突然ですが、私はいまフルボッコにされかけています。
相手は見知らぬ魔法少女二名。
場所は廃ビルの中という殺人には良い場所だった。
お互い魔女の反応を察知してやってきたのは良いものの、魔女の前に同業者に出くわしてしまってさあ大変。
「ちょっとあんた、どっか行ってくんない?」
「ここうちらのシマだし、よそもんはどっか行ってろよ」
と、あまりにも明け透けなジモティばりばりの縄張り根性を見せつけられ、思わず鼻で笑ってしまい。
「あら、このビルはあなた達のマーキング場所だったの? 持ち主の許可なく粗相するなんて、レディとして恥ずかしく思わないのかしら?」
気付けば思いっきり挑発してしまった。
口は災いの素ですね。
微塵も後悔してないけど。
それで相手はぷっつん切れてしまったらしく、今時の魔法少女らしいすぐに切れる二人組が、私に襲い掛かってきたというわけだ。
まったくこんな軽いジョークにも対応できないだなんて、社会性が欠如していると言わざるを得ないな。
「ちょこまか逃げ回ってんじゃねぇよ雑魚が!」
「大人しく死んでろっての! マジうざい!」
まったく反撃しない私を、手も足も出せない弱者と判断したらしい。
彼女達は苛立ちも露わに単調な攻撃を仕掛けてくる。
相手の青色魔法少女は近接型、黄色魔法少女は遠距離型と、コンビとしての相性はまあまあ良さそうだった。
けれども類は友を呼んだのか、似たような思考をしているせいで二人もいるのにその利点がまったく生かせていない。
仲間というより、ただつるんでいるだけなのが目に見えて嫌になる。
私が彼女達の指導者なら、お仕置きが必要なレベルだろう。
この程度なら生まれたての弱い魔女なら倒せるだろうが、熟れた魔女が相手だと少々厳しい。
ある意味魔法少女としては平均的なのかもしれないが、私にとってあまり魅力的な人材ではなかった。
容姿もそこそこ可愛いのだろうが全然食指が動かない。
私の嗅覚にも引っかからないなら、中身も凡俗の域を出ないのだろう。
潜在的な能力値の伸びしろも大したことなさそうだし、これ以上彼女達を野放しにするのはエネルギーの無駄だと結論を下す。
というか純粋な戦闘型ではない私を相手に、五分と三十二秒から現在進行形で傷を与えられない記録を重ねている時点で、期待外れも良い所だろう。
例えばアリスほどの戦闘力があれば、今の私を瞬殺できるわけだし。
彼女達と私のアリスを比べること自体が間違っているのかもしれないが、私が想定している水準を大幅に下回っている事は確かだった。
単調な鬼ごっこも飽きてきたし、分析も終わってしまった。
特殊なスキルも持っていないようだから、本当にハズレを引いてしまったらしい。
私も運が悪い。
「もらった!」
「やった!」
「いいや、やってない」
私の残した幻影を切り裂いて喜色を浮かべる二人組に対して、私は失望しか浮かばなかった。
「あなた達の能力はだいたい分かったわ。残念だけどハードコースで当たることにするわね」
私の僅かながらにある良心からの宣告は、あまり真面目に受け止めて貰えない様子だった。
「はぁ? なにわけわかんないこと言ってんの? あんた馬鹿じゃない?」
「くすくす、そんなはっきり言ったら可愛そうじゃない。ちょこまか逃げるしか能がないから、せいぜいハッタリかますしかできないんでしょ」
無能もここまでくると哀れだな。
まぁ、調子に乗って貰った方が都合が良いのは確かなのだが。
ため息を吐くと、私は指揮杖を一振りした。
「青色の剣は黄色の腕を切り落とす」
黄色の魔法少女が、怪訝そうな顔で私を見ていた。
それより後ろを気にした方がいいと思うけど。
「なにを言って――ぎゃあっ!? なに!? なにしてんのよあんた!」
「ち、ちがっ! 体が、体が勝手に!?」
出来の悪い操り人形が一体、かつて仲間だったものに襲い掛かった。
「という言い訳で、常日頃からとてもウザい勘違い女に、青色は良い機会だから一発お見舞いしてやろうと思ったのでした」
自分の気持ちを素直に話せない、シャイな青色魔法少女の心を代弁してあげた。
すると恩知らずにも青色は怒声を発した。
「勝手なこと言うな! これはテメェの仕業か!」
「はあ、そうなんですか? 勝手に仲間割れして、責任転嫁ですか? まあ私の仕業なんですけど」
「ふざけんな! あんたが!」
