モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE66 ~沈黙の密林~

 テロス密林。ドンドルマから遥か東方、旧大陸の最東部に位置するその狩場は、一般のハンターのみならず、クートウス所属の生徒たちも訪れることの多い地だ。

 狩場の東側に位置する海の影響で、この辺り一帯は湿潤かつ多雨な気候だ。そのおかげもあってか、狩場全体は木々や草原に覆われ、それが密林と呼ばれる所以となっている。

 しかし、このテロス密林はアルコリス地方などとは異なり、街道から更に奥まった森林の先に位置する狩場だ。徒歩やアプトノスを用いて赴くにはあまりにも遠すぎるため、最寄りのグロムバオムと呼ばれる村までは飛行船で移動するのが一般的であった。現にヴァイスたちも、ドンドルマとグロムバオム間の長距離を飛行船で移動してきたのだ。

「いよいよ、卒業試験前の最終演習ってわけだな」

 上空の青空の中に浮かぶ太陽を仰いだノエルが、やる気に満ちた様子で言う。

 そんなノエルの様子を見たアーヴィンも、思わずといった感じで苦笑いを浮かべる。

「装備品や道具類の手入れは終わりましたか? 気合いだけ先行しても、準備を怠れば元も子もないですよ」

「言われなくても分かってるぜ。準備はもう済ませてある」

 高らかな口調で言ったノエルが、背中に担いだ武器――ガンランスをアーヴィンに掲げて見せた。

 ガンランスとは、その名の通り槍としての性能を持ちつつも、内部に銃火器に似せた砲撃機構を組み込んだ二面性を持つ武器なのだ。つまりそれは、狩猟における機械武器の先駆けとも言えることになる。

 しかし、砲撃機構を内部に組み込んだ為にガンランス自体の重量は大剣と同等かそれ以上にまで増加した。それに加えて複雑な機構を操るだけの高度な力量を要求される武器なのだ。

 だがそれは、言い換えればガンランスの最大の特徴であり、また持ち味でもある。強固な盾で相手の攻撃を防ぎつつ、鋭い突きと近接砲撃、更に絶大な威力を持つ竜撃砲による攻撃は、攻守を兼ね備えた理想的な武器とも言える。

 ノエルの使用するガンランスは、アイアンガンランスと呼ばれる。主に鉱石素材を用いて生産されたこの武器は、ガンランスの典型的かつ初歩的な造りをしており、駆け出しハンターに多く愛用されている。

 一方、アーヴィンはと言うと、先程から各種弾丸の確認と、スコープの調整を細かに行っていた。

 アーヴィンが使用するのはヘビィボウガン。軽量で軽快な立ち回りを得意とするライトボウガンとは真逆で、機動力を犠牲にしてまでも火力の底上げを図った射撃武器である。

 アーヴィンが持つヘビィボウガンは、ボーンシューター。これもまた、ヘビィボウガンの中では安価で初歩的なものに当たる。

「ヴァイス、それからルナ。そちらはどうですか?」

 ノエルの様子を確認したアーヴィンは、今度はヴァイスとルナの方へ視線を向けた。この二人もまた、武器の手入れは既に済ませているようであった。

「私たちは大丈夫よ。それよりも、アーヴィンも準備を怠っては駄目よ。アーヴィンは私たちのパーティー内で唯一の援護担当のガンナーなんだから」

「えぇ、それは重々承知ですよ」

 ルナの言葉にアーヴィンは深く首肯し、そして武器の手入れへと意識を戻した。

 ふぅ……、と溜め息を吐いたルナは、もう一度自身が愛用する武器を腰から引き抜き、太陽にかざしてみた。

 ツインダガー。大ぶりのナイフと三本の棘が刀身から突き出したナイフを両手に構える二刀流スタイルの武器、いわゆる双剣だ。双剣は片手剣の盾を短剣に持ち替えたようなもので、それは守りを捨て徹底的に攻めを重視した武器と言える。

 このように各々が使用する武器はそれぞれだが、このパーティーでは個々人の役割がはっきりしている。

 守りの堅いノエルが前衛に出つつ囮役を買って出る。その間にヴァイス、ルナという攻撃的な武器を扱う二人が相手の体力を一気に削り取る。その三人の援護をガンナーであるアーヴィンが担当する。

