『いらっしゃいませ!海菜様!』
営業時間を過ぎて店じまいが済んでいた行きつけの和菓子店『穂むら』の入り口の横開きの戸を開け、中に入った途端。予想だにしない光景が目に入った。μ’sのメンバーたちが、メイド服は来ていないもののそれぞれ制服姿で一列に並び一斉に俺に向かって一礼したのだ。
あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
俺こと古雪海菜は穂乃果の誘いを受けて彼女の家に行ったと思ったらいつのまにかμ’sの皆にまるで彼女達のご主人様のような扱いを受けていたんだ!
な…… 何を言っているのか わからねーと思うが
……。
よ、よし。
くだらないこと考えたおかげで少しだけ頭が冷えてきた。一体これは何の催し物だろうか?状況だけ見れば歓迎すべき事態なのだがいかんせんこいつらの意図が読めない分警戒心の方が勝ってしまう。
「ささっ、海菜様!お荷物は凛がお預かりしますにゃ」
「古雪……じゃなくて海菜様!こちらへどうぞにこ!」
「海菜様、うち自慢のほむまんもたくさん用意していますのでゆっくりしていってください!」
無意識のうちに後ずさりしていた俺を前に進み出てきた凛、にこ、穂乃果の三人がガッチリと両腕を抑え込み、勝手に帰れないよう荷物まで奪われてしまった。な、なんだってんだよ!?
「な、なに?こ、怖い……」
かなり普段饒舌な俺だがここまで不気味な状況になると月並みな一言しかでてこないらしい。実際むちゃくちゃ怖いしな。他のメンバーの方を見てみると真姫と海未の顔がこれでもかというくらい歪んでいる。……そんなに嫌ならやらなきゃいいのに。
「ちょぉ~っとお話がありまして……」
「話……?穂乃果、お前一体俺に何やらせようと……」
俺は自らの第六感にしたがって体にまとわりついている3人を振りほどいて逃げ出そうとした、……瞬間。
「まあいいじゃない。とりあえず穂乃果の部屋まで行くわよ!全員、古雪を確保!」
初めの態度とはうって変わって生き生きとした表情で残りのメンバーに合図を送る矢澤にこ。途端待機していた全員が各々俺の服やら手やらがっしりと掴んできた。
おい!誰だ今髪の毛掴もうとしたの!ハゲたらどうすんだぶっ飛ばすぞ!!
俺はなすすべなく階段の方へ引きずられていってしまう。
「な、ちょ!もしかしてこないだのPVのこと怒ってるの!?
悪かったって!でもまともなヤツちゃんと撮り直したじゃん!!
ひやぁああああああああああああ!!!!!!」
***
「ラブライブの開催決定?」
完全に拘束された状態で穂乃果の部屋に投げ込まれた俺に伝えられたのは全国のスクールアイドル達の祭典『ラブライブ』とやらの開催の知らせだった。
……だからなんだっていうんだよ。
てかこの子達俺が先輩だってこと忘れてない?
いろいろ言いたいことはあるもののとりあえずその『ラブライブ』ってのが一体何なのか聞いてみることにした。じゃなきゃ話が始まらないし。
「なにそれ?」
「アンタほんとに何も知らないのね」
「君の常識が俺の常識と一致すると思うなよ。ついでに自分の常識が世間一般で言う非常識な部類に属していることを今一度自覚してから小学校から出直してこいばかにこ」
「相変わらず口が減らない奴ね……」
基本的にコイツと話していると話が進みそうにないので視線を花陽の方へ向けて答えを促す。花陽は俺と視線が合うと少しだけピクリと肩を動かし、頬を染めながら口を開いた。
「ラブライブはいわばスクールアイドルの甲子園。スクールアイドルのランキング上位20位までが参加することができ、その中で一位を決めるイベントなんです!」
「はぁ、なるほど。そりゃ凄い」
「ほんっとうに凄いですよ海菜さん!もっと喜んでください!」
あぁ、そういえばこの子アイドルの事になると変なスイッチ入っちゃう子だったっけ……生き生きとした表情でほとんどアイドルに興味のない俺に喜びを強要する花陽から無言で視線を前に戻し、大きくため息をついた。
「それで、ラブライブとやらが開催されるってことは分かった。次は俺をここに呼んだ訳を教えてくれ」
きっとこの子達はラブライブに出ようと努力する予定のはずだ。もしかしたらその為の練習の協力の依頼などだろうか?……いや、それなら普通に頼めば良いことだしわざわざ俺の逃げ道を塞ぐ必要はない。
その問いに海未が答えを返してくれた。
「実はラブライブ出場の許可を得るために理事長にかけあいに行ったのです。すると許可は出して頂けたのですが少しだけ条件を付けられてしまって……」
「……条件?」
