ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十七話 物語の行方 中編

 

 三ヶ日明けの休日、俺は穂乃果達の朝練に途中から参加していた。別に寝坊したとかではなく普通に早起きして勉強していたのだ。休みにも関わらず塾は特別講座のカリキュラムを組んでくれていて、昼から始まる授業の前、少しでも顔を出せたらとせっせといつもの石段を登り切る。

 

 いつもの練習風景。

 どうやら海未はA-RISEのアドバイスを受けてよりバランスの良いレッスンプランを立てているらしい。ツバサの奴は俺の知らない所でμ'sと繋がりを持ってくれていたみたいだ。きっと彼女にとって穂乃果達は立派な興味の対象になったのだと思う。

 あの娘の事だから、正々堂々と自分の想いを勝者である俺たちに託してくれているに違いない。

 

「あっ! 海菜さん明けましておめでとうございます!」

 

 いち早く俺に気付いた穂乃果の丁寧な挨拶。

 

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「にゃー! かいな先輩ちょっと正月太りしました?」

「もー、凛ちゃん! 新年早々失礼だよぉ……」

 

 丁寧にお辞儀を寄越した海未といつもと変わらない一年生二人。ことりや真姫も普段通りの笑顔と仏頂面でぺこりと頭を下げて挨拶をくれた。当然、絵里は年末年始と一緒に過ごしていたため特に言葉はない。

 

「年始早々、何辛気臭い顔してんのよ」

 

 不躾にも覗き込むようにして顔を覗いてきた同級生。

 

「そんな顔してるか?」

「三ヶ日明けでクマって……正月くらいちゃんと寝なさい?」

「う……。でも、まだマシな方だし、このいい天気だと目立たない算段だったんだけど」

「まぁ、一時よりは酷くないわね」

 

 ジロッと俺を一瞥し、ふんぞり返りながらにこが言う。

 どうしてコイツはいつも意味もなく偉そうなのだろうか。

 

「よく分かるな……」

「……! 別に、ぐーぜん気になっただけよ! ……変な勘違いしてないでしょうね」

「あっ、そうか。身長が低くて下から見るからよく顔色が見え……」

「今年初絡みで早速いじってきたわね!?」

「昨年も楽しくいじらせて頂きました。今年もどうぞよろしく」

「あ、ご丁寧にどうも……じゃないわよ!」

 

 新年一発目のノリツッコミ。流石、そろそろ相棒と呼んでも良いかもしれない。

 

「アンタ今年のにこを去年のにこと同じって考えてたら痛い目見るわよ」

「去年どころか君、十年前から変わってないだろ。身長」

「明らかに憶測なのにそれほど間違って無いのが悔しいっ!」

 

 おぉ! ビンゴ。

 

 もー、にこちゃんいじめちゃ駄目ですよ?

 ことりの制止が入ったので一旦同級生女子とのコミュニケーションは終了した。まさしくグッドコミュニケーション。俺はプロデューサー業に向いているのかもしれない。

 

「ことりは正月、十分休めた?」

「はいっ♪ お母さんもお正月はお休み取ってくれたから」

「そかそか。良かったな」

「アンタ、年下とは普通にコミュニケーション取れるのになんで同級生には当たり強いのよ」

「え? だって後輩は可愛がるものだろ」

 

 不服そうに俺を睨むにこを一瞥して正論を述べる。ただでさえ若干つり目がちでガリ勉やってる身なのに、高圧的にいじると後輩は怯えてしまう恐れがある。……実際、花陽は最初の頃バッチリ俺にビビってたしな。

 俺のその言葉に反応した凛がニヤけながらとことことやってきた。

 

「えー? じゃあ凛も可愛がって欲しいにゃ」

「おー! 今年も凛は可愛いな!!」

「にゃああ!! はーなーしーてー!!」

 

 丁度よい位置にある小さな頭をむんずと掴んで撫でくり回す。

 

「よしよしよしよしよしよしよしよし」

「凛知ってるにゃ! これ撫でてるんじゃなくてアイアンクローっていう技!」

 

 意外にもプロレス技に造形の深かった凛を離して満足げに一呼吸。

 

「凛ちゃんズルい!」

 

 いや、だから穂乃果。お前はどうして羨ましがれるんだよ。

 