 この四人がパーティーを組むきっかけはやや“複雑”ではあったが、こうして考えてみると最終的にはバランスの取れた布陣に落ち着いているのだ。

 ヴァイスもまた、愛用の鉄刀(てっとう)の刀身に刃毀れが無いことを確認すると、それを鞘に納めて背中に背負い直す。そうして、今一度自らの全身を見返してみる。

 実技授業や演習の際には防具の着用も義務付けられているが、ヴァイスたちの装いは頭部以外を除いてハンターシリーズ。駆け出しハンター向けの防具であり、安価でありながらもそれに見合わない性能を兼ね備えている。

 ただ、ヴァイスたち四人に共通して言えることは、彼らは兜を装備せず、代わりにピアスを装備している。(まも)りのピアスと呼ばれるそれは、特殊な加護を受けているということらしく、ハンターの受けるダメージを軽減することができるという何とも神秘的な防具であった。

 クートウスの生徒に限らず、視界の悪化、見た目が不格好などという理由で、兜は装備せず代わりにピアスを装備するハンターも数多い。ヴァイスたち四人も、そのような理由で兜の代わりにピアスを装備しているのだ。

「……さて、みんな。準備は整ったかな?」

 アーヴィンの支度が整った頃、S・ソルZシリーズに身を包んだルークが拠点に集まった生徒たちを見渡して言った。

「アヴィ君の方も大丈夫かな?」

 ルークのその問いかけに、アヴィはこくりと頷き返す。

 アヴィもまた、クートウスで講師を勤めている際とは異なる装いである。

 彼が背中に担いでいるのは大剣だ。一見してモンスターの大骨に補強加工を施したようなそれはゴーレムブレイドと呼ばれる。だが、見る限りではかなり使い古された大剣に思える。それは、このゴーレムブレイドが最大限の攻撃力を生み出す程にまで強化された証拠だろう。

 しかし一方で、防具に関しては、それはヴァイスたちの見たことない装備であった。

 右肩の辺りから迫り出す猛々しい角。全身を薄緑の甲殻や毛皮で覆われた重装備。まさにそれは、“防具”と銘打つのに相応しい様相である。

 アヴィがこの防具を身に着けているの目にするのは、これが初めてというわけではない。だが、何度その防具を見ても、結局どんな素材を用いて作られたものなのかを判断するまでには至っていない。

 おそらく、この大陸の外――新大陸と呼ばれている未知の地域に生息するモンスターと、その技術を集結して作り上げられた防具なのだろう。

 だが、今はそんなことを気に掛ける必要は無い。目の前に鎮座する広大な狩場と、そこに住まうモンスターたちに意識を向けるのだ。

 そうしているうちに、ルークが生徒たちの前へ出た。演習では見慣れた光景なのだが、いざこれを目にすると、ついに演習が始まるのだという実感が無意識に湧いてくる。

「今回は、ギルドからの支給品は地図のみだ。必要な物資は各自で調達、調合するように。また、救難信号の手筈についても各々で確認しておいてくれ。何か質問のある人は?」

 ルークの問いかけに、疑問を唱える者は一人も存在しなかった。改めて周囲を見渡したルークがパンと手を叩く。

「では、これよりテロス密林での演習を開始する。演習終了の合図はいつも通り、角笛を用いて行うか、私とアヴィ君二人が直接終了を告げる形になる。諸君の健闘を祈っているよ」

 その言葉を皮切りに、拠点に集まっていた生徒たちがパーティーごとに散り散りになっていく。

 徐々に疎らになっていく拠点を横目に、ヴァイスは支給された地図を開く。それを覗き込むような形で、他の三人も頭を出した。

「さて、まずはどう動くの?」

「最初はエリア1に出よう。その後はエリア2、5と順に通って、エリア6の洞窟を目指していくつもりだ」

「なるほど。了解だ」

 エリア6を目指すならば、拠点からエリア5へ続く崖を登るルートが近道となるが、ヴァイスに対して異議を申し立てる者はいなかった。

 そのヴァイスを先頭に、ノエル、ルナ、アーヴィンと続いて拠点を後にする。

 密林の拠点は、海水が流れ込んだ高大な湖に周囲を囲まれている。そこから林道の坂を上っていくと、徐々に木々の密度も高くなってくる。やがて、辺り一帯が木々で覆われる頃には、エリア1に到着していた。

