私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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長丁場になるとまたも推敲ガガガ……
今回かなり長文です。(一万字ほど)


第二十話 私と契約して、銀の魔女になってよ!

 

 

 

 操られた魔女が無数の魔弾を放ち、地上を穿つ音がスコールのように轟く。

 破壊による砂塵が上がる中、ニボシは残像を残すほどの速さでステップを踏み、踊るように身を翻して剣を走らせた。

 

 魔女は殺さねばならない。

 たとえそれが、かつて仲間だった者の成れの果てだとしても。

 

 過去にも同じような事があった気がしたが、ニボシは思い出すことができなかった。

 

 <正義の剣>が一際強く輝く。

 その光を纏ったニボシに魔弾は通じず、そして近づいてしまえば、呆気ないほど簡単に魔女は切り捨てられてしまった。

 

 ニボシはリンネに剣を突き付ける。

 二人の間を遮る障害は、もはや何もなかった。 

 

「……今まで、どれだけの罪を犯してきた?

 どれだけの人を殺し、どれだけの人を不幸にし、どれだけの人を絶望させてきた?」

 

 それはニボシの残滓が発した、純粋な疑問だったのだろう。

 

 人の心では耐えられないほどの悪行の因果がリンネに絡まっている。

 平穏な日常の中にあっても、彼女だけは地獄のただ中にいるようなものだ。

 

 どうしてそこまで<悪>になれるのか、ニボシは不思議に思っていた。

 だがそんな無垢ともいえる断罪の言葉も、リンネはそう機械的に言われては悔い改めようもないなと笑い飛ばす。

 

 もっとも、何と言われようがリンネが改心することなどありえないのだが。

 故に嘲笑をもってリンネは正義の執行者へと答えた。

 

「陳腐な例えで申し訳ないのだけど……あなた、今まで食べたパンの枚数を覚えているのかしら? 

 わざわざ食事の回数を数えるほど私も暇じゃないの」

 

 人が糧を得て日々を生きるように。

 魔女が人を喰らう様に。

 銀の魔女は魔法少女達の絶望を貪るのだ。

 

 それが摂理。

 リンネの定めた【銀の魔女】としての在り方。

 

 そこに後悔などあるわけがない。

 決意を胸に、リンネは銀色のソウルジェムを掲げて見せる。

 

「私達魔法少女は、ソウルジェムを砕かれない限り無敵の存在よ」

 

 銀色のソウルジェムは三日月型の宝石へと変わり、リンネの心臓の上、銀色の鎧に嵌め込まれる。

 自らの胸元に手を当ててリンネは言った。

 

「私も、あなたも。

 もはや互いのソウルジェムを砕かない限り、止まらない。止められない。

 ならばすることはただ一つ。

 互いの魂を賭けた闘争以外、この戦いの結末は有り得ない」

 

 そう言って、リンネはニボシの存在を笑い飛ばす。

 

「もっとも、たかが人形如きにこの私が敗れると思うのなら、甘く見られたものね」

「なぜそうも迷いなく悪になれる?」

 

 正義の人形が邪悪の化身へと問い掛ける。

 

 何故?

 何故だと?

 

 その問いの意味が心底分からないと小首を傾げながら、リンネは答えた。

 

「私はね、最初から分かっていて一歩踏み出したの。

 これが悪の道であると。

 わかっていて私はキュゥべえと契約した。

 だから途中で引き返すくらいなら、初めから進むわけがない」

 

 あの日、学校の帰り道で。

 リンネはキュゥべえと出会った。

 

 もし運命とやらがあるのなら、その時既にリンネの運命は決まっていたのだ。

 前世の知識を持つが故に、この世界が救われない結末を迎えると知っているから。

 

 もしかしたら、リンネが何もしなくても世界は変わらないかもしれない。

 もしかしたら、前世という記憶そのものがリンネの妄想のようなもので、実際に<原作>なんてものは存在しないのかもしれない。

 

 無数のIFを想像して、その果てにリンネは恐怖した。

 

 そんなあやふやな希望に自らの命運を委ねるなど冗談ではなかった。

 ましてや原作という荒唐無稽な御伽噺を知っているならなおさらだ。

 

 仮に。

 もし仮に原作がなかったとしても、似たようなことは起こらないと誰が保証できるのだろう?

