私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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第十八話 私と契約して、再誕してよ!

 

 

 

 魔法の結界により隔離された戦場。

 閉ざされた世界の中で二人の少女が対峙している。

 

 片や、白と黒の衣装を身に纏った少女。

 片や、銀色の鎧と黄金の翼を纏った少女。

 

 <正義の魔法少女>ニボシは笑顔で殺意を謳う。

 

「さあ、私と一緒に殺し合おうよ!」

 

 彼女は自らの血濡れた手を握り締めて、笑顔の向こうにいる銀髪の魔法少女、リンネへと駆け出した。

 

 ニボシの体は羽のように軽く風となって地を駆ける。

 ニボシを縛る呪いは倒すべき邪悪を目の前にしたことで、本来の奇跡としての在り方を取り戻しつつあった。

 

 かつてないほど重い一撃をニボシは放つ。

 だが黒いガントレットは銀色の手甲に受け止められた。

 

 衝撃で地面が沈み、溢れ出る魔力の奔流で砂塵が舞う。

 それでもニボシの視線の先、リンネの顔に焦りは浮かばない。

 

「……あなたのその、色んな展開ぶっとばす天然さは相変わらずね。ニボシ」

 

 ニボシの拳をリンネは真っ向から受け止めていた。

 決して力を入れているようには見えないのに、ニボシの拳はリンネによって幼子の様に止められてしまっている。

 

 リンネは目を細めて笑みを浮かべた。

 その口端がニボシを嘲るように吊り上がる。

 

「だけど私と殺し合うには少々……いえ、かなり足りないんじゃないかしら?」

 

 リンネの背負った黄金の翼が震える。

 その瞬間、空間が壁になったかのような衝撃波がニボシへとぶつかり、彼女を遠くへ吹き飛ばした。 

 

 悠然と佇むリンネと地に蹲るニボシ。

 明確な力の差がそこにはあった。

 

 これまで踏んできた経験が違う。

 踏み滲んできた嘆きの数が違う。

 

 力が、速さが、魔力が……挙げればキリがないほどリンネとニボシでは、魔法少女としての能力に隔絶とした差があった。

 

 ただの魔法少女に、幾多もの絶望を吸い上げて来た銀の魔女を倒すことは叶わない。

 吹き飛ばされ地面を無様に倒れているニボシに、リンネは呆れるような溜息を零した。

 

「私、弱い者いじめはあまり趣味じゃないのよね……」

 

 銀の指揮杖を取り出しリンネはただの魔法少女姿へと変わった。

 ニボシを相手にあの装備は過剰すぎるとリンネは判断したのだ。

 

 雑魚を相手に無駄に魔力を消費する必要もないだろう。

 それを侮りと言うには、両者の力量は開きすぎていた。

 

 銀の魔女は絶望を告げる。

 

「あなたはただ絶望してなさい。それがあなたにとって唯一の救いとなるでしょう」

 

 いつもの作業をするように、リンネは心を凍てつかせる冷たい声を発した。

 だがそれを聞いた正義の魔法少女は――笑った。

 

「あははっ! それでこそ私が待ち望んだリンネちゃんだよ!」

 

 ニボシの全身を打ち付ける痛みは、彼女の感じている歓喜の前では心地の良い刺激でしかなかった。

 

 許されざる邪悪が。

 待ち望んだ邪悪が。

 いつも夢想した邪悪が。

 

 そんな圧倒的な<邪悪>がニボシの目の前にいるのだ。

 

 だからニボシは喜ばずにはいられなかった。

 リンネの存在そのものが、ニボシの正義を肯定してくれるのだから。

 

 

 

 それはどんな御伽噺でも変わらない不変の法則。

 悪を倒した者こそが<正義>であるという真理。

 

 

 

 故にニボシは己の存在を全うするために戦う。

 他に何もないニボシにとって、リンネの存在は救いですらあった。

 

 こんな紛い物のニボシでも、リンネという邪悪を倒せたなら本物になれる。

 

 

 

 ――あの子が本当に望んだ、奇跡に相応しい<正義の魔法少女>になれるから。

 

 

 

 だからニボシは絶望なんてしない。

 逆に希望に満ち溢れた顔で、目の前の人の形をした絶望へと立ち向かう。

 

「リンネちゃん、あなたという悪を私は倒す!」

「……………………くふっ、あはははははっ!」

 

 断罪される魔法少女はしかし、正義を目の前にして笑う。

 

 銀の魔女は三日月のような笑みを浮かべた。

 その紅い瞳には慈愛にも似た狂気的な何かが渦巻いている。

 