黄色魔法少女が、手にした魔法のボウガンで私を攻撃してくる。
もちろん私には盾があるので、それを使った。
生きた青色の盾だ。
私の前に急に引っ張られてきた青色は、迫りくる矢に顔面蒼白になっていた。
「や、やめ! ぎゃああああああああ!?」
放たれた矢は急には止められない。
雨に打たれるような鈍い音とともに、青色の前面はハリネズミとなっていた。
お陰様で私は無傷だけど。
「そ、そんな……ごめん、わたし、わざとじゃ……」
「いっそ敵ごと殺せれば万々歳。盾になるような間抜けが悪い。あーあ、これで逆恨みされてもちょーめんどいし。でもバカだから謝っとけばそのうち忘れるよね、とか思ってますよきっと」
「勝手なこと言わないで! 嘘だからね!? わたし、わざとじゃないからね!」
「黄色が否定すればするほど、内心が透けて見えるようです。あなた達、実はお互いの事が嫌いでしょ? 実力が近くて手頃にいたからつるんでるだけで、代わりがいればポイできる程度じゃないんですか? だって普通、仲間に切りかかりますか? 仲間を矢で射ぬきますか? バカでもしないことは自明のことでしょう?」
「それは、あんたが操ったからじゃない!」
黄色が叫ぶが、あんたが言うな。
黄色にはなにもしていない。あんたのはただの自爆だろうに。
「魔法で軌道を逸らすくらいしなよ。咄嗟にできなかった? それともしなかったのかな? 少なくとも私には、あなたが何もしようとしなかった様に見えたけどね」
「…………ほんとう、なの?」
青色が絶望した表情で、仲間であるはずの黄色を見ていた。
その顔には「裏切られた」とありありと書かれている。
アホの子ですね、この人。
そんな青色の疑惑の視線に、黄色は取り乱した。
ハリネズミ状態の人の視線は、もはや恐怖でしかないのだろう。
「ち、違う! 違うの! 騙されないで! そいつがわたし達を惑わせようとしてるのよ!」
まったくもって正解だけど、だからどうしたと答えてやろう。
私は指揮杖を振りかざし、虚構の説明をする。
「種明かしすると、私の魔法はただの暗示です。しかも大きな欠陥があって、本人が望んでいないことはできないんですよね。だから死ねとか暗示をかけてもまったく効きません。でも青色さんの場合、仲間を切ることは簡単にできたようですね。どうしてですか?」
私がそう言うと、彼女たちは互いに探るような視線を交わし合ったまま、沈黙してしまった。
なんでこんなのに引っかかるんでしょうかね?
全部嘘に決まってるのに。
上手な嘘は真実を織り交ぜるらしいが、逆に全部が嘘だとどれか一つは真実なんじゃないかと錯覚するようだった。
つくづくアホらしいと思った。
敵を目の前にして、フリでもなく本当に疑心暗鬼に陥るとは。
幻覚系の能力を持った魔女が相手だったら、同士討ち確定ですよこれは。
全身ハリネズミとなって動けない青色とは違い、黄色はわずかに後ずさりして逃げる素振りを見せた。
その逃げ道を、私は言葉で塞いでやる。
「逃げますか? あなたが逃げたらこの人、殺しますよ? 無抵抗ですから簡単に処理できますけど、どうします? こんなバカ仲間じゃないって言うんなら、どうぞ行ってらっしゃいませ。
青色さん、残念でしたね、黄色さんはあなたのこと、大嫌いだったみたいですよ?」
私は青色にかけた<支配の魔法>を強化させた。
取りあえず痛覚は完全に消去して、自由に口を動かせるようにする。
すると、壊れたように青色は喋り始めた。
「そっか、そうだったんだねアンリ、あたしのこと、邪魔だったんだ」
「なに言ってるの!? ミライのこと、邪魔だなんて思ったことないよ!」
なんだか私を置いてけぼりにして、二人は安いドラマを演じ始めた。
ずっとそれを眺めるほど私も暇ではないので、唯一の視聴者兼自称監督として茶番を打ち切ることに決定。
具体的には、青色の両手両足を物理的にちょんぎっただけなんだけど。
「ぁ、ぁ、あああああ!!」
全身からドクドクと血を流しながら呆然とする青色。
彼女の髪飾りとなっているソウルジェムが、急速に濁っていく。
それを見て、私は良いペースであることを確認していた。
「ミライ!? きさまぁああああああああ!!」
黄色が怒りで威力の上昇した魔法を、力任せに放ってくる。
私は青色の首を掴んで振り回し、無数の矢を迎撃した。
