ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第三十話  九人の女神が揃うまで4

 どんよりと曇った灰色の朝だった。雨こそ降ってはいないが、空は継ぎ目ひとつなく灰色の雪雲に覆われ、街は隅から隅までたっぷりとその灰色にそめられていた。

 

「……」

 

 いつもの待ち合わせの場所に到着し、待つこと五分ほど。いつもは俺より早く来ている絵里の姿がそこにはない。一体どうしたというのだろうか?あの性格だから基本的に遅刻なんて絶対しないし、遅れるなら必ず連絡の一つや二つあらかじめよこすような幼馴染だ。

 

 遅刻されて腹が立つというよりもむしろ心配になって来る。

 

 

 嫌な予感がするな……。

 

 

 直接家に呼びに行こうと決め、走り出そうとした途端唐突に後ろから声をかけられた。

 

「お兄ちゃん!」

「亜里沙ちゃん?……どうしたの?」

 

 幼馴染の妹は無理矢理に作ったような笑顔で喋りはじめる。

 

「実はね、お姉ちゃんから伝言があるの。

 今日は学校に早くから用事があるから先に行くって言ってたよ」

「……」

 

 

 ……おかしい。

 

 

 朝から違和感だらけだ。

 

 そもそもアイツがそんなあらかじめ分かっているような予定を俺に伝え忘れる事自体ありえないし、亜里沙ちゃんにわざわざ伝言を任せるなんて選択肢が絵里の中にあるとは思えない。

 一言LINEで言ってしまえば済むことなのに。

 

 そして、この亜里沙ちゃんの態度。

 

 明らかに何かあったな。しかも俺に対する何かが。

 顔も合わせたくない、メールも送りたくない。そこまで彼女に思わせてしまうようなことを俺はしてしまったのだろうか?

 

 自分の彼女に対する行動を顧みてみるが全く思い当たる節はない。

 というかそもそも最近はアイツとは朝一緒に学校に行くだけでコレといった接触はないからな……しかも昨日は普通に朝この場所に来たことから考えると原因は昨日の朝以降の事になる。

 

「……あっ。ありがとね、亜里沙ちゃん。もう行っていいよ」

 

 緊張した面持ちで俺を見つめていた彼女に礼を言って先に行かせる。

 多分絵里に口止めされてるだろうし、そんな子を追及するわけにもいかないしな。亜里沙ちゃんはホッとした顔で一息ついて、手を振ってかけていった。

 

「えっと、昨日何したっけな……」

 

 放課後は穂乃果達と勉強会して、そのあとにこの家にお邪魔してから帰宅したんだよな?これといって彼女の逆鱗に触れるようなことはしなかったハズだけど……。

 

 まさか彼女達と一緒にいる所を見られたとか?

 

 いや、だとしても問題ないだろう。

 俺が彼女達の世話を焼いているのは彼女も薄々感付いているだろうから。

 

 

 あぁもう!!

 わっかんねぇ!!!

 

 

 というか、言いたいことあるなら直接言って来いよ!

 わざわざこんな回りくどい事しやがって……。

 

 やり場のない苛立ちに頭の芯がチリチリと音を立ていた。

 

 

 

***

 

 

 何か燻ったような気持ちを抱えたまま放課後まで過ごし、自宅へ帰って勉強を始めるもののなかなか集中出来ない。

 

 このままため込んでおいても良い事ないよな。

 いずれにせよいつかは解決しなくちゃいけない問題なんだし。

 

 そう思って絵里の家へ乗り込もうと椅子から立ち上がった瞬間、俺のスマホの着信音が鳴り響いた。画面に表示された『園田海未』の四文字。一体何の用だよ……このタイミングで……などと思いながら通話ボタンを押し、機器を耳に当てる。

 

「もしもし」

『あっ、もしもし。園田海未です……

 急にすみません、今お時間大丈夫ですか?』

「あぁ、構わないけど」

 

 声のトーンから察するにかなり深刻な話のようだ。

 まぁこの子が俺にしょうもない内容の電話をかけてくる訳もないしな。

 

『質問が一つと、報告が一つあるんですけど……

 海菜さん、絢瀬生徒会長とお知り合いなんですよね?』

「あぁ……」

 

 なんでこの子がその事知ってるの?

