朝。けたたましい目覚まし時計のアラームの音で目を覚ます。
わざと遠くに置いていたそれのスイッチを切るため、今にも閉じてしまいそうな目をこすりながら立ち上がる。そして、なんとか騒音を止めることに成功した。
俺は一日で一番この時間が嫌いだ。
世界で最もうるさいものは?と聞かれたら世の中の半分以上の人が迷わず「目覚まし時計」と答えるだろう。
もう、ホントにイヤ。このジリリリリの音以上にうるさいモノなんて他ににだろう。あるはずない、あるはずない。これより不快で体の芯まで届くようなやかましい音なんか……。
『かいな~!!おきなさ~い!!』
他にあったわ!うるせえええええええェェェ!!
離陸時のヘリコプターかよ!
「もう、起きてるわ、ボケェ!」
負けじと大声で言い返す。
『じゃあ早くおりてきなさい!』
「今おりようとしてたんだって! うっさいわ!!!」
あるあるだよね。多分。
こうして俺こと古雪海菜の騒々しい朝は始まる。
***
「海菜、あなたもう少し静かに起きれないの?」
いつものように玄関の前で待っていてくれている絵里に開口一番、とびきりの侮蔑の眼差しとともに問いかけられる。別に毎朝やりたくてこのくだりをやっている訳じゃないんだけど。
「文句はうちのおかんに言ってくれ」
それにしても昨日多少ケンカ別れのように解散してしまった後なのに、いつも通り迎えに来てくれるなんて相変わらず律儀な奴だ。まあ別に俺たちが言い争っている訳でもないし別に普段通りに接すればいいのかな。
そんなことを考えつつそっと横を歩く絵里の様子をうかがう。
がっつり目が合ってしまった。
ぱっ、と慌てて視線を逸らす幼馴染。
少し頬を染め、取り繕うように高い位置でとめたポニーテールを手櫛で整える。
相変わらず分かりやすいやつ……。
「なんかいいたいことでもあるの?」
うぐっと息をのみ、観念したようにこちらを見てくる。
「なんでわかるのよ……」
「絵里がわかりやす過ぎるだけ。てか、何年幼馴染やってると思ってる」
ふう、とため息をついて絵里はとつとつと話し始めた。
「あの……海菜? 昨日は、ごめんなさい。相談に乗ってもらってるのに勝手に機嫌損ねて帰っちゃったりして」
全く、ほんとに律儀な奴だな。
いいのにそんなこと。
「別に気にしてないよ。なんで君が怒ってるのか少しは分かってるつもりだし」
「ありがと……」
ほっと胸をなでおろす仕草をみせて再び口を開く。
「スクールアイドルをやりたいって言ってる3人のことなんだけど。実は昨日ライブをやるために講堂の使用許可を求めに来たの」
「で、どうしたの?」
「断る規則なんてないから、希にも言われて許可は出したのだけれど……」
「別に、やらせてあげてもいいんじゃないか?減るもんじゃなし」
「でも仮に始めて、やっぱりできませんでした。なんてことになれば学校のためにマイナスにしかならない!」
絵里は少し興奮気味に語気を強め、言い放ったのちうなだれた。
「ごめんなさい。海菜に言ったって仕方ないわね。」
ふむ。
俺は気にしてないよ、と笑いかけながらそっと彼女の表情を伺う。
この顔は……。
「……それが本当の理由?」
「え?」
絵理はうつむいていた顔をあげて、いぶかしげにこちらを見た。
「いや、『失敗』するリスクを背負っているのは生徒会の君らも一緒だろ?それにやってもないのに失敗するって決めつけるのもどうかとおもうぞ。やらせてやりゃいいじゃん」
おそらく、いま彼女が口に出した言葉はスクールアイドル活動を嫌がる真の訳ではない。旧知の仲であるからこそ働く勘と、確かな確信から俺は喋り始める。幼馴染同士の間の勘は、必ず当たるものだ。
わざと適当なことを言い、少し刺激してみる。
「それはそうだけど!……そもそも学校の危機を救うのは生徒会の!私の仕事よ!」
絵理はなぜか悔しそうにそう強く言い返してきた。
なるほど。
合点がいった。
後者が本当の理由なのだろう。おそらく何かしらの理由で生徒会がうまく動けないのではないだろうか。それに対する反発と、自分がやらなければならないという使命感と、焦りともどかしさと。いろんなものがごちゃごちゃになって今、絵里の中に多くの感情が渦巻いているのだ。
こりゃ希も苦労しそうだなあ。
思わず不器用なこの幼馴染の親友の顔を思い浮かべ、苦笑する。
でも、きっとスクールアイドルを嫌っているわけではないのだろう。型に縛られず、学校のために頑張ろうとする、自分と同じ音ノ木坂の生徒に少しばかりのいわば嫉妬心を抱いているらしい。
なら、大丈夫だ。
きっとうまくいく。
その3人が本当に奇跡を起こせるアイドルグループを作れるのならば。
一度、会いに行かなきゃいけないな。
今日か明日にでも希に連絡とって少し見に行ってみよう。
悲しそうにうつむく絵里のあたまをポンポンと優しくたたき、慰める。
「そうだな、絵里は自分の思う最善を尽くせばいいと思う。でも、それはきっと他人のやり方を否定することじゃないと俺は思うかな。その三人をよく知らないから一概には言えないけどね」
まだ少し納得できていないような複雑な表情をしながらもうなずいてくれた。
「そう・・・かもしれないわね。少し落ち着いて考えてみることにする」
「よしよし!それでこそ、かしこい可愛いエリーチカだ」
「ああ、もう!髪崩れるから撫でないで!あとその名前で呼ぶの禁止!」
わしわしと自分の頭をなでる俺の手を払いのけ、横顔をほんのりと赤く染めながら抗議してくる。そして少し乱れた髪の毛を直しながら再び口を開いた。
「……希がバイトしてる神社」
「……え?」
な、なんだ唐突に。いや、あいつが巫女さんのバイトしてるのは知ってるけど。
てかコスプレっぽくてめちゃくちゃ可愛いけど、急にどうした?
「行くんでしょ?その子たちに会いに」
「な……」
エスパーかこの金髪クォーターは!
「わかるわよそのくらい。私のためにその子たちが本当にやりきってくれる子たちなのか見極めにいくのでしょう?海菜は。その神社で毎日練習しているらしいわ」
「……」
ぐうの音もでないとはこのことだ。なんで見透かされてんだよ!
なんだこれすごい恥ずかしい。
「それじゃあ、私はこっちだから」
お互いの学校へ向かう分かれ道に、いつのまにか話し込んでいるうちに着いてしまったらしい。
くるりと体の向きを変え、少し足早に駆け出した彼女だったが思い出したように振り返り、少し離れた俺に聞こえるように可愛らしい、それでいて凛とした声をあげた。
「何年幼馴染やってると思ってるのよ!ばか」
悔しいことに最後に全部もってかれたなあ。
走り去っていく背中を見送りながら俺は呟くのだった。
「……ハラショー」