「オオオオォォォアアアアアアアアァァァァァッ!」
怒りの矛先をヴァイスたちに向ける。
蓄積していったボルボロスの怒りがここで爆発し、それが攻撃にも垣間見えるようになる。
「無理に近づこうとするな!」
ヴァイスが二人に警告を飛ばす。それもそのはずで、怒り状態になった途端にクレアとグレンはボルボロスの動きについていけなくなっていたからだ。
ボルボロスの突進が繰り出される。それは先程よりも格段に速さを増している。直撃すれば大ダメージは避けられない。
「クレア、行ったぞ!」
突進の軌道上にいたのはクレアだ。だが、今からレムナイフを収め横っ飛びをしても間に合わない。そこでクレアは、盾でガードする選択を取った。無事に成功するがそれでも無傷では済まない。
大きく流されたクレアの身体は、運良くボルボロスの視界から外れた。その隙にクレアは体勢を立て直すために後退する。
「グレン、お前も援護に回れ」
「し、しかし――!」
「いいんだ。奴は俺一人で引きつける」
何故かグレンは必死に反論しようとする。折れないグレンにさしものヴァイスも手間取る。
「っ!?」
咄嗟にヴァイスはグレンを弾き飛ばした。遅れて、ヴァイスも横っ飛びをする。その場所を、ボルボロスが物凄い速さで突っ切った。
意表を突かれたグレンが、目を見開き動けずにいた。
「……わかっただろ。今は、奴の速さについていけてない。危険だから援護に回ってくれ。そういう意味だ」
やっとのことで立ち上がったグレンが無言で頷く。しかし、未だに納得できていないのか、苦い表情をしている。
「もう一発来るぞ」
ヴァイスに促されボルボロスに視線を移す。彼の言うとおり、ボルボロスは、今まさに突進の体勢に入ろうとしていた。
距離は十分に開いていた。そのため、走ってでも容易に回避できた。
不発に終わった突進の速度が緩む。見る見るうちにヴァイスがボルボロスに接近していく。あと、数歩。その距離で太刀の間合いだ。
だが、アトランティカの柄を握ろうとしていた右手を即座に引っ込め踵を返すように前転した。前転で低くなったヴァイスの頭上をボルボロスの尻尾がなぎ払う。
再びアトランティカの柄を握った時には、ボルボロスはこちらに向き直っていた。
「チッ!」
荒い舌打ちが思わず出てしまう。
リズムに乗れずに焦っている自分がいる。だからといって、それを無理やり直そうとするのはかえって逆効果だ。
ポーチからペイントボールを取り出し、投げつける。放物線を描いたペイントボールはボルボロスの頭部に命中した。これでしばらくは、砂原中にペイントの臭気が漂う。
突進が繰り出される寸前、レムナイフを構えたクレアがボルボロスの左脚を斬りつけた。その一撃でボルボロスはよろけてしまう。怒り状態でなければダウンを奪えていたはずだが、今は少しでも時間が必要だっためこれで十分だった。
ボルボロスは、小さく迫り出したような腕で土を掘り始めた。すぐに、ボルボロスの姿は土の中へと消えていった。
「下から襲ってくるのか!?」
誰もがそう予想し、それぞれの武器を納め身構えた。だが、いつまで経ってもボルボロスは飛び出してこない。やがて、ペイントの臭気が隣のエリアへと移っていった。
「移動しただけ、か」
「ボルボロスは、エリアを移動するときに土の中を移動する習性があるんですね。初めて知りました」
都合上、何らかの原因があるからこそ、そういった移動方式をとるのだろう。それは後々、調べる価値がありそうだとヴァイスは密かに思う。
「俺が体力を回復します」
「ああ、頼む」
この先何が起こるかわからないので、なるべく回復薬類は温存しておきたい。手間はかかるが、それでもこの行動はヴァイスたちを後半で楽にさせてくれる要素になるはずだ。
体力回復【小】の恩恵を受け幾分楽になってきた。三人はそれぞれ小休憩をいれることにした。
アトランティカの切れ味は、まだ高い。それでも、ここまでで気刃大回転斬りを二回繰り出してきた。砥石を使って損はないはずだ。クレアとグレンもそれに倣い砥石を使用する。
「今回の狩猟、正直言ってかなりつらい状況ですね。特に、怒った時のボルボロスの速さは危険です。ついて行くだけでも精一杯でした」
クレアが忠直に意見を述べる。
「だからといって焦る必要はない。これから慣れていけばいいからな」
携帯食料を取り出していたヴァイスがそう返す。言葉にするのは簡単だが、それを実際に行うのは難しい。誰より、ヴァイスが一番よくわかっている。
「グレン、閃光玉は残りいくつだ?」
「え、閃光玉ですか」