 

 少し驚いて質問を返すと昨日あった一通りの流れを説明してくれた。

 絵里と会って、話をしてホームページに動画をあげたのが俺達であることを知ったらしい。そして同時に絵里からかなりキツイお咎めというかお叱りの言葉を受けたようだ。

 

 あなた達の歌や踊りは人に見せられるモノになっていない!

 

 か。 

 まぁ確かにアイツからすればそう思うのも無理もないか。あくまで我流でダンスの練習をしているこの子達のそれは確かにレベルの高いものではない。

 

『私、思うのです。なぜあの人にそこまで言われなければならないのでしょうか?その理由が分からなくて……海菜さんはご存知なんでしょう?』

「……知ってるよ。でも俺が口で説明するよりも実際に目で見た方が早いと思う

 ……今からいつも練習してる神社まで来れる?」

『あ、……ハイ!すぐに行けると思います!

 では失礼します』

 

 

 おそらく今まですれ違い続きだった【μ’s】と【絢瀬絵里】が遂に直接触れ合い始めたのだ。俺が持つ幼馴染の情報を彼女に教えることで一体どうなるかは分からないが、何も知らないまま嫌悪感だけを互いに募らせるよりはマシだろう。

 

 そう考えて俺はノートパソコンを小脇に抱え、神社に向けて走り始めた。

 

 

 

 目的地に着くとそこには既に海未の姿があった。どうやら一人らしく、俺の姿に気が付いて駆け寄って来る。

 

「すみません海菜さん、急に……」

「別にいいよ。……早速だけど、これを見て。

 多分絵里が君たちに対してなんでそんな言葉をはいたのか理解できると思うから」

 

 もっとも、真っ当な理由があるからと言って絵里の物言いが正当化される訳ではないけどな。確かに彼女達のダンスは未熟だが、その足りない部分にだけ注目して全体を見れていない絵里にも問題はある。

 

 俺はそんなことを考えながらパソコンを開き、俺達の思い出の詰まったファイルを開いた。その中の一つの動画ファイルを選択し、再生する。

 

 

 画面にうつるの確か四年生位の俺と絵里の姿。

 

 バレエのコンクール会場の出演者の待合室で純白の衣装に身を包みながら緊張でガチガチになっている絵里。そしてその横で何緊張してんだよ~などとケラケラと笑いながら幼馴染にちょっかいをかけている幼い俺。

 

 たしかこの時は俺の母親がどうしても絵里の晴れ舞台を見に行きたいっていうので付いて来ていたのだ。

 

 

 

 そして一度カメラは止まり、観客席へ。

 

 

 

 再び撮影が始まって数秒後、ステージの上でぴたりと静止する絵里の姿が映し出された。

 しんと静まり返った会場に、俺の経験してきたバスケとは全く異なった緊張感が満ちる。

 

 

 

 

 静かに音楽が流れ始め、それを合図に絵里が演技を始めた。

 

 

 

 

 まるで水面をすべる一羽の白鳥のようにステージ上を滑らかに肢体を躍らせながら動き回る彼女。先ほどまでの緊張が嘘のように思えるほど自然体で、楽しそうに飛ぶ絵里の姿に息を飲む。

 

 

 圧巻の一言に尽きる。

 当時の俺もぽかんと口を開けて食い入るように彼女の演技を見ていたはずだ。

 

 

 

 俺の横で画面を見つめていた海未も驚きからか、もしくは感嘆からか。あるいはその両方からだろうか、目を丸くし唇を真一文字に結んで幼い絵里の姿を見つめていた。

 

「どう?分かった?これが彼女の言い放った台詞の根拠だよ」

「……」

 

 

 よっぽど衝撃的だったのか動画が終わってもなお、何かを考え込む様子で黙る海未。

 数十秒後、ふぅっと大きくため息をついて彼女は口を開いた。

 

