モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

45 / 75
EPISODE44 ~砂原に轟く咆哮~

 相変わらず容赦ない日差しが砂原を照らしている。日陰にいても身体中から噴出す汗は止まることを知らない勢いである。気を抜けば意識が朦朧とし、狩猟どころではなくなってしまいそうだ。だが、そうなれば残された運命は一つ。炎天の日の本に倒れ、力尽きるだけだ。

 拠点(ベースキャンプ)に設置されているテントの裏にアプトノスと荷車を置き、四人は必要な荷物を持ち出していく。といっても、それは罠などのポーチに収まらないものばかりでそれほど時間を要することもなかった。最初に持っていかない道具類は支給品と交換で無骨な作りのボックスに入れていく。

 支給品の応急薬、携帯食料は四人で均等に分け携帯砥石はクレアとグレンに、弾丸類はソラに渡す。残ったクーラードリンクは後ほど同じように均等に分けるつもりだ。

「さて、ティガレックスの動きは道中で話したから大丈夫だな?」

 ヴァイス以外の三人が無言で首肯する。それを一瞥したヴァイスも「よし」と同じように頷いた。

「ならいいな。じゃあ、これを見てくれ」

 ヴァイスが手に持っていた紙を広げる。それはどうやら地図のようだ。だが、この砂原の地図ではなく、クレアたちが見慣れない狩場のものであった。その地図を囲むように車座を描いて三人が腰を下ろす。

「これは旧大陸の一部、セクメーア地帯に位置する砂漠――セクメーア砂漠の地図だ」

 見慣れぬ地図を目の前に広げられやや困惑気味になる中、一人だけそうではない人物がいた。

「聞いたことがあります。“渇きの海”を意味する砂漠で、その名の通り温暖期になると、ハンターを除いて原則立ち入ることができなくなる地域……。そうですよね」

「さすがだな、グレン。その通りだ」

 ヴァイスも関心した様子だった。だが、それ以上の反応を示したのはソラだった。

「すごいです。グレンさん、物知りなんですねぇ……」

「いや、これくらい大したことないよ。この前にヴァイスさんから借りた資料で目にしただけだから」

 とは言うものの、たかが一度目にした項目をここまで記憶しているというのはさすがである。グレンもあっけらかんとした様子で変わらず地図を眺めている。

 と、そこでクレアが口を開いた。

「でも師匠。このセクメーア砂漠の地図と今回の狩猟にどう関係があるんですか?」

 ごもっともな質問だ。三人からしてみれば、ここでセクメーア砂漠の地図を持ち出して何の意味があるという話だ。気を取り直してヴァイスが話を続ける。

「セクメーア砂漠にもティガレックスは出現する。そして、地図上に表記されたエリア番号で言うと1、2、3、5、7、9という感じだ。そして、エリア1、2、5は砂漠地帯で残りのエリアは岩場で囲まれた場所が多い」

 そこまで言ってグレンとソラが何か感づいたように顔を上げた。

 おそらく、二人が考えていることは正解だ。だが、クレアは一人取り残されたように首を捻っている。そこでヴァイスが助け舟を出す。

「分からないか? ティガレックスは砂漠地帯には出現し、極端に狭いエリアには足を踏み入れない。ということは――」

「そうか!」

 ここに来てようやくクレアが理解したようだった。この砂原の地図を取り出しそれを広げる。

「砂原でいう砂漠地帯は8、9、10。狭いエリアは5と6。つまり、ティガレックスの行動範囲が限られてくる。そういうことですよね!」

 興奮気味に話してくるクレアにやや苦笑いを浮かべながらヴァイスは首肯した。

「まあ、あくまで参考程度さ。俺はエリア1も行動範囲外と考えている。案外広いようで大型モンスターにしてみれば動きづらい場所だからな」

「なるほど。そうやって対照することでティガレックスの行動範囲に予測を付けるためにセクメーア砂漠の地図を……。さすがです」

「あまり信憑性はないけどな。これもギルドに提出する資料に書き込む予定だったから、せっかくだから活用してみようと思っただけさ」

 セクメーア砂漠の地図をボックスの中にしまい込み、鬼哭斬破刀・真打を肩に背負う。そうして次第に、これから狩猟が始まるという感覚に無意識ながら囚われていく。

 フッ、と短く息を吐き出し適度な緊張感を保つ。もう、いつティガレックスと対峙しても問題ない。普段の、狩猟中のヴァイスがそこにあった。

「ペイントがなくても、これである程度は目星が付く。……さあ、そろそろ行くとするか」

 いつもと変わらぬ口調でヴァイスが言う。無駄な緊張感を含まないことで初めてパーティーを組むソラが落ち着けるよう配慮したのだろう。互いに立ち上がりそれぞれの武器を肩、腰に装備する。

