ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第二十三話 といかけ

「アンタたち!……とっとと、解散しなさい!!!!」

 

 

 私が穂乃果ちゃんのもとへと向かったと思われる古雪くん達の後を追うと、にこっちのよく通る声が聞こえてきた。柱の陰から彼女達の様子を伺うとみんな一様にあっけにとられた表情をしている。

 古雪くんに至っては声に出して「何言ってんだコイツ……ドン引きだわ」と言った挙句露骨に顔をしかめていた。

 

 にこっちはジロリとその場にいる全員にひと睨み聞かせてから、もう用は済んだとでも言いたげな表情で走り出した。そのまま私の前を走り抜ける。どうやら気付いていないらしい。

 

 

「はぁ……なかなか全部が全部うまくはいかへんなぁ」

 

 

 想定外の出来事に思わずため息が漏れてしまった。

 一年生の三人が無事μ’sに加わってくれたのでこのまま何事もなくにこっちも……と思っていたのだがそうは問屋が卸さないようだ。もっとも一年生に関しては古雪くんの働きがとても大きかったのだけど。

 

 見た感じにこっちと彼はそりが合わなそうだから……。我というか意志が強い所など、意外に似た部分が多い彼らだからこそお互いに反発してしまうのだろう。少なくとも彼が彼女に説得を試みることはなさそうだ。

 

「古雪くんにばかり任せてないでそろそろウチも動かなきゃ、やね」

 

 

 私の夢を叶えるため、頑張らないと!

 

 

***

 

 時刻は午後四時。

 授業が終わってすぐ私とエリチは生徒会室に来ていた。

 長机に座って目の前の書類を二人で少しづつ片づけていく。

 

 ピピピピ

 

 唐突に鳴り響く電子音。

 

「希、放課後は携帯の使用を許されてはいるけれど一応マナーモードにしておきなさい?先生はあまりいい顔しないし」

「うん、ごめんね。すっかり忘れてた」

 

 優しく注意を促す彼女に返事を返しつつスマホを見ると古雪くんからメールが来ていた。生徒会の活動が終わったくらいに会わないか、という内容を相変わらずしょうもないネタを織り交ぜながら書いている。おそらく朝の件の話をしたいのだろう。

 なんだかんだいいつつ放っておけないのが古雪くんらしい所だね。

 

 思わずクスリと笑ってしまう。すると横で作業を続けていたエリチが不思議そうな顔でこちらを振り向き、口を開いた。

 

「どうしたの?希、誰から?」

「古雪くんから。……ほんとしょうもない人やね」

「希へのメールもそんな感じなのね……何かあったの?」

「うん、共通の知り合いの事で相談したいことがあるらしくて……」

 

 少し言葉を濁しながら彼の要件を伝える。スクールアイドル関連の話はあまりエリチの耳に入れない方がいい。

 

「それは……今日海菜が朝早くに家を出たことに関係があるの?」

「んー、せやね」

 

 彼女はそれだけ質問して私の返事を聞くと、そう。とだけ返し再び作業に戻った。多分私の様子からしつこく追及するような話題ではないと判断したのだろう。あいかわらず不器用だけど優しい親友だ。

 でも、心なしか面白くなさそうな表情をしている。もしかして……。

 

「さてはエリチ……古雪くんと朝一緒に学校行けなくて拗ねてるのと違う?」

「な、な!」

 

 私がからかうような口調でそう話しかけるとすぐさまエリチはわかりやすく顔を真っ赤染め上げた。こんな初々しい反応を見せてくれるなんて同性ながらすごく可愛らしく思える。こういう部分を私や古雪くんの前以外でも出せたらエリチももっと上手く周りの人と関われるハズなのにね。

 

「ち、違うわよ!別にそんなんじゃ……」

「よしよしエリチ」

「希!」

 

 顔を赤らめながら必死に反論する彼女の頭を撫でると、少し強めの口調で怒られてしまった。んー、あんまりからかい過ぎるのはダメやね。

 

 

 コンコン

 

 少し反省したフリをしてごめんね、と手を合わせているとドアを外側からノックする音が生徒会室に響いた。私とエリチは居住まいを正し、身構える。会長と副会長の二人が仕事もせずに楽しくおしゃべりに興じていたとなれば少し問題だしね。

 

「入ってください」

 

 エリチがそう言うとドアが開き……

穂乃果ちゃんが姿を現した。後ろにいつも一緒にいる海未ちゃんとことりちゃんの二人が続く。

 

彼女達の姿を確認した途端エリチは表情をこわばらせ、敵意にも似た感情を目に宿らせながら、机の下で拳を握りこんだ。まだまだスクールアイドルグループ【μ’s】との溝が埋まるまでには時間がかかりそうだね……。

 

「部員が六人になったので部活の新設のお願いに来ました!」

 

