「私が、いや、私たちが!絶対になんとかしてみせます!!!」
穂乃果は表情に不安の色を覗かせながらも、まっすぐな瞳で高らかに言い切った。
ことりも、もう一人の子も口々に懸命な様子で言葉を続ける。
「ことりたち、穂乃果ちゃんに誘われて3人でスクールアイドルを作ったんです!アイドルになって、それで有名になれば音ノ木坂の入学志望者だって増えるはずだって」
「うまくいくかは分からないですが、全力でやり遂げて見せます!」
成り行きを傍で見守っていた希は俺の方を向き、「ほらね……?」とでもいいたげな笑みを浮かべた。そうだな。予想以上にこの子達の覚悟は、決意は、強いモノらしい。俺自身たいして音ノ木坂に思い入れがあるわけではないから何が彼女たちをそこまで必死にさせるのかは分からないし、別に音ノ木坂が廃校になったところでそれほど興味はないけれど。
なんていうのかな、純粋に……。
純粋に、この子達を応援したいと思った。
「そっか……。ごめんね?ひどいこと言って」
試す、というよりかは様子を見るため。とはいえ酷いことを言ってしまった以上、きちんと謝らなきゃいけんよね。そう思い、すぐに目の前の3人に深く頭を下げた。
「え?そんな、いいですよ!他校の先輩がそう思われるのは当然ですし!頭上げてください!」
穂乃果はえらく慌てた様子でパタパタと手を振りながら、やめてください、やめてくださいと連呼し、他の二人もそんなつもりではなかったのです!と、口々に言ってくれている。
「いや、本当に申し訳なかった!!」
しかし、それでは俺の気が済まないのですみやかに土下座へ移行した。
鳥居の目の前で究極の謝罪の形を見せる俺。後光とか差してるんじゃない?
「え、ちょ!ほんとに気にしてませんから!土下座なんてしないで~~~!」
何とか頭を上げさせようと俺の肩を叩いたり手をひっぱったりする穂乃果だが、ピクリとも動かない古雪海菜の体。ふっ、何度繰り返し絵里に土下座したと思ってる!その程度で崩れるヤワなフォームなぞしてはおらぬわっ。この見事な形。閻魔様でさえ笑って天国に逃がしてくれるのではないだろうか。
「うわーん、海未ちゃ~~ん!どうしよ~~!」
「わ、私に聞かれてもわかりません!」
あの真面目そうな子は海未っていう名前なのか。やっと知ることができた名称を脳内にインプットし、土下座から一転。今度は両手と頭を支点に、逆立ちのような体勢をとった。いわゆる『三点倒立』だ。
「本当にすまんかった!!」
我ながらよく響く声で本日3度目の謝罪を行う。
こんなとこを見せられる神様ってどんな気持ちなんだろうね。
「もう、わけわかんないよ~~~~!!」
あっはっはっは。困ってる困ってる。愉快愉快。
なにがなんだかわからない様子で慌てふためく3人。そろそろオチつけないと、これは完全に俺が変な人だっていう結論のみを残して終わるんだが……。そう思ってこのくだりの着地地点を考えていると、出来る女、希がきちんと助け舟を出してくれた。
「古雪くん、遊びすぎやで!気にせんでええよ~、からかわれてるだけやし」
そう言いながら手に持っている箒で倒立中の俺の体をどつく巨乳巫女。
ひどいですよ!などと続々と非難の言葉を浴びせてくる穂乃果達。
まあ何とか関係を悪くせずにおさまったかな?当たり障りなく会話を着地させることができたことに満足しつつ、バランスを崩して強打したせいで痛む背中を撫でながら立ち上がった。
会話は着地できても俺の体は着地失敗しちゃったわけだ。
うむ。うまいこといった。
……
……背中痛ぇ。
***
「それじゃ、私たちは練習があるので失礼します!!」
少しの間5人で談笑した後、そういって穂乃果達は元気よく手を振って境内へと続く階段を駆け上っていった。
ぼうっと彼女らの後ろ姿を見送っていると、希がゆっくりと俺の方に歩いてきた。目の前で止まり両手を腰の後ろで組む。そして少し腰をかがめ、何が嬉しいのかわからないがにこにこしながら顔を見上げてきた。艶かしげにちろちろ動く美しい目と女の子特有の甘い匂いに不覚にも心臓の鼓動が早まってしまう。とりあえずその上目づかいをやめてくれ。
「なんだよ?」
恥ずかしくなってしまい、少しだけ距離をとりつつ声をかける。
あ、離れる前に胸拝んどけばよかった。
「んーん。なんだか古雪くん嬉しそうな顔しとるな~って思って」
俺の内心の動揺を知ってか知らずか、ふふっと微笑んで希も少し後ろにさがった。夕陽のせいか少しばかり顔が紅く染まっているように見える。
「どうやらお眼鏡にかなったようやね?彼女達」
