ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第五十七話 お見舞い

 μ’sの名前がランキングから姿を消して五日後。

 俺は一人で穂乃果の家に向かっていた。実は昨日他のメンバーは揃ってお見舞いに行ったらしいのだが、俺は塾での授業が入っていたせいで行くことが出来なかったのだ。さすがにそれが済んだ夜遅くに行くわけにもいかないので、予定の入っていなかった今日、適当に菓子折りを見繕って足を進めている。

 

 風邪で寝込んでいる期間は穂乃果自身がしんどいだろうし、俺自身も病気になってしまう訳にはいかないので遠慮しておいた次第だ。たしか今日から学校にも行っているらしいし、お見舞いというのも変な話かもしれない。

 ま、ただのご自宅訪問だ。

 

 絵里から聞いた話だと、にこがちゃんと出場辞退の理由は話して聞かせたらしい。もちろん穂乃果は落ち込んでいたらしいけど……まぁ、仕方の無い事だろう。

 

 今日は彼女に言いたいことがあって来たわけでは無く、ただの家庭訪問。言うまでもなくあの子は自分の事を責めているだろうし、なんなら慰めに来たと言ってもいいくらいかもしれない。

 

 

 ガラガラガラ。

 

 暖簾をくぐって中に入ると、いつものように雪穂ちゃんが出迎えてくれた。店番は穂乃果や女将さんもやっているハズなんだけど、不思議な事に俺が行くときは雪穂ちゃんがいることが多い。まぁ、時間帯が丁度高校生が帰路につくタイミングだからだろうけど。

 

「いらっしゃいませー……あ、海菜さん!」

「よ。こないだぶり!」

 

 雪穂ちゃんはぴくんと体を揺らした後、すぐにショーケースの向こう側からわざわざ外まで出てきてくれた。

 

「ナイスタイミングですね!」

「ないすたいみんぐ?……なんで?」

 

 俺は予期せぬ言葉に首を傾げてそう聞いた。

 雪穂ちゃんは嬉しそうにショートカットの髪の毛を揺らしながら答えてくれる。

 

「実は今日、お姉ちゃんとお母さんが二人で海菜さんの家にお礼をしに行く予定だったんです。あ、ちょっと待ってくださいね、とりあえずお母さん呼んでくるので!」

「え?え?」

 

 一体何の話か分からず、オロオロとしていると目の前の中学生は俺に構わずおかーさーんと、店の奥に向かって声をかけた。すると、すぐに女将さんらしき女の人の声が帰ってくる。

 数秒後、俺が呆気にとられたまま待っていると、女将さんが姿を見せた。

 

「あ!えっと……たしか海菜くんだったわよね?いらっしゃい」

「あ、はい!」

「時々お店では会っていたけど、名前は知らなかったのよね。いつも娘たちがお世話になってるみたいで……ありがとう」

「いえいえ!そんな……」

 

 穂むらにはちょくちょく顔を出していたので、どうやら顔は覚えてくれていたらしい。かくいう俺も、こうやって改めて話すのは初めてで、少しだけ緊張してしまった。女将さんは笑顔でうちのバカ娘が色々迷惑をかけてるでしょ?と、なぜか俺を労ってくれている。

 

 そして、一段と腰低く頭を下げた。

 

「ずっと直接言いたいと思っていたの。穂乃果を運んでくれてありがとうございました。……雪穂から聞いたわ、あなたが一番にあの子に駆け寄って助けてくれたって。そのお礼をしようと思っていたのよ」

 

 あ、そのことか……。

 あの時は夢中だったのでよく覚えていないが、そういえば何も考えずに飛び出しちゃったんだっけ。あとからにこに『スクールアイドルは恋愛を禁止されてないとはいえ、考えなしに公の場に男のアンタが姿を出して貰っちゃ困るわ。もちろん感謝はしてるけど……』と叱られてしまったのだ。

 

 

 でも……こうしてお礼を言われても、むしろ罪悪感が募る。

 

 

 穂乃果がこうなってしまった責任が俺にもあるから。

 

「い、いえ……。娘さんの異変に気付けなかった俺にも責任がありますから……、すみませんでした」

 

 俺もそう言って、深々と頭を下げた。

 本当に、お礼を言われるだけの事をしちゃいないし。

 

 俺のその言葉に、雪穂ちゃんは困ったように笑って母親を見る。つられて女将さんの顔を見ると優しげに微笑みながら、顔をあげて頂戴、と声をかけてくれた。

 

「海菜くんも、絵里ちゃんと同じことを言うのね。あなた達は気にしなくていいのよ。どうせまたあの子が出来る出来るって全部背負い込んじゃったんでしょ?ほら、とりあえずあがってって」

「そうですよ。海菜さんは悪くないですし、私、海菜さんがお姉ちゃんの事助けてくれて本当に嬉しかったです!」

 

 親子そろってそう慰めてくれた。

 確かに、この人たちからしたらそうかもしれない……でも!

