私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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第二話 奴隷少女

 

 

 あすみはパチリと目を覚ました。

 季節的には夏の終わり頃とはいえ、体中にびっしょりと寝汗を掻いているのは、単に夢見が悪かったせいだろう。

 

 あすみの見る悪夢の中でも三本の指に入る嫌な演目――【銀の魔女】リンネとの出会いは、思い出したくもない過去に分類される。

 

 かつてあすみは、あすみと関わる者全てを不幸にし、最後に残った銀魔女(リンネ)を殺そうとした。

 だがリンネはあすみの魔法を歯牙にもかけず、ぐずる赤子をあやすようにあすみを地面に這い蹲らせた。

 

『私は全ての魔法少女を裏切り続けてきた【銀の魔女】。あなたはやがて竜にもなれる逸材だけど、今はまだ生まれたばかりのヒヨコ同然。そんなお尻に殻の付いたあなたに後れをとるくらいなら、とっくに死んでるわ』

 

 人の形をした化け物が、あすみの目の前にいた。

 精神を狂わす魔法も、因果をねじ曲げて不幸を与える奇跡の御技も、この化け物は鼻歌混じりに受け流してしまう。

 

 あすみの持つ手札では、この化け物を殺せない。

 

『……この、クソババァ』

『うーん、三十点。そこはかとなく反抗期の娘を持った気分で悪くないけど、どうせなら『お姉ちゃん』って呼んでくれた方が嬉しいわねぇ。あ、『ママ』でも全然オッケーよ。永遠の十四歳(自称)だけど実年齢は……ゲフンゲフン! おっと危ない。乙女の最重要機密が暴かれるところだったぜ。あすみん、恐ろしい子!』

 

 周囲には未だあすみによって作られた血肉が飛び散っている。

 そんな地獄の中で、銀魔女は一人茶番を演じていた。

 

 まるで喜劇のようだが、舞台を眺める者は誰も笑わない。

 笑えるはずがなかった。

 

 あすみは得体の知れない魔女を睨みつける。

 

『……殺すなら殺せばいい。呪って呪って呪ってやる。あんたも、くそったれな世界も、みんなみんな呪われてしまえばいいんだ』

 

 あすみは呪詛を吐き続ける。

 あすみの知る周囲の人間全てを不幸にしてなお、彼女は満たされない。

 

 彼女が本当に欲した物は永遠に手に入らず、憎悪は薄れることなくむしろ溢れんばかりに注がれ続ける。

 

 きっと世界が終焉を迎えても、あすみは呪いを振り撒くだろう。

 もうそれだけしか、あすみに残された物はないのだから。

 

 そんな有様の少女を、リンネは呆れたように見下ろしていた。

 

『私があすみんを殺す? なんで?』

 

 きょとんと首を傾げ、心底不思議そうに銀魔女は告げる。

 

『だって、あなたはもう私のモノだもの』

 

 異論は認めなーい、と楽しげに魔女は笑った。

 それはあすみの神経を逆撫でするのに十分過ぎる言葉だった。

 

『……ふざけないでっ、誰が、あんたのモノになんかッ!』

 

 モーニングスターを爆発させ相打ちを狙う。

 だがいくら目を閉じて待てども衝撃はなく、代わりにあすみは蛇のような影に絡め取られていた。

 

『その程度の手が読めないとでも思った? なんてね』

 

 魔女は楽しそうに、拘束されたあすみの頬をつつく。

 

『さてさて、このお転婆さんを躾るには骨が折れそうだ。かといって私も多忙でね。付きっきりというわけにはいかないんだ。本当に残念だけど。

 できることなら黒球に連れ込んでにゃんにゃ……もとい心温まるハートフルなラヴデイズを送りたいところだけど、生憎と今はメンテ中でね。代わりと言っちゃなんだけど、私の祝福をあげましょう』

 