いきなり話を振られたグレンは多少動揺しながらも、ヴァイスの質問に答えてくれた。
「えっと、一つ使ったので残りは四つです」
「四つ、か……」
「それが、どうかしたんでしょうか」
しばらく考えるような素振りをヴァイスは見せた。やがて、考えがまとまったのか一つため息をついて口を開いた。
「俺が合図したら閃光玉を使ってくれ。合図は主に奴が怒り状態のとき二回か三回出すと思う」
「師匠、どう使うんですか?」
クレアはヴァイスの考えに興味津々なのか、身体を乗り出してまで話に耳を傾けていた。
「やや荒削りになるが、この段階で一気に奴の体力を奪う。二人には、その援護をしてもらいたいんだ」
「任せてくださいよ!」
クレアが胸を張って言う。だが、グレンは対照的に困惑しているような面持ちだ。
「まだ狩猟は始まったばかりです。いつものヴァイスさんなら、ここから着実に敵を追い込んでいきます。今回は何故そういった方法を?」
ごもっともな質問だ。
ヴァイスは普段、一時的にしか大胆に攻撃を仕掛けることがない。今回は閃光玉を何個か使ってまでもボルボロスを追い込もうとしている。グレンは、それが不思議で仕方がなかったのだ。
「俺もこの方法はあまりよくないと思っている。だが、そうも言ってられないようだからな」
対してヴァイスは曖昧な回答をする。理由を追求してみようかとグレンは考えたが、頭の片隅にクレアの言葉が浮かんできた。
『師匠には、何か考えがあるんですよ!』
それが、グレンの言いかけた言葉を封じ込めた。
「考え、ですか……」
その言葉の意味ををグレンは噛み締めた。ヴァイスの行動は、いつも自分たちにとって優位に立てるものばかりだ。アトランティカの件も、今の件についても同様だろう。だとしたら、自分が口を出す必要は全くない。
「……わかりました。閃光玉と狩猟笛による演奏。この二つで援護すればいいということですね」
「ああ、そういうことだ。頼むぞ」
「私はどうすれば?」
役目を聞かされていないクレアが問いかけた。
「クレアは一撃離脱でボルボロスに斬りつけてくれ。無理はしなくていい」
「はい!」
役目を与えられたクレアは勢いよく立ち上がり、背筋を伸ばし直立不動の体制になる。その様子を見たヴァイスは苦笑いを浮かべる。
「……エリア4に移動したか。そろそろ行くぞ」
ヴァイスとグレンも立ち上がり、それぞれの武器を背中に背負う。小休憩の中で今後の方針を決めることが出来たのはそれぞれにとってプラス要素だ。
体勢を整えた三人は再び気合を入れなおし、隣接しているエリア4へと向かった。
砂原のエリア4にはオルタロスの巣がある。三人がエリア4に足を踏み入れた時は、ボルボロスはそれを破壊してボルボロスを捕食している真っ最中であった。
「他にモンスターはいない、か……」
現在、エリア4に害を齎す小型モンスターの姿はない。つまり、ヴァイスは注意をボルボロス一点に向けることが出来る、そう考えた。
ボルボロスが捕食する手を休める。もう十分回復したのだろうか。
「方針通りに頼むぞ、二人とも」
ヴァイスのその言葉が、狩猟が再び再開される合図となった。
目を怪しく光らせボルボロスが詰め寄って来る。ヴァイスとクレアのみが左右に散り、グレンはその場に止まった。
ヴァイスがボルボロスの後ろに回りこむ寸前、ヴァイスが手を上げた。合図だ。
方針通り、グレンが手に持った閃光玉を投擲する。
「オオオオアアアァァァァァァァァァァァァッ!?」
ボルボロスの悲鳴を突き抜け、ヴァイスがアトランティカを引き抜いた。放った全ての斬撃がボルボロスの左脚へと命中する。
一撃離脱の方針をとるクレアは、ボルボロスの様子を窺いながら左脚に狙いを定めているようだ。あまり深く入り込まず最低限の余裕を保つ。
「グオオオオォォォォォォォォォォォォッ!」
視界を潰していてもやはり大型モンスターを侮ることは出来ない。
纏わり付く二人の気配を察知したか、それともただの勘か。ボルボロスが攻撃態勢に入った。
「なぎ払いです。気をつけて!」
グレンからの警告。だが、二人もそれはわかっていた。
大胆に攻めるヴァイスは、狭い空間ながらも人ひとりがやっと潜り込めるボルボロスの真下に前転回避する。クレアは余裕があったため後退するだけで回避できた。
「そろそろ演奏効果が切れてもおかしくない……」
トランペッコを演奏モードに切り替え二人を援護する。耐雪&耐泥、聴覚保護【小】の効果が延長される。そのグレンの判断は正しかった。