 密林は温暖な気候の故、キノコの群生地も見かける。このエリア1にもキノコの群生地は何ヵ所か存在し、そこで採取を行っているパーティーの姿もあった。

 またこの他にも、エリアの奥まった場所でピッケルを振るっている生徒も見受けられる。このように、密林は生物や自然の恩恵を大いに受けられる狩場として広く知れ渡っている。

「早速採掘や採取を行っているとは。いやはや、精が出るねぇ~」

 年寄り臭い軽口を叩きながらも、ノエルは周囲の警戒を怠ってはいない。

 現在エリア1に見られるモンスターは、アプトノスの群れのみだ。遠方からはランゴスタの羽音も聞こえてくるが、こちらに襲ってくる気配は無さそうである。

「特に変わった様子はありませんね」

「そうね。なら、移動しましょう」

 ルナの言葉に賛同し、四人は再び歩を進める。

 続いてエリア2、5という草原の広がるエリアを訪れてみたが、そこには草食系の小型モンスターの姿以外は見当たらなかった。

「何だか閑散としているわね。ランポスの一匹くらい辺りにいても不思議じゃないもの」

「まぁ、そういう日もあるってことだろうな。取り敢えず、次はエリア6へ向かおう」

 ここからなら、エリア7へ移動するという選択肢もあったが、ヴァイスは少し考える素振りを見せた後にそちらを選択した。

 エリア6もまた、エリア7と同じく洞窟内が狩場として指定されたエリアだ。しかし、エリア7は洞窟内の岩盤の一部が崩れ落ちており、外の光が僅かに差し込んでくる。エリア6はそれと正反対で、暗闇の中にぽっかりとあいた空洞の空間が狩場になっている。

 ヴァイスたちがそこへ続く道を下りていくと、不意に奥から何かの鳴き声が耳に届いた。

 耳に付く小高い鳴き声。この独特な鳴き声は間違えようはない。その先に待ち構えているのは、ランポスで間違いない。

「奴ら、ここに潜んでいたんだな」

「えぇ、そのようですね。それに、かなりの数が集まっているようです」

 奥から届く鳴き声を聞いた限りでは、その数は一匹や二匹ではない。最低でも五匹程度はそこに屯しているはずだ。そして向こうは、こちらの接近に既に感付いている可能性もあった。

「道が開けたら、俺たちは散開しよう。アーヴィンには、安全な立ち位置を見つけ次第援護してほしい」

「分かりました」

 アーヴィンが静かに頷くのを確認すると、剣士の三人がそれぞれの獲物に手を伸ばした。

 やがて、不意に周囲の視界が開けたと同時に、自分たちの縄張りに迷い込んだ獲物に目を光らせる何匹ものランポスが、こちらに突っ込んで来る様を確認出来た。

「散開だ!」

 ヴァイスが言葉を発してから間髪を入れず、それまで固まっていた四人が瞬時に散らばった。

 互いに距離を取りつつ、それでも離れすぎないような絶妙な距離感。その立ち位置を見定め、剣士の三人が各々の武器を構えた。

「ギャアァァァァァッ!」

 視界の中で武器を構えた三人に対し、やって来たランポスたちがそれぞれに散らばっていく。

 その正確な数は六匹。一人に対し、二匹で獲物を捕らえんとその牙を唸らせた。

「はぁっ!」

 しかし、ランポスの一撃を回避すると、すぐさま反撃に転じる。

 最初に動いたのはルナだった。向かってきたランポスにツインダガーを突き出し、そして薙ぎ払う。続けてやって来たもう一匹のランポスの攻撃も同じように回避し、そこから幾多の斬撃を繰り出す。

 ルナに続いて、ヴァイスとノエルも応戦する。ヴァイスはルナと同じようなスタイルで、ランポスの攻撃を掻い潜りながら斬撃を浴びせる。ノエルは右手に構えた大盾で攻撃を受け止め、その隙を突いて鋭い突きを繰り出す。

