ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

20 / 141
第二十四話 希の夢

「君のやりたいことは……何?」

 

 俺のその言葉に希は戸惑いの表情を浮かべた。そのような事を聞かれるとは思いもよらなかったのだろう。まるで自分自身の中にある秘密の考えを読みとろうとするかのように指先をそっとこめかみにあてた。

 

「ウチのやりたいこと、ウチの……夢」

 

 小さく呟き、視線を落とす。

 

 

 先ほど言ったように俺は本気でそろそろμ’sと関わるのをやめようと思っている。その理由も今、希に話したものがほとんどだ。このままズルズルと付かず離れずの状態が続くのは俺と穂乃果達、どちらにとってもプラスにならないと思う。

 俺自身受験を控えており、一応今の所順調な成績で来ているとはいえいたずらに時間を消費するのは避けたいのだ。彼女達も俺みたいな素人、それも自分たちの事は二の次だと言い切れる人間と仲良くしたところで得られるモノはきっと多くないだろう。

 

 

 

 だからきっと、今がタイムリミットだ。

 

 

 

 これからの身の振り方を決めなくてはならない所まで来てる。

 

 本当はスッパリ関係を断ち切るつもりでいたのだが、やはり俺が気になったのは希の事。俺が初めて穂乃果達と会った頃からなぜか、本当になぜか彼女達に協力的な行動をとっていた彼女。

 明らかに自分の親友である絵里がμ’sに敵対心にも似た気持ちを持っているにもかかわらず、独自の態度を示し続ける希の姿は俺にとっては凄く意外なものだった。

 

 知り合ってそれこそ二年になるがマイペースそうに見えて実はかなりの気遣い屋さんだってことはとっくに分かっている。あまり自己主張せず、にこにこしながら俺や絵里に付き合ってくれることがほとんどだったから。

 

 

「……」

「……」

 

 お互いの間を沈黙が支配する。

 

 

 俺にとって希はかけがえのない大切な人だ。

 絵里と同じくらい大事に想っていると言っても過言ではないと思う。過ごした時間の長さとは関係なく、いつの間にかその暖かな想いは芽生えていた。

 

 だからこそ!

 もし仮に彼女が心からμ’sの応援をしたいと思っているのなら。もしくは他のなにか大事な理由があるのなら、俺は全力でそれを手助けしたい。

 立場が逆なら希もきっとそうしてくれただろうから。

 

 他でもない希のためなら、なんだってしてやるさ。

 俺の力なんて大したことはないけど、それが少しでも彼女のためになるのなら。

 

 

 

「ウチの夢はね……」

 

 彼女の中で考えがまとまったのか、少しだけスッキリとした表情で希は口を開いた。

 俺は静かに彼女の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

「ウチの夢はもうずっと前に叶ってたんよ。

 

 エリチと古雪くんのおかげで……」

 

 

 

 

「俺と絵里のおかげ?それってどういう……」

 

 彼女の紡いだ言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまった。

 俺と、絵里がこの子の夢を叶えた?……そんな大層な事してあげた記憶なんて一つもないんだけど。

 

「古雪くん、この前ウチの家に遊びに来てくれたよね?

 その時言ったように、ウチの両親は転勤が多くて。小さいころからずっと転校してしばらくしてはまた転校して、の繰り返しだったんよ」

「……」

「だからウチ、いままで親友だって呼べる友達なんて出来たことなかったん」

 

 そう言う希は穏やかに笑いながらも、その目は少し濡れているように見えた。

 

 

「でもね、音ノ木坂に来て初めて自信をもって親友って呼べる友達が出来たの……」

 

 

 俺が行った彼女の家は一人暮らしをするには広すぎる部屋で。いつものようにこの場所へ引っ越してきて、そしていつものようにどこか知らない所へ引っ越していくつもりだったのだろう。

 

 きっと希は音ノ木坂に入学して初めて、その『当たり前の生活』に終わりを告げようとしたのだ。

 

 その決断をさせた理由がこれから彼女が言おうとしている事に違いない。

 彼女は昔を思い出すかのような遠い目をしながら、楽しげに微笑んだ。

 

 

 

「初めて出会ったんよ。自分を大切にするあまり周りと距離を置いてみんなと上手く溶け込めない、ズルが出来ない。まるで自分と同じような人に」

 

 

 きっとこれは絵里の事を言っているのだろう。

 

「想いが人一倍強く、不器用なぶん人とぶつかっちゃう誰よりも一生懸命な。

私の大好きな初めての親友。

 

 それがエリチ」

 

「ん……」

 

 軽く相槌をうつ。

 初めて希を家に連れてきて、たまたま居合わせた俺に彼女を紹介した絵里の顔を俺は多分ずっと忘れないと思う。少しはにかみながらもすごく嬉しそうに微笑む幼馴染の表情を見て俺は、本当に嬉しかったのだ。

 真の意味でお互いを理解しあえる親友がやっと彼女にも出来たんだなって。

 うーむ。自分でいうのもなんだけど視点が完全に保護者だよな、別に間違ってはいないけどね。

 

 

「それに、もう一人大事な人が出来たんよ」

「……」

「ふふっ、古雪くんはどんな人か分かる?」

 

 俺の事だろうって、……自惚れたっていいよな?