「いや、ですから穂乃果。貴女は何故羨ましがるのですか……」

 

 ん、海未。今年もツッコミご苦労。

 後で褒美にアイアンクローをプレゼントしよう。

 

 

 などと、心の中で新たな企みを温め始めた時。

 

――それにしても。

 

 と、隣でにこにこしながら俺たちを見守っていたことりが再び話しかけてくれた。自然な動作で俺の目の前に移動して上目遣いに見上げてくれる。その女の娘らしい仕草に若干照れてしまったものの凛達と違って雑にあしらうことも出来ず、素直に向かい合った。

 ま、女の娘の頭を気軽に掴むなんて普通考えられないもんな。むしろこの対応のほうが常識だろう。

 

「にこちゃんの言うように目元は優れないですけど……」

 

 じぃっと前傾姿勢。

 ことりの髪からふんわり甘い香りが届いた。

 

「顔色はすっごく良いですねっ」

「そうか? なら良いけど」

「ほっぺたもぷっくり……」

「ぷっくり?」

「凛ちゃんの言うように。やっぱりちょっと太りました?」

「なっ! マジか!」

 

 なんというか、ことりが言うなら信憑性がある。性格というか習性と言うか、この娘は人の表情だけじゃなく体格や服、髪型など隅から隅まで観察する傾向にあるし……。正月は必然的に食べる機会も増える上勉強ばかりで運動もしないため多少肥えていても不思議ではない。

 

「はいっ。海菜さんをずっと見てた私が言うんだから間違いないです♪」

「何それ、そう言われるとちょっと恥ずかしいって」

「えへへ~」

「つーか!」

 

 俺は少し離れたところに立っていた絵里にいちゃもんをつけた。

 

「絵里、気付いてただろ! 少しは忠告しろよ!」

「そんなこと言われても……。気付いてなかったわ」

「君のほうがずっと俺の顔見てるだろ」

「毎日顔合わせてたんじゃ逆に気付かないわよ!」

「なるほど、それもそうか」

 

 一昔前に流行った、写真が時間経過で少しづつ変化していくAHA体験。正月前と正月後を途中経過なしに見たことりの方が性格に差分を見つけられたのだろう。

 

 俺は視線をことりに戻して……。

 

「ことり? どうした」

「……別に何でも無いです」

 

 ぷくっと頬を膨らませて彼女はそっぽを向いてしまう。

 一体どうしたのだろう? 拗ねてるみたいだけど……。

 

 その疑問が解消する前に、絵里の声が耳朶を打った。

 

「海菜! そろそろ希にも挨拶しなさい」

「ちょ、ちょっとエリチ!」

 

――希?

 

 あぁ、そういえばまだ挨拶してなかったっけ。LINEで連絡は取り合ってるから新年初な気がしないんだよな。俺はそんなことを考えながら絵里の方へ再び目をやった。すると何故か頬を僅かに紅く染めながら絵里の影に隠れようとする希の姿。

 俺は不思議に思いながら彼女に近づいて。

 

「よ。希。あけおめ」

「あ、あけましておめでとう、古雪くん……」

「いや、なんで隠れんの」

「いやいや、お気になさらず。あっちで凛ちゃん達と遊んできたらええやん?」

 

 酷っ!

 完全に拒絶された俺は傷心のまま踵を返し、言われた通り凛達の所に戻る――なんて事は当然無かった。

 

「きゃっ」

 

 むんず。と躊躇いなく希の細い腕を掴む。

 そして躊躇いなく絵里の背後から引きずり出した。

 

「ちょ! 流石に女の娘に対して遠慮無さすぎとちゃう!?」

「そこが俺のイイ所」

「たくさんある欠点や!」

「それは酷くない!?」

 

 引っ張り出された希は観念するかと思いきや、往生際悪く両手で顔を覆ってしまった。さすがの俺もその手をこじ開けるわけにもいかず、ちらりと絵里を見る。するとニコニコと親友を見ていた彼女が事の顛末を教えてくれた。

 

「簡単に言うとね、海菜」

「あぁ」

「希、お正月に太っちゃったんだって」

 

 は?

