EPISODE63 ~開かれる過去の扉~
「約束、してくれない?」
――約束。その言葉を、あの時の彼女は何を思って言ったのだろう。
いや、そんな事は分かっていた。これから先、もしかしたら二度と会うことはないかもしれない。それを思った時、その不安を紛らわせるための、所謂は口実に過ぎなかった。
もしそれを思い返すならば、自分にもあることが思い出される。
ただ漠然と、しかしながら純粋に“理由”を求めていた日々。そして、彼に抱いた憧憬。
今の自分を作り上げたのは、その全てだったのだろう。
「――師匠」
淡い過去への追懐であり、そしてその瑕疵の喚起。
しかし、例えどれだけの思いを馳せようと、またどれだけ後悔しようと、もう二度とそれを作り変えることはできない。ただここから、振り返ることだけしかできない。
「――師匠……? 師匠~?」
蘇るのは、共に過ごした日々。
そして何より、『女神の騎士』との出会い。“理由”を求め彷徨っていた少年に、その道を示してくれたのは彼だった。
だが、彼は少年の前から姿を消した。それから二度と言葉を交わすことも、顔を合わせることも叶わなかった。
道を示してくれた、言わば師のような存在を失った時、少年は絶望する。
そして、絶望を見た少年は、そこから堕ちていく。
呪縛に囚われた少年は、捨て鉢になってまで力を求め続けた。
そこには、もう何も存在しなくなった。力が欲しい。漠然としたその想いだけが、少年の背中に権化となって纏わり付いた。
だが、あれはいつだっただろうか。
少年はいつしか気づかされる。恨むべきは、彼に訪れた慈悲の無い運命だったということを。自らを嫌悪し、そして力を求めることが、彼の望むことではないのだと。
そう。少年は目覚めることができた。彼がそうであった、“騎士”とは何なのかということを――。
「師匠!」
「っ!?」
急に声が張り上げられたために、ヴァイスも途端に現実に引き戻される。
そうして今まで自分の世界にのめり込んでいたことを自覚すると、ヴァイスが「やれやれ」と溜め息を吐く。
「師匠、どうしたんですか? ボーっとしてて、何だか師匠らしくなかったですよ?」
クレアが身体をわずかに屈め、詮索するかのようにヴァイスの顔を覗き込む。その彼女と目が合った瞬間、ヴァイスが今度は首を横に振る。
「あぁ、悪いな。少し考え事をしていたものだから……」
珍しく歯切れの悪いヴァイスに対し、「そうですか」とだけクレアは答える。それから首を突っ込んでくる様子も無く、目の前のことに意識を集中させる。
「師匠。それで、これからどうすればいいですか?」
「まずは、それを炒めてくれ。それから――」
クレアに倣ってヴァイスも作業を再開していく。
ジンオウガの捕獲を成功させたあの日から一年余りが過ぎた。
それ以降、クレアを始め他の面々も実力を付けていき、念願叶ってついに上位ハンターへと昇格したのだ。
ユクモ村もそれからは平穏な日々が続いた。今日のような長閑な昼下がり、ヴァイスはクレアに頼まれ、彼女の料理特訓に付き合っていた。
その件に関して触れると、クレアの料理の腕は、この一年で見違える程にまで成長したと言える。
ヴァイスがユクモ村を訪れた当初は、クレアも料理とは言い難いものを作ることが多かった。だが、それからも根気よく特訓を続け、料理と呼ぶのに相応しいものを作れるようになってきた。
しかしながら、まだクレアにも一抹の不安が残っているようだ。時々クレアに頼まれては、こうして今でも彼女の料理特訓を行うこともある。
「ふぅ……。何とかできました」
額に滲み始めた汗を拭い、クレアがほっと息を
ヴァイスの方も、完成した料理を早速試食してみる。内臓を穿つような味がするわけでもなく、普通に美味しく仕上がっている。今日も上々の出来栄えだろう。
「うん、これなら大丈夫ですね!」
クレアも料理を口に運んでみて、そして満足気に頷く。やはり料理が美味しく出来上がれば、クレアとしても大変嬉しいのだ。一年前までまともなものを作れなかったのだから尚更の話だ。