 そんなことを考えながら彼女のその質問に答えた。

 

「……カッコよくて、優しくておもしろい。素敵な男の子じゃないの?」

「ぶっぶー、不正解や!全然違うよ~」

 

 なんともうれしそうな顔でその艶やかな唇を尖らせて両手でバツ印を作る。

 ……別にこの状況で答えさせなくていいと思うんだけど。

 

 

 

 

「その人はね……自分の事をいつでも一番に考えようとしてるくせに、結局他人の事が気になっちゃう面倒くさい人。人の気持ちに誰よりも敏感で、それなのに自分の優しさをストレートに表現できない不器用な人」

 

 

 

 

「……」

「誰よりも努力しているからこそ、頑張ってる人に手を差し伸べずにはいられない私の初めてできた男の子のお友達。

 それが……古雪くん」

「あんまり褒められてる感じはしないんだけど?」

「別に褒めてる訳やないもん」

 

 いたずらっぽく冗談めかした様子で言葉を返された。

 なんというか、希にそう言われて嬉しくない訳じゃないけどな。……少し照れくさい。

 

「ウチの夢はね……」

 

 希はそこで言葉を止め、少しだけ震えたその鈴の音のような綺麗な声で続けた。

 

 

 

「居場所が欲しかった。ただそれだけやったんよ」

 

 

 

 ずっと同じ場所に住み続けて、同じ友達と何年も一緒にいることが出来た俺にはけっして分かりはしない希の心境。想像も出来ないほどの寂しさと一緒に彼女は今まで暮らしてきたのだろう。

 

 

「皆からしたらホントに小さな夢だと思う。でもウチにとっては何よりも欲しかったモノやった。

 

 その夢を、古雪くんとエリチが叶えてくれたんだよ。二人が一緒にいてくれる時間は紛れもないウチの居場所だった……。

 初めてだったの、たとえ一人暮らしをしてでもここに残りたいって思ったのは」

 

 

 高校生で一人暮らしなんて。……その決断は彼女にとって大変大きなものだったに違いない。

 

「……俺も、君と会えて良かったって思うよ。引っ越さずにココに残ってくれて……嬉しい」

「……えぇ~?もしかしてウチ今告白されたん?」

「してねぇよ!人が折角真面目に返してやったのに!」

 

 少しだけ怒ったふりをすると希は慌てて笑いながら謝ってきた。

 全く、失礼な奴だ。

 

「ウチの夢はそんな感じ!ごめんね?なんだか辛気臭くなっちゃって……」

「別に。俺といる時間が君の居場所なら……たまにはそういう話をしたっていいと思うよ」

「うん、せやね……ありがと」

 

 囁くような彼女の感謝の言葉。本当はその言葉を言いたいのは俺の方だけど。

 希はミルクティーを飲んで一息ついた後、再び口を開いた。さっきより少しだけ声が明るい。

 

 

 

「だからね、本当はウチの夢はとっくの昔に叶っちゃってたハズだったの。

 でもね……ウチ、音ノ木坂で見ちゃった。

 

 誰よりも理想が高くて、誰よりも努力家だからこそ周りと上手く手を取り合えなかった同級生を。熱い想いを胸に秘めながらもどう人と繋がっていいか分からない不器用な一年生を」

 

「……」

 

「他にも二人。ずっと追い続けてきた夢があるのに、またそれを叶えることが出来る強い気持ちがあるにもかかわらずあと一歩踏み出す勇気が欠けていた女の子を。自分に自信がもてず、それでも明るく気丈に振る舞って本当の憧れから目をそらし続けてきた女の子を。

 

 ウチはそんな女の子達がいるってことを知っちゃったの。

 それでも私に出来る事なんてなにもなくて

 

 そんな時、彼女達を大きな力で繋いでくれる存在が現れた!

 それが……穂乃果ちゃん達。

 

 彼女達を初めて見た時、ウチ、思ったの」

 

 希は大きく息を吸いこんで、決意を込めた眼差しでまっすぐ俺の方を向いた。

 こんな表情をする彼女を見たのは初めてかもしれない。

 

 

「想いを同じくする人達がいて、それを繋いでくれる存在がいる。

 

 必ずカタチにしたかった!

 古雪くんやエリチが私にしてくれたように私だって彼女達のために何かしてあげたい

 

 だからこそ私は彼女達に【μ’s】って名前を送って、陰ながらだけどサポートしてたんよ」 

「……その名前、希が付けたんだな。初めて知った」

 

 ミューズ……詳しくは知らないけど確か九人の女神様の総称だっけ?

 九人。今の六人と、にこ。そして希と絵里を入れて丁度九人。

 

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 

 今まであやふやなまま放置していた疑問が一気に解決した。

 

 

 

「分かったよ。【μ’sの完成】……それが君の叶えたい新しい夢。なんだよね?」

「んーん、違うよ?ちょっと、おしいかな」

 

 返ってきたのは否定の台詞。

 違う?なんでだよ。おしいって言われてもな……。

 

 希はいつもと変わらないその笑顔で、言葉を続けた。

 

 

 

 

「私の新しい夢はね……【μ’s】が出来上がること。

 そして……

 

 手と手を取り合って一つの目標に向かって進む九人の傍に、古雪くん。キミが居てくれることなんや。それがウチにとってはすごく大事なの。

 

 

 

 だから、お願い。

 ウチ。……いや、ウチらに。力を貸してください」

 

 

 

 

 

 

 俺の返事はたった一言。 

 別に……言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 こうして俺は他でもない自分の意志で、μ’sと関わり合う事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




例え登場人物は同じでも、作品ごとに物語は姿を変える訳で。
これが作者の思い描く【東條希】でした。

もう少しうまく描写出来るようになりたいです。
日々精進ですね(笑)
おそらくたまに加筆修正することになると思います、申し訳ありません。

ではでは、また次回お会いしましょう

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。