モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE36 ~目覚めの瞬間~

 どうしてこうなったのだろう。

 自分は、この場所に来て何をしたかったのだろう。

 朦朧とした意識の中で考える。しかし、導き出される答えは所詮同じ。哀れな自分が、ここに来ても何も出来ることはなかった。

 

 ――弱者だから……。

 

 

――本当に行くのか?

 

――はい。俺は、もっと強くならなきゃいけない。これは、強くなるための旅なんです。

 

――……そうか。なら、止めはせんよ。

 

 

 弱者の自分は、現実から逃れるためにここへ来た。現実から逃げて楽になるためにここへ来た。ヴァイスというハンターと出会って、彼から色々と知恵を授かれば弱者の自分は消滅する。そう考えた。

 だが、現実は甘くはなかった。

 過去を受け入れられない者が永遠に弱者だという言葉が胸に突き刺さった。自分が逃れようとしていたことをよりにもよってヴァイスに痛感させられた。

 それは屈辱だった。

 過去の出来事がどうしたというんだ。過去を引きずっていようがそうでなかろうが強者と弱者の差は一目瞭然だ。

 そして、強者である彼のことを妬んだ。自分のことなんて理解できないヴァイスは敵だと思った。弱者を食らう強者はその気持ちを考えたことがあるわけがない。

 だが、そんな同情も何もいらない。ただ一つ、望んでいただけだ。

 こんな自分に、頼ってほしいと。

 そう、だから強くなりたかった。強くなって、頼られることによって自分の居場所があることを自覚するために。

 だから……。

 

「うぅっ……」

「し、しっかりしてください! グレンさん!」

 力尽きたグレンをヴァイスは拠点へと連れて帰った。体力の消耗も激しく、先程からこのように魘され続けている。

 額にはびっしりと汗を浮かべ、耐えるような痛々しい表情で拠点のベッドに横になっていた。

「どうなんですか、師匠! グレンさんの容態は!?」

 グレンの容態を確認しているヴァイスの隣からクレアの焦り交じりの声が浴びせられる。それを余裕の無さからやや聞き流していたヴァイスであったが、しばらくして「安心しろ」と声をかけた。

「体力的消耗は大きいかもしれないが命に別状はない。今は魘されているだけだから目覚めれば大丈夫だろう」

「そう、ですか。よかった……」

 安堵の息がクレアから漏れる。

 それはヴァイスも同じだ。ボルボロスがグレンに止めを差そうとしたとき冷や汗が背中を伝った感覚が今も残っている。間一髪のタイミングで間に合ったのはいいが、こうなったのは自分に落ち度がある。

「俺の責任、だな……」

「師匠?」

 珍しいヴァイスの後ろめいた発言にクレアが驚きを表した。

「責任って、一体……」

「今まで、グレンには色々なことを言ってきた。それが今回、裏目に出てしまってこういった結果をもたらした。グレンに正面からどう詫びればいいんだか」

 本心を隠そうとヴァイスが苦笑いを浮かべる。それが繕っているものだということはクレアには一目で理解できた。そのため、クレアもヴァイスにかける言葉がすぐには浮かんでこなかった。

 本当にヴァイスに責任はあるのだろうか。この件は、「事故」という言い方が正しいような気がする。

 何が起こるかわからないものが狩猟というものだ。それが、今回はめぐり合わせが悪くこういったことになってしまったのではないだろうか。

「そんなことないですよ。師匠に責任はありません」

 真っ直ぐと、自分の正直な想いを口に出していた。だが、悪い気などはしない。寧ろ、ヴァイスを励ましたかった。

 今まで自分はヴァイスに支えられっぱなしだった。一人の人間として、何か恩返しがしたかった。それをこういった形で表す。

「師匠は良かれと思って判断したんです。それは、グレンさんもきっとわかってくれます。今回は、こういったことになってしまいましたがそれが狩猟です。そうやって、師匠も私に教えてくれたじゃないですか」

