密林での演習も何とか終わり、四人はクートウスへと帰還した。それから数日が経過すると、冬の寒さも更に厳しさを増し、その冷気がより身に凍みてくるようになった。
ドンドルマという街は標高の高い山々を切り拓いて造られている。それ故に、冬の時季になれば当然のように雪も降り積もる。
ヴァイスが窓を開け放ってみると、早朝の太陽の下には白い絨毯が一面に敷かれてた光景が飛び込んで来た。
「寒っ!?」
窓を開けたことによって、外からの寒気も部屋へと流れ込んで来る。窓辺に座っていたノエルが思わずそう口にし、冷えた身体を摩り始める。
しかし、寒さを感じているのはノエルだけというわけではない。もちろん残る三人も、窓を開けることには躊躇いの色を見え隠れさせている。
「空気を入れ替えるだけだ。少しだけ我慢してくれ」
「……あいよ」
そんな中でも、ヴァイスはそのように言ってノエルを説得した。
そうして数分間だけ外気を部屋に取り込むと、そろそろいいだろうとルナが口を開く。するとヴァイスも、その言葉に応じるように無言で窓を閉め切った。
それからしばらくして、アーヴィンがキッチンの奥から姿を現した。彼は手にトレイを持っており、どうやらそのトレイに乗せられたカップには四人分のコーヒーが淹れられているようである。
「おぉ、サンキューな」
この寒い季節には、もはや温かいコーヒーは必需品と言っても過言ではない。その有難みを噛み締め、アーヴィンからカップを受け取った面々が、口々に礼を述べる。
「これくらい、お安い御用ですよ」
アーヴィンが手短に受け応えすると、四人はしばらく無言でコーヒーを味わった。
しんと静まり返った時間ではあったが、こういった瞬間も悪くはない。例えその場に会話が交わされなくとも、それに対して居心地悪さを抱く者はいないのだ。
それからどれくらいの時間が経った頃であったか。丁度コーヒーの御代わりをもらいたいと思い始めた頃に、アーヴィンがふと思い出したように口を開いたのだ。
「……こうしていられる時間も、あと残り僅かなんですね」
あまりに唐突な、しかしながらしみじみとしたアーヴィンの口調に、ルナも素直に同意した。
「そうね。色々あったけど、もう卒業間近なのよね、私たち……」
アーヴィンに釣られるように、ルナもまた
クートウスで過ごした六年。そのうち、この四人で過ごした時間はもう少しで二年になろうとしている。
だが、それが二年目を迎えるということは、それはつまりクートウスを卒業することを意味している。クートウスを卒業してしまえば、四人はそのまま各々の道を歩んで行くことになる。
――また逢えるだろう。
だが、そんな言葉が容易に口から出るのならば、このようにクートウスでの生活を――特にこの二年間の出来事に想いを馳せたりなどはしない。
「本当にあっという間だったな。特に、この四人でパーティーを組むようになってからは、余計にそう感じるよ」
二人に同調してヴァイスがそのようなことを言うと、椅子の背凭れに身体を預けていたノエルが、ニヤニヤと笑みを浮かべながら姿勢を正した。
ノエルのその様子を窺って、アーヴィンは何か察するところがあったのだろう。「コーヒーを淹れ直してきますね」と言って席を立ち、しばらくして追加のコーヒーを注いでくれた。
そのアーヴィンが席に戻るところを見計らって、ノエルが口火を切った。
「なぁ、ヴァイス。覚えてるか? 俺とお前が真面に会話を交わしたあの時のこと」
詮索してくるようなノエルに対し、ヴァイスはしばらく考え込む素振りを見せる。
「ノエルと出会った時の事と言われると、お前と一緒でアーヴィンが思い浮かんでくるんだけどな」
「おいおい、それはもう少し後の話だろうが。……ほら、三年生最後の演習の時。あの時、俺とヴァイスは同じパーティーに割り振られただろ?」
そこまで言われて、ヴァイスも「あぁ、あの時の……」とようやく記憶が繋がった様子である。
