モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE4 ~空の王者~

 その日、ヴァイスはアルコリス地方――通称、森丘に赴いた。森丘はドンドルマから遠く離れた地に位置しており、行き来するだけでも苦労する。

 しかし、いざ森丘へ足を踏み入れてみれば、そこには広大な自然が眼前に広がる。

 森丘の地形としては、西側にはシルクォーレの森が、東側にはシルトン丘陵がそれぞれ位置している。シルクォーレの森は見通しが悪く動きも制限される。シルトン丘陵は見通しや動きに害は然程ないが、一歩間違えれば崖下へ真っ逆さまだ。

 薄暗く閉塞感のある森丘の拠点(ベースキャンプ)は、地上からのモンスターからの進入を防ぎ、上空からハンターを発見するのも困難である。まさに、拠点を置くには絶好の条件が整っている。

 今回の依頼内容はリオレウスの討伐。そのために持ち込んだ太刀が、森の間隙から差し込む日の光を反射してぎらりと輝いた。

 鬱葱としたこの森のような濃い緑色で全体が統一されている。刀身は、まるで十手のように二股に別れている。これには薬品加工したカンタロスの素材を使い、切れ味を更に高めている。その太刀の銘を黒刀(こくとう)参ノ型(さんのかた)】と言う。

 主に剣士が使用する武器にはモンスターの素材により属性が追加されることがある。例えば、今回の狩猟対象であるリオレウスの素材を用いて作られた大抵の武器には火属性が追加される。

 黒刀【参ノ型】は無属性のため、リオレウスに対しては良くも悪くもないといったところだ。今回ヴァイスが、属性を帯びた太刀をあえて持ち込まなかったのには理由がある。

 現在、ヴァイスのギルドナイトのランクは《クラス. 3rd》。ちょうど、中間のランクだ。この辺りまで昇格すると、遠方への調査に派遣されることも珍しくない。

 遠方への調査は、基本的には未知のモンスターの情報収集が主だ。その際、闇雲に武器を選択するのは賢いとは言えない。そうなれば、属性には頼らず己の技量と知識で挑むことになるだろう。

 相手の弱点を突けないのは、力関係の差が大きいハンターにとってかなり不利に働く。だが、ギルドナイトにとってそれは当然のことでもある。今回の狩猟は、その予行演習と言っても過言ではない。

 ようやく着慣れてきたギルドナイトシリーズは、他人から見れば派手な格好だ。洒落たこの格好で狩猟するのは不釣合いだろう。始めはヴァイスもそう思っていたものだが、慣れれば悪くないものだ。

「やはり届いていないか」

 支給品ボックスを覗いたヴァイスがやれやれと首を横に振る。

 ヴァイスが期待していたのはギルドからの支給品だ。応急薬や携帯砥石など、質は劣るものの所持していて損のないアイテムだ。だが、届いていないならば諦めるしか他ならない。

 嵩張る大タル爆弾Gやシビレ罠は拠点に置いておき、身軽な状態にする。

「……行くか」

 無愛想に呟きながら拠点を後にした。

 拠点から続く道は薄暗く、人一人が通るのがやっとといった状態だ。しばらく歩くと、日の光が差してきた。そして、途端に視界が広がった。

 眼前に広がるのは雄大な景色。

 豊かな自然の恵みを受ける場所。それが、この森丘だ。

 気温は暑くもなく、寒くもない。己の力を存分に引き出すには十分な条件だ。まさに、ハンターの実力が問われる屈指の狩場の一つだろう。

 このエリア1から続く道は二つあるが、その内ヴァイスはエリア2へと続く道を進んだ。

 エリア2に出る。この辺りから丘陵地帯になってくる。周りにモンスターがいないことを確認すると、ポーチからオレンジ色の液体が入った瓶を取り出し、それを飲み干す。

「……リオレウスはエリア5か」

 千里眼の薬というこの道具は、第六感が研ぎ澄まされ一時的にモンスターの居場所を把握できるようになる。相手がどこにいるか検討の付かない狩猟開始際では役に立つアイテムだ。