 エリチの敵意を表情一つ動かすことなく受け止め、礼儀正しく、そして元気よく要件を伝える穂乃果ちゃん。こういう部分が人を引っ張っていく彼女のリーダーの器を如実に示していると思う。

 

「……それはいったい何の部活かしら?」

「スクールアイドル活動を中心とする部活です」

「その内容なら部活を新設することは難しいですね」

 

 エリチは穂乃果ちゃんの返答を聞くや否や間髪入れず拒絶の言葉を吐いた。その言葉にさすがの穂乃果ちゃん達も表情に焦りの色を浮かべる。

 

「どうしてですか?部員が揃ったら部活は立ち上げることが出来ると校則にもあるはずです」

 

 海未ちゃんが冷静に言葉を返す。彼女達の言い分はもっともだ。色々と頑張って折角部活を立ち上げることが出来る条件を揃えたというのに、それが拒否されるとなると心中穏やかではないだろう。

 でも今回に関しては私たち生徒会の方にもきちんとした理由がある。

 一応その事は伝えなきゃね。

 

「実はね、この学校には既に『アイドル研究部』っていうアイドルに関する部活があるんよ」

「アイドル研究部?」

「うん。まぁ部員は一人なんやけどね。でも設立には部員が五人必要やけどその後は何人になっても構わない決まりやから、今もれっきとした一つの部活として活動してるんよ」

 

 私の言葉の後にエリチが部活の新設を拒否する理由を続けた。

 

「生徒の数が限られる中、いたずらに部活を増やすことはしたくないんです。予算の問題もありますし、既存の部活と似通った活動内容を持つ二つ目の部活を今この段階で作ることは出来ません。……だからあなたたちの申請を受ける訳にはいきません」

「そんなぁ」

 

 有無を言わさぬエリチの口調に思わず、といった感じで穂乃果ちゃんがため息交じりに落胆の声を漏らす。エリチはその様子を一瞥すると躊躇いなく次の言葉を発した。

 

「これで話は終わり……」

「に、なりたくなければ」

「なっ!希!」

 

 ここで大人しく穂乃果ちゃん達を帰らせちゃったら私がここにいる意味がないやんね?

 私以外の全員が驚いた様子で続く台詞を待つ中、ちょっとした救いの手を穂乃果ちゃん達に差し伸べた。私にできるのはこれくらいの事だけど……あとは彼女達が何とかしてくれるって信じてる。

 

「『アイドル研究部』とちゃんと話をつけてくることやね。二つの部が一つになるなら生徒会としても問題なく許可がだせるんやから。……これから部室に行ってみれば?」

 

 

 

 

***

 

 

「古雪くん、おまたせ」

「……ん」

 

 生徒会の諸業務が終わった後待ち合わせ場所の喫茶店に行くと、そこには既に古雪くんの姿があった。一人でコーヒーか何かを飲みながら単語帳らしきものをパラパラとめくっている。毎度のことながら勉強に関してはすごくひたむきな人なんだろう、目の色を変えて手に持っている本に意識を集中させていた。

 

「希は飲み物何がいい?」

 

 私に気が付き、そう言いながら立ち上がる古雪くん。

 

「え?いいよ、ウチのは自分で買うから」

「いや、さすがに呼び出したのは俺の方からだからな……」

「……ならごちそうになろうかな。えっと、ミルクティーでええよ」

「こっちの……ふ、ふ、フラペチーノの方が美味しそうやでぇ?成長期なんやからもっといいもの食べんちぇえ」

「なんで孫に美味しもの食べさせたがるおばあちゃん風なん……」

 

 折角普通に奢ってくれればカッコよかったのに、相変わらず一言余計な人だ。

 

「じゃあペペロンチーノじゃなくて良いんよね?すぐ買ってくるわ」

「この店にパスタは……って、行っちゃった」

 

 訂正。常に二言多い人だ。

 

 

 

 少しして言った通りミルクティーを片手に席に戻って来た古雪くんは、私にそれを渡してから席に着く。

 

「絵里は今日一緒じゃないの?」

「うん、エリチは用事があるって言って帰ったけど……多分気をきかせてくれたんやないかな?」

「まぁそんな感じはするな」

「今日はどうしたの?古雪くんからウチを呼び出すなんて珍しいやん」

 

 一応聞いてみるが、多分今朝のにこっちの事だろう。彼は私がにこっちの知り合いだって事を一度音ノ木坂に来た時の出来事から知ってるはずだからね。

 それにしても今朝は驚いたなぁ。いつも通り朝から境内の掃除をしてると見慣れた二人が薄暗い所で抱き合ってるんだもん……どうやらアレは私の誤解だったみたいだけど、今でもあまり思い出したくはない。

