ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第十六話 インパクト 前編

「海菜さん! ハロウィンイベントですよ!」

 

 いつもの様に練習を覗きに行くと、駆け寄ってきた穂乃果にテンション高く報告された。

 一体どうしたというのだろう? 俺は訳が分からずに首を傾げ、とりあえずカバンを地面に置く。勢い良く走り寄られてしまったせいで、風が身体を冷やした。うぅ、十一月間近となればかなり寒い。

 

「ハロウィンイベント?」

「はい! 今回一次予選を突破したお陰か、私達もお呼ばれしたんです!」

「へぇー」

「凄いですよね!」

「うん」

 

 軽く相槌を返しておく。

 中継ライブを利用した予選の結果発表が終わった一週間後。日々コツコツと練習に励むμ’sの元に新たな風が舞い込んだらしい。

 どうやら、秋葉原のイベントのオファーが届いたみたいだ。

 聞き流すのも可哀想なので、一応聞き返す。

 

「ちなみに何するの?」

「はい! ステージで踊らせてもらえるみたいです!」

「へぇー」

「私達、有名人みたい!」

「うん」

 

 ま、スクールアイドル呼んでやらせることといったらそれくらいだろうな。一応学校の正式な部活だから無料イベントにボランティア参加、という形だろう。

 特にデメリットも無さそうだし、出ればいいんじゃないだろうか?

 

 ぶっちゃけ、然程俺自身に興味はないのだが。

 

 俺はちらりと全員の顔を見る。

 うん。なんだかんだ参加したそうだし。特に凛と穂乃果の瞳の輝きは相変わらずだ。

 新しい物への興味が尽きないのだろう。挑戦することに躊躇いを覚えないというのはかなりの長所だと思う。

 

「少し緊張はするのですが……」

 

 おずおずと手を上げながら海未は言う。

 ま、この子はそうだろうな。花陽もその意見に関しては同意なのか、チワワのような弱々しい瞳で俺を見つめてこくこくと頷いてみせた。

 ふむ、可愛い。あくまで妹を見る兄の目線ではあるけれど。

 

「何言ってるの! だからこそ場数を踏まなきゃダメなんじゃない」

「うぅ……そうだよね。最終予選はもっと大きな会場で踊らなきゃなんだし」

 

 俺が口を開く前ににこがすぐさま激を飛ばす。

 たしかに、彼女の言い分はもっともだ。不特定多数の観客が視線を飛ばすステージに立つ。その練習が出来る機会はなかなか無い。そう考えれば今回の話は悪い話ではないだろう。

 

「ふわぁ……」

 

 おっと、欠伸が……。

 

 俺は慌てて口を塞ぎ、続いて出そうになった二回目を噛み殺す。うぅ、仕方ないんだって。練習にも付き合って、勉強も手を抜かないようにしたら多少は睡眠時間が減ってしまうから。

 

「海菜はどう思う? 私たちは参加しようって思っては居るんだけど」

「俺もそれでいいと思うよ」

「あら。珍しくすんなり認めるのね?」

「アンタ、もしかして気抜けてるんじゃないでしょうね。シャキッとしなさい、シャキッと」

「や、別に問題なければおっけーって言うっつの。何? 君らの中で俺は小姑ポジションか」

 

 まるで俺が毎度のように文句を付けているかのような言い草。

 たしかに、ココ最近色々と口を出してしまったのは事実だけど、それは必要なことだったから! 絵里達が皆で話し合って決めた事と俺の意見が一致したら何も言わず背中を押すって。

 俺が半眼でじろりと睨むと、絵里はいたずらっぽく笑った。

 

「冗談よっ」

「はぁ……」

 

 続いてにこも腰に手を当てて頷く。

 

「そうね。アンタ、姑というよりは番犬だもの」

「は?」

「何よ。似たようなもんでしょー? ほら、ワンって言ってみなさい、ワンって」

「むっかつく! 君はアレだよ。もう……家庭で言う、……大根みたいなもんだわ!」

「せめて生き物に例えなさいよ! しかもなんで大根なのよ!」

「『にこ』みたい。煮込みたい……どうも、かいなっちです」

「むっかつく!」

 

