モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE3 ~憧れの人~

「……弟子?」

 あまりにも素っ頓狂に発した自分の言葉に、ヴァイス自身も情けなくなった。醜態を晒さずに済んだのは、周りに人がいなかったことも幸いした。

 だが、それ以上に、問題は別にある。

 この少女、出会ってから僅か一分も経たずに「弟子にしてください」などと言ってきた。こんな唐突に弟子入りを志願されても困惑するだけである。相当なお人好しでなければ「ああ、いいよ」などと言わないだろう。

 それに、ヴァイスにはこの少女を弟子にする理由がない。だが、だからと言って、即座に断るのも気の毒な話である。故にヴァイスも、この返答には困り果てる。

「そんなことを突然言われてもな……。俺もギルドの任務でユクモ村に滞在する身だ。いきなり弟子入りを志願されても、素直に即断することは出来ない」

 ヴァイスがありのままの本心を話す。だが、少女も負けじとヴァイスに食い下がる。

「そ、それはわかってます。私が無理を言っていることも十分理解しています。でも、ヴァイスさんしかいないんです。ヴァイスさんなら、私は憧れの人に近づけるかもしれないんです!」

「君の、憧れの人?」

「はい!」

 少女が力強く頷く。

 憧れの人、という言葉に若干戸惑ったヴァイスだが、すぐに頭を切り替え少女に質問した。

「よければ教えてくれないか。君の言う憧れの人について」

 もしかしたら、とヴァイスはふと思う。

 この少女がどんな人物に憧れたのか、はたまたどんな理由で憧れたのか、などという理由を聞けば少女の思考を理解できる気がしたのだ。そうすれば、唐突な弟子入りを志願してきた彼女のことを知ることができるかもしれない。

「そう、ですね……。それだけだと、確かに分かりづらいですよね」

 そう言った彼女の表情が僅かに曇った瞬間を、ヴァイスは見逃さなかった。

 だが、ヴァイスがそんなことに構っている暇もなく少女が話し始めた。

「元々、私はこの村で育ったわけではないんです。私の父は行商人で、幼い頃は両親と一緒に遠くまで旅をしました。ある日、私たちはいつもと同じように旅をしていました。その道中、リオレウスに襲われたんです」

 リオレウスは火竜の異名を持つ。テリトリーに入った者には容赦しないことでも広く知れ渡っている。つまり、旅の途中で知らぬうちにリオレウスのテリトリー内に入ってしまったのだろう。

「何とかリオレウスから逃げることに成功しました。でも、私だけは逃げる途中で荷車から振り落とされて、両親とは離れ離れになってしまったんです」

「っ……」

 ヴァイスが奥歯を噛み締めた。

 彼女の話を聴いているだけで、その光景は容易に想像がつく。リオレウスのテリトリー内と考えるならば、少女が取り残されたのは狩場のど真ん中。年端のいかない少女がそんな場所に独り取り残されれば孤独感に押しつぶされ、恐怖に怯えるのは当然だろう。

「私はどうしようもありませんでした。右も左も分からない場所に独り置いてかれたんですから」

 それが、ハンターならば話は別だ。だが、ハンターでもない少女はそんな中でどうすればいいかわからなくて当然だ。

 少女の話す内容は、聴いているだけのヴァイスの心を締め付けた。

「しばらく何もできないでいると、そこにリオレウスが下り立ったんです。私に目掛けて炎ブレスを放ってきて……。もちろん、私には回避しようとか、そういう考えより恐怖の方が大きくて動くことができませんでした」

 炎ブレスは、リオレウスの得意技の一つだ。

 体内で圧縮された高温の炎を球体状にして吐き出す。その破壊力は凄まじく、並みの防具では耐え切れない。無論、防具などを着込んでいない者が受ければ即死だ。

「私はあの時、もう死んじゃうのかなって、そう思いました。でも、私の目の前にあるハンターが現れて、私を身を挺して守ってくれたんです」

 ヴァイスの表情が若干憮然とする。だが、すぐに表情を戻して口を開く。

「なるほど。憧れの人っていうのは、その人物のことなんだな」

「はい。説明下手でしたけど理解できました?」

「ああ、十分だ」

 ここまで話してくれれば理解に苦しむことはない。おそらく、思い出すのも辛いことなのでできれば繰り返し尋ねるといった真似は避けたかった。

 しかし、とヴァイスは考える。

 先ほどから、妙に引っ掛かるものを覚えている気がして仕方がないのだ。単にヴァイスの気のせいかもしれない。しかし、この話自体にも妙に感傷的になれるのが不思議に思えた。