「――そう、ならば私は私の邪悪を証明してみせましょう。

 あなたを絶望させることで私の新たな糧にするわ」

 

 二人は笑みを交わし合う。

 互いに違う過去を持ち、違う気持ちを抱いていても、その笑みだけはなぜか似通ったモノになっていた。

 

 狂おしいほどの殺意と歓喜が交差する中で、二人はただ己の愛を囁きあう。

 

「あはっ、素敵だねリンネちゃん。そんな悪いあなたが、私は好きです」

「あら、なら両想いね。私もニボシのこと好きだもの。

 初めて会った時よりも、今のあなたの方がずっと好きになってるわ」

「嬉しい……ほんとに嬉しいよ、リンネちゃん」

 

 だから。

 

「あなたを殺して、私は正義を証明するよ」

「あなたを絶望させて(あいして)邪悪を謳いましょう」

 

 

 今ここに正義と邪悪の戦いが始まる。

 

 

 どちらも同じ、魔法少女であるというのに。

 だがそんな括りにもはや意味などないのだろう。

 

 

 彼女達こそが<魔法少女>と呼ばれる存在。

 

 

 御伽噺のような、夢と希望に溢れた存在ではないかもしれない。

 だけど奇跡と祈りによって生まれた彼女達は、絶望に立ち向かう紛れもない戦士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな魔法少女達の戦いを、白い悪魔が見下ろしていた。

 

 

 結界の外側、戦場から遠くにある高層マンションの屋上から何の障害もなく観察を続ける存在。

 キュゥべえは彼女達の戦いをずっと見ていた。

 

「さてさて、この対決は果たしてどうなることやら。まぁ僕としてはどちらが勝ったとしても構わないんだけどね」

 

 祈りによって生まれた正義の魔法少女。

 祈りによって自らを邪悪へ堕とした魔法少女。

 

 善悪の及ばぬ存在であるソレにとっては、どちらが勝とうと大した違いではなかった。

 

「だけど正義の祈りによって生まれた彼女はきみの天敵足りうる存在だ。悪を称するきみには少しばかり相性が悪いんじゃないかな? 思わぬ展開があったとしても不思議じゃないね」

 

 ただそんな言葉とは裏腹に、キュゥべえは効率の面からリンネに勝って欲しいとは思っていた。

 

 キュゥべえはあくまでも魔法少女同士の争いには不干渉の立場であるため、勝手に都合よく動いてくれるリンネはどこまでも使い勝手の良い存在だった。

 

 だがキュゥべえにとってこの戦いは理想的な共生関係にあるパートナーを失うかもしれないが、失くしたところで代わりは他にいくらでもいる程度の認識でしかなかった。

 

 今現在で六十九億人。

 しかも四秒で十人ずつ増え続けている人類だ。

 

 代わりが生まれないと思う方がどうかしている。

 

 リンネという前例が生まれたのだ。

 次となる存在が生まれないわけがない。

 

「頑張って欲しいね。彼女には」

 

 それは果たして、どちらの少女へと向けられた言葉だったのか。

 

 無邪気な声で、人類を飼育する邪悪な存在は尻尾を一振りする。

 彼女達の戦いを見守る唯一人の傍観者は、嗤う様に目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニボシは漆黒のガントレットを握り締める。

 剣を失ってからこれまで鍛え上げてきた魔法の籠手だ。

 

 かつてニボシは正義の象徴である剣を失い、ただの魔法少女に成り下がっていた。

 それでも自身の籠手一つで戦い抜いてこられたのは、偏に彼女に許された才能ゆえのことだった。

 

 呪われた正義の魔法少女としての才能。

 あるべくして備わっていた機能が、ニボシをこれまで生かしてきた。

 

 だが先ほどの僅かな攻防で、このままではどう足掻こうが勝てないことをニボシは悟っていた。

 正義の魔法少女として全盛期だったかつてのニボシでもリンネには届かないだろう。

 

 だがそれでこそだとニボシは思う。

 今の彼女に届き、そして超えることでニボシは証明することができるのだ。

 

 正義の在り処を。

 ニボシが生まれて来た意味を。

 

 ニボシは自らのソウルジェムへ語り掛ける。

 

「もし、本当に奇跡があるのなら……」

 

 

 かつて一人の少女が望んだ<正義の魔法少女>が、偽りでないのなら。

 

 

 真に奇跡によって生まれた<正義の魔法少女>ならば、今こそそのための力を与えよ。

 禁断の契約をいま再びここに履行せよ。

 

 でなければ願いは果たされない。

 あの子の祈りは報われない。

 

 ニボシは自らに施した封印を全て解いた。

 ソウルジェムが眩しいほどの光を放つ。

 

