最終予選――前々日。
俺は一人、いつも自習に使わせて貰っている喫茶店で珈琲を飲んでいた。なんというか、とりとめのない事を考えては機械的にマグカップを口元に運び、冷めたせいで酸味の強くなったそれを嚥下する。
「ついに……か」
新曲を作ると決め、希と初めて正面から向かい合って一ヶ月。
時間とは無情なもので、いつのまにか掌で消える雪のように解けて無くなっていた。
ぼぅ、と振り返ってみる。
おそらく、俺の今までの人生の中でも最大限に密度の濃かった一ヶ月だと思う。思いの丈を真っ直ぐに彼女へとぶつけ、説得した。そして偶然なのかそれとも運命なのか……希が俺のことを好きになってくれていたのだと気が付いた。
同じタイミングで、幼馴染から想いを告げられて。
その前には例の天才から告白されて……。明後日には決着が着く。
客観的に見たら、随分と幸せな男子高校生だ。
俺は自嘲気味に微笑む。
脳裏に過るのは、俺を心から信頼して笑ってくれる幼馴染の顔。
誰よりも側に居て、大切に想ってきた。
脳裏に過るのは、俺との関係が変わることを恐れて曇る友達の顔。
誰よりも彼女のことが知りたくて、その笑顔を守りたかった。
脳裏に過るのは、俺が求めて止まない圧倒的な才を持つ天才の顔。
誰よりもその能力を羨んで……憧れた。
――誰を選ぶ
俺は狂ったように自身に投げかけ続けたその問いを、今一度思い浮かべた。
当然、答えは出ない。
俺は気付いていた。
この一ヶ月で気付かされていた。
――論理的に考えてどうにかなる問題じゃないんだろうな。
どこか達観した俺が言う。我ながら色んな事を考えたと思う。絵里と付き合って得られる未来、失う未来。希と付き合って得られる関係と、失う関係。ツバサと付き合って得られるメリットとデメリット。
性格上頭を回転させてとことんまで考えなくてはダメで、一ヶ月間考え続けた。来る日も来る日も必死に。俺を待ち続けてくれる彼女たちの為にも、逃げずに真正面から自身に問い続けたんだ。
でも、答えは出なかった。
きっと、考えたって意味ないんだよ。
今まで、考えて考えぬいて選び取った選択肢を信じてこれたのは、あくまで自分が主体だったからに過ぎない。バスケを止めて勉強に集中したのも、μ'sに今まで以上に積極的に関わろうって決めたのも。どれも主体は自分で、その責任も跳ねっ返りも全て俺にかかるものだった。
だからこそ解答を作れた。俺基準で思考すれば済むから。
しかし、コレばっかりは上手く行かない。
絵里を選べば希とツバサはきっと辛い思いをする。希を選んでも、ツバサを選んでもそれは同じこと。単純だけど、どうしようもなく……俺にとってはどうしようもなく重要な結果予想だ。絵里も、希も、ツバサも。大事な……
だとしたら、俺に必要なのはただ一つ。
未来を正確に予測する思考力でも無く。
客観的に状況を判断する能力でも無く。
同時に――自身の心に素直になる事…………でも無い。
バカは言うだろう。
『自分の心に素直になって、本当に好きな人と付き合えばいい』、と。
別に間違ってるわけじゃない。
当然、俺は本当に好きだって言える人を選ばなきゃいけない。
でも、俺からしたらこの台詞は論外。
暗に『自分さえ良ければ』という思いが窺い知れる。
でも、そうじゃないだろ。
恋愛的な好きと、もっと別の愛情は切る事は出来ない感情だ。
自分さえ納得できたら……なんていう無責任な決断で、他の二人を傷付けは出来ない。
だから俺は辿り着く。
古雪海菜が選びとるべき道が見えた。
必要なのは。
一人を選び。
二人を――――傷つける、覚悟だ。
俺は静かに目を閉じる。
決断の時は、すぐそこまで来ていた。