なぎ払いが不発に終わった直後、ボルボロスは身震いをして身に纏う泥を撒き散らした。
範囲外に後退しているクレアはいいが、ヴァイスはその場に止まりアトランティカを振るう手を休めなかった。演奏効果がここで仮に切れていたら、ヴァイスは危険な目に遭っていた。
いや、ヴァイスもグレンがそう行動することを先読みしてあの場に止まったのかもしれない。
ボルボロスの視界が回復する。怒り状態は既に解けており、動きも幾分緩やかなものへと変化した。
「クレア。この状態なら付いていけるか?」
「当然です!」
ある意味予想通りの返答で、ヴァイスも本日何度目かの苦笑いする。
「なら、思い通りに動いてみろ。フォローはする」
「わかりました。お願いします!」
クレアとグレンは、ボルボロスが怒り状態になった時にその動きに付いていけなくなった。だが、それまでは普通に対処しきれていた。それを考慮するならば、怒り状態時のみヴァイス主軸で狩猟を進める。そうすることで二人に掛かる負担を減らそうとした。
しかし、それはグレンも同じだ。このままグレンを攻撃に移らせても問題があるかどうか、判断は難しい。
彼も一人のハンターである以上、狩猟中ヴァイスに指示され、ほとんど援護に回ることは屈辱かもしれない。そして、彼を信じるならば攻撃に回したいと思う。
「グレン。深入りせず、お前も自由に動け!」
その言葉が出たのは一瞬。だが、ヴァイスにとっては長く、言葉の意味以上に大きな責任を背負っていた。これが賢明な判断なのか、あるいは愚昧な判断なのか。その結果全てがグレンに委ねられている。
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらいますよ!」
「くれぐれも無茶はするな!」
ボルボロスはクレアと対峙するのに夢中になっていた。クレアも宣言どおり、一人でも遺憾なく力を発揮し一対一の状況下でもボルボロスに食いついている。
本来なら、グレンはクレア以上の力を発揮できるはずだ。それを制してでも、まずはグレンの問題を解決することが先決だ。
背後からヴァイスが斬り込む。アトランティカの刃がボルボロスの尻尾を貫く。突きは命中させられないが斬り上げ、斬りつけは確実に命中する。
グレンも加勢する。甲殻が剥き出しの右脚にトランペッコを叩きつける。左右にトランペッコをぶん回すと上段から振り下ろす。爆ぜた炎がボルボロスに確かな痛手を負わせる。
「りゃああぁぁぁぁぁぁぁ!」
クレアの振り下ろしたレムナイフがボルボロスの左脚に命中する。泥に亀裂が走ったかと思うと一瞬で弾け飛んだ。
「よしっ!」
怯んだ隙に三人は距離をとる。突進を警戒しての行動だ。
しかし、ボルボロスはヴァイスが視界に入るとそのまま開いていた距離を詰めその勢いそのままに噛み付こうとしてきた。
「危ない!」
アトランティカを引き抜いたままのヴァイスは前転回避で難を逃れる。だが、ボルボロスは再びヴァイスを狙う。そして、今度は突進である。
「くっ……」
前転回避では巻き込まれる。そう判断したヴァイスはアトランティカを鞘に収め、すぐさま横っ飛びの緊急回避を行う。紙一重の差でヴァイスは回避に成功した。判断が遅れていれば突進に巻き込まれていたに違いない。
グレンがボルボロスの正面から叩き込む。ヴァイスに気を取られていたボルボロスはそれに気づかず易々と攻撃する隙を与えてしまった。
はじかれ無効の演奏効果を付けていなかったため攻撃は弾かれたが、注意を逸らすだけならそれだけでも十分だ。
「すまない、助かる……!」
「いえ、それよりもっ!」
「ああ、わかっている!」
グレンが作ってくれた隙をうまく使いヴァイスはボルボロスを振り切る。そして、代わりに狙われることになったグレンの援護へと急ぐ。
突き、斬り上げ、斬りつけと基本の型で斬撃を浴びせる。
「オオオオオォォォォォォッ!」
片手剣による連続攻撃と太刀による重い一撃の連携がボルボロスを追い込む。動きを完全に止め、ヴァイスとクレアによる包囲網からの脱出を試みる。
しかし、それを易々とさせるがままにさせないのが二人の連携力だ。互いに意思疎通し相手の自由を奪う。まだまだ成長過程だが、それには光るところが垣間見える。
「この隙を使えば、俺も役に立てる!」
そうは言うが、まだ耐雪&耐泥と聴覚保護【小】の演奏効果が切れるまで十分な時間が残っている。
トランペッコを横なぎにし、演奏体勢に入る。【白】、【白】と同じ音を二回繰り返すことではじかれ無効のスキルが。更にもう一度続ける。今度は、移動速度が上昇するスキルが発動した。