「なるほど。たしかにこれ程感動的で見事な踊りを踊れる彼女が、私たちのダンスを見て納得するハズはありませんね……。私たちのそれがいかに未熟なのか思い知らされました……」

「そっか」

 

 海未がこの事実を前にどう考えてどんな行動を起こすのか、想像もつかないけれど……きっとこの子はこれを彼女達がもっと先のステージへと向かうための一つのきっかけへと変えていけるハズだ。

 だから別に俺からこれ以上なにか余計なことは言う必要はないだろう。

 

 

 そう判断し、俺はずっと疑問に思っていたことを口に出す。

 

「ところで、報告ってなに?」

「あ、そうでした!実は大変なことになったんです。一応海菜さんの耳に入れておこうと思って……」

 

 大変な事?海未の様子を見る限りかなり重大な案件らしい。 

 

 

「音ノ木坂の廃校が2週間後のオープンキャンパスの結果次第で正式決定されることになってしまいました……」

「……!?」

 

 

 絶句。

 

 

 嘘だろ?マジか!?

 

 まぁ確かにいつ正式決定されても仕方ない問題ではあるけどよりにもよってあと二週間後か。もし仮にそれが決まってしまえば音ノ木坂がなくなってしまう……アイツの大好きな音ノ木坂が。

 ……ふと頭に浮かんだのはμ’sの誰かでもなく、希でもなく。大切な幼馴染、絵里の顔。

 

 

 あのバカ……。

 

 

 

 

 

 

 なんでそんな大事な事、一番に俺に相談しないんだよっ!!!

 

 

 

 

 

 きっと今彼女は苦しんでいるハズだ。

 自分の願いと、そしてその細い肩にのしかかる責任の重圧に苛まれながら。

 そりゃ良い案を出せるとか、問題を解決してやれることとかは出来ないかもしれないけど!でも傍で励ましたり、支えたりすること位は出来る!今までだってそうしてきただろ?

 

 俺は居てもたってもいられず、急いでパソコンをたたみ、海未への別れの挨拶もそこそこに幼馴染の家へ向かって全速力で走り始めた。

 

 

 

***

 

 

「次のオープンキャンパスの内容は生徒会の方で決定することになったわ」

「理事長の許可は取れたの?エリチ」

「えぇ、強引ではあったけどきちんと正式に許可は貰ったわよ」

 

 今日の昼、廃校決定がオープンキャンパスの結果次第で決定するという知らせを聞きエリチとウチは彼女の家で二人の作戦会議を開いていた。一日生徒会メンバーはじっくりと考え、明日の活動で案を出し合うことになっている。

 

 それにしてもあの理事長が許可を出すなんて……。

 おそらくエリチの頑固な態度に根負けしたのだろう。

 

 

 綺麗な髪の毛を手でかきあげ、厳しい表情で考えにふけるエリチ。

 

 なんというか……どうも様子がおかしい。

 

 不機嫌、というか何かを忘れようとでもするようにがむしゃらに新たに現れた問題に立ち向かおうとしている。そんな印象を受けていた。

 

「エリチ……何かあったん?」

「!?……何もないわよ」

 

 嘘つき。

 もうあなたと友達になって二年もたつんだよ?

 

 古雪くん程じゃないけど、私だってエリチのことは理解してるつもり。

 

 

 ……古雪くん。そういえばどうしているんだろう?

 どうせならここに呼んで相談に乗って貰いたい。二人じゃ出せない案も思いつくだろうし、何よりエリチの悩みだって解決してくれるかもしれないから。

 

「……古雪くんに来てもらわない?

 二人より三人の方がいい案も浮かぶやん?」

「海菜は……あの、今日は二人で考えましょう」

 

 エリチの瞳に映ったのは悲しみとも怒りとも取れる儚い光。

 

 もしかして二人の間に何か?

 

 

 浮かんだ一抹の不安。心の中の拭い切れぬその影が雨雲のようにひろがっていくのを感じる。

 

 

 

 一体古雪くんと何があったの?