 俺は顔を隠して体操座りをしている希に視線を落とした。その姿はいつもと変わりなく、なんら太った様子は感じられない。顔はまだ見てないけど、さっきちらっと見た感じでは赤面している事意外分からなかった。というか、違和感無かったってことは変化が無いってことだろう。

 

「全然変わってないけど……」

 

 改めて彼女を見る。

 いつもの二つに括られた長髪から覗く首筋は白く細い。見慣れた練習着も普段通りすっぽりと彼女の華奢な身体を覆っていた。確かに、海未やら凛やらと比べたらアレだが十分細い……というかより女の娘らしい体型というか、反則的な胸とかも相まって直視するのが恥ずかしくなるくらいプロポーションに関しては非の打ち所がないのが東條希という女性だ。

 これで太ったというのはあまりに無理が……。

 

「実は……お正月食べすぎちゃって」

「いや、だから太って無いって」

「うー! 今日体重計乗ったら太ってたんやって! そもそも、丸顔がコンプレックスやし……」

「因みに何キロ?」

「海菜、貴方本当にデリカシー無いわね」

 

 知った事か。

 別に体重じゃなくてどのくらい太ったのか聞くくらい良いだろ。

 

 沈黙が流れること数秒。

 

 希の手がゆっくりと開き、ぴんと人差し指だけが立った。

 これってまさか……。

 

「い、一キロ?」

 

 こくり。

 

 顔を覆ったまま彼女は頷いた。

 

「一キロ位で何言ってんだ! 秋くらいの穂乃果と花陽がどんだけ太ったかちゃんと覚えて……」

『海菜さん!!!』

 

 遠くの方で例の二人が叫んでいるが今は無視。

 実は彼女二人が一時肥えてしまい、ダイエットに勤しんでいた時期があるのだが、明らかにその時とはレベルが違う。あの時は確かに『こいつら、デブったな』という実感が合ったけど、目の前の希は殆ど普段と変わらない。

 

「う……でも、気持ちほっぺたにお肉が付いた気も……」

「もう、希。気のせいよ」

「でも……」

 

 その、ちょっとふっくらした頬が女の娘らしくて可愛いのに……。

 頬骨出て痩せたモデルさんなんかに魅力は無いだろう。……あくまで俺の主観だが。

 

「別に……いつもと変わんないって」

「古雪くん……」

「それに、俺は……」

 

――希くらいの体型が一番好き……。

 

 言葉に詰まる。

 ん? どうして俺は口を噤んでしまったのだろうか。

 

 希はそっと両手をずらして俺の顔を見上げてくる。いや、別に普段通りさらっと言ってあげれば良いのに……。なんというか、うまく言えないが、妙に恥ずかしい。こんなこと言って周りの皆に誤解されたりしないだろうか、とか別に誤解じゃないんだけどとか。だって、希の体型がどストライクだってことは今まで何度も言ってきたことだし、セクハラやん! ってツッコミも待つことが出来るのに。

 

 というか、そもそもどうしてこんなに希は!?

 この態度、まるで好きな男の子を前にした恋する女の……。

 

「―――――――――!!!」

 

 見事な自爆。

 

「古雪くん……?」

「いや、何でもない」

 

 俺はしばし頭を掻きむしった後、逡巡し最適解を導き出した。

 

「希……」

 

 俺はそっと彼女の肩に手を乗せる。女の娘らしい柔らかな感触と、それでも伝わる華奢な体つき。僅かに体温が練習着を通して伝わり、冷えた俺の指先が熱を持った。

 ぴくん。軽く希の肩が跳ねる。

 彼女は一瞬俺の目を見た後、気恥ずかしそうに逸らし――。

 

 

 

「一キロなんて、お花摘みに行けばすぐ……」

「最低や!!!!!」

 

 

 

 

***

 

 

――海菜が悪い。

 

 

 絵里のお墨付きを受け、俺は紅葉型に染まった頬を抑えながら彼女たちの練習を見ていた。そろそろ時間なので整理運動をして解散、用事が特にないメンバーは昼飯でも一緒に……と言った流れだろう。俺も希への謝罪がてら時間はあまり取れないけれど、ランチくらいは同行しようと考えていた。

 

 そんな時。

 

「そういえば、雪穂の受験勉強は順調ですか?」

 

