ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第三十四話 九人の女神が揃うまで8&9

「結局、今日の会議ではろくにまともな案が出なかったわね……」

 

 私は窓際の席に座り、相変わらずマイペースに笑顔を浮かべる希に声をかける。現在時刻は夕方六時。中間テスト明けの久しぶりの生徒会会議が先ほどまで開かれていたのだ。

 

 

 開かれてはいたけど……。

 

「そうかな~?案自体はいろいろ出てたみたいやけど」

「オープンキャンパスで前面に押し出せるようなものはなかったわ」

 

 確かに意見自体はある程度出たのだ。

 しかし、制服の可愛さから始まり、校内で飼っている得体のしれない動物で終わるなどまともな意見がなかったように思う。……それにしてもあの生物は一体なんなのだろう。羊とラクダを足して二で割ったような外見をしていたけれど……。

 

 なんにせよ一度各自で意見を整理してこようということで先ほど会議が終わり、生徒会室には私と希だけが残って話し合いを続けていた。

 

「μ’sの子らには何か頼みにいかへんの?」

 

 いたずらっぽく笑いながら何食わぬ様子で意見を出す希。

 

 ……。

 

「あんな踊り、学校の存続がかかっている場でさせることなんか出来ないわ。もし失敗でもされたら取り返しがつかないもの」

「でも人気なのは確かやん。でもやっぱりまだ認められないん?」

「当り前よ。基礎も出来ていないムラのある不安定なダンス。

 彼女たちに人気があるのはあくまで『撮り直しのきく映像』を配信しているからに過ぎないわ。一度きりしかない本番を、百パーセント成功させることが出来るものでない限り、私は認めない」

「たしかに、ウチもエリチの言ってることは正しいと思うよ。

 でも自分たちの力だけで一生懸命頑張ってるあの子らの姿勢は評価してあげてもいいんやない?」

「……。

 きっと、今が楽しければいいって思う女の子が集まって騒いでる集団でしかないわよ」

「ん~、よく知らないのにそんな事言うのはよくないよ」

 

 私の言葉に少しだけ顔をこわばらせる希。

 その表情を見て血が上りかけていた頭が一気に冷えた。

 

 この子がポーカーフェイスを崩すのはとても珍しいことだから。

 

 

 『よく知らない』……か。

 

 

 確かに私は彼女たちのことをほとんど知らない。分かる人が見れば明らかに実力の低さが伺えるダンスを部屋のパソコンで見ていただけだ。でも、確かに人気はあって本人たちは学校の為に……なんて目標を掲げてる。

 

 

 コンコン

 

 

 唐突にノックの音が部屋に響いた。

 私は思考を一時中断し、扉の向こうに声をかける。

 

「どうぞ」

 

 

 ガチャ

 

 

 ……なんてタイミング。

 姿を現したのはμ’sの面々。全員で七名、律儀に全員揃っていた。

 

「失礼します!」

 

 代表者、なのか。高坂穂乃果が一人部屋に入ってくる。

 一体何の用だろうか。チラリと希の方を伺うと驚いた様子で彼女たちの様子をうかがっていた。この件には希は絡んでいないのね……だとしたらこの子たちの意思でここに、私に会いに来たのだろう。

 

「何の用?」

 

 わざわざ会話のつかみに世間話が必要なほど丁寧な関係でもないので単刀直入に切り出す。

 一瞬のためらいの後、顔を上げ、私の目をまっすぐに見て高坂さんがつむぎ出した言葉は予想のはるか上をいくものだった。

 

 

 

***

 

「え?ホントに絵里が穂乃果たちにダンスを教えることになったの!?」

 

 自室でいつものように受験勉強を進め、ちょっと休憩しようとリビングに置いてあったスマホを取りに行き、電源を入れると穂乃果からの報告LINEが届いていた。

 一応今日絵里のもとへ行って提案するとは聞いていたけど……まさか一回で許可が出るとは思っていなかった。『あなた達、いったい何を言ってるの?ツンッ』みたいに何度か断られた末、結局穂乃果の熱意に負ける……というパターンを予想していたのですごく意外だ。