 

 魔法少女は条理を覆す存在だ。

 別に<鹿目まどか>でなくとも、世界を滅ぼす魔女が生まれる可能性は、原作という前例がある以上否定することはできなかった。

 

 最終的にインキュベーターでさえ裸足で逃げ出す危険物。

 それが魔法少女であるというのなら。

 

 あえてリンネは、魔法少女になる道を進むと決めた。

 たとえ人類の裏切り者に堕ちようが、この星を守って見せる。

 

 自身が死にたくないから。

 こんなどうしようもない世界だけど。

 

 決して、嫌いなわけじゃないから。

 

 だからそのためにリンネは悪魔と取引し、連中の技術を吸収して力を蓄えた。

 尊いモノ全てを裏切り、自身の初恋すら裏切ってアリスを戦力にした。

 

 全ては、やがて来るであろう<滅び>に抗うために。

 

 何度でも言ってやる。

 悲劇も絶望もお呼びじゃない。

 

 ――頭の悪いハーレム展開を私は望んでいる!

 

「私は全ての魔法少女を裏切った【銀の魔女】!

 ならば裏切られた彼女達の犠牲を無駄にすることだけは、しない!

 悪魔? 外道? 大いに結構!

 私の行いが悪であるなら、止めて見せろよ正義の人形!

 それを為せるだけの力と覚悟が、その胸の裡にあるのならばな!」

 

 たかが<正義>如きのために、リンネの野望が潰えるなど許せるはずがなかった。

 

 その言葉を皮切りに、ニボシの背後から何者かが抱き着いて拘束する。

 恐らくは先ほど切り裂いた、かつてアリサだった魔女の死骸を再利用しているのだろう。

 

 ニボシは反射的に魔力を放出し、振り向きざまに切り捨てようとした。

 だがその剣は直前でピタリと止まってしまう。

 

 

 ニボシは自身の目を疑った。

 そこには<高見二星>がいた。

 

 

 ニボシが見間違えるはずもない、在りし日の二星が笑顔でそこに立っていたのだ。

 リンネの作り出した幻覚だろうと分かっていても、ニボシの剣は止まってしまう。

 

 正義の人形――ニボシは呆然と動かない自身の腕を見ていた。

 

 

「……どう、して? 私にはもう、心なんて、ないはずなのに……」

 

 

 殺せ。

 正義を為せ。

 

 そう促すものの、それでもニボシの剣先は動かない。

 

 

 こんなもの、ただの幻覚に決まってるのに……!

 

 

 無表情だった顔に焦りが浮かび、口からは意味のないうめき声が上がる。

 そんなニボシをリンネは憐れむ様に言った。 

 

「……真に心なき者に、魔法は使えない。

 それはあなたも例外ではなかった……ただそれだけのことよ」

 

 人形遣いであるからこそ、リンネはそれを承知していた。

 

 絶望から解き放たれた存在であるリンネの人形達。

 その核である<人工ソウルジェム>の材料が<何>であるのか、リンネはよく知っているから。

 

 だから真の意味でニボシは人形にはなれない。

 自らの意思を殺したと思い込んだ哀れな少女にしかなれない。

 

 絶望し自らの意思を放り捨てていた少女に、銀の魔女は告げる。

 

「あなたの魔法は、あなたの心からしか生まれない。

 だから正義の人形になったつもりでも、あなたの心は消えていなかった。

 ただ隠されていただけ。それが今、表に出てきたのよ」

 

 二星の幻影を前にして涙を流すニボシに、リンネは手を差し伸べた。

 驚く彼女に向かってリンネは微笑む。

 

「ねぇニボシ。

 私と契約して、悪い魔法少女になってみない?」

 

 奇跡によって創られた魔法少女故に、彼女自身は契約を交わしていない。

 

 ならばたった一つの奇跡を願う権利を、彼女はまだ持っている。

 たとえインキュベーターが叶えずとも銀の魔女が認めよう。

 

 

 

「――あなたには、奇跡を願う権利がある」

 

 

 

 これは悪魔の誘いなのだろう。

 

 だけど災厄の詰まった箱の中に、たった一つだけ希望が入っていたように。

 一筋の光明をリンネは作られた少女へ与える。

 

「一緒にこの世界を楽しみましょう。そうすれば世界は変わって見えるわ。

 悲劇と絶望しかない、こんなどうしようもない世界を、嘲笑って喜劇に変えてしまいましょう。

 そのための<悪>を、私と一緒にやってみない?」

 

 ニボシ自身、生まれながらに矛盾した存在だ。

 奇跡を願った者が魔法少女になるべきなのに、彼女は奇跡によって魔法少女として生まれた。

 

 だからニボシは、ただの一度も奇跡を祈ったことはない。

 ならば銀の魔女の名の下に、背信の契約を交わそう。

 