「さて、今日はこの辺りで終了だな」
「はい。ありがとうございました、師匠。またよろしくお願いしますね!」
頭を下げたクレアに会釈をして、ヴァイスもその場を後にする。
玄関の扉を開け放ち、外界へと一歩を踏み出すと、春の温かな風が頬を撫でる。
秋には紅葉を抱く木々も、この季節になると美しい桜の花を咲かせる。
村人たちの多くも、やはり桜の木の下に多く見える。人々は楽しげに酒を飲み、そしてお花見をする。陽気な喧噪が村中の至る所から聞こえてくる。
「綺麗だな……」
ヴァイスの足が、満開になった桜を眺めるためにその動きを止める。
ひらひらと舞い落ちる桜の姿は、美しくも儚いものである。こうして眺めているだけで、その光景に吸い込まれてしまう。そうして、自然とあの頃のことを思い浮かべてしまう。
「あの時も、桜の木の下で……」
そう呟いて更なる物思いに耽ろうとした直前、ヴァイスは我に返った。
「いけないいけない」と自らを自制し、後ろ髪を引かれつつも、自宅を目指して再び足を動かす。
そうして自宅に戻ってくると、ヴァイスは資料の置かれた机に向かった。やり残していた資料を完成させるためにだ。
しかし、その資料に手を付けることができない。何故ならば、自然と彼の視線が目の前に置かれた二枚の肖像画に釘付けになってしまったからである。
色あせた肖像画に手を伸ばそうとして、そこで動きが止まる。またしても、自分の世界に入り込もうとしていた。
「はぁ……。本当にどうしたんだか……」
呆れたような溜め息は自身に向けられたものだった。
どうしたのだろうか。こうして過去に思いを馳せることは、今までなかったことではない。だが、周りが見えなくなるまでにそこに入り込んでしまうことは、今までなかったはずだ。
本当にそれは、最近の話だ。隙があればこのように肖像画を眺めてたりして、昔を思い出そうとする……。
この穏やかな春の陽気が、それを促しているのだろう。そうして都合の良いように思い込んでは、ヴァイスが肖像画から視線を外す。すると、とある資料の束に目がいった。
それは昨夜、グレンに頼まれていた資料だった。その内容としては、旧大陸に生息するモンスターの生態や、それを取り巻く環境が記されている。時間も遅いからという理由で、資料を手渡すのは翌日にしようという話だった。
ヴァイスは頭を切り替え、そして資料を持って家を出る。
グレンの家は、ここから徒歩で一分足らずのところにある。そこには過去への懐旧を覚える暇も無く、ヴァイスは目的の場所に到着した。
扉をノックしてから程なくして、家の中からグレンが顔を出す。
「どうもヴァイスさん。どうしたんですか?」
「昨日頼まれた資料を持ってきたんだ。今渡して大丈夫か?」
「ああ、そうでしたね。大丈夫ですよ、ありがとうございます」
頼まれた物を確かに手渡し手短な会話を交わした後、ヴァイスはその場を立ち去ろうとした。だが、それはグレンに阻まれる。
どうやら最近、新たな楽曲の演奏に取り組んでいるらしく、それをヴァイスにも鑑賞してほしいのだという。
ヴァイスも、それには断る理由が無い。快く承諾すると、グレンに招かれて家の中に足を踏み入れる。するとそこには、先程まで料理をしていたクレアと、ソラの姿があった。
「なんだ。二人も来ていたのか」
「はい。自分の演奏を聴いてもらいたいとグレンさんに先ほど頼まれたので」
ソラ曰く、ヴァイスがここを訪れる少し前に二人はやって来たらしい。ヴァイスがクレアの家を出た時間を考えれば、グレンと入れ違う形になったのだろう。
事の流れを理解したヴァイスは、グレンに勧められた席に腰を落ち着かせる。グレンもまた、三人の正面に位置付けられた譜面台に向かう。
壇上のようになった場所に立つと、グレンは短く息を吐き出す。集中力を極限まで高めると、右手に持った弓をバイオリンの弦に滑らせた。
精巧された運弓から奏でれる音色は、優雅で壮大な雰囲気を醸し出す。