 いや、お前にだけは言われたくない。

 俺たちはばちばちと火花を散らして睨み合う。

 が、すぐに諦めて視線を逸らした。流石に半年以上絡み続けているとやりとりが平行線になることは目に見えてるからな。

 

「あはは。仲良いねっ」

 

 ことり、君の目は節穴か? これをどこからどう見れば仲良く……。

 

「どちらかと言うと手のかかる幼稚な双子だにゃー……にゃ~!はーなーしーてー!」

「はぁ。余計なこと言うからよ」

「真姫ちゃーん、助けて欲しいにゃ~」

 

 凛が特に何も考えずナチュラルに余計な一言を口にした瞬間。

 にこががっしりと彼女の身体を掴み、俺が逃げられずにいる凛の頭を鷲掴みにした。そしてそのまま容赦なく揺らし続ける。時折切なそうな声で助けを求められるのだが……。

 知った事か! 後悔しろ!

 

「こんな時だけ息ぴったりなの、卑怯にゃー!!」

『息なんかあってねーよ!(無いわよ!)』

「にゃあぁあぁ~」

 

 一体どんな見方をすれば息があってるように見えるのか!

 

 パンパン。

 

 そうして遊んでいると、唐突に少し大きめの合図が響き渡る。

 ひょいと顔を音の下方向へと向けると、腕を組んで俺とにこを見る絵里が居た。

 

「こら。二人共、そのくらいにしておきなさい。本題はここからなんだから」

「本題?」

「にゃぁ……」

 

 へにゃり、と倒れこむ凛をとりあえずは花陽の方に放っておいてオウム返しに聞き返す。ハロウィンイベント参加についてどう思うのか聞かれるだけだと思ったんだけど……、彼女の口ぶりと何か他にあるらしい。

 んー。なんだろう?

 

「えぇ。今日色々と皆で話しててね」

「そうなんです! ハロウィンイベントもそうですけど、最終予選でもμ’sがこう、バーン! って、目立てるようにならなきゃいけないと思うんです!」

「あ、あぁ……」

「やっぱり、スクールアイドルたるもの、インパクトが無くちゃ!」

「……? ま、一理あるかも。あと、穂乃果。近い近い」

「ですよね!! ……っと、ごめんなさい!」

 

 相変わらず熱しやすい彼女は、俺の鼻先にまで顔を近づけて自身のアイデアを熱弁してきた。サファイア色の綺麗な曇り無い瞳や、少しガサツでおっちょこちょいな性格とは正反対に整った目鼻立ち。女の子特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 流石に照れくさいのでしっしと追い払い、俺は首を傾げた。

 

「インパクトって……やっぱ必要かな? ま、必要か」

 

 よく分からないけど、確かに何か強いイメージ付けというのは大事なのかもしれない。

 そして、案の定アイドル大好き花陽が解説してくれた。

 

「はい! 例えばそうですね、A-RISEだと『完璧』や『王者』のイメージが。二位のイーストハートには『フレッシュ』や『ピュア』なイメージが。Midnight Catsだと『大人』で『小悪魔』なイメージが。各々曲だったり衣装だったりを工夫して、それぞれの印象を強めているのです! ですが、私達μ’sはそういう面では他のチームに劣ってしまっているな、と。やはり名を全国に轟かせるようなアイドルグループは皆そのチームだけの武器を持っているものなのです! 少なくとも花陽はそう思いました!」

「うむ。解説ご苦労」

「はうぅ……、流されちゃったよぅ」

「大丈夫にゃ。凛、そんなかよちんも好きだよー?」

 

 最近では暴走モードの花陽の処理もお手の物。

 ま、彼女が言うんだからその『インパクト』とやらは必要なのかもしれない。

 

 ……。

 

 うん。それは理解した。

 

「それで? 俺はどうすればいいの?」

 

 事情は理解したものの、肝心の俺の役割が分からない。

 こういった話に関して俺はただの素人だ。申し訳ない事に知識も少ないため、素直に彼女達に向けて問いかける。力になれるかな。

 