「……ありがとう、リンネちゃん」

 

 人形の顔を捨て、ありのままの素顔でニボシは感謝の言葉を告げた。

 だが差し伸べたリンネの手は、最後まで握られることはなかった。

 

 

 

 ニボシは首を横に振って、<リンネの契約>を否定する。

 

 

 

「ごめん、リンネちゃん。

 それでも私は<魔法少女>だから。

 正しくなくても、あの子の祈りを無駄にしたくないから。

 だから……ごめんなさい」

 

 リンネは目を閉じて、溜息を吐く。

 ショックを感じている自分が、なんだか意外に思えた。

 

 あわよくば程度に思っていたはずが、知らずに期待していたのだろう。

 正義に絶望した彼女ならば、リンネの理解者になれるかもしれないと。

 

 そんな自らの甘えに苦笑を浮かべ、リンネはおどけた口調で言った。

 

「……あーあ、振られちゃったか。残念。

 そんなに私よりも昔の女が良いってわけね。妬けるわ」

 

 思えば、真面目に告白して振られたのは初めてかもしれない。

 前世のことは知らないが、リンネにとって初めて感じる種類の痛みが胸にあった。

 

「あはっ、リンネちゃんって、悪だけど優しいよね」

 

 その言葉にリンネは苦いモノを噛んだような変な顔を浮かべた。

 出来の悪い冗談を聞いたという思いがありありと浮かんでいる。

 

 それを見てニボシはさらに笑う。

 その笑顔はリンネがかつて見た誰かに似ていた。

 

「…………未練ね」

 

 小さく呟いた言葉は胸の裡に仕舞いこみ、リンネはニボシに指揮杖を突き付ける。

 

「それじゃあやっぱり、あなたは私の敵になるのね?」

「リンネちゃんが<悪>を止めない限り、私はリンネちゃんの敵で居続けるよ」

「今更無理な話ね。私に死ねといってるようなものよ、それ」

 

 その言葉にニボシは思わず笑う。

 こんな何気ないやりとりが、もう遠い昔の事のように懐かしい。

 

「あはっ、揺るがないんだね、リンネちゃんは」

「あなたが未熟なのよ、正義の味方さん?」

 

 そうかも、とニボシは頷くと、二星の幻覚に触れた。

 ニボシの魔力に干渉された幻覚は、綿のような光となって消えていく。

 

 

 

 

 

 

 後に残ったのは、変わらず正義の魔法少女と邪悪なる魔女の二人だけ。

 ならば必然として闘争が再開される。 

 

「さあ、私達のラストステージを始めましょう!」

「手加減しないよ、リンネちゃん!」

「来なさいニボシ!」

 

 リンネは指揮杖を銀剣に変化させて構える。

 真正面からの一騎打ち。

 

 元が純粋な戦闘型ではないとはいえ、絶望的な闘争の中で培われてきたリンネの戦闘技術は、誰に劣る物でもない。

 

 そこに裏切りの銀貨を投じて得た能力が加われば、並み居る魔法少女では相手にもならないだろう。

 だが相手は並ではなく、リンネの天敵足り得る<正義の魔法少女>だ。

 

 銀色の剣と白の聖剣がぶつかり合う。

 

 魔力を高密度に圧縮したリンネの<祈りの剣>ですら、気を抜けば砕きかねないほどの威力を、ニボシの<正義の剣>である聖剣は持っていた。

 

 しかし武器の性能が優れていても、使い手の実力はまた違っていた。

 練達の魔法少女であるニボシですら、リンネには掠りもしない。

 

 だがそれでもニボシは諦めない。

 遺志に従う人形ではなく、自らの意思で剣を振るう。

 

「二星……それでも私は、きみが夢見た<正義>を信じたい……!

 だからお願いっ、私に力を貸して!」

 

 ニボシのソウルジェムが一際強く輝く。

 二星の遺した祈りが、ニボシの背を後押しする。

 

 その光を見て……ニボシは、許されたような気がした。

 

 

 

 ――私達が夢見た<正義>は、間違っているのかもしれない。

 

 

 

 だけど夢見たことが間違いだったなんて、信じたくない。

 だからそのためなら何度でもニボシは声を上げるだろう。

 

 

 

 ――私達の夢は誰にも穢せない。何度でも守って見せる。証明してみせる。

 

 

 

 かつて二人が共に夢見た<希望>は……決して、間違いなんかじゃないから!

