モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE61 ~望蜀の光~

 ペイントの臭気を頼りに、四人はエリア9を目指す。

 エリア3から続く、深い崖の上に架けられた吊り橋を渡った先が目指すエリア9だ。だが、既に四人は臨戦態勢を取っている。そこから読み取れるのは、これで確実に終わらせるのだという強い信念だ。そして何より、四人の中では、ソラのその信念はより一層強いものに違いない。

「終わらせましょう、これで!」

 四人の気持ちを代弁するかのようにクレアが言う。それ以外の三人も、それに応じて頷いた。

 そして、エリア9に出る。

 金色の満月の下。ジンオウガは、尚も超帯電状態のまま兀座していた。

 しかし、もう臆する者などいない。剣士の三人はジンオウガに接近を試み、残ったソラがブリザードカノンの弾倉に氷結弾を装填した。

 そしてスコープを覗き込み、銃口をその背中に向けると、何も躊躇うことなく引き金を引いた。速射して打ち出された氷結弾が背中に被弾するのと同時、剣士の三人も一気に畳みかける。

「グルルルルッ……!」

 怒りは冷めたようだが、依然としてジンオウガはこちらの存在に嫌気が差しているようだ。低い唸り声を上げ、その身に力を籠める。

「ガアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!」

 痺れを切らしたジンオウガが遂に動き出す。

 一歩大きく踏み出し、そのまま角を突き出す。これが諸人に回避されると、今度は転じて尻尾を振り下ろす。

「くっ!」

 荒々しい攻撃の数々にヴァイスも顔を顰める。だが、ヴァイスも怯まない。

 振り下ろした尻尾が空振りすると、ジンオウガに一瞬の隙が生まれる。それを逃しはしないとヴァイスは接近する。しかし、ジンオウガがこちらに身体を向けたのとほぼ同時に、ヴァイスの背後から警告の声が飛ぶ。

「飛び掛かってきます! 気を付けて!」

 その警告はグレンのものだった。

 警告が発せられてから間を置かず、ジンオウガは確かにヴァイスに飛び掛かって来た。だが、グレンの警告もあってかそれを回避することは容易かった。

「すまない、助かった」

 手短に礼だけ言うと、ヴァイスは今度こそジンオウガに肉薄した。

 ヴァイスが目を付けたのは、頭部に生える二対の角。うち一本は大タル爆弾Gの衝撃で根元からへし折れている。残る一本の角も、それ程強い衝撃には耐えられないだろう。そう踏んだヴァイスは、ジンオウガの頭部を狙って正面から斬り込む。

 氷刀【雪月花】の刃から伝わる感触は確かだった。上段から振り下ろした一撃は、残ったジンオウガの角を叩き落とす。

「グガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

 高天の月に向かってジンオウガが苦痛を叫ぶ。その咆哮はこの空間の空気さえをも揺るがし、辺りに轟く。

 今までに、これほどまで苦痛に塗れたジンオウガの叫びを聞いたことがあっただろうか。圧倒的とまで思われたその存在は、今では満身創痍の状態だ。ここまで来たのだ、絶対に屈するわけにはいかない。

「はあぁぁっ!」

 覇気に満ちた声と共に、クレアがアイシクルスパイクを真横に薙ぐ。その手を休めず、続けざまに連撃を浴びせ続ける。

 しかし、ジンオウガも粘る。嚇然と唸り声を上げると、そこから左前脚を振り上げクレアを叩き潰さんと勢いよく振り下ろした。

 クレアも、咄嗟に身体が動いた。今度はガードして防ぐのではなく、回避してやり過ごす。先程ヴァイスが見せたあの回避を、何とクレアも遣って退けて見せたのだ。その光景を目の前で見せつけられたヴァイスも軽く笑みを浮かべてしまう。

