湖の求道者   作:たけのこの里派

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第二十四夜 自罰

 

 砂塵舞う荒野に、轟音が響く。

 それは万を超える軍勢の雄叫びと、上空から射出される武具宝物の着弾音だ。

 そしてそれらを蹴散らす竜王の咆哮である。

 

「────策があるのか?」

 

 自身に考えがある。

 そう言ったギルガメッシュに、エレインが問い掛ける。

 

 戦況は芳しくない。

 ライダーの固有結界によって数の有利をより強くしたものの、ドライグという隠し箱によって天秤を大きく逆転された。 

 

 だが、他ならぬ英雄王の策だ。

 試してみる価値はあるだろう。

 

「竜は任せると言ったが、流石に直訳では無いだろう? というかもしそうなら私は逃げるぞ」

「そんなことは言いませんよ。その槍ならば致命傷を与えられる。だからトドメは()()()にお任せしたいと言いたかっただけです」

 

 それに、と。

 他のマスター達にも視線を向ける。

 

「貴方達にも手伝って頂きますね?」

「────!」

 

 そして英雄王は語った。

 己の策を。

 語るにつれ、絶望に染まっていたマスター達の表情が明るくなる。

 少なくとも赤竜に関してだけなら、それは間違いなく勝機といえる采配であったからだ。

 だが、

 

「……それは効果があるのか?」

「…………………………」

 

 エレインはチラリ、と青ざめている少女を見た。

 氷室のその顔色は、かなりの無茶ぶりを押し付けられたが故の、当然のものだった。

 

「大丈夫ですよ。万が一の時も問題ないように宝具も渡しますから。まぁ、彼の観たところの性格なら万が一も無さそうですし」

「……本当に必要なのか? 一応数少ない旧友なのだが」

「えぇ。本来ならエアと言えど、彼を打倒することは不可能です」

「馬鹿な……」

 

 エア────アーチャーの切り札の存在を知るマスターだった時臣は、信じられないように呻く。

 英雄王の切り札は、それこそサーヴァントとして聖杯に召喚されうる英霊の持つ宝具の中でも頂点に位置する宝具だ。

 それでも打倒することは出来ないと、もう手段がない。

 

「これはあの竜もそうですが、そもそも直撃させられなければ話にならないからですね。彼の場合人の身で太極に至ったのなら本来鈍重な訳がない────避ける気があるのなら、ですが」

「どういうこと?」

 

 キョトン、とアイリスフィールが首を傾げる。

 避けるまでも無いということなのだろうか?

 

「ま、試してみる価値はあるかと。さぁ、作戦をサーヴァントの皆さんに伝えてくださいね。くれぐれも顔に出させないように」

 

 アーチャーの作戦がサーヴァント達に念話によって伝わる。

 

『────』

 

 予め「表情には出すな」と言われたにも関わらず、それは顕著だった。

 

「グフっ、かはははは……っ」

「へぇ? 面白そうじゃねぇか」

 

 瞬時に膨張した筋肉で堪えんとして、ライダーはたまらず笑いが溢れる。

 獣のような笑みを浮かべ、今尚迫る竜の鉤爪を避けるランサー。

 

「────」

 

 聖剣を振るい、しかし相手に触れる前に腰で身体が両断される衝撃を受け、死を体感し冷や汗を噴き出しながらセイバーは即座に跳び下がった。

 

 もし目の前の敵がその気ならば一体何分割、何回分死んでいたのだろうか。

 余りにも底知れない、しかし何処か狂おしい程の既視感を感じる。

 しかしそんな疑問を、風に乗せられたエレインとアイリスフィールの声が掻き消す。

 

「……!」

 

 言葉や表情に出すことは無かったが、その瞳は戦意が漲る。

 この騎士王、子によく似て負けず嫌いだ。

 圧されっぱなしは我慢ならない。

 問題は先程から怒り狂っていた叛逆者だが────

 

「……スゥ────」

 