「ふ! ……古雪くんに案を出して貰おうと思って」

「……希、どうした? 声裏返ってるけど」

「えっ? 何でもないよ! もう、いつも通りやん」

 

 なぜか何でもない所で音程を外す希。ちらりそちらを見るも、すーっと後ろの方に再び戻ってしまった。

 まぁ、何でもないって彼女が言うなら余計な詮索をするのもどうかと思うからな。とりあえずは目先のことに集中。俺はそう自分に言い聞かせて顔を上げた。

 

「案って……どういう案を出せばいいの?」

 

 そうねぇ、と絵里は人差し指を顎に当てて宙を眺めた。

 μ'sでは珍しい、理知的な所作が似合う子だなとぼぅっと思う。

 

「例えば、さっきは『部活要素』を取り入れてみたわ」

「部活?」

「えぇ。私はチアガール、穂乃果はテニス部……みたいに皆それぞれ仮装してみたんだけれど」

 

 ゆっくりと絵里は視線を俺から逸らせていく。

 

 あ、なるほど。失敗したんだな。

 

 辺りを見回すと、赤面して俯く真姫。同じく顔を紅く染めて固まる海未と、何故か怒っている様子のにこ。他のメンバーは割と平気そうな顔をしている辺り、今挙げたメンバー辺りがハズレを引いたようだ。

 

「…………」

 

 

 

――へぇ。なるほど。そういう案を出せば良いのか。

 

 

 

「ふふふ……」

 

 

 知らず知らずのうちに、俺の口元から笑い声が漏れ……。

 寝不足気味で血液の足りなかった脳に一気に活力が戻り、冴え渡る。

 ビクン、と絵里の肩が跳ねた。

 

 その表情に怯えと警戒心が宿る。

 

「か、海菜?」

「インパクト……ね。ふふ……へへへへ」

「あ、あのー。海菜。別に軽く案を出してくれるだけで……きゃっ!」

 

 そぉっと俺の傍まで歩み寄り、恐る恐る学ランの裾を掴んで諌めようとしていた絵里を振り払い、俺は立ち上がる!

 

 

 そして、全身全霊を込めて叫んだ。

 

 

「よっしゃああああああ! 俺に任せろ!!!」

『おーーーー!』

 

 

 素直に掛け声を返してくれる穂乃果や凛、ことりに花陽。

 

 が、そうでないメンバーが大半だった。

 

 ふふん。中々良い勘してるじゃないか。こうなった以上関係ないけどな。

 

「こ、これは少しまずいことになったかもしれないわ。あの目は昔から特にヤバいパターンの……」

「ちょ、ちょっと、真姫! 止めてきなさいよ」

「なっ! 無理よ! だから古雪さんには言わないほうがって言ったのに!」

「か、帰ってよろしいでしょうか。今日、実は用事が……」

「海未ちゃん。大人しく諦めたほうが身の為やで?」

 

 まったく、何をごちゃごちゃと言っているのやら!

 俺は一気に高まっていくテンションのまま大きく息を吸い込んだ。

 

「そこ! 返事は……どうした?」

『は、はいっ!』

 

 おぅ。それで良い。

 全く、そんなに怯えなくてもいいのにな?

 

 

***

 

 

「第一回! チキチキ、本当の私を探せ! μ’sのインパクトを高めるぞ大作戦~~!」

『イエーーーイ!』

『い、いぇーい』

「ははは! ……今声小さかった奴誰だ?」

『イエーーーイ!!』

 

 うむうむ! 結構結構!