「はい。次の中間テスト赤点が一つでもあると出場してはだめだと言われてしまいました」
なーんだ。そんなことか。
まぁそりゃ一番大事なのは学校生活だし理事長の出した条件はもっともな物だと思う。
「ふーん。でもそれほど問題はなくない?流石に赤点とるようなメンバーはいないでしょ?」
「……」
「……」
「……」
「ま、まさか……?」
「そのまさかなんです」
海未は神妙な面持ちで沈黙ののち、頷いた。
周りを見渡すと凛、にこ、穂乃果の3人が下を向いて視線を合わせようとしない。
……なるほど。
こいつらか。
「それでお願いなんだけど……ですけど。古雪……さんって頭だけはいいじゃない?」
「『だけ』は余計だっつの。顔も性格も良い」
「いいから真面目に聞きなさいよ……」
今度は海未に代わって真姫が口を開いた。
まぁ勉強の方は順調に進んでるし多分この中じゃ圧倒的に勉強は出来る方だろうけど……。
なんというか、少し嫌な予感がする。
まさかとは思うけど勉強教えてくれとか言い出すんじゃないだろうな……。
俺が不安に駆られ、そわそわと視線を彷徨わせていると問題の3人が顔をあげる。そして3人はお互い顔を合わせて頷き合うと俺の目の前に並んで正座をした。そのまま一斉に口を開く。
『海菜様!私たちに勉強、教えてください!!』
拒否権は……ないんだろうなぁ。
***
「うぅ~、今日も海菜さんとの勉強会かぁ~」
「穂乃果ちゃん、海菜さんがわざわざ時間を割いて教えてくれてるのに文句をいっちゃだめだよ?」
「そうですよ、穂乃果にはしっかり数学が出来るようになってもらわなければならないのですから……」
海菜さんに頼み込んでの勉強会の発足からわずか三日。早くも弱音をこぼし始めた穂乃果を私とことりの二人で一生懸命慰める。全く、この様子だと海菜さんも相当手をやいているようですね……。
「だって海菜さん厳しいんだもん!」
「穂乃果は厳しくされるくらいが丁度いいんです!それに解説自体はすごく分かりやすいでしょう?」
私も何度か穂乃果と一緒に勉強会に参加したが、真姫が『あの人はホントに頭だけは良いわよ。古雪に教わればまず間違いなく勉強は出来るようになるはず』と自信満々に言うだけの事はあり、確かに分かりやすい話をしてくれる方だった。
常に右手にハリセンを装備しているのがたまにキズだけれど。
本人曰く自分はいわゆる天才型じゃないので出来ない人間の思考回路もよく分かる、のだそうだ。たしかに問題を解いている途中でいきづまる穂乃果達へのアドバイスはいつも的確で、聞いてるこちらが感心してしまうほどだ。
もっとも、アドバイスの後にいちいちハリセンで頭をぺしぺし叩くのがたまにキズだけれど。
「うん。確かになんとなくだけど力はついてきてる気がする!
……よし、今日も頑張るよ海未ちゃんことりちゃん!応援しててね!」
「うん!穂乃果ちゃん頑張って!!今日は私も一緒にいくから」
「それじゃ、凛ちゃんとにこ先輩を呼びに行ってくるね!いこっ、ことりちゃん。海未ちゃんは今日は用事があるんだよね?」
「ええ、少し弓道部の方に顔を出して帰ろうかなと」
穂乃果とことりはバイバーイと手を振りながら足早に去っていってしまう。
その後姿を見送り、私は自分の用事を済ませ一人で下校しようと校門まで歩みを進めると校門の丁度目の前に一人の少女が立っているのが目に入った。身長はそれほど高くないものの印象的なのはそのブロンドの方まで伸びた髪の毛。一本一本がまるで絹糸のように繊細で細く、夕陽に照らされてきらきらと輝いている。
おもわず視線が釘付けになってしまい、気付かれないように慌てて視線を逸らそうとしたその瞬間、聞き慣れた音楽が耳に入って来た。これは……私たちの曲?
その音の出所を探すとそれは金髪の美少女のイヤホンからわずかに流れ出ていた。思わず好奇心から彼女の持つ音楽プレーヤーの画面を遠目からのぞき込む。
「っ!ホームページにはない映像……」
「ふぇっ?」
気付いた時には声が出てしまっており、それに気が付いた女の子とまともに目が合ってしまった。まだ幼さが色濃くのこる愛らしい顔立ち。制服を着ている所から察するにおそらく中学生くらいだろう。
結構活発な性格なのか、急に声を出してしまった私の方をまじまじと見つめてくる。
……な、なんですか!?
どう声をかけていいのかわからずあたふたとしていると女の子から話しかけてきてくれた。
「もしかして、μ’sの園田海未さんですか!?」
えぇっ?なんで知ってるんですか!?
知り合い……ではないですしまさかこれが最近真姫にもあったというかの有名な『出待ち』ってものなのですか!?