 怒りは過ぎれば静かになる。

 無表情に、無機質なまでに感情が凍り付いたモードレッドは、息を吐き出す。

 そうしなければ頭の血管が引き千切れてしまいかねなかったからだ。

 

 如何に復讐者に身を落とそうが円卓の末席。

 目的を達するために私情を殺し、役割を果たすことは慣れている。

 身体から漏れ出す火花を散らすのは、致し方無いだろう。

 

 そんな彼等を俯瞰した英雄王の背後から、捩れた本体から炎のような複数の刀身を形成した巨剣が出現する。

 シュメールの戦の神ザババが使用していた紅の刃。

 それを以て、彼は高らかに反撃の狼煙をあげた。

 

「さぁ、反撃と行こうか万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)

 

 

 

 

 

 

 

第二十四夜 自罰

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜がその腕を振るう。

 万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)によって放たれた熱波の斬撃と赤竜の鉤爪は、熱波を両断されるという結果に終わる。

 が、敗北した炎がまるで生きているように渦へと変わり竜に絡み付いた。

 

『鬱陶しいと言った!』

 

 再度腕を振るい、それだけで炎の竜巻だけでなく巻き込まれた数百の兵が吹き飛ぶ様はまるで足元に群がる蟻を踏み潰す様だ。

 事実、蟻も同然であった。

 

 『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』は数十万の生前の配下と軍を召喚する宝具。

 中には王であるイスカンダルよりも強い英雄が何人もいるが、しかし彼等にはどうしようもなく欠けているモノがある。

 そう、彼らは己の象徴たる宝具を持っていない。

 

 真名解放処の話ではないのだ。

 武器は持っているだろうが、本来の得物に比べれば余りにも脆いだろう。

 確かに白兵戦という点ならば無敵に近いだろう。

 それこそランサーがアイルランドで召喚されるか、ヘラクレスでもない限り突破不可能な軍勢。

 しかし偉大なる赤竜にとって無視するには鬱陶しく、しかし何等障害にも障壁にもならない存在達でしかない。

 

 そんな中を駆け巡る猛犬が、頭上の金王と並ぶほど厄介さを見せていた。

 ルーンによる行動の妨害。

 ブレスを吐こうとするも宝具の投擲で悉く妨げている。

 そこには、一種の慣れさえ見せているほどだ。

 

 なるほど、軍勢を率いる王も、彼等を鼓舞し支える聖女も英雄の名に相応しい程に強いだろう。

 だがこの状況で二人には無く、ランサーとアーチャーにある物が差異となっている。

 

 言うなれば、経験だろう。

 軍勢を率いることに関しては人類史でも屈指のライダーだが、怪物退治の経験は流石に無い。それはルーラーも変わらない。

 その点ランサーとアーチャー。

 怪物犇めく二つの神話の頂点に立つ英雄の二人は流石と言えよう。

 

 ギルガメッシュのその有り余る武具宝物はドライグの鎧を貫くだろう。

 事実スキルか魔術によるものか、徐々に竜の鎧に幾つもの傷をつけていた。

 何かを試すように、機を窺うように。

 その所作を赤竜は危険と判断し、あの二人を潰すのが勝敗を別けると考えた。

 

 中々どうして面白いと、そんな戦いの愉悦に浸っていたドライグに────

 

『────』

 

 ─────ザクリ、とあり得ない音が静かに鳴った。

 一つだけではない。

 百では利かない量の音がドライグの聴覚を撃ち鳴らす。

 否。それ以上に、自身の身体を蝕むこの痛みは何なのか────!?

