モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE37 ~延長戦~

 ボルボロスを探す最中、ヴァイスは今回狩猟に持ち込んだアトランティカについて話してくれた。

 ボルボロスに対しては火属性が有効であり水属性は無効に等しい。だが、それはボルボロスの甲殻や鱗に対しての話だ。身体に泥が付着している場合、今度は火属性が無効になり水属性が有効になるという逆転現象が起こる。

 ギルドが正式に認めたとはいえ、この情報がどこまで当たっているかどうかは不明だった。それを独自で調査しようとヴァイスは試みたのだ。

 狩猟開始当初、クレアが言ったとおりヴァイスにはヴァイスなりの考えをもってこの狩猟に望んでいた。もちろん、G級ハンターであろうヴァイスが何も考えずに武器を選択したとは今思うと到底考えがたいことなのだが。

 そう思うと、ヴァイスがいかに優れているのかが理解できる。そのヴァイスに食い下がっていた自分を思うと恥ずかしい限りだとグレンは思う。

 先程切り落とした尻尾から剥ぎ取りを行い、三人は再びボルボロスを探し歩く。

 エリア1、4、3、2という順でボルボロスの移動範囲を一周したが残念ながらボルボロスと遭遇することはできなかった。

「いませんね。ボルボロス」

 正直なところ、今はボルボロスを探す時間すらも惜しい。めぐり合わせが悪いとはいえこのままでは設けられた狩猟時間には間に合わない可能性が出てくる。

「ああ、なるべく急がないとな」

 逸る気持ちを抑えヴァイスは冷静になる。

 そう、まだボルボロスが移動したと思われるエリアが一つだけ残っている。

「すいません。俺のせいで……」

「大丈夫だ、これだけ時間があればどうにかなる。気にする必要は無い」

 申し訳ないというグレンを「それよりも」と制す。

「エリア8。おそらく、その辺りだろう」

 現在、ヴァイスたちはエリア4にいる。向かって目の前から吹く乾いた風が頬をなぞる。

 砂原、という過酷な地に存在する以上、砂原に生息するほとんどの生物は灼熱の砂漠地帯でも行動することができる。火属性には弱いといえど、ボルボロスも砂漠地帯には足を踏み入れることが可能だろう。

「ひょっとして、熱に強い泥があるからボルボロスは砂漠地帯でも生活できる、ということなんでしょうか」

「いい推理だな。そういう理由も十分考えられる」

 グレンの推理にヴァイスも関心を示す。

「うーん、私はそういうのあまり得意じゃないかな……」

「ああ、よくわかる」

「えー、そんなきっぱり言わなくてもいいじゃないですかー」

 むっとしたクレアに冗談だとヴァイスは苦笑いを浮かべる。

「いつも、こんなお気楽なんですか?……」

「こっちに来てから、大体こんな感じだ」

 緊張感の欠片も無いように思えるやり取り。それでも、二人は今は狩猟中だということを承知している。

「そんなにピリピリすることないですよ。私たちは、私たちらしくすればいいんですから!」

 グレンは内心、それはクレアだけだろとツッコミたくなるところを我慢し「そういうものかな」と曖昧な返事をする。これがクレアらしいといえばらしい。

 その内にヴァイスはクーラードリンクを飲み干していた。手付かずで残っていたクーラードリンクだが、ここにきてようやく使い時だ。クレアとグレンも遅れてクーラードリンクを使用する。

「行きましょう」

 ここにきて二人から緊張感がピリピリと伝わってくる。クレアもやるときはやる人間だ。そこは二度の狩猟でわかったことだ。ヴァイスについては言うまでもない。この二人はいつも通りにやってくれる。