「相変わらず、お前は呑み込みが早いな……!」

 弟子の成長を素直に喜びつつも、ヴァイスはジンオウガに向かう。

 最後に残るは、あの強靭な尻尾。あの尻尾を切り落とすことができるれば、その厄介な攻撃も封じることが可能だ。

「ヴァイスさん!」

 後方からグレンの呼ぶ声がする。その手に持っているのは閃光玉。一瞬でも隙を作ろうとするグレンの魂胆らしい。それを読み取ったヴァイスは左手を上げて合図を送る。

 その直後に弾ける閃光。轟くジンオウガの咆哮。

 ヴァイスはこの間に、一気にジンオウガの背後に回り込むことに成功する。

 視界を潰されたとは言え、ジンオウガもヴァイスの存在を周囲に察知しているのだろう。ヴァイス諸共、一切合切を薙ぎ払おうと激しく暴れまわる。

 しかし、ヴァイスも喰らい付く。絶えず動き続けるジンオウガの、尻尾という局所を狙い、氷刀【雪月花】を一閃させる。気刃斬りを叩き込んだジンオウガは大きく怯んだものの、一方で尻尾の切断には至らない。

「まだか……!」

 軽く舌打ちしながらも、ヴァイスの頭は依然として冷静さを保つ。斬り下がって距離を取り、入れ替わるようにクレアとグレンが今度はジンオウガに肉薄した。

 対して、閃光玉の効力が切れたジンオウガはヴァイスを睥睨する。

 あの斬撃の数々は貴様が放ったのだろう。そう威圧するかのような視線がヴァイスを射抜く。低く唸ったジンオウガが、身を翻しそのヴァイスに飛び掛かろうとする。だが、外野から放たれる射撃にその動きを思わず止めてしまった。ソラの斉射した氷結弾が、ジンオウガを再度怯ませたのだ。

「やりました!」

 スコープを覗き込んでいたソラが顔を上げて喜ぶが、だがその表情は真剣そのものだった。

 今の射撃では、ただジンオウガを怯ませただけに過ぎない。ジンオウガが何度でも挑みかかってくる限り、この狩猟は続くのだ。

 ソラは残りの氷結弾の弾数を確認する。詳しい数まではさすがに把握できないが、それでも残った氷結弾の数は決して多いとは言い難い。調合素材の既に使い果たしてしまった。つまり残された氷結弾は、ポーチに残された分と、弾倉に残った分の僅かであるということだ。

 弾丸を交換するべきであろうか。いや、それならば全て使い尽くす。ジンオウガの足止めをするならば、氷結弾が最も有効なのは確かだ。今のうちに足止めをしておき、一気に畳みかける。それしか方法は無い。

 弾倉に残っていた氷結弾を全て撃ち尽くしたソラがリロードをする。そして照準を頭部に合わせると、引き金を引く。

「今のうちだ!」

 ジンオウガがソラの射撃に再度反応したのを見計らい、ヴァイス、クレア、グレンが喰らい付く。そしてグレンは、頭部を狙える位置に回り込み、セロヴィウノを叩きつける。

 しかし、ジンオウガもこちらの動きに瞬時に対応して見せた。外野から続けざまに行われる射撃は恬とし、肉薄していた三人に意識を傾けていたのだ。

 そのため、ジンオウガはすぐさまグレンを標的に定める。自ら眼前に躍り出てきた愚か者を屠ろうと右前脚を振り下ろした。その一撃にグレンの身体は吹き飛ばされる。

「グレンさん!」

 遠距離からその様子を目撃したソラが声を上げる。だが、グレンもすぐに立ち上がり、軽く手を上げることで自らの無事を示した。

 ソラはほっと胸を撫で下ろし、射撃を再開しようとした。だが、スコープを覗き込もうとしたソラの目の前で、ジンオウガは計四発の雷光弾を発射する。

「ソラさん、狙われてるよ!」

「分かっています!」

 ブリザードカノンを肩に背負うと、ソラは緊急回避を行うために身を投げ出した。地を這う雷光は、ソラの身体を掠めるかのような軌道を取り、無人の地面に着弾し光が弾けた。

 何とか直撃は避けたようだが、体勢を立て直す間にジンオウガに狙われる危険もある。グレンの方も、回復薬を使う機会を窺っている様子だ。それを認識したクレアが閃光玉を投擲する。そして、閃光玉がその役目を果たしたことを確認すると、クレアも強走薬を飲み干す。