 

『な────!?』

 

 ドライグは見た。

 今まで雑多なハエの様な、ただ鬱陶しいだけの雑兵達が、自分の身体に刃を突き立てていたのだ。

 

 有り得ない事だ。

 仮に彼等王の軍勢が自身の宝具を持っていたとしてもこうはならない。

 それこそ、自身の鎧である魔力放出と鱗皮を突破できるのは魔力を切り裂く類いの宝具か、竜殺しの宝具が相応の担い手によって振るわれる時のみ。

 或いは、あらゆる理屈を無視して斬り裂く斬神の神楽ぐらいのもの。

 そして後者は複数存在した場合世界の破滅と同義であるため除外される。

 そうなれば、選択肢は一つしかない。

 

「がはははは!!」

 

 ライダーの高笑いが響くと同時に、豪雨の様な破魔の矢や槍、宝物が次々と飛来した。

 

『ぐぬぅぅうう!?』

 

 行ったのは単純明快。

 『王の軍勢』の中には主たるイスカンダルを戦士としては遥かに凌駕する英雄も存在する。

 そんな彼等に『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』の破魔の宝具と竜殺しの宝具を持たせたのだ。

 

「まぁ、大人のボクは絶対にしないでしょうけどね」

 

 本来絶対に成立しない、無双の軍勢が其処に誕生した。

 イスカンダルも高笑いしたくもなる。

 竜種には本来適応されない、数の暴力が成立したのだ。

 破魔の宝具が魔力放出を切り裂き、露になった竜の巨体を竜殺し、怪物殺しの宝具を持った軍勢が突撃する。

 

 これにはドライグも堪ったものではない。

 塵の山と断じた者達が、決して無視できない強者へと変貌していたのだ。

 巨体故に的が大きく、一度態勢を立て直さんと翼を広げ飛び立とうとするが、

 

「聖槍よ!」

 

 空に翔ぼうにも、エレインのロンギヌスが大気を統べて巨大な竜巻を複数形成する。

 それらが重なり、風の高圧削岩機として竜の飛翔を阻んだ。

 正しく八方塞がりである。

 そんな状況に、ドライグの選択は酷くシンプルだった。

 

『全て纏めて消し飛ばしてくれる!!』

 

 莫大な魔力がその顎に集結する。

 その威力は最強の聖剣と比較にさえならないだろう。

 神霊に等しい竜の全霊の息吹。

 ギルガメッシュの推測よりも上の魔力は、文字通り全てを消して余りあるだろう。

 如何に聖旗であっても、防げるものではない。

 或いは、聖女の自身を犠牲にした特攻宝具なら相殺は出来なくとも威力の減退はできるやも知れない。

 ルーラーはそう判断し、自らの固有結界そのものである剣を抜こうとするが────

 

『ルーラー! 令呪を使え!!』

 

 大気が運んだエレインの声に、即座に意味を悟った聖女は輝く左手を掲げる。

 

「アーチャー! かの竜王を即座に拘束しなさい!」

 

 令呪による強制補助。

 それにより破滅の息吹を放たんとしていたドライグの元へコマ割りの様に、まるで初めからそこに存在していたと言わんばかりに天の鎖が現れた。

 

『────ッ!』

 

 ドライグの有する神性に比例し強く、太く強靭に変貌する鎖が竜のアギトを縛り上げる。

 古代においてウルクを襲った神獣「天の雄牛」をも束縛した鎖。

 全身に巻き付いた鎖は際限なく絞られていき、両腕をあらぬ方向に捻じ曲げ、首を絞り切ろうとしていた。

 

『く────はははははははッ!! 良いぞ! 力比べだ!!』

 

 しかしそれでも竜は動こうと鎖を軋ませる。

 赤竜の戦意は些かも衰えず、寧ろ漲らせながら台風の如き魔力を爆発させる。

 如何に神をも縛る対神兵装であっても限界はある。

 ドライグは鎖を引き千切らんと咆哮を上げ────。

 

「────────“However one of the soldiers(しかし、一人の兵卒が) pierced his side with a spear,(槍でその脇を突きさすと、) and immediately blood and water came out.(すぐ血と水とが流れ出た)”」

『────』

 

 その一節が、咆哮を切り裂いて世界に響いた。

 赤竜の拘束は成った。それが一時的であっても、僅かな時間だとしても。

 確実に当ててみせると槍を振るう。

 

 聖槍がズレるように一振りの黒い短槍が現れた。

 それを大切に懐にしまい、それを以て神殺しの聖遺物の制限が解除される。

 異形の毒に浸され、そのものの断片となった黒槍が聖槍の神秘を抑え込んでいたのだ。

 それは蛮人によって使われ、発掘されてからエレインが使用し続けていた分の負債。

 その返済の時であることを示していた。

 