炎の矢が混ざっていたらしく、肉の焼ける匂いがする。
なんだかとってもデジャビュな気持ち。
「ああああ!? ミライ! ミライ! わ、わたしはまた!?」
懲りない奴。
本当に青色を殺したかったのか? と思わず疑いたくなるほどだ。
「攻撃を受けて気が付いたのだけど、あなた自分の魔法を途中で変更できないのでは? 私が紙一重で避けても、何も手を加えませんでしたし。
遠距離型なら追尾するなり爆発させるなり、魔法を付与するのは基礎的な技術だと思ってたんですが……直線に飛ばすしか知らない人って、ホントにいるんですね。よく今まで生きてこられたと感心します」
「あ、あんた……まさか最初からそれを狙って!?」
狙ってはいたけど、それに気づかない黄色のお花畑具合は予想外だったよ。
「とはいえ二度も仲間を射るとは。予想以上の無能ですね。
あなた、絶望的なくらい魔法少女に向いてませんよ」
黄色の胸元にあるソウルジェムもまた、急速に穢れに侵食されていった。
獲物が豆腐メンタル過ぎて、お仕事が楽なのは良い事だ。
私は青色が出血死しないよう、魔法で血止めをする。
魔女に転化するまで生きてればいいので、修復とか無駄な事はしない。
魔法少女の体は魔法の通りが良く、治癒しやすい。
大した魔力を使うこともなく出血は止まった。
一方の黄色は何を絶望したのか、自らの頭をボウガンで貫こうとした。
だが死ぬのはまだ早いと、慈悲深い私はお友達と同じように彼女をダルマにしてあげた。
魔法で生み出した糸は便利だ。
普通の糸みたいに絡まったりしないし、その気になれば半端ない強度にもなる。
まぁ手慰みに使っている程度なので、私のメイン武装というわけじゃないのだが。
人形の操り師として、糸で戦うくらいはできないと駄目だろうと、一昔前に思ってから使い始めている。
私は銀色の魔力を紡いで、糸を生成する。
それを使って拘束したダルマさんを仲良く並べると、魔法で杭を作り出した。
もちろん、串刺しにするために。
彼女達にはまだまだ絶望が足りない。
死なない程度に、もっともっと苦痛を与える必要がある。
「絶望しなさい。それだけがあなた達に残された、唯一つの救いとなるでしょう」
信じる者は救われない私の言葉をどう受け取ったのか、拷問を始めてしばらくすると二人は仲良く魔女へと転化した。
今回は肉体、つまりハードへのダメージを重点的に与えたけど、本来ならもっと高度で精密に、精神的に絶望させた方が都合が良い。
なぜならその場合綺麗な死体が残るので、抜け殻としてそれなりに利用価値があるからだ。
今回の二人組は死体を再利用する気にもなれなかったので、なるべく多くの魔法を使わせ精神にダメージを与え、肉体を完膚なきまでに破壊することになった。
ハードコース、つまりは肉体破壊ありありの絶望プランのことだ。
ソフトの方がスマートなので出来るだけそうしたいところだが、あまりよく知らない相手だと絶望させるのも一苦労なのだ。
今回は相手がアホだったから良かったものの、練達の魔法少女相手なら私程度の詐術は通用しないだろう。
まぁそうなったらそうなったで、打つ手など幾らでも用意しているわけだが。
私は、予め結界内に封じていた覚醒寸前のグリーフシードを再凍結させた。
私の手の中で、ガラス状の結晶の中にグリーフシードが封印されているのが見える。
グリーフシードの<凍結>は、キュゥべえから提供された技術の一つだ。
こうして凍結されたグリーフシードは、それ以降一切の変化が起こらない。
魔女に孵化寸前のグリーフシードでも、凍結中は決して魔女にならないのだ。
今回の一件の種明かしをすれば、彼女達は私の用意した餌に食いついた、ただの雑魚に過ぎなかった。
励起状態のグリーフシードを使った偽の反応に引き寄せられ、それに引っかかった獲物を私が捕食する。
その有様は、まさに自然界の摂理を思わずにはいられない。
弱肉強食という奴だ。
そして私は、魔法少女のなれの果てと対峙する。
彼女達のソウルジェムがグリーフシードへと相転移し、醜悪な二体の魔女へと変貌していた。
だが小粒な種から孵った果実など、まるで歯応えがない。
ましてや孵化したばかりのヒヨコなど。
新米魔法少女だって楽に倒せるだろう。
「アリス、掃除をお願い」
私の言葉に黄金の魔法少女が応える。
私の愛しいお人形――アリスが風となって私の目の前に現れ、黄金の剣を一閃させる。