「クオオオォォォォォォッ!」

 しかし、二匹の連携の前では、一人で立ち回るのにも限界がある。

 ヴァイスの背後に回り込んだもう一匹のランポスが、その背中に飛び掛からんと地面を蹴ろうとした。

 だが、ランポスが跳躍する寸前に横やりが入る。所定の位置に付いたアーヴィンが、ランポスの横腹にLv1通常弾を撃ち込んだ。その一発でランポスは吹き飛ばされ、そして小さく声を上げた後に絶命した。

「助かった、アーヴィン」

「いえ、これくらい大したことはありませんよ」

 スコープから視線を上げずに、アーヴィンは淡々とした口調で言い切った。彼は立て続けに、ルナとノエルを狙うランポスを狙撃し、的確に仕留めて見せた。

「クオオォォォォ……ッ」

 仲間を討たれたランポスたちが、動揺の色を垣間見せた。そして、こちらを睥睨するような素振りを見せた後、生き残った三匹のランポスが暗闇の中へと姿を消した。

 すぐさまノエルがその後を追おうとするが、ヴァイスはそれを制した。

「っておい、逃がしていいのかよ?」

「あまり熱くなるなよ。あの程度の数を見逃しても大して意味はないんだから」

 結果的にランポスを取り逃がす形となったノエルは、悔しさを滲ませる。だが一方、ヴァイスはと言うと冷静だった。

 ノエルもまた、ヴァイスの冷静さの前に立つと、彼の熱も自然と冷め切っていく。

「……あぁ、そうだったな。深追いは禁物だったよな」

 髪を乱雑にかき上げながら、ノエルは静かに呟く。ヴァイスはそんな彼の肩を叩き、「そういうことだ」と一言告げた。

 討伐した三匹のランポスから剥ぎ取りを終えた四人は、隊列を組み直して再び進み始めた。

 エリア6から続く暗い細道を進み、同じく洞窟内のエリア8に出る。しかし、ここにはモンスターの姿が見当たらなかったため、四人はすぐに立ち去ることにした。

 ツタを伝って洞窟の岩壁をよじ登り、しばらく道を進んでいくと日光の元へ戻ってくる。ここまでやって来ると、何処からもなく波音が聞こえてきた。

 エリア3。洞窟の出口付近は、背の高い木々が生い茂っているため、洞窟を抜けても目の前の視界は開けていない。やがてその木々の合間を抜けると、目の前には太陽の元で輝く砂浜と、地平線の彼方まで続く青の世界が広がっていた。

「ここが狩場でなけりゃ、こんな浜辺でのんびり過ごしたいもんだ」

「はいはい、そのセリフもいい加減に聞き飽きたわよ」

 密林のエリア3を訪れる度に似たようなことを言うノエルに対して、ルナも呆れて溜め息を吐く。

 ヴァイスはそんなノエルを見て見ぬふりをしつつ、周囲を見渡す。すると、エリア2から続く道から一組のパーティーがこちらに向かって来るのが確認できた。向こうもこちらに気付いたらしく、辺りにモンスターがいないことを確認してから歩み寄って来た。

 近くまでやって来ると、そのパーティーの面々も明らかとなる。彼らもヴァイスたちのクラスメイトであり、それなりに親しい仲である。

「誰かと思えばヴァイスたちじゃないか。演習の方は順調か?」

「まぁな。途中でランポスたちに出会したけど、群れの半分を討伐し損なった」

「へぇ、それは珍しいな」

 そのパーティーのリーダーを務めている少年がやや驚いた表情になる。

 しかし、少年の反応を見たノエルが、ヴァイスの後ろで肩を竦めた。

「ランポスたちに逃げられたんだよ、これが」

「まぁまぁ、そこは根に持つところではありませんよ」

 素気無い様子で言ったノエルを、アーヴィンが宥める。

 この様子を見た少年も、一体どういう経緯でランポスを取り逃がしたのか察したようだった。少年の「相変わらずだな」とも言いたげな表情が、それを物語っている。

 するとここで、少年の後ろに控えていたパーティー内の少女が顔を出してきた。

「でも、あたしたちがここに来るまでの道中には、ランポスの姿は見当たらなかったよ」

 その少女の発言に、ヴァイスたちは驚いたものの、しかしそれは予期していたことでもあった。

「私たちも同じような状況ね。エリア6以外だと、ランポスの姿は見かけなかったわ」

 彼らの発言と、ヴァイスたちのここまでの首尾とを嚙み合わせてみると、密林には現時点でランポスを始めとした肉食系モンスターの個体数が少ないのではないかという推測が立てられる。