 

「いえ、この件は俺のせいでもあります。……でも、こんなことが二度と起こらないようにしますから!」

「……。そう、分かったわ。なら、これからよろしく頼むわね?」

「はい。穂乃果のことは俺に任せてください!」

 

 心中を察してくれたのか、女将さんは優しく微笑んで問いかけてくれた。俺は迷いなくまっすぐな言葉を返す。任せてください!これからは本当の意味での10人目のメンバーとして、μ’sをサポートしていきますから!

 

 

 ……って、え?

 

 

 心の中で覚悟を新たにしていると、なぜか高坂親子の様子がおかしい。女将さんはあらあら、といたずらっぽく笑っているし雪穂は、え?と若干ショックを受けた表情をしていた。

 

「雪穂のお婿さん候補かと思ったら……本命は穂乃果だったのかしら?」

「え?ちょ、ちょっとお母さん!?」

「ほら、雪穂。お姉ちゃんに海菜さんとられたくないなら頑張らなくちゃ」

「な!そ、……そういうんじゃないんだってば!」

「そうなの?」

「そうなの!亜里沙とも、あんなお兄ちゃんが居てくれたらなーって話してるし!」

「へぇ~、なら穂乃果のお婿さんに来て貰ったら都合がいいわね?」

「う……」

 

 まさか、そういう方向に解釈されるとは……。

 ってか、話の流れからんな意味で言ったんじゃないってわかるだろ!たまらず彼女たちの会話に割り込もうとすると、女将さんはにっこりと笑いながら再び一礼してくれた。

 

「冗談よ!ごめんなさいね。でも、これからも娘をよろしくお願いします」

 

 う、やっぱりからかわれただけか……。

 俺は女将さんのその言葉に、こくりと頷き返した。

 

「それじゃ、上がっていくなら遠慮なくどうぞ。私は奥で仕事があるから……帰るときは一声かけて頂戴ね、出来立てのほむまんをあげるから!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 彼女はそう言って小走りで奥に消えて行った。

 そういえば、雪穂に店番任せるくらい忙しいんだったよな……わざわざ出てきてもらって申し訳ないことをしてしまった。でもまぁ、ご厚意はありがたく受け取っておこう。

 

「それじゃ、雪穂ちゃん。あがってっていい?」

「あ……は、はい!どうぞどうぞ!」

 

 慌てた様子で雪穂ちゃんは店の奥へ向かう道を開けてくれた。なぜか妙に焦っているけど……やはりどの家庭でも母親は強いらしい。

 

「その階段を上って……って、もうご存知でしたね」

「ん!大丈夫だと思う。それじゃ、店番頑張って!」

「はい!帰るときはちゃんと一声かけてくださいね」

 

 俺は雪穂ちゃんに手を振って、一度来たことのある階段を上り穂乃果の部屋の前に立った。そう言えば、前回は中で海未が笑顔とアピールの練習をしてたんだっけか……まるで昨日のことのようだ。

 ……というか、昨日個人ラインでいじったばっかだ。

 

 コンコン

 

「はーい!」

 

 ドアを叩くと、思っていたより元気な返事が返って来る。

 そういえば今日から学校にも復帰したらしいし、体調の方は万全らしい。

 

「やっほ!元気そうだな、穂乃果」

「海菜さん!?どうしたんですか!?」

「いや、元気になったかなーって、顔を見に」

「あ、はい!おかげさまで元気です!……って、どうぞどうぞ!」

 

 思わぬ来客だったのか、穂乃果は戸惑いながらも元気そうに返事を返して、俺を部屋に招き入れてくれた。俺は静かに入口の戸を閉めて、出して貰った可愛らしい座布団の上に腰を下ろす。んー、相変わらず絵里以外の女の子の家は落ち着かないな……。

 

「体調はどう?」

「はい!もう学校に行けるくらい回復しましたよ」

「そっかそっか」

「そういえば、この後海菜さんの家に行く予定だったんですよ?そのために絵里ちゃんに住所教えて貰ってたのに……」

「いいって!むしろ来て貰ったらびっくりしてたわ」

「海菜さんのおうちにお邪魔するチャンスだったのでちょっと残念です!あはは」

 

 こんな風に、ひとしきりいつものように会話を続けた後、穂乃果が一息ついて姿勢を正した。きちんと正座をして背筋を伸ばし、こちらをまっすぐに見つめてくる。

 そして、では改めて……。と前置きをした後、彼女は深々と頭を下げた。

 

「この間は助けてくれて、ありがとうございました」

 

 なんというか、その様子が女将さんとそっくりで、少しだけ微笑んでしまう。

 

「いえいえ、どういたしまして。こちらこそごめんなさい。俺がしっかりしてれば君が倒れることなんてなくなったハズなのに」

「いえ!謝らなきゃいけないのは私の方です!それは海菜さんのせいじゃないですし、私が……!」

「いや、君はただ一生懸命だっただけじゃん!俺がそもそも考えが甘かったから」

「そんなことないです!前日海菜さんと会わなかったらライブ会場に行くことすら出来てませんでした……」

「それは……もっと早くに君に会いに来なかった俺の責任でもあるよ。練習は毎日してた訳で、来る機会を作ろうと思えば作れたわけだから」

「だって、海菜さんは勉強もがんばってて……仕方の無い事ですよ。私がもっと体調管理を気を付けていれば!」

「いや、俺が!」

「いや、私が!」

 