 そもそもにこっちと古雪くんが知り合いなこと自体驚きなんだけどね。

 もしかしたら本当にμ’sを導く運命ってものなのかもしれない。

 

「多分察しがついてると思うけど、俺が聞きたいのはにこの事。単刀直入に聞くけどアイツは一体なんなの?穂乃果達のストーカーはするわ生意気な口はきくわ、挙句の果てには『解散しろ!』って……」

 

 遠慮することなく不快感をあらわにする古雪くん。

 まぁ彼の立場からすればそう思うのも仕方ないよね。実際、にこっちの行動は理由を知る私から見てもあまり褒められたものじゃないし……。

 

 

「古雪くん、あのね。にこっちのやり方は確かに良くないけど……一応あんな事をしてしまう理由があるの」

「差支えないなら教えてくれる?」

「うん。分かってると思うけど他の人には言わないでおいてあげてね?あと、本人にもこの話を聞いたって言わない方がいいかも」

「分かってる」

 

 古雪くんにならこの話を伝えても大丈夫だろう。そもそも人の事を話題にして楽しむような人じゃないし約束は絶対守る人だ。

 

「にこっちはね……昔穂乃果ちゃんと同じようにスクールアイドルを結成していたの。同級生と一緒に」

「……」

 

 彼は無言で続きを促す。

 

「今はもうやってないんやけど……」

「やめたって事?」

「にこっち以外のメンバーがね。理想が高すぎたんやろうね、一人また一人とやめていっちゃって……結局残ったのは彼女一人だけ」

「……そんなことがあったのか」

 

 古雪くんは険しかった表情を少しだけ緩めて相槌を打った。

 一応納得はしたようだがやはりまだ思うところがあるのだろう、無意識なのかどうかは分からないが少し腹立たしげに指先で机をトントンと叩き続けている。

 

 どんな理由があるにせよ、にこっちの行為は客観的に見るとただの八つ当たりのようなもの。古雪くんも彼女の事を責めはしないものの、同時に擁護も出来ないようだ。

 

「まぁ、大体の事情は理解できたと思う」

「よかった。あんまりにこっちを責めんといてあげてね?」

 

 その何気ないお願いに対して古雪くんが返した言葉は、私の予想のはるか上を行くものだった。

 

 

 

 

「責めるも何も……そろそろ俺はμ’sに関わるのをやめようと思ってる」

 

 

 

 

「えっ?」

 

 なんとか絞り出せたのは驚きの声だけだった。

 

「別にそんなに驚く事無いんじゃない?絵里が絡んでる問題ならまだしも、少なくとも例えば今回の一件に関しては正直俺は部外者でしかないはずだろ」

「それは……たしかにそうやね」

 

 たしかに古雪くんの言うとおりだ。あくまで彼はエリチのために、そしてμ’sの結成に関しては穂乃果ちゃんの熱意に答えて協力していただけだ。花陽ちゃんや真姫ちゃんの事についてはあくまで彼が偶然彼女達の想いに共感したからこそ、力になろうと頑張ってくれただけに過ぎない。

 実際μ’sの活動はメンバーも増えて軌道に乗って来たのでこれ以上は彼女達の頑張りでなんとかなるだろうし、今回のにこっちの件に至っては完全に古雪くんは巻き込まれただけだ。

 

 

 

 でも、私は……。

 私の夢は……。

 

 

 

 上手く自分の気持ちを言葉にできず唇を噛みしめる。

 

「俺が今日君を呼び出したのは、別ににこの事に関して聞きたかったからじゃないよ。あくまでそれはオマケみたいなもの。

 俺が聞きたかったのは……」

 

 古雪くんはそこで言葉を区切り、まっすぐに私の目を見つめてきた。

 

 

 

 

「希。君が一体俺にどうして欲しいのか聞くためなんだよ」

 

 

 

 

 いつになく真剣な表情でそう問いかける。

 私が……古雪くんにどうして欲しいのか?

 彼はすぐに答えられずにただただ見つめる事しかできない私を見かねて言葉を続けた。

 

「君がμ’sの結成にかなり積極的だってことは見てれば分かる。

 ……でも俺は君がそこまで彼女達に協力する理由を知らない。

 それに正直な話をすれば俺自身に、μ’sに対する想いっていうのはあくまでちょっとした愛着だけで、君ほど懸命に協力する理由なんてものはないんだよね」

「うん……」

 

 

 

 

 

「今のままじゃ俺は彼女達に協力し続けることは出来ない。だって俺にだってやらなきゃいけないことがあるから。でも……。

 

 

 

 

 でも、君が俺に協力してくれっていうなら。

 

 ……君のためなら!

 

 

 

 

 俺は出来る範囲で全力で【μ’s】、そして君をサポートするよ。

 君は……俺にどうして欲しい?

 

 

 

 君のやりたいことは……何?」

 

 

 

 

 

 

 


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