 

 なにか心境の変化か、もしくは希の影響があったのかもしれない。

 

 まぁなんというか、嬉しい誤算というやつだ。

 

 他メンバーから届いていたメッセージを読む限り早速絵里節を披露して帰って行ったらしいけどね。花陽いわく『勉強になりましたけど、とってもきつかったです……』にこいわく『ちょっと、アンタから絵里に「にこはあの程度じゃ負けないわよ!」って伝えときなさい!』凛いわく『さすが、かいな先輩の幼馴染だけあるにゃ~』

 

 とのことだ。

 ……さらっと凜に毒を吐かれたような気がするのは気のせいだろうか。

 

 

 

「海菜、絵里ちゃんが来たわよ!」

 

 適当に彼女たちに返信しているとインターホンが鳴り響いた。すでに夜十時、回覧板か何かが回ってきたのかと思い、おかんに任せていたのだがどうやら違ったらしい。

 あと、おかん。なにがそんなに嬉しいのか。俺が帰宅した時、語尾に『!』なんてついた試しがないんだけど……。

 

「こんばんは……あ、海菜休憩中?」

「ん。丁度ね。てか来るなら来るで連絡しろよ!何か用?」

「中間テストの直しをしてたんだけど分からない所があって……。

 というより、ちゃんとメッセージは送ったわよ?」

「……あ、ホントだ。すまん、普通に見落としてたわ」

 

 改めて手に持っていたスマホを確認すると二時間ほど前に後で我が家に来る旨の連絡が入っていた。どうやらμ’s連中の通知のせいで下の方に流れて行ってしまっていたらしい。

 

「なんでスマホ使ってる最中なのに気付かないのよ。

 ……さぞ楽しいLINEを誰かさんと楽しんでたみたいね」

 

 なぜか不機嫌そうにジトっとこちらを睨む絵里。

 穂乃果たちのダンスレッスンの件で不機嫌なのだろうか……。

 

「別にそういう訳じゃ……とにかく部屋あがろうか」

 

 さわらぬ神に祟りなし。とりあえず笑顔でごまかしつつ、教科書類を抱え込んで両腕の塞がった絵里の背中を押した。いらんこと言って怒らせてしまう前に勉強はじめないとな!

 

 

 

 部屋に入るといつものように押入れを開け、ほぼ絵里専用となっている二つ目の椅子を取り出した。

 うちの勉強机は俺の要望でかなり大きなものを買って貰っていたので、少し狭いが二人は横並びになって作業できるようになっている。なので絵里が来る日は二つ分の椅子を用意してそこで各々教えあったり自分の課題をやったりするのだが……。

 

「何やってんの……?はやく座れよ」

 

 理由はわからないが絵里がなかなか俺の隣に座ろうとしない。

 心なしか顔を赤らめ、うつむいて手に持った教科書の表紙を眺めている。

 

 一体何だというのだろう?

 よっぽど簡単な問題を間違ったりしたのだろうか。

 

「あの、海菜……?いつもこんなに、なんというかその……近かったかしら?」

「はぁ?」

「な、なんでもないわ!忘れて!」

 

 何かを振り払うように頭を左右に数回振り、スッと俺の隣に座って自分の教材を机の上に置いた。なぜかいつもより微妙に俺と間を空けて。

 

「……」

「……」

 

 カタッ

 

 なんだか良く分からないが距離を取られてしまったので、その分。絵里の方へ俺自身の椅子を動かした。ピクリと反応し、スッと詰められた分だけ再び自分の座る位置を俺とは逆方向へずらす絵里。

 

「……」

「……」

 

 カタッ。スッ。

 

「コホン……」

「うぅ……」

 

 カタッ。スッ。

 

「……」

「……」

 

 ガタッ……ガタガタガタッ

 