「私は<正義の魔法少女>! ならば私を生んだ奇跡よ、ソウルジェムよ! そのための力を、魔法を、私に寄越せぇえええええええええ!!」

 

 

 

 乖離していた<正義の魔法少女>が再び融合を始める。

 

 

 

 だが巨悪を前にして暴走する呪縛は、ニボシという人格を容易に塗り潰していく。

 

 迷いはなくなり人間らしい思考は淘汰されていく。

 心がすっと冷たくなっていき、感情的なノイズは排除され合理化されていく。

 

 正義になるということはそういうことだ。

 原初の祈りに戻るならば、不純物である人の心など捨て去るしかなかった。

 

 わかっていてニボシは呪縛を解き放ったのだ。

 自身が漂白されていく中、それでもニボシは叫んだ。

 

 

 

 再誕の産声が上がる。

 

「もっと……もっと――もっと、輝けぇえええええええっ!!」

 

 

 

 

 たとえ己という存在が消えても、正義が残ればそれでいい。

 <自分>なんてモノがあるから苦しむのだ。

 

 だからニボシはいつも夢想していた。

 

 こんな不完全な私じゃなくて本当の正義の魔法少女になれたら。

 意思なく感情なく迷いなく、あの子の理想を体現できるなら。

 

 こんな無価値な<私>はいらない!

 

 

「正義をここに! 今こそ私は<正義の魔法少女>になってみせる!」

 

 

 ニボシの記憶が零れ落ちていく。

 

 あんなにも大切だと思っていた二星との想い出が、次の瞬間にはどうでもいいモノに成り果てていく。

 

 ああ、こんな簡単なことだったんだ。

 正義の魔法少女になることって。

 

 人の心で正義をなすことは叶わない。

 ならばもう、化け物になるしかない。

 

 

 そして<ニボシ>は再誕を果たした。

 

 

 長年枷となり続けた呪縛は反転し、かつてないほど強大な力をニボシに与えた。

 

 フタホシによって紡がれた奇跡。

 ニボシによって変質した呪縛。

 リンネの持つ邪悪なる因果。

 

 それら三つの要因が冗談のように掛け合わさり、ここに強大な魔法少女が誕生した。

 彼女は今まさに奇跡のような存在に成り果てていた。

 

 この世界に生まれた時からニボシは魔法少女だった。

 ただの一度も、ニボシが人間であったことなどない。

 

 だからこれは本来の姿に戻っただけのこと。

 ニボシはクリアになった視界で世界を見渡す。

 

 白と黒の入り混じっていた衣装は、漂白されたように一切の穢れなき純白へと変わっていた。

 

 白は正義の象徴。

 ならば使えるはずだ。

 

 

 かつて失ったあの剣を。

 

 

 ニボシの伸ばした手に光が集い、かつて砕けた<正義の剣>が再び手に納まる。

 ニボシの体の一部ですらあったそれは、今再びニボシの元へと戻ってきた。

 

 だがそれを見るニボシの瞳は何の感情も映してはいなかった。

 ただ悪を滅する激情だけが渦巻き、正義の祈りによって心の裡が満たされる。

 

 真なる正義の操り人形がここにいた。

 

 かつて蜘蛛の巣が張っていたようなソウルジェムは、今では眩しいほどの白を纏っていた。

 ニボシの持っていたグリーフシードを使っているのか、病的なまでに穢れを許さない自らの魂の宝石をニボシは無感動に掴み取り己の右手に嵌め込む。

 

 星型となったソウルジェムはどこまでも眩しい光を放ち続ける。

 信じられないほどの魔力がニボシの身を包んでいた。

 

 

 <正義の魔法少女>は感情なき声で目の前の邪悪へ宣告する。

 

 

「……私は全ての魔女を狩り、全ての悪を滅ぼす者。

 そのためだけに生まれて来た存在。

 だから私はあなたという悪を断罪し殺します」

 

 積年の祈りはついに本願を叶えた。

 

 

 

 <正義の魔法少女>がいまここに解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニボシの変質を目の当たりにして、リンネは目を細めた。

 突き付けられた正義の剣のことなど気にも留めず、その紅の瞳はただニボシのソウルジェムのみを見続ける。

 

 いくつもの仮説を立て、ようやく結論の出たリンネは思わず溜息を付いていた。

 

「……そう。そういうことだったのね」

 

 つい先ほどまで笑みを浮かべていた唇は固く結ばれ、発した声は硬質な響きを持っていた。

 

 切り札があるだろうとは思っていた。

 なにかあることも薄々勘付いていた。

 