 グレンを先頭に砂漠地帯へと抜ける通路を進んでいく。一歩一歩進むごとに身体に降り注ぐ日差しが強くなっていく気がする。

 そして、しばらく歩くと殺風景な景色が広がる場所に出た。その真ん中に佇む大型モンスターの陰。ボルボロスだ。

「やはり、ここにも移動するんですね」

 グレンは、鋭い眼差しでボルボロスを見つめる。自分のせいだとはいえ、命の危機まで追い込まれた相手だ。油断はできない。

 トランペッコを抜き放ち演奏体勢へと入る。

「俺が援護を。二人は前線でボルボロスを惹きつけてくれませんか」

 グレンの注文にヴァイスとクレアは共に頷いた。

「了解。俺たちに任せな」

「グレンさん、援護よろしくお願いしますね!」

「ああ!」

 互いの役割を手短に決め、前線でボルボロスを惹きつけるヴァイスとクレアが足音を忍ばせて近づいていく。

 グレンの緊張感も徐々に高くなっていく。いつ気づかれるかわからないこの状況下、心臓の鼓動が妙にはっきり聞こえる気がした。でも、自分に言い聞かせ続ける。

 ――大丈夫、行ける、と。

 先に動いたのはヴァイスだ。太刀の間合いに入ったと同時にアトランティカを鞘から引き抜いた。上段から振り下ろされた一撃がボルボロスに命中したと同時に狩猟が再開された。

 グレンは動く。【水色】、【水色】、【緑】、【白】の音を奏で聴覚保護【小】の演奏効果を発動させる。

 刹那、ボルボロスのバインドボイスがエリア8に響き渡る。だが、ヴァイスもクレアもそこから退こうとはせず、寧ろそれを好機と見て斬撃を繰り出していた。グレンが何をやるか二人はわかっていた。その信頼にグレンは応えたのだ。

「やあぁっ!」

 もうレムナイフの睡眠属性に頼ることは難しい。こうなれば、片手剣の長所手数の多さで攻めていく。狙いやすい左足に向かって斬り上げ、斬り下ろし、横斬り、バックナックル、回転斬りと片手剣の持ち味を存分に生かす。

 一方のヴァイスはクレアと息を合わせて斬撃を繰り出している。クレアとは逆側の場所に位置取り付着した泥を狙う。突き、斬り上げ、斬りつけと基本の型で斬りつける。

「バインドボイスの体勢から立ち直ります。気をつけて!」

 一歩後ろで状況を窺うことのできるグレンが二人に警告を飛ばす。

 その言葉が届き、二人はボルボロスから距離を取る。武器を納めずとも身動きがとりやすいクレアがレムナイフを抜刀したままペイントボールを投げつけた。

 ペイントボールほどの小さな衝撃でもモンスターは敏感に反応する。ボルボロスは頭突きでクレアを狙う。しかし、緩慢な動作であるそれを回避するのは容易でクレアは前転でやり退ける。

「まだ狙われてる!」

 耐雪&耐泥とはじかれ無効の演奏を終えたグレンは再び警告を飛ばす。

 基本的には、これはガンナーの役目になるが今はそれにかわるのが狩猟笛を使うグレンしかいない。状況を把握し、それを伝えていかなければならない。

「させるか!」

 そこに割り込む形でヴァイスがアトランティカを振り下ろした。偶然にもその一撃でボルボロスは転倒し無防備な姿を晒す。

「今だ!」

 言われるまでもなく、全員が動き出していた。

 ヴァイスは背中側に回り込み、斬撃で溜まった気を放出し気刃大回転斬りを繰り出す。クレアは邪魔をしないよう腹の辺りを狙い、攻撃を弾かれないグレンが頭部を狙った。

「ガアアアアアアァァァァァァァァァァッ!」

 ボルボロスはすぐさま体勢を立て直した。時間にすれば5秒あったかなかったくらいのわずかな時間だ。だが、その短時間の間にも確実にダメージを負わせることができている。

 そして、それはボルボロスの体力にも現れていた。ヨダレを垂らし、疲れきっているのかその場から動こうとはしない。

「よし、チャンス!」

 再び大胆に肉迫し、そこから各々の武器で攻撃を浴びせる。

 ヴァイスとクレアは左右の足を狙うがグレンも頭部に狙いを集中させている。おそらく、狩猟笛の打撃攻撃を頭部に集中させめまい状態を誘発させるつもりだろう。

 他にもハンマー、徹甲榴弾などの弾丸、さらに片手剣の盾攻撃でもめまいを起こすことができる。しかし、リーチの短い片手剣を、ましてや盾のみの攻撃で一点の場所を狙うのは至難の業だ。それを考えるとグレンにしかできない役目になる。