「クレア……」

 らしくない台詞だが、それが自分のために必死になって考えたクレアなりの慰めの言葉だった。クレアの想いは、確かにヴァイスの元へと届いた。

「だから、大丈夫ですよ!」

 満面の笑みをこちらに向けてクレアが言った。

 沈んでいた気分がクレアのおかげでだいぶ楽になった。いつまでも過ぎたことを引きずることはない。それは、クレアにもグレンにも教えたことだ。

 事故、と考えるのはグレン次第だが取り合えずお咎めなしということにしておこう。

「……そうだな。何が起こるか予測不可能。それが、狩猟というものだったな」

 改めて言い聞かせるようにその言葉を噛み締める。

 これが事故ならば、次からは出来る限り柔軟に対処できるよう方法を考えるまでだ。そうしていって自分のスタイルに磨きを掛けていく。

 クレアにも、それを教えていきたい。そして、グレンにも。

「借りが出来てしまったな……」

「何か言いました?」

「いいや、何も」

 いつかこの借りを返さねばと頭の片隅で考えつつ、携えるアトランティカの切れ味を調べた。念のために砥石を使用し携帯食料も口に入れる。

 そうして体勢を整えていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。

「うっ……、ここ、は……?」

 ヴァイスは、仮眠用のベッドに背を向けている形になっていたのだが、背後からゴソゴソと物音が聞こえてきた。

 振り向くと頭を抑えながらグレンが立ち上がろうとしていたところだった。

「いてっ……。あれ、ここは拠点……?」

「気が付いたのか」

 やや錯乱状態気味だが、様子を窺う限りでは大事には至っていないらしい。

「グレンさん、大丈夫ですか?」

「ああ、なんとかね……」

 クレアの問いに答えながらも立ち上がろうとする。だが、身体を動かしてみると予想以上に重く感じられた。

「立てるか?」

 自力では難しいと考え差し伸べられた手を掴みグレンは立ち上がった。勢いを付けすぎたせいか視界が少しだけ揺らぎバランスを崩す。

 ヴァイスに支えてもらい倒れるところまではいかなかったが身体の調子は本調子から程遠く感じる。もうしばらく時間が経てば幾分楽になるだろうが、その時にどれだけ時間の猶予があるかによって狩猟を続けられない可能性がある。

「俺、どれだけ気を失って……」

 申し訳が立たない気持ちが大きく、謝ろうにもそれを口に出せる勇気が振り絞れなかった。心が張り裂けそうなほど辛かった。

「時間に関しては、心配はいらない。それよりもお前は体力の回復を優先しろ。まだ全快じゃないだろ」

「はい……」

 言われるがままにグレンは回復薬を二つ飲み干した。

 念のために砥石、携帯食料も使っておく。その間、ヴァイスは無言で暑い日差しが降り注ぐ空を見上げているだけだった。

 上空を飛ぶ鳥の鳴き声のみが辺りに響き渡る。一瞬の出来事が長く感じられてしまう沈黙。何ともいえない空気が流れ始めた。

「えーっと……」

 何とかしなければいけないのはわかるが、何も出来ないのが現状だ。クレアが話題を変えようにもこの沈黙を破る勇気はない。

「うぅ、気まずいよ……。この雰囲気」

 グレンはグレンで下手に慰めることが出来ず、ヴァイスはヴァイスで何かを考えているように見える。ここは、何も話さず時間の流れに任せるのが得策なのではないだろうか、そう考える。

「……ヴァイスさん」

 しかし、その沈黙をグレンが破って話し出した。重い口を開き、必死に何かを言いたそうなのが見て取れる。

 グレンの呼びかけにヴァイスは振り返らずに答えた。

「どうした」

「どうして……、どうしてあの場で俺を助けようとしたんですか」

 それは野暮な詮索ととってもいいかもしれない。あの場でヴァイスが助けてくれなければグレンは間違いなく大怪我か、あるいはもっと最悪な運命を辿っていたかもしれない。ヴァイスがグレンを助けることに理由など必要ないのだ。