 だから正直リンネはニボシに期待していたのだ。

 アリス以来の輝きを持つ存在が現れることを、リンネは心の底から待ち望んでいた。

 

 

 

 ――それがよりにもよってこのザマだ。

 

 

 

 リンネが絶望させるまでもなく、彼女は既に絶望していた。

 リンネが人形にするまでもなく、彼女は既に人形だった。

 

 奇跡の残り香を嗅ぎニボシの想いを読み取ったリンネは、その全てを吐き捨てる。

 

「ああ、なんて――くだらない」

 

 リンネの中にあったニボシへの興味が薄れていく。

 眩しい輝きを持っていたからこそ惹かれていたというのに。

 

 心に絶望を抱え、それでも笑う彼女は誰よりも素敵だったというのに。

 その輝きを捨てて自ら意思なき操り人形になった彼女には、もはや欠片も魂を惹かれない。

 

 結局、彼女は絶望の先に行くことができなかった。

 人間としての生き方を諦め、ただの操り人形であることを望んだ。

 

 だからあれはいらない。もう欲しくない。

 わざわざリンネの騎士団に加える価値はもはやなかった。

 

 故にリンネは迅速な処理を決めた。

 あれはもはやただの障害でしかない。

 

 ただの操り人形に人形遣いを倒すことなどできるはずがないのだから。

 

「ならばこれより、さらなる茶番を始めましょう。

 あなたと私によるラストワルツで、舞台は終わりを迎えましょう」

 

 リンネは優雅な仕草で銀の指揮杖を振るう。

 だがリンネの魔法が発動するよりも早くニボシは接近し、純白の剣の斬撃を放った。

 

 悪を断つ剣はリンネを真っ二つに切り裂いた――かに見えた。

 上空から無数の弾幕がニボシを襲う。

 

 一発一発が普通の魔法少女なら致死の魔弾を、ニボシは次々と躱し時に切り裂いた。

 爆風の切れ目から、上空でリンネが次々と銀色の魔力弾を投下しているのが見える。

 

 先ほど切り裂いたのはリンネの幻影魔法だった。

 大凡通常の魔法少女が使える魔法ならば、奇跡の裏技を使えるリンネにとって模倣はおろか改良すらも可能だ。

 

「<銀色の亡霊(アルジェント・ファンタズマ)>――なんてね」

 

 無数のリンネの幻影群が現れる。

 先ほど切り裂いたモノと同じ、ニボシの目を持ってすら見分けのつかない幻影達。

 上空のリンネ達が、各々の指揮杖を取り出して一斉に唱和する。

 

「「「さあ、踊りなさい!」」」

 

 空が魔法陣で埋め尽くされた。

 込められた魔力はどれもが馬鹿げた威力を秘めている。

 

 そんな絶望的な光景を目の前にしても、ニボシは無言でただ剣を構えていた。

 ひたすら正義を執行する人形の姿がそこにはあった。

 

 そしてリンネによる蹂躙が開始される。

 だが地形が変わるほどの爆撃の最中、冗談のようにニボシは健在だった。

 

 彼女の持つ剣が、そこから発せられる魔力が、何らかの力でリンネの攻撃を防いでいるのだ。 

 

「……あの剣、私の魔法を打ち消している?」

 

 ニボシに向かって放った魔法の尽くが、純白の剣に切り裂かれれば嫌でも気が付く。

 

 初めは魔法の剣だからだろうと思っていた。

 似たようなことはアリスの<黄金の剣>でも出来るのだから、驚くには値しない。

 

 そう最初は思っていた。

 

 だが魅了系の催眠や暗示の魔法まで完全に無効化し、おまけにレアスキルである呪い系の魔法まで完全に弾くともなれば、それはもはや単なる抵抗力や防御などという問題ではない。

 

 ましてやリンネのそれは従来の物より強化されているのだ。

 ただの魔法少女に防げる道理があるはずがなかった。

 

 故にリンネは情報を得るべく、魔法をニボシ自身ではなくその因果に集中させた。

 中でも占術系とリンネに分類された魔法群の中には、予知類の魔法すら含まれている。

 

 魔力コストが高いので基本スペックの高いリンネは滅多に使わないのだが、あの謎を解かない限りはニボシの攻略は難しいと判断したのだ。

 

 数多の魔法少女達から奪い取ってきた魔法を駆使しニボシのこれまでの生を覗き見て、リンネはようやくその正体を掴む。

 

 ニボシが人造魔法少女だったことに驚きはない。

 そんなことはこれまでの観測データから分かっていたことだから。

 見慣れた悲劇はリンネの心には響かない。

 

 そんなことよりも、厄介なのはその能力。

 魔法特性<正義>という冗談のような存在。

 