 だが、それだけならば、別におかしなところはない。他の種の肉食系モンスターが住まう狩場でも、天候や時季によってはその個体数が激変することもある。今回に至っては、そのケースに当たるのだと考えることも出来る。

 しかし、そこまで考えたアーヴィンは怪訝そうな表情を浮かべる。

「ですが、改めて考えてみるとそれは妙ですね」

「妙って、一体どうしたのよ?」

 アーヴィンの発した言葉に疑問を抱いたルナが思わず尋ねる。いや、疑問を抱いたのはルナだけではない。ノエルや先のパーティーの面々も彼女と同じような反応を示した。

 するとアーヴィンが「出発前のことを思い出してみて下さい」と口を開く。

「アヴィさんが事前に促していました。この時期になれば、餌を求めてランポスたちの行動が活発になると。しかし、ランポスたちは地上には姿を見せず、洞窟内で屯しています。普通に考えれば、獲物を探すなら薄暗い洞窟よりも地上に出た方が理想的なはずです」

「……そういえば、そうね」

 そこまで言われて、ようやく思い出す。彼の言うとおり、出発前の前日にアヴィがそのような内容の話を皆の前でしている。

 テロス密林周辺は一年を通して安定した気候なのだが、この冬の時季になれば餌を得る機会も減少する。特に肉食系モンスターにしてみれば、それは自身の生命の存続にはとても厄介な事態なはずだ。それを考えれば、例え少数のランポスであったとしても、餌となる獲物を求めて密林中を徘徊していて不自然ではない。

 更に、今までエリアを訪れてみた限りでは、洞窟内にランポスの獲物となるようなモンスターはいなかった。それならば、アーヴィンの言ったとおり、外で獲物を探す方が賢明だろう。

 考えれば考えるほど、その不自然さが現実味を帯びてくる。

「さすがに、それは考えすぎじゃないか……?」

「いや、例えそうだとしても、そのことを頭に入れておいた方がいい。不測の事態に備えるためにも――」

 少年の言葉を遮るように、ヴァイスが緊張の色を帯びた声色で促そうとした。

 だが突如、エリアの南方――エリア8へと続く方面で何かが動いたような物音が聞こえた。この場に居合わせた全員がそちらの方を振り向き、そして身構える。

「まさか、ランポスが――!?」

「いや、それは違うようだ」

 ヴァイスの言葉と共に地上に現れたのはヤオザミの群れだった。ヤオザミたちはこちらに身体を向けると、その鋭利な爪を虚空へ掲げた。

 ヴァイスはすぐに辺りを見渡す。

 ヤオザミの数は四体。周囲には他のモンスターの影はない。そこまで把握したヴァイスが直ちに判断を下す。

「ノエル、アーヴィン。二人で一体を仕留めてくれ。俺とルナでもう一体を引き受ける」

「あぁ、分かった!」

「了解しました。ノエルの援護に徹します!」

 言葉と共にヴァイスに応えるように、ノエルとアーヴィンがヤオザミの一体を標的として定め、攻撃を開始する。

「残りの二体はそっちに任せても大丈夫か?」

「あ、ああ! 任せてくれ、引き受ける!」

 少年の返答を聞くと、ヴァイスはすぐさま地面を蹴った。ヴァイスの動きに合わせてルナも続き、狙いを定めたヤオザミ目掛けて鉄刀とツインダガーをそれぞれ振り抜いた。

 ヤオザミも応戦するが、二人に挟まれる形となり思うような身動きが取れない。結局、ヤオザミは成すがままに二人の斬撃を浴びてしまう形となり、最終的には呆気無く力尽きた。

 ノエルたちの方へ視線を向けると、彼らは既に剥ぎ取りを行っている。一方で、少年たちにも意識を向けると、どうやら彼らも無事に二体のヤオザミの討伐に成功したようだった。