 白銀の光を纏ったアトランティカがボルボロスの足を斬りつける。気が最大限まで溜まったら再び気刃大回転斬りを繰り出し、その攻撃力をさらに高めていく。

「オオオオオオオオォォォォォォォォォォォッ!」

 それまで成す術なしの状態だったボルボロスがいきなり動き出した。誰に狙いをつけたわけでもなく突進を繰り出し、三人の包囲網から脱出する。

「くっ、うまくいってたのに」

「大丈夫だ。焦らず、今のようなことを積み重ねていけばいい」

 軽く舌打ちするグレンの心境もわかるが、ヴァイスはそれをどうにか宥める。

 一旦アトランティカを鞘に戻し、ボルボロスの突進に備える。

「突進が来ます!」

 やはり、距離が開いた位置取りではボルボロスは突進を多様してくる。

 しかし、さすがのボルボロスも今は疲れ果てている。繰り出された突進には先程までの勢いが嘘のように感じられず、追尾性能もだいぶ劣っている。

「遅い……。これなら!」

 突進を終えてから体勢を立て直すまでの隙をクレアは狙う。

 散開したヴァイスとグレンの間を突っ切りボルボロスが停止する。背後からクレアが近づき、ジャンプ斬りを浴びせる。続けて斬り上げ、斬り下ろし。そこで斬撃を止め、ヴァイスに場所を譲る。

 アトランティカを振りかぶり上段から斬りつける。ここで突きを放とうとするが、ボルボロスの様子を見て移動斬りで距離を取る。

 背後から感じる気配を悟ったのか、ボルボロスは振り向くことなく泥を撒き散らす。それを潜り抜け、改めて三人でボルボロスを包囲する。

 頭部を狙うグレンに撒き散らされた泥が降り注ぐ。だが、それに構わずグレンは頭部を攻撃し続けた。多少のダメージならトランペッコで回復できる。今は、守りよりも攻めを重視している。それは、ヴァイスもクレアも同じである。

「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ヴァイスも多少のダメージなど気にしていない。左脚に向かって気刃大回転斬りを繰り出す。