 ────世界を制する、神の死を証した槍。

 その特権は当然のリスクが存在する。

 

 つまり逆なのだ。

 宝具を使用する為には魔力がいる。起動するにも、真名解放なら尚更。

 だが世界を制する力に担い手の魔力は必要無い。

 ただ代償として世界を操った負債が積み重なるだけ。

 威力はサーヴァントの宝具の域にとどまらない。

 故にその一撃は真名解放と言う名の返済である。 

 

 

「────運命貫く嘆きの聖槍(ロンギヌス・クラーゲン)』!!

 

 

 それは、かつて蛮人が振るいカーボネック城を跡形もなく消し飛ばし、そのまま三国を滅ぼして呪いを押し付けた嘆きの一撃。

 対神と対悪に絶対の神秘を宿す神殺しの槍は矛先から極光を放ち、それが赤竜の破滅の息吹を蓄える顎ごと竜を呑み込んだ。

 凄まじい轟音と共に、神々しい光が世界と竜を蹂躙する。

 対国宝具の規模の嘆きの光は、堅牢無比な竜の鎧など悉く粉砕した。

 

『まだだ! まだ足りない!! どうした英雄共! お前たちはこんなものか!? この程度では、()()()()()()()()()()()!!』

 

 だが。

 それでも、竜は健在であった。

 鱗皮を剥がされ肉を大きく抉られながら先の景色さえ見える程の傷だというのに、赤竜は再び魔力を収束する。

 惜しむらくは聖槍の一撃で天の鎖が千切れたことだろう。

 だからこそ、嘆きの一撃を受けて尚倒れない幻想にエレインは驚愕を隠せなかった。

 何度でもと言うように、一度放たれれば終わる息吹を撃たんとする。

 それは竜種の最高位にして絶対強者としての矜持か、はたまた意地か。

 

 

 

 

「────その心臓、貰い受ける

 

 

 

 

 そんな怪物の抵抗を当然のように嗅ぎ取ったクランの猛犬が、それを許さなかった。

 いつの間にか懐に入り込んでいたランサーが、遂にその牙を突き立てた。

 

 相手の心臓に槍が命中したという結果を作り上げてから槍を放つという、因果逆転の呪詛。

 既に『心臓を刺した』という結果を起こしてから槍を放つため、槍の軌道から身を避けても意味がなく、必ず心臓に命中する権能一歩手前の域に達した光の御子独自に編み出した必殺の奥義。

 

刺し穿つ(ゲイ・)────死棘の槍(ボルク)

 

 静かに放たれた呪いの朱槍。

 どれだけの硬度の鎧を纏っていようが、既に結果が決まっている以上貫くだろう。

 万全の状態のドライグならばその神秘と魔力で逆転された因果そのものを押し潰したかもしれないが、それは叶わぬ可能性。

 竜殺しの宝具で傷つけられ、天の鎖に縛られ、挙げ句の果てに神殺しの聖槍に負債を押し付けられた。

 そんな状態で権能の領域に足を掛けた呪詛を覆せるハズもなく。

 

『……見事』

 

 雷鞭のように疾走した朱槍が、無尽の魔力を生み出す竜の心臓を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜の断末魔が響く。

 といっても、心臓を穿たれても死ぬような生易しい生き物ではない。

 肉体を棄てて魂のみで存在する第三魔法そのもの。

 霊というには格が違いすぎるが、例え権能紛いの呪いの魔槍とて殺しきるのは不可能だろう。

 

 それでも、一時は弱体する。

 不治の呪いはゲイ・ボルクだけでなく、ロンギヌスの聖槍も該当する。

 漁夫王に不治の傷を与え、とある阿呆に呪詛ごと叩き斬られるまで苦しめた呪い。

 

