「ガアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッ!」
ヴァイスはリオレウスの背後から接近を試みた。だが、ヴァイスの目の前でリオレウスは方向転換を行い、突進を繰り出してきた。しかし、ヴァイスとリオレウスとの距離が開けていたこともあり回避は容易だった。無人の空間をリオレウスが土煙を巻き上げながら突っ切った。
だが、この影響でヴァイスとリオレウスとの距離が再び開いてしまった。先ほどと同じようにリオレウスの背を追う。リオレウスが立ち上がる隙を付けば、斬撃を浴びせることが可能だ。
ヴァイスが黒刀【参ノ型】の柄に手をかける。しかし、ヴァイスが太刀の間合いに入るより早くリオレウスが動いた。身体を持ち上げ体勢を立て直したかと思うとその場で周囲を薙ぎ払った。
ヴァイスは、この動きをつい先ほど目の当たりにしている。だが、今回のヴァイスは、リオレウスの懐に飛び込むことなく様子を窺った。現段階では深追いせず、安全かつ着実にダメージを重ねていく算段だ。
薙ぎ払いを終え、リオレウスが正面にヴァイスを捉えた。そして、再び突進を繰り出してくる。ヴァイスも同じようにそれを回避する。
今回は、先に動いたのはヴァイスだった。立ち上がろうとするリオレウスに向かって黒刀【参ノ型】を振り抜いた。上段から斬りつけ、突き、斬り上げ、斬り下がる。太刀を振るう基本的な型で斬撃を浴びせ、一旦後退した。
斬り下がったヴァイスの目の前で、リオレウスは薙ぎ払いを行う。あの場に留まっていれば回避は困難だった。相手の攻撃を回避しつつ斬撃を浴びせる、という太刀の長所をヴァイスは上手く生かして立ち回っている。
しかし、リオレウスもヴァイスの動きに翻弄されているわけではなかった。ヴァイスとの距離を詰め、頭を突き出すようにして噛み付いてきた。
「くっ……」
無論、リオレウスの鋭利な牙の餌食となれば無事では済まない。黒刀【参ノ型】を鞘に収める余裕すらなく、ヴァイスは抜刀したままその場で回避行動を取った。ギルドナイトスーツに砂が塗れるものの、そんなことは気にせず安全圏まで距離を取った。
「ゴアアアアアァァァァァァァァァァッ!」
だが、リオレウスも簡単にヴァイスを逃そうとはしない。ヴァイスが回避した方向に向かってリオレウスが突進を行ったのだ。
ヴァイスも、何とか回避する。立ち上がり、リオレウスの位置を確認すると走り出す。背後からリオレウスに接近し、右脚に黒刀【参ノ型】の斬撃を放つ。
「ガアアァァァァァァァッ!」
しかし何を思ったのか、リオレウスはいきなり突進を繰り出したのだ。予想外の動きにヴァイスも対処が遅れた。蹴り出した脚に引っ掛けられ、ヴァイスは地面を転がる。
「うっ!」
だが、狙った攻撃ではなかったのだろう。それ故、ダメージは浅いものだった。この程度の傷なら回復の必要はない。
「やはり、内面の守りは甘いか……」
立ち上がり、黒刀【参ノ型】を鞘に収めながらヴァイスは呟いた。
鱗や甲殻に覆われた外面は硬く容易に痛手を負わせることは難しい。しかし、内面となれば話は変わる。鱗や甲殻に覆われていない箇所が多いため肉質は軟らかくなる。そこに斬り込めば、より大きな痛手を負わせることが可能なはずだ。
リオレウスとの距離はだいぶ広まってしまった。ヴァイスはその距離を縮めつつ、リオレウスの攻撃に備えた。突進か、薙ぎ払いか、それとも別の手段か。
リオレウスがこちらに向き直った。そして、その巨体を宙に浮かべたかと思うと、リオレウスは物凄い速度でヴァイス目掛けて滑空してきた。
ヴァイスは、咄嗟に進行方向を変えようと試みた。辛うじて、リオレウスの滑空に巻き込まれることはなかった。だが、滑空の際に生じる風圧にヴァイスの身体が押し流される。その場に踏ん張ろうにも転ばないようにするのがやっとだった。
「くそっ!」
自由の利かない身体に焦れ、荒い舌打ちをする。
ようやく身体の自由を取り戻したときには、地面に着地したリオレウスが真正面にヴァイスを捉えていた。
「ガアアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!」
上体と共に顎を大きく反らしたリオレウスが大きく息を吸い込む。ヴァイスには、この後に起こる事が即座に理解できていた。まずい、と脳内に響き渡る危険信号がヴァイスの身体を突き動かす。
刹那、リオレウスは上体を振り下ろし紅蓮に染まった火球を放った。
それは、薄暗いエリア5を紅に染め、無人の空間を高速で突っ切り、ヴァイスが元いた場所にピンポイントで着弾し、弾け散った。
緊急回避で直撃を間逃れたヴァイスの背筋に冷たい汗が流れる。
炎ブレス。人々には火竜として畏れ知られているリオレウスは、その名の通り炎ブレスを得意としている。
リオレウスは、火炎袋と呼ばれる内臓器官でこの炎ブレスを作り出している。
高炎熱の炎ブレスは自身の喉をも焼き払ってしまうほどの威力を誇る。しかし、リオレウスに備わる驚異的な再生能力により、短時間で何発ものブレスを放つことが可能な技だ。
「厄介な……」
ベテランハンターでさえも、リオレウスの炎ブレスは厄介物である。ヴァイスも例外ではない。
ヴァイスは、リオレウスに接近することを諦め一旦距離を取る。
しかし、リオレウスはそんなヴァイスの動きに対して悠然と羽ばたいてみせた。一瞬、エリアを移動するのだろうかと思った。
だが、違う。ヴァイスはそう察するや否や、リオレウスから更に距離を取るのではなく、逆にリオレウスに接近するよう走り出した。
舞い上がったリオレウスが、上空で静止する。器用に身体の向きだけを動かすと、ヴァイスを眼下に捉えた。そして、先ほどと同じ、炎ブレスを三連発で放った。
「ゴアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!」
まるで隕石が落ちてくるようだった。炎ブレスは、地面に着弾したとほぼ同時に爆音と爆風を撒き散らす。ヴァイスは、リオレウスの真下に潜り込むことで炎ブレスをやり過ごした。
炎ブレスが不発に終わったリオレウスは、ゆっくりと下降してくる。その際、リオレウスは無防備な姿を晒す。ヴァイスは、風圧に影響されにくいリオレウスの後方から尻尾を狙いと定めた。
黒刀【参ノ型】を鞘から引き抜き、上段から斬り付け、突き、斬り上げる。そして、リオレウスが着地する寸前で斬り下がることで、着地時に生じる風圧を回避する。
「……そろそろか」
ヴァイスが呟く。
黒刀【参ノ型】を鞘に収め、リオレウスから距離を取るとポーチからある物を取り出す。そして、ヴァイスは徐にそれをリオレウス目掛けて投げつけた。
それは、命中すると乾いた音を響かせて弾け、遅れて独特な臭気を撒き散らす。
リオレウスが翼を広げる。今度こそ、リオレウスは高度を上げていきエリア5から姿を消した。
先ほど投げつけた道具――ペイントボールの臭気が、リオレウスの行き先を教えてくれる。リオレウスは、ここから北に位置するエリア4に向かって行ったようだった。
「フッ……」
ヴァイスは、静かに冷笑していた。その笑みは、他の誰でもない自分に向けたものだった。
「弱いな。本当に……」
黒刀【参ノ型】に砥石を当てながらヴァイスが呟いた。しかし、その言葉に答えてくれる人などこの場には存在しない。ただ静かに、乾いた風がヴァイスの頬を撫でるだけだった。
回復薬を一本飲み干すと、ヴァイスはエリア4とは正反対の方向に歩き出す。一旦拠点に戻り、温存していたアイテムを取りにいくためだ。その際、下手にリオレウスを刺激しないよう別の道を選んだのだ。
エリア6の崖を下りていく。登るのに比べればだいぶ楽な道のりだろう。その分、高さという恐怖は倍増されるのだが。
しかし、ヴァイスにはそんな感情など一欠けらもなかった。胸の内にあるのはただ一つ。
「――奴を、殺してやる」
彼は無表情を装っていたが、その冷酷な言葉の中には、明らかな殺意が宿っていた。