「……はぁ」
あすみは深々と溜め息を付くと、侵入者の二人組と向かい合う。
足下には蓑虫と化したかずみもいた。
そのかずみのお陰で戦いの雰囲気は既に霧散してしまい、この何ともいえない微妙な空気の中で戦えるほど、あすみは道化を気取るつもりはなかった。
もしこの場にいるのがあすみではなく、例えば部下のシノブだったならば空気を読まずに戦うだろうし、サリサならばその狂った信仰心によって迷わずその使命を果たしただろう。
銀魔女の狗としては彼女達の選択こそが正しいのだろうが、<神名あすみ>という魔法少女は銀魔女に心から服従した覚えなどなかった。
既に下されてしまった「かずみを守れ」という命令以外、銀魔女の意に背く形になったところで、むしろざまあみろと腹の底から笑い飛ばせるのだ。
だからあすみは、これから行う事が銀魔女に対する子供じみた意趣返しであると自覚しながら、目の前の二人組に告げた。
「……戦いの空気じゃないわね。仕方ないわ、お茶にしましょう」
普段のあすみなら決して選択しないだろう一手。
銀魔女の掌から逃れるための布石。
「……はい?」
そんな気まぐれと紙一重なあすみの提案に、戦闘態勢に入っていた二人組は間の抜けた声を発した。
「……あなた達が言葉の通じる<人間>なら、会話くらいできるんでしょう? それとも問答無用で殺し合う?」
別にわたしはそれでも構わないけど……とあすみが言うと、オレンジ頭の少女――カオルが慌てて手を振る。
「ちょ、ちょっと待って! そりゃ、話し合いができるならそっちの方がいい。詳しい話も聞きたいしな」
「それが罠ではない保証があるなら、私も構わないわ」
カオルが好意的な笑みを浮かべるのとは対照的に、怜悧な目をした少女――海香は疑いの目であすみを見ていた。
つい先ほどまで、殺し合い寸前まで場が張りつめていたのだ。
その反応は、当たり前といえば当たり前だろう。
だがそんな気持ちを慮ってやるほど、あすみの性格はよろしくなかった。
「……残念だけど、わたしは臆病者を安心させる言葉なんて知らない。それにあなた達如きに罠を張るほど、落ちぶれてもいないわ」
いっそ傲慢なほどの自信が、その言葉には込められていた。
たとえニ対一であろうが、あすみならば簡単に勝利できると。
それを聞いた海香の額に青筋が浮かび激昂しかけるものの、カオルが慌てて「まあまあ」と抑えていた。
クールな見かけによらず気は短いようだ。
海香は頭に見えない角を生やしながら、刺々しい声で言う。
「なら、ご招待されましょうか。これでも味にはうるさいのよ。毒と間違うような物は出さないで欲しいわね」
「……当家ご自慢の水をご所望なのかしら。あすなろ市の誇る百パーセント水道水でも飲んでなさい」
牽制ともいえる海香の皮肉に、あすみは「なら水でも飲んでろ」と応じた。
カオルはそれを見て意外と気が合いそうじゃん、と内心では思っていたが、言えばまた海香の頭に角が生えるので、その言葉は胸の内にしまっておく事にした。
海香達にしてみても正体不明の魔法少女――あすみと事を構えるのは避けたかったのだろう。
一時的な停戦に双方合意したところで、あすみ達は屋敷の中へと向かう。
その途中、あすみはふと何かを忘れているような気がした。
「むー!!」
その答えは、背後から聞こえる唸り声が教えてくれた。
「……ああ」
うっかり
いっそこのまま庭に転がしておこうかとも思ったが、話の焦点となるかずみがいなければ分からないこともあるだろうと、仕方なくかずみの拘束を解いてやる。
「ぷはー! あー、苦しかった。もうあすみちゃんってば、ひっどーい!!」
「……うるさいわね。やっぱりもう一度転がして」「なんでもないです! サー!」
かずみもある程度、あすみの対応について学習したらしい。
思わず敬礼をしてみせるアホの娘に呆れながら、あすみ達は屋敷へ戻っていく。
だが途中、かずみの足は何かに引き止められたかのようピタリと立ち止まった。
あすみもそれに釣られて振り向いてみたものの、最後尾である二人の後ろには誰もいない。
かずみのアホ毛が、なぜか風もないのに揺れていた。
「おーい、何してんだー?」
「あまり待たせないでくれるかしら?」