「おらおらおらおら!」

「きゃあっ、もう横壁だから!押さないでったら、ばか海菜!」

 

 

***

 

「で、ここはこーなって……」

「うん」

「あとはいつものパターンだよ。続きはできるでしょ」

 

 じゃれあって遊んでいたのは初めだけで、すぐに俺は絵里に彼女の解けなかった問題の解説をはじめていた。なんだか今もいつもより彼女の態度がぎこちないような気がするが……まぁ、これと言って深刻な悩みとかではなさそうなので放っておく。

 年頃の女の子の気持ちなんて考えるだけ無駄だしな。

 

「えっと……ちょっと待って。分かる気がするわ……」

「あぁ、うん。ゆっくり考えればいいと思うよ。そこ結構難しいし」

 

 うーん、と眉間にしわを少し寄せながらじっと考る絵里。頭の回転は遅くはないものの、さすがの彼女も苦手な教科ではよくこうやって頭を抱え込んでしまう。にこ達と違ってあきらめず頑張ろうとするあたりコイツらしいけれど。

 

「あっ」

 

 思わず、といった感じで声を上げる絵里。

 

「わかったわ!海菜、ありがとう!」

 

 そういいながら少し興奮した様子でこちらを向き、こぼれんばかりの笑顔を見せる。おそらく無意識だろう、わずかに俺の方に身を乗り出してきていた。さっきまではあれほど距離をとろうとしていたくせに。

 

 その瞬間、彼女のほころんだ桜色の唇に、わずかに上気した頬に、子犬のように濡れた澄んだ瞳に、思わず目を奪われてしまった。絵里が一般的に美少女なんて呼ばれる部類であることくらいとっくの昔から分かってたはずなのにな。

 

「……っ」

 

 思わず恥ずかしくなってしまい、絵里から視線をそらす。

 絵里も絵里でこちらに身を乗り出していたことにやっと気が付いたのか、顔を真っ赤に染めて再びいつもよりか少しだけ広く間を取って、座り直してしまった。

 

 ……。

 

 ……なんだコレ!?

 きまずいんだけど!?話題、話題を探さなきゃ!!

 

「とっ、ところで絵里」

「……!な、なに?」

「そういえば穂乃果たちの練習見てやることになったんだよな?初日はどうだった?」

 

 よし。とりあえずは話題変更完了。

 絵里も俺に話しておきたいことがあるのか、少しだけ真面目な顔つきに変わる。

 

「そうね。……予想通り、まったく基礎がなってなかったわ

 ちらほら出来てる子もいたけど、柔軟性があっても持続力がないメンバーやその逆、挙句の果てにはそのどちらも足りていない子までいる始末よ……。我流でやってきたことを考えたら及第点かもしれないけれど学校の名を背負って立てるようなグループじゃないわ」

「そっか」

 

 これはこれは、さすがに手厳しい。

 しかしこの言葉は本心からの言葉だろう。実際に目で見て感じてきた彼女の素直な感想。おそらく彼女が評したμ’sが今の穂乃果たちの現状だ。

 

「じゃ、穂乃果たちはなんて言ってた?」

 

 俺がそう質問を変えると、絵里は複雑な表情で下を向く。

 

「……」

「何も言わなかったってことはないだろ?弱音とか吐いたりしたんじゃない?

 多分君も本気で練習を見てやったんだろうし」

「お礼を……言われたわ」

「お礼?」

「『練習見てくださってありがとうございました!明日もよろしくお願いします!』って。あれだけつらい練習させたのに……」

「絵里は……あの子達がが諦めるだろうと思ってたの?」

「思ってた、というより。まだ思ってるわ。これから毎日つらくて苦しい基礎練習ばかりさせるつもりよ。そうすればいつかは音をあげるに決まってる!」

 

 なるほど。

 

 やはり絵里はまだ彼女たちの必死な思いを理解できていないのだろう。あるいは、理解しようとしていないか。

 ……まぁ、いずれにせよ放っておけばいいか。確かに彼女には『μ’sの面々にアイドル活動を諦めさせる』という目的があるのかもしれないが、間違ったしんどいだけの練習をさせるような人間ではない。