しかし、何時になく呑気なヴァイスの様子を見て、ノエルも溜め息を吐く。
「さすがに俺たちの出会いを忘れたとは言わせないぜ? あんなに“穏やか”な出会いになったんだからな」
「まさかそれをノエル本人が言ってくるとはな……」
どの口が言っている、とでも言いたげにヴァイスが呆れた表情を浮かべる。
「しかも、あれは真面に会話したうちには入らないだろ」
ヴァイスがそう言うと、ここまで傍目で傍観していたアーヴィンも、ヴァイスには同情するように頷いた。
「ええ、ヴァイスの言うとおりですね。あの時は、ノエルが一方的にヴァイスに食って掛かって来ただけですからね。ヴァイスにしてみれば、ノエルの個人的な嫉妬の巻き添えを食らったようなものなのですから」
容赦無く繰り出された発言に、ノエルも口を尖らせて「分かってる、そんなことは」とやや不貞腐れた様子を見せる。
そう言われてみれば、確かにそうだったのだ。
あれ程までに印象的な出来事だったにも関わらず、それが疾うの昔の話に思えてしまう。
そんなことを密かに思いながら、ヴァイスはノエルとアーヴィンの姿を目に焼き付け、その時に想いを馳せる。
ノエル曰く、“穏やか”な出会いというものに――。
それは今から三年ほど前に遡った話になる。
クートウスでは、三年生に進級した後に本格的な実技演習が開始されることになっている。
ヴァイスとノエルのファーストコンタクトはその時のこと。丁度、三年生最後の実技演習が行われた際のことであった。
その時に行われた演習では、指定された課題の中でパーティー内で演習の方針を決定し、実際に狩場でそれを実践してみるという、先日行われた密林での演習形式にほど近いものであった。
演習内容は、アルコリス地方でのファンゴの討伐。今までの成績やパーティー形成を元にパーティーが無作為に決定され、ヴァイスとノエルは偶然にも同じパーティーに割り振られた。
パーティー別に分かれてからは、演習方針を明確にする前に、パーティーのリーダーを決定するのが通常の流れであった。もちろんリーダーに選ばれた者は、パーティーを率いるまとめ役を務めることになる。
その当時、既にヴァイスは才能の片鱗を垣間見せていた。それは他の面々も承知のことであり、パーティー内の残る二名の生徒は自分たちのリーダーとしてヴァイスを推薦した。しかし、ただ一人、ノエルだけがヴァイスをリーダーに指名することに猛反発したのだ――。
「俺だってリーダーを務められるし、少なくともコイツよりは俺は上手くやれる自信がある。なのに、どうしてコイツをリーダーに指名するんだよ?」
威圧の籠ったノエルの口調に、うち一人の女子生徒がわなわなとした様子でヴァイスとノエルとの間で視線をやり繰りする。
「だ、だって。ヴァイス君、太刀を使うのがすごく上手だし、それに的確な指示を出してくれるって、みんな言ってるよ……?」
「うん、それにはオレも同意するよ。確かにノエルも才能を持っていると思う。でもやっぱり、パーティーのリーダーとしてはヴァイスの方が適任じゃないかな」
少女に託けて、もう一人のパーティーメンバーである少年もヴァイスをリーダーに推す理由を示した。少年の言葉に便乗するようにして、少女も「そ、そうだよね!」と頷く。
――見事なまでの四面楚歌であった。
ノエルの実力は、確かにこの二人には認められており評価もされている。にも関わらず、それでもヴァイスの方がリーダーに適任であると彼を推薦する。
何故ならば、その全てにおいてノエルよりもヴァイスが優れているからである。実力、知識、適応力、判断力。どれを取っても、今のノエルではヴァイスに太刀打ちすることが出来ない。
そんなことは、今更ながらに理解したわけではない。しかし、こうも無惨に、そして改めてそれを理解させられると、ノエルも思わず逸り気になってしまう。
「くそっ、それだけで……っ!」