先を行く二人に急かされ、あすみはじっと夜闇を見つめるかずみの手を引く。
「……なにしてるの? あなただけお菓子抜きにするわよ?」
「わわっ、ちょっと待ってー! それだけは勘弁してー!」
ほんの些細な違和感は、そのまま霧散していった。
かずみが振り返った先を仰ぎ見れば、欠けた月が浮かんでいるのを目にしただろう。
それに重なるように、あすみ達をずっと観察している者がいた。
その者は空を駆ける闘牛の背に腰掛け、縞タイツを履いた両足をぶらぶらと宙に揺らしている。
まるで童話の世界から抜け出して来たかのような佇まい。
少女が一人、月夜の空にいた。
彼女は謡う。
「ハンプティ・ダンブティ、堀のうえ。
ハンプティ・ダンプティ、落っこちた」
大胆に布地の開いた挑発的な衣装を身に纏った少女は、機嫌良さそうに童謡を口ずさむ。
だがその瞳はどこまでも剣呑な光を発していた。
首から下げた金色のスプーンが、月明かりを反射して輝いている。
「王様の馬、家来の全てがかかっても、
ハンプティを元には戻せない」
ガチャリと、少女は両手に持ったニ挺拳銃<リベンジャー>を交差させた。
とんがり帽子から流れ出る金髪のツインテールを夜風に靡かせ、彼女はニィっと唇を三日月形に割る。
「……見ぃーつけた」
少女は、チェシャ猫のように笑った。
あすみにとっては不本意極まりない突然の来客ではあったものの、用意が良いと言うべきか茶菓子に困ることはなかった。
銀魔女が用意したであろう、あすみ一人では絶対に消費しきれない菓子類の量を見て、どこまであの女の予想の内なのか疑問を抱く。
まるでどこまでも銀魔女の掌の上にいるような錯覚すら覚えてしまう。
保護対象であるかずみの分込みで用意されていたのか、それとも――。
考えれば考えるほど深みに嵌っていく。
それに気付いたあすみは思考を中断し、まずはテーブルに人数分のお菓子と紅茶を用意することにした。
茶菓子に選んだのは、中でも一番長持ちしなさそうなバームクーヘンだった。
他はクッキーやビスケット、板チョコなど保存が効きそうな物だったが、箱入りの生菓子は早めに処分したかったのだ。
特にあすみはバームクーヘンがあまり好きではなかったので、この機会にさっさと消費してしまおうという思惑もあった。
食べていてパサパサと喉が渇くところが、あすみは嫌いだった。
とは言え、それは本当に美味しい物を知らないが故の偏見でしかなかったが。
「いっただっきまーす!!」
満面の笑みを浮かべてかずみはバームクーヘンをパクついていた。
この突発的なお茶会において、かずみはムードメーカーとして大いに役立っていた。
あすみだけだったならどこまでも殺伐としたお茶会になっていただろうが、かずみのお陰で雰囲気が大分柔らかいものになっていた。
海香達は始めのうちこそ中々茶菓子に手を出さなかったが、それを目敏く察したかずみが食い意地を見せて「食べないならわたしが食べる!」と突撃したため、その勢いに流されるままに口にしていた。
一口食べると、海香とカオルは驚きの表情を浮かべた。
「あら、美味しいわねこれ。どこのお店?」
「……さあ? そういえば箱があったわね。見る?」
「ええ、ありがとう。……これ確か、テレビで見た有名店の――」
「おいおい、そんなこと気にしてる場合じゃないよ海香。早くしないとかずみに全部食われるぞっ」
「美味しいは正義だよ!」
夕飯を食べ終えたばかりだというのに、かずみの小柄な体のどこにそれだけ入るのだろう。
あすみは見ているだけで胸焼けしそうだった。
「……わたしの分もあげるわ」
「わぁっ、いいの!? ありがとうっ、あすみちゃん!」
さり気なく自らの分を処理しつつ、あすみは何気ない顔で紅茶を口にする。
そういえば銀魔女の人形の一体にやたらと紅茶を上手く淹れる個体がいたな、と不意に思い出した。
彼女の淹れた物と比べれば、あすみの紅茶など色の付いた水のようなものだろう。
別にこのままでもあすみは全く構わないのだが、それでもなんとなく敗北感を覚えるのが、己の器の小ささを示しているようで不快だった。
一同が一息ついたところで、海香が改まった口調で話し始める。
「さて、まずは軽く自己紹介でもしましょうか。私は御崎海香。かずみの友達よ」