 正々堂々、本当に為になる練習を全力でやらせるつもりだろう。

 

 もっとも、その程度のことで諦めるような連中じゃないと思うけどね。

 

 少なくとも、間接的に敵視しあっていた今までとは打って変わって直接的なつながりができたのだ。あとは静かに様子を見守れば良いかな。

 

「そかそか。ま、君のしたいようにすればいいと思うよ」

「……止めないのね?」

「なんで?」

「だって、アナタも希も……あの子たちのことお気に入りでしょ」

「別にお気に入りって訳でもないけど……まぁ俺たちがあの子達に目をかける理由がすぐ君にもわかるよ」

「そうかしら。……まぁ、いいわ。

 ところで海菜。あしたの夕方六時ごろ私の家に来れる?」

 

 唐突な話題変更に驚きつつも脳内スケジュール帳をめくり、明日の予定を確認する。

 

「あぁ、いけると思うけど……なにかするの?」

「オープンキャンパスでする挨拶の確認をして貰いたいんだけど」

「それくらいならいくらでも」

 

 俺は、少しだけ申し訳なさそうに頼んでくる絵里に微笑みかけた。

 

 

***

 

 絵里との約束通り、俺は学校が終わった後彼女の家にやってきていた。

 オープンキャンパスでする生徒会長の演説内容の確認をしてもらいたいらしい。……彼女には悪いが、ぶっちゃけ校長先生の話もしかり、演説系は基本聞いてない俺が参考になる意見を言えるかどうかは謎だ。

 

 理由はわからないけどなぜか、聞いてる途中に集中力切れちゃうよね。あの類は。

 

「で、いつになったら始めるの?」

「ごめんなさい。亜里沙たちが来るまで少し待っててくれる?」

「ん。あの子にも聞いてもらうのか……」

 

 たしかに。今年受験の亜里沙ちゃんの意見は俺なんかよりよっぽど役に立つだろう。

 口ぶりからすると彼女の友達も呼んでいるのかな。

 

「それにしても演説かぁ……緊張しない?」

「どうかしら……もちろんしないことはないけど。

 意外にステージに立てばなんとかなるものよ」

「へー、そこらへんは無駄に根性座ってるよな。絵里は。

 俺だったらかなり緊張するかも」

「ふふっ、海菜は意外に緊張するタイプだものね。自分から目立とうと思って何かやるときは全く緊張してないくせに、いざ大役を任されると露骨に顔こわばるもの。ある意味特殊ね」

 

 くすり、と笑いながら痛いところを突いてくる絵里。

 

「いやー、自分からやるときは『このネタならウケる!』っていう確信があるんだけど、任される仕事はどうしても不安が付きまとうからなぁ……。

 てか普通緊張するだろ……。むしろ君のが特殊だと思うよ」

「そうかしら。まぁ中学時代も生徒会長やっていたし、慣れもあるかしらね」

「あぁ。そういえばステージ上からバッチリ俺が爆睡こいてるの見られてたしな

 よくもまぁ、あんな遠距離から……」

「それは……一人だけアイマスク付けて胡坐かいてる人がいればばれるわよ」

「あはは、そりゃそっか。でもあれ意外に先生にはばれないんだよな。

 君にはあとでめっちゃ怒られたけど……」

「当り前よ。……でも、あの頃は楽しかったわね」

 

 ……。

 あの頃は、か。

 

 まるで『今』は楽しくない、とでも言いたげな口ぶり。

 何気ない会話の中で少しだけ今の絵里の心を垣間見た気がした。

 

「……俺と離れ離れになって寂しいってか?うちの学校くればよかったのに」

「なにバカなこと言ってるの。むしろ手のかかる幼馴染がいなくなって清々したわ。

 それに、音ノ木坂に来たことを後悔したことなんてないわよ」

 

 わずかに微笑みながら返事を返す絵里。

 なんというか、すごいよな。こいつは。

 

 正直俺だったら全部投げ出しているかもしれない。

 責任感というか、愛校心というか……。素直に尊敬する。恥ずかしいから言わないけどね。

 

「ただいまー!」

「お、おじゃましまーす……」

 

 そうこうしていると下の階から亜里沙ちゃんの元気の良い声が響いた。どうやら帰ってきたらしい。そして続いて聞こえた少し控えめな声は……雪穂ちゃんかな?