 と、改めて少女の顔を見る。

 あどけなさが残った顔に、どこか見覚えがあるような気もする。思い出そうにも、まるでその記憶に霧がかかったように曖昧な感じで、ぼんやりとしか浮かんでこない。

「ん?」

 だが、ここでヴァイスの視線が、彼女のある部分を捉える。

 首から提げてるであろうネックレスが胸の辺りに輝いている。それは十字架を模した銀色のネックレスだ。その中央部には蒼く煌く宝石が刻まれている。

「あれは……」

 まさか、とヴァイスは思う。

 ある理由で今は手元にないのだが、ヴァイスは数年前までこれと同じものを所持していたのだ。

 いや、それとはもっと別のところに、ヴァイスの視線を釘付けにした理由がそこには存在していた。

「すまない。その銀の十字架のネックレスを見せてくれないか?」

「これ、ですか? いいですよ。あ、でも私にとってはとっても大切な物なので大事に扱ってくださいね」

 少女はそう言うが、ヴァイスにはそんな言葉は耳に入ってこなかった。

 手渡されたネックレスをまじまじと見つめる。見間違えようがない。これは、数年前までヴァイスが所持していたものに違いない。証拠に、このネックレスの裏側にとても小さくヴァイスの名前の綴りが“V,L”と刻まれている。

「このネックレスは、どこかで買ったものなのか?」

 少女にネックレスを返しつつヴァイスが尋ねる。少女は首を横に振り、そのネックレスを大切そうに握り締めて見せた。

「いえ。このネックレスは、さっき話した人から貰ったものです。だから、私にはこれがとても大切な物なんです」

「そうか……。まだ名前を訊いてなかったな。教えて欲しい」

「あっ、ごめんなさい。すっかり忘れてました。私は、クレア・メーヴィスっていいます」

「クレア・メーヴィス……」

 名前を聞かされたとき、ヴァイスの中に引っ掛かっていたものの全てがようやく紐解かれた。

 そして、大切なことも思い出した。あの時に約束した、とても大切なことを。そう、その約束は今まさに果たすべきものだった。

「どうかしたんですか?」

「いや、何でもない」

 遠くを見るような目をしていたヴァイスにクレアが疑問を抱いた。だが、それは僅かなことで、すぐに表情を引き締め直した。

 そして、ヴァイスがクレアを真っ直ぐに見据え、口を開いた。

「……事情は理解できた。クレア、今日からお前は俺の弟子だ」

「本当ですか!?」

「ああ」

 クレアが目をアイルーのように爛々と輝かせ、依頼を成功させた時のように飛び跳ね喜びを露わにしていた。

「ありがとうございます! 私、頑張ります! だから、これからよろしくお願いします!」

 よほど緊張していたのか、先ほどまでの印象とはがらっと変わった。

 ヴァイスもその様子に苦笑いしながら「こちらこそ」と言う。だが、クレアには忠告しておかなければならないことが幾つかあった。

「先に言っておくが、俺はギルドナイトだ。依頼は厳しいものが多いだろうし、中にはクレアを同行させられないような依頼もあるかもしれない。それは理解してくれるな?」

「もちろんです!」

 案の定の返事、と言ったところだろうか。

 ヴァイスは元々、ギルドの任務でやってきた身だ。ある程度の自由は利くが、それでも完全に縛られないわけでもない。師として弟子のクレアの面倒を見るのもそうだが、一番の目的を忘れることはできない。

 しかし、今回の任務自体に期間などというものはない。気長な気分で臨むつもりだったこともあり、ある意味クレアには丁度いいタイミングだったのかもしれない。

「さて。となれば、早速明日から狩猟に出る。詳しいことは明日伝えるから、今日はゆっくりしていてくれ」

「了解です!」

 ヴァイスがそう言い残して集会浴場を去る。

 ギルドマネージャーはにやにやしながらその始終を見守り、受付嬢もヴァイスがどんな反応をするか興味津々だったらしい。クレアに至っては、ヴァイスの姿が見えなくなるまで直立不動の体勢だったようだ。

 

 

「はぁ」

 大きく息を吐き出し、ベットに仰向けに寝転ぶ。

 唐突な出来事だったとはいえ、弟子入りを許可したのはそれなりの理由がある。それが、今になって時が訪れるというのも、神の悪戯のようだった。

「フフッ、世の中は案外狭いものだな」

 自分でも年寄りくさいと思うが、そう言わずにはいられなかった。目元を手で覆うと、そんな発言に自然と苦笑いしてしまう。

 あれから、どれほど時が流れただろうか。否、大したほどではない。

 それは、二年前のあの日に交わした“二人の約束”。その時から今に至るものなのだから。


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