少女達は夜闇へと消えていった。
――数時間後。
連絡の途絶えた魔法少女結社<S.W.C.>構成員の消息を追っていたシノブとサリサは、とある廃墟でその目的の人物を発見することに成功していた。
とは言え、目的の人物は既に死体だったのだが。
別に保護するのが目的ではないので失敗ではないっスよ、などとシノブはお気楽に思う。
隣では死体を前にサリサが十字を切っていた。
例の如く、銀魔女へその御霊を捧げる悪徳の祈りだった。
そんな二人の前にはかつて人間だったらしい死体があった。
原型を留めていないため、そうと知らずに見なければ理解できないだろう。
そんな有様の死体を目の前にして、シノブはわざとらしい悲鳴をあげる。
「うっひゃー、悲惨っスねぇ。仕事柄スプラッタは見慣れてると思ってたんスけど。これはもう、一種の芸術じゃないっスかね?」
「死体に芸術云々を求めるなです。そんなサイコな趣味、私にはねーですよ」
コンクリのキャンパスに殺意のデッサンで彩られた血と肉。
これを行った者は間違いなくイカレているとシノブは直感していた。
シノブも似たようなことはするが正直拷問よりも戦闘の方が好みであるため、それほど無力な存在を痛めつける行為に熱心ではない。
かといって心が痛むかと言えば、そんなことは全くないのだが。
スリル満点のバトルならばともかく、ともすれば単調になりがちな作業はシノブの好みではないのだ。
サリサにしても普段の行いは宗教的意味合いが強い。
全ては彼女の信じる神の為の行いであり、そこにあるのは神への純粋な奉仕活動だ。
故に、迂闊にも敵性戦力に殺された間抜けが相手であろうとも、サリサは慈悲を持ってその死を悼むことができた。
その弔いが救いなき邪神への供物であることを知るシノブにとっては、ドン引きな光景だったが。
最近では慣れてしまっている自分に気づき「自分はノーマルっスよ」などと一人ごちていた。
軽口もそこそこに二人は遺留品を回収し、魔法を使って死体の事後処理を行う。
魔法少女の不始末は魔法少女が始末する。
真っ当な神経を持つ者ならば、死体をそのままにして世間を騒がせるような真似は避けるべきだった。
「にしても、これでまた販路が一つ潰されたわけっスね。我が社の特製<ポーション>の販売員がこうも潰されまくると、ノルマが処理できないんじゃないっスかね? 別にうちらの担当じゃないっスけど」
「私達は粛清が専門ですから。逃亡者や裏切者の処分、それに普段の狩りならばともかく、薬の売買なんて知らねぇですよ」
「そっスよね。ネトゲじゃバフ系のアイテムガブ飲み上等っスけど、現実じゃやる気になんねーっス。そうするくらいなら普通にレベル上げて物理で殴った方が楽っスからね」
「……流石のゲーム脳です。呆れて言葉も出ねーですよ」
ここ最近、組織の構成員が何者かに襲撃される事件が相次いでいた。
恨みを買うような覚えは多々あれど、早々討ち取られるようなレベルの低い者ばかりではない。
最下級の<使徒>――組織内での通称<ポーション売り>ならばともかく、シノブやサリサ、その上司である神名あすみと同じ粛清部隊――<刻印持ち>にも被害が出ている異常事態だ。
残留した魔力パターンを端末で読み取りアーカイブへと登録する。
読み込みにはしばらく時間がかかるため、シノブは相棒へと尋ねた。
「で、この犯人って例の奴らっスか?」
「恐らくそうでしょうね。手口からして<討伐指定・特A級>の【魔法少女暗殺者集団<エリニュエス>】のメンバーでしょう。私達よりよほど拷問の仕方が手馴れてます」
「あれっスよね。うちらみたいな粛清部隊を“返り討ちにして”そのまま逃亡したっていうすんげー連中っスよね? 魔法少女としてはうちらの大先輩だとか?」
シノブの言葉に、サリサは重々しく頷いた。
「かつて尊き主の
「シスターは厳しいっスね。私としてはその連中が強敵であることに期待してるっスけど」
「はいはい。まずは獲物を見つけてからです。そしたら好きなだけバトルして下さい。あなたのそういうとこ、もう諦めましたから」
「おお、シスターが理解力のあるパートナーでチョー嬉しいっス! やっぱり肉を切り骨を断ち魂を引き裂く闘争は最高っスよね!」
「知るかボケ、です。残留魔力から追跡を開始しますよ。ほら、パターンを照合するの手伝ってください」
「らじゃっス。狗は狗らしく、獲物を追いかけるっスよ」
銀魔女の猟犬は鼻を鳴らして獲物を追い掛ける。
その顎が食らいつくまで、狗達の追走は止まらない。
すずね☆マギカから主人公参入。
オウカはまたもリリなのキャラモチーフ。
二人とも魔改造済み。
今更かもしれないが、あえて言おう。
カオスであると。
ちなみにリンネとスズネのビジュアル(顔)はほぼ同一設定(蛇足)。
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