そうしてノエルが悔しさを露わにした時、少年の発した言葉が更なる追い打ちを掛ける。
「それに、ノエルは以前の演習でリーダーを務めた時、リーダーにも関わらず一人で突っ走って、挙句軽い怪我をしたらしいじゃないか」
頭上から叩きつけられたような言葉に、ノエルも返す言葉を失う。
少年の言ったことは嘘偽りのない事実である。
その話は前回の演習時のことである。相手が小型モンスターだからと見縊った結果、ノエルは見事に返り討ちを食らってしまい、結局は軽い打撲をしてしまった。その時の出来事を根に持っていただけに、今のノエルには少年の言葉は泣きっ面に蜂であったのだ。
「くそっ!」
右手の拳を振り上げ、目の前の机にでも叩きつけてやろうと思った矢先、その右手首を何者かにがっしりと掴まれた。唐突な出来事に、ノエルも思わず素っ頓狂な声を上げながら自らの手首に伸びる腕の方へ視線をやった。
その視線の先にいたのは、他でもないヴァイスであった。彼は表情を一切崩さないまま、しかしながら冷たい声色でノエルに言い放つ。
「――他人に八つ当たりするな。これは、ノエル本人の問題だろ」
脳天を貫かれたような衝撃だった。
これは自分の問題だ。
悪いのは他の誰でもない。ただ一人で勝手に思い上がり、自らの実力を過信した自分の過ちなのだ。だからこれは、当然の報いなのだ。
そんなことは誰から言われるまでもなく、ノエル自身が最も理解していた。だが、そのことをヴァイスに改めて告げられた時、ノエルは無性に腹立たしさを覚えた。
“自分より到底優れたお前”なんかに、一体何が分かると言うのだ――!
「――ふざけんな!!」
感情に任せて声を荒げると、空いていた左腕を持ち上げ、ヴァイス目掛けて拳を打ち付けた。
だが、ノエルの繰り出した渾身の拳を、ヴァイスはひらりと避けてみせた。
「なぁっ――!?」
勢い余ったノエルの身体がつんのめる。しかし、それに懲りないノエルはまたもやヴァイスに向かって腕を振り上げた。だが、何度もノエルがヴァイスに挑もうと、彼は反撃する素振りを全く見せず、しかしそれでいて涼しい表情を装ったまま、ノエルの拳を避け続けた。
やがて、騒ぎを聞いて駆けつけて来た他の生徒たちにより、ノエルは掣肘される。叱責の声を浴びながらもノエルは尚も食って掛かろうとするが、結局身動きが取れないままノエルはヴァイスから引き離され、その場は収拾される形となった。
それから数日後、四人は予定通りにアルコリス地方を訪れた。
騒ぎの原因にもなったパーティーのリーダーには、結局ヴァイスが選ばれる形となったのだが、ノエルがヴァイスの指示を素直に聞くことはなかった。ノエルにしてみれば、それがヴァイスと他二人に対する唯一の抗いの手段だったのだろう。
しかし、そんなノエルを嘲笑うが如く、彼は対峙したファンゴの群れの餌食となり、またしても軽い怪我を負ってしまう。
その様子を、ヴァイスは冷ややかな目で見ていた。
喧嘩を売られた仕返しだとノエルを見捨てたわけではない。いや、傷を負ったノエルを助けたのは他でもないヴァイスなのであったのだが、ヴァイスはあれ以降ノエルのことを特段気に掛けようとはしていなかったのだ。
そうして、クートウスに戻って来てからしばらくが経った。
それは、ある日の夕暮れ時、授業を終えたヴァイスが一人自分の個室で寛いでいる時のことであった。不意に扉をノックする音が部屋に響き渡ったのである。
こんな時間に一体誰が何の用なのだろうか、などと考えながらヴァイスが扉を開けてみた。するとそこにいたのは、先日の騒ぎの発端となったノエルと、もう一人の連れの姿があった。
ノエルの表情は何とも言い難い微妙なものであったが、隣に立つ少年は一転して柔和な笑みを浮かべている。そして、その笑みを保ったまま少年が口を開く。
「急に訪ねてしまいすいません。ヴァイス君ですよね?」
ノエルから一歩前に出てきた少年の問いかけに、ヴァイスが頷く。