「ふぅ……」

 緊張の糸を解くようにヴァイスが短く息を吐き出し、討伐したヤオザミから剥ぎ取りを行う。

 ノエルとアーヴィンも二人に合流すると、向こうで座り込んでいる少年の元へ向かう。

「大丈夫か?」

「あぁ、不意を突かれたこと以外はね」

 不意を突かれたと言った少年の気持ちは、ヴァイスたちも同じだった。ヴァイスが少年へ手を差し伸べ、地面へ立たせる。

 全員が剥ぎ取りを終えたところで、二つのパーティーはここで別れることになった。ヴァイスたちはここからエリア9へ向かうことにした。

 エリア9も、普段はランポスたちやコンガの姿を窺うことが多い。しかし、案の定とも言うべきか、そこにはそれらの姿は見当たらず、辺りは静寂していた。

 周囲にモンスターがいないことを今一度確認した四人は、ここで採掘を行うことにした。密林で多く採掘されるものは大地の結晶なのだが、今日は運良くマカライト鉱石を入手することができた。

 すると、ここでルナが思い出したように口を開いた。

「そういえば、エリア1にも採掘ポイントがあるのよね。さっきは他のパーティーがいたから採掘できなかったけど、今から行けば大丈夫じゃないかしら」

 エリア1は、拠点に隣接したエリアであるため、演習の開始時には多くのパーティーがそこを訪れることになる。しかし、ある程度時間が経過した今なら、ルナの言うとおり人も疎らになっていることだろう。

 三人もルナの提案に同意する。

「そうだな。もう一度エリア1に行ってみるか」

 幸いにも、エリア9から続く斜面を下って行けば、直接エリア1に辿り着くことになる。

 採掘した鉱石類をポーチに納めると、ヴァイスに続いてエリア1に向かった。

 エリア1までやって来てみると、ヴァイスたちを除く二組のパーティーの姿があった。しかし、現段階で採掘を行っている人影はないようである。

「さて、早いところ済ませようぜ。ここで時間を食ってるわけにもいかないんだろ?」

「えぇ、そうですね」

 ノエルに促されて、アーヴィンから順にピッケルを振るっていく。

 ここでは大地の結晶の他に、鉄鉱石も多量に採れる箇所だ。残念ながら、ここではマカライト鉱石は入手出来なかった。だが、それでも多くの鉱物が手に入ったのでよしとした。

 ピッケルと鉱物を片付けると、ヴァイスがポーチから地図を取り出した。

 これまでに足を運んでいないエリアと言えば、エリア4、7、10が当たる。この三つのエリア全てに足を運ぼうとするなら、狩場の構成上、拠点を経由する道のりで進むのが効率が良いことは明らかだった。

「一旦拠点に戻って、そこからエリア4へ向かおう」

 そうして地図をポーチにしまい、拠点へ向かおうとした直後だった。ヴァイスたち四人の視線が一斉にとある一点に集中する。

 エリア2へ続く林道。そこから一人の少年が現れた。少年の表情は血相を変えた様子で、大急ぎでここに転がり込んで来たようだった。その様子を遠目で見ていたヴァイスは、妙な胸騒ぎを覚える。

 そうすると、その少年がヴァイスたちの存在に気付いたようだ。少年がヴァイスたちを見つけるや否や、凄まじい勢いで走り寄って来た。

 額に大粒の汗を滲ませた少年の呼吸は荒く、肩も大きく上下させている。ここまでの相当な距離を全速力で駆けてきたことは容易に想像出来た。

「おい、大丈夫か。どうしたんだよ?」

 少年の尋常ではない様相に、その少年に尋ねるノエルの声色も真剣味を帯びる。

 だが、少年はノエルの問いかけには答えなかった。代わりに、ヴァイスたちの想像していた、だが決して告げられたくはなかったことを、少年の口から聞かされる。

「ラ、ランポスの大群が、現れたんだ……っ! 密林の至る所で、奴らが、あ、暴れてる……!!」

 それを告げられた途端、ヴァイスたちは返す言葉を失った。身体が寒気立ち、その熱が急激に冷めていく。

 この瞬間、静まり返った密林が、不気味に騒めき始めた。


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