 

 

 

 邪悪打ち消す魔力を、ニボシは全力で聖剣に込めた。

 魔法媒体となった聖剣は、地上に神話の再現を行う。

 

 それを察したリンネも、自身の究極の一撃を以て応じた。

 希望と絶望を束ねて螺旋を描く。

 

 

 

 世界が悲鳴を上げる神話の一幕が、ここに顕現される。

 

 

 

 光が溢れた。

 

 

 

「<正義の剣(Épée de Justice)>ッッ!!!!」

 

「<祈りの剣(Claíomh Solais)>ッッ!!!!」 

 

 

 

 感情が、

 想いが、

 希望が、

 絶望が、

 

 魔力に還元され、超現実的な力となってぶつかり合う。

 拮抗したかに見えた光は、ニボシの魔法特性によって徐々に傾きを見せた。

 

 正義の祈りは邪悪を滅しながら突き進む。

 そして正義の光がリンネを襲った。

 

 

「……そう、それがあなたの本気というわけね」

 

 

 その言葉を最後に、リンネは光に呑み込まれた。

 

 嵐の様な光が過ぎ去った後、リンネの体はもはやボロボロだった。

 むしろ原型を留めているのが不思議なほど。

 

 その隙をニボシは見逃さない。

 聖剣を構え、リンネへと突き進む。

 

 リンネは辛うじて指揮杖を構えるも、聖剣は容易くリンネの魔法を切り裂く。

 聖剣はリンネの右腕ごと武器の指揮杖を吹き飛ばした。

 

 

 

 そして。

 無防備になったリンネに。

 

 聖剣はその心臓を貫いてみせた。

 

 

 

 銀色の三日月を穿ち、聖剣はリンネのソウルジェムを破壊したのだ。

 

 

 

 魂の宝石が周囲へと砕け散っていく。

 ここに勝敗は決した。

 

 倒れ掛かるリンネの体を受け止め、ニボシは涙ながらに叫んだ。

 

「正義は……ここにある!!」

 

 正義は成った。

 邪悪なる魔女は打ち倒され、正義の魔法少女は勝利を叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だがこの物語は、愛と正義の物語ではない。

 

 ただの外道の物語。

 故に<銀の魔女>は何度でも笑う。

 

 

 

『…………外法(outer spell)再誕(Rebirth)>』

 

 

 

 ――死んだはずのリンネが動き出す。

 

 

 

「ツカマエタ」

 

 

 

 蜘蛛の様な捕食者の動きを以て、リンネはニボシを抱き締める。

 失ったはずの右腕は、逆再生されるかの如く生えていた。

 

「ッッ!?」

 

 硬直するニボシ。

 リンネはその唇を貪るように奪いとった。

 

 口内を蹂躙したリンネは、ニボシが我に返るのと同時に唾液の糸を引きながら離れる。

 自らの唇を舐めたリンネは、三日月の様な笑みを浮かべた。

 

「……残念でした。あなた騙されちゃったの」

 

 喜悦に満ちた声で銀の魔女が嗤う。

 

 リンネは右手を開いて見せる。

 そこには確かにニボシが砕いたはずの、銀色に輝くソウルジェムがあった。

 

「あなたが砕いたのはただの偽物。

 弱点を曝け出したまま戦う方がどうかしているわ。

 大事な物は隠しておくものよ、何事もね」

 

 ニボシの魔法は確かに強力だ。

 リンネの魔法の尽くを受け付けないなど、反則も良いところだ。

 

 

 

 それでも、リンネの勝ちは揺るがない。

 

 

 

 古の竜殺しの伝説をここに再現しよう。

 魔法も剣も効かない鱗を持つならば、その体内を蹂躙すれば良い。

 

 そのための毒を、リンネはニボシに流し込んだ。

 

【悪意の口付け】

 

 呪いと穢れを多量に込めた、銀の魔女の祝福。

 夢と希望を貶める絶望の呪い。

 

 体内を犯し魂を汚染させる猛毒を飲み込んで、堕ちない魔法少女はいない。

 

 さあ、魔女になるがいい。

 

 

「う、あ、ああ……っ!!」

 

 

 喉を掻き毟るように悶え苦しむニボシを前にし、リンネは自らの唇を舐めとる。

 貫かれた心臓は修復を果たし、瞬時に傷一つない状態へ<再生>された。

 

「……正義なんてものの末路は、こんなものよ。

 正義なんて所詮は理想。

 理想は夢のようなモノ。

 ならばいつか覚めるのは、道理というものでしょう?」

 