 不治の傷を与える神殺しの槍は、その弱体をより強く押し付けるだろう。

 そうなれば万全ならば数分は持たない天の鎖でも、容赦なく竜の巨体を制限なく縛りきる。

 竜殺しこそ成せなかったが、封じることは出来たのだ。

 マスターに依存する身では中々に上等だろう。

 

「そして本命は此方だ」

 

 ギルガメッシュは、その優れた思考速度で状況を俯瞰する。

 

 再度憎悪と怒りに染まり赤雷を奔らせる復讐者と、背後に聖剣を構える騎士王。

 そんな、凡百のサーヴァントなら裸足で逃げ出しかねない敵に相対しながら、赤竜が縛られた事に驚きと感嘆した様にそちらを向く男。

 

「(まぁ、それもしょうがないか。油断以前の話だからね)」

 

 叛逆の騎士と騎士王による、激烈たる数百の剣戟。

 そして復讐者の切り札(エース・イン・ザ・ホール)

 それらを浴びながら無意味と切り捨てる男の強度。

 勿論ソレにはカラクリが存在する。

 

 古今東西、あらゆる神話や伝承で不死身や無敵を誇った英雄や怪物は山のように存在する。

 英雄ならばギリシャ神話のヘラクレスにアキレウス。

 彼らは神々の呪いや祝福で無敵に等しい体を得た。

 ヘラクレスはBランク以下のあらゆる攻撃を無効化し、蘇生魔術の重ねがけで代替生命を十一保有する。

 アキレウスならば唯一の弱点である踵を除き、一定の神性を有しないあらゆる攻撃を無効化する。

 

 そんな風に、必ず抜け道や弱点は存在するのだ。

 先程捕縛されたドライグもそうだ。

 魔力放出と強靭な鱗皮によって一定の攻撃を遮断する。 

 この場合は一定ランクの攻撃だけでなく、魔力殺しの武具で魔力放出の鎧を切り裂き、鱗皮も竜殺しの武具で一定ランク以下の宝具で貫くことが出来た。

 ヘラクレスも生前の死因であるヒュドラの毒ならば、十一の生命を無視して殺すだろう。

 

 なら、彼はどうだろうか。

 

 男の在り方はあり得たかもしれない根源そのもの。

 彼は本来この世界に存在しない。

 否、存在してはならない者だ。

 例え現代兵器でも、神代の魔術でも、宝具でさえ通じない概念宇宙そのものなのだから。

 そして正面から通じるのは、そんなデタラメと同等以上の質量の魔力か神秘。

 

「ぶっちゃけ、そんなモノ存在しないんですけどね」

 

 有り体に云えば最強である。

 蟻がどれだけ足掻こうが、星の軌道は変えられない。

 それが道理だ。

 物理法則を、既存の秩序を完全に無視し己のみで単一の理を体現する存在には、本来力押ししか方法はなく。

 強度だけならこの宇宙さえも上回る埒外に力比べなど、正気の沙汰ではない。

 なら、弱点を突くしかない。

 

「────」

 

 発動寸前となったクラレントを構えるモードレッドは、己の身体に魔力によって力を底上げされる感覚を覚える。

 間違いなく、令呪による後押しだ。

 

 自分の役回りは開幕の踏み台。

 そんな役回りを考えたアーチャーと、何よりそんな役回りしか果たせない自身の無力を呪いさえする。

 だが、それでも目の前の怪物に一矢報えると言うのならば。

 八つ当たりという意味合いも大いにあるが。

 

我が君に捧ぐ血濡れの王殺(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

 

 再び放たれたその赤雷を開始の合図として、ギルガメッシュはヴィマーナから舞い降りる。

 落下しながら、演劇を舞台裏で見守る監督のような心理だ。

 違うのは、監督自身が舞台に上がる点だろうか。

 

 極大の赤雷が男を容易く呑み込む。

 物体を分解、熔解させる熱量の中でさえ、男にとっては子守唄に等しい。

 精々知覚の一部が音と光で塞がれる程度に過ぎない。

 無論、それだけで男の超越した知覚は無くなるわけではない。

 そうしている間にも、男は聖剣を構える騎士王も。

 落下しながら宝具を取り出す英雄王も把握している。

 