「同じく牧カオル、よろしくな!」
何をよろしくするのか分からないが、カオルは見るからに体育会系な感じがして、あすみとは気が合いそうにないことだけは分かった。
海香に至っては第一印象から最悪で、あすみとは絶対に気が合わないと確信していた。
そもそも気の合う人間など、あすみが魔法少女になってから一度も出会ったことなどない。
仕事上の付き合いはあれど、私的に仲良くするような面子は存在しなかった。
唯一、変態女がストーカー気味にアプローチしてきているが、あれと仲良くするくらいなら、いっそ自らに魔法を掛けて精神死した方がマシだ。
もっとも刻印のせいで出来ないだろうが。
「ふぇ?」
肝心のお友達であるかずみといえば、鳩が豆鉄砲を食らった時のような顔をしていた。
その口端には食べ滓が付いたままだ。
「わたしのお友達?」
どうやらかずみはこの二人に見覚えがないらしい。
その事を察したあすみは二人にその証を求める。
「……一応、証拠はあるのかしら? 本当かどうかは知らないけど、このバ……この子は今、記憶喪失らしいから」
「ねぇ、いまバカって言おうとした?」
「……黙ってなさいバカズミ」
「もっとヒドい!?」
そんな遣り取りを尻目に、予め用意していたのか海香はある物を差し出した。
「証拠ならあるわ。ほらこれ」
そう言って差し出されたのは一枚の写真。
そこでは三人の少女が仲良く写っている。
もちろん写っているのはかずみと海香、カオルの三人だった。
写真の中の少女達は、それぞれ楽しげな笑顔を浮かべている。
あすみはその写真をかずみに見せた。
「……何か思い出したことはある?」
「うーん、ちょっと思い出せないなぁ。でもこの写真を見る限り、二人がわたしの友達だっていうのは間違いないね!」
お気楽な様子のかずみは無視することに決め、あすみは鋭い視線を二人に向けた。
普通に考えるなら証拠としては十分なのだろうが、生憎と普通じゃない手段には大いに心当たりがあるのだ。
「……この程度の写真、いくらでも偽造が可能なことくらいそちらも分かっていると思うけど。まぁ疑えばキリがないから、これで認めてあげるわ」
魔法という手段さえあれば、こんな写真一枚の信憑性など皆無だろう。
それでも認めなければ話は進まないし、正直あすみにとって真実などどうでもよかった。
銀魔女の計算を狂わせることを画策しているあすみにとって、イレギュラーはむしろ歓迎すべき事だからだ。
「あら嬉しい。認めてもらえるだなんて感激だわ」
茶化すような口調で、海香がニヒルな笑みを浮かべる。
見つめ合う二人の視線はどんどん冷え切っていき、さっきまでの和やかなお茶会の雰囲気など、どこにもなくなっていた。
「……もしかしてあなた、自殺志願者? 死にたいなら手伝ってあげましょうか?」
「生憎と、私は長生きする予定よ。こう見えても作家なの。最低でも今連載している作品が終わるまでは、読者のためにも死ねないわね」
「……それが未完の大作にならないことを祈るわ。案外その方が喜ぶ人も多いんじゃないかしらね?」
「もー! 二人ともっ、喧嘩はダメだよ!」
互いに冷笑を浮かべ、今にも掴み合いになりそうな険悪な雰囲気を察したのか、かずみはテーブルに乗り出して二人の間に割り込んだ。
頬を膨らませて仲裁に入るのはいいが、かずみの右手にはバームクーヘンの刺さったフォークが握られたままだった。
その頬に入っているのは怒りではなく、食べ残りか何かだろうか。
「……喧嘩しているように見えた?」
「軽い会話よ」
「えぇ!?」
そんな二人の返答に、カオルは苦笑していた。
「なんだかんだ言って息ぴったりだよな、二人とも」
その言葉を聞いたあすみは鼻で笑い、海香は「冗談」と肩を竦めてみせた。
「それで、結局あなたの目的は何なの? かずみをどうするつもり?」
「……別に。どうにもしない」
あすみは淡々と言葉を紡ぐ。
「……わたしはただ、この子を守れと命じられた。それ以上の事に興味はないし、どうでもいい。
あなた達がかずみを傷つける気なら二度と立てないくらいに痛めつけるし、殺そうとするなら殺すだけよ」
要するに廃人にするか死体にするかの違いでしかないが、それを知るのはこの場ではあすみだけだった。