 死力を振り絞りニボシは聖剣を振り上げる。

 だがどこからか飛来した<黄金の剣>が、ニボシの腕ごと聖剣を吹き飛ばした。

 

 それでもニボシは脇目もふらず、ただ一心にリンネに向かって突き進んだ。

 ニボシのソウルジェムがひび割れる。

 

「……たぶん、私は……出会うために……生まれてきたんだ」

 

 二星と。

 リンネと。

 そしてニボシがこれまで気にもしていなかった人達との出会いも、決して無駄ではなかったはずだ。

 

 少なくとも邪悪はここにある。

 ならば正義も、必ずあるはずだ。

 

 ニボシは及ばず正義にはなれなかったけれど。

 いつか誰かの手によって、必ず正義は果たされるだろう。

 

 そうでなければ、誰も救われない。

 

 奇跡も魔法もあるのだから。

 愛と正義の、御伽噺みたいな現実があっても良いはずだ。

 

 

 

「なら、私の生に意味はあった……よね、二星……」

 

 

 

 想い出の中の二星は眩しい笑顔を見せていた。

 

『ニボシ、お誕生日おめでとう!』

 

 それはニボシが生まれて一年経った頃の思い出。

 フタホシはニボシの誕生を、手作りのケーキを作って祝ってくれた。

 

 プレゼントはお揃いのキーホルダー。

 今ではニボシの鞄に、二つ一緒に飾られている星型の物だ。

 

 私達は二星。

 二人でようやく一つの、双子星だから。

 

『これからもずっと一緒だよ! ニボシ!』

 

 そんな温かな記憶を思い出し、ニボシは涙を流した。

 

「…………そう、だよね。私は初めから、あの子に<望まれて>生まれて来たんだ。

 考えてみればそれって……すごく、幸せなこと……じゃない……?」

 

 もし生まれ変わるなら、今度はちゃんと人間として生まれたい。

 できればあの子と、双子がいいかな。姉妹でもいいけど。

 

 お父さんやお母さんに、二星だけじゃなくてニボシの存在も認めてほしい。

 フタホシとニボシ、ちゃんと二人いるんだって。

 

 そんな当たり前の家族に……なれたらいいな――。

 

「……ありがとう、リンネちゃん」

 

 

 

 ニボシの伸ばした手は、確かにリンネへ届いたのだった。

 

 

 

 かつて一人の少女が夢見た<正義の魔法少女>は、幸せな夢を見ながら逝った。

 長きにわたる呪縛から自らを解き放ってくれた邪悪に、感謝の言葉を遺して。

 

 力尽きた少女の目尻からは、涙が零れ落ちていく。

 その軌跡はあたかも流れ星のように儚く消えていった。

 

 

 正義は、最後まで穢されない。

 

 

 ニボシのソウルジェムは相転移することなく、正義の名の下に自ら消えていく。

 

 果たしてそれは、死した少女の遺した祈りによるものか。

 あるいはニボシ自身の願いがそうしたのか、リンネにも分からなかった。

 

 

 

 ニボシのソウルジェムは魔女を生むことなく、静かにこの世から消滅を果たしたのだ。

 

 

 

「…………やられた」

 

 それは銀の魔女にとって、屈辱的な光景だった。

 

 幾度、絶望の罠を張ったか。

 幾度、力でねじ伏せたか。

 

 ニボシの過去を見て知った二星の幻影すら、魔女の残骸を固めて作り出したというのに。

 それでも彼女は魔女にはならず、どころか最後は幸せそうな顔で逝ったのだ。

 

「……なによ、それ。ふざけないで」

 

 円環の理に導かれたわけでもないくせに。

 自分勝手に消滅していった人造魔法少女、ニボシ。

 

 リンネにしてみれば、ニボシのそれは勝ち逃げに等しかった。

 

「ふざけないでよ! どいつもこいつも! バカじゃないの!? あーもうっ!!」

 

 癇癪を起すのはキャラじゃないと分かっていても、思わず叫びたくもなる。

 

 赦しの言葉を遺したリナ。

 感謝の言葉を告げたニボシ。

 

 リンネには彼女達の頭がおかしいとしか思えなかった。

 どうして裏切り者の外道に笑顔を向けて逝くのか。理解できなかった。

 

「……やめてよね。調子が狂うじゃない。

 絶望してなさいよ、大人しく魔女になってなさいよ。

 なに満足そうな顔してるのよ……馬鹿」

 

 ありがとう、だなんて。

 

「……ひどい呪いの言葉もあったものだわ」

 