 ぎらぎらと陽炎が揺れる中、四人は灼熱の地に向かって歩を進め始めた。

 

 

 ――暑い。

 拠点を出てしまえば容赦なく降り注ぐ日差しを遮るものはほとんどない。乾いた風が頬を撫で、砂漠特有の空気が身体に纏わりつく。

 加えて防具を着込んでいるため、中の空気が防具内に篭もり余計に暑さが増している。『暑さ無効』のスキルがあれば話は別だが、四人が纏う防具で発動するものではないため虚しい想像に終わる。

 ヴァイス以外の三人も、以前から武具を変更せずに狩猟に望んでいる。クレアはシャドウサーベル改にベリオシリーズ。グレンはヘビィバグパイプにネブラシリーズ。ソラはヴァルキリーファイアにレイアシリーズといった構図だ。

 砂漠地帯に入り、エリア8からエリア9へと抜ける。エリア9はエリア8以上に広大な砂漠が広がっている。砂の海ともいえる場所をデクルスが群れで跳ね回っていた。

 そして、揺れる陽炎の先。そのフォルムがぼんやりと浮かび上がっている。小型モンスターのそれとは比ではない。

「いましたね。ティガレックス」

 その言葉にヴァイスが無言で頷く。

 ヴァイスたちに背を向けながらティガレックスは佇んでいた。この状況なら背後から奇襲を仕掛けることもできる。となれば、他のエリアに移動されない内に攻撃を仕掛けなければならない。

 開いている距離を少しずつ詰めていく。グリーブが砂を踏みしめ静かな物音を立てる。

 と、そこでティガレックスがいきなり宙に舞い上がった。存在を気づかれたと思った四人が反射的に武器を構える。だが、ティガレックスはお構いなく高度を上げていく。

 このままでは、どこへ移動したのか検討が付かない。剣士であるヴァイスたちの攻撃は届くはずもなく、ガンナーであるソラも狙撃しても命中するかどうかは微妙な距離だ。

 しかし、ソラは動いた。スコープを覗き込み高度を上げていくティガレックスに標準を合わせる。そして、何の躊躇いもなくヴァルキリーファイアの引き金を引いた。それはティガレックスに向かって真っ直ぐ飛来し、着弾と同時に独特の臭気を漂わせた。

「今のはペイント弾!?」

「この距離で命中させられるなんて!」

 そのソラの行動は、クレアとグレンの呆気を取るのに十分足るものだった。

 距離的には弾丸が届くか届かないか紙一重のところだろう。だが、ソラはそんなことを物ともせずにペイント弾を命中させてみせた。これがG級ハンターなどというベテランならば話は違う。が、ソラはまだ下位ハンターであり、それに加えかなり若い。そう考えれば、クレアやグレンの反応は当然といえば当然である。

 ティガレックスも、ペイント弾が命中した瞬間に周囲を警戒する素振りを見せたがそのまま別のエリアへと姿を消した。

「皆さんどうかしたのですか?」

 当のソラ本人は、命がけの狩場にいるとは思えない緊張感のない、ぽかんとした様子で尋ねてくる。ヴァイス以外、何も言い返すことができない。

「ああ、何でもない。ティガレックスを追うぞ」

 未だに呆気に取られている二人はさておき、ヴァイスが指示を促す。

 ペイント弾はその役目をしっかり果たしており、別のエリアに移動しても独特の臭気がティガレックスの居場所を教えてくれる。エリア9に隣接しているエリア10へと向かったらしい。また移動されても面倒なので先を急ぐ。

 エリア10も砂漠地帯の一つだ。エリア9とほぼ同等の広さで障害物となるものがあまり存在していない。そのため見通しはよく、初見のモンスターと対峙するのには丁度いい場所だ。

 リノプロスが数体巡回しているようだが、まだ害をなす存在でもないので無視して進む。

 その中、エリア10の真ん中に位置する場所にティガレックスはいた。ペイント弾が命中しているとは知らず、ヴァイスたちの存在には気づいていない様子だ。

 黄色い外殻に青の縞模様を持ち、飛竜種に分類されるティガレックス。特徴的なのはその外見だろうか。飛竜種とはいえ、その翼は飛行に適しているとは言いがたい。変わりに歩行に適したつくりをしている。体型からして飛竜種の始祖と考えられるワイバーンレックスに近い存在だ。現に、リオレウスなどはワイバーンレックスの進化した姿だと言える。