 魔女は銀の指揮杖を取り出すと、魔法陣を虚空に描いた。

 複雑な文様は幾何学的に絡み合い、青い不定形の物体を呼び出した。

 

 それを見たあすみは、全身が総毛立った。 

 あれは嫌なものだ、おぞましいものだと本能が警鐘を鳴らす。

 

 嫌悪感から身じろぎして遠ざかろうとするものの、まるで無駄な抵抗だった。

 銀魔女は注射を嫌がる子供を見るような苦笑を浮かべると、指揮杖を振り下ろした。

 

『魔女の祝福(のろい)を与えましょう。銀色の祈り(しはい)を刻みましょう。外法<聖呪刻印(スティグマ)>』

 

 魔法少女を奴隷へと堕とす、禁忌の外法が発動した。

 

 

 ――その日から神名あすみは、銀魔女の奴隷になった。 

 

 

 

 

 

 

 汗を落とすためにシャワーを浴びながら、あすみは自らの身に植え付けられた刻印を眺める。

 下腹部から背中を伝ってトグロを巻くような紋様は、あすみを拘束する蛇のようにも、あすみ自身の羽のようにも見えた。

 

 リンネの奴隷となって以来、あすみは銀魔女の走狗として生活を送っていた。

 

 あすみに任された主な仕事は、魔法少女を狩ることだった。

 より正確に言うならば、魔法少女を魔女にしてから殺すことだ。

 

 状況によっては生け捕りを指示される事もあったが、彼女達の末路を思えば一思いに殺してやった方が慈悲だとさえ思えた。

 

 あすみの魔法は反則的な存在であるリンネにこそ効かなかったものの、通常の魔法少女相手には劇的なまでの効果があった。

 相手の肉体ではなく精神を直接攻撃できるあすみの魔法は、ソウルジェムが本体である魔法少女にとって致命的な攻撃だったのだ。

 

 あすみの他にも複数の狗が存在していたが、あすみの成績が一番良かった。

 それは決して、胸を張れるようなことではなかったが。

 

 そもそも、なぜわざわざ魔法少女を魔女にする必要があるのか。

 リンネから一応の説明は受けていたが、正直あすみにはどうでも良かった。

 

 宇宙のエントロピーがどうのとか、遠くの出来事過ぎて実感が沸かないというのが本音だ。

 ハーレム? とりあえず死ねばいいと思った。

 

 確かなのは、そうして魔法少女達から搾取したエネルギーを使って、銀魔女が何か得体の知れない邪悪な事を企んでいるということくらいだ。

 

 それが禄でもない企みなのは、間違いないだろう。

 だが奴隷であるあすみにはそれを止める事も、その気もなかった。

 

 ――こんな世界なんて、どうでも良いのだから。

 

 キュッと甲高い音を立てて、シャワーのノズルを閉める。

 ぽたぽたと水滴が前髪を伝い落ちていく。

 

 曇りガラスを拭うと、そこには暗い顔をしたあすみがいた。

 我ながら、ほんとに可愛くないと思う。

 

「……なにやってんだか」

 

 あすみは自嘲の笑みを浮かべた。

 

 奴隷となって以来、自ら死ぬことすらできない不自由さを呪う。

 世界が滅びればいいのにと願いながら、誰かの滅びを生み出す日々。

 

 いつかリンネを殺してやろうと思いつつ、未だに勝算の見えない化け物を相手に、いつしか諦めの気持ちがあすみを蝕んでいた。

 

「……心まで死んだら、奴隷ですらないじゃない」

 

 そうなれば、あすみはもはやただの人形だ。

 

 銀魔女の愛玩人形。

 それはぞっとしない未来だ。

 有り得ないと言い切れないのが、いっそう性質が悪い。

 

 人形部隊という化け物集団の存在を知っているから、なおのこと。

 あすみはリンネの子飼いとして、これまで魔法少女のそうした暗部を様々と見せられてきた。

 