 食い違う主張。俺たちは何とも言えない表情で見つめ合った。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「ジャンケンで決める?」

「……ぷっ!もー、そういう問題じゃないですよ!」

「そっかそっか、なら……」

 

 この話を続けてもらちが明かない様なので、とりあえずこの話題は終わらせることにした。まったく、穂乃果は頑固だな。

 

「じゃ、この事は言いっこなしってことで。お互い反省すべきところは大いに反省して、次に生かそう。な?」

「はい……でも」

「俺と君、どっちが悪いなんて話はもうやめ。先輩命令だから」

 

 穂乃果が心から反省して悔いてることは分かってるし、この話を二人ですることになんのメリットもなさそうだ。お互いがお互いに、自分自身の心と向かいあってこれから進むべき道を見つけることにこそ意味があると思う。きっと。

 

「いえ、別件でもう一つ、海菜さんに謝らなきゃいけないことがあるんですけど……」

「なに?俺謝ることに慣れてはいても、逆のパターンの経験が少ないから落ち着かないんだけど」

「あっ、なんとなく分かります。海菜さん謝る事多そうですね!」

「良く分かんないけど、君が俺に謝らなきゃいけない案件がたった今一個増えたな」

 

 再び暗い表情で口を開いた穂乃果に、茶化すような答えを返した。

 

「えへへ、すみません。でも、その……」

「いいよ、聞くから。言ってみて」

「昨日、にこちゃんから聞きました。もうμ’sの名前がランキングに無い事」

「……そうだね。君に相談することが出来なかったのは申し訳ないと思うけど、俺もその決断が正しいものだったって思ってるよ」

「はい。それはもちろん、一晩考えて納得しました……」

 

 穂乃果は寂しげに俺のその言葉に対してそう返した。納得、か。もちろん頭の中では整理されてるだろうけど、きっと心はまだ認めたくないハズだ。まぁ、でも……俺から話せることなんてもう何もない。あとは、穂乃果自身がそれと折り合いをつけなきゃいけないだけで……ホント、俺って何にも出来ないな。

 俺は少しだけ落ち込んで、わずかに俯く。

 しかし、穂乃果は顔をあげて話を続けた。

 

「それで、海菜さんに言っておきたいことがあったんです」

「言っておきたいこと?」

 

 俺は一応思い当たる節があるか考え直してみるものの、特に見つからない。

 俺が良く分からずに戸惑っていると、目の前の少女は再び頭を深く下げた。

 

 

 

「……あんなに、時間がない中、親身になって私たちに協力してくれてたのにこんな結果で終わることになってしまってごめんなさい!」

 

 

 

 ……。

 

 なるほど、そういう事か。

 つくづく責任感の強い子だなと半ば感心してしまう。今一番辛いのはこの子のハズなのに、穂乃果はμ’sのリーダーとして、メンバーでないにもかかわらず深く彼女たちに関わってきた俺の立場を考えたのだろう。

 そりゃ、客観的に見るとメンバーが勝手に自爆して、ラブライブ出場できなくなった。ゆえに応援してきた人たちは訳も分からず落胆……。みたいな構図なんだろうけど、実際は全然違うよな。

 

 俺は彼女の謝罪を、今回ばかりは真っ向から否定した。

 

「それに関しては、本当に謝る必要はないし、謝ってほしくないかな」

「でも……」

「俺のポジションってなんだったっけ?このあいだ……夏合宿前に言ってくれたよな?」

「……!」

「俺も君らの仲間なんでしょ?今まではその自覚が足りなかったと思う。だからこそ、今だって、君に謝られてしまったんだと思うけど……」

 

 今の彼女の言葉がすべてを物語ってる。

 俺はきっと、皆が俺に向けて伸ばしてくれていた手をしっかりと握ることが出来ていなかったのだろう。でも、この一件でそれに気付くことが出来たから……もう二度と同じ失敗はしない!

 

 俺は不安げな穂乃果の頭をぽんぽんと叩いて素直な気持ちを口にした。

 

 

 

「だからさ、謝らないでくれるかな?俺も、君たちと同じように苦しんで、同じように笑っていたい」

 

 

 

 穂乃果は、その俺の言葉に満面の笑顔で答えてくれた。

 こちらこそ、ごめんな穂乃果。これからはもっとそばに居られるよう、力になれるよう頑張るから。今、表情に出さずに堪えているだろう苦しみが、もう二度と起こらないようにするから!

 決意を新たに、俺たちは視線を合わせて、微笑み合う。

 

 

 

 

 

 

 

 その後は、他愛のない話を続けていた。

 

 お互いに本当の意味で元気!という訳ではないにせよ、楽しく会話を続けていたその最中。人知れず、カバンの中に入っていたスマホにメッセージが一件、送られてくる。送り主は……南ことり。

 

 

【fromことり:明日、塾の帰りがけでも良いのでお話出来ますか?】

 

 

 

 不思議なもので、悪い事は続けて起こる。

 新たな嵐が目前まで迫っていた。

 

 

 

 


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