この両方のスキルは、演奏者のみに発動する。このスキルを発動させることによって狩猟笛使いは、攻撃役としても更に活躍できる。
「クレア、俺が変わる!」
「すいません。お願いします」
やや息切れぎみだったクレアと交代する。
そのことはヴァイスも理解していた。立ち回りのテンポをクレアの時よりもやや速める。
「はぁっ!」
大胆にも、グレンはボルボロスの頭部を狙う。通常なら弾かれる攻撃が演奏効果による後押しを受け、弾かれることなく命中していく。
左側にトランペッコをぶん回してから、上段に振り上げ、その重量を生かして叩きつける。すぐさまボルボロスの正面から逸れ一撃離脱の方針をとる。
その動きに合わせ、ヴァイスが立ち回りをする。
ヴァイスの読み通り、グレンの立ち回りテンポはクレアに比べやや速めだ。いや、二人の間に基本的に大差はないが、経験の差だろうか。それが二人立ち回り違いだろう。
人の個性や武器の種類によってそれは大きく左右される。時には、自分と真逆のような立ち回りをするようなハンターと共に狩猟することもある。冷静に狩猟を組み立てていき冷静に立ち回るタイプと猪突猛進するような大胆なタイプが典型的だろうか。
いくらベテランハンターであろうと、組みなれていないハンターと瞬時に息を合わせられる者はなかなかいない。ヴァイスもその内の一人ではあるが、クレアやグレンの立ち回り方には覚えがあるのだ。だから、二人に合わせることはそこまで難しい話ではなかった。
「ガアアァァァァァァァッ!」
「なっ!?」
突然繰り出したボルボロスの突進がグレンに命中した。とりあえずグレンに大きな怪我はないようだ。不運、というよりは、グレンが無理をしてヴァイスに合わせているように見える。
これにより包囲網は崩れてしまった。そのためヴァイスも、ボルボロスの様子を窺いつつ吹っ飛ばされたグレンの元へと急ぐ。
「大丈夫ですか!?」
後退していたクレアが先に駆けつけた。既にグレンは自力の力で立ち上がろうとしていた。
「あ、ああ。なんとか……」
「とりあえず回復しておけ」
「はい」
遅れてきたヴァイスに促されグレンは応急薬を使う。
「ボルボロスは――」
「……ちょうど、エリアを移動していくようだな」
三人の前で、ボルボロスは地中へと姿を消す。ペイントの臭気がエリア4から離れていくのに時間はかからなかった。
「クレアの方は、体勢は整っているか?」
「はい。グレンさんと交代した時に整えておいたので」
「なら、あとは俺たちだな」
おもむろにポーチから砥石を取り出すとアトランティカを研ぎ始める。
グレンがトランペッコで攻撃を繰り出した回数は少ないが、弾かれることを無視していたため切れ味の消費もその分大きい。ヴァイスを見習いグレンも砥石を使用する。
研ぎ終えたアトランティカを鞘に収める際、ヴァイスが口を開いた。
「グレン、無理して俺に合わせなくてもいい」
その言葉にグレンは覚えがあるらしい。瞬時に言い返そうと身体が動く。
「し、しかし、それでは……」
「俺にかかる負担が大きい、と思っているならそれは違う。俺がグレンに合わせて動くから俺に合わせる必要はない。これは命令だ」
命令。その単語でグレンが黙り込む。
「クレアも同様だ。いいな」
「はい!」
この快活さこそクレアが普段どおりだと証明している。これならヴァイスも普段どおりのクレアに合わせた指示を出すことができる。
「時期に奴も怒り始めるだろう。その時は、取り決めどおりに動いてもらいたい」
「えっと、私は一撃離脱……、でしたよね」
「そうだ」
時間がそれほど経っていないのに忘れられていたらそれこそ厄介だが、その心配は杞憂に終わり密かに安堵の息をつく。
こうやって心配してしまうのも普段の行いが全てだろう。
「……行きましょう。ヴァイスさん。狩猟はまだまだ、ここからです」
「……と、そうだな。そうしよう」
危うく頭が狩猟から離れそうになった。
どうやらクレアという人物は、どうも自分のペースを乱すのが得意らしい。無意識だとわかっていても、だ。この感覚も久しぶりなように感じる。
「師匠、グレンさん。がんばりましょう!」
他人の心配を察する術がないクレアはこの様子である。
先陣を切ってクレアがエリア3へと向かう。ヴァイス、グレンと後に続く。無論、三人とも気合は十分だ。
だが、この時グレンには沸々と湧き上がる想いを抱いていたことは誰も知らない。「次で必ず終わらせてやる」という以前にも増した強い信念のようなものを――。