 

 トントンと階段を上る二人分の足音が聞こえ、カチャリと俺たちがいる絵里の部屋のドアが開いた。そして中学生二人がひょっこりと顔を覗かせた。

 

「あ、おにいちゃんっ!久しぶりっ」

 

 いち早く俺の姿に気が付いて駆け寄ってくる亜里沙ちゃん。

 ベットに腰かけていた俺の横に座り、俺の左腕にギュッと抱き付いてきた。漫画や小説のように胸の感覚がわかる、なんてことはなかったが絵里とはまた違った女の子らしい香りが鼻孔をくすぐり、一瞬くらりとしてしまう。

 まったく、姉妹でこれほど俺に対する態度が違うとは。

 絵里もこの子を見習ってもうちょっと俺にやさしくしてほしいものだ。

 

 ……もっとも、この子とおんなじことされると大変だけど。

 主に俺の理性が。

 

「久しぶり。こないだ君らが勉強会していたところに邪魔して以来だよな。

 雪穂ちゃんも元気してた?」

「あ、はい!最近海菜さん、ウチの店に寄ってくれないので寂しかったですケド」

「あー、いろいろあって……またお邪魔するわ」

「はい、ぜひ。お姉ちゃんもお世話になっているみたいなのでサービスします!」

「さんきゅ!楽しみにしとく!」

 

 すりすりと俺のシャツに顔を寄せる亜里沙ちゃんはとりあえず放置しておいて、緊張した面持ちでドアの前にたつ雪穂ちゃんに声をかける。もしかしたら絵里と会うのは初めてなのかな?

 三つ上の先輩の部屋に入ってどうすればいいのか分からないのか、少し居心地辛そうにしていた。

 

 その様子に絵里も気が付いたのか、立ち上がって雪穂に向かって微笑みかける。

 

「ちゃんと話をするのは初めてかしら?私が亜里沙の姉の絵里よ。

 いつも妹から話は聞いてるわ。今日はきてくれてありがとう。立っているのも大変でしょう?よければ荷物をおいて、その椅子に座って頂戴」

「はい、わかりました。はじめまして、雪穂といいます!

 よろしくおねがいします……」

「ふふっ、雪穂ね。そんなに緊張しなくていいわよ。

 亜里沙がいつも迷惑かけてるでしょ?ごめんなさいね」

「もー、お姉ちゃんひどいよー。亜里沙そんなに迷惑かけてないよっ」

「あははは、大丈夫ですよ。亜里沙といると楽しいですし」

 

 おぉ。流石絵里。

 後輩女子から絶大な人気を誇るクールビューティー系生徒会長なだけあって、年下の緊張の解き方を心得てるな。

 

「亜里沙。そろそろ海菜から離れなさい。もう来年には高校生になるんだから……」

「はーい……」

 

 ばつが悪そうに俺の手を離し、舌を出してこちらにウインクをよこす亜里沙ちゃん。

 いつもの絵里の嫉妬だ。……かわいい妹と自分より仲良さげな俺に対するね。

 

「えっと、今日は絵里さんのオープンキャンパスでする挨拶を私たちで聞けばいいんですよね?」

「えぇそうよ。遠慮なく意見を出してくれたら嬉しいわ。

 じゃあ、早速だけど……始めるわね」

 

 

***

 

「音ノ木坂学院の歴史は古く、地域に根差した……」

 