 ────あぁ、やはり彼は勝つ気がない。

 

 何度も繰り返してそれを再確認する。

 勝つ気処か、相手の戦意の向上さえ考えている。

 戦いにおいて勝つ気がなく、あまつさえ敵の応援を本気でしている。

 これが茶番や喜劇でなくてなんだ。

 

「(残念です。例え即座に斬り捨てられるとしても、本気の貴方と対峙したかった)」

 

 それでも、赤竜というとびきりの遊び相手を呼んでくれたせめてもの返礼として、ギルガメッシュは切り札を『王律鍵バヴ=イル()』を以て蔵の最奥から抜く。

 

『────!』

 

 先程よりも長く強大な赤雷。

 しかしそれを受ける男にとっては、腕を振るえばたちまち霧散するであろう脆弱なものでしかない。

 だが、それでも男は動きはせず、甘んじてソレを受けた。

 

 そして期待する。

 さて、次は何を仕掛けてくるのか。

 次第に赤雷が途切れ、同時にこちらに向かって飛来する物体を知覚する。

 飛来する次なる一手を受けて立とうと視線を向けて────絶句した。

 

「っ────!!」

 

 飛んできたのは、涙を精一杯堪えた幼い少女だった。

 というより、氷室鐘だった。

 

 流石の男もこんな一手は想定していない。

 余裕があるなら『親方! 空から幼女が!!』と内心叫んでいたかも知れないが、彼女の抱えるモノが問題だった。

 

 発光する宝石。

 ラピス・ラズリだろうか。

 氷室は人の頭程はあろうソレを必死に抱えるが、その宝石はその身を犠牲に爆発せんとしていた。

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)とでも言いたいのだろうか。

 更に問題なのはそんな神風特攻極まる少女の後ろ。

 

 既に虚空に君臨するソレを持つ片腕を鎧で包んだアーチャーが先程突き刺していた、奇妙な宝具だった。

 円柱状の刀身を持つ突撃槍のような妙な形状の、剣というには余りに違うソレは三つの円柱が回転していき力場を発生させる。

 三つの石版はそれぞれ天・地・冥界を表し、これらがそれぞれ別方向に回転することで世界の在り方を示し、この三つすべてを合わせて"宇宙"を表していた。

 

「起きろ『エア』。これ以上ない相手に、寝惚けている余裕など無いだろう?」

 つまり人体を容易く塵にする三層の巨大な力場に、氷室は晒される事を意味していた。

 

 男は即座に腕を振るう。

 先程までの寸止めなどせず振り切った手刀は、爆発寸前のラピス・ラズリと空間を切り裂き、宝石は割れた硝子細工の様に砕け霧散していく。

 ソレに驚愕しながら、氷室は目の前に発生した空間の裂け目に飲み込まれていく。

 

 それは平時なら大事だが、この場は固有結界。

 切り裂かれた空間の先には、現実世界が存在するだけ。

 刹那に行われた神域の絶技は、しかし余りに致命的な隙であった。

 

「────さぁ、貴方の宇宙に亀裂を刻んでみせよう」

 

 エア神とは星の力が擬神化された存在であり、この星を生み出した力の再現が乖離剣エア。

 他の宝具とはその出自からして一線を画しているその宝具は、開闢────つまり全ての始まりを示す彼の最終宝具とされ、メソポタミア神話における神の名を冠した剣。

 エア神は地球がまだ原始の時代だった頃に星造りを行った一柱であり、エアの名を冠したこの剣は最大出力では空間変動を起こす程の時空流を生み出すことも出来る。

 

 即ち権能という、物理法則が安定してそうした過剰な存在が現界することは許されない現代の地上において、自身の崩壊を含んだ神の特権の具現。

 天地開闢以前、星があらゆる生命の存在を許さなかった原初の地獄そのもの。

 

 しかしこの場は抑止力さえ動かない固有結界。

 権能行使の自壊も、この場なら発生しない。

 英雄王の奥の手は、その全能を発揮できる!