 斬りつけるごとにアトランティカの刃に宿る水属性が唸る。短時間で三度の気刃大回転斬りを喰らったボルボロスはたまらず仰け反る。

「オオオオオオアアアアァァァァァァァァァァッ!?」

 そして、狙っていた左脚の泥を弾き飛ばすことにも成功する。

 ここでは不利だと悟ったのか、追い詰められたボルボロスはそれ以上反撃する様子もなくエリア8から姿を消した。

「まだ倒れないんですね。ボルボロス……」

 クレアが肩を上下させつつ言う。

 時間的にはそれほどボルボロスとは対峙していない。だが、今回は色々とあったため狩猟が長引いているように感じる。

 残り時間もそれほど余裕は無い。次で決める勢いでいかなければならない。

「体勢を立て直す。次で、今度こそ終わりにするぞ」

 ヴァイスの言葉に二人は無言で頷く。

 それぞれが消耗した切れ味などを回復させる。特に、弾かれ無効のスキルを付けていたグレンの切れ味が短時間だったとは言えど消耗が大きい。念入りに切れ味を回復させる。

 準備を整え、三人はボルボロスの後を追いエリア8を後にする。

 砂漠地帯ではないエリア4にボルボロスは移動した。ヴァイスたちもその分楽な環境での狩猟ができる。

 先程、ボルボロスはこのエリアでオルタロスを捕食してしまった。そのため、今回は捕食する獲物がおらずボルボロスの体力は回復していない。畳み掛けるなら今がチャンスだ。

 今度はボルボロスが先に動く。

 緩慢な動きでヴァイスたちとの間を詰めていく。

「二人とも、目を瞑って!」

 グレンの声が背後から聞こえた。言われたとおり、ボルボロスに接近していたヴァイスとクレアは咄嗟に目を庇う。

 直後、閃光が走る。グレンが閃光玉を投擲したのだ。

 ヴァイスがクレアに渡した分とグレンの持ち込んだ閃光玉の残りの数は五つ。これだけあれば怒り状態の足止め目的に使っても十分足りる。

 視界を潰されたボルボロスはいとも簡単に二人の接近を許してしまう。

 グレンが頭部を狙っていることを考慮し二人は左右の脚を狙う。案の定、グレンは頭部に狙いを定める。

 頭部を狙うことのリスクは大きい。だが、先程までの危なっかしい動きではない。攻めの体勢でありつつ、最低限の余裕を保つ。それをグレンは行っている。元からそれだけのことをできる力を兼ね備えているのだ。

 その力にヴァイスは賭けている。どこまで彼が高見に昇っていくかということを。

「てりゃああぁぁぁぁっ!」

 力を振りしぼり渾身の力でレムナイフを振るう。それでも、ボルボロスはびくともしない。

 アトランティカを振るうヴァイスも多少肩を上下させている。攻撃力が跳ね上がっているアトランティカで泥が付着している右脚を集中して狙うが、そこで運良く泥がはじけ飛ぶということはない。

「ガアアアアァァァァァァァァッ」

 全く動く素振りも見せていなかったボルボロスが力任せに辺りをなぎ払う。尻尾は切り落とされているため脅威はそれほどない。だが、やはり命中すればダメージは大きい。

「くっ!?」

 微妙な位置にいたクレアが咄嗟のガードでなぎ払いを受け流す。ボルボロス正面で踏ん張っていたグレンも溜まらず距離を取る。

 ここに来て、ボルボロスが最後の力を振り絞ってきたのだ。

「でも、ここで負けたら駄目なんだっ!」

 もうすぐ閃光玉の効果も切れる。

 グレンは自分を鼓舞し持てる力の全てをボルボロスに向かい解き放つ。

 トランペッコを握る手により一層力をいれ振りかぶる。左から右にぶん回し後方に向かって振り上げる。再び左右にぶん回し、渾身の力を込めた一撃を振り上げた。

「いっけえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 その一撃はボルボロスの脳天に向かい叩きつけられた。直前に閃光玉の効果が切れていたボルボロスに対してそれは抜群の一撃であった。

「ガアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!?」

 衝撃でボルボロスはめまいを起こしその場に倒れ込んだ。これは全てグレンがやった成果である。

「グレン!」

「グレンさん!」

 よくやったな、と二人が自分の名を呼ぶ。だが、その喜びに浸っている時間はない。既にグレンは次の行動を起こしていた。

 どこかで目にした資料では、ボルボロスは頭部に一定の打撃攻撃を与えると頭部を破壊できるのだという。この隙にそれを成し遂げようと試みる。

 めまいによるダウンは、通常の閃光玉による足止めよりもかなり長い。グレンが切り開いた好機を無駄にはできない。

「俺も、一気に決める!」

 普段は届かない背中にも倒れ込んでいる今なら攻撃が可能になる。素早く背中へ回り込みアトランティカを振るう。

 突き、斬り上げ、斬りつけと斬撃を浴びせた後、気刃大回転斬りを繰り出す。刀身が真紅に染まり、アトランティカの攻撃力が最大限まで上昇する。

 一撃の重さよりも手数で勝負するクレアはボルボロスの足元に向かいレムナイフで斬りつける。片手剣の長所を生かし華麗に連撃を決めていく。

 トランペッコを振るう手は、ボルボロスの頭殻により痺れてしまっている。それでも気にしない。今は、自分ができる最大限の仕事をこなすまでだ。

 共に戦い、共に協力する仲間。そうやって切磋琢磨し自己の力を更に伸ばす。それが、この二人とならできる気がした。

 そう、既にグレンは新たな居場所を見つけていたのだ。

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 覇気に満ちたグレンの雄たけびが響き渡る。

 ぶん回したトランペッコがボルボロスの頭部に命中する。その一撃で頭部にわずかな亀裂が走り、更に次の一撃で亀裂は大きく広がった。そして、派手な音を立てボルボロスの頭殻が剥がれ落ちた。

「オオオオオオアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

 今まで聞いたこともないような悲鳴をボルボロスが上げる。

 自らの存在を誇示させていた王冠のような頭殻が剥がれ落ち、先程よりもボルボロスがひ弱に見える。

「俺が……、やった……!?」

 半信半疑で剥がれ落ちたボルボロスの頭殻を見つめる。それこそが全て証明していた。

 グレン自身の力で、強大で強靭なモンスターの部位を破壊させたのだ。

「でも、まだ終わらせてくれないようだな!」

 ヴァイスのその一言がグレンを現実に引き戻した。

 めまいから回復したボルボロスは、脚を引きずりながらこの場を去ろうとする。もう、ボルボロスには打つ手がないのだ。

「ここまで追いつめておいて、見す見す逃がすわけにはいかなんだ!」

 ここでボルボロスを逃がしたくはなかった。

 最後の一つとなった閃光玉を投擲する。効果が現れたかどうかも確認せずグレンはボルボロスに接近する。

 詰め寄った勢いそのままにトランペッコを振り下ろす。切れ味が落ちたせいで脚に攻撃してもまともなダメージを与えられない。だが、もうここで退くわけにはいかなかった。

 遅れてヴァイスたちも駆けつける。ヴァイスは背後から、クレアは腕に向かって斬撃を放つ。

 そして、誰の一撃かはわからない。ボルボロスの身体から力が抜けその場に倒れ込んだ。今度こそ、ボルボロスが立ち上がってくることはなかった。

「終わった、のか……」

 訪れた静寂の中、グレンは誰に向かうわけでもなくそう言っていた。

「ああ、終わったよ。ようやくな」

 その問いに答えてくれたのはヴァイスであった。未だに信じられないというグレンの肩を叩きよくやったなと褒め称える。

「終わった……。これで、ようやく……」

「そうですよ! 私たち、やったんですよ!」

 疑いを帯びていた声色が徐々に喜びに満ちたものへと変わってゆく。

「そうだ。俺、やったんだ……!」

 気づかぬうちにグレンはガッツポーズをしていた。その様子を見ていたヴァイスが冗談交じりにこう言う。

「感情表現の仕方が素直じゃないな。お前は」

 その言葉を聞いたクレアが今度は口を開く。

「師匠は人のこと言えませんよ」

「まったくな」

 自分もそうだと認めている辺り、ヴァイスはクレアに怒るわけでもなく苦笑いを浮かべるだけであった。

 だが、そうやって言われることがグレンは嬉しくて仕方がなかった。ここまで心の底から喜ぶことができたのはいつ以来だろうか。

「とりあえず、剥ぎ取りをしておきましょうか」

「そうだな」

 グレンが破壊した頭殻とボルボロス本体からの剥ぎ取りを合わせかなりの素材を入手することができた。苦労した甲斐があったというものだ。

 だいぶグレンの興奮も治まってきて彼も冷静になってきた。それを見計らいヴァイスは拠点へ帰るかと提案する。

「そうですね。もうクエストは達成したわけですから、師匠の言うとおり拠点へ帰りましょうか」

 グレンもそれに同感なのか無言で頷く。

 三人は、手に入れた素材をまとめ拠点へ向かい歩き出す。

 帰路の最中、グレンはヴァイスに向かって話し始めた。

「ヴァイスさん、俺思うんです。ヴァイスさんに会えてよかったって」

「いきなり何を言うかと思えば……」

 ヴァイスは返す言葉に迷いそんなことを言っていた。

 グレンは気にすることなく話を続ける。

「ヴァイスさんやクレアのおかげで俺は目が覚めました。ありがとうございます」

「別に礼を言われるほどでもないと思うけどな」

 誤魔化しを利かせてヴァイスはこそばゆい心地を跳ね除けようとする。しかし、グレンから改めて面と向かって礼を言われると気恥ずかしい。

 だからといって悪い気はしなかった。

 砂原のエリア1まで戻ってきた。目指す拠点は、目の前の緩やかな坂を上ればすぐだ。

 だが――、

「ガアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

「何だ!?」

 聞こえていた咆哮に三人は咄嗟に構える。しかし、このエリア1に大型モンスターの影はない。しかも、今の咆哮は――、

「今の、間違いなく……!」

「ああ、ボルボロスのものだったな」

「でも、今倒したばかりじゃないですか!」

「わかっている。ということは……」

 乱入された、ということになる。

 数ヶ月前のロアルドロス狩猟の際もそうであったように、他のモンスターが狩猟中、あるいは狩猟終了後に乱入してくることがある。

「とりあえず、拠点へ戻ろう。話はそれからだ」

 ヴァイスに促され、大急ぎで拠点へと戻る。

 拠点にたどり着くと、ヴァイスは支給品ボックスの確認を行った。そして、「やはりか」とため息混じりにそう言った。

「やはりっていうことは……」

「ギルドは追加の支給品を持ってきた。ということは、向こう側は乱入されることを見込んでいたわけだ」

「依頼書で確認したとき、確かに狩猟環境は不安定でしたね」

 狩猟環境が不安定と依頼書に記されている場合、その狩猟で他のモンスターに乱入される可能性があるということだ。

 ヴァイスは、剥ぎ取った素材をボックスの中にしまう。そこからは躊躇などという感情は全く感じられない。

「師匠?」

 不思議に思ったクレアが首を捻る。

「この際引き上げてもいいんだがな……。俺はとりあえず奴と対峙することにする。奴の情報は多いほうがいいからな。……お前達はどうする?」

 この様子を見る限り、一人でも行ってくるという様子だ。さすがG級ハンターというべきか、狩猟に対する姿勢が違う。

 ヴァイスの問いに二人は即答した。

「もちろん! 師匠が行くなら私だって!」

「俺もまだまだ行けます。やってやりますよ!」

 一方の二人もまだまだ行ける、とアピールする。その二人を見ていたヴァイスは苦笑いを浮かべることしかできなかった。タフとうか打たれ強いというか。でも、それが今は心強い。

 追加された支給品を二人に均等に分け与え、確認をした。

「言っておくが無理はするな。あくまで俺のわがままに付き合ってもらってるだけだからな」

 ここまでで蓄積している二人の疲労は大きいはずだ。無理をして怪我をしてしまえば元も子もない。いざという時に備え撤退を視野に入れる。

「そんなこと、俺は気にしてませんよ。ただ、やってやるってだけです」

「そういうことです。師匠は気にしなくていいんですよ! 散々私のわがままにも付き合わせてしまいましたし」

 クレアが言うと妙に説得力がある。それに、本当にまだまだ物足りないというようなことさえも感じさせる。

 それにやや呆れながらも、ヴァイスは念入りに準備を整えるよう二人に指示する。

 乱入された相手がボルボロスならそれほど心配はない。今までどおりの立ち回りで対処できる。

「さあ、延長戦の始まりだ」

 それが、二回目の狩猟開始の合図となる。

 長い狩猟になったが終わりが見えないわけではない。確実に、そして手の届く場所に終わりは確実に見えていている。


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