モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE6 ~疑問~

 ハンターの中には、自分の思うように狩猟が進めば自然と優越感に満たされる者もいる。強大な存在であるモンスターに勝っていると思えば、そのような感情は持って当たり前かもしれない。

 そうでないハンターは、確実に依頼を達成できるよう冷静沈着に立ち回る。

 だが、今のヴァイスは前者でも後者でもなかった。

「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 リオレウスの懐に飛び込んだヴァイスが黒刀【参ノ型】を振るう。その動きに、もはや冷静さなどというものは微塵も存在していなかった。斬って、斬って、斬りまくる。一瞬の隙さえも見逃さない。隙あらばリオレウスの懐に飛び込み斬撃を放つ。

 その無慈悲な動きからは、人間の情というものが感じられない。まるで、悪魔か何かに取り付かれたようにヴァイスは動いていた。

「……いい加減、失せろ!」

 ヴァイスの放った一撃がリオレウスの頭部に命中する。斬撃の嵐に限界を迎えたリオレウスの頭殻が弾け飛ぶ。

「ウオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォッ!?」

 リオレウスが悲鳴を上げる。

 しかし、ヴァイスは止まらない。奴を殺すその時まで、黒刀【参ノ型】を振るう手を休めようとはしなかった。

 空の王者として人々に畏れられるリオレウス。そのリオレウスが現在、圧倒的に不利な状況に追い込まれている。体力は荒削りされ、いつ力尽きても不思議ではない。

 ヴァイスは、今この場で空の王者を仕留めようと黒刀【参ノ型】を握る手により一層の力を込めた。だが、リオレウスは上空に舞い上がり、ヴァイスの斬撃は空振りに終わった。

 閃光玉を使おうにも、もう効果の及ばない高さまで逃げられてしまった。リオレウスは、そのままエリア9から姿を消した。

「チッ、逃げられたか」

 木が生い茂り、まるで木々のトンネルと化したエリア9にヴァイスの冷たい声が響き渡った。

 狩猟を開始してから時は経った。

 支給品を入手したのを皮切りにヴァイスの動きは激しさを増した。太刀で斬撃を放つ一方、大タル爆弾Gやシビレ罠を駆使し、リオレウスの左右両翼爪を破壊した。その間も、ヴァイスの動きは尋常ではなかった。そして、今に至る。

 ヴァイスは、リオレウスを追跡するのではなく、拠点へ帰る道を進んだ。

 何故、と言われても分からない。ただ、無意識に身体がそちらの方向に動くのだ。

 拠点へと戻ってきたヴァイスは、黒刀【参ノ型】に砥石を当て切れ味を回復させる。太刀の刀身から反射して見えた自分の瞳は、とても暗い。自分でもそう思えてしまった。

 支給品ボックスに残っていた応急薬をポーチに詰めると、ヴァイスはテントに備え付けられているベッドに身体を投げ出した。

 一息付けたのか、徐々に冷静さを取り戻してきた。そうすると、自分がいかに無謀なことをしていたのかということがよく分かる。

「馬鹿野郎……」

 目元を手で覆いながらヴァイスが呟いた。無論、馬鹿野郎というのは自分のことである。

「どうして、いつもこうなる? 本当は、自分でもよく分かっているはずだ……」

 ヴァイスは自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 ヴァイスも、最初からこのような荒々しい動きをするようなことはなかった。ただ、ある一つの出来事をきっかけにこのようになってしまったのだ。それが、ヴァイスの全てを変えた。

 それからというもの、この世界が憎かった。モンスターが憎かった。そして何より、自分自身の力の無さが憎かった。リオレウスを殺す。それは、そんな憎い感情が溢れ出し、止められなくなった末路であった。

 だが、それが八つ当たりだということが分からないほどヴァイスは子供ではない。

 ただ、どうしようもないのだ。力無き弱者の自分が、どうやって『あの人』に償えばいいのかということが。

 そう思い耽っていると、ふと数年前の自分の姿がぼんやりと浮かんできた。自分の目標にただ真っ直ぐで素直だった、まだ子供だった自分の姿を。

 何故だろうか。そのことを思い出すと、自然と苦笑いしていた自分がいたことに気が付く。

「俺は、どうすればいいんだろうな……」

 テントの骨組みとそのテントを覆う地味な色合いの布を見つめながらヴァイスはそう言った。

 燻った気持ちの中で、自分が置かれている状況を思い返す。

 ヴァイスはギルドナイトである。ヴァイスの行動については、ギルド側でも頭を抱えており、それ相応の処分が下ってもおかしくはない。だが、ヴァイスの実力を鑑みると、ギルド側としてはとても優秀な人材なのだ。それ故、ギルド側もなかなか処分が下せずにいたのだ。まだ十八という若さで、『クラス:3rd』という階級まで上りつめたのだからギルド側が低迷しているのも理解できなくはない。

 しかし、ヴァイスは処分を下されることこそ覚悟しているものの、処分が中々下らない理由は理解できていない。

 ヴァイスはどこかで、自分と向き合うことを恐れていた。それ故、処分が決定した後のことは全く考えていない。ギルドナイトを辞めるもよし。そもそも、ハンターを辞めるもよし。そうやって、まるで他人事のように考えていた。

 そう。ヴァイスは自分の愚行に対しても、既にどうしようもないと半ば諦めているのだ。口でこそ理由を模索しているが、本心では逃避しようとしている自分がいる。

「ハハッ。だからこそ、俺は弱者なんだろうな……」

 ヴァイスが嘲笑した。

 現実から逃避しているからこそ。自分が弱者だと理解しているからこそ、感情を剥き出しに力を求めようとしているのだろう。そして、それがどうしようもなく愚かなことだということも理解している。

「本当に、いつからなんだろうな」

 このように思うようになったのはいつ頃からだっただろうか。すると、ヴァイスはあることに気が付いた。

 自分がここまで堕落したことはよく覚えている。だが、それを投げ出した時の記憶が全く思い出せないのだ。無意識にそう思うようになっていた、と言えば済む話だが、どうにも引っ掛かるものがあった。

 どうして、ハンターになろうと思ったのか。どうして、ギルドナイトを志したのか。そのような無関係な疑問も一遍に押し寄せてきた。それは気まぐれなのか。誰かに憧れていたのか。

 そして、最大の疑問がヴァイスの頭に浮かんだ。どうして、自分はそこまでして力を求めようとしていたのか、ということだ。今思えば、ヴァイスはその理由を明確に理解していなかった。

 あの人に償うためなのか。現実から逃避しているからなのか。自分が弱者だからなのか。ヴァイスは、それすら理解しようとしていなかった。

「馬鹿馬鹿しい……!」

 その疑問を振り払うようにヴァイスは勢いよく立ち上がった。切れ味を回復させた黒刀【参ノ型】を型に背負う。

「俺は、俺の任務を遂行するだけだ」

 冷淡にそう言い捨てたヴァイスは拠点を後にした。未だに理解できない疑問を胸にして――。


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