かつての貴族たちが華やかな衣装を身に纏い、煌びやかなステージ上で舞踏する。目を閉じてみれば、そんな光景が思い浮かんでくる。堪らずグレンの演奏には聴き入ってしまった。
そして演奏が終わると、三人は惜しみない拍手をグレンに送った。
「すごい、すごいですよ! グレンさん!」
「自分もです! 思わず聴き入ってしまったのです!」
「そ、そうかな? そう言われると嬉しいよ」
クレアとソラの賞賛の言葉に、グレンも照れながら答える。しかしながら、グレンも満足しているようだ。彼にすれば、気に入ってもらって何よりというところだろう。
と、ここでソラが興味あり気にグレンに尋ねる。
「グレンさん。この曲はなんていう名前なのですか?」
「えーっと、そうだな……」
そこでグレンがしばらく考え込む素振りを見せる。
「クレアはこの曲を知ってる?」
短い時間を置いた後にグレンが尋ねてみた。だが、クレアは首を横に振る。
しかし、グレンにしてみれば、クレアの反応も織り込み済みのようだった。今度はヴァイスに同じ質問をしてみる。
「ヴァイスさんはどうですか? この曲について、何か知っていることはありますか」
クレアとソラの予想を読み取るなら、ヴァイスも同じように首を横に振るだろうと思っていただろう。しかし、二人の予想に反し、ヴァイスは静かに首肯したのだ。
「――“狩人の宴”。この曲は以前にも聞いたことがある。しかし、どうして俺にそんな質問をしたんだ?」
「理由は単純ですよ。ヴァイスさんなら知っていると思ったからです」
グレンも素直に答えた。それにヴァイスは納得したような様子を見せるが、クレアとソラはそうもいかない。
「グレンさん。それはどういうことですか?」
「これは旧大陸に昔から伝わる曲らしいんだ。確かそれは、旧大陸のシュレイド地方周辺だったかな……。ヴァイスさんは旧大陸からやって来た人だから、この曲を知っていると思ってね」
そこまで話すと、二人もようやく理解する。
そもそも、ヴァイスのようなギルドナイトが派遣される程、二つの大陸間では交流が盛んではなかった。元々この曲が旧大陸に伝わるものだとすれば、グレンのように旧大陸で長い時間を過ごしてきたヴァイスがそれを知っていると思い込んでも不思議ではない。
だがしかし、二人には更なる疑問もあった。
「でも、“狩人の宴”っていう曲名にしては、少し華やかすぎる印象があったのです」
ソラの言葉に「確かにそうだよね」とグレンも同意を示す。
この曲を聴いてまずイメージしたのは、華やかな貴族たちの姿だった。だが、狩人にはその印象を刷り込むことは容易ではない。貴族たちと比べれば、狩人はむしろ野蛮な輩にも思えてしまう。華美な曲調とは裏腹、その題名はそれと似つかないものがあるのだ。
さすがにグレンもこればかりは説明が付かないらしい。しかし、この曲を知ると言ったヴァイスが再び口を開く。
「シュレイド地方には、その昔シュレイド王国と呼ばれた大国が存在していた。歴史が長い国として有名で、独特な文化も数多く生まれたそうだ。“狩人の宴”は、元々は狩猟の成功を祝うその地方のハンターたちの儀式だったらしい。そこからシュレイド王国が栄えるにつれ、それも舞踏会などの華やかな場面で使われる曲として新たに作曲されたという話だ」
歴史的な話をしたヴァイスを目の前に、新大陸の住民の三人が関心を抱く。
ヴァイスの言ったとおり、かつてシュレイドは大国としてその地方を統治し、その後の歴史に大きな影響を及ぼした。
いずれ王国は滅びる運命だったが、シュレイドの文化は現代に至るまで確かに根付いていた。そのうちの一つが“狩人の宴”と言っていいだろう。
かつての王国が栄えると同時に力を持ち始めた貴族たち。当時は野蛮人や荒くれ者を指すことも多かったという狩人の文化も、派手を好む貴族たちがその文化を生かして娯楽を生み出したのだ。
その後もヴァイスは、簡単にシュレイドの歴史を説明した。
そして、丁度区切りのいい部分まで話し終える頃には、日もだいぶ暮れてきていた。それ以上の事を話すことはなく、今日はこれでお開きとなった。