「い、いえ……人違いです!」
思わず慌てふためいてしまい、とっさに嘘をついてしまう。
途端表情がみるみる曇っていってしまう女の子。
「う、嘘です」
「ですよねっ!」
私がそう訂正するとすぐさまニコッと笑顔を浮かべてくれた。
えっと、こういう時はどんな対応をしたらいいのでしょう……。
「とっ、ところで、そのライブ映像は……」
サインや写真など頼まれたら緊張でどうにかなってしまいそうだったので話の主導権を握るべく先ほどから気になっていた彼女の音楽プレーヤーに映し出されるライブ映像を指さした。
たしかその映像はまだインターネットには上がっていなかったような……。
「あぁ、これはお姉ちゃんが撮ってきてくれて。お兄ちゃんが入れてくれたんです!」
「お姉ちゃん?お兄ちゃん?」
一体誰の事だろう……私がそのような事を考えていると、聞き覚えのある凛とした声が私の耳に届く。でもその声はいつも私たちが聞いているものよりいくぶんか柔らかみを帯びていた。
「亜里沙!」
「お姉ちゃん!」
振り返った私の目に入って来たのは紛れもない、絢瀬生徒会長の姿だった。
~一方その頃~
「うわ~ん、もう嫌にゃ~」
「シャラップ!ユーはこのホームワークがフィニッシュするまでゲットホーム出来ないと思えよファッキンキャッツ!」
「にゃ~、かいな先輩スパルタすぎるよ~。
この前年下には優しくするって言ってなかったですか!?」
「勉強に年上も年下もねぇよ!出来るようになりたきゃ死ぬ気で勉強しやがれ!」
結局彼女達のお願い(強制)を飲み込むほかなかった俺は毎日穂乃果の部屋やらファミレスやらで主に穂乃果、凛、にこにそれぞれの苦手分野を教え込んでいた。
実際むちゃくちゃ嫌だったのだが一度引き受けてしまったものは仕方がない。そもそも俺がわざわざ勉強を教えてやっているのに『できませんでした』じゃ沽券に関わるしな……。
と、いう訳で絶賛しごき中である。
ところがこの3人。想像以上に酷いのだ。
まぁ、赤点とりそうな危険があると聞いた時点である程度は予想できたのだが蓋を開けてみるとその酷さと言ったら筆舌に尽くしがたいものがあった。穂乃果に至っては九九が怪しかったからな……。小学校からやり直してこいっつの!
「凛はもっと優しく教えて貰いたいにゃ!」
「俺が持ってきているのがロウソクやムチじゃなくてハリセンだって所に優しさを感じないかなぁ?」
「かいな先輩の優しさの基準は一体どうなってるんですか!?」
「優しさ=ソフト。……ソフトSM?」
「にゃあ~、真姫ちゃん助けてよぉ」
いたって真剣な面持ちで返答する俺と話し合っても無駄だと思ったのか隣で黙々とシャーペンを走らせる真姫に助けを求める凛。しかし集中しているのか全く表情を動かすことなく彼女は目の前の問題に没頭していた。
……まぁ、さすが医学部を目指すって公言しているだけあるな。真姫の方も俺の実力は認めてくれているのだろう、毎回勉強会に参加して色々質問してくる。相変わらず敬語は使えないのだが。
はぁ。こいつらにもこれくらいの積極性があったらなぁ。
そんなことを考えながら前を向くと穂乃果と目があった。
彼女は『うわっ、やばいっ。ぼうっとしてるところ見られちゃった』とでも言うような顔をしたかと思うと慌てて目の前の問題に戻る。根は真面目な分頑張ろうとはしてるんだけどなぁ……いかんせん集中力がないのだ。
とりあえずどついとくか。
ぺしんっ。
「うぅ、遅かったか……」
「俺の目を盗んでサボろうなんて√400に10かけた後にcos30°をかけて最後に√3で割った年数ぐらい早いわ!!」
「えっとえっと……ちょっと待ってください。紙に書かなきゃ……。でっ、出ました!100年です!」
「正解!さっさと問題に戻れおばか!」
「はいっ!」
そんな俺達の様子を見ながら何が嬉しいのか横でニコニコと笑うことり。
この子は別に勉強に対して熱意などはないようだ。ある程度の成績さえ取れれば良しとしているのだろう。もっと別の事に興味があるのかな?ぜひ彼女の目指す道を精一杯歩んでほしい。
それで本当の問題はコイツだよ。
俺は自分の真横に座って頭を抱えている同級生を見下ろしてため息をついた。
凛はただ性格的に勉強を面倒くさがっているだけなのでおそらく苦手とする英語も出来るようになるだろう。そもそも英語なんて誰だってやりゃ出来るようになるし。穂乃果もこの様子だと持ち前のやる気で何とかしそうだ。
「にこ、そろそろ出来たか?」
「うっ、うっさいわね!今考えてる途中なの!」
俺にしては珍しく優しく聞いてやっているのにこんな調子だ。
……これじゃ本格的にラブライブ出場が危ういかも。
本腰入れて協力すると決めた以上なんとかしてやらないと……。
「にこ」
「……何よ?」
「集団学習じゃ埒があきそうにないから……この後俺んち来い」
「へっ?」
このようにしてにこと二人きりの勉強会の開催が決定した……が。
この時の俺はこの行動が大きな問題を生み出してしまうことに気が付いていなかった。