 

 

「────天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

 

 

 かつて混沌とした世界から、天地を分けた究極の一撃。 

 それが再び宇宙(せかい)に向かって放たれた。 

 

 そう、これこそが彼に通じる例外。

 世界を切り裂いた対界宝具だけが、太極の具現と化した男を傷付けることが出来る唯一の手段である。

 

『────おッ』

 

 皹が、走った。

 ピシリッ、と。ほんの僅かなソレは、あり得ならざる宇宙の亀裂であった。

 対界宝具は、しかし天地のように宙を両断する事など叶わず。

 小さな小さなヒビを入れるに止まった。

 致命傷処か掠り傷ですらない。

 しかし、その影響は劇的である。

 

 1500年間その働きをしなかった痛覚が稼働する。

 痛み、傷み、苦痛(いたみ)────

 肌が粟立つ。あり得ならざる亀裂を刻んだ。

 もし、生まれながらにそうであったのなら、その激痛に何も出来なくなるだろう。

 悶え、のたうち回るに違いない。

 或いはショックで意識を喪うのかもしれない。

 

約束された(エクス)────」

 

 だが、そんな久方ぶりの傷みなど男は眼中に無かった。

 空間が捩じ切れ声なき悲鳴を上げる中、彼は確かに見た。

 固有結界が対界宝具の発動に伴い崩れ、破綻していく大地。

 奈落に堕ちるように、深淵に呑まれる男に向かう一筋の光を。

 

『────あぁ、まったく』

 

 星の聖剣を持った、余りに美しい月の光がダメ押しと言わんばかりに振るわれる。

 担い手の少女は気付いていただろうか。

 星にとって史上最大の脅威に対し真の力を発揮せんと輝いていた聖剣を。

 

 

「────勝利の剣(カリバー)!!!」

 

 

 だが、男は少女の姿に安堵していた。

 彼女の結末は知らない。

 或いは知識通りに終わる事なく、はぐれた童の様にさ迷っているのかもしれない。

 それでも、彼女は変わらず剣を振るうのだと。

 

「────こうなるように望んだとはいえ、敵前逃亡の厳罰としては些か栄誉が過ぎるな」

 

 最後まで、くだらぬ戯言を溢しながら微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は照り付ける太陽輝く灼熱の大地から、汚泥溢れんとする邪悪の祭壇に帰還した。

 アレだけの激闘に、しかし大空洞にある痕跡は最後の聖剣の残した、ほんの僅かな爪痕だけ。

 無論、一足先に現実に戻っていた氷室に傷一つありはしない。

 

 固有結界の消滅と共に赤竜も姿を消していたのか、巨大に膨れ上がった鎖もジャランと音を立てて回収、金色の粒子となって王の軍勢に貸し与えた膨大な量の武具と共に蔵へと還っていった。

 

「彼は本来、この星の地表に立つことすら儘ならない。なら、何故立っている?」

 

 英雄王の声が、大空洞に小気味良く響き渡る。

 それは呆然としている幾人に語り掛ける様だった。

 

「当然無理をしているのでしょう。それこそ、こんな風に亀裂に少し大きめの釘を打っただけで()()()()()()()()()()()()()()

 

 何? とライダーの声が溢れる。

 本来、この程度の方法で一矢報える存在ではないのだと、アーチャーは口にした。

 

「何等かの方法で自身の力、或いは質量を抑え込んでいた」

 

 自重で世界を押し潰さないように力点を己に向ける。

 そんな制限方法があることが不思議でならなかったのだ。

 どちらにせよ、デタラメが過ぎる。

 

「酷い無茶だ。何が酷いって? 本人がソレを望んでいたことです」

 

 まるで自首する咎人のように。

 魔術師が即座に首を斬るであろう、超級宝具の連発。

 特に太極を崩しうるエアとエクスカリバーの連撃を、信じられない事に望んでいたのだ。

 

 避けることなど容易いだろう。

 その前に殺すこと等更に容易。

 それこそ、宇宙さえも容易く斬り捨てるであろう力を以て振るわれるに違いない。

 