 それは自分がよく理解している。だとしても知りたかった。そこまでして、足手まといの自分を守ろうとする理由が。

「どうして、と訊かれても具体的な理由はない。強いて言うならばお前が仲間だと思っているからだ」

「俺が、仲間……?」

 それは全く予想外の答えだった。

 今まで自分は仲間として認めてもらったことはない。さらに、ここに来てからヴァイスには迷惑をかけっぱなしであった。愛想を尽かされても当然だと思っていたのにヴァイスはなおも仲間だと言う。

 いきなりのことに頭が混乱してくる。

「な、何をいきなり。そんな気を使った優しい言葉なんて、俺は――」

「気を使っているわけでも、優しいわけでもない。これは俺の本心だ」

「ヴァイスさんの本心……?」

 言われれば言われるほど頭が混乱する。自分が何を求めていたのかさえもわからなくなってくる。

 その張本人であるヴァイスは、肩をすくめて言った。

「そんなに驚くことか?」

「驚くも何もありません。俺はどうしても信じれない。あなたが、俺のことを仲間だと思っていることが!」

「おいおい、心外だな。そこまで俺のことが信用できないか?」

 グレンは気づいていないが、ヴァイスは笑みを浮かべている。つまり、この言葉は冗談交じりということになる。

 相変わらず心の奥底で何を考えているのだろうと、クレアはこういうやり取りを見て思いを馳せる。もっとも、自分からなかなかその本心を明かしてくれないのがヴァイスという人物であるのだが。

「そうじゃありません。俺は、今まで多くの迷惑をあなたにかけてきました。幾つかは言葉に出来ないほど大きなものもあります。さっきの事だってそうです。そんな俺を、どうして危険を冒してまで助けようとするんですか」

「グレンさん……」

 それは、自分で殺してくれと言っているのと同じようなものだ。例え迷惑をかけてきた相手であっても見す見す見殺すような真似はできない。ヴァイスのような人物であったら尚更だ。

 そのことを深くまで追求する必要などない。だが、グレンは違う。

 呆れたようなヴァイスのため息がクレアの耳には届いた気がした。しばらくの沈黙の末、ヴァイスは口を開いた。

「まともなことを言っても理解してくれそうにないからな、少し所感的な話をするぞ」

 その発言にややむっとした表情を見せるグレンだが、それに気づかぬ振りをしてヴァイスは静かに話し始めた。

「今から数年前、ちょうどお前くらいの年の頃だった。その頃の俺は、今のお前と同じだった」

「俺と、同じ?」

「そう、同じだ」

 言葉の真意が読めないグレンは困惑した表情を見せる。

「……俺も、お前と同じで力を求めていた。漠然としているが動かぬ事実さ。お前と同じ、ということはそういうことだ」

「え……」

 それは、グレンにしてみれば身体に大きな激震が走る内容だった。

 ヴァイスは天才だ。それが、子供の頃から発揮されていたと今まで思っていたのだが、それを根底から覆すような一言だった。

 だが、ヴァイスほどのハンターがどうして、ただ漠然に力を求めたのだろう。その理由も自分と同じなのだからだろうか。

「信じられませんね。ヴァイスさんが俺のように力を求めるなんて想像しがたい。あなたは、その頃から才能を発揮していたと思うのですが」

 グレンの発言にヴァイスはこそばゆい顔をする。

「その時の俺をどう評価するかは他人しだいだと俺は思っている。俺の口からは何とも言えない」

 そういった評価をグレンから与えられても複雑な心境になる。それはどんな人物からであっても同じはずだ。自分のことでも気恥ずかしい。

「話を戻すぞ。とにかく、その頃の俺は力を求めていた。自分を捨て、生き方を捨て、ついには力を求める理由も消えうせた」

 やはり想像しがたい話である。

 話に出てくるヴァイスは、今とはまるで別人だ。彼はその才能をもって苦難の道など体験してこなかったと思った。だが、実際は違った。彼の物言いを見る限り、それはかなり苦難の体験だったと思われる。