「……あなたは今<命じられた>と言ったわね? それは誰に?」
「そういえばあすみちゃん、そんなこと言ってたね」
別にあすみとしては守秘義務も何も課せられていないのだから、<あの女>の一切合切を話しても構わない。
だが言えば、間違いなく面倒臭い事になる。
それはもはや絶対と言っても良かった。
だからこそ、何も知らなければそれで良いとあすみは考えた。
魔法少女の真実と同様、暗部たる<銀魔女>の存在は知らなくてもいい事だった。
それでも念のため、確認の意味を込めてあすみは尋ねる。
「――【銀の魔女】。この言葉に聞き覚えは?」
それに海香は首を傾げた。
「カオル、聞いたことある?」
「いや、ないけど……<魔女>の一種なのか?」
カオルは笑いながら言ったが、そんな生温い存在ではないことを知るあすみにとっては、全くもって笑い事ではなかった。
ともあれ、彼女達には思い当たる節はないようだ。
「……なるほどね」
ならば知る必要もないだろう。
魔法少女の暗部の象徴たる<銀の魔女>。
その銀魔女が築き上げた組織<S.W.C.>。
それら裏の顔を知る者は、多かれ少なかれ真っ当な者ではない。
真実を知らない魔法少女にとっては突然現れる<不幸>でしかなく、関わりは即ち絶望と破滅を意味する。
「……知らないならその方がいいわ。とりあえず、わたしは仕事でここにいるということを理解してくれれば十分」
「仕事ねぇ」
あすみのような子供が仕事と言うのは違和感しかなかったが、カオルは無理矢理にでも納得することにした。
これ以上の事を教える気がないことも、あすみの頑なな態度から十分に理解できたからだ。
とりあえず危急の問題であった<かずみ>を今すぐどうこうする気はない事が分かり、海香達は肩の力を少しだけ抜くことにした。
そんな保護者同士の会話が終わるなり、待ちきれない様子でかずみは二人に質問する。
「ねぇねぇ! あなた達はわたしのお友達なんだよね? だったらわたしのこと、教えて欲しいんだけど!」
「<あなた達>か……ほんとに覚えてないんだな」
「あ……ごめんなさい。えと、カオル?」
「そうそう。まぁ記憶がないのはかずみのせいじゃないさ。大方誘拐犯に何かされたんだろう。そこんとこどうなのさ? あすみちゃん?」
「……あなたに<ちゃん>呼ばわりされる筋合いはないのだけど。まぁ、その可能性はあるでしょうね」
「あるのかよ! うへぇ……このままかずみの記憶って戻りそう?」
「……わたしが知るわけないじゃない」
真実は銀色の魔女のみぞ知る。
だが魔法少女を人形にするあの女のことだから、記憶を奪うことくらいは簡単にしてのけるだろう。
かずみの質問攻めにあう二人を眺めながら、あすみはふと疑問に思ったことを尋ねた。
「……そもそもあなた達、どうしてかずみがここにいるってわかったの?」
「詳しい方法は秘密だけど、かずみの魔力を探知したのよ」
「この辺りを探していたら、突然反応が現れてビックリしたよな」
二人の言葉にあすみは首を傾げる。
二人が使っていたのは、よほど高性能な探査系の魔法なのだろうか。
その手の魔法は部下のサリサや端末の機能に任せきりなため、あすみ自身で使う機会は少ない。
だが普通の探査魔法なら、よほど対象に近づかない限り反応しないはずだった。
この大都市の中で偶然発見される確率は、かなり低いとあすみは見ていた。
それでも実際に、かずみが箱から出て数時間もしないウチに発見されている。
あの無駄に大きいプレゼントボックスから、かずみが出て間もなく。
それはあまりにもタイミングが良すぎると、あすみには思えたのだ。
そんな高性能ならば、あすみが到着するよりも早く見つかっても良さそうなものなのに。
カオルの言っていた「突然反応が現れた」というのも気になる。
一つだけ心当たりのあったあすみは、かずみ達を連れて二階に上がり、プレゼントボックスのあった部屋へと向かった。
室内を対象に意識的に魔法の痕跡を探すと、乱雑に床に落ちている青いリボンに目が止まる。
「……このリボン」
手に取り、子細に観察する。
案の定、リボンには高度な隠蔽の魔法が込められていた。
なるほど、とあすみは頷く。
箱の中にいたかずみは探知されず、あすみが箱から出したことでその存在が露見することになった。