 空になった瓶をポーチに押し込むと、ヴァイスに向かって合図する。

「師匠!」

 それだけでヴァイスもクレアの意図を悟る。

 閃光玉の効力が切れ、クレアはジンオウガの背後に回り込んだ。しかし、ヴァイスは対照的にその正面に回り込み、クレアの援護を行う。

「てりゃあぁっ!」

 重心を掛け、その一撃で以てクレアはジンオウガの尻尾を薙ぐ。ほぼ同時に、ヴァイスが頭部に斬撃を放つ

「ウオオオオォォォォォォォォッ!?」

 二人による二段攻撃により、ジンオウガの巨躯も揺らぐ。

「よし!」

 離れた位置から見ていたグレンも頷く。しかし、それも束の間だった。

 ジンオウガは身を翻し、二人を振り払う。そして、再び天を仰ぎ、喉を震わせた。

「ウオオオォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」

 刹那、ジンオウガから弾ける留処ない閃光。蠱惑の蒼の光をその身に纏うと、ジンオウガはこちらを睥睨し、そして再び天空に浮かぶ満月に向かって吠えた。

 背中の甲殻がより一層蒼に染まったかと思うと、そこから上空に向かって電戟を撃ち放った。

「どこに落ちるか分からない。注意しろ!」

 ヴァイスが忠告を飛ばした次の瞬間、幾筋もの雷霆が漆黒を切り裂き降り注ぐ。

 どこに落雷が落ちてくるかなど予測できるものではない。とにかく四人――特にソラ以外の剣士の面々はジンオウガに背を向けてでも距離を取ろうと試みた。

 そして、各々がエリアの端にまで追いやられる形となったとき、改めてジンオウガに向き直った。そこで目撃したのは、咆哮と共に落ちてくる凄まじい勢いと轟音を撒き散らす落雷の数々だった。

「あの落雷はジンオウガを円状に囲む形で、近距離から中距離圏に落ちてきているのか……?」

 身体の至る所から沸き上がる冷や汗を感じつつ、グレンは落雷を注意深く観察していた。

 落雷が治まってみると、それぞれが退いた場所までには落雷が落ちてくることはなかった。そうなると、グレンの推測が正しいという可能性は高まる。

 そうなれば対処法はある。グレンはそう確信し、そしてジンオウガの背後を取った。

 しかし、その気配をジンオウガも感じ取った。

「グガアアアァァァァァァァァッ!」

 荒々しい咆哮と共に、ジンオウガはグレン目掛けて疾駆する。走って回避するのは無理だとグレンはすぐさま悟り緊急回避する。

 何とかなったか。そう一息吐こうと思ったグレンの眼前で、ジンオウガは更なる動きを見せた。

 強靭な筋力で身体を無理やり方向転換させると、ジンオウガは一際高く跳躍した。そして空中で身体を反転させ、なんと背中から地面に落下してきた。

「なっ!?」

 驚きのあまりグレンの判断も一瞬遅れる。

 体勢を立て直して再び緊急回避を試みるが、それとほぼ同時期にジンオウガが、それこそ落雷のように急速度で地面に降下した。

「ぐはっ!?」

 身体を鈍器で殴られたかのような鈍い衝撃と、電撃に打たれたかのような鋭い痛みにグレンもたまらず声を上げる。

「グレン!」

 駆けつけたヴァイスがグレンを起き上らせ、そしてジンオウガから退かせる。

「大丈夫か?」

「ええ。何とか直撃は間逃れましたけどね……」

 そうは言うが、受けたダメージは相当なものに違いない。様子を窺う限りでは、雷属性やられ状態にも陥っているようだ。

「とにかく今は体力の回復を優先してくれ。奴は俺たちで惹きつける」

「はい。お願いします」

 その場にグレンを残し、ヴァイスは持ち場へと戻っていく。

 グレンを仕留め損なったジンオウガは、新たな脅威としてクレアを認識したようだ。強走薬で無尽蔵のスタミナを持つ今の彼女は、ジンオウガを相手取っても決して屈することはなかった。冷静に状況を見極め、そして着実な一撃を浴びせている。

 その援護にヴァイスが駆けつけた。ジンオウガの背中を取ったヴァイスは、迷いも無しに氷刀【雪月花】を抜刀した。鋭利な甲殻すらも貫くその斬撃に、ジンオウガも更に熱り立つ。

 ボディプレス、サマーソルトと流れるような動きで攻撃を繰り出し、ヴァイスを追い詰めていく。

 そんな中聞こえてきたバイオリンのような音色。後方に下がっているグレンからの援護、狩猟笛による演奏だ。この音色で奏でられたのは、体力回復【小】、そして雷耐性強化【小】の演奏だった。