「たぶん、そのままだったら俺の命は長くなかっただろうな。だが、ある一人の人物が俺の目を覚まさせてくれた。力を求める理由なんてないと。自暴自棄になっていた俺にそう教えてくれた人がいた」

 一通り話し終わったのか、ヴァイスはこちらに向き直った。この空気に不釣合いな、どこか清清しいような顔をしている。

 しかし、グレンには返す言葉もない。自分の勝手な勘違いでヴァイスに迷惑をかけてきた。それに、自分の思っていたものとは真逆の過去を背負っていた。やはり、この人は強者なのだと改めて痛感させられる。

「だから、グレンが力を求めている理由は俺には何となくわかる。そうなった原因がどうあれな」

 涼しい笑みを浮かべながらヴァイスは言う。それは、自分のことがお見通しだったということを裏付けているようにも感じる。

 一体、自分は何をしたかったのだろうか。

「……俺、まだ納得でいません。ヴァイスさん、あなたはどうして力を求めようと思ったんですか。それだけ聞かせて下さい」

 この時、確かにクレアには見えた。

 グレンがそう言った途端、ヴァイスは途端に表情を戻しどこか影があるような表情に豹変してしまったのを。ヴァイスはグレンに再び背を向け空を見上げてしまったため、おそらくグレンには見えていない。

 だが、クレアが見る限りヴァイスにも並々ならぬ理由があったのだと受け取ることが出来る。

 何度かその理由を口に出そうか躊躇していたヴァイスであったが、意を決めたのか静かにそして、呟くように言った。

「……自分の目標だった大切な人を失ってしまった、という理由が一番近いだろうな」

「なっ……」

 風に流されて聞こえなくなってしまいそうなほどか細く、弱弱しい声は確かにヴァイスのものだった。そこには、普段の面影は全くない。

 クレアもグレンも、今度こそ言葉を失った。

「……」

 沈黙。

 この場にいるだけでヴァイスの苦痛の想いが理解できる。だとしても、それを二人がどうこうできるはずもなくただ傍観しているしかできない。

 澄み切った高く蒼い空をヴァイスは仰ぐ。

 その時、ヴァイスが何かを言ったように聞こえた。だがそれは、今度こそこの沈黙と風に流され二人の耳にはっきりと届くことはなかった。

「悪いな。あと味悪い話なんかして」

 そう言いながら振り返ったヴァイスは苦笑いを浮かべていた。さきほどとはまた違う、繕った表情は彼の心の内を表している。

 無理に振り払おうと、ヴァイスは話題を変えようとする。

「まあ、俺の話はこれで終わりだ。他に知りたいことはもうないだろう」

 やや明るい声でヴァイスが言う。

 それは、この話はここで終わりだという証拠でもあった。

「(俺は、一体何をしたかったんだろう……)」

 心の中でグレンは自問自答する。

 ヴァイスの話を聞いて、尚も虚勢を張ることは出来ない。

 今まで、ここに来た理由を誰にも話そうとは思ってなかった。だが、今なら言える気がする。同じ経験をしたというヴァイスだから。ヴァイスなら、自分のことを心から認めてくれるだろうと思ったから。

「……俺は、ユクモ村からほど遠い小さな村で生まれ育ちました。もちろん、ユクモ村みたいに人が集まるわけではないのでハンターズギルドといった設備はありませんでした。でも、俺は村の唯一のハンターとして近くの狩場に赴いて、村のみんなの手助けをしていました。褒めてもらうのが嬉しくて、また頑張ろうって気持ちになって……、そんな日々を俺は過ごしてました」

 いままで黙っていたと思っていたグレンがいきなり話し出したため、二人は意表を付かれた。

 だが、ヴァイスはそれでも、案外驚いていない様子だった。グレンの過去が何とかとヴァイスは以前言っていた。それもあって、グレンが腹を割って話をするのは時間の問題だとわかっていたのだ。