翌日になると、ヴァイスはギルドマネージャーに呼び出された。先日ドンドルマから送られてきた資料に関し、ヴァイスに確認しておきたいことがあるのだという。
集会浴場に足を運び、ヴァイスは手短に要件を済ます。すると、ギルドマネージャーが一通の便箋を取り出した。
「これは?」
「ああ。悪いが、これを紅葉荘まで届けてくれないか?」
ギルドマネージャーにそう言われ受け取った便箋には、確かに宛先が紅葉荘と記されている。
基本的に、手紙などの簡易郵便物は郵便屋が宛先まで届けることになっている。しかし、中にはギルドの仲介を必要とする郵便物もあるらしい。ヴァイスもそこは専門ではないため、詳しいことは明確ではない。
しかし、それを断る理由も無いため、ヴァイスは快諾する。
「構いませんよ」
そういえば、以前にもこんな事があったな、と思いながら便箋を受け取る。思い返してみれば、その時もこうして紅葉荘への配達をギルドマネージャーから頼まれていたものだった。
そんなことを振り返りつつ、ヴァイスは集会浴場を去り、紅葉荘へやって来る。
普段なら玄関口に暖簾が掛かっているのだが、今日はそれがない。休業日だろうかと疑問を持ちつつも、扉をノックする。しばらくして、扉の向こうからレーナが姿を現す。
「あら、ヴァイスさん。ちょうどグレンさんとソラも来ているんです。よかったら中へどうぞ」
レーナの言葉に甘え、中へお邪魔する。彼女の言うとおり、カウンター近くに設置された五人掛けのテーブルにグレンとソラが腰を下ろしていた。
「偶然ですね。ここで会うなんて」
「まあな。爺さんに頼まれて来たからな」
グレンと短く会話を交わしつつ、頼まれた便箋をレーナに手渡す。
仕事を終えたヴァイスが踵を返そうとする。だが、そのヴァイスをレーナが引き留める。
「ああ、ヴァイスさん。ちょっと待ってください」
「どうしたんだ?」
そう尋ねてきたヴァイスの前で、レーナが椅子に座る二人の方へ視線をやる。
「せっかくグレンさんとソラもいるんです。よかったら、話してもらえませんか。ヴァイスさんの子供の頃の話」
「子供の頃の話?」
「はい。ちょうどわたしたちも、それを話していたところなのです」
「今日は宿も休みなので。休憩も兼ねて、あたしが二人を呼んだんですよ」
ソラ、そしてレーナの二人の話を聞いてヴァイスも納得する。
レーナは宿泊客――と言っても大方がハンターだが、そのハンターたちの生い立ちや武勇伝を聞くのを趣味としている。どうしてハンターを志したか。今までで一番手強いモンスターはなんだったかなど、その話題は多岐に渡る。
況してや、ヴァイスはギルドナイトなのだ。一般のハンターではない、特別な存在であるギルドナイトを志すようになった動機を知りたいということは当然だろう。
「そういえば、俺ともそんな話を一年前にしましたね。あの時は、まだ話してくれなかったですけど」
レーナに託けてグレンも思い出したように言う。そんな事を二人立て続けに言われては、さすがにヴァイスも居心地が悪くなってしまう。
それを思ったヴァイスが深く首肯し、そして考え込む。
「……そうだな、少しだけ時間をくれないか?」
ヴァイスが確認を取ると、三人はその問いかけに頷いた。
三人の了解を得ると、ヴァイスは一旦紅葉荘から姿を消す。それから五分ほど時間が経過した後、ヴァイスが戻ってきた。
「あら。おかえりなさい、ヴァイスさん」
「待たせて悪いな。それと……」
チラリ、とヴァイスが後方へ視線を向ける。
その視線の先を見ると、玄関の扉が少しだけ開いている。その隙間から見知った瞳が二つ、こちらを覗き込んでいた。……何とも不機嫌そうな様子で。
その様子を目の当たりにし、ヴァイスも呆れて溜め息を漏らす。
「早く入って来たらどうだ? それとも、そんなところで、まるで変質者みたいに長話を聞くつもりか?」
「なぁっ!? 私は変質者なんかじゃないですよ!」
不機嫌な瞳の正体――クレアが、ヴァイスの言葉に引き寄せられて玄関の扉を開け放った。