「グルルルルッ……!」

 すると、どうやらジンオウガはその音色を耳障りだとでも嫌悪したのだろう。早々にヴァイスに見切りを付け、そしてグレンに向かって突進した。

「グレンさん、行きました!」

 ソラの警告が飛ぶ。それは言われるまでもない。同じ手はグレンには通用しなかったのだ。

 突進を回避したグレンに、ジンオウガはもう一度上空から落下した。しかし、その破壊力のある一撃は例えるなら諸刃の剣だった。勢いを殺すことなど不可能な体勢で地面に落下したジンオウガが、体勢を立て直そうと必死でもがき足掻く。

 その好機をグレンは逃しなどしない。

「さっきは、よくも!」

 これはそのお返しだ、と言わんばかりに渾身の力を込めたセロヴィウノを上段から叩きつけた。その裂帛の一撃には満身創痍のジンオウガも耐え切ることなど不可能だった。

「ウガアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

 ジンオウガの巨躯が地面を転がる。脳天を揺るがしたセロヴィウノの打撃に、ここに来てジンオウガにも眩暈が生じたのだ。

 最大の好機が訪れた。満腔で足掻いて何とか体勢を立て直そうと必死になっているジンオウガを取り囲むように、三人の剣士は陣取りそしてそれぞれの武器を振るう。ソラはジンオウガの頭部を窺える位置まで移動し、絶えず動き続ける頭部目掛けて氷結弾を速射する。

 そんな中、ヴァイスとクレアは尻尾を狙って斬撃を放っていた。ここで以て何としても尻尾を切り落とそうと、二人は無我夢中で氷刀【雪月花】を、あるいはアイシクルスパイクを振り抜き続けた。

 だが、その二人の努力も空しく、尻尾の切断を成し遂げる以前にジンオウガは正気を取り戻してしまった。

 ジンオウガは、自らを傷つけた周囲のハンターたちを薙ぎ払おうと身体を捻らせた。この距離では避けることはほぼ不可能である。

「まだっ!」

 しかし、ヴァイスとクレアは退こうとはしなかった。避けられないならば、せめて多くの斬撃を浴びせて見せる。

 その二人の意地が、ジンオウガに競り勝った。尻尾を薙ぎ払おうとした寸前、二人の振り下ろした斬撃の刃がジンオウガの尻尾を穿った。今までにない手応えで穿たれたそれは、今しがた薙ぎ払おうとしていた尻尾をいとも簡単に切り落としたのだ。

 尻尾を切り落とされたジンオウガは、途端にバランス感覚を失う。周囲を薙ぎ払うことはおろか、その勢いで地面に倒れ込んでしまった。

「ガアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

 怒号のような叫び声を上げながらジンオウガは地面を転がる。しかしながら、苦痛の表情を浮かべつつもジンオウガは再び立ち上がる。

「なんて、しぶとい奴なんだ……!」

 ヴァイスでさえも、ジンオウガの信念の強さには呆気に取られ、そして感服した。

 無双の狩人。この雷狼竜にとって、その二つ名はまさに相応しい。他の追随を許そうとしない、誰よりも強くあろうとするこのモンスターの偉大さを、ヴァイスは身を以て知る。

「だからこそ――」

 だからこそ、終わらせる。このモンスターに敬意を表すならば、こちらは自らの任務を遂行するのみ。長かった狩猟に終止符を打つのだ。

「クレア! グレン!」

 終わらせるぞ。その意味を込めて二人の名を呼ぶ。

 クレアとグレンも首肯する。互いに胸に抱いていることは同じだった。ヴァイスの合図で、ジンオウガとの距離を一気に詰めて行った。

「ソラ、援護を頼む!」

「任せてください!」

 ソラも力強く答える。

 援護射撃が再開されると、ヴァイスもジンオウガとの間合いを詰める。繰り出される攻撃の数々を掻い潜り、ジンオウガに肉薄したヴァイスは、蓄積された己の気をここで放出し、それを氷刀【雪月花】の刀身に伝える。上段からの気刃斬りを決め、更なる一撃――気刃大回転斬りを叩き込んだ。

「ウオオォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 天を睥睨し、怒りと苦痛の咆哮をジンオウガが叫んだとき、ヴァイスは確信した。