 ヴァイスは、真っ直ぐグレンを見据える。その視線をグレンもしっかり受け止める。一息置いてグレンは話の続きを始めた。

「ある日のことでした。村長が俺に言ってきたんです。村の近くに大型モンスターが現れた。村の物流も断たれてしまっているから何とかしてほしい、と。もちろん、俺は村のために、みんなのためにモンスターと対峙しました。……でも、結果は惨敗でした。俺は全治数週間の怪我をして身動きが制限されてしまいました」

 グレンの口から発せられる一言一言の言葉が重々しいのがよくわかる。

 そして、グレンのその気持ちはクレアにもよくわかった。手を伸ばせば届きそうなところにあるのに、結局自分は何もできない無力さを。言葉にできないほどの辛さを。

「このままでは村は壊滅。見かねた村長は近くの町に救援依頼を出しました。結局、そのモンスターは依頼を受けたハンターが討伐し、ハンター自身も村に居座ってくれると言ったのです」

 もしものことがあったとき、実力のハンターがいてくれれば村人たちは心強い。だが、グレンにしてみれば、そのハンターは邪魔者でも何でもなかった。

「そのハンターは、俺よりも一枚も二枚も上手の人でした。……つまり、俺は自分の居場所を失ったんです。俺に力が無いせいで……。俺が弱者だったせいで……!」

 グレンがどうして漠然と力を求めていたのか今まで疑問だった。しかし、その理由がいまようやく明らかになった。

 胸が張り裂けそうな想いをグレンは抱えていた。並々ならぬ決意を持ってグレンはユクモ村を訪れた。ヴァイスがいるから。ヴァイスという人物なら何とかしてくれるだろうと思ったから。

「……なるほどな。俺にわざわざ会いに来た理由はそういうことか」

「はい。俺はみんなに旅に出るといって村を発ちました。旅の途中、ヴァイスという凄腕ハンターの噂を聞きました。その人なら何とかしてくれる、と俺は思ったからです」

 グレンはそれきり口を閉ざしてしまった。

 わずかな希望に望みをかけグレンはヴァイスの元を訪れた。そういうことならばヴァイスも出来る範囲で協力してやりたい。

 だが、その前に気がかりなことが一つ。

「お前はそれでよかったのか、グレン。慣れ親しんだ生まれ故郷を捨てて、ただ力を求め続けたことは」

「いいんです。言ったとおり、俺は居場所を失ったんです。故郷なんて、今ではただの称呼に過ぎません」

 ヴァイスの問いに、グレンはきっぱりとこう言い切った。それが、それだけの決意を決めていたという証である。

「例えそれが誰の原因でなかったとしても、お前はただ勘違いをしているだけだ」

 それは、グレンに語りかけるように言った。当然、グレンは勘違いしていると言われ困惑した様子を隠せなくなる。

 何か物言いたそうな顔をしている。だが、それを遮るようにヴァイスが先に口を開いた。

「誰かがお前の居場所は無いと言ったか。お前は必要ないと言われたか。よく考えてみればわかるはずだ。自分が勘違いをしていると」

「そんな……! 何も出来ない俺を誰かが必要とするわけがない。みんなは、俺を頼ろうとはしなかった!」

「人を頼ることが、その人の存在する理由にはならないさ」

 ヴァイスの言っていることは正しい。誰からも「必要ない」とは言われていない。行き過ぎた自分の焦りが、こういった誤解に誤解を生んでいったのだ。

 更にヴァイスは続ける。

「旅に出るといったとき、誰かが見送りに来てくれなかったか?」

 グレンは少しだけ考え込み、ありのままの事実をヴァイスに伝えた。

「……来てくれました。みんな総出で。……あっ」

 そこまで自分で言ってようやく気が付いた。

「だろ。ということは、村の奴らはお前を必要ないとは思っていなかったのさ。ましてや、寂しかったんじゃないか。故郷を旅立っていくお前の背中をどう見ていたか。考えればわかるはずだ」

 グレンは、ゆっくりと目蓋を閉じる。

 今でも、脳裏にはっきりと浮かんでくる。家族の顔、村長の顔、友人の顔、村人の顔。やってきたハンターも見送りに駆けつけてくれた。

 みんなは、自分の存在を認めてくれていた。自分を必要としてくれていた。旅に出る寸前の時まで。

 

――本当に行くのか?