変質者ではないと彼女は言うものの、こっそりと玄関口から中の様子を窺うその様は、変質者のそれに変わりない。その場にいる誰もがそう思う。
しばらくクレアは紅葉荘に入る素振りを見せなかった。しかし、彼女もようやく観念したのだろう。渋々といった様子をこれでもかと露わにし、紅葉荘の中に足を踏み入れて来た。
そこから椅子に腰を下ろすまでの終始、クレアは大層不機嫌な様子だった。だが、一方のレーナはクレアに冷やかな視線を送るだけ。
一体この二人の間に何があったのだろうか。クレア曰く、別に大したことはなかったと言うが、この二人の振る舞いを見るならば、それが大したことで片付けられるかは正直微妙である。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
こうなることを見込んでいても尚ヴァイスがこの場にクレアを呼んだのは言うまでもない。
自分の過去をここで打ち明ける。
今まで誰にも語ろうとしなかった、故に誰も知らない自分の過去。それを、この四人に伝えなければならない時なのだ。
だが、それを思い浮かべると口が重たい。何か言葉を発する時、ここまで生々しく、そして遣る瀬無くそれを思ったことはあっただろうか。
しかし、それでも口は動いた。誰にも立ち入ることを許さなかった閉ざされた過去の扉を、自分自身でこじ開けようとする。
「――この四人の肖像画は、今から五年近く前に描かれた。そしてこっちが、その時から一年近くが経った頃のものだ」
ヴァイスはそう言って、懐から取り出した二枚の肖像画を机の上に置いた。
「これ、ヴァイスさんの机に置いてある……」
「ああ。そうだ」
グレンの言葉にヴァイスが頷く。
レーナを除く三人は、以前にこの肖像画を見たことがある。だが、こうしてまじまじとそれを眺めるのは、三人にとってもこれが初めてだった。
「この人は、もしかしてヴァイスさんなのですか?」
しばらく無言で肖像画を眺めていた中、不意にソラが身体を乗り出した。
ソラが指さした肖像画には、三人の少年と一人の少女が描かれている。その中の一人、洒落っ気ながらどこか大人びているようで、そして妙な親近感を覚える少年に四人の視線が集中する。
ヴァイスもその少年に視線を落とし、そして静かに首肯する。
「そうだ。それと、そしてこの肖像画の人物も俺に間違いない」
もう一枚の肖像画を今度はヴァイスが指さして言う。
「これが、ヴァイスさん……」
装いは違えど、確かに間違えない。それぞれの肖像画に描かれたこの少年はヴァイス本人だ。
だが、それを理解した同時に、ある種の違和感を覚える。
洒落っ気があり、年齢の割に大人びた印象があるのは今のヴァイスも変わらない。しかし、少年であったヴァイスに見え隠れしている快活さを目の当たりにすると、それはまるで別人にまで思えてしまう。
ヴァイスの言ったように、例えこれが五年近く前の姿だったとしても、ヴァイスはその姿とはあまりにも“かけ離れている”のだ。
皆も同じことを思っていたのだろう。だがそれでも、各々の関心は他の箇所へと移る。
「ヴァイスさん。この人はギルドナイトですよね?」
もう一枚の肖像画を眺めていたレーナがその人物に視線を向ける。
子供のような明るい笑みを浮かべた長身の男性がそこに描かれていた。レーナの指摘通り、男性の装いはギルドナイトのそれに間違いないだろう。
ヴァイスはそれに同意するように頷くが、その肖像画に触れることはなかった。代わりに、四人が描かれた肖像画を改めて提示する。
「……そうだな。まずはこの肖像画の三人が誰なのか。そして、どうして俺がギルドナイトを志すようになったか。その辺りを話そうか」
様々な感情抱いた視線がヴァイスの回りから注がれる。
そんな四人の視線を痛いほど感じながら、ヴァイスは一旦間を置き、再び大きく息を吸い込んだ。
「あれは、今からもう六年前だったか。俺はその頃、ドンドルマの学術院でハンターとしての技術を磨いていた」
その時を今、追憶する――。