 たとえニボシの死体を元に人形を作ったとしても、この輝きだけは模倣しようがない。

 

 どころか、彼女を絶望させ魔女にすることができなかった時点で、リンネは彼女を人形にすることができなくなった。

 

 それは技術ではなくリンネの矜持の問題だ。

 魔法少女同士の戦いは、つまるところ精神戦だ。

 

 お互いのソウルジェムを賭けた戦い。

 魂を穢し合い、砕き合う石取りゲーム。

 

 銀の魔女であるリンネにとって勝利とは、相手の魔法少女を絶望させることだ。

 

 ならば絶望せず魔女にもならず、リンネを置き去りに幸福に死んだニボシこそがこの戦いの勝利者と呼べるだろう。

 故に、敗者であるリンネに彼女を穢す権利などありはしない。

 

 外道は外道なりに、己の定めたルールに従う。

 この世の誰もが認めないそのルールを、定めたリンネだけは守らねばならない。

 

 でなければ、リンネは外道ですらないただの塵芥と成り果ててしまう。

 

「手に入らないからこそ、美しいものもある……か」

 

 リンネはアリス以来の敗北の味を噛みしめる。

 

 死体を回収し、あの聖剣を解析すればリンネはさらなる力を得るだろう。

 だがそれをすればリンネの築き上げた【銀の魔女】の精神に、抜けない棘となって刺さり続ける。

 

 その小さな罅が、いつか亀裂となることをリンネは危惧していた。

 肉体よりも精神的な存在である魔法少女にとって、それは致命傷と成り得ることをリンネはよく知っている。

 

 そんなメリットとデメリットを天秤にかけて、ようやくリンネは己の欲望を抑え込んだ。

 

「……ニボシ、あなたは敬意を払うに足る英雄だったわ。

 だから、あなたの死は穢さない。穢させない。

 誰にも。私自身にも」

 

 己は誰よりも俗物である事をリンネは知っているから。

 その決意は迅速に行動へと移された。

 

「<祈りの剣>」

 

 無垢なる魂の剣。

 本日二度目となる鎮魂の一撃に、ニボシの肉体は跡形もなく消滅していった。

 

 魔法少女の死体は残してはいけない。

 残酷なようだが、これ以上の弔い方をリンネは知らなかった。

 

 

 リンネは【星の腕輪】の嵌められた左手を、空に掲げる。

 無数の☆が並んだ腕輪は、これまでの行いで手首をぐるりと回るほど埋まっていた。

 

 疲れた顔でリンネは腕輪を仰ぎ見る。

 まるでそこに、本当の星があるかのように。

 

「裏切りの銀貨がまた一つ積み上げられた。

 銀色は喜びます。

 だってそれは、喜ばしいことだから。

 銀色は、銀色は……ただ笑顔を浮かべるのです」

 

 

 

 

 

 

 ――銀の魔女とエトワールの戦いは、銀の魔女の生存をもって終わった。

 

 

 だが真の勝利者が果たして己なのか、リンネは自身に問い掛ける。

 

「……ふふっ、私としたことが。大事なことを忘れていたわね」

 

 つまらない感傷に囚われて、リンネにとって唯一の真理を忘れていたようだ。

 

「どこかの誰かが曰く、最後に生き残った者こそが勝者だ。

 私の夢の一つは、長生きすることだから。真の勝利者になるには、まだまだ道のりは遠いけど……」

 

 結界が解け、翠色の空へと戻る。

 どうやら退避させたアイナが、結界を再構築しているのだろう。

 

 遠くから狙撃に徹していたアリスも役目を終えて、リンネの傍に降り立った。

 

「流石に疲れたよ。アリス……」

 

 リンネはアリスへと寄りかかる。

 意思なき人形は、ただ静かに主の体を支えた。

 

 

 

「おめでとう、リンネ」

 

 だがその余韻をぶち壊すように、白い悪魔が現れた。

 

「…………チッ」

 

 思わず舌打ちしてしまったリンネだが、反省はしていない。

 ただでさえ戦闘後で気が立っているのだ。流石に空気を読めと言いたい。

 

 もっとも、地球外生命体に言っても無駄なことは重々承知なのだが。

 そんなリンネの舌打ちなど聞こえない様子で、キュゥべえは言う。

 

「まぁこれは大方の予想通りの結末ではあったけれどね。

 それでも彼女の潜在能力を完全に引き出せたのは、やはりきみの存在があってこそだったね。

 魔女に出来なかったのは残念だけど、彼女はもともと奇跡によって誕生した<人造魔法少女>だ。そんなこともあるんだろう」

 