「初めまして。僕はアーヴィン・シエルといいます。以後、お見知りおき下さい」
そう言って、少年は――アーヴィンは丁寧な所作で頭を下げた。アーヴィンに釣られて、ヴァイスも同じように頭を下げる。
「あぁ。こちらこそ、よろしく」
頭を持ち上げたヴァイスは、今一度アーヴィンの容姿を窺ってみる。
彼のことはヴァイスも知っていた。と言っても、直接会って会話を交わしたというわけではない。実際には、彼はヴァイスと同い年であり、その関係で何度か顔を見かけた程度の認識である。
だが、ヴァイスの親しい友人曰く、アーヴィンは非常に勤勉な性格であり、同年代の中でも特に優れた知識を持っているのだという。至極単純に表せば、それは成績においては学年主席を争うほどなのだというのだ。
同い年相手だというのに、そのヴァイスに対して敬語で接しているのは、そんなアーヴィンの性格をくっきりと裏付けていた。
しかし、ヴァイスにしてみれば、それは慣れない感覚であって、何となくむず痒さを覚えてしまうのも事実であった。
「他人行儀な呼び方でなくても構わないよ。普通に呼び捨てにしてくれる方が、俺としても嬉しい」
「そうですか。では、その言葉に甘えさせてもらいますね、“ヴァイス”」
アーヴィンも素直にヴァイスの言葉を受け止め、親しみを込めた口調でその名を口にする。
ヴァイスもようやく気分を改め、そして今し方に抱いた疑問を思い出す。
「そういえば、二人揃って俺の所まで来るなんて、何か用事でもあるのか?」
ヴァイスがそう尋ねてみると、そこで初めてアーヴィンが歯切れ悪い様子で「えぇ、まぁ……」と答える。そのアーヴィンの様子からか、隣でだんまりを決め込んだノエルの表情もまた一層渋いものへと変化する。
「――先日は、友人のノエルが失礼しました」
そして、唐突にそんな謝罪を述べると、アーヴィンと、そして今度はノエルまでもが揃って頭を下げた。
二人揃ってヴァイスに頭を下げている光景は何とも異様であった。そのためか、近くを通りかかった他の生徒たちが「何事だ?」という視線でこちらを凝視してくる。そうなれば、ヴァイスもたまったものではない。
「あ、あぁ……。それは別に構わないよ……。と、とにかく、部屋の中で話そう。立ち話も何だからさ」
周囲の視線から逃れるように、ヴァイスは二人を部屋へと招き入れる。
一人用の部屋であるため、三人もその場に集まってしまうとさすがに窮屈さを覚えてしまう。二人には適当な所へと腰を下ろしてもらうと、改めてアーヴィンの話に耳を傾ける。
「他の生徒にも話を伺ってみたところ、どうやら喧嘩沙汰のようになってしまったようで……。図々しいのは承知しているのですが、ノエルにも悪気が無かった訳ではないので、その辺りは誤解の無いようにと思いまして」
「さっきも言ったように、俺は気にしてないから大丈夫だよ。それに、今更考えてみれば、俺の言い方にも問題があったと思う」
「いえ、ノエルにはそれくらいはっきり言ってくれた方がいい薬になります。幾分、頭よりも身体が先に動く性分なものですので。頭に血が上りやすい性格は、今に始まったことではないのですよ」
本人を目の前にしてここまで言うか、とヴァイスは内心ノエルに対して同情を抱いていた。
とは言ったものの、そう言うアーヴィンはノエルに対してかなり親しげであった。まるで、ずっと昔からノエルには付き合ってきたのだ、とでも思わせるような口調でもあったのだ。
そんなことをヴァイスが考えていると、今まで黙り込んでいたノエルが不意に口を開いた。
「ヴァイス。その……、この前は悪かった。アーヴィンの言ったとおり、俺は短気な性格なんだ。ヴァイスが周りからちやほやされているのを見て、ついかっとなったんだ。今は反省している。本当に悪かった」
淡々とした口調でつらつらと言葉を述べると、ノエルは深々と頭を下げた。