 狩猟の方針は既に決まっている。相手の様子を見つつ一撃離脱を基本にして動く。決して無理はしないようにすると。

 ガンナーのソラのみがその場に止まり弾丸を交換する。あとの三人は気配を殺しながらティガレックスに接近していく。

 ヴァルキリーファイアの弾倉からペイント弾を取り出しLv3通常弾を装填する。あとはヴァイスたちのタイミングに合わせ引き金を引くだけだ。

 だが、何を思ったのかティガレックスがいきなりこちらを振り向いた。こちらの存在に気がついたのか。否、ただ方向転換をしただけかもしれない。どちらにしろこちらの存在が知られてしまった以上、奇襲を仕掛けることは不可能となった。

「ガアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 砂原に轟く轟竜の咆哮。あまりの大きさと迫力に背筋が凍りつく。事前に聞かされていたとはいえ、やはり実際に遭遇してみると恐ろしい存在だ。

 咄嗟にバインドボイスの範囲から退いていたヴァイスは動けるがクレアとグレンは身動きが取れない状況だ。

 そこへ援護が入る。ガンナーというポジションを生かしソラがティガレックスの気を逸らそうと試みたのだ。撃ちだされたLv3通常弾は的確にティガレックスの左前脚に命中し役目を果たす。

 同時にティガレックスも動く。右前脚で地面を抉ったかと思うと、ソラに向かって岩石を飛ばしてきた。それも三方向に。

「くっ!?」

 初見の動きに一瞬身体が強張る。しかし、それを無理矢理押し込み岩石と岩石の間を潜り抜けるように前転回避をする。

 既にヴァイスたちも動き出していた。鬼哭斬破刀・真打を鞘から抜き放ち上段から斬りつける。雷属性を帯びた鬼哭斬破刀・真打の斬撃にティガレックスは煩わしげに首をこちらに向ける。

 ヴァイスが斬り下がりで距離を取る。ティガレックスもその動きにつられて飛び掛ろうとするが、そこにクレアのシャドウサーベル改の斬撃が降り注ぐ。ヴァイスに気を取られていたティガレックスは予想外の攻撃に一瞬動きが止まる。その隙は僅かだが、ヴァイスとクレアは再び距離を取ることに成功する。

 どうやらティガレックスはこの二人に狙いを付けたようだ。この好機にグレンは演奏を試みる。この武器の音色は名の通りバグパイプそのものだ。エリア10にバグパイプ独特の音色が響き渡り、風圧無効、防御力強化【小】の効果を得る。

「相手の動きを見極められれば、まだ援護できる……」

 暴れるように動き回るティガレックスから視線を逸らさないままグレンが呟く。

 数ヶ月前のボルボロスの狩猟の際、グレンはほぼ完璧といえるほどに相手の動きを見極めていたのだ。それは誰にでも真似できるものではなく才能の一つだとヴァイスは言っていた。だが、それを使うためには相手の動きや癖を見抜くことが大前提となる。

 例え動きや癖を見抜けたとしよう。だとしてもデメリットも存在する。グレンの見切りが100%的中するならまだいい。だが、そんなことは才能であっても不可能だ。相手が生物である以上、予想外の動きをすることは当然だ。

 それがただの"勘”から来るものか、あるいは“見える”のか。前者は無謀だと思われるだろう。それに比べ後者は紛れもない才能だ。

 ヴァイスはこんなことも言っていた。例え偶然でも、それが“勘”か“見える”かは天と地の差だ、と。つまり、どちらにせよ、それを伸ばすのは自分次第だ。俺たちはその指示に可能な限り従うだけだ。という内容の話をヴァイスはしていた。

「っ……」

 目の前でティガレックスと戦っている三人の仲間たち。きっと三人ともグレンの指示に従ってくれるに違いない。だからこそ、一つの間違いでとても危険な目を遭わせてしまうかもしれない。そう思うと自信が失われていく。

「っ! そんなことじゃ駄目だ!」

 頭に浮かんできた思考を振り払う。

 自信を失ったソラの手助けをすると言い出した人物は誰だ。それは、他ならぬ自分だ。ならば、その自分が自信を失ってどうする。それでは数ヶ月前の悪夢を繰り返すだけだ。

 ティガレックスがヴァイス目掛けて岩石を飛ばす。その際、ティガレックスはグレンに背を向ける形になった。無防備なティガレックスにグレンが接近する。

 へビィバグパイプを左右にぶん回し上段から叩きつける。まだ踏みとどまることも可能だが大人しく距離を取る。

「そうだ。そうやって冷静に動けばいいんだ」

 自分に言い聞かせるようにそう呟く。まだ狩猟は始まったばかりだ。焦る必要など、どこにもない。落ち着いて、なおかつ時間をかけながら相手の動きを見極めればいいのだ。

 距離を取ったクレアは再び接近しようと試みる。だが、ティガレックスもそうはさせじと動く。その場でティガレックスがかなりの速度で回転する。他のモンスターに当たるなぎ払いのような動きだが、ティガレックスの場合は巻き込まれただけで桁違いの痛手を負ってしまいそうであった。