 その言葉は、キュゥべえがニボシの特性を完全に把握していたことを意味していた。

 

「……ニボシのこと、全部知ってたのね?」

「もちろんさ。それがどうかしたのかい?」

 

 首を傾げて見せるキュゥべえに、リンネは盛大な溜息を吐いた。

 

「そんな情報、私は聞いてなかったわ……なんて、あなたに言うだけ無駄なんでしょうね」

 

 ああ。

 本当に。

 

 却って愛情すら覚えるほど、憎らしい地球外生命体だ。

 三日月の様な笑みを浮かべながらリンネは嗤う。

 

「……で? 話はそれで終わりかしら?」

「いいや、きみに一つ報告があるんだ。頼まれていた件についてね」

 

 そして戦慄すべき情報をキュゥべえは告げた。

 

 

 

「きみの言っていた【巴マミ】の情報と一致する少女が、つい先ほど僕と契約して魔法少女になったよ」

 

 

 

 他の端末からの情報なのだろう。

 耳が早いどころではない。

 

 味方にすれば頼もしいといえるのだろうが、残念ながらリンネ達は共犯者であっても真の意味で仲間には成り得ない。

 

 だがキュゥべえの齎した情報は、リンネにとって形容しがたい想いを喚起させた。

 

「……そう、始まるのね」

 

 待ち望んだ。

 あるいは、永遠に来て欲しくなかった。

 

 そんな原作が始まるのだ。

 

 がらがらと、歯車の回る音が聞こえる。

 機械仕掛けの女神は、果たして誰に微笑むのか。

 

 ――そんなもの。

 

「最後に笑うのは、私に決まっているわ」

 

 絶望の果てで、銀の魔女は笑っていた。

 それを知らないインキュベーターが、不思議そうに首を傾げる。

 

「なにがだい? 正直な話、今のきみにとって巴マミ程度の魔法少女は見慣れたモノだと思うのだけど。彼女には、何かあるのかい?」

 

 探りを入れてくるキュゥべえに、リンネは笑みを浮かべてみせる。

 

「楽しいお祭りよ。本番まで楽しみにしてなさい。あなたに損はさせないから」

「……わかったよ。これまでの実績から、僕達もリンネのことは信頼している。人間とここまで良い関係を築けたのは有史以来、初めてかも知れない。僕達は理想の共生関係にあると言ってもいいだろうね。

 そんなきみの言葉だ。

 僕達も楽しみにそのお祭りの日とやらを待つことにするよ。だけど案内状くらいはその内送ってくれるんだろう?」

「もちろんよ、大切なパートナーですもの」

 

 お互いに感情なきまま言葉を交わし合う。

 こんな信頼関係にどれほどの価値があるのか不明だが、インキュベーターの中では成立するものらしい。

 

 

 

 

 ――私はただの一度たりとも、コレを信頼したことなどないが。

 

 

 

 

 もっとも、その習性ともいえる独特の行動原理は一貫しているため、私もそこだけは信頼していた。

 

 多少でもコレを信頼とか、考えるだけでうえっと吐き気を催すが。

 

 魔女と使い魔。

 雇用主と被雇用者。

 そんな関係だが、案外お似合いなのだろうと私は思う。

 

 せいぜい利用してやろう。

 私が野望を叶える、その時まで。

 まあ、それはお互い様なのだろうけど。

 

 

 この先に待ち受けるであろう、私の存在を賭けた戦い。

 

 

 神となり得る器、鹿目まどか。

 そしてまどかを神にする原因となる、暁美ほむら。

 

 彼女達の存在は、私という存在を無価値にし得る。

 それが極小の可能性であれ、存在する以上無視する事などできるはずがない。

 

 彼女達こそ、アリス以外で唯一<私>を終わらせることができるかもしれない奇跡のような存在だ。

 むしろ冗談のような存在だと言っても良い。

 

 私の祈りが魔女を生むものであるなら、円環の理はそれを無価値にする。

 

 <円環の理>とは、女神となった『鹿目まどか』が、全ての魔法少女が魔法少女らしく終われるよう、生まれてくる魔女を生まれてくる前にその手で消し去る新世界の法則の呼び名だ。

 

 その世界に銀の魔女である私の居場所はない。

 ならば私の選択肢は、闘争でしか有り得ない。

 

 運命と。

 世界と。

 女神と。

 

 これは世界の存亡を賭けた戦いという、漫画のような有り触れた展開だ。

 オリ主を自称する私にしてみれば、なんとも王道な展開に苦笑を禁じ得ない。

 