「────え?」

 

 その戸惑いの声が響く。

 それは彼の自殺行為としか呼べない行動か、それとも。

 聖剣の爪痕から巻き上がる土煙は、少しずつ晴れていく。

 

 ガシャンッ、と剣が地面に力なく落ちる音が都合二つ。

 些か趣の違う音は、槍が担い手の影にゆらりと沈んでいく音だった。

 

「あ────ああああ」

 

 信じられない、いや、違う。私は、オレは。

 愕然、歓喜、困惑、逃避、懺悔。

 言峰綺礼が居たのならば、絶頂していたかもしれない悲痛の声だった。

 

 煙が晴れた。

 その姿を隠していた靄も吹き飛んだ。

 なら、正体が白日の元に晒されるのも道理。

 太極は崩れ、その身を人のソレに落としていく。

 

 袈裟懸けに大きな、それこそ常人なら死んでいてもおかしくないほどの致命傷が刻まれた体。

 それでも両の足で立っているのは流石と言わざるを得ないのか。

 口元から溢れる吐血に汚れていようがその姿を、その顔を彼女達は決して見間違いなどしない。

 

「────ランス、ロット?」

 

 1500年振りの奇跡。

 そんな再会は、しかし彼女達にとって凡そ最悪な物となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前絶対怒られるからな?

『銃が効かへんねん、しゃーないやん』

「違う、そうじゃない」

 

 そんな会話が、少し時間を遡った間桐邸であったとか。

 

 

 




今話執筆時の作者「ランサーの槍が当たらないと言ったな? アレは嘘だ」
第十夜執筆時の作者「うわぁぁあああああ!!?」

運命貫く嘆きの聖槍(ロンギヌス・クラーゲン)
ランク:EX
種別:対神・対国宝具
レンジ:????
最大捕捉:????
 エレインが前世でベイリンが手放したロンギヌスの槍を、ランスロットに貰った槍と混ぜ合わせて制限していた聖槍。
 大本であるロンギヌス同様『所有するものに世界を制する力を与える』能力を持っているが、ソレの使用には膨大な「負債」が発生し、それを破壊を伴う熱量という形で返済するリスクがある。
 エレインはランスロットから貰った短槍と概念置換することでその『所有するものに世界を制する』能力の出力を抑え対象を制限することで「負債」を軽減。
 その為、本来の出力の十分の一しか無く、支配できる対象は「大気とマナ」のみ。
 神と呪いの類には絶対的であり、神霊に対して絶大な効果を持つ。悪神であり呪いそのものである『大聖杯(アンリ・マユ)』を浄化することも出来る。
 更に「世界を制する能力」を与える恩恵か、抑止力の対象外に。
 エレインの死後はその亡骸と共に隠され、転生したエレインによって回収された。
 本来は対界宝具に分類されるが、この「負債の返済」時は対国宝具に変化する。
 負債の返済の『嘆きの一撃』は通常の真名解放による『約束された勝利の剣』より単純な威力は上。

 というわけで顔バレ。
 神霊クラスの竜種に対して、『王の軍勢』に『王の財宝』を装備させる。
 聖槍の嘆きの一撃後のゲイボルク。
 エヌマで入れた皹にカリバーブチ込んでらんすろ顔バレ────など。
 やりたいことをひたすら詰め込んだ回でした。

 ドライグの能力規準はビースト以下英霊以上です。
 なのでギルガメッシュやアチャクレス辺りのぶっ壊れチートでなければ、それこそ昼間ガウェインでも単身では絶対に勝てない仕様です。

らんすろがひたすら手加減していた理由は、要は盛大な自罰行為でした。
会わせる顔が無い→敵前逃亡は銃殺刑→だったら斬られればええんでない? というクソのような発想からの行動です。

らんすろの制限云々は次回に。
いよいよ次回からは今作の最終戦に突入。
遂に序盤でチョロ出ししてたアイツらが登場します。

修正は随時行います。
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