 俺たちは善は急げとの事ですぐさま音ノ木へと戻り、閑散としたグラウンドの端っこで謎の盛り上がりを見せていた。半分ぐらいヤケクソになって声を上げているが、そんなことは大した問題ではない。

 変化を求めるということはそれすなわち、犠牲や痛みも伴うものだ。

 

「よっしゃ、という訳で。俺がどんどんテーマを上げていくから、君らはそれに応じたキャラになりきって下さい! 一テーマにつき俺が適当に一人指名するから、残りのメンバーはそれに点数をつけて、最後に良かったテーマの中からインパクトを決めることにしよう」

「はいはーい! 質問です!」

「はい、穂乃果!」

 

 やはりここでもノリノリの穂乃果が元気よく手を上げる。

 

「衣装とかはどうすれば良いんですか?」

「ま、あるものは着てくれたほうがイメージ掴みやすいんじゃないかな」

「なるほど! 了解です!」

「私からも質問、よろしいですか?」

 

 穂乃果とは対照的に、この世の終わりでも迎えたかのような顔で海未が片手を挙げた。肘が上がりきらず、ついでに背中も曲がり、視線は地面に吸い込まれている。うーん。どうしたんだろう?

 

「許可する!」

「指名されたテーマをパスとかは……」

「あっは! 無理」

「ですよね。分かってました」

 

 しゅん。

 諦めたように乾いた笑い声を立て、彼女は体操座りに移行した。

 

 よし。それじゃ。

 

 

――始めようか。

 

 

 

 

「テーマ一……『セクシー』」

「しょっぱなから何ドきついの持ってきてるのよアンタは!」

 

 俺が記念すべき一番最初のテーマを発表すると、秒速でにこが立ち上がり、相変わらずキレッキレのツッコミを入れる。

 

「最初っから全力で行くぜ!」

「全力を出す方向が間違ってるのよ!」

「行ってみなきゃ分かんない景色ってのはあると思うんだ」

「アンタはまたそれっぽいことを……。だからって男のアンタが知り合いとはいえ、アイドルに『セクシー』はやめなさい。セクハラよ!」

「うるさいな。君に関係ないジャンルなんだから座ってろ」

「ちょっと! それ、どういう意味!?」

 

 全く、ああいえばこう言う。

 いちいちコイツにツッコませてたら話が進まない!

 

 俺はひらひらと手を振ってにこをいなすと、ぐるりと他メンバーを見渡した。

 

 つぃー。

 

 

――見事に全員俺から視線を逸らす。

 

 

 例外なく、だ。流石の穂乃果や凛もここまで直接的な単語だと気後れしてしまうのかもしれない。

 

「ふふ」

 

 おっと。また笑い声が漏れてしまった。

 

 一歩。

 砂利と革靴が触れ合って小さく音を立てる。

 僅かに全員の肩が動いた。

 

 そしてまた一歩。

 俺の影が海未へとかかり、彼女がぷるぷると震えだす。

 

 

――あぁ。悪くないな。

 

 

 俺はゆっくりと歩みを進め、未だに俺と目を合わせようとしないメンバー達の周りをぐるぐると回り始めた。面白いように、俺が近づくと動揺して震え始めるので少し楽しくなる。

 結局、二分くらい彼女らのリアクションを楽しむこととなった。

 

 あ。そろそろ誰にやってもらうか決めないと。

 

 俺はそっと、穂乃果の背後に近づく。

 そして……。

 

 ぽん。

 軽く右手を彼女の肩に乗せた。

 

「あぅ……」

 

 穂乃果の口から情けない声が漏れる。と、同時にその他全員の身体から力が抜けた。

 

「ん。じゃあ、穂乃果」

「うわーん、出来るかなぁ。穂乃果よく分かんないよー!」

「穂乃果ちゃん、頑張るにゃっ」

 

 現金なもので、選ばれなかったメンバーは明らかな安堵の表情を浮かべて胸を撫で下ろしている。

 

 が。

 

 俺の次なる一言で凍りついた。

 

「あ、あと。……海未もね」

「へ?」

 

 ひゅう。

 と、静寂に包まれたグラウンドに秋風が舞い込んで……。

 

 

 

「ちょっと待って下さいいぃ!!!」

 

 

 

 海未の絶叫があらゆる音を強引に塗り替えた。

 

「やだね! 時間ないしさっさとやるぞ」

「先程、一テーマにつき一人だと言ったじゃないですか!」

「あ、あれ、嘘」

「ひっ、卑怯です!」

「うるさい」

「理不尽ですぅーー!」

 