かずみが箱から飛び出て数時間もしないうちに海香とカオルがやってきたのは、そういう理由らしかった。
反応が突然現れたというのは、かずみが箱から飛び出たタイミングの事だろう。
運が悪い。
かずみが登場した際のインパクトで、仕込まれていた魔法に気づかなかったのは不覚だった。
あすみはかずみを手招きする。
今更かもしれないが、打てる手は打っておくべきだろう。
「なにー? どうしたのあすみちゃん?」
「……これあげるわ。後ろ向きなさい。あなたの髪、見ていて暑苦しいし」
これ以上厄介事を引き寄せられてはたまらない。
あすみはもう一度、かずみの存在を隠蔽することにした。
見た限りリボンは隠蔽に特化しており、あすみの<
付けていて害にはならないはずだ。
仮にあったとしても、あすみの知ったことではない。
「わあ! ありがとう、あすみちゃん! それじゃあお願いするね!」
そんなあすみの内心を知らずに、かずみは無邪気に喜んでいた。
もし尻尾があったなら勢いよく振られていただろう。
そんな下らない妄想は一蹴し、あすみはかずみの髪を結わえる。
かずみは膝裏まで届くかというかなりの長髪で、無造作に伸ばしっぱなしな印象だった。
そんなかずみの髪を、あすみは手櫛で梳かして纏める。
こうして誰かの髪に触れるのは久しぶりの事だった。
あすみは少しばかり感傷的な気持ちになる。
朝起きて、寝癖の直らないあすみの髪を母が梳かして……そんな懐かしい思い出が泡沫のように淡く蘇った。
その時あすみが浮かべた一瞬の表情を目にした海香は、思わず驚いてしまった。
暗く陰鬱な無表情顔しかできない、そんな少女なのかと思えば。
「……あなた、そんな顔もできるのね」
「……どういう意味?」
首を傾げ、あすみは視線を投げかける。
その時にはもう蜃気楼の如く、あすみの顔は普段通りに戻ってしまっていた。
「いえ……なんでもないわ」
無粋だったわね、と海香はヒラヒラと手を振る。
失敗してしまった。
だが少なくともあんな顔ができるのなら、もう少し様子を見てもいいだろうと海香には思えたのだ。
いざとなればどんな手を使ってでもかずみを取り返すつもりだったが、<かずみ>の味方になってくれるのであれば心強い。
とはいえ、その動機やあすみの後ろにいるだろう命令を下した何者かの存在が分からない限り、心の底から信頼などできるはずもないのだが。
一方のあすみにしてみれば、ほんとに意味がわからなかった。
意味不明な言動をする海香はとりあえず無視することに決め、かずみの髪にリボンを結び終えることにする。
あすみが一仕事終えた後、大きなリボンを頭にゴスロリ衣装を身に纏ったかずみは、ちょっと狙い過ぎなくらい可愛らしく仕上がっていた。
「おお、可愛いじゃん。こういうかずみも新鮮だな!」
「えっと……わたし、可愛い?」
かずみは自信なさそうに呟く。
それにカオルと海香は微笑んで答えた。
「ええ、かずみは可愛いわ。もっとそういう服着ればいいのにって前から思ってたんだけど、どういう心境の変化かしら?」
「これ、あすみちゃんに貸してもらってるんだ! わたしとしてはもっと動きやすいのが好きだけど、文句を言ったらバチが当たるもん」
「……嫌なら脱ぎなさい。あなたの露出趣味にケチつけるつもりはないから」
「もー、あすみちゃん意地悪言わないで。誰かとお揃いの服って、わたしすっごく嬉しいし楽しいんだもん。嫌だなんて言わないよ」
「……そう。あなたがそれでいいなら、わたしも構わない」
あすみには彼女の言葉が理解できなかった。
言葉の意味そのものは分かるが、込められた感情に共感することが出来なかったのだ。
嬉しい、楽しい。
あすみが最後にその感情に触れたのは、果たしてどれくらい前のことだろう。
侮蔑や嘲笑には覚えがあったが、かずみのような純粋な喜びはもう忘れてしまっていた。
それは魔法少女になった時からか。
あるいはそれよりも以前、母が死んだ時からだろうか。
今では正真証明、人でなしの魔法少女というわけだ。
あすみは自嘲の笑みをそっと漏らしたのだった。
中途半端に長くなったので分割しました。
難産になるほど文字数が荒ぶる……
あと二話連日投稿予定。