 輪になって整理運動を初めて少し立った頃、海未が隣の穂乃果に問いかけた。そういえば、亜里沙ちゃんと同じで雪穂ちゃんも受験か。音ノ木坂も今年は定員割れし無さそうだから、それなりに勉強していなくては落ちてしまうこともあり得るだろう。

 まぁ、雪穂ちゃんなら大丈夫だろうけど。

 むしろ幼馴染の妹のほうが心配だ。

 

「えっ? うん! まぁ、雪穂は穂乃果と違って頭良いから!」

「自慢げに言いますか……ふふっ。でもそれなら安心です。確か、亜里沙ちゃんも受験……でしたよね?」

「えぇ。亜里沙は雪穂と違って勉強は得意じゃないけど、毎日頑張ってるみたいよ?」

 

 へぇ~。メンバーたちは各々相槌を打ちながら会話に混ざる。

 

「もうそんな季節なんだね。去年のこの時期は凛ちゃんが慌ててたなぁ」

「想像出来るわね、その様子が」

「真姫ちゃーん? 酷いにゃ~」

「きゃっ! もう、凛!」

 

 冷たくなった手を背中にぴとっと当てられた真姫が悲鳴を上げる。

 

 どうやら受験期の凛は大方の予想通りだったらしい。

 花陽もかなり苦労させられたのだろう。苦笑しながら頬に手を当てていた。

 

「でも、凛達の時は落ちた人殆ど居なかったんだよね~。思えばラッキーだったにゃ。一年でも遅く生まれてたら凛、音ノ木坂に入れてないかも……」

「大丈夫。凛ちゃんは頑張ってたから入学出来たんだよ?」

「かよちん……」

 

 イチャつくな。混ぜろ。

 

「でも、そう考えると……」

 

 凛はくるっと首を回してにこを見つめる。

 そして、にへらと屈託のない笑顔を浮かべた。

 

「にこちゃんが普通に倍率高かった時代に受かったなんて信じられないにゃ~」

「ぬわんですってーー! 失礼なのよ、にこだってやるときはやるの!」

 

 確かに、そう言われると意外だ。元々、よく動く視線と度々見せる気遣いから地頭は悪く無さそうだが、一度勉強を見た感じ根っからの勉強嫌いらしい。そんなにこが一応地元では名門と言われる今の学校に合格するなんて信じられないな。

 

「何見てんのよ……」

「失敬」

「わざとでしょ! ……はぁ」

 

 にこはジトっと俺を一瞥して、溜息を吐いた。

 

「仕方ないじゃない。勉強は嫌いだけど、他の私立はお金がかかるからマ……じゃなかった、お母さんに迷惑かけるし……」

 

 俺にしか聞こえない小さな声で教えてくれる。

 

 あ、なるほど。

 俺は何度か行ったことのあるにこのマンションを思い出していた。エレベーターの付いてない、特に……こんな言い方は失礼だが、家賃が高そうには見え無かった。深く踏み込みすぎるとアレなので詳しく聞いては居ないけど、母親の仕事が大変そうなのと、家事をほとんどにこがやっている当たり色々と訳ありに違いない。

 妹たちもまだまだ小さいし、にこにはにこなりの考えがあるようだ。

 長女というのは結構大変らしい。まぁ、だからこそ大人びているのだろう。もちろん、身長以外の話だが。

 

 

「ふーん」

「……何よ?」

 

 ふくれっ面でこちらを睨む。

 

「意外に良いヤツだな、君」

「意外には余計よ」

 

 相変わらず返しは的確ですね。

 俺は僅かに頬を染めてそっぽを向く彼女を見てくくく、と笑った。

 

「亜里沙ちゃん、ずっと音ノ木に入ってμ'sに入りたいって言ってくれてたよね!」

 

 再び、会話へと耳を傾ける。どうやら中学受験の話は続いていたみたいで、ことりが丁度絵里に向けて話しかけている所だった。

 

――あ、これはマズイ。

 

 きっと絵里も同じことを考えたのだろう。

 ええ、そうね……。と、曖昧な言葉を返した。

 

 が。

 

 

 

「じゃあ、もしかして新メンバー!?」

「遂に十人目誕生にゃー!」

 

 

 