確かに、ノエルという少年は根はいい奴だとヴァイスも理解を示す。ただ、自他共に認める短気な性格の故に、あのような態度を取ってしまったのだろう。その辺りについては、ヴァイスもすぐに納得することが出来た。
「俺も全然気にしてないから大丈夫だ。今回のことは水に流す。それでいいだろ?」
「そう言ってもらえると、嬉しい限りです」
ヴァイスの言葉に、ノエルもようやく頭を持ち上げる。アーヴィンもまた、心底嬉しそうな笑みを浮かべてみせる。
「それよりも、二人は妙に親しいように思えるけど、クートウスでの付き合いが長いのか?」
どんよりと淀んだ場の雰囲気を改めようと、ヴァイスが話題を転換してみる。
先ほどから親密な様子である二人に対して、ヴァイスはクートウス入学当初からの付き合いなのかと思い込んでいた。しかし、どうやらヴァイスの予想とは違ったようで、アーヴィンが首を横に振る。
「いえ、僕たちは生まれ故郷は違えど、幼馴染なんです。僕とノエルは子供の頃から同じ村で育ったんです。だから、付き合いだけで言えばかなり長い期間ということになりますね」
アーヴィンがそう言うと、ノエルも「そういうことだ」と大仰に頷く。
「俺たちはその時から、ほとんど同じ時間を過ごしてきたわけだ。もちろん、それはクートウスに入学してからも変わってない」
意外な展開に、ヴァイスも二人の言葉に首肯する他なかった。
二人はかなり親しい仲だとは確かに思っていたが、まさか幼い頃から付き合いがあったとは驚きである。それどころか、同じ村で育ち、互いにハンターになろうと誓った程の仲だとは、ヴァイスにしてみれば思いもしなかったのだ。
と、そこまで改めて思い至ってみて、ヴァイスは新たな疑問を抱く。
「しかし、どうして二人揃ってハンターになろうと思ったんだ? もし良ければ、その辺りも教えてほしいんだ」
その問いかけに、ノエルが「変わった奴だな」とでも言いたげな視線を返してきた。しかし、本質的な答えを返したのはアーヴィンが先であった。
「僕の場合は、元々モンスターの生態などに興味を持っていました。それが興じて、いつしかハンターになりたいと思うようになったのかもしれませんね……。すいません、自分でもその辺りはハッキリと覚えていないのですよ」
曖昧な返答になってしまいすいません、とアーヴィンは苦笑いを浮かべる。
一方のノエルは、アーヴィンとは打って替わり淡泊な口調で答えていく。
「俺の親父も昔はハンターだったんだ。今は引退しちまったけど、それでも俺が生まれて間もない頃までは現役だったらしい。その影響で、その頃からハンターは俺の憧れみたいな存在だった。俺の場合、ハンターになりたいって考えるようになったのは、それが原因なのかもな」
至って単純な理由であったが、ノエルがハンターを志すようになった理由は興味深いものであった。
先日ノエルがヴァイスに対して敵対心に似た感情を抱いたのは、父親を通じて培われたハンターへの憧憬の念があったからであろう。それに本人も言うとおりの頭に血が上りやすい性格が合わさり、あのような振る舞いをしてしまったのかもしれない。
「でも、俺も人のことはあまり言えないけど、よくクートウスに入学しようと思ったな」
ヴァイスが口にした言葉の真意を理解したのか、ノエルとアーヴィンは二人揃って納得したように頷いた。
通常の訓練所とは違い、このクートウスではハンターやモンスターなどに対するより深い知識、更には専門的な分野まで専攻することが可能だ。それ故に、学費の出費がかなり嵩んでしまうため、クートウスに入学することが出来る者はその時点で限られてしまいかねない。その事情を踏まえた上、奨学金制度や、将来ハンターになった後に学費を返納することの出来る制度がクートウスに設けられているのも確かだ。
しかし二人の話を更に聞けば、二人の育った村には簡易ながらもギルドが設立されていたそうだ。ならば、ギルドと共に訓練所も配置されているはずである。普通にハンターを目指すならば、わざわざドンドルマまで出てきて、尚且つ高い学費を払う必要もそこまでではない。