 

 私は手にした銀色のソウルジェムを砕いた。

 

 

 これもまた偽物だ。

 敵の前に弱点を晒すほど、私は愚かではない。

 

 

 なぜニボシを相手にして、私がアリスを呼び戻さなかったのか。

 

 

 答えは簡単だ。

 私の真のソウルジェムは、アリスの胎内にあるのだから。 

 

 ソウルジェムの有効支配距離の問題は、私とアリスの間に魔法的な繋がりを作ることで解消している。

 

 もはや私とアリスは文字通り一心同体だ。

 

 戦闘力で言えば、最強のアリスよりも私の方が死ぬ確率が高い。

 ならばソウルジェムは常に傍に居て最も安全な場所、つまりアリスに持たせた方が良い。

 そしてただ持たせるよりも、体内に仕込んだ方が安全なのは当然だろう。

 

 

 アリスを破壊しない限り<銀の魔女>は死なない。

 だがアリスを傷つけることは、この<私>が許すはずがなかった。

 

 

 私はアリスに手を当て、魔法で己自身ともいえるソウルジェムを取り出す。

 

 

 私のソウルジェムは既に変質し、銀色の王冠のような形へ変化していた。

 インキュベーターとの変則的な契約によって得た特製ソウルジェムは、私を一つの到達点へと至らせた。

 

 キュゥべえも知らない、私だけが持つ前世の遺産。

 そこには<暁美ほむら>の持つソウルジェムが、<ダークオーブ>へ変質したことも記憶されている。

 

 彼女だけの究極の愛の具現。

 その前例があるのなら、私がそれに至ることも不可能ではない。

 

 私だけの想い。

 銀の魔女の妄執。

 その果ての具現。

 

 

 邪悪の象徴。

 故に、私はそれを<邪悪の王(Evil Crown)冠>と名付けた。

 

 

 魔法少女でも魔女でもなく。

 神でも悪魔でもない私は――ならば<魔王>とでも名乗ろう。

 

 

 強欲の魔王は、神も悪魔もその手に掴むまで、歩みを止めない。

 

 

 

 

「……すべては、私の欲望(ゆめ)の為に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ:舞台裏の茶番


「――私達の戦いはこれからだ! 第一部完!」
「リンネ、それはエターナルフラグだよ。読者の方を不安にさせるようなネタは慎むべきじゃないかな?」

 祝杯を挙げる私に、キュゥべえがやれやれと首を振って見せた。

「……」

 アリスは無言で私の給仕をしている。
 だが心なしか、不安そうな顔をしている気がしないでもない。

「まあまあ、いいじゃないですか。主様……今回の戦い、リンネちゃんの目的は達せられたわけですから」

 アイナは私の肩を揉んでいた。
 背中に当たる双球がいとおかし。

 けれど、確かにエネルギー回収業務は遂行できたが、色々と課題の残る一戦だったのは間違いない。
 あまり楽観はできそうになかった。

「でも実は私、リンネちゃんの最終的な目的を聞いてないのですが……」

 それはもちろんハーレム……は別腹として。

「あれ、言ってなかったっけ?」

 うっかり話し忘れていたらしい。
 まぁ、誰かに話した記憶もないので当然だろう。

 私はキュゥべえを強制退場させると、室内に厳重な結界を敷く。

 対インキュベーター用の防諜結界だ。
 少なくとも数分は突破できまい。

 これまで数々の超技術を、インキュベーターから買い取ってきた。

 そして時にインキュベーターの技術力を超える可能性を持つ魔法。
 そんな様々な魔法を、私は少女達から奪い取ってきたのだ。

 すべては一つの目的のために。

「簡単に言えば、世界征服」

 しんと室内が静まり返る。
 厨二病全開な願望の吐露に、若干居た堪れなくなった私は早口で言い切ることにした。

「この地球上から全てのインキュベーターを駆逐し、奴らが消え去った後の地球の管理を担う。
 現行の魔法少女システムの新たな管理者……つまりは神になることが、私の目的だよ」

 そう、つまりは。

「新世界の神になるのは、鹿目まどかではない――この私だ!」

 その果てに、未来(ハーレム)がある!
 オールハイル私! ……なんてね。



 ――それではこれより、生存戦略を始めましょう。




 
(作者より)
 この後書きに出てくる情報は、本編とあんまり関係ありません。
 ……後書きラスト、色々パロネタが酷いですが本編にはあんまり(ry
 次話、第一章エピローグ。

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