 ソラによる援護射撃は続いている。が、ティガレックスは気にも留めずクレアに突進してくる。

「速い!」

 強靭な脚力から生み出される突進はかなりの速度であった。突進を得意としていたボルボロスと同じか、あるいはそれ以上か。だが、ティガレックスの突進はただ真っ直ぐ突き進むだけのものだったため回避は容易であった。

 ソラもこちらに気を牽きつけようとLv3通常弾を撃ち続けた。無尽蔵に弾丸があるわけではないため、ここでLv2通常弾に弾丸を変更する。スコープを覗き込み標準を合わせる。

 しかし、ここでティガレックスがソラの方に頭を向けた。問答無用で岩石を飛ばしてくる。

「間が悪いです!」

 そうは言うものの、この動きは既に見た。前転回避で岩石をやり過ごす。また狙われると思ったが、その時にはヴァイスたちがティガレックスに斬撃を浴びせていた。

 気を取り直し、再び標準を合わせる。そして、引き金を引く。銃口からLv2通常弾が三発連続で撃ちだされる。これがライトボウガンの速射機能だ。速射は魅力的な機能だが、反面身動きが取れなくなる時間が増加するというデメリットも存在する。使うタイミングを見極め、最初はLv2通常弾を温存しておいたのだ。

 一方、ヴァイスは斬撃を浴びせることより様子見を優先しているようだ。突き、斬り上げ、斬り下がりという基本の型を繰り返しながらある程度の余裕を保つ。太刀使いの理にかなった立ち回りだ。

「今のところ大した違いはなし、か」

 動きを止めずにヴァイスが呟く。様子見を優先するとはつまり、ティガレックスの動きや癖の違いを観察しているためだ。

 纏わりつくハンターたちを振り払おうとティガレックスが回転攻撃を繰り出す。誰も巻き込まれることもなく、無事に攻撃を避ける。

 クレアが、背後からシャドウサーベル改を引き抜き斬りつける。緩慢とした動きの尻尾に斬撃が走る。それを援護するようにソラが正面からLv2通常弾を打ち込む。

「グオォォォォォアアアァァァァァッ!」

 低い唸り声を上げながらティガレックスがティガレックスが飛び掛ろうとする。しかし、それは大した飛距離ではなかったためソラも気を緩めてしまう。それが命取りだった。

「気をつけろ!」

 ヴァイスが警告を飛ばすがもうソラに回避できる術はなかった。ティガレックスはそこから回転攻撃を繰り出した。近距離にいたクレアではなく、中途半端な距離にいたソラが巻き込まれる形になった。

「ソラ!」

 剣士の防具に比べ、ガンナーの防具は耐久性に劣る。そういった意味では、更なる攻撃を加えられれば危険だ。

 グレンの近くにまで吹っ飛ばされていたソラは自力で立ち上がった。

「ソラ、大丈夫なのか!?」

「はい。わたしの計算違いです。心配かけてごめんなさいです」

「そう。身体が大丈夫ならよかった」

 短く言葉を交わし再び持ち場に戻っていく。

 援護はソラに任せグレンもティガレックスに密着する。ヴァイス、クレアと協力しティガレックスの動きを封じる。その隙に、ソラは体力を回復することができた。

 相変わらずヴァイスは必要最低限の斬撃しか繰り出さない。おそらく、様子見を終えれば存分に力を振るってくれることだろう。

 他の三人も無理をする必要はない。時間は多く残されている。その時間の中で、確実にティガレックスを追い込んでいければいいのだから。

 グレンは左後脚に狙いをつけた。頭部に打撃を与え気絶させたい気持ちも少なからずあるが、今はそれを抑える。前方にへビィバグパイプを振り上げ後方に持ち上げる。そこから上段に振り上げ叩きつける。

 クレアも同じく後脚を狙う。ジャンプ斬りから斬り上げ、斬り下ろす。横薙ぎに斬り裂き盾で殴りつけた後、回転斬りを繰り出す。

 しかし、ティガレックスは二人の攻撃を掻い潜りヴァイスに向かって突進を始めた。警告を飛ばすまでもなく、ヴァイスは余裕を保ちつつ回避する。

 立ち上がりにしては上々の滑り出しだ。ここから自分たちのペースにどれだけ持っていけるか。それが狩猟を優位に進める鍵になる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。