最も、アーヴィンのような、より深い知識を身に付けたいと思う者がクートウスへの入学を考えることは不思議ではないのだが、それでもクートウスはそう思い至って簡単に入学できる学院ではない。
そんなことをヴァイスが考えていると、アーヴィンが口を開く。
「僕は両親に頭を下げました。ハンターになるために、そしてより深い知識や技能を身に付けるために、クートウスに入学したいと。すると、二つ返事でクートウスへの入学許可を貰え、尚且つ学費も負担してくれることになったんです。本当に、両親には感謝しきれません」
「それを聞いた俺も、クートウスに入学したいって親に頼み込んだんだ。でも、俺の親には猛反対されたけどな」
話を整理すると、二人は共にハンターになることを望んでいるため、アーヴィンに続いてノエルもまたクートウスへの入学を希望したのだ。
アーヴィンの場合、両親が彼のためにと貯め込んでいた貯金で学費を賄っているのだと言う。
しかし、一般的にはノエルの両親の反応が大概である。理由も無く子供にハンターをやらせられないと考える親も数多く、そうでなくてもクートウスに入学する面においては金銭的な事情もあるのだから。
「それでも、結局ノエルはご両親を説得することに成功したんだな」
ヴァイスが言うと、ノエルは「どうだかな」と口にして肩を竦める。
「最後の最後まで親には反対されたさ。でも最終的には、学費は親に肩代わりしてもらって、後々俺が返していくことになったんだ。将来的にG級のハンターになるっていう条件付きでな」
「でも、ノエルのご両親は最後には折れてくれました。それに、村を発つ時には僕たちの背中を押してくれさえしたんですよ」
「へぇ、そんなことが……」
二人の生い立ちを聞いて、ヴァイスも深く頷き返す。
そうして、ヴァイスもまた二人に自分の生い立ちを語り始めた。
ドンドルマで生まれ育ち、また父と母が共々ハンターであったため、ノエルと似たり寄った理由でハンターを志すようになったこと。しかし、結局は大した理由も無くクートウスに入学したこと。などという他にも、話題は様々にまで及び、三人で過ごした時間は瞬く間に流れていった。
それ以来、三人は互いに仲を深め合っていく。
四年生ではクラスは散り散りであったが、時間を見つけては三人で連んでいた。
三人で試験対策をすることもあれば、はたまた実技的な面で相談に乗るということも少なくなかった。
そうして一年という時間はあっという間に過ぎ去ろうとして、皆が卒業試験に向けたパーティーを考え込む頃になってきた頃であった。
「“あともう一人のメンバー”はどうする?」
そう。誰からというわけでもなく、いつしか三人はそう考えるようになっていた。
この三人で卒業試験に挑む。そして、共にハンターになるのだ、と……。
「二人はどんなメンバーを望んでいるんだ?」
ヴァイスがそう尋ねると、ノエルがすぐさま食いついて来る。
「俺は実力のある奴がいい。欲を言うならそれが女子なら更にいい。さすがに男四人じゃむさ苦しい」
キッパリと言い切ったノエルを横目に、ヴァイスとアーヴィンは呆れて溜め息を吐く。だが、そんな光景もその時となっては日常茶飯事であった。
「僕は深くは望みません。強いて言うならば、友人や仲間として良い関係が築ける人がいいですね」
「俺もアーヴィンと同意見だ。ノエルほど多くを望むつもりはない」
「何だよ、二人揃って。自分の欲を表に出すってことも大切なことだろ?」
「ええ。ですが、とてもノエルほどにはなれませんね」
そして、三人は盛大に噴き出して、また他愛の無い会話を交わし始める。
――三人の出会いは、何とも奇妙なものであったかもしれない。
しかし、今となっては共に背中を預ける、そして共に夢を抱く唯一無二の親友となったのだ。
これが、三人の出会いの物語である。