 そう口に仕掛けたその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突にエリチの部屋のドアが開け放たれる。

 そして扉の陰から古雪くんその人が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

「海菜……」

「絵里……どういうことだよ」

「……何の話?」

「それはお前が一番よく分かってるだろ。

 あ、希、ごめん驚かせて……」

 

 お互い眉間にしわを寄せて半ば睨み合うように話し始める二人。

 状況が上手く呑み込めず、固唾をのんで見守る。

 

 

「聞いたよ。音ノ木坂が廃校になるらしいな。オープンキャンパスの結果次第で」

「……えぇ、そうよ。よく知ってるわね、誰から聞いたかは知らないけれど」

 

 あくまで冷静に落ち着いて話をしようとする古雪くんと、どこか言葉に棘を含ませている様子のエリチ。今まで何度か二人がケンカしている所を見たことはあるけど、その時はお互い自分の言いたいことをきちんとぶつけ合っていた。

 

 それが今はそれぞれ腹に据えたものを隠しながら言葉を選んでいる様子だ。

 特にエリチ。古雪くんはどちらかというとエリチの意図が読めず、困惑している感じだと思う。

 

「なんで話してくれなかったんだよ……朝だって待ち合わせ場所に来ないし」

「亜里沙に伝言たのんだでしょ?」

「それだっておかしいっつの。言いたいことがあるならハッキリ言えよ……」

 

 突き放すようなエリチの物言いに古雪くんも少し頭に来たのか、語尾に苛立ちが含まれ始めていた。ウチはどうすることもできず、二人の様子を静かに見守る。

 

 話を聞く限り何かが原因でエリチが古雪くんを避けてたみたい……それにくわえて大事な事を自分に黙っていたことに対しても彼は疑問を抱いているのだろう。確かに、古雪くんからしたらそんな大事な事伝えてくれないと嫌な気持ちにもなるよね。

 

「ハッキリ?……分かったわ。なら言わせてもらうけど、なんで私が海菜に学校の事相談しなきゃいけないの?確かに初めの方は意見を聞いたりしたけど、最近は一緒に学校行くときだって、そもそもそういう話してなかったじゃない!」

「それは一人でゆっくり考えれる猶予があったからだろ?」

「リミットが迫って来たんだから話せって?

 なんで海菜にそんなこと言われなきゃならないのよ、私の問題でしょ!」

「……」

「ちょっと、エリチ!」

 

 古雪くんは黙って唇を噛み、目の前の幼馴染を見つめていた。

 たまらず静止に入るが、エリチは止まらない。

 そして衝撃的な一言を放った。

 

 

 

 

 

 

「海菜には関係ないじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 吐き出される悲鳴のような台詞。

 嘘でしょ、エリチ?本気で言ってるの?

 

 今にも泣きだしそうな目で古雪くんを睨み付ける親友の真意が測りかねず、ウチは絶句してしまう。そして古雪くんは……激昂するでもなく、言い返すでもなく。

 

 

 

 ただただ、悲しそうに笑っていた。

 

 

 

「関係ない……か。確かにそうかもな」

「……えぇ、海菜は私じゃなくてあの子達の面倒を見てあげてればいいのよ……」

 

 

 絞り出すように吐き出された古雪くんの言葉に、静かにエリチが答えを返す。

 

 

 

「……」

「私の事なんてどうだって良いくせに……」

「エリチ!なんて事いうの!!!」

 

 

 沈黙に耐えかねてエリチが続ける。

 聞くに堪えず、思わず声を出してしまったがもう遅い。その台詞を聞いた途端、物憂げに沈み込んでいた古雪くんの瞳に真っ赤な炎が宿るのを見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、それ本気で言ってんのかっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて聞く古雪くんの怒声。

 声が大きい訳ではない、そしてドスが聞いている訳でもない。

 

 ただ、その声はどんな刃物よりも鋭く、私たちの胸に刺さった。

 

 

「ごめん、希。後は頼む。俺、帰るわ」

 

 

 必死に怒りを抑え込んでいるのか、プツリプツリと言葉を途切らせながら言い終わると。

 そのまま静かに部屋を出ていってしまう。

 

 

 

 

 

 

 二人だけになった部屋に、エリチのすすり泣く声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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