 いや。アレだけ露骨に安心されるとついついやりたくなっちゃうよね。

 そういう警戒をしない辺り、まだまだこの子達は俺の性格を掴めていないと見える。

 

 絵里だけは流石、あまり喜びが目立たないよう端っこに移動していた。……ちょっとせこくないか? 良いけど。

 

「ホントあんた、容赦無いわね」

「何事にも全力少年だから」

「積み上げた信頼(もの)をぶっ壊してる途中ってこと?」

 

 む、コイツ良い返ししてくるじゃんか。

 

「ちょっと上手い返しがムカついたからにこも追加で」

「えぇ~!? ちょっと待ちなさ、ほ、穂乃果? なに掴んで……いやぁああ!」

 

 

 ◆

 

 

「そ、それじゃ、高坂穂乃果。いきます!」

 

 珍しく、穂乃果が頬を染めておずおずと手を挙げた。

 

 天真爛漫な一面が目立つ彼女だが、歳相応の恥じらいというのも持っているらしい。自信満々でなんにでも挑戦する彼女しか知らないため新鮮だ。

 うむ、良いんじゃないか? 既に新たな一面が見えて来た気がする。

 

 ぎゅっと胸元で穂乃果は手を握りこんだ。

 

 気恥ずかしそうに揺らめく瞳が既に艶めかしい。う。マズイな。普通に可愛い。

 迸る天性の妖艶さにやられてしまいそうだ。

 

「えっと……高坂穂乃果です!」

 

 勢い良く飛び出して、一度ターン。

 そしてわずかに逡巡した後、投げキッスを決めてみせる。

 

 羞恥の浮かぶ表情からのそれはなかなかの破壊力で……なぜかことりが「ひぅ」と悲鳴をあげていた。

 

 そして。

 

「皆のアイドル……じゃなくて、皆のお嫁さんになりたいな!」

 

 無意識なのか、それとも意識的なのか……僅かに身体を反らし、自身の身体のラインを強調してみせた。不思議と視線が引き寄せられる。

 匂い立つ魅力、と表現したら良いのだろうか。

 歳相応に実った双丘や健康的な肢体が眩しい。

 

 確かに、μ'sには絵里や希のようなそこらの女子高生では太刀打ち出来ないスタイルを維持しているメンバーが存在する。花陽も成長次第では彼女達に並べる可能性を秘めていると言えるだろう。

 その中では、確かに穂乃果のバストやヒップは物足りない。

 

 ……しかし、不思議な事に、そんな等身大の女子高生ならではの身体だからこそ、よりリアルな色香を漂わせていた。

 

 

 穂乃果は自身の魅力を余すこと無く振り撒き終わり、最後に決め台詞。

 

 

 

「穂乃果のこと、たーっくさん、愛してね?」

 

 

 

 言い切って、ニコリと笑顔を浮かべた。

 

 

――一同絶句。

 

 

 一方、無自覚で全てをやりきった穂乃果は不安そうに辺りをキョロキョロと見回す。

 

「ど、どうかな? 上手く出来てたかな」

「いや。……うまくいくどころか。かなり良かったよ」

「ほ、本当ですか!? 良かったぁ……緊張したよぉ」

 

 あぁ。俺も緊張した。

 ……野次飛ばすの忘れるくらいには。

 

 ある程度のポテンシャルはあると予想していたけど、想像以上だ。恐らくこの子はまだ自分の女性的魅力に疎いのだろう。これでもし、それを武器として扱える日が来たら……。

 いや、やめておこう。

 少なくとも今の彼女は天真爛漫で純粋無垢な女の子。

 きっとしばらくはこのままの穂乃果で居てくれるはず。

 

 俺はぶんぶんと頭を振って雑念を追い払い、次のメンバーを呼んだ。

 

 

 ◆

 

 

「海未!」

「は、はいぃっ」

 

 覚悟は出来たのか、食い気味に返事を返してきた。

 

 もう逃げられないと判断したのだろう、海未は半ばヤケクソ気味に走り出てくる。

 何故か横のことりの鼻息が荒くなっているのだが、とりあえずは放置しておくことにした。

 