 偶然の産物か、冗談のような特性を得た魔法少女を目の前にしてリンネが舌打ちする。

 

「……<正義>の魔法少女か。まさか相手の因果を読み取って、敵の属性が<悪>に偏っていたら能力が上がるなんて……ふざけた存在ね」

 

 誰よりもふざけた存在であると自覚しているリンネにとっても、ニボシの存在は馬鹿げていた。

 

 どこの誰が正義なんて願うのだろう。

 何でも願い事が叶う奇跡の権利を与えられて尚純心に正義を祈るなら、それは聖人を通り越してもはや狂人だ。

 

 世界平和を願うのと同じくらいの無茶振りだ。

 無理に叶えようとするならば、それは祈った者の才覚に応じた範囲しか叶えようがない。

 

 世界平和を望むなら、その者の周囲だけが平和な世界を与えられるだろう。

 正義を体現するなら、目の前の操り人形のように、意思を殺した正義の化け物になるしかない。

 

 そして悪の体現者であるリンネを前にして、これ以上ないほど奇跡が発揮されているという悪夢のような現状。

 リンネの得た情報を信じるならば、リンネの放つ魔法は全て悪属性と判定され無効化されることになる。

 

 魔法少女の使う魔法が全て無効化されるのだ。

 普通なら勝負にすらならない。

 

 今でこそ絶え間ない爆撃で封じ込めているが、いくらリンネのソウルジェムが大容量だと言ってもいつか底が見えるだろう。

 

 そうなれば詰め寄られ一太刀で斬り伏せられてしまう。

 

 ニボシのあの剣はリンネの魔力が込められたものならば、鎧だろうが黄金の翼だろうが容易に切り裂く。

 そういう奇跡で編まれた反則なのだ。

 

 こちらの攻撃は通じず、なおかつ相手の攻撃は一撃必殺に成り得る。

 それでも負けるとは欠片も思わないが苦戦は必至だろう。

 

 やれやれと思わぬ大仕事にリンネは溜息を吐いた。

 

「ほんと魔法少女ってどこまでも不条理な存在よね」

 

 誰よりも条理を嘲笑う魔女が嘯いた。

 ようは真正面から戦わなければいいだけの話だ。

 

 

 それは銀の魔女にとって、最も慣れ親しんだ戦法だった。

 

 

 

 

 

 

 砂塵が舞い魔力の迸る戦場から一歩離れた場所で、倒れ伏していた人形が再び動き始めていた。

 

 胸を貫かれ地面を真紅に染めていた人形<アイナ>は、主から送られた指令を忠実に叶えようとする。

 胸に風穴を開けたまま人形は笑みを形作った。

 

「……仰せのままに、我が主よ」

 

 視線の先、すぐ傍には気絶しているアリサがいる。

 アイナはグリーフシードを取り出すと申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 

「ごめんねアリサちゃん。私達の玩具になってね? ――えい」

 

 そんな可愛らしい軽い掛け声と共に。

 

 アリサに魔女の種子(グリーフシード)を呑み込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、ああああああああああああああああっ!!」

 

 取り返しの付かない喪失の歌が奏でられる。

 割れた卵は二度と元には戻らない。

 

 後悔と悲哀に満ちた絶望の叫びが戦場に響き渡った。

 

 それを聞きながらリンネはふと、かつてリナと交わした約束を思い出した。

 

「……そういえば約束破りはグリーフシード呑まなきゃいけなかったっけ? 私の代わりに<彼女>に呑んでもらったから、勘弁してもらえないかしら」

 

 自身の小指を眺めながら、リンネは困ったような苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 ――新たな絶望が誕生する。

 

 

 

 

 

 




おまけ:小ネタ

某勇者王「光になれぇえええええ!!」
某アルター使い「もっと輝けぇええええええ!!」

 物語の主人公は誰だって。
 光輝くものだと思うから……!

「その点、私のビジュアルはパーフェクトね。金銀でちょっと成金臭い気もするけど、大丈夫。全身ゴールドなんて主人公も珍しくないわ。そう、私こそが主人公にしてオリ主なのは疑いようが――」
「ちょっと覚醒してDANZAIしに来ました(ピカー)」
「ファッ!? なんて主人公力……!? ニボシ、恐ろしい子!」



「……あの人達にはもう、付いていけません」
「大丈夫! アリサちゃんにはまだ出番が」「お願いだからもうほっといてッ!?」


(作者より)
 予想以上に長くなったので分割投下。
 とりあえず突っ走るんだ私……後ろは、振り返らない!
 暑さで変な事を書いてないか心配です(滝汗)

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