 絵里の抑えつつも張りのある凛とした声が彼女自身の部屋の空気を揺らす。

 

 

 が、しかし。

 

 

 お、おぉ。

 これは想像以上に……。

 

 絵里の演説が始まって五分ほどたった所だろうか、俺は早くも集中力が切れかかっていた。これはとてつもなくヤバい。観客が3人しかいない状態で意識飛ばしたらさすがにまずい。

 

 でも、マジでこれ……言ったらなんだがつまんないな。まぁ生徒会長のあいさつなんてこんなものなのかもしれないけれど……。もっと他にやりようはないのかな。

 

 ……。

 

 んー……。ところで、残りの二人はどうなってんだ?

 

 そう思ってちらりと横を見ると、亜里沙ちゃんは珍しく真剣な顔で絵里の方を見ていた。唇を真一文字に結び、わずかに眉間に皺を寄せている。

 

 ……彼女なりにいろいろと思うことがあるのだろうか。

 

 で、雪穂ちゃんは?

 そう思い、亜里沙の隣に目を向けると……。

 

 

 

 そこにはこっくりこっくりと頭を揺らす雪穂ちゃんの姿があった。

 

 

 

 お、おいいいいィィイ!!

 こ、この子……完全に寝ちゃってるよ!!!

 

 姉の穂乃果と違って真面目なしっかりしている子だと思っていたがどうやらそれは違ったらしい。血は争えないのか、姉の特性もバッチリ兼ね備えていたようだ。

 

 幸い絵里はまだ原稿を暗記してないためか、手元の原稿用紙に目を落としておりこちらの様子を見てはいない。お、起こすべきだよな?さすがに……。今にも椅子から転げ落ちそうなほど上体を揺らしている雪穂ちゃんに、絵里にばれないよう亜里沙ちゃんの背中の方から手を伸ばす。そして肩あたりをトントンっと叩いたその瞬間。

 それがダメだったのか、居眠り中学生が唐突に声を上げた。

 

「ふわぁ!体重増えたぁ!?」

 

 ピタリとやむ絵里の演説。

 呆気にとられた様子の亜里沙ちゃん。

 なぜか罪悪感を感じる俺。……いや、遅かれ早かれこうなってたと思うよ、俺が起こさなくても。

 

 数秒のちに自分が置かれている状況がやっと理解できたのか、顔を真っ赤に染めて小声でスミマセン……と呟く雪穂ちゃん。君、夢まで見てたんかい。

 

「ごめんなさい、つまらなかった?」

 

 困ったように笑いながら申し訳なさそうに顔を上げて雪穂ちゃんに話しかける絵里。

 

「いいえ!あ、あの。後半すごく引き込まれましたし!」

「オープンキャンパスまでに直すから、遠慮なくなんでも言ってくれたらいいのよ?」

 

 まぁ、さすがにほぼ初対面の先輩に向かって『おもしろくなかった』なんて言えるわけないよなぁ……幼馴染の俺ですらどういえばいいのかわからず現在進行形で適切な言葉を検索中だというのに。

 

「いえ!本当におもしろかったですよ!

 私の知らない音ノ木坂の話とか……」

「亜里沙は……」

 

 しどろもどろになりながらもなんとかフォローしようとする雪穂ちゃんの横で静かに座っていた亜里沙ちゃんが、スッと立ち上がって口を開いた。

 

 

 

「亜里沙は、あんまりおもしろくなかったわ」

 

 

 

「ちょっと、亜里沙!?」

「……!」

「……」

 

 これ以上ないほど素直でストレートな感想。

 妹の冷徹ともとれるくらいむき出しの言葉に絵里は顔を強張らせる。

 

 亜里沙ちゃんは親友が制止する声に耳を貸すことなく、自らの姉の目をしっかり見据えて質問を投げかけた。

 

「お姉ちゃんはなんでこんな話をしているの?」

「……学校を廃校にしたくないからよ」

 