 きっと他意は無かったのだろう。しかし、大きな意味を持った言葉を花陽と凛が無邪気に口にしてしまった。張り詰めた緊張がメンバーの中に走る。同級生でしっかりものの真姫が慌てて二人の方へ顔を向け、苦言を呈した。

 

「ちょっと、二人共。その話は……」

 

 しかし、時既に遅し。

 俺を含めた全員が黙り込んでしまった。

 

 重苦しい沈黙が満ちる。

 

 新メンバー加入の話、それはすなわち俺達三年生の卒業にも通じる。絵里はこの話をラブライブが終わるまで止めていたようだが、この卒業や入学が身近に感じられる時期に気にしないで置くほうが無理だろう。考えるなという方が難しい。

 もちろん、絵里が言いたいのは『答えを急ぐよりも今は練習に集中。ゆっくりと考えてその時答えを出せばいい』という至極真っ当な意見なのだけれど。

 

――どうしようか。

 

 俺は一人悩んでいた。

 

 絵里の言いたいことはよく分かる。

 これはリーダーである穂乃果が一人で決めることではなく、全員が真摯に考えるべき問題だ。そして、十人十色の俺達はそれぞれにそれぞれの考えがあって、結論を出すスピードも違う。だとすれば、今はこの問題に蓋をするのも一つの手だろう。

 

 だけど――。

 

 本当にそれで良いのだろうか?

 

「ごめんなさい……。そっか、三年生は卒業しちゃうんだもんね……」

 

 申し訳なさそうに頭を垂れた花陽が囁く様に零した。ひんやりとした冬の冷気が嫌に頬を包む。俺はその言葉に気の利いた相槌や返事を返すことは出来なかった。

 そんな時。

 

「それはどうやろか~」

 

 希のおどけた声が響いた。

 そっと彼女の表情を伺う。いつもの笑顔。この重苦しい雰囲気を払拭しようとするこの娘らしい行動。――あぁ、本当に優しい子だな。俺は静かに微笑んで頷いた。そして、彼女の視線を追って意図していることを読み取り、流れに乗る。

 

「あぁ、確かに。断言は出来ないよな」

「ふふ。そうやねぇ」

 

 同時に見つめる先は当然、矢澤にこ。

 相変わらず空気の読める彼女はすぐに反応してくれた。

 

「なによ。なんで二人してにこを見るわけ?」

「いやー、にこっちが卒業できるかはまだ……」

「何でよ! 卒業するわよ、ちゃんと!!」

 

 聞き慣れた会話。

 普段ならこれで軽い笑いが起こるはずだった。少し落ち込んだ雰囲気なんてすぐに吹き飛ばせる。そう思ってた。だけど――。

 

「…………」

 

 返ってきたのは沈黙で。

 きっと、それほどまでに下級生にとって三年生の卒業は大きな意味を持つのだろう。見方を変えれば少し嬉しくもあるけれど、やっぱり先輩としては可愛い後輩が落ち込む姿は見たくない。せめて、最後まで笑っていてくれたら俺はそれで良いんだけど。

 

 もっと、俺が面白かったらな――。

 

 机ばかりに齧りついていた俺に、この空気をなんとかする力は無かった。

 

 

 パンパン。

 

 

「もう、その話はラブライブが終わるまでしないって約束でしょう? まだ先のことにそんなに落ち込まないの。皆、怪我しないよう、疲れが残らないようちゃんと整理運動に集中しなさい!」

『……はい!』

 

 さすがは絵里。

 軽く手を叩いて注意を促した後、有無を言わさない勢いでこの話を締め括った。確かに、今ここで落ち込みながら話をしていても有意義な話し合いにはならないだろう。先の不安や決断にただただ揺れるだけだ。今はまだ、結論を急ぐべきときでは無いのかもしれない。

 

 だけど――。

 

 再び生まれる疑念。

 やはり納得出来なかった。

 

 だけど、絵里の意見を覆せる根拠が俺に有るわけでもなく。

 

 ただ、口を噤んで目を伏せるに留めた。

 

 

 

 

「……でも、それでいいのかな」

 

 

 

 

 そっと鈴の音のような声が鼓膜に触れる。

 反応し、顔を上げた先には不安そうに身体を抱く一年生の姿。小泉花陽は自信なさげに、それでも寒さで染まった頬に触れてその紅い唇をきゅっと引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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