 エリア2も先に続く道は二つある。向かって左側の蔦を上りエリア6へたどり着いた。

 まるで、岩山が聳え立っているようだ。目指すエリア5へはこの崖を登らなくてはならない。

 身軽な動きで岩山を登っていく。もちろん、命綱と呼べるような物はなく、自力で頂上を目指した。

 やっとのことで頂上にたどり着く。先ほどまでいた場所が崖下に見える。目の前に広がる景色は素晴らしいが、今は見惚れている場合ではない。

 軽く深呼吸をして呼吸を整えると洞窟のような岩場の合間を進んだ。

 エリア5は薄暗い洞窟のような形をしている。エリア4から見えた岩山の中にぽっかりとできた空間なのか、頭上にある穴から太陽の光が届いている。これで、視界はある程度確保できる。

 普段ならランポスなどが屯しているエリア5には小型モンスターの姿はない。その代わり、今回の標的がそこに佇んでいた。

 最初に目に留まるのは鱗や甲殻の赤。それはまるで燃える炎を模しているような赤色だった。長い首先には硬い甲殻で覆われた頭。人で言う手の部分は、その巨体を浮かび上がらせるほどの大きな翼に発達し、太い尻尾の先端には幾本もの棘が生えている。

 そのどれもが、飛竜種の標準的な体つきをしている。奴こそ空の王者と畏れられるリオレウスなのだ。

 リオレウスはヴァイスには背を向けており、こちらの存在には気が付いていない様子だ。そのうちに最初の一撃を決めるため、ヴァイスはリオレウスとの距離を少しずつ詰めていく。しかし、足音を聞きつけたのか、はたまた偶然なのか、運悪くリオレウスが振り返りヴァイスの存在に気が付いた。

「ゴワアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 リオレウスは、ヴァイスをテリトリー内に侵入した邪魔者と判断したらしい。猛々しい咆哮を上げると、ヴァイスを睨みつける。

「チッ……」

 黒刀【参ノ型】の柄にやっていた手を戻し、リオレウスの様子を窺う。

 リオレウスは、咆哮を上げたその場から突進を繰り出してきた。しかし、それほど接近していたわけではないため回避は容易に成功した。

 突進を空振りし勢いを殺しきれなかったリオレウスは、その巨体を投げ出すようにして急停止させる。硬い鱗や甲殻に全身が覆われているため、削れるのはむしろ地面の方だ。リオレウス自身は、この程度かすり傷にもならないだろう。

 この瞬間、ヴァイスはリオレウスに接近を試みた。リオレウスが突進を終えてから体勢を立て直すのに時間がかかる。一撃を浴びせることぐらいは可能だ。

 しかし、動きが勝ったのはリオレウスだった。立ち上がると、身体をその場で回転させる。その勢いで遠心力が加わった尻尾が風を切って薙ぎ払われる。

 これではリオレウスに接近することは不可能である。しかし、ヴァイスは動きを止めようとはしない。尻尾が薙ぎ払われる際、リオレウスは身動きが取れなくなる。尻尾を薙ぎ払う瞬間を見極め、前転してリオレウスの懐に飛び込んだ。

 黒刀【参ノ型】の新緑の刃が、リオレウスの脚を斬り裂く。突き、斬り上げ、斬りつけると斬り下がりで一旦距離を取る。

 今の斬撃は決して深手とは言えない。だが、現状ではそれで十分だ。本格的に仕掛けるのはまだ先。道具を駆使し、リオレウスの体力を一気に削り取るのだ。

「フン……」

 リオレウスが再び突進を繰り出す。それを、ヴァイスは抜刀したままで回避する。

 今度は、リオレウスが動き出す前にヴァイスが懐に飛び込んだ。先ほどと同じように黒刀【参ノ型】を一閃させる。高い切れ味を持つ黒刀【参ノ型】でも、それほど深くへは斬り込めない。

「ゴアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!」

 その巨体の故、リオレウスからは懐に飛び込んだヴァイスの姿は見えない。だが、攻撃されているのは確かだった。闇雲ではあるが、突進を繰り出しヴァイスを振り払おうとする。

「くっ……」

 予想していなかった動きにヴァイスも若干戸惑う。だが、ハンターとして馴染んできた身体はヴァイスの思考よりも咄嗟に動き、これを回避した。

「深追いしすぎたか……」

 自分の過ちをヴァイスは素直に認めた。ダメージを受けなかったことが幸いなことだ。以後、注意すればいい。

 黒刀【参ノ型】を鞘に収めると、ヴァイスはリオレウスの背中を追った。


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