 クレア、グレン、ソラ。それぞれと目配せをし、そして首肯する。そこではもはや、言葉が交わされることはない。だが、言葉など不要だった。そんなものがなくても、この次の瞬間に何をすべきなのか、四人はそれを理解していたのだから。

 ブリザードカノンを一旦肩に背負ったソラが閃光玉を投擲する。

 真っ白な閃光が辺りを塗りつぶすのと同時、クレアはアイシクルスパイクを納刀し、ジンオウガとの距離を取る。そして、近くに立て掛けてあったシャベルを手に取ると、一心不乱に土を掬い始めた。落とし穴を仕掛けるのに十分な深さの穴を、この短時間で作り上げるのだ。

 残った三人は、作業を続けるクレアに、ジンオウガの注意を向けさせはしないと絶えず動き続ける。特に前衛の二人は、多少の掠り傷は我慢し、ギリギリのところまでジンオウガを惹きつけている。

「――できました!」

 暫時の時を置き、後方からクレアの声がした。その声が耳に届いた途端、ヴァイスとグレンがジンオウガから退いた。

 そして、がら空きになったジンオウガの胸元に、ソラの放った最後の氷結弾が命中した。ジンオウガは、当然のようにソラの方へ身体を向けた。

 それを理解する暇も無く、ソラはブリザードカノンを再度肩に背負い、そして走りだした。

 身体はまるで鉛のように重い。平坦な地面の上でも、気を抜けば躓いて転んでしまいそうなほどに足元が覚束無い。だが、それでもソラは残された力を振り絞り、全力で走る。

 そして、目的の場所――落とし穴の向かいにまでやって来たソラが踏ん張り、身体を動きを無理やり押し殺す。

「うぅっ!?」

 その瞬間に身体は悲鳴を上げ、膝を屈してしまう。身体が自らを嘲笑うが如く、まるで言うことを聞こうとしない。

「ソラ!」

「ソラさん!」

 クレアとグレンに名前を呼ばれたとき、ソラも顔を上げた。

 見ると、ジンオウガがこちらに向かってくる。満身創痍の身体を引きずるように、ソラ目掛けて突進してくる。

 追い込まれているのは、どちらも同じだ。ここで立ち上がることができなければ、目指すところへは辿り着けない。期待に応えることはできない。

 それだけは、絶対にイヤだ――!

「……絶対に、負けません!!」

 己の力を振り絞り、地面に立ち上がる。そしてブリザードカノンを肩から取り外すと、ポーチから新たな弾丸を取り出す。

 捕獲用麻酔弾。この狩猟を終わらせるための唯一の、そして最後の弾丸。これをジンオウガに命中させ、捕獲を成功させることが最後の使命――。

「来るぞ!」

 ヴァイスの声に応じるように、ソラは顔を上げた。徐々に距離を詰めてくるジンオウガからは決して目を逸らさず、捕獲用麻酔弾を弾倉に装填した。

 そして、ジンオウガの陰影がソラを飲み込もうとした直後、目の前の地面が崩れ落ちた。突然の出来事に動揺したジンオウガは咆哮を上げつつ、落とし穴から抜け出そうと赤子のように暴れまわる。

 ソラは、そのジンオウガを眼前にブリザードカノンのスコープに目を落とした。

 照準を合わせ、引き金を引こうと思った瞬間、ジンオウガと目が合った気がした。すると、たちまち背筋が凍り、身体が震えあがる。

 だが、ソラはもう背中を向けなかった。

 自分には仲間がいる。こんな自分に期待を寄せ、そして絶望の底から引っ張り上げてくれる頼もしい仲間が。その仲間のおかげで、自分は前を向いていける。だから、もう迷うことなどない。逃げたりなどしないのだ。

 スコープの向こう。ジンオウガの姿を目に焼き付け、ソラは引き金を引いた。そして、二発目の捕獲用麻酔弾が命中すると、ジンオウガの背中から光が弾けた。

 蒼の光の残滓は満月に照らされ淡く煌めく。それは地上に降りてくることはなく、金色の満月の浮かぶ夜空に舞い上がっていった。

 その光が星々に飲まれ見えなくなったとき、ソラは自らの意識が薄れていくのをようやく感じた。身体から力が抜け、地面に倒れ込むまでにはそれほど時間はかからなかった。

 しかし、薄れゆく意識の中、ソラには目蓋の裏で、あの光が絶えず、そして温かく煌めき続けているのが確かに見えていた。


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