 幾多もの魔女を掛け合わせて作られた化け物。

 魔法少女の死骸を使って創造された、死を恐れぬ人形達。

 時の流れの違う異界の中では、今も狂気的な研究が行われているのだろう。

 

 あすみが真に自由となるには、銀魔女を殺害しなければならない。

 あすみに刻印を与えた術者(リンネ)が死ねば、あすみの封印された<本当の魔法>で今度こそ何もかもめちゃくちゃにしてやるのに。

 

 堂々巡りの思考の最後は、いつも同じ結論に落ち着く。

 鏡の中のあすみは乾いた笑みを浮かべていた。

 

「……進歩ないわね、わたしも」

 

 

 

 バスタオルで髪を拭きながらリビングに出ると、そこにはリンネが朝食の支度をして待ち構えていた。

 とりあえず死んで欲しいと思った。

 

「おっはろー! ぐっもーにん、あっすみーん!」

 

 回れ右。

 あすみはくるりと半転し、リビングから退避する。

 

 これまでの経験から、面倒な厄介事を押し付けられることが目に見えていた。

 災厄が人の形をとったと言っても過言ではない存在、リンネの姿を朝から目にした時点であすみの本日の運勢はお察しな案配なのだろう。

 

 だがそんな安易な逃走を許すほど、リンネは甘くなかった。

 

「逃げれば追う、これ狩人の本能! ましてやそれが湯上がりあすみんならば! もはや言葉は不要!」

 

 リンネは変態的な俊敏性を以てあすみを捕獲すると、あすみが薄着なのを良い事に脇をくすぐり始めた。

 

「~~~~っ!?」

「お~お~、必死に無表情を取り繕うあすみんマジクールキュート。あすみんが実はクーデレなこと、お姉ちゃんはちゃんと知ってるんだから!

 おや、顔が赤いわね? 湯上がりなせいか、あすみんから漂うほのかなシャンプーの香りと、上気した顔がもの凄くエロス……もういっそのこと、このまま本番、逝っちゃう?」

「……ふ、ふざけんな! この変態女!」

 

 あすみのソウルジェムが輝き、モーニングスターが踊り狂った。

 

 

 ――只今ガチバトル勃発中のため、しばらくお待ちください。

 

 

「とまあ、微笑ましいスキンシップはさておき」

「……ほんと、死ねばいいのに」

 

 あすみの舌打ち混じりの悪態もなんのその、変態という名の淑女を自称する乙女(笑)は華麗にスルーしてみせる。

 

 戦闘の痕跡によってボロボロになった室内も、リンネが指揮杖を振るうことで何事もなかったように元通りになっていた。

 

 こういう何気ない魔法の行使を見る度に、つくづく化け物だと実感させられる。

 

 実のところあすみは本気で殺しに掛かったにも関わらず、いつもの様に軽くあしらわれてお終いになってしまったのが非常に不愉快だった。

 

 憂鬱な気持ちになるあすみとは裏腹に、リンネはやたらとポーズを決めて鬱陶しい。

 

「ほらほら、今日の私、なんだかいつもとちょっと違わない? どうよ?」

「……うざっ!」

 

 あすみは心の底からどうでも良いと思っていたので気にも留めていなかったが、リンネの格好は確かにいつもと違っていた。

 

 普段はどこぞの学校の制服を主に着用しており、ブレザーやセーラー服姿の時もあった。

 仕事着だと言っていたが、どう見ても本人の趣味だろう。

 

 そんなリンネだったが、今は何故かビジネススーツ姿だ。

 おまけに今更ながら普段よりも身長が高く、体つきも成長しているように見えた。

 今の姿は、年齢的にいえば二十代前半くらいだろうか。

 

「……なに、そっちがあんたの本性なの?」

「このアダルトビューティーなボディが私の本性か、だって?」

 

 そうは言ってない。

 だが調子に乗ったリンネの耳には届かなかったようで、リンネは胸元を強調するポーズを取りながら嘆くように説明する。

 