 絵里が返した答えは至極単純なもの。

 その台詞を聞いた亜里沙ちゃんは、自分の意図を伝える言葉が出てこないのか少しだけ悩んだ後再び口を開く。

 

「亜里沙も音ノ木坂にはなくなってほしくないよ。

 でも、でもね……。

 

 

 

 

 ……これが本当にお姉ちゃんのやりたい事?」

 

 

 

 

 

***

 

 結論から言うと、絵里は亜里沙ちゃんのその問いに答えることが出来なかった。

 

 静かにうつむく姉の姿をみて彼女は俺の方を向いて後はよろしくお願いします、とでも言いたげな視線を送り、雪穂ちゃんを連れて部屋から出ていく。

 

「絵里……」

 

 こんな時、一体どんな言葉をかけてやるのが正解なのか。十年以上も幼馴染をやっておきながら良く分からない自分に腹が立つ。

 

「海菜は……海菜は私の演説を聞いてどう思った?

 つまらなかった?」

「そりゃ……爆笑もの、ではなかったのは確かだけど……。

 生徒会長の挨拶なんだから君が書いたそれが一般的なんじゃないかな?」

「ごまかさないで」

 

 当たり障りのない言葉で逃げようとした俺を、絵里の鋭い声が制する。

 

「そんな優しさ……私が欲しがってる訳ないでしょ?」

「そうだったな、ごめん」

 

 素直に非を認め、頭を下げる。

 そうだよな……俺は絵里に対して、誰より優しく。それでいて誰よりも厳しい人でいなくちゃいけない。彼女が俺にとってのそんな人でいてくれる限り。

 

「確かに、亜里沙ちゃんが言ったように。おもしろくなかったよ」

「それは……なぜ?」

 

 彼女の妹は、自分の姉が心から楽しんで学校のために働いていないこと。義務感から今、必死になって廃校を阻止しようと足掻いていることを感覚的に見抜いたのだろう。

 俺は……俺自身はそれがよくないことだとは思っていない。

 

 誰かの為に必死になって頑張れる。

 それが絵里の、絵里らしいところだから。

 

 じゃあ、俺はなんで面白くないと思ったんだろう……。

 

 

 ……。

 

 

 あぁ、そうか。なんだ、簡単なことじゃないか。

 

 

 

 

「それはきっと……絵里。君が笑ってなかったからだよ」

 

 

 

 

「笑って……?」

「うん。学校の魅力を語る絵里は、ずっと下を向いて眉間に皺を寄せてた。

 ……生徒会長がそんな面してるような学校に、新入生は入りたいって思うのかな?

 俺だったら絶対受験しない」

「……」

「俺だって、音ノ木坂には無くなってほしくない。でもその理由は、歴史が古いだとか地域に根差した学校だとか、もちろん君の婆さんの母校だからなんていうものじゃない。

 俺が音ノ木坂を好きでいるのは、その場所で君や希がいつものようににこにこ笑っていられるからなんだよ。もし仮に、音ノ木坂が君の笑顔を消すものに変わってるなら。俺はそんな学校に価値はないと思う」

 

 

 うまく言えないが、ありのままの気持ちを言葉に変えたつもりだ。

 俺や、亜里沙ちゃんの想いを絵里が理解してくれるかどうかは……まだ、分からない。

 

 

 でも、でもきっと。

 

 

 その時脳裏に浮かんだのはμ’sの。穂乃果、海未、ことり、凜、花陽、真姫、にこの笑顔だった。今という、もう後がない状況で心から楽しそうにダンスを踊り、歌を歌う彼女たちの姿。

 

 神なんて信じちゃいないけど、このタイミングで穂乃果たちと絵里の接点が明確にできた。もしかしたら、奇跡ってものが起きているのかもしれない。

 と、同時に。もう俺に出来ることは何もないんじゃないか、なんて思ったり。

 

 

 

「じゃあ、俺も帰るよ。よく、考えてみて」

 

 

 

 そう言って俺は絵里の部屋を後にした。

 

 


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