金色の煌きが、仲良く結界内に潜り込もうとする魔女達を捉えた。
光の結晶が室内に降り注ぐ。
それは魔女達が灰に変わった物だ。
黄金の光は魔女を白い灰へと変え、グリーフシードだけを残して痕跡を消滅させた。
転化させるまでの苦労に比べて、魔女を始末するだけのお仕事は楽で良い。
ぶっちゃけた話、現場の魔法少女組合より管理職のインキュベーター社の方がブラック認定間違いなしだった。
もしもキュゥべえに感情があったなら、ストライキが発生してもおかしくないとすら思えるほど。
同情はこれっぽっちもしないが。
私は頼りになるアリスに抱き付いた。
鎧越しだったが、アリスの華奢な体躯は非常に抱き締めやすかった。
「アリスは良い匂いがするなー。まあそれは置いとくとして、今回の悪役ぶりはちょっと微妙だったかな? 向こうが大根役者だったってのもあるけど。
もっと小物臭漂う小悪党を目指すべきか、あるいは黒幕的な存在を目指すべきか。
いやはや、人類の敵も奥が深いね」
私は、アリスにお姫様抱っこされながら廃ビルを後にした。楽ちん楽ちん。
ちなみに今回回収した☆は、一つどころか半分にも満たなかった。
手間の割に効率の悪い釣果で残念な限りだ。
今現在私の住むマンションは個人で住むには広い間取りだったが、魔法少女関係の様々な機材や物資、そしてアリスがいるため少々手狭になっている。
料理上手なアリスの作った夕飯を食べ終えた私は、それらの問題を解決することに決めた。
「やあ、今日も順調にエネルギー回収に励んでいるようだね」
デザートのプリンを突いていると、丁度良い所に白まんじゅうことキュゥべえが現れた。
「定給制じゃなくて歩合制だからね。稼ぐなら動かなきゃいけないのよ。
あなたもどこからか見てたんでしょうけど、今日の獲物は正直微妙だったわ。魔法少女業の成果の方が高いくらいよ」
「今日だけで魔女を三体も倒しているんだから、きみは魔法少女として別格の強さだと言ってもいいだろうね。少しばかりズルい気もするけど」
そう言って、キュゥべえは私のアリスを見た。
なにか文句でもあるのかしら?
「効率的に行うことを、ズルいと言われるのは心外だわ。まぁあんまり種元を減らすのもつまらないし。この街にはまだ当分残るつもりだから、ほどほどに抑えることにするけどね」
「きみのことだ。その間になにか面白いことをする気なんだろう?」
その確信する口ぶりに、私は微笑みで答えた。
「当たり前でしょ。それで差し当たっては取引と行きたいんだけど」
私はキュゥべえに希望する物を告げた。
持ち運び可能な秘密基地が欲しい。できる限り広ければなおよい。叶わずとも拡張空間を内包した魔法具、ないしはそれが実現可能な技術が提供されれば、後はこちらでやろう。
交渉の結果☆二つの対価で、私は私の望むような箱庭を一つ貰えることになった。
少々割高な気もするが、それだけの価値があるのだと思うことにする。
そしてキュゥべえから渡されたのは<黒い箱>だった。
継ぎ目の一切見えないオーパーツ独自の異様な気配があると思うのは、提供元を知っているからこその偏見だろうか。
魔法と同じように想像を元にデザインや機能を拡張、改良できるらしいので、しばらくは箱庭作りに手がかかることになるだろう。
「リンネ、きみはどこまで行くつもりなんだい?」
キュゥべえにしては、珍しく漠然とした問いかけだった。
だから私も漠然と答えた。
「どこまでも。ただ宇宙の平和のために」
それは素敵なことだとインキュベーターは言う。
嬉しそうなのは演技なのだろうが、歓迎すべき言葉だと思ったことに違いはないだろう。
「デザート食べてく? アリスの作るプリンは至高の一品よ」
「料理なんてエネルギーの無駄遣いだけど、食べられないわけじゃないからね。ありがたく頂くことにするよ」
一人で食べるデザートは味気ないと思っていたところだ。
この際、一言多い宇宙生物だろうが許容範囲内だろう。
その後、私はキュゥべえから近場の魔法少女達の情報を提供された。
もしやプリンのお礼のつもりだろうか?
それはないと断言できるのが、キュゥべえがキュゥべえである由縁だろう。
ともあれ、アリスに給仕されながらキュゥべえと仕事の話ができたので、その日の晩餐は有意義だった言える。
今日の厨二病
リンネ「残像だ(キリ」