「いや、お眼鏡って。別にそんな偉そうなもんじゃないだろ。……でも、いい子達だったな」
せやなー、と頷きつつトントンと俺の肩を叩く。
「これで古雪くんの心配事も一つ解決したわけや。よかったやん」
「いやいや、別に心配事なんかなかったって!」
「ほんと~?じゃあもし彼女たちが【生半可な覚悟】でスクールアイドル目指しとるって言ったらどうするつもりやったん?」
「それは……」
思わず返答に詰まる。もしあの子たちがただの思い付きで、『失敗したって別にかまわない』という軽い気持ちでスクールアイドルを目指していたなら……
「いやいや、別に俺に直接関係あることでもないし!別に何もしてなかったとおもうぞ!そりゃ腹ぐらいたつだろうけど」
「嘘つき~」
驚くほど瞬時に否定されてしまった。
「古雪くんはきっとすごく怒ったとおもうよ。エリチのために。『お前たちの思い付きのせいで余計な迷惑を被っている奴がいる!』なんて言ったりして」
「……」
「もしくは全力で説教した後本気でスクールアイドルを目指させるか、もしくは完全に諦めさせるか、かな?」
いつも通りの柔和な表情で希は言葉を重ねていく。
「……いやーそんな酷いことしないって!鬼じゃあるまいし」
「するよ~、だって別に古雪くん皆に優しい人ってわけじゃないやん」
ぐぬぬ、なんだか最近よく見透かされるな。そんなにわかりやすいかなぁ俺。今回の件に関しては希が絶対の自信を持っていたようなので最悪のケースに関してはほとんど想定していなかったが、たしかに、もしもの場合はそのような手段に出ていたかもしれない。
「はあ、確かにそうかもな。なんだ、カードにでも出てた?」
「違うよ。そんなの見てたら分かるよ。古雪くんはエリチには優しいからね~」
「そんなことないって。アイツはあれでほっとけないから。君も分かるだろ?」
そう言うと、唇を尖らせながら少し不満そうに言い返してきた。
「分かるけど~。……もう、いっそのこと付き合っちゃえば良いのに!」
もう聞くのが何度目かわからないこのセリフ。友人から、亜里沙ちゃんから、果ては家族にまで。繰り返しかけられてきたこの言葉。ついに希からも言われてしまった。
「だから……、別に俺らはそういう関係じゃないんだって」
かぶりをふりながら同じく何度言ったか数えられない位、繰り返した言葉を吐く。
「たしかに俺にとってあいつは大切な子だけど、あくまでも家族みたいなもの。きっと絵里も同じこと考えてる」
そりゃ周りから見たらもどかしかったり歯痒かったりするのかもしれないけれど、少なくとも俺たちはそんな関係になるつもりはない……ハズだ。
「そうかな~?」
「そうだよ」
あまり納得してなさそうな希から顔を背け、階段の陰に置いていた自分の荷物を取りに行く。奇跡的にうまくいったからよかったものの、あそこで手帳落とさなかったらこんなに疲れることなどなかったのに。なんにせよ、無事彼女たちと話することができて安心した。
ザアザアと木の枝が音をたてて揺れる。
「いっそのこと全く望みがないほうが、楽だったのに……ね」
飛び立った鳥の揺らす木のざわめきのせいか、はたまた目的を果たし緩みきった心の状態のせいなのか、どちらのせいかは解らないけれど。
俺は、希が呟いたその言葉を、聞き逃してしまっていた。
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おまけ
古「そういえば君バイト中だよな」
希「……うん?そうやね」
古「(あれ、少し元気ないような……)仕事しなくていいのか?」
希「もちろん、さぼった分はきちんと働くよ」
古「そりゃそっか。んじゃ、俺はこれで……」
ガシッ
古「あの、なんですか?」
希「二人でやれば、すぐに後れを取り戻せるとはおもわへん?」
古「不慣れな素人の教育は骨が折れますよ。希さん」
希「女の子一人おいて帰るっていうの?古雪くん」
ガシッ
古「(ヒイィ両肩掴まれた!)あの……何か怒ってる?」
希「別に~。ウチは、巫女さんに歯向かったらばちが当たると思うけどな~」
古「そうですね。お手伝いさせて頂きます」
希「それでよし!」
古「なんで俺が……」
希「さあ早く上までいくよ~」
古「ふう。へへっ、巫女さんに見込まれてしまうとはな!巫女だけに」
希「……」
古「こうなることを見越しとけばよかった。そう巫女だけにね!」
希「……」
古「……」
希「満足した?ほな行くよ~」
ズルズルズル
古「いやあああああああ!この階段上るのいやああああああ!!!!」
了