「それでは……」

「ん。よろしく!」

 

 海未は一歩前に出る。

 視線は泳ぎ、羞恥からか視線は下がって悔しそうに唇を噛んでいた。……相変わらずいい表情をする女の子だ。

 

「…………」

 

 彼女は無言のまま、自身の制服の腹を掴む。

 

――まさか……。

 

 浮かぶ予測。

 そして、それは現実となった。

 

 

 海未はブラウスをゆっくりと上へと上げていく。

 

 

 たっぷりと焦らすような時間をかけて、海未の白く透き通った肌が顔を覗かせた。秋服の彼女からは見ることの出来ないはずの滑らかな腹部が目に焼き付く。

 彼女は声を出すことすらままならないのか、悔しそうな表情で頬を染めて視線を地面へと向け、右腕だけを静かに動かしていた。

 

 ことりは「……やぁん」と切なげな悲鳴をあげ、他メンバーもごくりと喉を鳴らす。

 

 な、なるほど。

 やるじゃないか園田海未。

 かぁっと、自分の顔が熱を持つのを感じて俺は慌てて俯いた。

 

「ど、どうですか……?」

「どうですかって……」

 

 その表情で、服をたくし上げながら話しかけるのはやめろ!

 

 なんだかよくないことをしてるような気分になる。いや、実際してるのか?

 俺だって、ここまでするとは思わなかったんだよ! いつもの様に恥ずかしさから縮こまってしまう海未をからかってやるつもりだったから!

 

「か、海菜さんがやれって言ったからやったんですよ!」

「う……」

「な、なんとか言ってください!」

「わ、分かったから! それ以上あげたら下着まで見えるぞ!」

「ひゃあっ。……最低です。今日という今日は許しません!」

 

 うわああん、と泣き声を上げながら、目に涙を貯めて俺の元に駆け寄り、ぽかぽかと肩辺りを叩いてくる海未。

 そうそう、こんな感じをイメージしてた。

 

 俺は彼女の両腕を掴み、向かい合う。

 じぃ。と、上目遣いにこちらを見つめてきた。

 

「海未」

「なんですか……」

「君のそれって、『セクシー』じゃなくて『エロ』っていうジャンルの……」

「キライですキライですキライですーーー!!」

 

 

 ◆

 

 

「もうお嫁にいけません……」

 

 後ろで何やら海未が甚大なダメージを負っているみたいだが、ま、μ’sの為の犠牲と考えれば致し方無いだろう。

 俺は心を鬼にして声を張り上げる。

 

「知るか! 次! にこ!」

「ほんと、スイッチ入ったアンタって鬼畜以外の何物でも無いわね。あの後にやるのはさすがのにこも……」

「知るか! 次! にこ!」

「話すら聞く気無いし!?」

 

 さすがのにこも余裕が無さそうだ。

 俺は一応念を入れて釘を刺す。

 

「笑いに逃げるのは無しだからな」

「うぐ。分かってるわよ。……それじゃ、一回しかやらないんだからちゃんと見ておきなさいよね!」

 

 ギロリ、と俺を睨みつけにこは言う。

 俺は小さく頷いて凄まじい不安に駆られながらも、彼女の思う『セクシー』を見守った。

 

 タッタッタッタ、と小走りにやってくる彼女。

 そして、大きく息を吸う。

 

 

――彼女は一体何をするのだろう?

 

 

 全員の期待が膨らんで……。

 

「いや~ん。あんまり見ちゃ、ダ・メ・よ? しょうがないから一度だけ見せて、あ・げ・る」

 

 ピキリ。

 自分のこめかみに青筋が立つのが分かった。

 そして。

 

 

 

「にぃ~っこにぃ~っこ……ぬぃい~~」

 

 

 

 何かが弾けた。

 

「ぎゃー! なによ! 何が悪かったっていうの!?」

「わー! 海菜さん! 暴力はダメですよ暴力は!」

「離せ穂乃果! コイツを○して俺も死ぬ!」

 

 

 秋の夕暮れ空に溶ける喧騒。

 

 俺達の迷走はまだ終らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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