 

 それは、本当に行ってしまうのか、という意味だった。

 そうだ。そうだったのだ。それなのに、自分は……。

「みんな……っ」

 想いに馳せれば馳せるほど懐かしく、そしてそれ以上に苦しくなる。でも、もう時間をまき戻すことは不可能だ。今になって何を言おうと後の祭りなのだ。

 これは強くなるための旅。そう、自分は確かに強くならなくてはいけない。

 だが、それは力だけではない。精神的にも、肉体的にも。その限りない困難を乗り切った者こそが真の強者となるのだ。

「……ヴァイスさん。俺、ようやくわかりましたよ」

 届いてくる声はか細いものだ。しかし、それは今までとは違う。か細い中にも揺るがぬ決意と信念を持っている。

 そう、今こそ目覚めの瞬間なのだ。

「本当の強者は力だけが全てじゃない。肉体的、精神的にも強く逞しい。自分独りの力じゃなく仲間の力を借りて共に困難を乗り切っていく。そして、過去の出来事さえも力に変えていく。それが出来てこそ、真の強者だということが……!」

 徐々に、その声には覇気を帯びてきた。

 確かな自信と内に隠れたる秘めた力を宿したグレン。この姿こそ、彼の真の姿なのだ。

「ヴァイスさんが言っていた『答え』はこのことだったんですね。過去を受け入れることが俺にとっての答え。ありがとうございます。おかげで目が覚めました」

 まだ若い、少年らしい真っ直ぐな物言いでヴァイスに礼をう。そう言われると、言われた本人であるヴァイスも照れくさくなる。

「それはお前自信が見出した答えだ。俺がどうこう口出しする理由はないさ」

 照れ隠しに静かな笑みを浮かべる。

 だが、ヴァイスがグレンに教えたかったことはまさにこのことだ。この答えを自分で導き出した辺り、やはり隠れた才能の持ち主なのだろう。

「俺、今までとは別の意味で強くなりたい。だから、改めてお願いします。あなたが学んできた知識を俺に教えてください!」

 グレンはそう言って深々と頭を下げた。

 さすがにそこまでされてもこちらが困惑するので、取りあえず顔を上げさせる。そして、ゆっくりと右手を差し出した。

「俺も、グレンがどれだけ興味があるからな。喜んで引き受けるぜ」

「……はい! ありがとうございます!」

 差し出された手をグレンはしっきりと握り返した。

 互いに視線が交錯する。

 

――これからよろしくお願いします!

――付いてこいよ。

 

 口で言わなくても互いが言いたいことは理解できた。

 隣にいたクレアもグレンにペコリと頭を下げる。

「改めてよろしくお願いしますね。グレンさん!」

「ああ、こちらこそ。よろしくなクレア!」

 どちらからもなく手を差し出し、同じく握手を交わす。

 これで、グレンは正真正銘ヴァイスのパーティーだ。これから先、彼がどれだけ伸びていくのか。ヴァイスは興味津々だ。

「さて、行くとするか? 野放しになっている奴をそろそろ片付けないとだからな」

 ヴァイスの言葉に二人は力強く頷き返した。

「ええ。そうですね!」

「はい!」

 今ならわかる。グレンは目覚めたと。その力は、このわずかな時間であっても見せ付けてくれることであろう。

 自然に力の入ってくる身体を押さえつつ、ボルボロスを探しに向かう。

「今度こそボルボロスに見せ付けてやりましょう! 私たちの真の力を!」

 そのクレアの言葉が、今の三人の意気込みを裏付けていた。

 長かったこの狩猟も、ついに終わりを迎えようとしていた。

 


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