「残念だけどこれ、魔法なのよ。一応未来のヴィジョン(妄想含)を元に成長した姿に変身する魔法なんだけど、素体としての私は永遠の十四歳のままなのよね……」

 

 突っ込み所は多々あるものの、そんな反応をすればリンネが喜ぶだけだ。

 明鏡止水の心境であすみは無視を決め込み、さっさと本題を話せと促す。

 

「……で、わたしに何か用? 仕事の話なら端末でいいじゃない」

「もちろん、可愛いあすみんとのスキンシップのため……って、無言でモーニングスター振り回すのは怖いからやめっ!

 まったく……冗談よ。私も暇があればもっとあすみんに構いたいところではあるのだけど、生憎と変わらず多忙でね。実はこの後表の仕事があるから、今日のこの格好はついでに寄らせて貰ったっていうのが本当の所。ついでに私のカッコ良いスーツ姿を見せびらかしたかったり?」

 

 リンネは照れたように頬を染めた。

 それを真正面から見たあすみは、ゴキブリを発見した時のような表情を浮かべていた。

 そんな絶対零度のあすみの視線に気付かないまま、リンネは恥ずかしがるように言う。

 

「それに、こうして向かい合ってるとほら、母娘みたいだな……なんて」

「死ね」

「まさかの即答!?」

 

 あすみは今、自分がどんな顔をしているのかわからなかった。

 ただマイナス方向の感情が振り切れそうなのは確かだった。

 

 例えるなら、朝っぱらひどい三文芝居を見せられた上に■■■■で変態な狂人の妄言を耳にした時のような、公害に苦しむ地域住民さながらの苦味走った顔を浮かべていることだろう。

 

「ま、まぁ気を取り直して。本題はちゃんとあるわ。あすみんに一つお願いがあるの」

 

 『お願い』――これほど『嫌な予感』のする言葉はないだろう。

 どうせ拒否権などないのだろうが。

 

 もはや諦めの心境で、あすみはそのお願いを聞く。

 だが次の言葉を聞いたあすみは、己の耳を疑った。

 

「ある少女の護衛任務なんだけど、引き受けてくれないかしら?」

 

 これまでの任務で、数多の魔法少女達を発狂させてきた【最悪の魔法少女(神名あすみ)】が、よりにもよって。

 

「……護衛任務? わたしが?」

 

 思わずあすみが聞き返してしまったのも無理はないだろう。

 今まで殺したり壊したりするような仕事がほとんどで、護衛といった何かを守る事は一度もしたことがなかったのだから。

 

 けれど聞き間違いではなかったようで、あすみの疑問にリンネはあっさりと頷いてみせた。

 

「そうだよ。残念だけどタイムスケジュール的に手が空いてるの、あすみんしかいないんだよね。だから頼まれてくれないかな? ほら、アリス特製のプリンもつけるからさ」

 

 あすみとのバトル中でもリンネの張った堅牢な結界に守られていた食卓から、手作りらしいプリンが差し出される。

 それを払いのけたい誘惑に駆られながらも、食材に罪はないので仕方なく受け取る。

 

 どうせ拒否権などないのだ。

 ならば四の五の言っても仕方ないだろう。

 決してプリンに釣られたわけではない。

 

 それでも一応、保険として事実を告げておく。

 

「……でもわたしには、壊すことしかできない」

「逆に考えるんだ。まずはその幻想をぶち壊せばいいさって」

 

 やはり変態の言葉は理解しがたい。

 そう思いながら、あすみはリンネと朝食を共にした。

 

 味は悪くないどころか美味しかったが、なぜか食欲は出なかった。

 その原因は言うまでもないだろう。

 

「はい、あすみん。あーん」

 

 差し出された卵焼きを渋々口にしながら、あすみは心底思う。

 

 ――ほんとに誰かこの魔女、殺してくれないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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